『唄う海』02


『どうします?艦長』
一日漂流して死にかけていた五島を収容した際、そばに居た人魚が心配そうにいつまで経っても付いてくるのだ、いや、それだけなら良い
上半身は人間とほぼ変わらない、その女ひでりの艦内のせいか、小娘のおっぱいにギャラリーとファンまで出来て、艦尾に当直でない者が三々五々見物しにいく始末、さすがに海に飛び込む馬鹿は居ないが
『うーむ・・・』
礼に、と、まだ残っていた艦内のキャラメル等をあげたりしたのだが・・・餌付けしてしまったか?
『五島中尉は今日あたりには目をさますそうなので。姿を見せれば安心して帰るでしょう』
『だと・・・いいのだがな』
友好的、かつ知性はあるがダークエルフのように言葉が通じない、扱いに困っているのだ、一報はGFに入れたが返信はまだだ。もしも、の時仲良くなり過ぎるのも考えものなのだが
『なるようにしかならんか』

『う、あ・・・ここは・・・天国、か?』
『随分殺風景な天国ですまんな、中尉。起きたか』
『中通軍医!ここは嵯峨なんですか!?おお?』
叫んだのと上体を起こしたせいか頭がクラクラした
『全部夢だったのか?』あの娘も
『大人気になっとるぞ貴様の命の恩人の人魚なら』
『へ?』

まずは姿を見せて安心させてやれ、と軍医に言われ艦尾にむかう・・・何人か非番の者が生暖かい目で海を見ている、彼女だ
『キュイ〜♪』
私の姿が見えたのか喜んで近づいてくる、ギャラリーが微妙にむすっとした視線を送ってきた気がするが、それよりも大きく飛び跳ねて乗り移って来たことに驚いてそれ所じゃなかった
ビターン
甲板に腹から着地する彼女、痛そうだ
『キュ、キュ〜』
涙目で鼻をさする、鼻の頭が赤くなっている、うったのだろう
『無茶するなぁ・・・大丈夫か?』
『キュイ!』
『おわぁっ』
抱き付かれた、ぷにゅっとしてて少しぬめっとした体だ
『こっちは大丈夫、大丈夫だから、な』
『お前・・・艦長に報告にもいかず何をしとるか!』
『あ・・・砲術長。すいません、軍医が姿を見せてやれと言われまして・・・ただいまより報告に参ります!』
『よし!かかれ!』
『キュイ!』
ビタビタビタ
ヒレを引きずりつつ続こうとする彼女
『あの・・・砲術長』
『わかった、ちょっと待て、付いてこんでよろしい!』
『キュイ!』
背筋をのばす彼女
『よし、いい娘だ、いくぞ』
ビタビタビタ
『『・・・・・』』
『上着は俺が貸す!貴様が背負え』
『は、はい!』

『五島中尉、ただいまより軍務に復帰致します!』
『キュイ!』
『うむ・・・それより随分好かれたようだな・・・中尉、まぁそれもありがたくなった、たったいま命令が下った。
本艦はこれより本土に帰環し、彼女・・・名前を付けねばならんな、を連れ帰りダークエルフとともに調べる』
『そ、それはもしかして解剖を・・・』
真っ青になる五島、何人かの見張り員もチラチラこちらを見ながら汗をかいている、双眼鏡で彼女を眺めていた口らしい
『それはなかろう、本土もわざわざ対立を招くような事はせんさ・・・軽く生態調査をして放流だろう・・・ともかく、生きてて良かったな』
近づいて肩をぽむぽむと叩く艦長、心配してくれて畏れおおいかぎりだ
『ありがとうございます!』
『キュイ?』
『ぬおっ!?』
彼女が艦長の髭を掴んでいる
『キュイ〜♪』
楽しそうだ・・・こっちは恐怖で膝が震えそうだ
『は、はなさんか!』
艦長が身をひくと
『キュイ〜』
不満そうに顔を膨らませる。それを見た艦長は
『・・・はっはっは!!髭が気に入ったかな?』
破顔大笑して触らせてあげていた、最後に抜目なく
『君が彼女の面倒を見たまえよ五島君』
と命令された、胃が痛くなりそうだ

