『魔導工学研究計画:黎明の章』後編 スコットランド王国軍 第51研究所 通路 少佐と主任の目前まで迫ったオーガ。 その、血管が剥き出しになっている拳が高々と持ち上げられようとした――― ドバキ! 背後から聞こえた音に、オーガが振り向く。 一室の扉が破壊され、そこから飛び出して来た人物。それは 「脱走したか試験体! 敬意に値する図太さだ!!」 ダークエルフにしては大柄な図体、そして厳つい顔立ち。歯が一本欠けているのは愛嬌か。 スコットランド軍服に身を包み『保安主任』と印刷された腕章を着けている。 「我が名はプリッツ中尉。栄えあるスコットランド王国軍第51秘匿研究所保安主任である! 予算不足の中必死に調達したのに派手に破壊された機材の恨み、貴様の血を持って贖ってくれるわ!!」 元々の原因は機材の不調であって、オーガの覚醒はオーガ自身の責任ではない。 「ふんっ!!」 そうオーガが考えたはさておき、プリッツは手にした拳銃―――ルガーP08のトグルを引っ張り初弾を薬室へと送る。 ピカピカに手入れが施され、金属部品が不思議な光沢を帯びているルガーをオーガに突き付けプリッツは大口を開けて笑った。 「見よ! 私が誇るこの銃を! 帝國のかつての盟邦であるドイツ帝国から取り寄せられた私用品を元にして特別に復刻! 各フレームはドワーフ族より送られたミスリル銀を削り出して使用! 9mm拳銃弾の弾頭には銀を使用し例え相手がライカンスロープであろうとも銃撃が無効などというヘマを踏む可能性も断絶! 更に魔導技術部の施術によって銃身内の腔線に『加速』のルーンが刻まれ銃弾の初速は更にアップ!! 角度さえ良ければ九二式重装甲車の正面装甲を撃ち抜けるという優れもの! この恐るべき銃を撃てるのは世界広しと言えども私と他数人だけだ! どうだ怖いかそうだろう怖くない筈が無い、その威力をしかとその目に焼き付けつつ死ぐはぁぁぁぁぁぁ!!」 悦に入ったプリッツは隙だらけであり、解説を最後まで聞いてやる程オーガは親切でも理性的でも無かった。 オーガの拳をまともに受けたプリッツの身体が宙を舞い。 勢い良く通路の壁に叩き付けられ、そのまま動かなくなった。気絶したのだろう。 それでも、手にした銃を決して手放す事が無かった辺り、筋金入りのガンマニアなのかもしれない。 「中尉も銃がどうだのこうだのくだらん事に拘るね。銃なんてモノは、撃てて当たれば良いのだ」 (貴方が言っても良い台詞では無いと思いますが) にやついた笑顔でそう宣う少佐と、その背後で突っ込む主任。 だが、呑気に遊んでられたのもここまで。中尉をダウンさせたオーガは、一時棚上げにしていた課題を果たすべく再び振り向いた。 そう、小柄な少佐と主任その他を拳で叩き潰す作業である。 「ひ、ひぃ!」 「そう怖じ気づいてもしょうがないぞ……ところで主任、命令だ。耳を塞ぎ床に伏せろ」 「え、はいっ!?」 少佐にそう言われて慌てて通路へと這い蹲り耳を両手で塞ぐ主任と研究員達。 そして、それは這い蹲った次の瞬間に来た。 「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」 つんざくような轟音が2つ唸り、オーガの胸部と右太股に拳大の穴が開き悲痛な絶叫があがる。 耳を塞いではいたものの、キーンと頭の奥に響く耳鳴りに顔を顰めながら振り向いた主任が見たモノ。 「…………」 それは、二丁の97式自動砲を両手でマウントした大尉だった。 騒ぎを聞きつけて来たのか、それとも少佐が呼んだのか。 解らないが、大尉は居た。 表皮の全てを狼の体毛で覆い尽くしながら。 ギラギラとした金色の眼光を、オーガに対して突き刺しながら。 「ご苦労だ大尉。念のためオーガ君にもう一撃くれてやりたまえ」 何事も無かったかの様に立ったままの少佐がそう軽やかに言った直後、大尉は動いた。 