『唄う海』4


陽光が照らす中、帝国軍の使節が港町を歩いていた・・・といっても二人なのだが

『街の家の壁が白くて綺麗ですねぇ・・・貴族達の家だけですが』
『そんなものだろう、五島中尉、観光名所なんてものが出来ていくのはな』
典礼参謀・・・の見習いである私の直属の上官、松浦中佐だ
実際のところ私たちの上には、高須四郎中将が座っている、実際は中将も動き回っているはずなのだが、中将が癌を煩っており退役なされる(もしくは死なれる)前にこの海域の最後の国々(さほど重要ではない)を帰順させ、海域を制圧したという功労を送る海軍の温情措置だ
同時に必要とされている典礼参謀の育成にも使おうという腹積もりなのだ・・・帝国にとってどうとでもなる小国家が相手だからこその措置だが
『で、君の細君は』
『呼んであります、明日飛行艇で我々の交渉材料と共に来る予定です』
『まめだな、財布が厳しいだろうに』
飛行機代である
『その分パーティ等に招かれたときは元を取っておりますので』
典礼参謀は大抵太ると言われるのだが痩せのままだ、松浦中佐も太っているわけではない、何か努力をされているのだろう
『貿易都市国家ペロー、か』
私は名前は大層なこの国の名を呟いた

基本的合意は既にすまされているということだ、ここの王は性格は穏健だがやり手と聞いている
『祝賀に外交文章の交換と、細部のすりあわせ・・・』
それでも結構仕事はある、タイムスケジュールをもう一回そらんじる、松浦中佐に恥はかかせられない、そして自分も律し
『ニーギの迎えには・・・なんとかいけそうだな』
・・・てないかもしれない

『帝国からの使節2名、ペロー7世国王陛下にお目通り願いたい』
松浦中佐が門番に膝を地面につく、勿論私もだ、国や文化圏ごとにマニュアルをつくる話もでているが・・・どうなのだろう。しかし考え方が日本的だなと苦笑する、利用するかどうかは別としてのマニュアルを作ることは日本人は大好きだ
『それは出来かねます陛下は御病気で、本日の祝賀は皇太子殿下が行われます』
『ペロー7世国王陛下が?それでしたら我々が誠意を持って治療をして差し上げますが』
一応の常備薬はもっている、これが結構な効き目がある、いろんな立場への鼻薬としてだ
『申し訳ない、許可できないとの事です・・・面会謝絶なのです』
門番は黙ってしまった

『いえ、ご無理をおかけした、でしたら皇太子殿下によろしくとお伝え下さい』

昼からの皇太子主催の祝賀会には多くの貴族達が参加していた。
皇太子の様相は太め、悪い貴族の一つのスタンダードな姿だ
『・・・!』
会場の出席者をチェックしていた松浦中佐の顔に驚きが一瞬あらわれ元に戻る
『どうしました?』
『いやいや、これはこれは始めまして『松浦』少佐、おぉこれは失礼した『今は』中佐ですか、ウェレスと申します、以後、御見を知りおきを』
いきなり近づいて来ては大儀な礼をする美中年
『なんとまぁスレーヴェさんではないですか、こんな場末な島に何の用ですかな?』
松浦の言葉をフフンと笑うウェレスと名乗った男は唇に人指し指をあてる。げっ・・・教材の資料にあった諜報員じゃないか
『なぁに、ここではちょっとした見世物があると、餌に釣られて来たまでです、邪魔はしませんよ
多忙でない理由に今夜はいつぞやの続きのキュロスをしたいものです』
キュロス・・・チェス版将棋のようなものだ、ただし取った駒が寝返るのにくわえ駒ごとに一定数の歩が付いてくる、そんなゲームだ
『一応は祝賀のメインですから長くは付き合えませんよ』
『おぉ・・・これは失敬、あなたにならと身を投げ出す女性の数は尽きますまい、うらやましいものですな』

