『F世界帝國物語』6


命が燃えていく。
おおぜいの命が燃えていく。
山ほどの命が燃えていく。

業火の中で。燃え盛る地獄のような焔の中で。大勢が山ほどが叫んだ。
助けを怨嗟を恨みを憤怒を殺意を激怒を絶望を悲観を嫉妬を羨望を欲望を醜悪を。
いや、呼び方など、どうでもよい。それらはすべて『命』である。
命を飲み込み、炎はますます燃えあがる。油を注がれたかのように。
山ほどの大勢の命が叫喚する。歌のように。彼らは歌った。命の歌を。


「まるで」

逃げ惑う男が後ろから撃たれる。頭が吹き飛び。脳味噌が飛び散り。臓物がこぼれ落ち。

子を抱きかかえた女が砲弾の直撃を受けて吹き飛ぶ。
四肢が四散し。子の命も消え失せ。二人はいっしょくたに肉片に。

老人が祈る。弾丸の雨が降る。雨が降る。雨が降る。雨が降る。雨が降る。
老人が死ぬ。兵隊がその屍を踏む。踏む。踏み躙って突き進む。突き進む。

地面に何かが転がった。隠れていた子供がそれを拾い上げるのと同時、爆発が炸裂。
手榴弾は子供の命を粉微塵に吹き飛ばした。無数の肉片が室内に付着する。

灼熱の鉛が、人間達のからだを食い破る。食い破って飛び出して向こう側の人間に食いこむ。
爆炎と共に砲弾が城壁を打ち破る。
瓦礫となって崩れ去ったそこからは、さらに大量の兵士が突入する。
さらに大量の地獄がやってくる。さらに大量の鉄火の徒が。異世界の戦鬼が。
王都を踏み躙るためにやってくる。無垢な処女雪を炙る炎のように。


「まるで叫喚地獄。綺麗だ。うん。すごく綺麗だ。額縁に入れて飾っておきたい」


今やこの王都はどこもかしこも地獄だらけで平穏など忘れ去られた。
あちこちで火の手が上がり、爆発が起こる。炎が都市を舐めしゃぶる。
人死になど今やここでは日常茶飯事だ。怨嗟が咆哮する死都だ。魑魅魍魎跳梁跋扈だ。
これを地獄と言わずしてなんと言う。

――そういうわけで、カーラの言葉は酷く残酷に的を射ていた。



兵舎などからは真っ先に爆発音が聞けたことだろう。
各所の詰め所や治安維持組織などの拠点には爆弾を仕掛け、指揮系統これを断絶。
風上にも火薬を。とにかく火薬を。ありったけの火薬を。
できるだけ多くの人が死ぬように火薬を。

さらに、もう一つ。

ドラゴンの飼育場にも火薬を。
竜騎兵が搭乗するドラゴンと言えども、もちろんドラゴンであることに変わりはない。
もちろんただの爆発でドラゴンを殺すことは難しいだろう。そんなことは百も承知だ。
だが、爆発によって過度の刺激を受け、繋ぎ止める首輪を外され、怒りに身を任せたとすれば。

どうなるか? そんなことは火を見るよりも明らかだ。

カーラの思惑を裏切らず、素直なドラゴン達は王都の空を舞っていた。
その口に人間を咥えて。その牙と爪に人間の血を滴らせ、内臓を引きずって。
竜騎兵と共に守るべきはずの国民を、何の罪もない人間達を、その暴力で殺めて。

「くっく! ……あっはは」


大通りを戦車が進軍する。鋼鉄が突撃する。規格外の重量に石畳がひび割れて砕けていく。
かまいもせず戦車はそれでも速度を緩めない。緩めるはずがない。

大進撃。大進撃。大打撃。大打撃。大戦果。大戦果。

緩めるはずがない。ここで手を緩めていいはずがない。勝利は目前だ。
この国の伝統と、思い出が詰まった石畳のことなど、知ったことではない。
その行く手に盲目の少女がいることなど知ったことではない。
無限軌道は無慈悲にも少女を押し潰し、赤く真っ平らとなった少女を石畳の一部とした。


