『唄う海』19


『どうも、軍令部から実験に付き添うこととなった志摩です』
眼鏡で垂れ目の少佐がにこやかに握手してくる
『しっかし、ひどいもんでしたね』
列を崩さずターンや艦隊行動を行う第二戦隊の第一分隊(伊勢・日向)と第七戦隊(最上級4隻)に第二水雷戦隊の半分(能代以下六隻)と比べて、大陸に展開していた根拠地隊(小値賀の含めて三つに付属一つの小艦艇・潜水艦の16隻)に三個駆逐隊は・・・
衝突事故を引き起こし兼ねないニアミスが三度、舵を切り返す方向が反対の艦もちらほら(対空陣形に穴が開いた場合の各艦ランダムに充てられる位置に遷移する訓練で多発した)
襲撃訓練では大陸側に派遣されていた全力で殴りかかっても半減状態の二水戦を抜くこともままならず壊滅判定、唯一、小値賀の第二十一根拠地隊が抜けて、次の第七戦隊にせん滅されたのが得点(海防艦でやったんだから、まぁまぁである)
志摩の言うとおりひどいものだった
『そっちと違って顔だし程度にこっちに来ては油を持ち帰り、ぬくぬく、居もしない敵相手に訓練出来て、すり合わせもばっちりとはいきませんからね』
と皮肉の一つも言いたい所だが、艦隊行動が出来ているのはあっちでこっちでないのは事実だ、自重するしかない

『良い発破になったさ』
小値賀がにこやかに答える。そう思っていただけるのが一番ありがたいですと小値賀に頭を下げメモを取り出す志摩
『それで予定なのですが、まずは伊勢にターニャ水測士を連れて行きます』
『うむ、大口経砲の射撃音への耐性だな』
思わず息をのむ一支
『っ・・・(よりによって一番まずそうな実験からか)』
戦艦の主砲射撃と言う物は海面を凹ませるほどの衝撃波、つまりは空気の振動があるものだ
『で、そのターニャ水測士は・・・』
『お待たせしました』
第二種の制服に着替えた姿で現れるターニャ、ズボンが少し濡れている、長時間の行動に備えて水をかけてきたのだろう、短剣を掛けるところに水入れを挿している
『ほう・・・これは』
志摩がまじまじとターニャを上下に見定める
『なにか?』
『うちの嫁になんとなく雰囲気が・・・』
さっと身構える志摩
『・・・なにしてるんですか?』
『あ、すみませんね。いつもならここらあたりで蹴りが後頭部に入るので、つい』
『どんな嫁ですか・・・』
皆呆れる
『ウーマンリブにこり固まってましてねぇ、標語の夫を殴れ、を実によく実践してますよ』
アメリカで以前流行ったものだ
『さて、いきましょうか』

内火艇で伊勢に向かうターニャと志摩、射撃訓練が始まる前に着かなければならない、内火艇でも志摩が話し掛けてくる
『一応伊勢にも申し訳程度にソナーが付いています、それが使えるとそれぞれの個艦運用に、かなりな自信を持って実行ができるのですが・・・』
『耐えて見せます、それだけです』
『そうであれば、実によろしい、しかしそうなるとあなたの御同輩、かなりの数が徴用されてしまいますが』
『構いません、そうなれば後々、帝國に我々が強く出ることができます』
『ますますうちの嫁みたいだな・・・主張が似てるよ、女かレーヴァテイルかの違いはあれど、ね。軍役利用が進むようになる可能性がある分レーヴァテイルの方が優位だが』
女同士の結企などみたくもない悪夢だ、あいつの事だあんなことやこんなこと、あまつさえ・・・あわわ
『なら・・・いつかお会いしたいですね、その方と』
『それは駄目だ、絶対に駄目だ、不許可!削除!禁止!』
首をぶんぶん横にふる志摩
『なにもそんなに否定せずとも・・・』
『いいや、図に乗るね、あいつは、そして私にあの悪魔のような笑みで前例として君を出してくる、絶対だ。あくまで海軍は見世物として飼ってると言ってあるのに、あ』

