『唄う海』27


ラーナより25キロ、つまり海岸から沖合10キロの所に五隻というこじんまりとした艦隊が、しかし今となっては珍しい大所帯、重巡が一隻海防艦に付き添われ波を切っていた

『まさか、こんなに早くお会いできるとは思いませんでした、志摩少佐』
敬礼するターニャ
『・・・その青痣はどうしたんです』
志摩の顔にくっきり痣が残っている
『うん、君の成績と運用を報告書をまとめたり会議に参加しててな、家に帰れたのが出航の前日で、おもいっきり殴られた』


海軍の軍令部で行われた派遣の是非についての論争の後、何らかの形のある派遣をしたほうが良いのではないか、という話になり、これまた大尉風情に、と(実際はそういわれて当前だが)論争になりかけた所を志摩が
『重巡が一隻余ってますんで、それで手をうったらどうですか?死体を運ぶのが安い艦だとちょっと面子が立ちませんよ?』
と、派遣派で艦を回すのを嫌がっていた人物でも直接は言及しなかった五島本人の死の可能性をあっさりと会議席上で公言した事(当人は意識してなかっただろうが)で流れは変わった。
『ふむ・・・それも、そうだな。』
『艦が余っている?どの艦だ?』
『那智です、僚艦の足柄がまだ修理中でして』

例のツーロン港事件で足柄は損傷を受けたわけだが、海防艦や大型艦の建造、既存艦のメンテでドックが空くのが遅れ、いまだ修理中である
とばっちりを受けたのは分隊を組んでいた僚艦の那智で、ほかの艦が働いている間なにもせず撫りょうを囲っていた(書類上、一艦でどうのとなると、今現在ですら分隊各自の書類でいっぱいいっぱいなのに、今後面倒になるため)
『僚艦がやられたのに、何もしないとは、那智はたるんどるんじゃないか・・・いや、これを良いことに停泊地で遊んどるに違いない。とまぁ水兵達から言われて那智側も欝憤がたまっとりますし』
松浦中佐から聞いた噂話だ、内地の噂以外も聞けるのはちょっとした楽しみだ・・・お願いを聞き入れても別に
『妙案だな、第二十一根拠地隊の小値賀大佐の隷下にでも一時的に入れるか・・・根拠地隊の中では二水戦を突破したなかなかの部隊だ、レーヴァテイルに関しても関連が深い』
『おぉ、随伴はそれがよさそうですなな』
え゛?
『ちょ、ちょっと待ってください!第二十一根拠地隊は確かに技量良ですが、いい加減休息を』
大規模演習の時に一支らに愚痴をたんまり聞かされている
『おぉ!そういえば五島君はこの前行ったばかりだったな』

『いやはや。君は点に意外な所から線をつけて思い出させてくれるからありがたい、ここは、言い出した君にさっそく出向してもらうよ、いいね』
た、たしかに言い出したのは私だが・・・う、そ、その・・・
『は・・・はい、わかりました』
おわった・・・オレは破滅だ

『となってね・・・あいにく桂とようやく家に帰れそうだから国内旅行にでも行こうと約束したばかりでな・・・』
『それは災難でしたね』
くくくっ、と笑うターニャ、演習以降どこか角が取れたような気がする
『また世話になるよ』
答礼をし手を下げさせる
『はい、ようこそ筑紫へ』
『ではさっそく測量を頼む。問題は都市が内陸にあるため重巡の射程でもこの距離はキツい、特に妙高級はな』
一応最大射程で29キロあるとはいえ強装薬で射撃はしたくない、ただでさえ妙高級は主砲を0.3センチ削ってるのだ砲身寿命は長くは無いだろう。じつは・・・砲身交換のドック入りは計画的にしてもらわなきゃはなはだ困る!そこんとこもたのんだよ志摩君(by軍令部一同)とも言われている
『はぁ・・・最適な砲撃位置をわりだしてくれ』
『キュ。努力します』
志摩が伝声管を手に取る
『一支艦長、進路啓開を始めてください』

『ちっこういうのは対馬がうまいんだが・・・ターニャの測量値、伝え損ねたら即座礁だ、邪魔はしないでくれよ』
わかってますよ、と一支に志摩が答える
『・・・で、だ。那智の方でも五島と通信が取れんらしい、どういうことだ?』
いくら呼びかけても返事が無い、今頃その国のどこかに仮大使館なりなんなり設置する関係で無線機のそばに居るはずなのだが・・・(ラーナの国王が馬で出迎えるのも交渉相手がネームレスなのも予想外だったため)
『・・・いきなりですが、最悪のケースを考えなければなりません』
伝声管を通すためくぐもった声が耳に届く
『特設陸戦隊を編成して上陸偵察、及び生存、死亡に関わらずの五島の奪取か?縁起でもねぇ!呼びかけは続けるぞ』
『それはかまいませんが・・・』
水偵が今どの艦にもないのが悔やまれる、筑紫のは失われてから補充されていないし(ターニャが優秀なため)、那智の水偵も野ざらしの期間が長くなるために内地に置いて来てしまった、もしもの時にしても弾をただバラ撒く分には必要ないという事らしい、機体も整備もパイロットも惜しいのは良くわかる。でも水偵が今この場に欲しい!


『何か手は無いのか・・・早く無線に答えてくれ五島大尉』


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