路地裏の影から男が飛び出した。絶叫を上げながらも手に持った鎌を振る。
愚かしくも戦車に向かって。愚かなことだ。鋼鉄がそんなことで傷つくはずがない。
そんな愚か者を、後続の歩兵達が銃弾の嵐で掃討した。
まるでダンスを踊るかのように小刻みに震えた後、男はその場に崩れ落ちる。


運良く一人の男が兵士達の中に飛び込めた。
歩兵の一人を、その手に持った剣で突き刺す。手応えあり。男は笑った。
次の瞬間、周囲にいた兵士達の銃口はすべて男に向けられている。
四方八方からの銃剣による刺突。男の息はすぐに絶えた。


防衛軍の群れを戦車砲が粉砕する。木の葉を散らすかのように。
横殴りに吹き荒れる弾丸の雨が、次々と命を奪っていく。
銃が剣を淘汰していく。鉄と火薬が魔法を凌駕していく。


「あははははははははははははははは! もっと死ね! もっと殺せ!」


命が燃えていく。
おおぜいの命が燃えていく。
山ほどの命が燃えていく。


業火の中で、人の心が鋭敏化していく。戦争の喧騒と虐殺の大火の中で、鋭く尖ったナイフのように。
彼らは一様に暗く燃え滾る負の感情を抱え、それらがやはり一様に同じ方向に向かって!
向かって、死に向かって突き進んでいる! 死! 死! 死!
そして殺す者がいる、殺したがる者がいる、彼らを死なせるために殺す者達がいる!
男を殺せ女を殺せ子供を殺せ乳飲子を殺せ牛も羊も駱駝も驢馬も、殺せ! 殺せ! 殺せ!


「死ね死ね死ね死ね殺せ殺せ殺せ殺せ! あははは! あはははは!」


死ね。


「私達のために、死ね」


殺せ。


「私達のために、殺せ」


王都を見渡せる時計塔の頂点で、カーラは謳った。詩人のように。

「この有り様。見ろ、この有り様を。まるで地獄のようだ」
「――貴様が、そうしたのだろう……!」

背後には、怒りに心を燃やすギルの姿がある。天高くで二人は再び邂逅を果たしていた。
ギルを背に乗せた彼のドラゴンは、まだ癒えぬ体を叱咤して飛んでいる。
その場から動かずに、高度だけを維持していた。
振りかえらないまま、カーラはほとんどどうでもよさそうに呟く。

「飼育場は爆破したはずだが……あんたのドラゴンは無事だったようだな」
「俺のドラゴンは王城で治療を受けていた」
「なるほど。まったくいつでも忌々しいものだ、あんたは」

尖った屋根の先で器用に踵を返したカーラは、そう言って薄っすらと微笑んだ。
嘲りを含んだ見下すような笑みだ。

「それで。どうしたいんだ? あんたは。もう一度言うが、見ろ、この有り様を」

見せつけるように眼下の地獄を指し示す。
もはや誰が生者であって誰が死者なのか、それすらも分からぬ王都。
ゼントラウス王国王都とは、もはや地獄と同意語だ。

「もうこの国は終わりだよ。あんたらの負けさ。国を失い主を亡くし、それでもあんたは戦うのか?」
「……終わらぬ。いや、終われぬ! 貴様を倒すまでは!」
「おやおや。勇ましい坊やだな」

鼻息荒く槍を構えるギルを、やはり嘲笑してカーラは肩をすくめた。
その瞳が急激に鋭さを増す。纏う空気には明確な殺意が宿る。

「まあ、いいさ。どうせあんたの相手は私がするはずだったからね。さすがに下の連中ではあんたを止められんだろう」

カーラは不敵に笑んだまま、

「ざざず。ざざだなざす。ざざなだなず。偽りの真実、マルコシアスよ――出ませい!」

酷く不自然な声色で呟いた。耳を覆いたくなるような不協和音。
およそ人と同じ声帯から発せられる声とは思えない。


ドラゴンに乗ったギルはすでに突進している。その手に持つ槍によってカーラの肉体を刺し貫くために。
だが、カーラはカーラの方で、黙って殺されるつもりはもちろんなかった。
軽く後ろに飛ぶ。当然、そこには何もない空中だけがある。
いや、背中があった。巨大な獣の背中が。

