『F世界帝國物語』2


その日、ダークエルフのクリスティナは実に機嫌が良かった。
特に何があったというわけでもないが、なんとなくだ。
今日は天気が良く洗濯物はちゃんと乾いたし、
行商人から活きのいい魚が手に入った。
明日の朝は焼き魚でも作ってみようかと思案する。
居間の方では十歳になる弟が遊んでいた。
夜遅くなので早く寝るように言うのだが、わんぱく小僧に言っても通用しない。
クリスティナと彼だけがたった二人、この小さな家の住人だ。
両親を早くに亡くしてからは、クリスティナが弟の面倒を見てきた。
まだ十七歳のクリスティナだ。満足には働けない。
だから決して裕福というわけではないが、それでも毎日は充実していた。
「お姉ちゃん」
「んー?」
「あれ、なんだろ?」
風呂上りで濡れた髪をタオルで拭きながら振り向くと、弟が窓の外を熱心に見つめている。
「どうしたの?」
「あそこに何かある」
弟は呆けたように外の景色を見つめながら言う。
生まれながらにしてどこか不思議なところがある子供だった。
長老様が言うには魔法の才能に恵まれているらしい。
生まれもった天性として、空気中の魔素を感じ取ることに優れているそうだ。
魔導学院に入学すれば良い成績を修めることができるかもしれないと言われている。
才能ある弟はクリスティナの誇りだ。いつもみんなに自慢している。
ただ――悪い予感もある。少し前の話だ。
才能だけならこの弟どころか長老ですら問題にしないほどのダークエルフがいた。
しかし突出しすぎた才能のために彼女は村にとっての災厄になると予言され、
長老の慈悲によって殺されることだけは免れたものの、ずっと厄介者だった。
魔導学院では入学してすぐに首席の地位にまで上り詰めたが、
禁忌の魔法にまでその手を染め、破門されたという。
クリスティナは弟に彼女と同じ道を歩んでほしくはなかった。
おごり高ぶり悪魔のようになってほしくはなかった。
「あっ、お姉ちゃん、光ったよ」
「え?」
思考を途中で頓挫させられて、クリスティナは我に返った。
窓の外では、なるほど、確かに赤い光が――
直後、大地が揺れた。何かとてつもなく巨大なものが凄まじい速度で落下したように。
驚いたクリスティナは、咄嗟に弟の体を抱きしめていた。
いったい何が起こったというのか。混乱した思考では考えが上手くまとまらない。
何かが焼け焦げた匂いを嗅いだ気がした。
「お姉ちゃん、あれっ……!」
弟が何かを指差した。窓の外だ。丘の上に何かがあると言っている。
クリスティナはそれを確かに見た。
丘の上には、さらに小さな丘のようなものが――まるでドラゴンのような。
魔法を使い、視力を強化する。遠く離れた丘の上がはっきりと見える。
翼を持たず足も持たない異形のドラゴンがそこに佇んでいた。
クリスティナは思わず息を呑む。なんだあれは。
と、ドラゴンが動いた。
ゆっくりと余裕を見せつけるような動作でその禍禍しい口腔をこちらに向ける。
細く頼りない棒か何かのような口だった。鋭い牙が並んでいるわけでもない。
しかし確かにぽっかりと暗い洞穴のような穴が開いており、そこが灼熱の輝きを生んだ。
「いけない――!」
と思ったときには、もうすべてが遅すぎた。
何かがこちらにやってくる。絶望的な何かが飛んでくる。
走馬灯さえ見えないような一瞬の中で、クリスティナはそう感じた。
できたことといえば、腕の中の弟をもっと強く抱きしめることだけだった。

「着弾を確認した。次弾装填を急げ」
早瀬は無線機に向かって早口で命令を述べた。
眼下では今の攻撃で粉砕した家屋二つが赤々と燃え始めている。
七十五mm砲が直撃したのだから、通常家屋は半壊して当然かもしれない。
早瀬にしても手探りに似た行為であった。
三式中戦車は米英のM4中戦車に対抗するための対戦車戦を想定して開発された戦車であり、
その砲口を民家に対して向けるなどという事態は使用者である早瀬にとっても予想外のことだ。
どの程度通用するのかどうか、まったく未知数だった。
しかしこうして結果だけ見ると、悪くはないかもしれない。
無論、家屋を攻撃するならもっと効率のよい方法はいくらでもあるのだろうが。
しかし一連の行動の目的は破壊だけに終わらない。
