魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS 「キャロ、がんばるっ!」 その5「病院にて」 【9】 ――――ミッドチルダ首都“クラナガン”、先端技術医療センター <1、談話室にて> 「ねーねー、この間第1研究棟に特別に入院した患者さん、知ってる?」 「ああ、あのシャマル教授が専属で治療してるって患者さんでしょ? 知らない筈ないじゃない」  ミッドチルダでも最先端――これは「WU最先端」と同義語だ――を誇る医療機関“先端技術医療センター”。  ここに務める医療従事者達の間では現在、一人の入院患者の噂でもちきりだった。  数人も集まると、大概話題に上がる程の盛り上がりようだ。  というのも―― 「でも、シャマル教授が研究の大半を中断までして、ほとんど付きっ切りで治療してるって本当?」 「本当も本当! おまけに他の先生達には、一切触れさせないらしいよ。完全にシャットアウトだって!」 「うわ…… じゃあ一から十まで全部シャマル教授が? それ、どんだけ特別待遇?」  ――だからである。  ちなみに彼女等の話に出てくるシャマル教授とは、ヴォルケンリッターが一人、“湖の騎士”“風の癒し手”の二つ名を持つ、 あのシャマルのことだ。  戦闘魔導師としても総合AA+ランクと高位にあるシャマルだが、治癒魔導師としてはAAA+ランクと更に上をいく。  宝石の如く希少な治癒魔導師にあって、AAA+は事実上の最高位と言って良い。  ましてその名も高い「古代ベルカ式の使い手」ともなれば、WUでも五指に入るであろう。  ある意味、Sランクの魔導師よりも貴重な存在だ。  それ故、彼女は管理局本局付ながらも教授待遇で先端技術医療センターに派遣され、最新治療の研究に当たっていた。  無論、魔法とて万能ではないし、ましてや人一人ができることなど限られている。  故に現在では治癒魔導師のみで為されるものではなく、様々な分野の医療技術者と共同で治療を行うチーム医療が主体となっている。  だが、それでも治癒魔導師が中心であることに変わりはない。  そんな治癒魔導師の中でもWU屈指の存在であるシャマルが、「たった一人の患者に」となればただ事ではない。  教育が行き届いている筈の先端技術医療センターの医療従事者達がつい噂してしまうのも、まあ無理は無かった。 「……どんな人? まだ若い男性って聞いたけど?」  その言葉で、同じテーブルの女性達の視線が一人に集まった。  ……どうやら第1研究棟付の看護師がいるらしい。  守秘義務も何処へやら、彼女は知り得た情報を披露する。 「う〜ん、30だから若くはないかな。でも鍛えてるから、もっと若く見えるよ。黒髪黒目で身長は180弱。――ぶっちゃけ、“イイ男”」 「ええ! じゃあ、やっぱりシャマル教授の恋人!?」 「……どうだろうね? まあ確かに凄く親しいみたいけどさ、どっちかと言うと家族?」  自分の言葉に色めく同僚達に、看護師は慎重に考えて自分の意見を述べた。  経験上、そして女の勘で言わせて貰えば、あの患者に対するシャマルの態度は「恋人」というよりも「家族」のそれに近いように思える。  ……が、そこに異性愛が無いかと問われれば否定もできない。実に微妙な所だ。  だが彼女の言葉を表面的にしか受け取らなかった同僚達は、な〜んだと乗り出した上半身を元に戻す。 「あ〜、身内か〜」 「そういうオチなのね……」 「シャマル教授もやっぱり人の子か〜」 「ま、無理もないけどね。あたしだってお父さんがそうなったら、仕事休んでつきっきりで看病するし」 「……あんた、ファザコンだもんね」 「うっさい!」  職務より家族を優先した(と思われる)シャマルのこの行動は、概ね内部に受け入れられていた。  ……それも、どちらかと言えばかなり好意的に。  ミッドチルダでは、家族を犠牲にしてまでも働く人間は“非人間的”とされ、如何に仕事ができようと決して尊敬されない。  それ故、“仕事中毒”と陰口を叩かれるほどのモーレツ振りで仕事をこなしていた彼女が、まるで人が変わったように仕事を放って “身内”の治療に専念する様は、周囲の人間の認識を変える実に良い機会であった、と言えよう。 「……でも、幾ら親しそうだからって、家族とばかりも言い切れないんじゃない?  あの患者さん、見舞いに来る人だって結構凄いよ?」  今度は事務担当の女性が声を上げた。  そして、事務内での噂を披露する。 「と言うと?」 「真っ先に駆けつけた人達、“ハラオウン”だよ?」 「うそっ!?」  これには皆驚いた。“ハラオウン”と言えば、ミッドチルダでも名門中の名門である。そんなVIPが、早々に駆けつけるとは…… 「“ガリア”の大使閣下も来たよ。お付にこ〜んなおっきな果物籠や花束持たせて。 ……やっぱ、普通じゃないよ」 「う〜ん、何者?」  皆、この謎の患者の正体をあれこれと推測する。  