ガス圧によって装填されていた次弾が、今度は左太股と何とか振り上げようとした右腕に命中。これを引きちぎった。 両太股を砕かれ、体勢を維持できなくなったオーガが堪らずドウと音を立てて倒れる。 しかし、それでもバタバタと千切れ欠けた両足をばたつかせ、残った左腕を振り回す。 「いやはや、何とも物分かりの悪い。ここまで来て観念しないとは」 断末魔の叫びを上げながら尚も暴れるオーガを見下ろし、少佐はヒヤリした笑みを浮かべ。 その細い首にかけてあったストールがするりと床に落ち、見る間に大きくなった。 「蛇……!」 僅か数秒で、一本の白いストールは一匹の巨大な白蛇へと変じていた。 白い蛇は赤い眼を細く狭め、少佐の方を見やる。まるで、指示を待つかのように。 蛇に見つめられ、少佐は再び笑い手をひらりと振った。 まるで、お茶のお代わりを要求するかのように、気軽に呟く。 「うん、食い殺せ。失敗作だ」 「あ、駄目。食い殺しちゃ駄目! それは―――!」 何故か、背後で主任が引きつった絶叫を上げた瞬間、ぐわっと蛇は口を目一杯広げた。 解りきった結末を書き記す必要は無い。 少佐の指示を蛇は迅速に遂行し。 哀れなオーガは両足を噛み砕かれ、胴の下から頭の先までを咀嚼されながら丸飲みにされた。 数十分後。 第51研究所 所長執務室 「さて、参ったな」 執務室にある椅子に座ってレポートを捲りながら、少佐は呟いた。 五日後の予算委員会に提出する物が無くなってしまったからだ。 「あのオーガ君が提出作品だとは。主任君も言うのが遅すぎるね」 兵力数が限られる日本帝國軍とスコットランド軍をカバーする為に、開発された人造戦闘兵器の試験型であるフレッシュゴーレム。 それが、あのオーガゴーレムである。匪賊達で作られたのもあるがまだ試験段階にすら入っていない。 一番実用品に近かったのがあれなのだ。主任の悲鳴の理由は正しくそれである。 「五日後までに間に合う物か……」 『魔導工学研究計画』委員会側には品種までは洩らしてはいない。 完成品を提出すれば何とかなるだろう。 「主任君もプリッツ中尉も看護室からまだ出られないとなると無理は出来んしな……お、そうだ」 掌の上でサクマ式ドロップを玩んでいた少佐の動きが止まる。 そして、卓上に乗っていた水晶球に手をかざして小声で何事かを呟く。 水晶球の中で研究所内の光景が何度も切り替わって行き、やがて宿直室で止まった。 そこでは、休憩中らしい2人の若い所員が半裸で何やらせっせと動かしている。 それを水晶越しに見下ろす少佐の目は冷ややかで、そして何処か淫靡だった。 「ははっ、こういう使い方もある……だが、研究者のみの独占はいかんな。歓喜とは万人に振る舞われるべきものなのだ」 ニヤリと笑った笑顔は、見る人が居たならばまるでサキュバスのようだったと言うだろう。 卓上にある所内電話の受話器を手にした少佐は朗らかな口調で述べた。 「第伍研究室の責任者に、所長執務室に来るよう伝えたまえ」 五日後。 予算委員会の場で第51研究所が提出したもの、それはまさに画期的な実用品であった。 第51研究所の本来の開発ラインからは外れるものの、それを補って余りうる品物と評された一品である。 無害なグリーンスライムを加工して作った人造筋肉を簡易的な保護のルーンを刻んだ筒に詰めたもの。 それが生み出す得も知れぬ感触は、所謂『蒟蒻+白滝』など足下にも及ばぬ程の悦楽を使用者に提供した。 主に大陸に派遣された帝國軍に支給され、歓楽街などから外れた辺境に派遣された兵隊にとってはまさに『右手に変わる永遠の女房』だったという。 こうして第51研究所と少佐は予算削減の危機を乗り切ったのである。 だが、彼女の念願である人造戦闘兵器による部隊編成と飛行船購入への道はまだまだ遠い。 かくして、今日も特務少佐は甘味を口に放り込みつつ、謀略と折衷に励むのであった。 完