魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS 「キャロ、がんばるっ!」 その4「ガリアの野望」 【8】  第6管理世界は、正式名称を“ガリア”という。  世界ナンバーがシングルであることからも分かる通り、同世界は古くから次元間交流を行ってきた伝統ある先進世界だ。  同世界は統一政府によって統治される中央集権的な国家(※WU加盟世界は必ずしも「1世界1国家」とは限らない)であり、 近隣の次元に複数の同系世界(※殖民地)を持つこと、そしてその歴史と相まってWUにおいても有力な世界の一つである。  (※だがその政治体制は良く言って守旧的であり、真に先進世界とは言い難く、WUの悩みの種の一つでもあった)  その古豪“ガリア”の権力中枢で今、とある問題について一つの結論が下されようとしていた。 ――――第6管理世界“ガリア”、大統領官邸。 「――以上が、今回の件に関する最終報告です。大統領閣下」 「うむ、ご苦労」  報告を終えたムッシュ・デュランが一礼すると、豪奢な執務席に座る老人――大統領――は鷹揚に頷いた。 「いやあ、最初はどうなることかと思いましたが、最後の最後で“暴発”してくれて助かりましたよ。  ……正直、あのままでは“ただの覗き”をしているようで、居た堪れませんでしたからねえ」 「……お前がそんなことを気にする玉ではなかろう。 ――が、やはり、か」 「ええ、管理局の連中、案の定隠蔽しておりました」  そう言って、ムッシュ・デュランは薄く笑う。  前回恭也達が居た宇宙ステーション及びその周辺には、ムッシュ・デュランによって様々な観測機器がばら撒かれていた。  その観測結果によれば、あの最後の瞬間に八神はやて、高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、高町キャロの四名が「それぞれ」放った 魔力の総量は、(非殺傷設定にも関わらず)人工エーテル換算で優に100メガトン超!  その瞬間、宇宙空間に直径10q以上の高密度のエネルギー球が4つ誕生――密集していたため直ぐに一つになったが――し、 その衝撃波や熱線は100q以上離れた月地表にまで降り注いだ。  ……そしてその輝きは、真昼にも関わらず第6管理世界地表からも肉眼ではっきりと視認できた。  突然の閃光に、道を行く多くの人々が「何事か?」と空を見上げた程だ。  だが、真の問題は“そこ”ではない。  管理局の公式報告によれば、この四名の魔導師ランクは――  八神はやてが総合戦闘SS、  高町なのは、フェイト・T・ハラオウンの両名が空戦S+、  ――となっている。  そしてここから先は“個人情報の保護”とやらを理由にあくまで非公式な情報だが、「全員が潜在最大ランクに達している」とされてきた。  彼女達の年齢と今までの成長速度を考えれば多少不自然な話だったが、そういった例も少なからず存在する上、ランクがランクだ。  多くの者がこの話に納得した。  だが今回の精密計測で、恐るべき事実が明らかにされた。  それによれば、八神はやてがランクSSSとなる可能性が極めて高く、高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、そして高町キャロの 潜在最大値はランクSS以上……  これは、あまりに不自然な話だった。  そもそも、SSは「数百億人に一人」、SSSに至っては「全世界の歴史を通しても5人しか存在を確認できていない」程の存在である。  約300の次元世界(総人口4000億人)を擁するするWU圏に現在在籍するSランク以上――それも潜在最大値で――の魔導師が 約400名(うちSSが10名)。  今回の事実により修正を加えれば、潜在最大値SSランク以上が13名(うちSSSが1名)となる。  全世界に13名しかいないSSランク以上の魔導師の内、4名までもが一箇所に集結する。  ……これが如何に異常な事態か分かるだろうか? 「……未だかつて、ここまで高位の存在が、ここまで緊密に結びついた例は存在しない」  老人が呻いた。  Sランク以上の魔導師は、基本的に同レベルの魔導師と疎遠となる。  生まれた家門による“血縁”  生まれた地による“地縁”  学んだ場所による“学閥”  働く職種による“職閥”  ――こういった全ての魔導師が持つ“しがらみ”の影響を、より強く受ける様になるからだ。  だがこの4人は、そういったものを稀有な程に持っていない。  いちおうキャロを除く3人は大なり小なりハラウオン家の保護を受けており、その係累と見做されてはいるが、 それとて大したことではないだろう。  (そもそもこういった存在を抱え込むこと自体に価値があるのだから、ギブアンドテイクだ) 「俗に『1人のSSランク魔導師で、一つの管理世界を滅ぼせる』なんて言いますが…… 4人揃えば、どうなりますかね?」 「上手くやれば、両の手に余る世界を滅ぼせるだろうな」  ムッシュ・デュランのちゃかした疑問に、老人は苦笑しつつ答えた。  だが、そこに然程の緊張感は無い。  確かにSSランク魔導師という存在は強大だ。倒すには、それこそ一つの世界が総力を挙げる必要があるだろう。  ……だが、多くの次元世界は既にWUという巨大な組織により事実上統合されている。魔導技術も進んだ。  規模も、技術も、かつてとは大きく異なるのだ。SSと言えど、もはや絶対的な存在ではない。  侮ることはできぬが、必要以上に恐れることもない。 ――そういうことだ。 「SSランクの真の価値は、単なる戦闘力ではない。 ――そうだろう?」 「はい、仰せの通りです。閣下」  老人の言葉に、ムッシュ・デュランは我が意を得たりと頷いた。  WUにおいて、「力ある魔導師である」ということは、出世するための絶対条件だ。  無論、様々な努力は必須である。  だが例え力の無い魔導師が、ましてや一般人が努力したところで、やがてガラスの天井にぶつかることは間違いない。 「あの3人は中々に優秀です。  同様にあの高町キャロという少女も、かなり知能が高いと思われます。  このランクで優秀となれば、“どこ”であろうと、その頂点に辿りつくでしょう。  ……いえ、辿りつかせざるを得ません。例え望まぬとも、ね」 「管理局の……いや、ミッドチルダ人共の苦悩が手に取る様に浮かぶな」  老人が哄笑した。  今はまだ歳が若いということもあり、そのランクと勤続年数から見て低すぎる位階に彼女達は置かれている。置いておける。  だが彼女達が18を超えれば、流石にそうはできなくなるだろう。以後、その位階は加速度的に上昇していくに違いない。  そう5年、遅くとも10年すれば将官に。更に5年もすれば―― 彼女達は管理局の最高意思を決定する一員に名を連ねることとなる。  非ミッドチルダ人、非ミッドチルダ的思考の彼女達が、だ(それも3人、ゆくゆくは4人も!)。 「これにリベラル色の強いハラウオン家が加われば、主流の保守派にも十分対抗できる。割れる、な」 「御意。そこにこそ、我等の出る隙があるというものです」  管理局に限らず、WUにおけるミッドチルダの存在感は圧倒的だ。  相撲に例えれば、唯一ミッドチルダのみが横綱として君臨し、その下は「大関すら存在しない」という極めて独裁的な構図となっている。  その支配構造においては、古豪“ガリア”と言えど(大関を除く)三役に「入れるかどうか」といった程度でしかない。  ……これはその壁を突き崩す、絶好のチャンスだろう。 「我々はどうすべきかね?」 「今は何も。ただ時を待つだけです。まあ、種に水をまく位はしておくべきですがね」 「……我々は、既にハラウオン家と少なからぬ交流があるが?」 「ですが、今回の件で少なからず顔を潰しました。多少、華を持たせるべきでしょう。   ……そうですね。