やれ、某大財閥の御曹司だの、どこぞの王族だの……  そんな彼女達の頭上に、少し年配の女性の声が響いた。 「……あなた達、随分と楽しそうなお話をしてるわね?」  ぎくっ!  ……それはさして大きい声で無かったが、彼女達を硬直させるに十分な威を秘めていた。 「ふ、婦長……」  第1研究棟付の看護師が、顔を青ざめながら呟いた。  ……ということはこの声の主、第1研究棟の婦長らしい。最悪の展開である。 「話の種に患者さんのプライベートを晒した挙句、よりにもよって身元まで探ろうとは……」  婦長はテーブルの女性達を見回した後、やれやれと首を振った。 「……あなた達には医療従事者としての誇りと責任感以前に、まず一般常識から教え直す必要があるようですね? ついてきなさい」 「「「「はい……」」」」  かくして、彼女達は何処かへと連行されていった。  運が悪かったとしか言いようがないが、彼女達がある種の憧れをもってあれこれ推測していた人物の正体が、 実は「ただの甲斐性無し」に過ぎなかったことを考えれると、ある意味幸せな結末だったのかもしれない。  夢は、夢だからこそ美しいのである。 <2、病室にて>  さて、噂の渦中にいる当の恭也はと言えば―― 「……うう……ううん…………」  ――と現在、酷くうなされていた。  よほど怖い夢を見ているのだろう。その顔は引きつり、目元には涙すら貯めている。 「……那美さん、こんなに直ぐ戻ってきてゴメンナサイ。こんな下らない理由で戻ってきてゴメンナサイ。  海よりも深く反省しております。だから……だから久遠はイヤあっ!?」  何やら必死に呟いていた恭也が、急に声を大にして叫んだ。  が、その叫びは直ぐに収まり、今度は慌てた様にボソボソと弁明を始める。 「ち、ちがうんだ…… 今のは言葉のあやみたいなもので、決して久遠本人を嫌いと言った訳では……  だから泣かないでくれ、大好きだから……」  そして、再び絶叫。 「い、いや今の『大好き』はそういう意味ではなく!? 忍、フィアッセ落ち着け! 那美さん、その手の雪月は何ですかっ!?」  ……今度の叫びは、直ぐに収まるどころかますます酷くなる一方だ。  恭也はイヤイヤと必死に首を振り、哀れっぽく叫ぶ。実に忙しい男だ。 「ああ!? なんかとっても既視感のある光景!? 具体的にはつい最近っ!」  そして悪夢はいよいよクライマックスに達したのか、恭也は首はおろか全身を震わせて叫ぶ。  それは、まさに魂の絶叫だった。 「い、いやああああああああああーーーーッッ!!」  がくり。  …………  …………  ………… 「う、うう…… こ、ここは……?」  悪夢により少なからず消耗した恭也だったが、それが刺激になったのか暫し脱力した後、ゆっくりと目を覚ました。  だが状況が掴めず、不思議そうに周囲を見渡す。 「……病院?」  そこはル・ルシエで世話になった族長の屋敷並かそれ以上に立派な部屋だったが、周囲に置かれた様々な機器が、 此処が病院であることを雄弁に主張していた。 (……何故に俺はこんな所にいるのだろう?)  半分以上寝呆けた頭で考えてみるが、よく分からない。  故に、しきりに首を傾げる。  ……あまりに凄まじい衝撃により、どうも記憶が一部すっぽりと抜け落ちたようだ。 《おはようございます、マスター。随分と楽しい夢を見ていたようですね?》 「……ノエル?」  その声に目をやると、ベット脇の机の上に、ノエルが八景と共に置かれていた。  ……どうやら、そこで恭也が魘されるさまをずっと見ていたらしい。  ノエルは何処か愉快気な、意地の悪い声で声を掛ける。 《私の予想通り、やはり病院のベットの上での再会でしたね?》 「?」 《……しかし、あの中から無事に生還するとはマスターも大概不死身ですね?  幾ら非殺傷設定とはいえ、あそこまでいけば普通なら余裕でショック死しますよ?》 「? ――――ああっ!?」  そこまで言われて、恭也はやっと思い出した。  そうだ、自分はトリプルブレイカーズならぬクアドラプルブレイカーズの攻撃を喰らったんだった。 「……よく死ななかったな、俺」  あの時のことを考え、恭也は冷たい汗をかく。  ――いやいや、今はそんなことよりノエルだノエル。  きっ! 「ノエル…… お前、ああなること予想してやがったな? 何故教えん!」  ル・ルシエ最後の夜、ノエルは最後に《……ではマスター、“病院のベットの上”でまた会いましょう》と言った。  (※『とある30男と竜の巫女』【13】参照)  当時はさして気にも留めず聞き流したが、今考えて見ればその後に起こるであろう悲劇を予感していたとしか思えない。  あの時警告してくれれば、「或いは逃れられたかも知れぬのに……」と恭也は剣呑な目付きでノエルを見る。  だがノエルは、やはり何処か愉快気な意地の悪い声で笑うだけだった。 《ふ、ふ、ふ…… だから言ったでしょう? 