『唄う海』23


しばらく艦内待機が言い渡されたターニャ、約束だった録音板に入れてある目をつむり、音に耳を傾けている、いつもの凛とした顔では無く穏やかな顔だ
『・・・』
スクリューの泡立てる音、機関の鼓動、艦首の波を切る音、全てがリズムを刻んでいる
『・・・?』
違う音が聞こえた、一瞬の不協和音
『伊勢で最初に聴いた音?』
もう一度同じ場所に針をあわせる

『どうした、ターニャ水測士。非番だろうが、休みぐらい休め』
『司令は・・・おられませんか?』
お猿の腰掛けにいつも座っている小値賀が居ない
『今は自室で休んで・・・そうだなぁ、たぶん医務長からくすねた酒をチビチビやってるんじゃねぇか?』
『そう、ですか』
珍しく迷っている
『どうした、らしくない、とりあえず聞くぞ、言ってみろ』
『先日の演習ですが、どうやら私の仲間が居たようなのです・・・おかしくありませんか?』
『うん?・・・ああ、そういえば危険な海域にはレーヴァテイルは居ないんだったな』
巨大な群生帯と戦った国で測量した時の話だ
『でも好きなんだろ?音は』
『あれだけの数の艦、例えるならオルゴールしか聞いてない人が最前列でオーケストラの打楽器を連打されるようなものです』

『私も以前、まどろんでるときに、交響曲【運命】を聞いて倒れかけました』
『お前、部屋でそんな事してたのか』
はっとなるターニャ、あとの祭だ
『・・・忘れてください。ともかく、私もこれだけでは覚束ないので司令に判断を仰ごうかと思いまして』
『だな・・・』
確かにちょっとしまりの無い話だ、ただ、居る、というだけなら今度の寄港や工作艦に存在の可能性を典礼参謀もしくは最寄りの基地、最悪レーヴァテイル学校の人に手紙を出して示唆して捜索してもらえば良い
しかし現場はレーヴァテイルが居ないはずの場所であるが、そのレーヴァテイルは演習が現に行われてる時間帯にそこ居た
『以前五島からもらった手紙にレーヴァテイルの国が列強とかいう国々の隷下にできたって話は見たが・・・』
その話はターニャも見ている、第二十一根拠地隊隊内新聞、略してだいこん新聞(六連の対馬が書いている)の記事として五島の手紙は包み隠さず載せられているからだ、もちろん記事に使われてるとは五島が知るはずも無く、本人の諾などない
『はい、もしかするとあの演習、偵察されて居たのではないか、と』
『見られて何か困るか、という点もあるな』
めたらやたらと通信は打つものでは無い。

『それは・・・素面の時に聞きたかったな』
多少顔を赤らめ小値賀が髭を捻る
『申し訳ありません、司令』
小値賀がターニャに顔を向ける
『まったく、世の中、何が幸いするかわからんな、働き詰めの君にゆったり聞いてもらうつもりが、さっそく問題か』
『キュ・・・そんな、とんでもありません』
『ふむ・・・では裁可を下そう、諜報員の接近の可能性を示唆する電報を打ち、捜索してもらうとともに、海軍全体、とくに各地に広がる根拠地隊の将兵の綱紀の粛正を私の名で具申する』
『そこまでやりますか!』
一支が驚く。全軍の綱紀粛正まで示唆するとなると求められる責任も大きい
『諸君らが所々で入る旅館、酒場、女郎屋、情報はどこからでも漏れる、先方が情報を集めているというのに対策をうたない方が問題だ』
『酔って、ますよね?』
ターニャも大事になってうろたえている
『酔っている、だが、もし今回統制に失敗しても、前例として少しでも次に改善ができる。していい失敗はできるうちにするべきだ。その機会を逃すべきでは無い』
最大の失敗とは実戦になってそれをすることだ
『司令・・・』
『大丈夫だ、負ける賭けはせんよ』
ただ、笑顔で制帽をかぶり直す小値賀だった


某国、万聖節の薔薇宮

『いやはや、なかなかに壮大な物でしたよ、これを。我が主』
暗幕の向こう、青い瞳を持つ主を見上げるネームレス、あの艦隊の演習を映した水晶球を傍に置いて下がる
『そうであろう、おそらくは私の知る以上にな、国王陛下以下、帝國に対抗意識を持つのは結構だが、情報を分析して無理を悟るまで求めるのは、愚、か。』
『それも閣下のさじ加減一つではないでしょうか?』
『くっくっく、それもそうだな。だからこそ貴様を本国に召還したのだ。・・・海へ行け』
『・・・レーヴァテイルの国を創ったのはそのためですか』
『お前も今回の偵察行、使ったのであろう?理解は増したはずだ』
『そういった趣もあったのですか、まぁ楽しませていただきましたが、少々物足りないといいますか』
ダークエルフへの対応をせねばならない陸路と違って海路、しかも単独行、いかな世界に根を張るダークエルフの監視網でも海の上では見つけられようはずも無い
『ふふ・・・例の男と接触しろ、わかるな』
『御意のままに』
短剣を掲げる、そこにはその国の諜報機関の主を表すGERというレリーフが刻まれていた


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