これで二つの家を破壊した。命中精度は抜群と見て取れる。成果は上々だ。
――不思議なことがあった。
死人も飛び起きそうなほどの爆音を轟かせておきながら、住民達が騒ぐ様子はない。
それもそのはずだ。早瀬はこのことにこそ仏頂面のまま成功を喜び、満足した。
カーラが用いた魔法の成果である。彼女は戦車やその砲弾に魔法をかけたのだ。
風を操る魔法だと彼女は言う。それが火薬が炸裂するときや着弾のときの音を完全に消し去った。
音とはつまり空気中を高速で駆け抜ける振動に他ならない。
生物は鼓膜を振るわせた振動を音として認識するのだ。
ならば風の精霊に働きかけ、空を伝わる振動自体を消し去ってしまえばよい。
標的は最期まで何が起こったのか気づくこともなかったろう。
ただ冬の湖面のように静かな爆発と破壊が降り注いだだけだ。
「百発百中。着弾のその時でさえ完全に無音。しかしあくまでも威力は抜群」
早瀬は頬を少しだけ歪めた。これこそが望んでいた最大の成果だ。
魔法は素晴らしい。カーラは研究を進めればさらなる応用が可能だと言う。
皇軍の兵器と合わされば戦場におけるこの威力は計り知れない。
移動するときでさえ無限軌道やエンジンの稼動音を消し去り、まったく隠密に進撃。
鋼を魔力でさらに強固とすれば、敵の砲撃はすべて無力な豆鉄砲と化す。
敵の射程外はるか彼方から強力無比なる弾頭を撃ち出し、完全に必中させる。
まるで真実これこそが神の兵器ではないか。
物量と国力の差など簡単に覆すことができるほどの、圧倒的な質。
これら超兵器が本国にて実戦配備されるに至れば、米英など物の数ではない。
まさに現人神が統治する神の兵器に守護されし唯一無二の神の国だ。
それは元いた世界に帰還する方法をまだ知らない早瀬にとって滑稽な妄想ではあったが、
しかしこの冷徹な男を多少なりとも興奮させるほどの夢想であった。
「そろそろか」
早瀬は無線を使って指示を飛ばした。
命令を受けた戦車兵は、すぐさま乗りこんだ戦車の砲口を村に向ける。
村の中心にある広場のような場所に向けての砲撃。もちろん問題なく着弾。
これには音があった。盛大に着弾時の爆音が轟く。
やがて目を覚ましたのか、家々からはどんどん人影が飛び出してくる。
いったいこんな夜中に何事かと驚いているようだ。
その姿を双眼鏡のレンズ越しに確認して、早瀬はまた無線機に向かって言った。
「兎が小屋から出た。迅速に包囲し、圧倒し、殲滅せよ。状況開始」
早瀬の言葉はほとんど必要最低限のものだけだ。
考えられるすべての事態を想定して、事前に作戦会議は綿密に行っている。
いまさら新たには話すことなどない。戦場での以心伝心こそ尊ぶべきだ。
「やっているな。いよいよ始まったじゃないか、地獄が」
カーラが背後から楽しげに言った。

二人は小さな集落の全貌を見渡すことができる丘の上にいた。
ダークエルフの集落だ。人口は四十人にも満たないかもしれない。
「しかし意外だったな。あんたはこういうことに手を染めないと思っていた」
「こういうこと、とは?」
「蟻を踏み躙るように一方的な虐殺」
爆竹が破裂したような音が連続した――カーラの術が使われていない。
村の中で次々と破裂音が跳ねる。そして、同時にダークエルフがばたばたと倒れていった。
みな一様に胸や腹から血を噴き、絶叫する暇もなく転んでいく。
百式機関短銃によって撃ち出された弾丸の雨は、ダークエルフの集団をまるで案山子のように薙ぎ払った。
それでもまだ生き残っている者がいる。運良く弾が急所を外れた者だ。
いや、むしろそれは不幸なことだったのかもしれない。
一瞬で絶命していれば、それは何も分からないまま眠るように死ねたということだ。
二十名ほど集まったダークエルフの中で機銃掃射から生き残ったのは七人。
それらが完全に虫の息であり、戦力を喪失していることを確認すると、 手に手に機関銃を持った男が三人ほど物陰から現れた。いずれも同じ服装だ。
言うまでもなく、早瀬の部下である。
一メートルほどある短機関銃の先に銃剣を取り付けた男達は、
倒れているダークエルフ達の元へと素早く駆け寄った。
もちろん助けるためではない。その証拠に彼らは機関銃を頭上に振り上げた。
