『唄う海』12


モーズイ王国・王都湾港・測量艦筑紫

『よくもまぁ上の方の人間として本艦をつかうたぁえらいご身分になっちまって』
『はははは、耳が痛い。まだまだ私自身はペーペーですよ、一支砲術c・・・もとい、艦長、小値賀司令の名は見てたのですが、皆さんご一緒とは』
五島の任地国と筑紫の測量海域が重なっていたのでおきた偶然だ
『実際どうかね、仕事の方は』
小値賀が髭をしごきながら問う
『なんとか、先任の方々のご指導のもとこなしてます。一人の場合もありますが』
『そうか、やっておるようだな』
『ところで典礼参謀、頼んでいた物はいただけたかな?早めに仕事を始めたいんだ』
対馬が早く見せてくれと言わんばかりに詰めてくる
『えぇ、対馬航海長、入手そのものは簡単でしたし』
顔を曇らせる五島
『なにか嫌がらせでもあったのか?』
海図、湾港部の物だけでも・・・たとえかなりちゃちなものでも参考になるので測量をする際は、典礼参謀なりに頼んで出してもらうのだ
国の文書なので出すのに手間がかかるのもあり、典礼参謀も忙しいのであとであとでと引きのばされることも珍しくない
『いえ、そういうわけでは。中身がちょっと気になりまして』
『なんだこりゃ!?』

対馬が声をあげる
『なんだ、航海長、大ダコが居るでも書いてあったか?』
『違います、サルガッソーとか言う物があるらしいのです』
五島が対馬に投げ掛けた一支の質問に答える
『サルガッソーっていやぁ潮だまりでしかも風がやむ時節がある場所で、帆船だと脱出できずに乗員が死んじまうって船の墓場のあれか?』
船乗りにはあまり縁起のよくない場所だ、なるべくは避けたい、科学がある帝國でも、だ、いや、もともと船乗りとして迷信深い所は海軍軍人も持ち合わせている、といった所か
『・・・何か聞き出して来たな、五島君』
小値賀が五島の表情に別の意を求める
『ここが啓開できんと国交を開始した際、貿易船等の船舶増加に対応できん・・・何か問題があるなら答えてくれ、沈船が多いならしゅんせつする必要がある』
『たくさんの影を見た、と』
『???』
重い口を開く
『過去、そこに迷いこんだ船舶がある日に、過去の文献にも同じような証言が・・・こちらの国の方では、不吉の象徴として調査もろくにしてないと、かつて国のおこなった調査隊も消えたとかで。』
『昼間見たら何なのかわかるんじゃねぇか?普通は』
『昔から戸締まりして家から出るな、だそうで』

『厄介事になりそうでしたので、正直心苦しいのですが・・・調査してもらいます』
『ふむ・・・仕方あるまい、君も先任の方から、そんな危険な場所に踏み込んでも帝國は大丈夫だ、という交渉材料が欲しいとか言われたのだろう?
貿易の呼び水としても。そういった場所が無くなれば行ってみようかとなる商人も増えるだろうしな』
『恐れ入ります。』
『司令に決められちまったらしかたねぇな・・・一肌脱ぐか!』
『敵情として影とは何でしょうか?』
五島が手を上げ発言する
『何かのガスの大規模噴出で出来た水柱とかを、私は考えています、そうならいいなといった程度ですが』
『腐食や有毒ガスか・・・凶暴化した海竜はどうか?』
『艦長、海竜は遠くから見える程、首が長くありませんよ』
対馬が冷静に切って捨てる
『確かに、海竜はないでしょうね』
『未知の生物の可能性、もあるわけだな・・・ターニャ君を呼ぶか?』
『いえ、ニーギに前に聞いた所、危ないとこには余程の奇人変人じゃ無いとレーヴァテイルも住まないと、ここでレーヴァテイルを探して何があるのか聞いても無駄でしょう』
『ふうむ・・・』
小値賀が唸る
『とりあえずはガスの線で水偵を飛ばしてみるか』