それは鷲の翼を生やした狼のような姿であり、それこそがカーラが呼び出した存在である。
狼はカーラを乗せて軽々と舞い上がり、ギルの槍をかわす。
ドラゴンは火を吹き追い討ちをかけようとするが、なんと狼はこれに同じく炎で対抗した。
狼とドラゴンがそれぞれ口から吐き出す炎が空中で激突し、さらに大きく燃えあがる。

炎の赤に彩られた空中で、四つの殺意が交差した。

カーラは笑う。邪悪にあざ笑う。

「馬鹿な男だ。はははははっ、見ろ! 下を見てみろ! あの哀れな連中を!」
「……哀れ、だと」
「そうさ。哀れさ。ひ弱で間抜けで、まるで虫けらだ。哀れになるほどちっぽけじゃないか」

ぶつかり合った炎が、ついに耐えきれなくなって爆裂した。
ドラゴンと狼は互いに爆風でやや吹き飛ばされたが、すぐにバランスをとり飛行する。

ギルは喉が潰れそうになるほどの勢いで咆哮した。怒りに任せて轟然と。

「哀れといったか、ダークエルフ。彼らを哀れと!」
「そしてお前もだ、ギル・アーガスィ! あんな糞虫共のために殉ずるとはな、哀れなものだよ!」
「――貴様は知るまい、ダークエルフ……」

彼らがどれほどの心優しき者達であったか。どれほど善良な国民であったか。
どれほど温かい心の持ち主であったのか。どれほど美しい愛を育んでいたのか。

王がどれほど彼らを愛していたのか。彼らがどれほど王とこの国を愛していたのか。

「貴様は知るまい、ダークエルフ。笑って殺した人間達のことなど、貴様は知るまい! ノーブルダーク!」

貴様が。貴様が。貴様が。貴様が。貴様が。貴様が! 貴様が!

「なにも知らぬ貴様ごときが、彼らを哀れと蔑むなああああッッ!」
「ハッ――知ってるね。弱者はみんな纏めて哀れなもんさ! いつも地べたを這いずり回る!」


灼熱よりもなお熱く、両者の間に火花が迸った。




「状況報告を」
「はっ。すべて予定通りに進行しております。特に青木中隊はもう間もなく王城付近に到達するかと」
「よろしい。こちらの被害は」
「はっ。田中、園田、笹村、各小隊に若干の被害が。大里小隊とは連絡が……」
「全滅か」
「はっ。おそらくは……。内部ではドラゴンが飛び交っています。それによる被害かと」
「ふん。カーラの仕業か。女がでしゃばりすぎるとろくなことがないものだがな。……戦車はすべて健在か」
「はっ。二両ほどが停止しましたが、整備不良によるものかと。連中の脆弱な兵装では、とても」
「うむ。常に戦車を前面に押し出せ。野蛮な賊国の雑多な兵など踏み潰し吹き飛ばしてしまえ」
「はっ」
「だが青木中隊を始めとして、先行部隊には強行は避けよと伝えろ。後続の到着を待つべきだ。窮鼠猫を噛むとも言う」
「はっ!」

王都の惨状、地獄こそは早瀬にとっては望むところだ。望んだ戦果の成果だ。
どんな死にかたをしようとも知ったことではない。


彼らは賊である。賊国である。逆賊といってもいい。だから賊国だ。

早瀬の頭は御国と天皇陛下のためになすべきことを考えるためだけにある。
目は陛下が起こされるであろう奇跡を見るために。
耳は陛下のお声とお言葉を畏まって拝聴するために。
口は陛下より承ったご意志を多く臣民へと伝えるために。
腕は陛下へと差し伸べるために。陛下のために働くために。
足は陛下の御前でひざまずくために。陛下のために働くために。
そして胴はそれらすべてを動かすために。胸は子々孫々末代までの変わらぬ忠義を誓うために。

