『無題』 とある山国を巡回中の西竹一中佐。 戦車連隊長の任務を解かれ、数少ない陸軍の典礼参謀として諸国を回っている最中であった。 そんなある日、宴の中で彼が乗馬の名手である事を知った山国の王族が天馬に乗らないかと誘いをかけてきた。 西中佐は二つ返事で応じた。愛馬ウラヌス号と離れて久しく、久し振りに鞍を跨ぎ手綱を握りたい。 そう思ってしまったのも無理も無いかもしれない。 随伴の部下達も、彼がロサンゼルスで見せた美技を見たいと願っていた為止めれなかった。 「これは、美しい毛並みだ……」 翌日、西中佐の前に連れて来られた天馬は中佐を気に入ったらしく背に乗るのを許した。 これには、近くのベランダで見物している王族達も驚きの声を上げていた。 天馬は気難しい生き物で、なかなか人には懐かないというのに。 上空には既に何騎かのペガサスナイトが展開していて万が一に備えている。 その心配も不要とばかりに、地上のグランドを何周か巡り。 空中用の手綱へと西中佐が手綱を装着し直した直後、それは起こった。 「な、なんであれをつけているんだ!?」 ペガサスナイトの声は、グランドから舞い上がった流星の轟音によって掻き消された。 凄まじい勢い―――時速500km以上のスピードでペガサスは飛行する。 辺りに衝撃波と閃光を撒き散らしながら。 そう、彼は手違いによってとんでもない手綱を付けてしまったのだ。 王族側は、最高級の手綱を渡せと命じ、命じられた側もそれに応じた。 確かにそれは最高級だった。ペガサスをウォー・ホースとして運用する意味では。 かつて、蛇神が討伐された際に生まれた天馬を御する為に作られたとされる手綱。 その手綱をつけた天馬は凄まじい力を発揮し、鉄壁の障壁と流星の如き突進によって進路上にある全てのモノを打ち砕く。 この国の天馬騎士団の切り札である……それが何の手違いか、賓客である西中佐に手渡されてしまった。 しかし、身が凍る思いの王族や顔面蒼白の騎士団の視線を余所に、西中佐は天馬との空中散歩を楽しんだようだ。 「また、共に空を駆けてみたいですね」 満面の笑みで感想を述べる西中佐と、何故かべったり引っ付いている天馬を前に、王族は感嘆と冷や汗で複雑な表情を浮かべていたという。 尚、その天馬は数日後に脱走し、西中佐を追い掛けていく事になるのだがそれはまた別のお話。