「私はまだ怒ってますと」と》 「お前な、仮にもマスターを――」 《それに私が教えたところで、どうにもなりませんよ。  仮にその場は逃げられたとしても、先伸ばしにするだけ、余計に怒らせるだけじゃないですか》 「むう…………確かに」  暫しの沈黙の後、恭也は重々しい溜息と共に同意の言葉を吐き出した。  確かにノエルの言う通りだし、彼女にさんざん心配をかけた挙げ句怒らせ、それを放ったままにしていたという負い目も有る。 (ならば、仕方が無い……か?)  この上更に辛辣な言葉で罵倒されては堪らない、と恭也は妥協することとした。 「まあ過ぎたことをぐだぐだ言っても仕方が無い。忘れよう。 ……もちろん、これでチャラだよな?」 《いいでしょう、私も忘れます。 ……正直、アレは予想以上の暴走でしたし》  ほっ  ノエルの言葉に、恭也は胸を撫で下ろした。 (……やれやれ、これで一件落着か)  予想されていた身内達のお仕置きが全て済んだであろうことに気を良くし、恭也の心が軽くなる。  そうなると不思議なもので、凄惨なお仕置きも何処か他人事のようなもの、恭也はしみじみと呟いた。 「……しかし、まさかキャロまで暴走するとは思わなかったぞ」  ……あんなにか弱くて、儚げに笑う少女だったのに。  あの子だけは、と思っていたのに。 《やはり、自信が付いたからでしょうね》 「と言うと?」 《あの娘、今まではマスターにいつ捨てられるかとずっと怯えていました。  しかしマスターが色々と“告白”なんてしたものだから、「自分は愛されている」と自信を持ったのでしょう》 「……単に魔力に酔ったのかと思ってたが」  恭也は首を捻った。  自分にも経験があることだが、魔力を身に纏うと心地良い充足感に支配され、それが行過ぎると酔っ払った様な状態となる。  ましてやあれ程の魔力をいきなり纏えば、普通でいられる筈が無い。  キャロとて言っていたではないか、「わたし今すっごく力が溢れてるんですよ。 ――もしかしたら、お空だって飛べるかもっ!」と。  (※『とある30男と竜の巫女』【10】参照)  あれは、まさしく気分がハイになってる証拠だと思うのだが―― 《……あの、マスターはなにか勘違いをしていませんか?  確かに魔力酔いでハイになっていましたが、あれはあくまでお腹の底に溜め込んでた感情を吐き出しただけですよ?  増幅されているにしろ、あれが紛れも無くあの娘の本音です》 「信じ難いな……」  恭也はう〜むと腕を組む。  なのは、はやて、フェイトに嫉妬し、自分を独占しようと暴れるキャロが“本当のキャロ”だとはどうしても思えない。  あの子は、もっといい子だと思うのだが……  これを聞き、ノエルは呆れた様に諭す。 《……もしかして、マスターはあの娘のことを人形かなにかだとでも思っているのですか?  彼女は、れっきとした心を持った人間ですよ?》 「いや、それは勿論分かってはいるが…… それでも、なあ?」 《更に言えば、まだ7歳の子供です。 ……いくら賢かろうと、魔力があろうと、ね》 「!」  それを聞き、恭也はハッとした。  ……そうだ、あまりに賢く、あまりに聞き分けが良かった為に失念していた。  頭では分かっていてても、つい失念していた。  キャロは、まだ7歳の少女だった。  7歳の少女が、自分の大切な人……例えば父親を奪われそうになったらどうする?  父親が自分を放って他の子と仲良くしていたらどうする?  “ああ”なって、当然ではないか。 「そうか……そうだよな……」  それに思い至らぬとは何たる間抜けか、と恭也は自嘲した。  そして、感心した様にノエルを見る。 「……しかし、そんなことまで分かるとは流石だな?」 《ふ、私は日々成長しているのですよ。女性関係でいつもいつも同じ失敗を繰り返すマスターとは違うのです》  ノエルは胸を張りつつ、さり気に恭也をディスる。  だがさすがに言い返せず、恭也は苦笑することしかできなかった。 「ま、終わり良ければ全て良――《おお、そう言えば忘れていました》  ちょっといい気分で話を締め括ろうとした丁度その時、ノエルが声を上げた。  ……彼女にしては、実に珍しいことである。  そして、如何にも愉快そうに恭也に告げた。 《あの時のあの娘…いえ高町キャロの暴走ですが――  あれは紛れも無く、八神はやて、高町なのは、フェイト・T・ハラオウンの“初めての暴走”と同じ種類のものです。  おめでとうございます、マスター。彼女は紛れもなくあなたの四人目の“身内”です。 ……ええ、色々な意味で》 「……はい?」 《つまりですね、このままいけば彼女はやがて「あの三人」と同様の感情をマスターに持ち、 やはり「あの三人」と同様の態度と行動でマスターと接する様になる、ということです》 「…………なんですと?」  その意味を噛み締め、ようやく理解した恭也が呆けた様に呟いた。  そこへノエルが追い討ちを掛ける。 《まあ、がんばって下さい》 「……………………」  それって…… つまり…………  「のおおおおおおおーーーーッッ!!」  