はたから見ればいたって普通に談笑しているように見えるのだろうが間に居る自分にとっては身動きすらしがたかった
自分もあんな風になれるのか?
『帝国のお二人!今日は血沸き心踊る催しを用意いたしましたぞ、さぁ〜バルコニーのこちらへ』
皇太子が空気の字が読めないことはわかった、私は気が軽くなったが・・・
参加者がバルコニーに集まると皇太子は運動会のピストルのようなものを打ち上げる、下のプールのような水槽から反応があった、白い何かが放たれる
『さぁ!餌を与えていない荒ぶる海のケダモノから人を惑わし殺すレーヴァテイルは逃げられるか、ベットしていただきましょう!!!』
あまりの事に総毛だった、ベット?賭け事?どういうつもりだ?
『あのレーヴァテイルは先日運捕まえたばかりの生きの良さ!もう一度私が音を鳴らせば追っては解き放たれます』
何度かはこの催しをしたことのあるような言い方だった
『見世物とはこれか?』
『いいえ、姿こそ醜悪ですが趣味は一致する部分が多少ありそうですがね』
『一介の中尉の個人情報を知っている、出所は調べさせてもらうよ』
『まいったなぁ、帝国がダークエルフや獣人を保護してるわけだから無くはない、それだけさ』

貴族達が口々に掛金を言っていく
『200オンスで喰われる!』
『250で逃げ切れるにだ!』
『無理に決まってますわ、100オンスってとこかしら』
何だ、その小銭で遊んでいる言い方は・・・生きているんだぞ!人と変わらず!気の優しい彼女らは!
『どうしました?帝国の方、賭けられないので?』
いたって当然のような顔で聞いてくる、しかし、私は典礼参謀なのだ、無礼は許されない
『・・・っ、我々にはもったいないご配慮、感謝の極みです。ただ』
放たれたレーヴァテイルを指差す
『あれような妻に賭け事はするなと言われておりまして、皇太子陛下には申し訳ないが、私はそちらの方が恐いのです。』
満場が笑いに沸く・・・咄嗟に思いついたにしては上出来だ、怒鳴り出したい感情を抑えなければ、抑えろ・・・抑えるんだ!
『くくくっ・・・だっはっはっはっは!聞くところの戦場では無敵を誇る帝国人にも恐ろしいものがあるのですなぁ!』
『どうやら妻という存在は世界を選ばないらしいですな』
『しかしレーヴァテイルのような妻とは!少々細君がかわいそうだ』
馬鹿やろう、私の妻はレーヴァテイルそのものなんだよ!

『そうですとも、女も魔物とはいえレーヴァテイルのように使い捨てとはいきませんしな・・・うむ?そっちの方がよかったかな?』
太った自分の妻を見る老貴族、この国は貿易都市国家、船乗りを経てその地位にいればレーヴァテイルを民間レベルは見る事すら拒否するものだが利用や処理することには抵抗は無いらしい
『キィー!!!、あなた!!!』
名指しされた女がヒステリーを起こす
『おぉ恐い恐い』
また失笑が広がる。動悸がとまらない、我慢しろ・・・!我慢するんだ五島!
『おおっと・・・帝国の方のお上手な冗談で賭けが成立しなくなってしまいました』
狩る側を放出する合図がなかったのでレーヴァテイルが先に対岸についたのだ・・・少しホッとする
饗応の場に戻る観衆、松浦中佐が横に立つ
『・・・よく耐えたな、激昂するかと思ったぞ』
『これでも・・・典礼参謀の見習いです・・・!』
小声で受け答える
『しかしベットをしてやらせるべきだったな、ベストではなくベターだ』
理由はわかる、主催の言を断る、向こう側は最大限のもてなしをしてくれているのだ、それを断ることはどう転ぶかわかったものではない、パワーバランスが対等であれば絶対にしてはいけないことだ

『あしたは度肝抜いてやります』
妻が到着すれば良いカウンターになるだろう
『列強との差別化には確かにうってつけだな・・・効き過ぎるぐらいに』
あの男が居ない
『ウェレスさんは?』
『あれは何か隠している・・・あいつはそういう男だ』
あごをウェレスが居る方向にふる松浦中佐、今度は皇太子と二人話している。しかし、ここで二人に読唇術があれば、ここで一悶着あったに違いない

『ペロー8世陛下は聡明でいらっしゃる』
『所詮は田舎の大将、貴国での爵位はいかほどになるか不安といったところですな』
『思い切りが必要ですよ』
『まったく同意しよう・・・獣人やダークエルフと我々人が一緒だと?そんな国、我みずからが捨ててくれようぞ』
『見返りは確かに』
『任せておけ、どうせ捨てる国だ』


なにかが起ころうとしていた


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