『動乱の後』後編 『馬鹿騒ぎ』。 帝國が危うく割れそうになった動乱、それに作戦関与した『猟兵団』内の黒妖精達の中での隠語だ。 動乱を起こしたのは陸海軍の所謂『保守派』『古典派』。それらが率いる派閥の部隊である。 何故、あの帝國がいよいよ大陸へと本格的に進出する時期にあんな騒ぎが起きたのか? 答えは簡単である。今頃になって『異世界』に飛んで出来た歪みが一斉に表面化しただけの事。 これは、日本とそれを取り巻く国々にも対象となる。 『動乱』に関しては日本本国とスコットランド王国の2つが対象であった。 動乱が起きた直接的な原因は、「ダークエルフの王女と皇族の婚約」に反対する者達の争乱とされている。 だが、事実は違う。確かにそれが引き金だったが、原因の一因であって全てではない。 時代や世界が大幅に変動するという事態において、人間は2種類に分かれる。 時代の流れに乗り成功するもの、時代の流れに乗り損ね、または乗れずに失敗する者の2つだ。 動乱を起こしたのは後者である。 軍でいえば、陸海軍で大幅な縮小や改編のしわ寄せを受けた者達、異世界で不要な兵種・艦船に属する部隊。 自分達の居場所、そして存在意義を失った者達の喪失感や憤りは大きかった。 帝國全ての人間が『この世界は自分達の居た世界とは違う』のに実感している訳ではないのだ。 いや、寧ろ解ってない人間の方が多いだろう。実際、異世界の地を踏んだ帝國臣民は総体を見れば決して多く無いのだから。 そして、そんな彼等を煽り挙兵しようとしたのが『保守派』『古典派』の面子である。 変化を嫌う彼等にとって、あまりにも大きな時代のうねりとそれに伴う状況の変動は許容外だった。 転移後に彼等が行動を起こさなかったのは、ひとえに存亡の危機が迫っていたからでしかない。 減っていく備蓄資源や石油、得体の知れない世界、移民達が総帰還した所為で発生した食料難。 切羽詰まった事情が不満や怒りを先送りし、諸問題に対応する事を先決した。 そう、先送りしただけなのだ。不満や怒りは依然として存在する。 存在し続けるそれら負のエネルギーは、諸問題が解決していくに連れて高まっていく。 ―――何故、得体も知れない長耳の者達を重用せねばならぬのか? あまつさえ爵位すら与え、あろう事か尊き皇族の血筋すら分けようとは。 あのような連中の助力など不要だ! ―――何故、戦艦を廃してまで艦隊を再編せねばならない? この世界の帆船如き幾らでも蹴散らして見せよう。空母など増やす必要はない! ―――何故、我々の派閥は冷遇されるのだ。 偶々あの連中が上手く大陸へと足掛けただけだろう。新興の癖に生意気な! ―――大陸帰りの連中め。 何が『時代は大陸』だ。あのような薄気味の悪い場所、資源以外に価値などあるものか! イデオロギーからドクトリン、個人的な私情。 多岐にわたる負の想念は収束され刃に変わり、1つの目標へと向けられた。 大陸進出を掲げ、この世界への適応を進める現政府に対して。 陸海軍から政財界、果てには宮中までのあらゆる不満を抱いた人間達。 馬鹿にならない規模になっていた彼等『反動勢力』は遂にその牙を剥いた。 東京 とある建物の中。 「死亡確認」 カメラのシャッター音が"静かになった"室内で鳴る。 先程まで、この部屋では『決起軍』の中継地点になっていた。 破壊された複数の無線機、それらを操作していた兵士達は全員昏倒させられ拘束済みだ。 その施設を制圧した数人の黒い夜間戦闘服姿の兵士達。 東京の各地に分散している『決起軍』の拠点を潰して廻っているダークエルフ部隊の一分隊である。 東京や横浜横須賀等へ極秘裏に上陸した彼等は彼等は日本軍とは完全に独立して行動していた。 『決起軍』の情報網から完全に逃れていられた為、完全に不意を突く事が出来、効率的に作戦活動を行えたのである。 「隊長……」 「なんだ?」 この施設の責任者である『決起部隊』の幹部である陸軍中佐。 彼の死体を映したカメラを弄りながら隊長は不機嫌そうに側にいる兵士に返答する。 部下は、悲痛な顔をしながら縛られた日本兵達と死んだ中佐を交互に見つめていた。 「我々は……本当に正しい事をしているのでしょうか? 一族を救った日本人を手にかけねばならないなんて」 「仕方がないだろう。