恭也の絶叫が、響き渡った。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【10】 <1> 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 (き、気まずい……)  部屋に充満する重苦しい空気に、恭也は内心悲鳴を上げた。  あれから直ぐ……と言うか、恭也が“やがて訪れるであろう素晴らしき未来像”に恐怖し、叫んでいたまさに丁度その時、 シャマルはやって来た。  だが彼女はいつもの様に親しげに声を掛けるどころか、視線すら合わせようとしない。  早速検診を始めるも、やはり会話は必要事項のみ、だ。  沈黙に耐え切れず、恭也は恐る恐る口を開く。 「ええっと…………シャマルさん?」 「……何でしょう、“高町さん”?」 (高町さん、ときたか…… こりゃあ相当怒ってるな)  そのあまりに他人行儀かつ冷たい返事に、恭也は内心冷や汗をかいた。  間違いない、シャマルは怒っている。  拗ねているのでもなければ、怒っているフリをしているのでもなく、本気で怒っているのだ。  ……だが温厚な彼女がここまで怒るのは、恭也が知る限りこれが初めてだ。  正直、何をそこまで怒っているのか見当もつかない。  やはりはやてを泣かせたせいだろうかとも思うが、どうもそれだけではなさそうだった。  (ぶっちゃけ、はやてを泣かせたのは今回が初めてではない)  とはいえ、中断した会話をいつまでも引き伸ばす訳にもいかない。  とりあえず、当たり障りの無い会話で誤魔化すことにした。 「ええっと、はやて達はどうしたのかなって……」 「現在謹慎中です」  あ、納得。  やはり必要最小限の返事に戸惑いつつも、恭也は頷いた。  多分あいつ等、仕事放って駆けつけただろうからなあ〜  ガリアでの行動についても、向こうの政府黙認とはいえ、流石にお咎め無しとはいかないだろうし…… (……あれ? じゃあ――) 「キャロは?」 「ここ数日眠っています」 「なるほど、この間みたいに力を使い果たして昏睡中か……」 「…………」  返答を終えると、シャマルは再び沈黙した。  恭也は、あらためて会話を再開すべく口を開く。 「あの……」 「診察中はお静かに願います」 「はい……」  だが、今度はシャマルにきっぱりと拒絶されてしまった。  ……これでは関係改善の糸口すら掴めない。  二進も三進もいかなくなった恭也は、止むを得ずギャグに走ることにした。 「う、うう……」  胸に手を当て蹲り、呻きを漏らす。  ここ最近散々経験しただけあって、中々迫真の演技だ。 「!? き、恭也さん! ど、どうしました!? 何処が痛いんですかっ!?」  案の定、シャマルは引っかかった。  今までの態度を投げ捨て、慌てて恭也を診る。 「ああ、何処? 何処が“不適合”を起こしているの!? 早く何とかしないと――」  が、予想以上に効き過ぎた。  目に涙を浮かべながら、必死に自分の体を診るシャマル。  これには流石に恭也もばつが悪くなり、慌てて演技を止めた。 「あの……」 「だ、大丈夫です! 絶対に何とかしますからっ!」 「や、実は…………すまん、ほんの軽い冗談だ」 「え……」 「本当にすまん、まさかここまで本気にするとは……」 「…………」  ぱんっ!  ……予想通り、思いっきり引っぱたかれた。  だが自業自得のこと故に、甘んじて真正面から受ける。  叩いたシャマルは……泣いていた。 「あなたと言う人は…… やっていい冗談と、やってはいけない冗談の区別もつかないのですかっ!?」 「面目ない」 「自分の体の状況を考えたら…… どれだけ私が心配したか……」  そう言って嗚咽するシャマルに、恭也は戸惑いつつ声をかけた。  ……いや、幾ら何でも大袈裟だろう。アレでも一応、非殺傷設定だし。 「……シャマル?」 「……恭也さん、あなたは死にかけなのですよ?」 「は? や、でもあいつ等、一応手加減してくれたし……」 「……違います。その前に、恭也さんは重傷を負いましたね?」 「? ……ああ、次元震に巻き込まれた時のことか」  ルシエでの一件を思い出し、恭也は若干苦しく思いつつも“公式報道”通りに“創られた真実”を述べる。  が、シャマルは首を振った。 「……嘘です。これは断じて事故によるものではありません。  明らかに強力な魔導師が編み上げた、殺意ある攻撃魔法によるものです」  そこまで言うと、シャマルは真剣な表情で恭也を見た。 「恭也さん? あなたはその攻撃で、『一度死にましたね』?」 「や、人は一度死んだら終りだと思うぞ?」 「惚けないで下さい。生命を維持する上で必要不可欠な部位が、幾つも吹き飛ばされた痕跡があります。  本来なら、この時点で恭也さんは即死の筈です。  ……尤も、今ではその大半が再生されているようですが」  ……ああ、だから“彼女達”に会えたのか。  