『動乱の後』中編 神州大陸の行政府が置かれている『秦京』。 そこが、『あじあ号』の終着駅である。 そこのホテルで一泊した後。軍用車に揺られて半日の場所にグラディアと男は立っていた。 男の姿は帝国陸軍軍人の軍服姿になっている。階級章は中佐を示していた。 背の低い茂みと木々が延々と連なっている広大な広陵地帯。 無人の掩蔽壕が幾つも並び、何も設置されてない鉄塔が一定間隔毎に突っ立っている寂しい場所。 かつて、『ニ管区』と呼ばれた場所である。 ここには、もう何もない。『境界線』が更に拡大した後、防衛部隊も装置も更に南部へと前進していったからだ。 かつて管区の司令所がおかれていた掩蔽壕の上。 そこにグラディアと男、そして帝国陸軍及びスコットランド陸軍の将校達が立っていた。 ちなみに『あじあ号』に乗っていた面子は彼等である。 見下ろす先は、ニ管区が誇った掩蔽壕とトーチカの数々。それらは、現役当時のまま放置されていた。 「演習開始時間です……お、来ましたね」 懐中時計を確認していたグラディアが空を仰ぎ見る。 高度500m程の高さで数機の百式輸送機が"爆音も立てずに"ニ管区の上空に侵入してきた。 輸送機は更に高度を下げ、やがて機体の横から何かが飛び出し始める。 「なっ!」 陸軍将校が目を見張って驚く。 飛び出したのは、空挺兵だった。それはいい。 しかし、何時まで経ってもパラシュートが開かない。 普通に考えれば、落下傘の不備で起こる事故だろう。しかし、それが輸送機を飛び出した空挺兵全員だとは。 「ご安心ください。事故ではありません故」 グラディアが言った時には、変化は終わっていた。 30〜50m自由落下した空挺兵達の落下速度が、急激に落ちていったからだ。 降下を初めて100m位。 その落下速度は日本軍の空挺部隊が落下傘を要して降下する速度とほぼ同じになっていた。 「落下傘無しでの降下……魔術ですか?」 「その通りです」 そう、彼等は初歩の重力操作魔術を用いて落下速度を調整したのだ。 勿論、初歩と言えどもそれを習得するまでには結構な時間と教育と手間がかかる。 人間の魔術師達が一人前になるまでの事を考えれば、納得のいく話だ。 だが、彼等は―――降下した空挺兵達は全員ダークエルフであった。 ダークエルフ達は種族の特徴として、僅かな例外を除いて生まれつき高い魔力とそれを操る素養を授かる。 そんな彼等だからこそ、部隊全体が魔戦士だったり魔術を操る密偵だったりするのだ。 勿論、初歩の重力操作魔術など『修技館』の内に習得している。 崖や谷の上から飛び降りて降下訓練も行っていた。 その下地があるからこそ、このような降下作戦を行う事が出来る。 大陸の列強がこれを真似ようとしてもまず無理だろう。 輸送機もそうだが、このレベルまで兵士を育て上げるまでのコストがかかり過ぎるのだ。 ダークエルフという種族が、日本帝國という後援を得て初めて体現出来た部隊なのである。 風向きを読み、速度を調節しながら数十人のダークエルフ空挺兵達が二管区のトーチカ群に向かって降下を続ける。 小さな手振りとアイコンタクトで指示と合図を行い、幾つかの班を空中で組んでいく。 そして、残り10mを切ったところで、彼等は重力を従来の状態へと戻した。 急激に迫る地面にも慌てず爪先から着地、脛の外側に接地した後捻らせた上体を自然に逆側の背中に接地させる。 逆側の肩先に自然に回転して何回転か転がった後、素早く立ち上がった。 彼等はレンジャーの着地法として当然のように身につけているが、これは空挺の五点接地と同じである。 「制圧、開始!」 着地と共に、分隊長が叫ぶ。 その時には彼等の手には百式短機関銃と九九式短小銃が握られている。 パラシュートの装着というペナルティが無い為、彼等は直ぐに戦闘を始める事が出来た。 尤も、着地の際の衝撃はあるため、銃は保護用の筒に入れ、腰の装具入れも強化されている。 動き出したダークエルフ達は素早かった。 素早い連携で散開し、辺りにあるトーチカの中に銃撃を浴びせた後、手榴弾を放り込んでいく。 「三号壕、制圧!」 「四号壕、制圧!」 短い銃声と手榴弾のくぐもった爆発音が繰り返し響く。 短い詠唱と共に氷の飛礫の嵐や火球が監視哨や土嚢の山を吹き飛ばす。 数万のオーク達の侵攻を食い止めていた二管区のトーチカと掩蔽壕。 それらを、ダークエルフ達は制圧してしまった。 僅か、数分足らずで。 「いや、見事なものです!」 「全くです。我らの落下傘部隊も負けてはいられませんな!」 中佐を含む日本将校団の全員が、惜しみない拍手をスコットランド軍の代表たるグラディアに送る。 その中には、心強い味方に対する賞賛と、そして自分達では成し得ない荒技を成し遂げた彼等に対する僅かな畏怖。 兵士達や機銃が配置されてないとはいえ、ここは一番防御力が高いトーチカ群である。 例え兵士達が配置されていたとしても、降下への察知が遅れていたら結果は同じだったであろう。 僅かな物音しか立てずに空から空挺部隊が舞い降りて来て、高度に連携された強襲攻撃を仕掛けて来るのだ。 彼等は、パラシュートを必要としない。 これにより、空挺兵達を極めて正確に降下ポイントに到達させ、多少の悪天候でも降下を実行する事が出来る。 風や天候に大きく影響を受けるパラシュートは、空挺の概念が誕生してから関係者を悩ませている要因の一つだからだ。 加えて言えば、目立たないし嵩張らない。重量も減り、パラシュートが木々に絡む等の事故も起きない。 降下後に捜索隊が来た場合にも、回収や隠蔽の必要が無いから直ぐ空挺兵達は行動を起こせる。 武器も既に装備した状態だから、武器コンテナを投下する手間も回収する手間も無いし直ぐに戦闘が可能だ。 つまり、ダークエルフ達は本舗である日本軍の落下傘部隊よりも極めて実用的かつ汎用的に降下作戦を行う事が出来るのである。 将校団内に居る落下傘部隊の関係者の笑顔は僅かに引きつっていた。あっさり、空挺兵の運用性で先を越されたからだ。 実際のところ、これはデモンストレーションである。 彼等はこれよりも先に、大規模な空挺作戦を実行していた。 そう、昨年の帝國内の動乱鎮圧の際にだ。 皮肉にも、彼等ダークエルフ空挺部隊の精強ぶりを知らしめたのは、帝國内の内乱を防止した時なのである。