『唄う海』17


『密月の終わり』


『いくのか?』
『はい、ターニャは頑張り過ぎるきらいがありますから』
机には指輪と離婚届け
『あなたの事は好き、ずっと好き・・・でも』
列強との限定状況下での大戦(おおいくさ)が終結し更なる工業化を図る帝國は、水銀公害等に始まり、環境に配慮が足りな過ぎた。
ようやく軌道にのったレーヴァテイルの国家は各コロニーが巨大なビーバーの巣ようなコロニーの集合体だ、そのコロニーの一つにある日、大量の廃油が流れ着いた、同じく流れ着いた廃材にあった硝子は光を収束し・・・破局は訪れた
地獄だった、周辺全てを炎に包まれ、炎に追われたレーヴァテイル達はそのコロニーの構造上中央に折り重なって焼かれていった
問題はそこを訪れた外務官僚の一言
『まるで魚河岸をいっぺんに焼いたようだな』
ともに戦った同胞の犠牲者への最初の一言が慰めでも支援の確約でも無く、その一言。 やんわりと海洋汚染を唱え続け、今回の原因も事故だし仕方ないさ、怨んじゃいけない、恩人だから、と涙を流しつつ遺体回収を行っていた帝國人以上にお人好しのレーヴァテイル達さえその言葉には激昂した
救難に一早く駆け付けた海軍側の指揮官があわてて取り為してももう遅い

国家元首になっていたターニャはこの事実を公表し謝罪を求めた
海洋汚染で瀬戸内の演習場が危険にすらなってきた海軍も戦友意識もあって話にのり、各省庁に働き掛けた
本来ならここで外務省が頭を下げて終わるはずだった・・・某新聞が
『レーヴァテイルと海軍の癒着を見た!!義援金はどこへ流れるのか、この写真を見よ!!』
と、省庁の役人相手に料亭へ招く将官・・・つまりは五島の姿を報道し騒がなければ 野党は喜んでこの事実を持ち上げ五島とニーギの生活を暴露し、与党への攻撃に役立てた
世論の流れは変わった、五島の家には石や卵が連日投げ込まれ、男社会であるべき軍にレーヴァテイルなどというメスが居るから海軍は軟弱なのだ、と陸軍の一部も騒ぎに加わる始末では、海軍も、もう庇いきれない
『10年、10年耐えてくれ、ほとぼりが覚めれば天下り先は用意してやるから』
ありがたい話だった。しかし非難の日々にニーギは耐えきれなくなってしまったのだ。
海軍籍を離れた当日、五島が暴漢に襲われ重傷を負ってしまっては、それも当然だ
『あなたが死ぬのはもっと嫌・・・だから、お別れです』
ニーギは五島に何もいわせなかった。五島もニーギに何かあってはと何も言わなかった

『ターニャちゃんは、わかってくれると思うし、絶対また・・・ひっく』
『わかってるさ。笑って別れよう、嫌いだから別れるわけじゃ無い、会えるさ!』
『ぅ・・・うんっ!』
国境も世界も関係ないのを証明したのが我々なんだから、いくらでも乗り越えてやる、なに?年がお互いもう四十越えてて恥ずかしくないのか
そんな他人の事など知るか!
『失礼します!ニーギ女史を賓客として我々が護送します』
警官が六人ほど家に入ってくる
『ご苦労様です』
五島が頭を下げると六人で左右に壁を作り、物が投げつけられても当たらないようにして待たせてあった車に乗せてもらう。見送りには出ないで下さいと言われたが、いつもの五島らしくやっぱり出て来た
『またな!』
目一杯の笑顔で手を振り続けてた、それに気付いた家に非国民と害獣の存在を批判するという理由で、張り付いている暇人が石を投げ、それが直撃して額から血が流れても それが彼を見た最後でした

『キュ!?』
はっと気付いて自分の居場所を確認する
あ、そっか。ゴトーの退院が許されて一緒に寝たんだっけ

『どうした?』
流した涙のあとを見られまいと強く抱きつく
『キュ・・・ううん、なんでもない、嬉しいだけ』


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