測量艦筑紫の装備として水偵が一機搭載してある(戦隊旗艦だからでもあるが)それを使うのだ
しかし、結果は結局の所、白だった、採取した空気に人に有害な毒性は無く、ただ海中にサンゴが連なるだけとの報告で影のヒントも掴めなかった
『面舵一ぱ〜い!』
水偵収容の為に波の無い海上を造る操舵を一支が行う
『これは直接行くしか無いですかね・・・』
航海長は嘆息する
『面倒が起きん事を願おう、収容が済み次第、僚艦の天草にも信号を、当該海域に進入する』
『申し訳ありません』
『お互いの仕事だろうが、気にすんじゃねぇよ』
これか一支の言、しかし五島としては申し訳なかった
『総員戦闘配置つけ、何が起こったとしてもあとが続くように、通信がすぐ出来る体制を維持せよ』
何が起こるのかわからない、つまり、もしかしたら人死があるかもしれないという事だ。自分の持って来た案件で
不安が頭をよぎる、神のいたずらなのか知った人ばかりの艦で、だ。しかも典礼参謀であるため、今は観客よろしく海を見つめる事しかできない。
『危険への水先案内人になった覚えは無いぞ・・・ちくしょう』

海の底でそれは自分達のテリトリーに入って来ようとする何かを感知しようとしていた

水偵を収容し、当該海域へ多少走らせた所だった
『何か巨大な物!右舷!距離2000!浮上してきます!』
ターニャの悲鳴のような報告が水測室から伝えられる
『何かって何だ!』
一支が伝声管を使って問い直す
『わかりません、聞いたことの無い歌です!ピンをうったら海底からいきなり・・・!海面に・・・出ます!』
艦橋に居る全員が注目する
ザッパァーン!!!
『うおっ!?』
150メートル四方の『島』が浮き上がった波に筑紫ががぶられる
キシシシシシシシシ
『やはり・・・面倒はさけられんかな』
小値賀が頭を抱える。『島』の各所からミミズの色をした管のような物が伸びている、それ系が嫌いな人にはそうとう嫌悪感を与える光景だ。

それは少しばかり困惑していた。音からする限りは自分達の上にのっかって動けないはずの餌が居ない。・・・まぁいい、いつものように、壊して、散らせばよいのだ。
こっちはこっちで食事を楽しもう


『管の大きいのが四つ!こちらを向きます!天草にも四つ!』
見張り員が報告する
『影の正体はあれですかね?』
対馬がなんとか冷静さを保ちつつ小値賀に同意を求める
『そうだろうな、艦長、あまり近づくなよ、何されるかわかったもn』

ビシュウゥッ
『なっ・・・総員対衝撃体制!!』
ギィイイ・・・バキィッ
圧力のかかった水の塊らしきものが吐きかけられる、圧力に負けてマストがしなり、先端が折れて甲板に落ちる
『被害報告!』
『通信不能!回線が切れました』
そりゃそうだ、アンテナが折れたのだから
『カタパルト上の水偵が海に弾き飛ばされました、負傷者はありません!』
『とりあえず、本艦の被害は少ねぇな。アンテナや水偵は狙ってやってんのか?』
『艦長、詮索はあとだ、あれが人為的な生物かどうかは私も気になるがな・・・天草の方がどうなっているか知りたい、連絡はないのか』
小値賀は戦隊全体を見ている、見張り員もあれを見ていて後方の天草がどうなったか見ていなかった。そろそろ伺いがあっておかしくない、それがない、というのは・・・
『見張り員、天草の状況を確認せよ』
慌てて見張り員が視線を向け直す
『天草マスト破損!艦橋側面にへこみ!』
『艦橋をやられたか・・』
報告がないのも頷ける
『ちがう・・・あれは帆船への攻撃方法だ、高い場所を感知して攻撃しマストを折り、行動を不能にして・・・しかしこのあとはどうする!?』
所在の無い五島はぶつぶつと相手を類推している