勢いよく落とす。鋭利な刃物が先端に輝く機関銃を剣のように振り下ろす。
銃剣が柔らかい肉を突き破って血の華を咲かせる。躊躇せずに剣を抜く。
まだ生きていたダークエルフが絶叫を上げる。
それを黙らせるためにまた振り下ろす。今度は心臓を確実に狙って振り下ろす。
だがまだ死ねないダークエルフがいる。そういう者にはもう一度振り下ろす。
今度は首筋を狙って振り下ろす。さすがに黙る。兵達は安堵の笑みを浮かべる。
しかしまだすべて片付いていない。次の作業に取り掛かる。
生き残った七人を徹底的に殺した後で、もう動かなくなった者にも剣を刺す。
念入りに徹底的に殺し尽くして回る。
なにしろ相手は人間ではない。心臓や脳を破壊してもまだ生きているかもしれない。
だから念入りに徹底的に殺し尽くして回る。妄信的な疑心暗鬼に狩られて。
生きているのか死んでいるのか、そんなことはどうでもよかった。
安心するために殺した。
こうして人口の半数以上を一網打尽にしている間にも、別働隊が活動していた。
彼らはまだ家の中に閉じこもっている連中を無力化するため、機銃掃射とほぼ同時期に家屋に侵入。
寝ぼけまなこでまともな思考すら働いていないダークエルフの頭部に、 三八式歩兵銃の銃弾を至近距離から叩き込んだ。

「いい眺めだな、ハヤセよ。みんな潰れて真っ平らになっていくぞ」
「――何の問題も無しに状況が進んでいる。それだけだ」
傲岸不遜な笑みを浮かべ地獄の有り様を見下ろしているカーラに比べて、
早瀬の表情は余りにも淡白で素っ気無いものだった。これで当然と言わんばかりだ。
彼にとって本作戦で注視すべきは先ほどの無音砲撃であり、単なる虐殺劇に興味はない。
両者ともに散っていく命の花のことなど哀れんでいない、という点では共通している。
「演習だ、これは」
「演習?」
「そうだ。いよいよきたる本物の戦争に向けての、これが軍事演習だ」
早瀬は几帳面に軍帽を被り直す。この男の癖である。
「いよいよ国に喧嘩を売るのか」
「弾切れの心配は少なくなったからな」
ドワーフ達は、驚くべきことに早瀬達の時代の兵器を再現できるという。
ただしある程度の時間や費用がなければ生産は軌道に乗らないそうだが。
さすがの彼らといえども異世界の分化を唐突に自在とすることは難しい。
しかし朗報には違いない。早瀬はようやく補給源を得ることができたのだ。
銃器も、弾薬も、戦車も、燃料も、戦うための装備はすべて手に入る。
ダークエルフの集落を攻め落とすことを条件に。
彼らはエルフを嫌う。ましてや自分達を襲って大事な品物を奪うようなエルフは心底から憎悪する。
ドワーフ達は悪い盗賊を退治してもらう代わりに武器をさずけようと言うのだ。
しかしダークエルフにも生活はある。そのために仕方が無しに行ったことだ。
だからどちらが善であるとか、悪であるとか、それは簡単には言えない。
この場合、重要であったのは、ドワーフ族は早瀬が必要とする武器を生産できる。
ただそれだけだ。それだけが重要視され、ダークエルフは退治すべきと見なされた。
「戦争するために、そのために一つの村を攻め滅ぼす。あんたはとても非道い男だ」
「分かっている。もはや私は皇軍であって皇軍ではない。これではとても軍人とは呼べない」
「ではどうして戦う。国も主も遠く彼方に往ってしまったというのに」
「決まっている。最期のご奉公だ。この世界を統一し、陛下に献上する。皇軍の力を示すのだ」
「もとの世界に戻れもしないのに? 陛下とやらはそれを望んでいるのか」
「まさか。陛下は慈悲深きお方。殺生は好まれぬ。独断で陛下の軍を使用した私は必ず罰せられるだろう」
「くっく! あんたはやはり馬鹿だな。首輪が外れてもまだ尻尾を振るか」
「これ以外に生き方を知らない。私はもう軍人ではないが、しかしやはり軍人なのだろうな」
発砲音が連続した。それでも早瀬の呟きはかき消されなかった。
「お前はどうなのだ、カーラ」
「うん?」
「ここはお前の生まれた村なのだろう。いいのか」
「かまわんさ」
カーラは肩をすくめた。紅の瞳のどこにも後悔や躊躇いの情念は浮かんでいなかった。
村の中では次々とかつての隣人達が死んでいく。踏み躙られる蟻のように。
