『後方に潜みし者達』 とある戦線の後方。 それが始まった時には、既に彼等の運は尽きていたのかもしれない。 山道の一番前を走っていた馬車が、ポンと言う間抜けな音が聞こえたその直ぐ後に突然爆発。 と同時に、彼の馬車の前を行軍していた指揮官的立場の騎士が、何の前触れも無く側頭部から血と脳漿を撒き散らしながら落馬した。 隣でオドオドしながら辺りを見渡していた相棒が、それを見て悲鳴を上げながら御者台から飛び降り側道目掛けて走り出す。 「テメェ1人で逃げ……!」 そう言いかけた時には、茂みに飛び込もうとした相棒の身体がトタタと言う短い音と共に小さく踊り、崩れ落ちた。 それが合図だったのか、ダダダダとけたたましい音と共に、叫びながら辺りを走り回っていた護衛の兵士達が次々と倒れていく。 慌てて周りを見渡す御者の耳にまたあの間の抜けた「ポン」と言う音が聞こえる。 そして、最後尾の馬車が吹き飛ばされた。狭い山道の中、二台の間にある6台の荷馬車は完全に動きを封じられた。 「な、なんだってんだ!?」 悲鳴を上げて御者台から立ち上がった途端、背中に爆風を受けて御者台から転げ落ちる。 頭から流れる血に気分を悪くしながらも、よろよろと起き上がった御者が見たもの、それは。 「ひ、ひでぇ……!」 襲撃から三〇秒足らず。既に、彼以外に生きている人間は殆ど居なかった。 辺りは硝煙と血の臭いで満たされ、時折死に損なった哀れな負傷者の呻き声が響いてくる。 彼等を助ける余裕なんか御者には無かった。早く、この惨劇を生み出した襲撃者から逃げ出さないと。 だが、運命は襲われた者達に酷い意味で平等だった。 微かに草が掠れたような物音が背後から聞こえる。 御者が出来た事は振り返る事だけ。 襲撃者は素早い動きで、振り返った彼の喉笛を銃剣で牛蒡刺しにした。 「すまんな。悪く思うなよ」 そう呟いた声だけが御者の耳に届いたが、それに罵倒を返す間もなく、御者の意識は闇へと呑まれた。 ただ、彼の視界に映ったもの。それは、 「ダーク、エル……フ?」 奇怪な服装をした、黒妖精だった。 壊滅した輸送馬車隊。 死体と散乱した荷物で溢れている山道を忙しく動き回っている人影。 それは二十数人程の、女のダークエルフに率いられたスコットランド王国軍の遊撃部隊。 上下、森林迷彩柄だが、原型は日本帝国陸兵の軍装。 後に敵国に"猟兵"と呼ばれ、後方任務の兵士達に死に神の如く恐れられる一団であった。 「報告せよ」 「は、敵の護衛隊及び御者、全員の殺害を確認致しました。取り逃がしはございませんラフル様」 「うむ、良い手際だ。荷車の車輪を破壊し、馬を殺せ。巡回の警備部隊や飛竜が来る前に姿をくらませる」 「了」 副官のホーリアが敬礼をして、散開して辺りを警戒している部下達に素早く指示を出すのをラフルは目を細めて見つめた。 手にした九九式狙撃銃―――先程護衛隊の指揮官をヘッドショットの一撃で葬った相棒―――をあやすように肩に担ぐ。 この銃は彼女のお気に入りであり、知り合いの部隊の『銃工の鉄人』と呼ばれた兵士が「折り紙付き」と言って選んでくれたものだ。 ラフルはこの銃のスコープに梟のルーンを刻み、暗視機能を付与している。 「全く、慣れたものよな。私も部下達も」 この戦線に投入されて、壊滅させた輸送部隊はもう両手の指だけでは足りない。 飛竜の監視や巡回部隊の目を潜り抜け、巧妙に忍び寄り通報はおろか応戦すら許さずに壊滅させる。 敵軍に襲撃者がダークエルフである事を出来るだけ隠す為に例外無く皆殺しにしているが、あまり気持ちの良い話ではなかった。 尤もその気持ちの良くない事も、慣れてしまうと恐ろしい事に単なる作業にすら思えてしまう。 先程の戦闘も騎馬兵を軒並み撃ち殺した後は、部下達が繰り広げる一方的な殺戮をスコープ越しに観察していた。 護衛兵では彼等の装備している百式短機関銃や九九式短小銃、九九式軽機関銃と八九式重擲弾筒に勝てる筈も無い。 一方的に先制され、逃げる暇すら与えずに容赦なく殲滅させられる。そんな、哀れな連中を見ていると。 (まるで、狩りでもしているようだ。かつて、私達が追い回された時代を、意趣返しているような) 自分達を忌み嫌う人間達に汚れ仕事を押しつけられ、しかしそうしなければ生きていけなかった放浪時代。 姿を出しただけで追われ、ようやく得たと思った安住の地を何度も焼かれた。 嫌でしょうがなかった筈の裏の仕事。苦い記憶が脳裏を焦がすのを、ラフルは頭を振って打ち消した。 「全く、こんな事で気が滅入っていては、エドリックの奴に笑われるな」 性別は違えど『修技館』の同期で突出した才覚を見せていた男の顔を思い出して、気持ちを奮い立たせる。 刎頚の仲であるあいつがこの様を見たらあの胸糞悪い薄笑いを浮かべながら「明日は槍が降りますね」等と抜かすに違いない。 脳裏でその薄笑いに数回銃底を抉り込ませてから、ラフルは顔を上げる。 そこに、僅かに見せた気の病みはない。普段通りの、怜悧な指揮官の顔があった。 ラフルは、そのまま―――普段の表情で、手早く破壊と屠殺を終えた部下達に指示を出している副官に歩み寄る。 「ホーリア、残弾は如何程だ?」 「後一回分襲撃が可能な程度ですね。なにぶん、我らの装備は弾の消費が激しいものですから」 「そうだな。強力なのは良いが、弾の減りが早くて困る。重量軽減の魔法で幾らか多目に携帯しているがそれでも足りぬからな」 実際、軽機関銃や短機関銃は弾の消費が激しい。 重擲弾筒も、携帯する弾の数が限られていた。 故に、弾は節約、しかし先制必殺という至難の襲撃方法を彼女の小隊は成し遂げていた。 それでも、弾はやはり減るものである。小規模な警備所を一カ所潰し、2つの輸送隊を屠った所で弾薬が心細くなったのだ。 爆破用の爆薬も、既に一カ所の崖を崩した所為で使い切っている。 「まぁ、順調に補給路は断っている。無理をする必要はあるまい。補給の為、ベースキャンプまで戻るぞ」 「はい」 「監視哨壱から参までに後退を指示。全周囲警戒を厳に、追撃に気をつけよ」 「は、ベースへの連絡は?」 「夜半まで風の精霊の動きが低調だ。夜半を過ぎた地点で交信を試みてみよう。風使いに早めに仮眠を取るよう伝えておけ」 「了!」 小気味よい返事に満足げに頷きながら、ラフルは自分達が出て来た森林に踵を返す。 後は、追っ手を撒き空中から監視する飛竜を避けながらの退避行だ。 思い出したかのようにラフルは森の入り口で振り返り、九九式を肩に抱きながらニヤリと笑った。 まるで、全滅した輸送隊を発見し、憤って追撃を開始する巡回部隊を幻視したかのように、山道に銃口を向ける。 「我らが憎いか? ならば、追って来るがいい。森は我らの領域、森を持たぬ黒妖精とて同じ事。目に物見せてくれようぞ」 完