『スコットランド方面基地異状あり?』前編 帝国本土より南。 小笠原諸島より更に南下した場所にある国。 其処は、スコットランド王国と呼ばれる新興の国。 "森持たぬ流浪の妖精族"と蔑まされた黒妖精達の約束の地であった。 スコットランド王国 北部『ハイランド』の港町『アバディーン』沖合 『アバディーン』の沖合数キロの地点にある2つの島。 大きさ、外観共に似ている事、丁度向かい合わせになっている事から『双子島』と名付けられた。 両方とも周囲15キロ程度の、山は無く小高い丘がある程度の平坦な島。 此処に、この地方唯一の日本帝国軍の海軍基地と陸軍基地がある。 日本人とダークエルフ達から、海島と陸島と呼ばれていた。 スコットランド本土には、帝國軍の基地や飛行場は無い。 『王都』と『アバディーン』に小さな形だけの派遣司令部が設置されている程度。 後は各地の集落に『駐在所』が点在しているのみ。ここには、尉官クラスの青年将校が単独で派遣されている。 政府がスコットランドとの距離を測りかねているのか。 両者の付き合いの割にはかつての満州等とは比較にならない程の不干渉ぶりである。 その所為かどうかは知らないが、この2つの島の人口密度は凄まじい集中具合だ。 コンクリートで固められた本格的な滑走路。 此処には陸軍航空隊と海軍航空隊が配備されている。 内容は海軍は一式陸攻と零戦、陸軍は少数の隼と百式輸送機及び百式司偵。流石に一級線の戦闘機は配備されてない。 尚、海島には水上機基地もあり、零式水上機と九七式大艇が波間に機影を連ねている。 滑走路とその周り以外には軍関連の施設が軒を連ね、桟橋付近には小さな日本人街のような場所まで出来ている。 かつてのトラック諸島基地の再現と謡われた双子島は、まさにスコットランド方面の守りの要とも言えた。 特に海島は神州大陸への航路の経由地点、及び海上護衛隊の基地にもなっている。 今も海島には海防艦が停泊しており、帝國本土からスコットランド及び神州大陸間の航路の安全を守る為目を光らせていた。 海島の海軍航空隊も、彼等と合同で航路上の哨戒と海上護衛に当たる。 例の"大海獣"が何処に出てくるか解らない以上、基地飛行隊も警戒を厳にして事に当たらないといけないのだ。 そんな、南方方面の要衝でもある双子島も普段は穏やかな後方基地である。 今日もまた、普段通りの日々として過ごされる……筈であった。 「気をつけてください」 「ええ。承知しておりますわ」 出迎えの陸軍大尉の手をとって、妙齢の美女―――ダークエルフの氏族長が桟橋から小型船に乗り移る。 久し振りに帰還する外征部隊の出迎えに、ダークエルフの氏族長が出迎えに出たのだ。 外征部隊員の家族も来ているものの、軍機の都合上彼等は今居るアバディーンの桟橋で待つ事になっていた。 「そう言えば、従弟の方が今回お帰りになるとか?」 「ええ、今回も無事に帰れたとグラナダの方から連絡がありまして。これもあなた方帝國軍の配慮のおかげです」 「いえいえ、こちらこそあなた方の協力があればこそレムリア攻略が首尾良く成った訳ですのでお互い様ですよ」 陸島を目指して海原をゆっくりと進む小型船の上で、談話をする氏族長と大尉。 帝國軍、特に陸軍ではダークエルフと親しくなるのが、この世界に来てからの『流行』となっていた。 勿論、偏見(弾圧レベルでは無いにしても)や『婚約』の件で彼等に対して腸を煮え滾らせている連中も居る。 それでも、大まかな兵や将校は彼等に対して中庸あるいは友好的であったし、この島へ赴任する者は尚更であった。 「安藤大尉。こちらへはもう慣れましたか?」 「着任してから半年です……だいぶ慣れました。しかし、こちらには我々の常識を覆すモノが多くて戸惑いますよ」 「フフフ、こちらに来られた帝國の方は一様にそう仰りますね」 「まぁ、個人的に一番驚いたのは島の周りに群棲していたあの生き物どもですが」 「……月見海老ですか。あれは厄介ですわ。夜中に漁村などに徘徊して漁師を襲う場合もありますし」 「こちらでは外見からザリガニと呼んでいます。あの島に我が軍が来てからそれなりに経ちますが、色々と迷惑をかけられたものですよ」 月見海老とは、この世界の南方に棲息している夜行性の甲殻類だ。 