『唄う海』25


『死ぬ間際の祖父は言った、真に不滅である物は何か、と。私は答えた、それは芸術である!と』
市街へ到着すると驚いたことに我々と同じく供回りもつけずに国王自身が馬に乗り現れた、そこで私等は礼儀上、馬車を降り、徒歩で王宮まで向かうことにした。どうやらこの若き国王自身が国そのものを紹介してくれるらしい
『未だ私はこの街を掌握しては居ない、何故ならこの混沌の街に於いて統べからく名を知られるのは偉大な者だけだからだ、偉大な我が父からその遺領を受け継いだからからといって、名を覚えてくれる人間はここには誰も居はしない』
歌う労働者、喧騒、女達の姦しい声、街角では芸術家らしい人物がデッサンを描き、みるからに街は活気に満ちている
『そして常に、彼等はまっすぐに見ている、己を統治する者がどのような人物であるかを知るために、だからこそ私は市井にこうして馬を駆り、出歩くのだ』
『ただ、街に出歩くのみで政治が回ると思うなら、それは愚者でないのか?』
『ちょ、リーネさん!』
いきなりの罵声にうろたえる、国王だぞ国王!
『はっはっはっは!・・・君は私をよく理解している、男の内面をえぐり出すのはいつも女だ』
矍鑠と大笑し正眼でリーネを見つめる

『では覚えておいて欲しい、今、いかほども注目を得ていない我々が、この後、何を成したか知るためにも』
石を投げられるか、歓呼の声を受けられるか、国王の座を追われるか・・・王が五島に目を向ける
『客人の姿からして、帝國とは美しい国のようだな』
五島の着ているのは第二種軍装、所謂シロフクだ
『私の見では美しい国は強い、何故ならば美しさに気を配れる余裕があるからだ。一個人としての美しさでは失礼ながら、あなたはこの供回りの麗しい騎士には劣るが。』
とりあえず気を悪くしていないようなのでほっとする冷汗が出た、苦笑してこう返す
『絵の柳の木と空は美しさを競う物ではないかと、混然一体となって美になるものでしょう、それに私と絵になるのは残念ながら、彼女ではないですし』
単体の美しさだけでは出ない物もある、私はそう思う、ある場所にあってこそ美しいのだ、私自身はそう思う
『包み込むのは空、つまりは女。それになびく柳は男・・・全く正しい物の見方だ、貴公のよき妻はレーヴァテイルと聞いたが、そのような女なのだろう、明快で風を紡ぎ、あたたかで、曇ってもいつかは晴れる』
うんうん、と頷いている、この王は多分に芸術家気質をもっておられるようだ

『さて、客人である貴公の名を知ったのは他でもない、私が仲介を受けたからだ』
芸術の話からいきなり、事の核心を付く
『貴国が交渉の相手ではない、と!?』
『われらは交易によって成り立つ国、悪辣と暴虐によって成り立つ国、芸術によって成り立つ国、全てを庇護すれども、どちらの側にも付いたりはしない』
この王は・・・帝國と列強を自国の混沌を利用し、そのどちらとも組せずに完全な独立国として生き延びるつもりだ
『帝國という国の文物、交易は大いに結構、いつでもお待ちしております。ただ、敵対なさるとなれば、この国はすぐに霧散する事でしょう、流れ行く悪意とともに、人の流れは神とて遮ることは出来かねよう、もちろん列強とてそれは同じ事』
今、よくよく彼の姿を見てはっとした、遊牧民系の姿をしている、貿易に関しても流れる物として理解すらしている、そして理解した。この感性が今の発展をもたらしたのだと
『この街に・・・執着はないのですか?芸術が不滅であるとおっしゃっても簡単に破壊できますぞ、我々は』
『かつて滅んだいにしえの国々の事を、我々は伝承、遺跡、その他によって知ることができます、帝國は我々に関わった全てを滅する事ができるのですか?』

出来る、とは言えなかった。この王は滅びや衰退など、どうともないのだ、たとえそれが偽りだとしても、それを決断するだけの意志力がなければ公言できない
『もう一度言います、我々はどちらにも付かない、それだけです』
『私と交渉する人の仲介なればその相手が私の本分、その話はまた別個、貴国と正式に会談する担当の者にお話下さい。しかし、陛下のお話の概要はその者にお伝えしておきます』
私はこの王に圧されている、下手な事は言わない方がいい、先のばしも外交の手である
にっこりと王が笑う
『あなた方とはよい商売が出来そうだ、交渉の駆け引きもまた、芸術に次いで我々の好むものだ、値引きから外交にいたるまで、それは我々の頭を刺激する・・・この先の聖堂に客人がお待ちです、お話が終われば、是非王宮に立ち寄っていただきたい、ラーナ式の接待というものをご覧に入れましょう。ハイヤッ!!』
王は馬に一鞭入れ、駆けていった
『手強いな、貴様じゃ相手にならん。男としても私は好かんな』
途中から黙ってたリーネが感想を挟む
『自分でもそう思うよ・・・名君だ、ありゃ』
どっと疲れる、だがまだ私を呼んだ相手との顔合わせがある、気は抜けない
『行きましょうか』

扉を開けるとこの聖堂は元の世界で言うモスクのような構造になっていた、天井が高い。
礼拝の時間が違うのだろうかみすぼらしいケープを被った男が一人に・・・あーいやだ、見覚えがある顔が
『いやぁお待ちしておりました』
『ネームレスあなたですか・・・はぁ』
『その疲れようはあなたも新国王に会われたのですね、いやはや、権力の掌握に手間取っているだろうと、若い国王をうまく操ってかいらいにしようとしましたら、手強いこと手強いこと、私、失敗してしまいまして。場所の選定間違ったかなと・・・おーい、聞いてますか?』
『すいません、少し休ませてください』
『大変ですねぇ』
『・・・あなたがいわないでください』
椅子に腰掛け頭を抱える。少しして気を取り直す
『で、一体なんの用なんです、こんな回りくどい事をして。レーヴァテイルの国に関してはお断りしたはずですが?』
ネームレスが不気味な笑みを浮かべる
『我が国で起こるであろう事件のお手伝い、でしょうか』



こいつら、いったい何を始める気だ?


inserted by FC2 system