『・・・とりあえず、あなたが味方ではないことは確認しました』
志摩ににっこりと笑って差し上げるターニャ
『ま、まぁ私の個人的憂鬱はともかく、今後海軍がさらに広範囲に活動を広げざるを得ない場合、君達の力が使えるなら、それは心強い味方となるだろう、我々帝國にとって、ね』
ずり落ちた目がねをあげしかめつらをして言う志摩、どうやら個人感情でえこひいきはしない人間ではあるらしい

そうこうしているうちに伊勢の舷側に着く、降ろされた登舷門を上っていく
『どうした?』
ターニャが途中で停まっている
『♪〜・・・いい艦ですね』
どうやら機関の音を聞き摂りリズムをとっていたようだ低めだが澄んだ声が聞こえた、ああ、と頷き一緒に甲板まであがる
『私、志摩少佐以下2名、乗艦を許可願いたい』
『許可します、測音室はこちらです』
出迎えの下士官が物珍しそうにターニャを眺める、行き交う乗員も作業の手は休めないがちらちらとこちらを見ている
『ここです』
扉を開けてもらう、担当の乗員が敬礼をして立ち上がり席を譲る、調整は済んだらしい
『感謝します』
ぺこりとお辞儀すると直ぐさまヘッドホンをつけるターニャ、音の事となると多少見境がなくなるようだ

『すまんな』
志摩が答礼をし、手を下げさせる
『どうだ・・・』
『黙って・・・』
5分ほど沈黙が続く
『確かに聴音がしにくいのはありますね、でも艦底が海面に近い筑紫とそう大きく違う問題があるわけではありません、この艦の周辺の位置関係は把握しました』
用意された海図に距離や位置関係、艦の大きさを書き込んでいくターニャ
『こんなに正確に位置がわかるなんて』
担当だったものが困惑している。当然だ
『私を標準にしないで下さい、レーヴァテイルでも訓練や癖、上手下手もありますから』
当たり外れがあるのは人間と同じだ
『できる人間・・・っとすまん、レーヴァテイルが居る。訓練をすれば育成できる、というだけでも現状は違ってくる・・・続けて』
志摩が時計を見てそう伝える
『本艦はこれより、射撃訓練を行う、各員は・・・』
『はじまるな』
海上砲戦を行う際には基本的に艦は直線運動を行う、それは敵潜水艦にとって空母が艦載機を発艦させるためにする直線運動と同じく好機、駆逐艦も哨戒活動をしているが、もしも抜けられたとき目標とされる艦が探知でき、回避運動をが出来うるなら?それは海中から隙を窺い、必殺の一撃を浴びせる者にとって最悪の悪夢だ。

伊勢の砲塔が設定された目標に向かって旋回するゴロンゴロンという音が聞こえてくる
問題は阻雑物となるもの水上打撃艦の場合主砲の射撃音、空母なら艦載機の集団が出すエンジン音にレーヴァテイルが耐えられるか否か・・・
志摩がターニャを見つめる、人間なら汗ばんだりしているのだろうが、もとからぬめりけがあるのでわからない

『主砲斉発、撃ちー方始めー』
『主砲斉発!撃ち方始め!!!』

遂にその時が来る
ズドドドドド!!!
『!!!』
瞳孔が一気に開くターニャ
『大丈夫か!?』
『大丈夫・・・です。』
やはりキツいようだが、サポート付きならなんとかなるか・・・断続的ではない砲声から斉発、交互射撃では無理が過ぎるか?だが・・・いや、試験すべきだな
『続けて』
『はい!』
予定では海大型が接近してくるはずだそれまで持てば合格と言えよう
ズドドドド!!!
『くっ!・・・ふぅ』
海底より響く彼女の遭遇したことの無い音源を砲撃という大音量の雑音の中からどう正体を推測し、報告を上げるのか
『そは忌むべき放浪の使徒・・・深淵に潜む彼の者らの名を告ぐる者は・・・果たして』
小声で呟く志摩、本当の意味での実戦テストが始まろうとしていた


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