『古き者達の慟哭』 とある暗闇の只中。 青白い光を囲むようにして、彼等は語っていた。 その場は暗く、狭く、湿っていて生臭かったり埃っぽかったりで居心地が悪い。 だが、最早彼等を許容するのは、そう言った場所でしかなかった。 「全く、嫌になっちまうね」 「ええ、全くで。ここ十数年ですっかりお江戸が変わってしまった」 「天子様が京からこっちへ移った時からかのぅ?」 「いや、一番酷かったのはこの間のでかい地震だろ。あれで少しは残ってたお江戸の町並み全てやられちまった」 「ああ、地震も酷かったが、あの跡地に立てられた建物、なんだありゃ? 胸糞悪い南蛮風の建物ばっかじゃねぇかよ」 「それが最近のハイダラケだとよ。やだねー、建てるなら長屋だろうが」 「あんた、それゆーならハイカラよ」 「うっ……そ、それは兎も角、何だか、そのハイカラ化がまた一段と早くなってやしないか?」 「ああ、急に忙しくなった」 「そう言えば、ここしばらく薄くなっていたわっちらの存在が何故か濃くなってからじゃのう」 「濃くなるのは良いが、その代わりにお江戸の端に追いやられるのは勘弁だぜ」 「ああ、全くだ」 集まっている5つの影。 それらは口々に帝都の現状を憂う……というよりは文句を言っている。 青白い光は何も照らしていない。だが、確かに彼等は其処に存在し、そして尚も愚痴を漏らす。 「最近、建物がその南蛮風に変わり始めてから酷いもんよ。変な鉄の棒が入った漆喰のような壁ばっかりで、中に潜もうとしても出来やしない。あれじゃあ、オラが足を出そうとしても出しようもねぇ。肩身が一気に狭くなってしまった」 「ええ、あっしの屋台も酷いもんで。営業の許可とか何とかで、人が居ないと解ると変な服着た役人共がすっ飛んできて直ぐに撤去しちまいやがる。自慢の行灯も危うく捨てられるトコでしたよ。これじゃあ脅かす以前の問題でさぁ」 「あちしらも酷いもんだポン。折角囃子をしてたススキの原っぱ、今じゃ整地されてしまって、住み処の林の方でさえ危なくなってしまっているポン。このままじゃあ、奥多摩の方に追い払われてしまいそうだポン……」 「あなた方はまだいい。儂なんか酷い有様じゃ。次から次へと堀を埋め立てられ、今じゃ釣り堀に潜まなきゃならんような状態なんじゃぞ? 折角夕方頃に釣り人に呼び掛けても、子供の悪戯と勘違いされる始末じゃ」 「文句言えるだけまだましよ。私のお堀なんて直ぐに消えてしまったわ。あの男への恨みを込めて芦を半分にしたのに。よよよ……」 「私も、立っていたお武家様が家を払われてからは酷いものです。周りの空気がドンドン酷くなって……げほげほ。喉をやられて葉も枯れかけています。落ち葉が無いのが私の自慢だったのに」 「そーいや、送りの奴はどうしたよ? こないだの集会の時は顔出した筈だったよな?」 「あいつなら、住処で唸っているよ。先日、提灯で酔っ払いを送っていたらうっかり車道に出て『車』に轢かれてしまったって」 「……なんてこったい。どんどん俺等の居場所が減っていくじゃねぇか!」 「これもそれも、あの禿頭が悪い。幕府の将軍様でも天子様でもねぇくせにお江戸をひっくり返そうなんざふてぇ野郎だ!」 「全くで。確か、アイツがお江戸を南蛮の都みたいにしちまおうって企んでやがるんだろ? オラぁ役人達が話してたのを天井で聞いてたんだ。間違いねぇよ」 「頭に来るわね。粋といなせも知らない東北人がお江戸を仕切ろうなんて」 「そうだそうだ。これもそれも……っ!!」 口々に文句を叫び始めたその時、彼等が居た空間の天井がいきなり開いた。 そして、いきなり男の巨大な顔がぬっと覗き込んで来たのである。 「「「「「「ほ、本人だ〜〜〜〜!!!」」」」」」 六つの影は声をはもらせ絶叫した後、直ぐさま逃散した。 青白い火は差し込んできた朝日によって掻き消え、その空間は静寂さを取り戻した。 「…………」 男は、眼鏡の奥にある神経質そうな眼をパチパチさせた。 彼は日課である近所のゴミ箱のチェックに勤しんでいた途中であった。 何気なく覗いたゴミ箱の中で、複数の人物の声が聞こえたような気がする。 「ふむ……」 彼はカミソリと呼ばれる頭で少しだけ思考を働かせた後、直ぐさま放棄した。 早朝のゴミ箱の中で男女数人が語らっている筈なんかない。きっと、自分の気のせいだろう。 ここ暫く、転移からの雪崩れうってくる問題の山を解決するのに奔走して疲れていた。 だから、幻聴と幻覚を見た。ただ、それだけだ。 彼は納得し、ゴミ箱の蓋を閉めて早朝の町並みを歩き始めた。 完