『唄う海』10


第二十一根拠地隊、第一分隊、測量艦筑紫

『小値賀司令・・・新鋭艦を任されたものの、これでは役に立ちゃしません』
『一支艦長、そう言うものではない、気持ちはわかるが、な』
砲艦嵯峨の退役に伴い、彼等は一緒くたに同じ艦に配属されていた、小値賀は隊司令に、一支は艦長に航海長の対馬はそのままだが、結局艦橋配置なのでメンバーは変わらない
『まったくいつになったら一支と組まされないですむんかね』
『ぼやくな航海長、前の上陸の時、俺と貴様どっちが先になるかの賭けの分で、しこたま飲みやがった癖に』
『報告します!水測は荒天の為、海中に音があふれており、不可能です、申し訳ない』 ターニャが悔しそうに艦橋に報告しに来た。
新型測量艦とレーヴァテイルの組み合せは期待されているはずだ、出鼻をくじかれている
『しかたあるまい、お天道様には勝てんよ、そう落ち込むなターニャ水測士。久しぶりの学校は楽しかったかね』
『お言葉ですが司令、水測さえ完了すれば今後これぐらいの荒天、我々なら妨げなく出られます。ですから私が直接潜って』
『それは艦長として許可できねぇよ』
一支がターニャの言を遮る
『艦長が出来んという命令は私には出来んな』

小値賀がうなずいて言葉をつないだ。一支はさらに加える
『第一、貴様らレーヴァテイルは水中行動出来るにしたって海面近いあたりだろうが、波に揉まれてあっと言う間に体力を消耗しちまう、無理すんな』
『今後の測量の為の戦力維持が最優先だ、自重しろ』
対馬は命令するように言い放つ
『わかりました、戻って引き続き海中状況を把握しておきます』
ターニャは水測室に戻るようだ
『ターニャ水測士』
一支が呼び止める
『キュ?』
『良い水入れをもらったな』
いつもの水入れと変わらないが紐が前と替わっている
『え・・・ま、まぁ、はい、後輩がいろいろ、ありがとうございます。ではさがります』
『おぅ』
ターニャは顔を真っ赤にして降りていった
『よく気付いたな。』
出ていってから対馬が心底驚いたように問う
『バーカ、うちのKAはそういう変化に気付かなかった時点で俺が殺されんだよ』
『それは難儀なご内儀だな』
小値賀が含み笑いをしている
『そりゃあ司令みたいに出来た嫁もらえたなら、苦労はないですよ』
小値賀の連れ添いはおっとりとした夫人と聞いている
『あいつどうしとるかね』
『五島の事か?』
『自爆してボカチン食らってなきゃいいんだがな』

『し、失礼します!』
通信室に張り付いている伝令が息を飲んで転がり込んで来た、軽い空気が一気に吹き飛んだ
『どうした!』
『本海域より50海里西方で旧日華連絡船、長崎丸が操舵を誤り、岩礁に衝突!沈没しつつありとの緊急通信を最後に消息が途切れました!』
『嵐を避けてるうちに岩礁帯に入り込んだな』
対馬が出来たばかりであるそのあたりの海図を見つつうめく
『たしか5000トン以上ある大型船じゃないか!』
『一支艦長・・・申し訳ないが前言を撤回する、ターニャ君は使えるか?』
『是非もありません!今すぐにでも』
『僚艦の天草には医療品の積載と輸送に地上側の態勢構築を頼もう、本艦は全速力で当該海域へ向かう!荒天域を抜けたら水偵を発艦、付近に流された乗客員が漂流していないか捜索する、用意、急がせろ』
小値賀は矢継ぎ早に命令を下すと押し黙る、後は任せたの意志表示だ
『総員配置につけ!機関全速!本艦はこれより救助活動を行う!飛行科は水偵発進用意、急げ!水測士、直ちに艦橋へ出頭しろ!』
伝声管を一支の命令が伝わっていく
『当該海域は荒天から抜けても、波はまだ荒いはずだ・・・生き残っててくれ』
それは、筑紫乗員全員の偽りの無い願いだった

嵐の海の中に飛び込む、その激しさに覚悟していたがおもわず舌打ちする、大きく息を吸いなるべく嵐の影響を受けないよう深く潜り、最大音量で唄う
『〜〜♪〜〜♪』
帰って来た音を元に海域の状況を頭に構築する・・・出来た!艦にあがって海図に書き込んでいる暇はない、先導して筑紫の前を泳ぐ、やるのだ!私の手で!