名前は艦内新聞で募集しようか、という話になったが、彼女がニーギ、というのを気に入っていたのかそれで、という事になった
『・・・魅波がよかった』
微妙に意気込んで考えていた航海長が落ち込んでいる
ニーギ本人は呑気なものだ、見る物全てが珍しいのか艦内を動き回っている
夜は艦のへりに腰掛けて歌を歌う、いつしか日本の歌、兵の中には童謡を教えては歌ってもらい、故郷を思い出して泣き出す水兵まで出る始末・・・
しかし重要なのはこの事ではない、言語学習がかなり早いのだ、意味までを教えるのは時間がかかるだろうがその早さは驚異的といっていい。五七五七七の短歌なども好むことから日本語の韻とリズムが彼女らによほど合ったらしい。
そして何故彼女が艦のそばに居たのか、答えはスクリューの撹拌音に機関の燃焼音、船ごとに違うと他の艦を指差しては歌にして歌ってみせるのだ・・・楽しそうに。天性の調音員、これだけでも利用価値はあるだろう
さらには海底地形を立体的な絵にして表現できること・・・中通軍医が持っていた絵筆を握らせてみたら判明した、照らし合わせた測量員はもう俺達はお払い箱だと嘆いていた、確かに海中に住んでいるのだ、把握できない方がおかしい

我が帝国海軍は間違いなくこの成果を知れば、彼女ら一族を帝国の友邦として認め、ダークエルフと同じく戦線に投入するだろう
・・・効果は折り紙付きだ、知識欲も高い。ニーギのようにうまく適応するだろう。違うのはダークエルフ達は自ら望んだが彼女らは違うということだ
私は彼女らが戦争に投入されることに耐えられるのか・・・海軍の戦は圧勝楽勝とはいえ血塗られた道だ
『ゴトー!!歌!歌!』
もし、もしだ、ここで彼女が急死すれば、艦内での運用に耐えずとして彼女らの一族は普通に暮らせるのではないか?入港まであと二日・・・時間は、無い
『キュ?ゴトー、どうした?』
ゆらりと立ち上がりニーギの細い首に手をかけ、力を少しずつ込めていく
『キュ・・・?』
首を傾げるニーギ、段々と苦しくなっているようだ
『中尉、ニーギに頼み事があるんだg・・・何をしとるか貴様ァッ!!!』
一支砲術長の怒声に我に帰り手を放す。ニーギは少し咳込んでうずくまる
『わ、私は・・・』
何かを言う前に殴られ、吹き飛ぶ身体、壁に叩きつけられる、鼻血と唇が切れて血が出る
『ドウシタ、イキ、怒ってる。ダメ。ゴトー、歌、教えて』
ニーギはいつもの笑顔のまま、こちらに顔を向ける

『どうしてだ・・・』
涙があふれる
『キュ?』
『私はお前を殺そうとしたんだぞ!!!何で笑っていられる!!!』
涙が止まらなかった
『そういうことか・・・』
私の書いていた観察日誌を一支砲術長が机に置く読んで理解したらしい
『ゴトー、泣くな、ニーギ悲しい・・・わかる、気持ちワカル、ニーギ、嬉しい、だから、泣くな』
顔をニーギがペロペロなめて涙を拭う
『ニーギ・・・』
『もっとやりようがあるだろうに。やはりお前に殺しは無理だ、無茶しやがって・・・!』
『ではどうしろっていうんですか』
『馬鹿か貴様は、目の前に居る奴に聞けば良いじゃないか』
『ニーギに・・・』
『キュ・・・ニーギ、いっぱい船が来て、賑やか、嬉しい、ゴトー、歌、教えてくれた、水兵さん、教えてくれた、いっぱい嬉しい、いっぱい、いっぱい。だから、役に立ちたい、ゴトー達の役に・・・立ちたい!』
『私たちは酷いこと、いっぱい、いっぱいするよ?ニーギだけじゃないんだよ?』
『ニーギ達・・・もっと知りたい!役に立って、知ってから考えたい!』
『な?こいつらだってただ使役されるわけじゃないんだ、いつかは敵になるかも知れねぇ、でも今ではない、それで良いじゃないか』

『自分達が常に上位であるなんてのは傲慢じゃないのか?違うか?俺だって女房には亭主関白のはずがいつのまにかカカァ天下だ』
『ニーギ、一支砲術長・・・』
『話は聞かせてもらった』
『『艦長(ヒゲ)!?』』
『この狭い艦内でケンカをしてバレないと思ったか? なんとなくこうなるんじゃないかとは思ってはいたがな・・・で、ニーギ、五島君は好きか?』
『ニーギ、ゴトー大好き!』
『そうかそうか・・・では君達祝言をあげろ』
『え・・・』
『命令だ、不服かね?』
『・・・いいえ!』
『物語の終わりはハッピーエンドでなければならんのだよ・・・砲術長、今、航海長が新聞社向けの文章を急ピッチで書いている、君の知り合いに大手の記者がおったな』
『はっ!!帰港次第、全速力で連絡を取ります』
『よろしい、実は私も一度艦の長として祝言の取り仕切りがしてみたかったのでね』
『艦長・・・』
『キュイ?』
似合わないウィンクをして艦長が砲術長を連れて出ていく
『ニーギ・・・』
『キュイ?』
『私も大好きです』 唇を重ねる、私の心は今度は嬉しさの涙と共に波が引くように穏やかになっていった


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