『敵生物近づきまぁす!!』
そうこうしているうちに管が伸びてくる
『ちぃっ!ここまで伸びるのか・・・』
対馬が舌を打つ
『単純に比率を考えればカメレオンの舌以下ですよ』
聞き止めた五島がつぶやく
『機関最大戦速!!砲術、なんでもいい、全弾叩き込め!打ち方始め!!!』 筑紫の背後の海面を管が叩く
『あれで船を破断するのか・・・』
ドン、ドン、ドン、ドンダダダッダダダッダダダッ
搭載してある12センチ高角砲と25o機銃座が仰角を上げ射撃を始める、が、うねる目標になかなか命中弾は出せない、機銃はブスブスと命中しているようだが相手は無頓着だ、分火してしまっているのもあるだろう
『いかん!天草が・・・』
天草は艦橋に受けた水流と割れたガラスにより艦長以下が負傷し対応が少し遅れた、そのために管の直撃を避けられなかった、リノウム張りの甲板が何度も叩かれ凹み、砲塔はあらぬ方向を向いている、照準もあれでは出来ないだろう
『すまん砲術、目標変更だ!あと管の先端を狙っても意味はねぇ!天草を叩いている根本を狙え!』
新しい砲術長は高角砲装備のためか無意識に高い所の物に狙いをつけたがる癖がある
『機銃座ぁ!気合入れろぉ!絶対近づけるな!』

それはさらに困惑した、水流はあてたのに動かないはずの物が動いたのだ、これはいつもの獲物とは違う、自分の体で叩けた獲物もバラバラにならないし、動いてる方の獲物からなにやら熱い物が撃ち出されて体を貫いている、痛い。
以前熱い丸い玉を当てられたこともあったが大違いだ・・・相手を変えよう、叩いてる方は抵抗も出来ないようだ。こいつを追い返しさえすればあとはじっくり散らせばよい


『管、全てこっち向きます!』
八本全ての管がこちらを向いて立ち上る様はまるで
『まるでヤマタノオロチみたいだ・・・』
『うぅむ・・・艦長、天草は救ったが薮蛇だったかな?』
小値賀が冷汗をかいている、五島の言に全然同意だった
『一支、内懐に入れ!いくらかは避けられるかもしれん!』
『おうさ!!』
ググゥっと艦が進路を変える、一瞬遅く水流が発射される
バシュッビシュウゥッ
『被害報告!!』
『被弾二発!!四番機銃座と二番砲塔です、カッターが流されました!!』
『こちら二番砲塔、異常なし』
『四番機銃座!負傷者数名!軽度の火傷を負った者がいます!』
『酸、ですね、おそらく・・・これではマストが折れていなくとも被膜が破れて通信はどっちにしろ不可、か』

『随分と余裕だな、五島、えぇ!何か対応策はねぇのか?こっちはスサノオでもなんでもねぇんだ、加えてクシナダ姫もいねぇ、酒はあるにはあるが医務長の秘蔵品じゃとても足りねぇ医務長が死んでも差し出すともおもえねぇがな』
『艦長、悪いがそれは勘弁願いたい、時たまそれを私もいただいておるのだ』
『御両人、余裕を見せてくれて有り難いですが航海科としてはもうお手上げだ』
『私も砲撃し続けるしか手段は・・・やった、命中した!!』
一発がうまいこと管の根本に命中して吹き飛ばす
『射数が少な過ぎだ、四門だけじゃ制圧に時間がかかり過ぎる』
『しかし対馬ぁ、逃げ出すにも天草が動けないようでは逃げれんぞ』
叩かれ過ぎて機関異常をおこしたのであろう、天草は漂流状態だ、撤退した場合長くは持ちそうに無い、第一、増援を連れてくるにも遠すぎる、僚艦を見捨てて旗艦が逃げるわけには・・・
『まだ、最悪というわけでは無い、一本はやったんだ、ギリギリまでやろう、海上の安全を守るのは誰でも無い、我々海軍だからな』
いざとなれば自分が泥を被るというのだ、言わずともわかった、小値賀さんはそういう人だ
『・・・すいません』
『仕方ありませんね』
『たりめぇよ!』