『見張り員、絶対にターニャ水測士を見失うなよ!見失ったら本艦も終わりだと思え!!』
『了解です!』
双眼鏡から目を放さずに見張り員が答える、真剣そのものだ、これ以上言をかけてはむしろ邪魔になる
『さすがはレーヴァテイル・・・本艦でなかったら、こんな事、不可能だったろうな』
まっさらな海図に通った経路を書き足していく対馬、あとから来る天草の為だ、抜かりは無い
『あとはターニャの体力次第か』
心配はそれだけだ
『やってくれるさ、あいつは俺達の仲間だ』
30分程すると変針の回数が少なくなって来た・・・出口が近い
『水測士が波の勢いに押され始めた』
見張り員が心配そうに海を見つめている
『がんばれ・・・がんばれ!』
『がんばるんだターニャ!』
口々にその声が大きく、そして増えていく
『がんばれ!もう少しだ!がんばれ!!』

体の力が抜けていく、かくも嵐とは・・・私は舐め過ぎていた、しかしやるしか無い、待っている人達が居るのだ!
ふと風の向こうからたくさんの声が聞こえた、不思議と力が湧く声、唄といってもいい
たしか、海図が白紙だったのはここまでの筈だ。大きく息を吸う、これで、最後だ!
『〜〜♪〜〜♪』
見つけた!あとはここを真っ直ぐだ!全身の力を込めて海中から飛び出し一回転する、意味はわかった筈だ
筑紫が直進してくる、そう、そのまま、そのまま・・・降りて来た縄を掴んで引き上げられた、そのあとの記憶は無い、疲れ果てて眠ってしまったから

その時、ターニャが海面から大きく飛んで回転した
『舵中央!!最大戦速!!』
『抜ける!抜けるぞ!』
『甲板員!ターニャを必ず収容しろ!失敗したら全員海に叩き込んでやる!!』
『任せてください!!あんなべっぴんな魚、逃したら男が廃ります!!』
引き上げられたターニャがすぐさま運ばれていく、なにがあったのか心配したが、すぐ報告が来た、気を失ったらしい、命に別状は無い、疲れたのだろう
『艦長、次は我々だな』
微笑む司令
『一人のこらず救助して見せます!あいつはいい仕事をしました、今度はこっちの番です!』

事故現場は辛酸を極めた
岩礁にぶつかるのは船だけでは無い、海に投げ出された人間もその例外ではないからだ
しかし、どの艦よりも早く駆け付けた筑紫は救助活動をし続け、医療品と臨時に医師を乗せた天草が到着し負傷者を引き渡すまでは甲板に救助した人間が所せましと介抱されていたという
そしてもう一つ、海難事故にて亡くなった方の死体は見つからないままの確率が高い、しかし今回の事故で筑紫は救助者を引き渡したあと死体すら回収し続け、遂には行方不明者ゼロと神がかり的な記録をこれほどの事故の規模の大きさでありながら残したのだった


これが海運界に海軍さんなら何としてでも救ってくれるという精神的余裕を与えたのは言うまでもない・・・そしてそのイメージを崩さぬよう海軍をさらに努力させた事も確かである、そしてターニャには・・・


『く・・・勲章、ですか!?』
『あぁ!まだ正式決定ではないが、よかったな!』
『わ、私が・・・キュ、キュキュキュ・・・パタン』
『お、おぃ!倒れるなばかもん!!』
『本当でしょうか?司令』
『やんごとなき方から何やらあったと噂は聞くがな・・・どうなるかな、まぁ今は素直に喜ぼう』
『ははは、まぁ、そうですね』


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