彼らは早瀬がそれほどまでに信奉する国家を信奉していない。大日本帝国を信じようとしていない。
すべての人間が敬愛すべき天皇陛下を知ろうともしていない。それは許されざる大罪だ。
この国は大罪人ばかりが集まった国だ。まったく常軌を逸した恥知らずの犯罪国家である。
そんな連中には、陛下に代わって臣下たる皇軍が鉄槌を振り下ろしてやらなければならない。
つとめだ。それが臣民たる者のつとめである。こんなことで陛下のお手をわずらわせるわけにはいかない。
違えてはならない。これは決して俗物的で邪な私利私欲による戦争行為ではない。
義だ。大義による粛清、大粛清である。聖人的行為といってもいい。純然たる大義である。
厚顔無恥なる悪しき国家の頭上に、皇軍が鉄拳を振り下ろしてやるのだ。

皇軍は彼らを彼らの国を決して認めない。

皇軍は彼らを駆逐する。

皇軍は彼らを駆除する。

皇軍は彼らを排除する。

皇軍は彼らを掃討する。

皇軍は彼らを殺害する。

皇軍は彼らを粉砕する。

皇軍は彼らを討伐する。

皇軍は彼らを撃破する。

皇軍は彼らを打撃する。

皇軍は彼らを抹殺する。

皇軍は彼らを撃滅する。

皇軍は彼らを殲滅する。

皇軍は、彼らの存在を認めない。



殺してしまえ、こんな国は。


死んでしまえ、こんな国は。


早瀬は軍帽を被り直した。眼鏡の奥の瞳が、燃え盛る炎によって赤く染まった王都の上空を見つめた。
まだまだ暗い夜空がそこだけほんのりと赤いのだ。まるで血を流しているかのようだ。
ゼントラウスの血か。銃弾によって傷つき出血する王国の断末魔か。


「我々も出るぞ」

すでに戦況は決したも同然だ。今から行けば、ちょうど王城陥落に間に合うだろう。
そのときだけはこの目で確かめなければならない。
賊国とはいえ、一つの国が滅びるのだ。指揮官が看取ってやるのがせめてもの情けだ。
多少の危険はあるだろう。指揮官が自ら最前線に出るべきではないだろう。
まあ、そんなことは知ったことではない。そんなことよりも礼儀を尽くさねば。
皇軍は蛮族ではないのだから。常に品位を貶めないように気をつける必要がある。

ちょうど夜が明けるころに作戦は完遂するだろう。いいことだ。
昇る朝日と共に日の丸を掲げるのだ。それはなによりも美しいに違いない。



と。そんなことを思っていた早瀬のその背中に、なにやら硬い物が押し当てられた。
硬く、細く、鉄でできた棒のような物の先が、ぐいっと早瀬の背中に。

「……なんのつもりだ」

早瀬は後ろを見ずに言った。
背後では指揮官に拳銃を突きつけた皇軍兵士が鼻息も荒く震えている。

「指揮官殿。今すぐに作戦の中止を」
「なんだと?」
「作戦の中止を、と言ったのです! これは戦争でも何でもない! ただの殺戮だ!」

銃口が震える。しかしそれでも兵士は声を大にして叫んだ。
周囲では数十人の早瀬の部下達が突然の状況に固まっている。

「あなたを尊敬してきました。だけどこれは駄目だ、あなたはやってはいけないことまでやってしまったんですよ! なにが国のためだ! 無実の人達を殺してまで、そんなにしてまでの愛国心なんざ、まともな人間は持っちゃいない! 俺はあんたとは違う。まともな人間だ! 今すぐに野蛮な侵略を中止しろ!」

台詞の最後の方は、ほとんど悲鳴だ。感情が昂ぶってきたのか、さらに銃口が震えている。

「……それで?」

冷めた声で、早瀬が言った。
いや、もし注意深く彼の声を聞く者がいたとすれば、そこに含まれた何らかのものに気づいたことだろう。
巨大な何かのうねりのような、ひどく恐ろしく大きなものに。
それに気付かなかった兵士は、ただ言葉を繰り返すだけだ。