恭也は首肯した。宿主の死を前に、きっと慌てて目覚めたのだろう。  あれは本当にヤバかったと自分でも思うからなあ…… 「今でも、生命を維持する上で必要不可欠な幾つかが、擬態した“何か”によって補われています。  これが“何か”、私にはまったく分かりません。  本当にこのままにしておいて良いものなのか、かと言って無理に引き剥がして大丈夫なのかすらも、です」  ……だから、シャマルはあれ程慌てたのだ。  もし擬態している“何か”が悪さをすれば、いや機能を少し弱めるだけで、恭也はたちまち生命を維持することすら 困難となってしまうのだから。 「……すまん。そこまで酷いとは、思わなかった」  自分の行為がシャマルを如何に心配させたかを思い知り、恭也は改めて深々と頭を下げた。 「正直、今回のことは『単なる事故だった』としか言えない。 ……が、これだけは断言できる。  シャマルが心配している“これ”は、俺を守護してくれるものだ。だから大丈夫」 「そう、ですか……」  シャマルは不承不承、頷いた。  ……こういた時の恭也の頑固さを、嫌と言う程承知しているからだ。  だが、それでも言わねばならぬこと、言いたいことがある。 「分かりました。何があったかも、それが何かも聞きません。  ……けれど気をつけて下さい。それは間違いなくロストロギアに類するであろう力ですから」 「あ、やっぱり……」  “魔力”“超能力”“霊力”なんて、どう考えても相性最悪な三つの力が奇跡的に合体したモノだからなあ……  それにこの世界、そもそも“超能力”“霊力”なんて存在しないし。 (……あれ? と言うことは俺、下手したら封印指定? 生体実験!? ヤバい、気をつけねば……)  そんな内心冷や汗ものの恭也に、シャマルが更に口を開き、訴えた。  それは、彼女がどうしても言いたいこと、怒っていた何よりの理由―― 「……恭也さん、私達は家族ですよね?」 「ああ、もちろんだ」  恭也は頷いた。  「帰れるまでの期限付き」の仮初のものとはいえ、まさしく自分達は家族だ。 「なら、何故いつもいつも一人で突っ走るのですか? 何故、何でもかんでも一人で抱え込んじゃうのですか?」 「いや、今回はその……」  急な事件だったし、と言いかけて口篭った。  初めから秘密になどしていなければ、話はここまで大きくならなかったのだと気付いたからだ。  ……いや、自分と一緒に彼女達も付いてきたであろうから、そもそも事件すら起きなかった可能性が高い。  (オーバーS、ニアSランクの戦闘魔導師集団にケンカを吹っかける阿呆などいない)  であれば、ここまで心配掛けることも、ましてや泣かせることなどなかったのだ。  ――そして、シャマルは何も今回のことばかりを言っているのではない。恭也の、常日頃の行動をも…… 「お願いですから、私達を頼って下さい。  どんな敵と戦ったかは知りませんけれども、それは私達八神一家が勢揃いしても勝てない程の敵でしたか?  なのはちゃんやフェイトちゃんが加わっても駄目でしたか?」 「…………」 「助け合うのが家族じゃないですか」 「…………」  恭也は沈黙した。するしかなかった。  全ては、自分の我侭が招いたこと。それは分かっている。  自分でも思うのだ、受け入れてしまえばどんなにか楽だろうか、と。どんなに幸せになれるだろうか、と。  だが、それを受け入れてしまえば…… 「俺は、どうしようもない馬鹿だからな……」  恭也は自嘲気味に呟いた。  つまらぬ意地に過ぎぬかもしれない。だがそれでも、それは譲れぬ一線なのだ。  自分が、“異邦人”であるための。 「まだ、諦めてないのですね……」  恭也の言いたいことを察したシャマルが、嘆息した。 「すまんな。俺は“裏切る”訳にはいかんのだ」 「……そうでしょうか? 私には、逃げているだけのようにも見えます。特にここ最近は」 「そうかもしれないな……」  図星を突かれ、恭也は苦笑した。  その悪戯がばれた子供の様な表情に毒気を抜かれ、シャマルはついクスクスと笑ってしまう。  ……こうなると、もう恭也のペースである。結局、肝心の話は有耶無耶のまま終わってしまった。 「あ〜 俺の体のこと、できればはやて達には内密に」  検診を終え、部屋を出ようとするシャマルの背中に、恭也が声を掛けた。  それを聞き、シャマルは呆れた様に返す。 「当たり前です。『恭也さんが殺されかけました』なんて、はやてちゃんに言える筈が無いじゃないですか……」 「すまんな」 「恭也さんのためじゃないですよ、はやてちゃんのためです」 「それでも、さ」 「はいはい」  大真面目な表情で言う恭也に、シャマルは苦笑し――だが、直ぐにハッとして表情を引き締めた。  いけないいけない、自分はまだ怒っているのだ。結局今回も上手く誤魔化されたし……  何とか一矢報いるべくあれこれ考え……やがて何か思いついたのか、にんまりと笑った。 「あ、そうだ恭也さん?」 