『唄う海』18


修理が完了した筑紫と新しく派遣された海防艦六連(結局天草は標的艦として処分された)が第二十一根拠地隊に派遣され第一分隊も晴れて現役復帰な訳だ
そしてその最初の任務はというと第二分隊の日振、大東と合流し、産油国近くの海域で行われる大規模訓練に参加せよ、だそうだ、しかし一隊まるごと呼ばれるとは珍しい
『六連から発光信号・・・読みます!一支へ、軸をずらすなバカタレ』
『おっと・・・対馬め、張り切ってやがらぁ』
苦笑いする一支、対馬はこの度めでたく艦長職に補され六連に居る
『隊内電話を使えばよかろうに何故わざわざ発光信号を』
小値賀が髭と首を捻る
『隊内電話は第二分隊への指示にかかりっきりですよ気を使ってくれた訳ですな』
『つまり、一列縦隊もうまく組めてない訳だな、本隊は・・・まいったな』
『仕方ありません、現状では』
異世界に進出してからというもの、拡大した輸送路に対応して部隊を分派出来てはいるがこの二十一根拠地隊のように二隻ずつ分けて行動しているのが常だ。
隊全体での行動のすり合わせは今回が始めてでもある、確かに仕方ないといえば仕方ない
『あと人不足で補助艦艇の艦長が若年化しましたから』
経験がまだまだ足りない訳だ

『最悪、一隻ずつの行動になって、艦隊なんてものは観艦式と書類上しかなくなるんじゃねぇのか、というのが士官連中と飲んでると良く話題に出ます』
提督となり、艦隊組んで颯爽と、が夢であり目標である士官にとっては落胆もいいところだ、へたすりゃぼろ船一隻で司令官でございでは恰好はつかない、気持ちはわかる
『不謹慎ですが、仲間のうちに。張り合いがない、なんでもいいから戦えた貴様達が羨ましいよ、異世界に来ても特に何か変わる訳でもなく、敵もおらず、同じような任務で同じような毎日、これが戦時か?という輩も居ます』
小値賀が大きく頷く
『米国との対立で緊張が高まり、さぁ戦時だとなって肩透かしを食らっとる者も多かろうな。緊張を解いてもいいものかとの不安もあるだろう、通常時に緊張を持たせるための演習だとて油の関係でこの二年ろくに出来ておらん、色々溜まっておる、どこかで発散させたい所だ、健全にな』
モチベーションの維持も大変だ、下手な所つっつかれたら暴発してしまうかもしれない
『この筑紫には常に新しい海域での測量の任があって、ニーギ達や海難事故支援にあの化け物と出来事には事欠きませんでしたからね・・・考えてみれば引き受け過ぎな気が』

『まったくだな、まぁ、演習が頻繁に行えるようになれば最低限の発散は出来るだろう。貴様達の言ってることは上も聞こえとるはずだ、戦技の向上も急務だからな、新参の将兵にヴェテランの技量を見せて気合を入れさせるのが一番だろう、うん』
悲観してもどうにもならない。今回の演習から変わっていく事を願おう、そう小値賀の目は語っていた
『では、私は新品の艦長達が一Fや二Fの艦隊行動見たら腰を抜かすに十円を』
『では、私は訓練よりターニャ君に腰を抜かすに十円を賭けようかな?』
『???』
『各艦種、訓練にレーヴァテイルが耐え得るか試験することになっておる、ターニャ君を各艦に連れ回すことになるしな』
ニヤリと笑う小値賀
『あ、きったね!!それ知ってましたでしょ!!』
『負ける賭けはせんよ、私は。はっはっはっはっ!!』
結局の所、ダークエルフは初期の典礼問題などで乗艦したとしても身体能力はともかく姿形は人と変わらないため、異世界に来たという実感が乗員に湧くはずも無い
そこに見た目からして異界成分120%のレーヴァテイル(まゆげなし、まぶたは横から、耳は筒状に伸びている、足もヒレに戻せばパーフェクト)を連れて行って普通動揺しないはずが無い

『し、しかし、そういう見世物的扱いはどうかと、本人も・・・』
『録音盤セットだ』
『はい?』
『この演習に際し、手に入るだけの音源を記録し、彼女に個人的に提供する手筈になっている、いやはや、仏頂面のままだったがあれはかなり喜んでいたとおもうぞ、自室に戻る際、水入れを振り回してたからな』
犬がぱたぱた尻尾を振るかのように水入れを振り回しているターニャが容易に想像できる
『そこまで手を・・・完全な出来レースじゃねぇか!!』
『分派されてくる一F、二Fの戦技が神がかってることを祈るしかないだろうね』
ぽむと一支の肩を叩く小値賀、ようやく対馬が納得できた一列縦隊を維持しつつ演習地へと筑紫は進む


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