「だ、だから、作戦の中止を――」
「中止はありえない。すべて予定通りに続行する。なにか問題もであるのか?」

言って、早瀬は振り向いた。自分の胸を狙う拳銃の存在など、まるで気にもとめない様子で。
驚いたのは兵士である。

「なっ――、う、動くな!」
「動くな? 動くな、だと? お前ごときがこの俺に命令できるとでも思っているのか、非国民が」

早瀬の腕が、さっ、と素早く伸びた。
兵士の指が引き金にかかっているのにも関わらず、その銃身を無造作に握る。
いつ発砲されてもおかしくない状況。そんなときに、早瀬は今までとはまったく別人のように顔を歪めた。
即ち、凄絶なまでの憎悪と憤怒で相貌を歪めた。鬼のような形相である。

「撃ちたいか? 撃ってみろ。ここだ! ここを狙え!」

叫び、心臓があると思われる位置に自ら銃口を突きつける。
兵士の方が取り乱し、まるで立場が逆転したかのようにうろたえていた。
狂っている。まるっきり狂っている。尋常の範疇ではない。


「馬鹿が。お前のような非国民の軟弱な弾丸で、この俺をどうこうできるわけがあるか! ふざけるな!」

一瞬である。早瀬は素早く拳銃をもぎ取ると、そのままその拳で兵士の顔面を殴打したのだ。
尻餅を突いた兵士は完全に無防備な状態であり、周囲で待ち構えていた他の兵士達はこれをすぐに取り押さえる。
何丁もの小銃の銃口で押さえつけられて、鼻血を出しながら謀反人は口惜しげに唸った。

「どうなされますか?」
制圧した一人が早瀬に尋ねる。
もう平時の表情に戻っている早瀬は小さく頷いて、
「即刻射殺せよ。蝿のような売国奴には略式裁判さえ必要ない」
「はっ!」
「――いや、待て。私がしよう」
早瀬は自分の拳銃を抜き放ち、兵士に向けて片手で構えた。
それを兵士は忌々しげに睨んでいる。
冷徹な声色で早瀬は言った。

「最期の言葉は」
「……あんたは狂ってる」
「そう映るかもしれんな。糞のような非国民の目には」

軽い発砲音。血の飛沫が周囲に飛び散る。兵士の苦しげな悲鳴が漏れた。
足を狙っての一発だ。死にはしない。治療を受けて止血すればの話だが。

「作戦を中止しろ、だと? どうしてそんなことをする必要がある」

再び発砲。もう片方の足が血に染まる。

「あの国か? あの国に情念でも沸いたか。あの国の民の命が惜しくなったか」

発砲。今度は右腕が跳ねた。

「賊国の民の命など。そんなものが惜しくなったのか。そんなもののために我が国を裏切ったのか」

発砲。最後に残った左腕が痙攣する。

四肢を血に染めて、息も絶え絶えとなった兵士のその姿を、早瀬が忌々しげに睨みつけた。
そして吐き捨てるように言う。

「恥知らずの売国奴が。お前のような浅ましい非国民の末路を教えてやろう。たった一つ、これだけだ」

最後に引き金を引き、逆賊の額の真中を綺麗に赤で染め上げてから、早瀬は周囲の兵士に死体の処理を命じた。

「お怪我はありませんか」
近くにいた中尉が足早に駆け寄ってくる。軍帽を被り直しつつ早瀬が応える。
「無事だ。なんのこともない」
「なによりです。……今回のことは今後の士気の乱れに繋がるやも知れませんが」
「こんなことで乱れるほどには我々の精神は脆弱ではないよ」
「左様で」
「乱れたとすれば、その者こそは非国民だ。内部への警戒を怠るな。巨大な貯水池の瓦解は小さなひび割れから始まるものだ。臣民の模範となるべき皇軍にも、やはり腐った性根の持ち主は紛れこむ。どんなに健康な肉体であっても病原菌が入りこむように、だ。糞虫共め。恥知らずの糞虫共め。必ず淘汰せねばならん」
「いかにも。機会を見て一掃いたしましょう。そして優良で健全な精神の持ち主だけを次世代へと」
「うむ。――予定に変更はない。すべて予定通りだ。完全に」


冷徹に歩を進める早瀬。その瞳が何を見つめるのか。何を思うのか。
おそらくは誰もが知っているはずであり、しかし誰も知らないことなのだろう。


予定通りにゼントラウス王国が滅ぶ、その二時間ほど前のことである。


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