親がいるのだろう。兄弟がいるのだろう。仲良くした友人達がいるのだろう。
それでもカーラは笑みを絶やさない。鉄火に蹂躙される村を見ても嘲り笑う。
「誰にでも一つや二つはあるだろう。燃やし尽くして消し去りたい過去が」
「それがお前にとってはあの村なのか」
「そうだな。そしてあの村にとっては私こそが消し去りたい過去なんだ」
「どういう意味だ?」
「何も。言葉通りさ。だが結局のところ、勝ったのは私だったな」 早瀬はそれ以上の詮索をしなかった。深入りしても無駄だろうと結論したからだ。
その時、無線から連絡が入る。早瀬は小さく頷き、作戦終了の合図を出した。

「捕虜はとらん。生き残りの全員は略式裁判の後に銃殺刑だ」
投降してきた数人に向かって早瀬が言う。いつも通り冷徹に、無慈悲に。
ダークエルフはその全員が両手首を背中で縛られ、足首も同様に硬く縛められていた。
口には猿ぐつわがはめられている。呪文の詠唱を防ぐためだ。
布を噛まされたまま、ダークエルフ達が口惜しげに呻き声を上げた。
しかし中には首を振って涙を流し無様に嘆く者もいる。まだ若い女に見えた。
あまりにもうるさかったので、皇軍の一人が小銃を振り上げ、銃床で殴りつける。
やっと黙る。それから早瀬が裁判を始めようとした――
「待て待てハヤセ。私がいないのに勝手にお楽しみは無しだろう」
カーラが待ったをかける。早瀬はやや不機嫌そうに振り向いた。
ダークエルフ達はと言えば、左右に並んだ軍人達の中を進み出て登場したカーラの姿に驚愕を隠せていない。
みな一様に目の玉がこぼれ出そうなほどの驚きを表している。
そんな同族の表情を、カーラはわざとらしく両腕を打ち広げ、愉快げに嘲った。
「おやおや、みなさんお揃いとはまことに重畳。特に――ご健勝だったかね、大ババ様よ」
大ババ様、と呼ばれたダークエルフは一人だけ白髪だった。
彼女はこの村の長であり、その齢は九百を数える。しかし外見は妙齢の美女そのものである。
エルフとその眷属は生涯のほとんどを美しいままですごす、という言い伝えの好例であった。
長老はさすがに一度も取り乱すことはなく、このときも厳しい目つきでカ―ラを睨んだ。
その視線をむしろ楽しげに受けるカーラ。
「ハヤセよ、猿ぐつわを外してやれ」 「かまわんのか?」
「ああ。ちょっとした儀式を行った。もうこいつらは魔法を使えない」
カーラがそういうのであれば、と早瀬が指示すると、ダークエルフ達の口は自由となった。
まず長老が口を開く。
「こんなに広い地域に渡っての魔力の掌握……もうそこまで辿りついていたのですね、カラミティア」
長老はカーラをまったく聞き覚えのない名で呼んだ。早瀬を始めとして軍人達は僅かに驚く。
カーラはその名の響きに昔を懐かしんだようだった。口の端に僅かに苦いものが浮かぶ。
「あなたは私が直接とった弟子の中で、最も優秀な子でした。それがこんな、」
「やはり災厄だったのですよ! 大ババ様!」
横から口を挟んだダークエルフは、先ほど暴れていた女だった。
先ほどからその視界に入っていたはずなのに、初めてその姿を認めたかのように、カーラが目を細める。
そしてその薄い唇を動かした。
「災厄を司りし魔神の巫女……悪しき世界より現われし鉄火の軍勢を率いて、世界に災いをもたらさん」
紡いだ言の葉は、ぞっとするほど冷たく、その響きは無惨なものだった。
「くっく! 覚えてるかい。あんたが作った下らん詩だよ、大ババ様」
「それが現実になる日が、やはり来てしまいましたか……残念です」
「何をいまさら。予言を本当に信じていたなら、生まれたばかりの私を殺せばよかった」
「無垢な赤子を殺せるような非道な者は、この村にはいません」
「違うね。はっきり言ってやろう。あんたとこの村の連中は怖かったんだ。自分の手を汚すのが!」
「いい加減にしなさい、カラミティア!」
またもや女が口を開いた。その瞳には涙と怒りが浮かんでいた。
「長老様の慈悲を受けておきながら、なんという言い草! やはりお前など、」
「生まなければよかった! そうだろう!? 死ぬほど聞き飽きたよ、母さん!」
女は、カーラの母だったのか。言われてみれば面影が似ているような気もする。
母親は少し怯んだようだった。そこにカーラが言葉を続ける。
