『唄う海』21


『久しぶりに訪ねて来たと思ったら、食事をたかりに来たか?』
笑いながら松浦が五島に言う
『ちょっと仕事の方を回していただけませんので』
今となっては五島は一部とは言え陸軍とやり合った人物だ、そうほいほいと任地に向かわせるわけにもいかないらしい
『あら?ニーギちゃん、おかわりならいくらでもいいなさいね』
『キュ?ホント?』
五島が笑って頷く、遠慮なんてするなと言わんばかりに松浦も首を縦にふる
『じゃあ煮物下さい!』
『はい♪かしこまりました、煮汁もたっぷりよね』
『うん!』
幽弥が台所へ消えていく
『ニーギは煮物好きだもんなぁ』
『キュ!今まで生ものしか食べた事なかったから』
『味が減るとかいって焼き魚はそれほどでもないみたいですがね、煮物もスープがあっての話みたいです』
ニーギの言葉を五島が詳しく説明する
『よく適応したもんだな』
松浦が感心する、調理などしていない物しか食べていないレーヴァテイルが我々と同じ食生活を行っている、たしかに感心する所だ
『犬猫でも味噌汁ぶっかけ飯食べますし、そうでも無いんじゃないですか?』
幽弥がサバ?の味噌煮を持ってくる
『あ、すいませんご飯おかわりです』

『はい、ただいま』
『米は高かったでしょうに、申し訳ない・・・おかずだけで食べるのは未だに違和感がありますよ』
『構うな、備蓄の大使館用で期限が過ぎた物を使わせてもらっている』
ご飯のおかわりをよそいで幽弥が続ける
『ええ、それに大使館に来た賓客をもてなす料理を作る技術の維持も仕事の内ですから』
あまりに広大になった帝國に列する国々の大使館(暫定)や領事館に専用のコックを置くわけにもいかない、というより人間が足りない、現地の人間を雇うわけにもいかない、振る舞われるのはあくまで日本(もしくは本来居た世界)の料理が望まれるからだ
『ニーギも幽弥に教えてもらったカレーとかマーボーとか作れるようになったよ〜』
頬に食べかすをつけて手を上げる
『あら?香辛料の使い分け方、もうわかったの?早いわねぇ、いつかの誰かさんとは大違い』
『ニーギ、ほっぺに付いてるよ、こうなった魚はもう逃げないんだから落ち着いて、な』
『キュ?あ、ごめんなさい』
『こらこら、幽弥。志摩君が聞いたら意固地に怒るぞ、できるまで何度でも失敗してくれる彼女に何て言い草を、とな。』
『料理がうまくできない腹いせに足蹴にされててもそれだから、呆れちゃうのよねぇ』

『んで、話はそれだけじゃないんだろう、五島大尉。』
づけまぐろ?みたいな物を箸にとりご飯とかきこむ松浦
『本題ですね、ま、ちょっとした妄想ですが』
味噌汁(味噌は幽弥特製)に浮かんだもやしを貪りつつ切り出す
『この世界に化石ってないんでしょうか?その収集を行っている個人や集団は』
『幽弥、おかわり頼む。化石なんか探してどうするんだ?たしか鮫の歯は日本の中世でも天狗の爪とか言って記録に残ってたな』
沢庵をこりこりと噛み切りつつ茶を飲む
『龍はあくまで進化した物でなく、創られたものですよね、古代に』
『ああ、エルフのやつらが異種複合世界・・・今の帝國のような国を消し去った礼として各国に・・・どうする気だ?』
『ではそれが昔から居て、エルフのおかげでは無い、としたら?例えば化石とかで龍の骨が出たならば、どうなるか・・・彼等の支持基盤はそういった古くからの伝説からなるのではないでしょうか?』
ニーギが五島のダシ巻き卵を恨めしそうに見ている、いくらか残ってた皿ごと差し渡す、ダシが効いててうまかった
『そいつぁ危険じゃないのか?ある意味お上の起源を探るって事と同意だぞ?』
松浦は幽弥からもらったご飯にとろろ昆布をぶっかける