「なんだ?」 「私の追及はこれで終わりましたけど、まだ他の“家族”の追求が残ってますよ? がんばってくださいね?」 「うげ……忘れてた」  恭也は顔面蒼白になった。  ザフィーラやリインはともかく、ヴィータ……ことにシグナムはヤバい。  はやて至上主義のあいつが、もし俺がまたはやてを泣かしたなんて知った日には…… 「あ、恭也さんの体のこと、はやてちゃん達には内緒にしますけど、皆には教えますよ? もちろん」 「のおっ!?」  『貴様っ、仮にも八神家の父を名乗る男が、素人同然の魔導師に不覚をとるとは!   士道不覚悟にも程があるっ! そこへなおれっ!!』  『おめーさー、最近ヌルい相手としか戦ってないから、そーゆーコトになんだよ。   いっちょ鍛えなおしてやっから、こい。つーか、こっちからいく』  ……あまりにリアルな未来視に、恭也は頭を抱えぷるぷると震える。 「あ゛あ゛あ゛あ゛…………」 「がんばってくださいね♪」  一矢報いたことを確認したシャマルは、溜飲を下げたとばかりに、それはそれはイイ笑顔で部屋を出て行った。 <2> 「あ゛あ゛あ゛あ゛…………」 《ところで》 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………」 《マスター?》 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………」 《ふんっ!》  ビリッ! 「ぷぎゃあっ!?」 《……落ち着きましたか?》 「何も電撃浴びせること無かろうに……」 《マスターが何時までも呻いているからです。いい加減正気に戻って下さい》 「うい」 《まったく…… それで、先のシャマルとの会話についてなのですが》 「何だ?」 《より具体的には、マスターの体にあるモノについてなのですが》 「ふむ?」  ノエルが言っているのが、忍・那美・フィアッセの力の残滓であることに気付き、恭也は頷いた。 「ふむ、やはりお前も気付いていたか」 《いえ、気付くも何も…… 月村 忍の“魔力”、神咲 那美の“霊力”、フィアッセ・クリステラの“超能力”、 ついでに久遠の“妖力”まで混ざったナニカじゃないですか》  こんな無茶な真似をして良く対消滅とか起こしませんね。とノエルは呆れた様に言う。 「ああ、お前は元の世界の時のデータがあるからな」  恭也は納得した様に頷いた。  ノエルは黒水晶時代(未起動状態)からデータの収集をしていたそうだから、彼女達についても知っていて当然だろう。 「……しかし、そのお前でも“ナニカ”か。こりゃ本格的にヤバいブツだな」  なるほど。シャマルが風評被害も恐れず1人で治療する訳である。(※これについては恭也は知らない) 《それで、ですね…… 月村 忍の“魔力”についてなのですが、こちらの魔力とは「だいぶ違う」と以前お話しましたよね?》 「ああ、だいぶ前に聞いたことが有るな」  恭也は頷いた。  かつてヴォルケンズと知り合い魔法と次元世界の存在を知り、更にノエルを手に入れて調査速度や判断力が格段に上がった。  そして管理局に入り次元世界を行き来することができる様になり、情報量は膨大なまでに膨れ上がった。  だから一時期、恭也は元の世界について調べまくったことがある。 ……尤も、全てが徒労に終わったが。 《この8年間、少しづつですが日々情報を収集し、この発言に疑問が生じていました。  そして今回、起動状態で実際に観測して確信しました。  ――発言を修正します。正確には「こちらの『現代の』魔力とはだいぶ違う」です》 「んん?」 《月村 忍の“魔力”は、こちらの世界の古代の魔力に類似しています》 「! ……古代と言うと、古代ベルカあたりか?」 《それよりも遥か前、それこそ先“先史時代”あたりですね》 「……確かか?」 《確定とまではいきませんが、私的には確信ですね》 「そうか……」  恭也は呻く。 ……まさか魔力だけでそこまで分かるとは思わなかった。  だがまあよくよく考えてみると、精錬した金属だって精密検査をすれば何時何処で造られたのか分かるそうだから、当然かもしれない。 (忍の“魔力”が、こちらの世界の古代の魔力に類似している、か……)  恭也は嘆息し、目を閉じた。瞼には、今でもはっきりと彼女を思い浮かべることができる。  『私達の一族は、こことは違う遠い世界から来たんだって。 ……へ? 知らないよ、遠い遠い世界としか教わってないもの』  『“夜の一族”はもう長くない。ただでさえ産まれ難かった子供が、ますます産まれなくなってる。  純血種に至ってはここ百年で産まれたのは一人だけ……』  『でも、ね? そのお陰で人間との結婚が推奨されるようになったんだよ。いい時代に産まれたよね、私』  『だから、“生涯の友”じゃ我慢できないな…… やっぱりパートナーになりたいよ……』  『今なら、ノエルも付いてくるよっ! お得だね♪』 (……何故、お前は最後までしおらしくできないのだろうなあ? 