『願いの泉』 それは、野営地の近くで洗顔していた敢行隊隊長が足を踏み外して泉に落ちた事から始まった。 「えーと、あの〜」 慌てて助けようとした獣人達が目にしたもの。 それは、全身をキラキラと輝かせながら泉の上に立っている泉の精霊であった。 そして彼女は、二人の人間を伴っていた。 驚く獣人達に構わず、晴れやかな笑顔で精霊は左手をかざした。 「あなた方が落としたのは『作戦の神様』の辻正信ですか?」 左側の人間、何故か妙に思慮深い顔をした彼等の隊長であった。 ぶつぶつ呟いたり、「山を越えて攻めた方が負けだよ」等と意味深な事を零していた。 「それとも、あなた方が落としたのは『関東軍参謀』の辻正信ですか?」 右側の人間、同じように彼等の隊長であったが、こちらはヤケに血気盛ん。 軍刀を振り回し、「ロスケや石原完爾には負けん!」等と叫んでいる。 「さぁ、どちら?」 獣人達は、顔を合わせた後、こう宣った。 なんせ、付き合いはそれなりに長い。迷うはずもない。 「多分、両方俺達の隊長だと思います」 その返事を受けて、泉の精霊は満面の笑みを湛える。 「正直でよろしい。それでは、本物の辻正信とこの二人を差し上げましょう」 気が付くと、辻が三人に増えて泉の畔に佇んでいた。 用が済んだせいか、精霊はちゃっちゃと水面の奥へと去ってしまっている。 「ぬ、貴様は何者だ。小官の真似をするなど許さんぞ!」 「何を言うか、帝國軍人の姿を偽るなぞ言語道断。切り捨ててくれる!」 「山を越えたら負けだよなぁ」 獣人達は顔を見合わせ、呟いた。 「……どの隊長に従えばいいんだろか?」 部下達の苦労は尽きない。 完