『唄う海』20


『よーし、斉発はもうよいだろう交互、撃ち方始め』
『交互撃ち方ー、始め!』

『ひうっ・・・つ!大丈夫です、慣れてきました』
海中に伝播する衝撃波は空中よりは比較論としてまだ、軟らかい、もし大和級の砲撃の衝撃波にしたところで機銃座の防弾板の向こうは生身の人間だ。衝撃波自体を受ける規模は聴音をしているレーヴァテイルとて同じだ。艦というものは人がそこに生きている以上、全てを含めて生き物なのだ
『・・・!』
連続する頬をはたくような音の中に微かに感じた・・・この音は
『いえ、そんなはずは・・・確実なものを得るまでは』
『(?・・・時間が早い、この状況下での予想探知距離は・・・ありえん、境界層か?)』
わずかなターニャの表情と口の変化を砲声下にとらえる志摩、たたの恐妻家では無い 『火薬の匂いが漂って来たな』
連続射撃が続いたせいだろう、艦内深くにまで漂って来たのだ、砲で働く者達は灼熱の中にいることだろう、つらいのは彼女だけでは無い
『差別しない、という事はこういう事だよな、桂』
本土で社会運動をしているであろう妻に問い掛ける・・・思い出したら頭が痛くなった 制帽を被り直して気を取り直す、これでは帰ってから蹴られるだけだ

薄暗い照明に独特の狭い空間にこもる匂い、潜水艦特有の匂いだ

『艦長、よろしいのですか?時間をずらして』
告げられた開始時間は過ぎている
『速水先任、潜水艦とは不確定の脅威を与え続ける事がその目的だよ、海防艦の真似事をさせられて不自由した分、少しの横着ぐらい構いやせんだろう』
今まで潜水艦は海防艦の数が揃わない間、その長大な航続距離を生かし、前線に展開していた。もちろん、潜水という必要ない事は出来ない、どん亀乗りとしての苦労もあるが、潜れるというのは誇りでもあり、彼等も欝屈の日々であったのだ。腕を奮う気合の入り様も違ってくる
『上の艦隊連中はもう十分楽しんでいるだろうが、この伊ー170にもたんと活躍させてやりたいからな』
こつんと潜望鏡をこづく、海大Ya型三番艦、建造から10年が経ち、油も乗り切っている 『砲撃の音で海中音響もめちゃくちゃだ。運が悪くなけりゃ見つからん、至近まで近づいて、目の前で浮上してやろうじゃないか』
『しかしあの少佐、戦艦に新型ソナーをと言ってましたが』
『大電力がいる、といった所か、簡単には捕まらんよ』
海底図を出す艦長、しかしそれがかつてターニャ達が測量した物だとは知るはずもなかった。

『・・・おかしい、歌は聞こえるのに、姿が見えない、海中に機関音、場所は特定できません』
ターニャが縛り緩くなり前に垂れた髪をかきあげる、苛立っているようだ
『(聞いた話より遅いし不正確だな・・・)よし、二水戦に通報する、各艦の位置に留意せよ』
時計で時刻を確認し伝声管で通信を許可してもらう


伊ー140
『この海域が浅くて好都合でしたね、芝村艦長』
海図上にあった断層のような崖に沿って航行させていく、うまいこと演習艦隊にとって影になっている
『噂だと、海の千里眼と言われたこともあるようだからな・・・念には念を押して視覚的にもなるべく隠れるようにしてみたが、当たりかな?』
以前、機雷敷設潜水艦(機雷敷設には正確な測量が必要)の艦長と会ったときにレーヴァテイルの情報を話半分でも覚えていたのが役に立った、何が幸いするかわからない


『接近してきます・・・キュ!どうして位置がわからないの!』
いくら測量して海底図を作ったのが本人だとしても、ターニャは別な海域でもそれを行っていたわけで、その全てを覚えているはずが無い
『(見えるということは万能ではなく、その欠点、いや、影にある物は見えないという当り前の事も含むのだな)』

『ターニャ水測士、海図と照らし合わせるか?』
志摩も見えるという面から潜水艦がどうアプローチをすべきか海底図を睨んでいてふと気付いただけなのではあるが伊ー140の手に気付いていた
『・・・大丈夫です、見つけて見せます!』
『(気負いが空回りしとるな)わかった、続けろ』
聴音については人間になど負けないというレーヴァテイルの自負とこれからの同輩の扱いが決まるやも知れぬ事を思う気持ちが焦りを生み、発見の端緒を得るチャンスを逃している
『ふむ・・・(だが・・・本艦に近づけば近づくほど影で隠れることの出来る範囲は減る)』

