『帰還する者達』 大陸の中央部。 全列強に帝国の名が轟こうとも、彼の地から遠く離れたこの街には関係が無い話。 しかし、この頃奇妙な噂が流れ始めた。 「得体の知れない軍隊が近くを彷徨いている?」 「ああ、しかもレムリアに行ってた連中が目撃した話によると……」 「テイコクの兵、だって? まさか、奴らが占領している土地からどれだけ離れてると思って居るんだよ」 列強の国を大きく2つ跨いだ高原の街に、テイコク兵が現れる筈が無い。 しかし、そんな街中にも、それらは忍び寄ってきていた。 噂が流れて数週間後。 薄暗い、月も暗雲に隠れた霧深い夜。 「何だか、生温い風だなぁ」 「変な事言うなよ…そうでなくても例の噂の所為で……ん?」 市街地の夜警をしていた2人の市兵の耳に、規則正しい音が聞こえて来る。 2人とも兵役を経ている為、それが何を意味するのかが解った。 ザッザッザッザッ。 縦列を組んで移動する人の群れ。 即ち、軍隊だ。しかし、こんな夜更けに軍がこの街を行進する訳が無い。 2人で顔を見合わせている内に、足音はドンドン此方に近付いて来る。 「な、何だ。こっちに来るぞ!」 「れ、例のテイコク兵かっ!?」 有り得ない。城壁や門も破らず、彼等がこちらに入って来れる訳が無い。 そんな不可解な認識が、彼等の足を縛り付け、動けなくしていた。 そして、霧から溶け出す様に現れた縦列。 カーキ色の軍服を着込み、背嚢を背負い、鉄兜か軍帽を被った人の群れ。 手には、重々しい鉄と木で出来た棒を捧げ持っている。 異様なのは、彼等の誰も彼もが血塗れだった事だ。 血と埃と泥に満ちた彼等は、ギラギラと光る目を彼方此方に向けている。 ギロリ。 上から三分の一程が折れた軍刀を持った、将校らしい男と視線が合う。 「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!」 「て、て、テイコク兵だぁぁぁ!!」 腰を抜かしながらも、彼等は必死に逃げ去っていった……。 人気の無い中央路で、血濡れの将校は大きく溜息を付いた。 そんな彼の元に城壁やら家屋をすり抜け、伝令やら偵察兵がぞろぞろと戻ってくる。 彼等の報告を受けた後、顔面の半分が朱に染まった将校は渋面を作り呻いた。 「九段は……靖国は何処だ!?」 中国大陸で「転移」直前に全滅した某中隊は、同じく異世界に飛ばされ迷子になっていた。 彼等の魂が靖国に辿り着くのは、もう数年後の事である……。 完。