『大陸敢行三千里』 マケドニアから辻大佐が探索隊を率い、大陸奥地に旅立って早数ヶ月。 未開の地に住む獣人を色んな意味で屈服させたり、ペガサスの背中に跨ったり。 空飛ぶ金属の船に乗ったでかい目の白い小人を相手が光線銃を抜く間も与えず射殺し、その死体を丸焼きにして喰って見せたり。 始めは同行に不平不満を漏らしていた獣人達も、次第に大佐を尊敬するようになっていた。 理屈は解らない。 だが、辻大佐なら、辻大佐なら何とかしてくれる! ……そんな、理屈やら論理を次元の彼方に吹っ飛ばした共通意識が、獣人達に芽生え始めて来た。 しかし、順調に進んで来ていた彼等に、最大の難関が立ち塞がろうとしていた。 『ぐおぉぉぉぉぉぉぉ!!』 巌を揺るがすような咆哮と共に、体長30mに達する赤い巨体が石で組まれた山道に着地する。 レッドドラゴン。数ある竜種の中でも最も危険とされる火竜だ。 そして、背中に乗って高笑いしているローブ姿の爺。 山越えをしていたら、突然飛んできて道を塞いで来た迷惑なコンビである。 「ふぉふぉふぉ、たわいも無いのぉ。噂に聞く"帝國"がこの地に現れたと聞いて来てみればこの程度ぢゃとはな」 余裕綽々の態度で、震え上がる獣人達を見下ろす爺。 対する獣人達は為す術などなく、震え上がるだけだ。 持っている小銃や拳銃でドラゴンの鱗を抜ける筈が無い。 せめて97式自動砲や対空砲があれば、抗する手段もあっただろうが、探索隊にそんな重火器がある筈もなく。 そんな彼等に更なる不幸が襲いかかろうとしていた。 そう、辻の姿が消えたのである。 「つ、辻大佐が居ないぞ!?」 「逃げたのか……くそぉ、もうどうしようもないぃぃ!!」 いつの間にか姿を消していた自分達の隊長に、失望と落胆を抱き絶望する獣人達。 慌てふためく彼等を見て、ますます愉快そうに笑う爺。 「なんじゃ、獣人とは言え部下を見捨てて逃げるとはな。帝國人も所詮はただの人というところかの」 杖を掲げると同時に、火竜がぐわぁと口を開ける。どうやらブレスを吐くつもりのようだ。 このまま行けば、数秒後には獣人達の炭が出来る……かと思われたその時。 「ぬぅ!?」 急に、竜の首がグテンと垂れ下がる。 好戦的だった目付きがトロンと歪み、フゴフゴと火の混じった鼻息を漏らし始めた。 「どうした、これ、言うことを聞かんか!?」 老人が幾ら杖を振り回したところで、竜は動こうとしない。 そのまま、山道に突っ伏してしまった。 「一体、一体どうした事じゃ!?」 「ふははは、こういう事だ」 振り向くと、其処には何時の間にか剃髪した軍服姿の男が立っていた。 右手には銃、左手には妙な草の束を持っている。 そして、爺は全てを悟った。 「そ、それはリュウマタタビ……貴様、何でそれを!」 「決まっているだろう。こんな事もあろうかと小官がホビット族から仕入れておいたのだ!」 「き、貴様ぁぁぁ」 慌てて、術を行使する為に杖を振り上げようとするが、全ては遅かった。 魔術師は間合いを取らなければ戦えない。ましてや、彼相手に距離を詰められ過ぎた。 故に、爺が辻に勝てる道理などない。 術が発動する前に銃床が爺の顎を捉え、敢えなく吹っ飛ばされてしまった。 「おーのーれぇぇぇ。だが忘れるな帝國人、ワシは何度でも蘇る!  例えワシが滅びようと! この世に打倒帝國を抱く心がある限り第二第三のワシが現れるじゃろー!  ……おお、なんという人間の業……! 罪深き者、汝の名は人間なりぃぃぃぃ…………!」 爺は叫びながら、崖を転がり落ちていった。 「す、すげぇ。見たか、大佐1人で竜すら操れる魔術師と火竜を倒してしまったぞ!」 「おお、やっぱり、辻大佐なら、辻大佐なら何とかしてくれるんだっ!」 「凄いぜ大佐〜!!」 歓喜し、一層誤った認識をすり込まれた彼等の元に、爺の持っていた杖を手にした辻が戻って来た。 そして、辻の背後に従うのは……。 『ど、ドラゴン〜!!』 「慌てるな貴様等、もう心配は要らん」 「ど、どういう事で……?」 途惑う獣人達を余所に、辻は杖を軽く振るう。 すると、竜は低く吠えたかと思うと、頭を下げて辻の方へと差し出して来た。 そして、辻が再度杖を振ると空へと舞い上がり、彼等の上空をゆっくりと旋回し始めた。 「た、大佐……一体、何を」 「どうやら、この杖を持つ者にこのドラゴンは従うらしいな。つまり、今のこの竜の支配者は小官であると言う事だ」 辻曰く、手にするとドラゴンが服従した状態で、意思疎通出来るようになるらしい。 それを聞いてますます獣人達は興奮し、更に誤った認識を修正不可能な領域まで刻み込んでいった。 「凄い、竜まで操るとは……!!」 「もう、大陸横断は成ったとも当然ですね!」 「大佐、心、洗われました。死すまでお側を離れません!」 そんな獣人達を軽く手を挙げて制し、辻は先程まで向かっていた山道へと向き直る。 かなり壊れてしまっていたが、頂上へと続く石道がずっと続いている。 「今からそんな事を言ってどうする。まだ、この峠すら越えていないのに」 「あ……」 「敢行はまだ半ばすら過ぎていない。小官達は、これからも窮地を打開していかねばならん。違うか?」 「は、はい!」 「ならば、浮かれている場合ではない。勝って兜の緒を締めよ。気合いを入れ直し、山頂部を目指すぞ!!」 『はっ! お供します大佐殿っ!!』 浮かれそうになった獣人達を戒め、石で出来た山道を駆け上がっていく辻。 そして、一層の心棒と間違った認識を胸に抱き、嬉々として着いていく獣人達。 彼等の旅の行く末を暗示するかのように、上空を悠々とレッドドラゴンが飛んでいく。 「そうだ、まだ小官達はようやく歩き始めたばかりだ。この果てしなく遠い大陸の果てを目指して……!」 辻達の、本当の旅立ちはこれからだ! 未完