「あんたらは私を本当の地獄に突き落とす代わりに、生き地獄の中に放りこんだんだ。
 生まれながらに災いの元凶だと予言された子供の生活がどんなに悲惨なものか、あんたらには想像もできんだろ」
「それをあなたが言うの! あなたが! 私があなたのせいで、どんなに!」
「知ったことか! 親だろう! 守れよ、子を!」
今にも殴り合いを演じそうなほど怒りに満ちた言葉の応酬。
それを他のダークエルフはもちろん軍人達も黙って見守っていたが、やがて早瀬が言った。
「カーラ。そろそろ終わりにしろ」
「……ああ」
頷き、カーラは数歩後ずさる。まだ何か言い足りていないような表情であった。
その後、簡単に裁判のようなものが行われた。本当に簡単で、一方的なものだ。
弁護人などいるわけがない。早瀬という裁判官が端的に死刑判決を下すだけである。

「持て」
早瀬がカーラの手に拳銃を渡した。
「お前が撃て」
何の感情もこもっていないような声で言う。機械のような男だ。
カーラは無言で悟った。これは試されているのだ。カーラが真に仲間と呼ぶに値する者かどうか。
異世界からやってきた早瀬達にとって、しょせんカーラはまったくの赤の他人。
隊の中には得体の知れないダークエルフを信用できていない者も多くいることだろう。
それらの懐疑をすべて振り払えと言うことなのだ。同族殺しによって。
肉親をその手で殺し、この世界と決別し、早瀬達と共に歩め、ということなのだ。
手にとった銃は冷たく、ずしりと重かった。思えば初めて持つ。
早瀬は装備のすべては天皇陛下から借り受けたものだとして、部外者であるカーラには触らせもしなかった。
これは仲間と認められる第一歩。ここからようやく始まるのだ。
カーラは黙って片手で銃を構え、引き金に指を当て、銃口を母親へと向けた。
喉の奥で悲鳴を上げた母親は、泣き笑いのような表情で、
「ま、待ちなさいカラミティア。お母さんを撃つの? できないわよね、あなたは優しい子だから」
「……いいことを教えてあげるよ、母さん」
銃の使い方は知っていた。触ることは許されなかったが、鉛を撃ち出す方法は教えられていた。
「母親はね。子供にカラミティア(災厄)なんて名前をつけるべきじゃない」
いっそ優しいほど柔らかな言葉。そしてカーラは優しく引き金を引いた。
思っていたよりもずっと強い手応えと、思っていたよりもずっと小さな銃声。
しかし確実に弾丸は発射され、速やかにカーラの母親の額を撃ち抜いた。
母親は一瞬のけぞって、それからがっくりと力なくうなだれる。絶命だ。
彼女が来ていた白い服を、頭から流れる赤が汚していった。
生き残ったダークエルフ達はみな恐慌した。美しい顔面を見る影もなく恐怖で汚していた。
「なんということを……」
「あんたにとってはこれで正解なんだろう? 大ババ様。なにせ私は災厄の巫女だ」
次に長老に向けて銃を構え、カーラが薄く嘲笑を浮かべる。
長老はすべてを諦めたように脱力していた。そこに再び引き金を引いてやる。
銃声は二度、連続した。胸と頭に正確に撃ちこんで、死体に向かってカーラは笑う。
「さようなら。私はこいつらと共に行く。あの世で見ているがいい、私達が鉄火で覇道を切り開く様を」
哄笑するカーラのその肩に、早瀬が軽く手を乗せた。
「よくやった、カーラ。お前は私達に意思を示した。完全に」
カーラは満足げに微笑む。この男達はもう誰もカーラのことをカラミティアだとは思わない。
何もしていないのに殴りつけてきたりはしないし、食事は平等に分け与えてくれる。
寝るところは用意してくれるし、話しかければ会話してくれる。
同族でこそないが、同じ生き物として、誠意をもって対応してくれる。
両親から教わって当然の、人を信じるということ――それをカーラは異世界の軍人達から学んだのだ。
早瀬の手に銃を返して、もはや用はないとばかりにカーラは歩み去る。
背後で絶叫が聞こえた。背後で銃声が連続した。背後で音が止んだ。
後にはいつも忌まわしい過去ばかりがあった。カーラはもう振り向かない。
前を向いて歩く。その瞳には輝かしい未来が見えていた。


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