『唄う海』1


『なぁ聞いたか?一支。護衛総隊の馬鹿どもの話』
『対馬か、GF長官に体よく追い出された話か?聞いた聞いた、海上護衛総隊の杯を増やせだとかぬかして』
『しかも戦艦を全廃して、もう、アホかと馬鹿かと』
『で、長官から襲撃は今まで何回受けたのか、被害と戦果はと聞かれてだまっちまったわけだよな』
『帆船やらがせいぜいな海賊に何が不安なんだか、ワイバーンも居るが航続距離が短いせいで、友邦だったドイツのコンドル部隊のような驚異にはなりえないのにな』
『加えて、だ。地上砲撃や見世物は重巡で充分・・・もう呆れて物が言えん そもそも大型艦が一隻だけの運用が間違ってるわけだしな』
『というわけで五島中尉、我々の出番だ』
『はぁ・・・』
これまでの砲術長、航海長の話に曖昧に頷く中尉、正直どんな答えをしたらいいかわからなかった
大日本帝国海軍砲艦・嵯峨、現在は改装され測量艦となっている、それも全ては転移の為だ
『まぁ油を運んでる商船さん達には感謝なんだがな』
『測量が終われば、沿岸国は命運尽きたも同然、海賊も必然として減る、そして総隊は失業と』
『すいません、ちょっと外に出てきます、どうもタバコは苦手で』
とりあえず逃げをうっておく

辛辣なこの噂は海上護衛総隊になぞ流されたくない、それがGF将兵の思いからだった。
ましてや下手をするとすぐにでも配置を変えられてしまいそうな小型艦ではなおさらである
五島『聞かせていただけるのは有り難いのですが・・・』
苦笑する。上官なりの海軍のありようの説明なのかもしれない、議論にして旗色をあらわにし、もっと話し合う方が良いのだろうが・・・自分は調整や両者のなだめに入る方があってる。
『まぁまぁ中尉、だしな』
百名も居ないこの艦でのあだ名である

一方五島が出たガンルームでは対馬と一支が話題にしていた
『あいつ本当に使えるのか?』
『当直で舵をとる感は悪くない。あとは知識と、もっと我を張れるならば将来よい参謀になるやもしれん・・・たぶん』
『人が良すぎるきらいがあるしな、戦争には・・・向かん。クリスチャンというのもあるのかもな』
『初耳だな・・・』
『キリシタン大名の末端だそうだ、棄教したのとは別に隠れキリシタンになった血筋とか』
『典礼にはもっと使いでがありそうだな・・・あぁ、だから配属されたわけか』
『腐っても砲艦だからな』
砲艦外交、測量をしつつそれでいて小型艦でも位はたかい・・・相手国は厄介の極み

五島は一人深呼吸をしつつ星を見ていた。地元の特産とは言えタバコは苦手だ
『中尉、一人どうしたのかね?』
気付くと髭が立派な小値賀艦長がそこに居た・・・手には釣り竿とバケツ
『か、艦長!?』
直立不動
『かまわん、なおれ、どうせ釣りをしていたところだ』
『して・・・戦果は』
食事に彩りが出るのは嬉しい、特に小型艦は食料がひじきだらけになったりする
『早めに上がったせいもあるが坊主だよ、雑魚も食いつかん。餌代で逆にボカチンだ、主計長に小言の嵐を覚悟せにゃ』
『失礼しました!』
『だからよいと言っておろうが、妙な所で意固地だな、君も・・・夜の海に落ちんようにな、今日は特に引き込まれそうだ』
『はっ!』
微笑みつつ艦内に戻る艦長
『艦尾にでもいってみますか』
艦尾ならばスクリューに撹拌されて夜光虫などが光っていたりする、それを眺めたら、戻るつもりだった
海に漂う二つの小さな光点を見るまでは、何だろうと思わず足を踏み出す、勿論、足を支える物は何もない
『うおあっ!?』
不運にも波紋も音も小さく海に落ちる五島、しばらくそれに気付く者は嵯峨にはいなかった
チャプン
波間に小さい波紋がひろがる、白い影が彼に向かっていった

夜が明け、嵯峨では議論が紛糾していた
たかだか不注意な中尉一人に油を使って捜索を行うのかという意見と、軍縮と好景気やらで人がさらに減りかねない中、一人でも死なすのはもったいないと言う意見である・・・最後は艦長が
『断腸の思いではあるが、一刻も早く航路を切り開く事が我々の命題である以上、中尉の捜索は断念する』
との言葉で鳩首会議はお開きとなった
『あの馬鹿野郎め・・・転落なんて死に方しやがって』
『一支・・・仕方ないさ』
『嫁も居なきゃ娼舘の門もくぐれない奴で・・・次の上陸で奴を拉致して連れて行くはずだったんだ』
『・・・一支砲術長、当直の時間です』
『わかってるよ・・・対馬航海長、これより配置につく!』

海に落ちた、それだけはわかった。そのあとはよく覚えていない。綺麗な女性の顔が見えたような気がする・・・マリア様だ、そう思った
『嵯峨は助けに・・・来ないよな』
死んだも同然だ、スクリューに巻き込まれて死んだ方がマシだったかも
『キュイ?』
キュイ???
そういえばただ浮いているつもりのはずが引っ張られてる?
『マリア様・・・?』
肌の白い綺麗な女性、もとい女の子が居た・・・だがその子には足が無くヒレがあった

よくよく見てみると耳もトゲトゲ・・・目もちょっと人と違う気がする 『まるで人魚だな』
達観してしまって驚かなかったのが幸いした、騒いだら逃げられてしまったろう
『ニーギ?』
『そう、人魚』
頷く、助けてくれたのは彼女だろう
『キュイ♪』
なぜか嬉しそうに跳ねている・・・そして海に潜るとしばらくして魚を口にくわえて持ってくる、食べろ、という事だろうか・・・鱗だろうが構わずかじる、ヤケだ、それでも頭や骨はちょっと無理だった、何故食べないのかと疑問そうな彼女に頭を下げる・・・意味等わからないだろうが
『キュイ〜』
あっちも真似して見せる、何となく笑えた・・・何かお返しをしなくては
『あげられる物は無いしな・・・』
あぁ子供の頃から歌っている歌、聖歌なら歌える
『神は我等の牧者〜♪』
『キュキュ?』
レパートリーがそんなに多いわけでもなし声も少し海水で枯れているが精一杯歌った
『ありがとうな』
頭を撫でる・・・ちょっと、もう浮いているのも無理そうだ
『キュイ!クァムはわーらボキュ〜sy♪』
高だかと歌う、とても綺麗な声だ・・・発音はあとで訂正してやんなきゃ・・・誰かに頼みたい所だけど。余計な事・・・したかな、ははは

『・・・艦長、歌が聞こえませんか?』
最初に気付いたのは砲術長だった・・・風が変わりかすかに聞こえたのだ、ほんの、かすかに。
『女の声・・・しかしこの歌は・・・』
『艦長!!!』
走り込んで来た航海長に艦長が問う
『航海長。君も聞こえたのか』
『反転して捜索を具申します!我々の世界の歌を知る何者かを我々は放置できません!』
艦橋の全員が小値賀艦長を見つめる
『嵯峨、180度反転!!!両舷全速!見張り員、海上の全ての物を見逃すなよ』
『『ありがとうございます!!!』』
『なに・・・我々は大魚を釣りあげたのかもしれんぞ、それもとびきりの大魚をな』


これが大日本帝国に大いなる利潤をもたらすとは・・・死にかけている五島には思いもつかないことであった


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