例えば、我々と友好的な世界に、財政難から分担金を滞納している世界が幾つかあります」 「援助名目でそれを幾らか負担してやる、か?」 「はい、それもハラウオン家経由で」 「一石二鳥で悪くない。それだけか?」 「はい。後は我々が“虚偽”について知っていること。けれど利用するつもりはないことを匂わせてやればいいでしょう」 「……つくづくただで起きぬ男だな、お前は」  老人は苦笑した。  非公式な情報、しかも高レベルでの噂に過ぎぬことを考えれば、潜在値の“虚偽”についてそれほど叩くことはできない。  (ましてや脛に傷を持つ身だ!)  それをわざわざ恩に着せようなど…… 「褒め言葉としてお受けしておきます。ああ、あとこれにサインして頂きたいのですが」 「何だ、これは?」  恭しく差し出された一枚の紙を見て、老人は怪訝そうに眉を顰めた。 「……感状? 儂が直筆で、か?」  一世界、それも大国“ガリア”の元首が直々に、など余程のことだ。  が、ムッシュ・デュランは大きく頷いた。 「はい、この者は先の“次元震”で抜群の功績を挙げました」 「管理局武装隊陸士長、高町恭也か…… これが、例の?」 「はい。今回の事件の中心人物です」 「たかだかFランクの魔導師一人に、我が“ガリア”が振り回されるとは……」  老人の嘆息に、ムッシュ・デュランが訂正する。 「お言葉ですが閣下、この男はただのFランクではありません。  恐らくは何らかの強力なレアスキルを持つ、実質“Aランクの陸戦教導官”レベルの猛者です。  今までの戦績が、何よりそれを証明しております」 「それは分かる。だが、ここまでいいようにやられ、挙句に最高レベルの感状だと?  これでは“盗人に追い銭”ではないか」 「ですがハラウオン家にのみ手当てし、彼を無視するのは片手落ちというものです。  ……お忘れですか? 彼は八神はやてと高町キャロの“父”、高町なのはの“兄”、フェイト・T・ハラオウンの“想い人”なのですよ?  彼女達に対する影響力だけなら、ハラウオン家の上を行きます」 「……それはあの映像を見れば、嫌でもわかるさ」  特に前半を見れば、あの少女達が如何に精神的に依存してるかが良く分かる。  後半に関しては……まあ常軌を逸している、とだけ言っておこう。  愛とはかくも人を狂わせるものなのか、と老人は呆れて首を振る。 「ならば、サインを。パイプは多いに越したことはありません」 「わかった、わかった。 ……まったく、老人使いの荒い男だ」 「『立ってる者は親でも使え』と言いますから」 「言いおるわ」  老人は苦笑しつつ、ペンをとった。  そして、ふと思い出したように顔を上げた。 「そういえばお前、この男にシャルルが父と言ったそうだな? ――やはり、気になるか?」 「それなりには。ですが、それ以上にあの男……高町恭也に対する揺さぶり目的でした」  ムッシュ・デュランは、あの時の恭也の反応を思い出しながら頷いた。  ……あの時、恭也は明らかに動揺した。どうやら、彼の古傷を抉ることに成功したらしい。  当分、あの男は自分に負い目を持つだろうな。 ――そうムッシュ・デュランは推測した。 「……なるほど、まさに『立ってる者は親でも使え』だ。実父の死すらも利用するとは」 「全て貴方の教育の賜物ですよ、義父上。では、私はこれで」  サインされた感状を受け取ると、ムッシュ・デュランは深々と一礼して部屋を出た。  残された老人は、煙草に火を点すと独り呟いた。 「ま、悪くない考えだな。成長した。 ……が、まだまだ甘い」  この世に永遠など存在しない。  遠くは現在よりも遥かに進んだ先史文明、近くはあの大ベルカですら滅びた。  ……ならば、ミッドチルダのこの権勢が、この先も続く保証はどこにもあるまい?  “あれ”はWUにおけるガリアの地位向上のみを目指しているようだが、下手をすれば―― 「WUそのものが“割れる”可能性すらある。ま、それとてチャンスと言えばチャンスなのだがね……」  その呟きを聞く者は、誰もいなかった。