帝國とて一枚岩ではない。彼等は我々を救った現政権を武力を持って否定しようとした」 「……はい」 「ならば、討たねばなるまいよ。今の政権が倒れれば、我等一族も否定される」 そう、スコットランド王国と現在の日本帝國政権は一蓮托生なのだ。 万が一、『決起軍』が現政権を打倒し帝國を牛耳ろうものなら大変な事になる。 まず、ダークエルフ達は帝國内で得た要職の一切から追放されるだろう。 ダークエルフを嫌う彼等のスコットランド王国に対する態度は排他的だ。 帝國の助力も協力も大幅に削減され、建国間もないスコットランドは酷く惨めな思いをする事になる。 ただ、これは逆に日本にとっても大きな問題である。 全面的に日本帝國に依存仕切っているマケドニア王国とは訳が違うのだ。 仮にマケドニア王国と断絶したとしよう。 その場合、日本帝國には大したデメリットは無い。労働力としての獣人達は直轄領に確保してある。 だが、スコットランド王国との関係が冷えてしまったらどうなるか。 『反動勢力』の面々は考えた事があるだろうか。 大陸や本土で機械や工場を動かしている石炭石油、その他の資源を見つけてくれたのは誰か。 生命線を確保する為に大陸に進出した時、お膳立てをしてくれたのは誰か。 この世界に関する宝石よりも貴重な情報や魔術を提供してくれたのは誰か。 帝國には存在しない戦力を供給してくれたのは誰か。 そう、ダークエルフ達の助力を満足に受けれない状態で。 日本だけでこの世界の中で生きていけると思っていたのだろうか? 彼等は言うだろう。 日本と資源地帯だけに勢力範囲を絞って生きていけば良いと。 だが、その認識は甘すぎるとしか言いようが無い。 帝國が大陸に進出する前ならそうも出来たかもしれない。 だが、もう帝國は『世界』に認知されてしまったのだ。 その強大な武力と国力、それらを居並ぶ列強各国に。 知られてしまった以上、世界は日本を放っておかないだろう。 そんな時期に内向的な国策を執るリスクを果たして彼等は考えた事はあるのだろうか。 危険すぎる所行である。下手をすれば、帝國どころか周辺国全てが総崩れになるかもしれない。 ダークエルフ一族の総意として、断じて彼等が政権を握る事態だけは阻止しなければならなかった。 「そんな顔をするな。私とて正直複雑な思いなのだから」 「……隊長」 「今は任務に集中しろ。悩める贅沢は反乱を鎮圧してから楽しめ」 「……了」 敬礼をし、唯一残った無線機で治安部隊に通報している無線士へと駆け寄っていく部下を見送り。 隊長は開けた窓の外に広がる東京の夜景を眺めた。この時間帯では有り得ない程、東京の灯りは多くなっている。 聴覚の鋭い隊長の耳がぴくりと動く。夜空に、数機の機影が過ぎるのが見えた。 「ち、思ったよりも相手の展開が早いか。賛同者は憲兵隊からの資料よりも多いようだな」 忌々しそうに呟く隊長の懸念は当たった。 事実、この日―――彼等からすれば『義挙の日』から数日間に渡って日本帝國は動乱に揺れる事となるのである。 その最中のダークエルフの活躍を知る者達は殆ど居ない。 動乱に関する情報が厳重に統制された事、日本人を手にかけた事を黒妖精達自身が恥じたからである。 ただ、関係者だけがその脳裏に焼き付けた。彼等の、獅子奮迅の戦い振りを。 夜空を数機の百式輸送機改が飛んでいく。 ここは、日本帝國と列強が争う戦線の後方。 戦線を可能な限り高空で突破した輸送機の群れは、大きく高度を下げていた。 『効果目標地点まで、後一分。総員降下用意』 機内に響くアナウンスに完全装備のダークエルフ空挺兵、通称『猟兵』達の表情が引き締まる。 女隊長がやや甲高い声で作戦司令を総員に伝え、総員が復唱して答える。 降下十秒前のアナウンスが響き、搭乗口が開かれた。 緊張の一瞬。眼下に広がる闇に包まれた大地は暗視眼鏡を付けていても尚暗い。 だが、彼等は迷わず降下体勢を整える。かつて大陸で、日本本土で降下した時のように。 そして、合図は送られた。 『降下―――!!』 百式輸送機から、数十の人影と複数のコンテナが地上に向かって舞い降りる。 敵軍の輸送路を断ち切り後方を掻き回し、日本軍に勝利をもたらす為に。 そう、猟兵達は今舞い降りたのだ。