海中の状況は変化に富む、不幸とはお互い等分に訪れるものだ、海流に押され拳大の石が崖下に落ちていく

カコンっ

『!?』
耳に全神経を尖らせていたターニャが不意の雑音に注目する、そして全てを悟った
『該当艦探知!!右舷!本艦より距離6500!』
『(あれ、遠い?・・・時間をずらしましたね)よろしい、二水戦の一番近い艦を差し向けよう・・・すいません、艦長。この艦も右舷各員は海面に注視して、砲撃訓練も一時中止していただきたい』
伝声管でさらなる状況設定の許可をもらう
『砲撃は中止しないでください』
『水測士?』

『砲声が無くなれば相手に気付かれた事がばれてしまいます』
『発見はしたんだ、あとは任せて、君は休んでなさい!』
『砲声がやんでも、撹拌されている海中状況を引き続き観測できるのは私のみです!』
『・・・知らんぞ』
『ありがとうございます!』
短いが真剣なやり取りが行われた。

伊ー140
『こりゃあ気付かれたかな?』
『砲撃訓練をあちらは停止していないみたいですが』
石が当たったあとスクリューを停め、慣性でしばらく推進していた、気付かれたとしても音を録るため、砲撃を止めるのがベターな選択だろう、駆逐艦による聴音にも問題がでる
『だから、さ、当たり前の事をしてこないというのは気付いたということさ』
『あちらが元から気付いてない可能性もなきにしにもあらず、ですが?』
『潜水艦に於いて、臆病であることは恥ずべき事では無い、相手が有能である事の恐れも含めてな。優秀なドン亀とはそういう物だ』
『ソナーに感!駆逐艦、近づく』
『そーら見ろ、先任、魚雷戦用意』
『え゛っ?』
静粛航行をさらにすべき状況だ
『そしてさらに利口などん亀はな、それに加え思い切りもよいものさ。メインタンク、全部ブロー。急速浮上に備え。浮上雷撃を行う』

『該当艦浮上してきます!!!』
『こんな距離で浮上する気か!?・・・いかん!咄嗟砲撃の指示を出さなければ』
伊ー140は浮上して一気に距離を縮める気だ
『該当艦、浮上!!!』
『艦長さん!しつこくて申し訳ありませんが』
志摩が伝声管に泣き付く
『だめ・・・駆逐艦が射線を塞いでる』
『居るのは陽炎だったな!?あちらがすぐ対応できるかどうか』
ここがわけ目だ

ぽーん、と不意に艦内放送の予鈴がなる
『戦隊司令より、各艦各員に告げる、よい訓練になったことだろう、ここで状況終了とする』
『な!?』
『・・・お、終わり?』
気が抜けたのか聴音器を外した所でターニャは机につっぷしてしまった
『ターニャ君!』

伊ー140
セイルに立つ二人
『何でこんなタイミングで!!あと少しで伊勢が食えたのに!』
憤慨する先任
『どちらも相手をやれる、と思った所で停止か、落とし所だね』
『そうでしょうか?』
タバコを一服する芝村
『実戦なら、陽炎が本艦に艦をぶつけてでも阻止しただろう。伊勢が同士撃ちを気にせず副砲を撃ってもよい、50:50さ、あっちの測音班は負けた気分だろうが実際の所は引き分けだ、勝って兜の緒を締めよ、だよ。速水先任』

頭がじんじんする・・・水に濡らしたハンカチが気持ちいい・・・!!!
『ここは!?』
がばっと起き上がる
『筑紫の医務室だ』
志摩は起きた際におちたハンカチを水につけて絞っている
『志摩少佐・・・っ!時間は!?第七戦t』
『中止してもらった、寝てなさい、よかったよ、命に別状がなくて』
『私は、耐えられなかったのですね』
悔し涙がぽたぽたとシーツを濡らす、耐えてみせるはずだったのに
『あぁ、おかげで限界もよくわかった、だから寝てなさいって、無理したんだから』
涙を拭いてやって頭に乗せターニャをベッドに押し付ける
『キュウ・・・』
抵抗するでもなく弱々しくベッドに押し付けられる
『あー、なにか勘違いしてないか?』
『?』
『貴女が引き起こしたこの結果の不具合にあたる部分は結局の所、レーヴァテイルがあなた一人しか居ない事に起因するものです』
意見を聞く余裕、長時間の聴音その他
『キュ?』
『他のレーヴァテイルさん達が居てくれるなら何も問題はないのです、これが意味することは、わかりますよね・・・育成すればいいんです』
意味を咀嚼していく内にターニャの顔がくしゃくしゃになっていく
『おめでとう、合格ですよターニャ水測士』


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