外観は日本人曰く『食用蛙の餌のザリガニそっくり』。 体長は成体が大まか2m程で雑食、餌を捕食する為に海岸に上がる場合も多いという。 光に近寄る習性があり、最初の頃は沿岸を巡回していた歩哨が囲まれて命からがら逃げる事態も発生した。 これらに対する被害は陸軍よりも海軍の方が上で、喫水の低い小型船等は夜間に船内に入り込まれる場合もあった。 陸軍側で一番大きな騒動は、秋津丸襲撃事件だろう。 神州大陸への陸軍機と大発輸送の為秋津丸が陸島に停泊した際、夕刻時に船尾の扉からザリガニ十数匹が侵入したのである。 連絡ミスでザリガニの脅威が秋津丸に知らされなかった結果、船尾扉の開封メンテナンスを行うという危険な行為をしてしまった。 驚いたのは乗員である。 泡をブクブク吹きながら迫ってくる体長2m強のザリガニ。かなりシュールで不気味で危険だ。 実際、船内は一時騒然となり、南部式拳銃やデッキブラシを手にした船員と格納庫で蠢くザリガニとの間で死闘が演じられた。 「災難でしたね」 「ええ、海軍さんもウチのお偉方もかなり神経質になってましてね。随分と念入りに島周辺を掃討したんですよ」 「それはそれは」 「おかげでザリガニが出てくる頻度はかなり低くなりましたが……それはそれで少し寂しいと言う奴も居ましてね」 「は?」 「いや、少し前に来た派遣参謀の大佐が、食ったんですよザリガニを。外観が海老っぽいから食えない事は無いだろと言ってね」 「……それはまた剛胆な事で」 「そしたら、あのザリガニ共が意外に美味だと言う事が基地全体に知れて、密漁する奴が後を絶たなくなったんですよ」 「……はぁ」 その派遣参謀の大佐は、ダークエルフに自分が理想とする特殊部隊の設立を提案して断れ、帰国する時に陸島に寄った。 ザリガニの話を聞いて興味を抱いた大佐は、夜に散歩に出て沿岸でザリガニにばったり出会い、南部式拳銃だけで仕留めたのである。 しかし、そこで話は終わらない。大佐は拳銃で倒したザリガニを宿舎に持ち帰ったのだ。 そして何と、気味悪がる炊事班に無理矢理ザリガニで料理を作らせ食べてしまったのである。 大佐曰くお味の方は「やや大味だが車海老みたいな歯応えと味わいで、味噌が絶品」だと言うこと。 その後、ザリガニが出た時こっそりと捕まえて食べる兵士が後を絶たず、大きな罠を仕掛けて営倉に入れられる馬鹿まで出る始末。 珍味である味噌を将校までもが欲しがり、一時期海老味噌が闇流通で取引されたという。 尚、この大佐は現在マケドニアに出向していて、あちらでも自分が指揮する特殊部隊の設立を獣人達に提案しているそうである。 「まぁ、あのザリガニは一度口にする機会があったので食べて見ましたが、確かになかなかの……」 「ん、このサイレンは?」 だいぶ陸島に近付いた丁度その時、安藤大尉と楽しそうに話をしていた氏族長の耳がピクリと動く。 陸島の方から甲高いサイレンが鳴り響き、同時に低い砲撃音が次々と鳴り響く。 これは、八八式75mm高射砲の発射音だ。 「……これは、空襲警報!?」 「空襲、これが空襲ですか?」 「おい、一時退避だ。船を島影の方に移動させろ!」 「はっ!」 操舵を行っている部下に指示を飛ばし、大尉が空を見渡す。 「何処だ……何処から敵機が!」 「大尉、彼処を見てください」 「なっ」 氏族長が指さす方向の海上。 其処には円状の飛行物体が、砲火の煙に囲まれながら低空飛行で陸島に接近している最中であった。 しかも、ワイバーンロード並かそれ以上の早さだ。飛行速度は500キロに達している。 (くそ、ここまで近寄られて警報を出したなら迎撃機は間に合わん……電探と海軍の哨戒機は何をやってた!?) 警戒網を突破された屈辱に苛立ち、大尉が思わず船縁を叩いたのを合図にしたのか。 沿岸に配置されている96式20mm高射機関砲の発射音がけたたましく聞こえる。 もうそこまで接近されたのかと安藤大尉の中に焦りが芽生えた時、氏族長が息を呑んだ。 「あれは……まさか!」 「知っているのですかライ・ディーン氏族長!?」 氏族長が口を開きかけた瞬間、砲火が飛行物体に命中した。 続く。