それぞれが答える、消えかけていた士気が艦橋からある程度回復する、そしてそれは艦内にめぐっていくものだ
『・・・どうやらあれは沢山の生物が依り集まった群生帯みたいです、珊瑚質で砲弾で割るのは弾数が要りそうです、やはり、あの管を潰すのが先でしょう』
五島が落ち着いて敵を見だす
『よぉし、いいぞ、その調子で何かいい知恵を搾り出せ、やるこたないんだ、任せたぞ』
『一支、回避だ、ちょい取舵、次、頭を振る振りをして面舵一杯で虚をかく、それでも何か食らうのは覚悟しとけよ』
しかし回避をしすぎると砲撃の命中率は下がる、長期化すると被弾する可能性も高くなる、全くよろしくないのだが他に選択肢など無いのだ
『とりあえず、なんとかしてこっちに顔を向かせなければいい・・・何か方法は、何か・・・何か・・・っ!?』
『何か思いついたかね?』
小値賀司令が莞爾と笑う
『バカバカしい考えかも知れませんが』
『あれの存在自体バカバカしい代物なんだ、いってくれ』
『ヤマタノオロチは酒を飲んで討ち取られました、タバコも呑むと言いますよね?もしかしたら・・・』
『煙幕でけむたがらせるってぇ訳か!?』
『風は・・・いいぞ、こちらが風上だ』

筑紫が機関を不完全燃焼させて煙幕を張る、それは風上から風下へ向かって、つまり群生帯の方へ流れていく


数百年一緒だった私が吹き飛んだ、恐ろしい、大きくなるにつれ随分前に忘れていた感覚、全力で潰さなければならない・・・なんだ、この黒い雲は、肌にベトついて(煤煙)体に染み込んでくる!避けなければ!!


『効いた!?』
こちらを向いていた管が慌てて煙を避けようと体を捻る
『よぉっし!!砲術!!艦を直進させる時間が出来た、何としてでも当てて見せろ』
『ここが、勝負ですね』


私が、わたしが、ワタシガ、はらからがちぎれていく、あの雲は罠だったのだ・・・おのれ・・・おのれぇええっ!


『命中!命中!命中!!』
『物体から気泡噴出音・・・徐々にですが沈没しつつあります!』
命中弾に艦橋が湧くなか水測室のターニャから待ち兼ねていた知らせが入る
『なるほど、あの管のような生物が弁の役割をして空気を溜め、浮上させていたんですね、それをうしなって、沈もうとしている』
『勝てる、勝てるぞ!野郎め、手間かけさせやがって!』
『なんとか、なるものだな』
『一支!!!前!!!』
対馬が絶叫する、管が艦橋の真正面に回り込み水流を・・・

誰もが息を呑んだ、この距離では回避出来ない!

ドン、ドン、ドン
一瞬時間が止まったようにフリーズし管が爆裂する
『どこのどいつだ!?』
『天草です!!天草が回復したようです!!』
『ふ、ふはははは!!!』
小値賀が髭を震えさせ笑い出す、そしてそれでも残っていた息を吐き出す
『ふぅ・・・筑紫は、健在だ・・・!』
『おおーっ!!!』
『バンザーイ!!!』
生き延びた開放感から筑紫の乗員がスタンディングオベーションへ移行するのに時間はかからなかった
『群生帯が・・・沈みます!』
五島が叫ぶ
ゴボゴボと気泡を上げつつ沈んでいく、自然と歓声が消える。
射撃で受けた穴と管状の生物が成長するにかかった時間、もう二度ととは言えないがもう一度我々とまみえることはないだろう
『そうだな・・・長い年月を経て、今まで生きてきてここに葬り去られるか・・・しかしあれは見事な敵だった、例え大量の血を吸っていたとしても、だ。そうだな諸君、勝者の余裕と見る者が居るかもしれんが、私は挙手の礼を以て見送りたい』
小値賀に一支が頷く
『眠りにつく永き海の支配者に・・・敬礼!』



モーズイ沖掃討戦

海防艦天草 中破
測量艦筑紫 少破


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