忍)  “内縁の妻”を常々自称していた高校以来の“悪友”を思い出し、恭也は苦笑した。  まったく、想像の中ですらオチをつけるとは。  だが今思えば、“内縁の妻”という自称も彼女なりの精一杯のアピールだったのだろう。  本当に悪いことをしたものだ。  『先史文明と一口に言っても、それこそ星の数ほどあります。   無論、その全てがロストロギアを生み出すような高度な文明を持っていた訳ではありませんが』  『特徴も千差万別です。中でも“ニュクス”と呼ばれる文明では、人はその魔力の大半を己の生命維持に費やし、  不老長寿を誇ったそうですよ』  『彼等は自分が戦い傷つくことを極度に恐れていたようで、戦いは自らが造り出した“人形”に任せていたそうです。   ――あ、“人形”には戦うだけでなく、様々なタイプがあったらしいです』  『……え? いえ、残念ながら現存する“人形”は一体も存在しません。   何しろ時代があまりに古いですから、発掘されたもの自体が少なく、全て旧暦時代に失われてしまいました』  同時に、“無限書庫”司書長ユーノの言葉を思い出す。  あの時は「少し似ているな」と思っただけだったが、もしかしたら――   《マスター、どうしました? 心ここにあらず、といった感じですが》 「ああ…… 少し、な。昔のことを思い出していたんだ」 《そうですか……》  恭也の心情を察したのか、ノエルはそれ以上聞こうとはしなかった。  その心遣いに感謝しつつ、恭也はぼんやりと考える。「繋がった」と。  無論、それは根拠の乏しい、多分に想像の産物に過ぎない考えだ。  だがもしそうだとすれば、“夜の一族”がニュクス文明人の末裔だとすれば―― (帰れるかもしれない)  既に色あせていたその言葉が、恭也の中で色鮮やかに浮かび上がる。  ……だがそれは喜びと同時に、恐れと戸惑いをももたらした。  今更、そんなことを言われても…… (!? 俺は今、何を思った!?)  恭也は、己の心の呟きに愕然とした。  それは決して大きい声ではなかったものの、まさしく己の内より出でた“本音”の一つ。 「くっ……」  忌々しげに舌打ちする。 ……が、今更遅い。気付いた、気付いてしまった。  自分が、元の世界に帰ることを半ば諦めかけていたことに。  何時の間にか、帰る手段を探す行動が単なるルーチンワークと化しつつあったことに。  そして何より、この世界でも大切なものができかけていたことに。  ……果たして、自分は本当にこの世界を捨てることができるのだろうか? 「……それでも、俺は帰らねばならんのだ。絶対に」  湧き上がる様々な感情を押さえつけ、恭也は自分に言い聞かせる様に呟いた。  ノエルは黙し、それを黙って聞くだけだった。 <3> 「じゃあ、私はこれで」 「わざわざ申し訳ありませんでした、一佐殿」 「……相変わらず下手くそな敬礼ねえ」  管理局地上本部の制服を着た二十代後半の女性は、そう言ってくすくすと笑いながら答礼し、部屋を出て行った。  目覚めてから数日、されど数日。この間、両手両足の指に余る人達がの見舞いに訪れてくれた(この一佐殿もその一人だ)。  中には一度しか会ったことのない人も少なくなかったが、皆心から心配し、回復を心から喜んでくれていることがありありと分かる。  ……尤も、クロノなんかは真実を聞き出そうと尋問まがいの行動をとり、その場でリンディ提督に教育的指導を喰らっていたが。 (けどまあ、あれで奴は奴なりに俺のことを心配してくれていたようだから、今回ばかりは素直に礼を言っておこう。ありがとうクロノ)  恭也はしみじみと呟いた。 「……本当に、俺は何も知らなかったんだなあ」  いや、「見ようとしなかった」が正解か、と内心で訂正する。  本当に、今回は色々と気付かされた、考えさせられた……  トントン  ……おや、またお見舞いか? 「どうぞ」  ギィ…… 「失礼します……」  そう小さく呟いて入ってきたのは、キャロだった。  数日振りの再会に、恭也はおお!と声を上げる。 「もう大丈夫か、キャロ?」 「……はい、その節はご迷惑をおかけしました」 「?」  小さくなって頭を下げるキャロに、恭也は首を傾げた。  この前はあんなに元気溌剌だったのに…… 《(彼女の首を見て下さい)》  不破の突然の言葉に、恭也はキャロの首元を見る。 「(むう、あれは……首輪?)」 《(そこはチョーカーと言って下さいよ……)》 「(チョーカーって?)」 《(首飾りの一種です。どうやらあれが体内の魔力を放出し、溜め込まないようにしているようですね)》 「(と言うことは――)」 《(ええ、魔力酔いがなくなったから、本来の自分を取り戻したのでしょう。おそらく今までの自分の行動を、恥じているのかと)》 「恭也さん、ごめんなさい…… わたし、悪い子です……」 「や、そこまで言わなくても……」  半べそかいて謝るキャロを、恭也は慌てて慰める。  