『お上をないがしろにするわけでは無いですが、南北朝時のゴタゴタは我々も知ってますし、それでお上の帝國での御威光が失せられるわけでもありますまい、お上はお上ですから』
味噌汁を飲み干す
『しかし、この世界のエルフ達は違う、と?』
松浦がとろろ昆布を乗せたご飯をこれまたかきこむ
『あくまでエルフ族全体が神秘化、というよりかは尊大化してます、それを引きずり降ろせるなら・・・いざ、ぶつかるとなるときの一つの手になりはしないでしょうか?少なくともねつ造と言われぬよう、こういう学問もあると広めるべきです、発掘調査を始めて。』
づけまぐろとネギを乗せてお茶漬けにする五島
『軍令部にそれを上げるために私をダシに使うんだな?まぁ面白そうだ。志摩も好きだしな、そういう話は。ま、こんな風な話でも取り上げてくれるからあいつはいつも少数派なんだろうがな、損な性分だ』
苦笑して松浦が箸を置く
『・・・志摩さんには本当に申し訳ないですが』
最後に残った分のお茶漬けを飲み干し箸を置く
『海軍に居ることができればそれで良い、とか言って出世は特に考えてない奴だから、気にする必要は無いさ・・・幽弥、ごちそうさん!』
『ご馳走様でした』
『はーい』

幽弥にむけて挨拶する、いつの間にかニーギも横から居なくなっている、話に入っちゃいけないという配慮だろう、向こうではなにやら幽弥さんから紙きれをもらっている、今度会う時までのノルマだろう、当分はそればっかり食べることになりそうだ
『あぁ、でも志摩のカミさんになにか土産でも見つけたら送ってやるといい、住所な』
メモ帳を引っ張って来て住所を書き留める
『ありがとうございます、志摩さん本人には?』
『私が伝えておく、奴に送るよりはそっちに送った方が喜ぶからな』
『桂さんは・・・そうですねぇリボンとかそういった結わえる布といった物が好きですから、それを探してみてはいかがでしょう?』
『なるほど・・・流石女性です、お詳しい、では染料の生産が多い地方に足を延ばしてみます』
『染料は領主直轄の生産物になってる可能性が高い、地方領主の元を訪ねた方が早いかもしれん、土産品が必ずしも置いてある土地とはかぎらんしな』
松浦の言にももっともだとこくこくと頷く五島
『キュ〜・・・』
ニーギが首を傾げている
『どうしたニーギ?』
『いいのかな?領主さんにそんなお願いしちゃって』
素朴な疑問だ、遊びに行くわけでは無いとはニーギもわかっている

『いいんだよ、ニーギ』
ニーギの頭撫でる
『条約なんて気難しくて難しいお話をし続けるだけじゃ息が詰まっちゃっうし、相手の人の事だってわかんないだろ?パーティとかもいつもやってることだし、腹の探りあいになることもしばしば、だから、帝國のこととなーんにも関係ないこちらの個人的欲求を相手側に見せるってのは、交渉の際の両国間のストレス解消になりえるしね』
無条件に帝國に従う場合のドライな関係ならそれでも構わない、だが一触即発の外交状態で、相手の交遊、好悪の別を知らぬことで失わずによい糸口を失うわけには行かないのだ
『国同士の仲が悪くなって別れちゃわないよう。先に人が仲良くなっちゃおうって事さ、喧嘩しても仲直りしやすいしね。だから少しだけのわがままは許してもらうのさ』
ニーギを見ると目を回している、考え過ぎたらしい
『キュ〜・・・わっかんないような、わかったような』
『外交、そして典礼というものはそういうあやふやなものです、難しい世界ですよ』
『だ・か・ら、私たちはその難しい事をしてる殿方を支えなきゃいけないのよ、ニーギちゃん』
『キュ〜ゴトーそんな難しい事してたんだ、うん頑張るよ!』
こうして宴の夜は更け行くのだった


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