『無題』 自動人形。 それは和洋で遊戯用に作られた機械仕掛けの人形の事を指す。 定められた仕草をし、お茶を運んだり鐘を鳴らしたりダンスを踊ったりする。 それらはこの異世界でも存在したが、それはゴーレムの類に分類された。 故に、純然たる機械仕掛けは存在しなかったのである。 しかし、それをこの世界に持ち込んだのは大日本帝國。 そして、それを目に付けたのは一部のダークエルフ技術者達であった。 『これを、兵器として使えないだろうか?』と。 帝國が召喚されてから数十年後――― とある列強国内の辺境にある、政治犯収容所。 「ん?」 暇な監視作業に飽き飽きしていた歩哨が夜空を見上げてみると。 何か黒点のようなモノが落ちて来るのが見えた。 「何だありゃ?」 月明かりを頼りに目を凝らしている内に、それはドンドン大きくなってくる。 円を描くようにして自由落下してくる12の影。 「人か?」 歩哨がそんな感想を洩らした瞬間、彼の眉間に穴が開いた。 スローモーションの様に歩哨が倒れていく間に、次々と12の花が空中に咲く。 「フフフ、みんな準備はいい?」 一輪の花の下で黒髪の少女が酷薄な笑みを浮かべた。 「ショータイムの時間よ」 一斉にコッキングレバーが引かれた。 「落下傘12、帝國の手の者か!」 「対空班何をしている、魔導師を動員して早く対空射撃を……」 中央にある司令塔で怒鳴っていた司令官は、降下してきたパラシュートが目前を通過するのを目にした。 そして、それにぶら下がっているやたらとヒラヒラとしたドレスを着た少女が両手に黒光りするモノを手にしているのを。 「伏せ―――」 司令官の言葉は、司令室を左から右にかけて吹き荒れた鋼鉄の雨によって強制的に終わらされた。 二丁の分隊支援火器によって蜂の巣にされた司令部は、その後向かいから降りてきた少女の投擲した6発の手榴弾で完全に沈黙。 指揮系統を寸断された刑務所守備隊は為す術も無く。 汎用型重機関銃に撃ちまくられ、狙撃銃で正確無比に撃ち抜かれ。 瞬時に詰められた後居合いで両断され、気配もなく投じられたナイフで命を刈り取られた。 「く、ば、化け物どもめ!」 竜車が3人の幼女によってひっくり返されるのを見て、呻きながら守備隊指揮官が身を翻して逃げようとした。 だが、彼が目にしたのは非常口ではなく、突き付けられた銃口だった。 「た、助け」 言い終わる間も与えられず、銃声が鳴り響いた。 帝國の盟邦の名銃を模した拳銃から硝煙を棚引かせながら、黒髪の少女はドレスを揺らめかせながら呟く。 「捕獲対象は……目標は見つかった?」 地面に広がった魔術陣を見つめている眼鏡を掛けた少女がそれに応じる。 「もう少し…………生体反応の照合……見つけた!」 叫んだ少女が刑務所のとある場所を指さした。 守備隊を壊滅させた少女達がつられてそちらを見る。 刑務所の外壁に立つ人影を見る。そして、黒髪の少女が叫んだ。 「総員、回避!」 同時に、撃ち放たれた光の奔流が数秒前まで少女達が居た場所を吹き飛ばした。 黒煙を突き破るようにして現れた少女達が、狼狽える事なく次々と銃や獲物を構え直す。 左腕を肘から先吹き飛ばされた黒髪の少女が、忌々しげに人影を睨み付ける。 色々な部品が露出した肘の先から、電気が微かに弾けた。 「……あれで、間違いない?」 「ええ、間違いないわ。最後に確認された身体的特徴、生体反応、共に合致している」 「お姉様、あれが目標の……」 手榴弾を手にした少女の問いに、黒髪の少女が答える。 「ええ、そうよ」 外壁に立つ男は、何というか異常だった。 痩身小柄な体を覆うモノは、股間に巻いた越中褌のみ。 右手に得体の知れないオーラに包まれた日本刀を握り締め、左の肩には魔導砲を担いでいる。 その口径はざっと見ても120mmはある。人間が担げる代物ではない。 剃髪した頭からは猛然と湯気が立ち、眼窩にかけた丸眼鏡を白く曇らせている。 ……どうやら、怒ってるようだ。 「あれが、辻正信!」 少女の声に答えるようにして、男は魔導砲をぽいと投げ捨てる。 仙人のように長く豊かに伸ばされた髭に覆われた口端がニヤリと歪んだ。 「行儀のなってない婦女子達だ……後で小官がたっぷり再教育してくれる!」 …… ………… ……………… 「どうされましたか大隊長殿、随分魘されてましたが」 「……いや、今企画している戦闘用自動人形の完成体達が、何故か秘境探検に行った帝國軍大佐と戦っている夢を見ただけだ」 「はて、糖尿病で悪夢を見るような症状は無かった筈でしたが」 「医者の説明では無かったな……ところで目覚めのココアを淹れてくれないかね?」 「なりません。これ以上入院期間を延ばされては困ります」