だがキャロは中々泣き止まない。どうやらかなりへこんでいるようだった。 「恭也さんに、わがままいっぱい言いました……」 「子供は我侭言うのが仕事だ、気にするな」 「恭也さんにも、他の人たちにも、いっぱいいっぱい迷惑かけました……」 「大丈夫。俺は気にしないし、あいつ等はあいつ等でお互いさまだ」  そう言って、恭也は優しく頭を撫でてやった。  むしろ、キャロが我侭を言えるようになったか、という喜びの方が恭也には大きい。  この少女は、いつだってその言葉を飲み込んでいたのだから。 「わたし、へんなんです……」 「?」 「恭也さんとずっと一緒にいられるって知ってから、どんどんわがままになっていくんです……」 「ほう?」 「ついこの間まで、騙されててもいい、嘘でもいいって考えてました。  でも、やっぱりそんなの嫌だって、ちゃんと愛して欲しいって……  自分で自分が抑えられません……」 「なるほど……」  キャロの訴えに恭也は微笑み、そっと抱き寄せた。 「あ……」 「キャロのその望みは、正当なものだよ」 「でも……」 「今まで、キャロは我慢をし過ぎたんだ。失うことを恐れて、な」 「そう、でしょうか……」 「ああ。けど、もう失う心配は無い、だからどしどし我侭を言べきだ。むしろ、言え」 「恭也さん……」  キャロが感動の目で恭也を見た。  それを見て満足げに笑う恭也。実に感動のシーンである。  が、そこにつっこみが一つ…… 《(またそういう後先考えない発言を……)》 「(そこ、うるさい。子供の他愛も無い我侭くらい、いいじゃないか。どんとこい)」 《(“子供”ねえ……)》  ノエルは如何にも何か言いたげだったが、恭也はあえて無視した。  そして、キャロに向かいコホンと一つ咳払い。 「キャロ、お前は俺の養子になった」 「はい!」 「が、俺はキャロの父である前に兄であると思っている。だから、キャロは俺の娘である前に妹でもあるのだ」  だがその要望を口に出した時、族長は礼儀正しく聞こえないフリをし、ムッシュ・デュランに至っては 「ははは、なに馬鹿言ってやがるんですか」とでも言いたげな表情で無視してくれた。  ……確かに、公的には養父の方が権限が強い為、あえてそれ以上主張することはなかったが、決して諦めた訳ではない  故に、キャロを洗脳……もとい教育する。 「娘なのに妹……ですか?」  キャロは不思議そうに恭也を見た。 「ああ、だから俺のことは“お兄ちゃん”と呼んでくれ」 「えっと……お兄ちゃん?」 「くはっ!?」  その言葉に、恭也は仰け反った。  これはまさしく―― 「ちがう! 間をもっと伸ばし、舌足らずに!」 「おにいちゃん」 「もう一度!」 「おにーちゃん」 「…………」  恭也は無言で俯いた。  気のせいか、体も小刻みに震えている。 「恭……おにーちゃん?」 「な、なのはーーーーッ!!」 「きゃあ!?」  がばあ!  恭也は我を忘れ、キャロに抱きついた。  そして顔を思いっっっきり押し付ける。キャロは驚き、手足をじたばたさせるが気付きもしない。 「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!??」 「なのはだ! やさしい方の『俺のなのは』だ! なのはー、兄は、兄は絶対に帰るからなあ!」  と、ドアから溢れんばかりの殺気が漏れてきた。 「……お兄ちゃん? それ、私に対する嫌味?」 「げっ!?」  ……何時の間にか入り口に立っていた“やさしくない”方のなのはに、恭也が驚愕の声を上げた。  少し遅れて、直ぐ近く……いや自分の胸元からも殺気が…… 「……恭也さん? わたしを、元の世界にいる妹さんの代わりに抱きしめたのですか?」 「き、キャロ!?」  恭也に抱かれながらも、涙交じりの……だが明らかに怒りを込めた視線を向けるキャロ。  ……あれ? なんかチョーカーから煙が???  ポンッ! (こ、壊れやがった……) 「お兄ちゃん?」 「恭也さん?」 「ま、待て! 待つんだ! 二人とも話し合おうじゃないか!?」  が、二人は聞く耳持たず、泣きべそをかきながら襲い掛かった。 「うにゃあああああーーーーッ!!」 「うわーーーーんッ!!」 「俺、絶体絶命!?」  …………  …………  …………  この光景を見ていたはやてとフェイトは、呆れた様に顔を見合わせた。 「……どうする? 止める?」 「自業自得や。部屋が壊れんよう、結界張るだけでいいやろ」 「OK、念のため強化しておくね」 「しかしなんと言うか…… 本当に懲りんお人やなあ、うちのお父さんは」 「でも、とりあえずは一件落着、だね」 「お父さんの入院、伸びるやろうけどなー」  そう言って、二人は乾いた声で笑った。つーか、笑うしかなかった。  血相を変えたシャマルが飛んでくるまで、この馬鹿騒ぎは続いたという。 P.S.  以後、キャロが恭也を「お兄ちゃん」と呼ぶことは二度となかった。ぐっすし……