『魔導工学研究計画:黎明の章』前編 アバディーンから比較的近い山間部のとある建物。 『スコットランド王国軍 第51研究所』とだけ正門の脇に銘が打たれている。 幾つもの"隠蔽"の結界によって、外界から隠されたその施設の存在を知る者はスコットランドでも少ない。 実際、警備は神経質とも言える程厳重であり、その施設規模は国内でも最大級だろう。 そして、そんな施設に限って裏黒い事が行われているのも、また世の常である。 入り組んだ研究棟の一室。 何やら怪しげな培養槽を観察している数人の研究者。 「はい、主任。その点については問題ありません」 「そりゃ良かった。些か心配してたんだが無事で良かった」 主任と呼ばれた1人は痩せぎすで分厚い眼鏡を掛けたダークエルフの男である。 白衣を羽織り、プルプル震える指先を神経質そうに唇の下に当てていた。 「研究の推移は予定よりは順調です。来月にも生体部品の試作を行う事が出来るでしょう」 「そうか、思ったよりも匪賊共の集まりが悪かったんで心配しちゃったんだけど。まぁ、何とかなったな」 「そうですね。現地軍の能無し共が男性体の捕獲命令無視してバカスカ殺すもので一時は難儀しましたが」 残りの研究者達も全てダークエルフだ。 全員が白衣を着込み、衛生帽とマスクをしている。 それらの彼方此方に得体の知れない斑点が滲んでいるのが不吉さを煽っていた。 「ま、過ぎた事さ。用途も意図も隠したままで捕獲命令出してるんだ。必要量に足りただけでも良しとしなきゃ」 「全くですな……ところで主任、少佐殿が本日こちらへ立ち寄られるとか?」 "少佐"という単語に、主任と呼ばれた痩せぎす以外のダークエルフ達の身体が僅かに震える。 怯えとも、畏敬ともつかない感情がその場を覆ったが、それに構う様子もなく主任は呟くように答えた。 「ああ、もう暫くしたら来られる。帝國本土での関連機関やお偉方との折衷が終了し、昨日帰国されたからな」 「少佐殿も大変ですね。責任者の務めとはいえ、方々へ足を運ばなければならないとは」 「この手の研究に対して『帝國人』の方々は理解が浅いという事だ。神州大陸での『広域警戒網』も結局試作止まりだしね」 この世界で生きていくには、些か思慮が足りないと言わざるを得ないけど。 そう続けた主任の言葉にダークエルフ達は肯定するかのように首を縦に振る。 彼等も歯がゆさを感じているのだ。 その重要性を認識しつつも、本格的に魔術を受け入れてくれない帝國人達に対して。 と、その時、主任を呼び出す棟内放送が入る。 その内容は、彼等を慌てさせるに充分なものであった。 「少佐が正面ゲートに来られた! 予定よりも早く来られたぞ!!」 「早くお出迎えをしなければ」 「君達は各々の持ち場へ戻り給え。少佐殿は怠慢を嫌われる方だ!」 『はっ!』 いそいそと持ち場へと戻っていく研究員達を尻目に、痩せぎすとお供は通路と渡り廊下を幾つも渡って玄関へと向かう。 建物の高さを気にしてか、この施設は地上施設は高さが二階までで平べったく、主要研究区画は地下に作られている。 その所為か、どうしても移動に時間がかかるのが難点であった。 「はぁはぁ……ぜいぜい……少佐殿!!」 「ま、待ってください主任!」 「そんなに付いてこなくてもいい、えー、いや、君と君は食堂に行って例の物を用意しておいてくれ!」 「「ははっ!」」 息を切らしかけ、すれ違いの研究員を押しのけながら玄関を目指す主任。 ダークエルフの割に、結構軟弱なのかもしれない。が、本人にその感慨を抱く余裕などある筈も無かった。 エントランスに立っている衛兵に敬礼もそこそこに正面玄関のドアを開け放つ。 「……ぁ」 「到着……されて、ましたね」 「されて……たね」 正面玄関の前に広がるロータリー。 そこには一台のちよだ軍用四輪乗用車が横付けされていた。 そして、その車体に乗っている人影が2人。 「ふっ、ははっ、遅いでは無いか主任。予定よりかなり早く到着して何だが、待ちくたびれてしまったぞ」 後部座席で、白手袋に包まれた手を意味もなく振りかざしながら偉そうに踏ん反り返っている将校。 スコットランド軍の『特務』を示す黒い軍服を着込み、制帽を深く被ったダークエルフの女だ。 小柄な上に珍しく"眼鏡"なぞ掛けている割には、横柄な態度でニヤニヤと口の端を吊り上げながら主任を睨め上げていた。 そして、運転席でハンドルを握る軍服。階級章は、大尉。 こちらは、人間だ。身長は2m近くある頑健な体躯の男で、無表情な面持ちは何を考えているか悟らせない。 ただ、眼光は身を切るように鋭く、戦場で敵として相対したくない畏怖を見る者に与え続けている。 何故、人間なのにスコットランド軍軍服を着ているのかは極めて謎だ。 「は、ははっ。お待たせして申し訳ありません少佐殿っ!」 「ははっ、構わんよ。今の私は最高絶頂に機嫌が良い。何せ、ようやくにして、上等兵閣下から計画の認可が降りたのだからな」 「ほ、本当ですか少佐殿!!?」 「マジだ。まぁ続きは食堂で話そう……準備は出来ているのかね?」 「は、万全です。ご安心ください!」 「そうか」 ゆっくりと腰を上げ、ついでに口の端をも1回吊り上げる少佐。 僅かにずれた眼鏡を直しつつ、喉を震わせながら呟いた。 「実に、実に楽しみだ」 続く