魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS 「キャロ、がんばるっ!」 その3「再会」 【4】 ――――第6管理世界“ガリア”宙域、第7宇宙ステーション。 「……へ?」  転送室から出ると、恭也は驚きの声を漏らした。  ……窓の外には、地球型の惑星。  つーことは、ここ宇宙ですか? (ミッドチルダに転送されたとばかり思っていたのに、何故?)  訳が分からず、恭也は首を捻る。 「うわ〜〜凄い……」  一方、キャロは物珍しさからか、キョロキョロと辺りを見回している。 「あんまり、遠くへ行くなよ? 具体的には、俺に見える範囲内で行動すること」 「は〜い! 行こ、フリード!」 「キュクル!」  駆けて行くキャロを横目に、恭也は思考を再開した。  ここは恐らく宇宙ステーションか何か。  だが有人タイプにも関わらず、人の気配がまったくしない。 (……どういうことだ?)  今更「ここで自分達を始末する」というのも考えにくい。謎は深まるばかりだった。  ピー  と、転送室から警報が鳴った。  ……誰かが転送されてきたのだ。  「何者?」と、恭也は刀の柄に手をかける。  プシュー  そして、出てきた人影を見て、顎が外れんばかりに驚愕した。 「な、なのは? それに、はやてにフェイト嬢まで……」  思わず物陰に隠れ、覗き見る。  ……間違いない、ウチの“恐るべき身内達”だ。  だが何故? どうして? ――ハッ!?  ……迂闊にも、恭也はこの時初めて「既に休暇が終わっている」という事実に気付いた。  ということは、今回の虚偽外泊の件も……そしてそれ以前のことも、芋蔓式に三人にバレたに違いない。  つ〜〜  かつて無い程の身の危険を感じ、恭也の額に一筋の汗が流れ落ちた。  ――そんな中、壁の巨大スクリーンに、一人の男が映し出される。 『ご家族と再会できた様で、おめでとうございます』 「ムッシュ・デュラン!?」  恭也は思わず叫び……慌てて口を塞いだ。  が、手遅れだった。「誰かいるよ?」「こっちです!」と三人が向かってくる。  正直、生きた心地がしねえ…… 『貴方方が今居られる場所は、“月”衛星軌道上の無人宇宙ステーションです。 ……まあ、少し前までは有人だったのですが』  画面の中のムッシュ・デュランは、そんな恭也にお構い無しに言葉を続ける。  ……僅かに口の端が歪んでいるようにも見えるのは、気のせいだろうか? 『近隣の管理局艦艇には貴方方の存在を知らせてますから、遅くとも24時間以内には到着するでしょう。  それまで、どうかご家族水入らずで“お楽しみ”下さい』 「デュラン、謀ったな。デュラン!」 『はっ、はっ、はっ、この回線は送信オンリーなので聞こえませんなあ』 「嘘つけっ!」 『あ、ここ放棄予定なんで幾ら壊しても無問題です。食料医薬品は最下層に置いてありますので、必要ならどうぞ。では……』 「覚えてろよっ!」  恭也は、消えた画面に向かって罵声を浴びせた。  だが、それは現実逃避としか言えなかった。  何故なら、三人が直ぐそこまで来ていたからである。 (ヤバい…… マジ死ぬ、殺される)  内心の動揺を抑えつつ、恭也はゆっくりと振り返った。  と、なのは、はやて、フェイトの三人は、自分を見た途端硬直した。 (…………?)  怪訝に思うも、やはり自分も気圧されて……というか、これから受けるであろう地獄の折檻に恐怖し、体が動かない。  四人は、暫し無言で向かい合った。 「あ、あああ……」  真っ先に硬直が解けたのは、フェイトだった。  彼女は恭也を見つけた直後こそ己が目を疑ったが、それが紛うことなき本物であるということを理解した瞬間、 張り詰めていた気が抜けたのか腰が抜けてしまい、床にへたり込んでしまったのだ。  ……そして、後はただただ嗚咽するのみ、である。 「ふ、フェイト嬢?」  その思わぬリアクションに驚いた恭也は、戸惑いながらもフェイトに声をかけようとする。  だが、それは叶わなかった。次の瞬間には、タックルの如き勢いで胸に飛び込んできたなのはにより、押し倒されてしまう。 「ぐふぉおっ!? 異次元妹! 何を――」  未だ思い通りに動けぬ故にもろに喰らった恭也は、抗議の声を上げ――ようとして、その言葉を飲み込んだ。  なのはは、恭也の胸に顔を押し付けたまま、小刻みに震えていた。  その両手は、やはり恭也の服をしっかりと握り締めている。 「〜〜〜〜ッ」  ……幾ら鈍い恭也でも分かる。  なのはは、声を押し殺して泣いているのだ。 「なのは……」  恭也は、優しくその背を撫でてやった。  スッ  ――そんな恭也に、人影がかかる。 「はやて、か……」  見上げると、はやてが自分を見下ろしていた。  影になってその表情は伺いしれないが、やはりその全身は小刻みに震えている。 「……親父、今まで何処で油売っとった?」  震える声でそう呟くと、はやては倒れこむように両膝を地につけた。  そして両の拳を握り締め、恭也を殴りつける。 「家族みんなに死ぬほど心配させて、一体どこほっつき歩いとった!? この馬鹿親父っ!」  叫びながら、はやては何度も何度も恭也を殴る。  それは、何ら魔力を帯びぬ純粋な打撃。  ……だが恭也にとって、今までで一番痛い拳だった。 「う、うう……馬鹿……親父…………」  大粒の涙を零しながらも、はやては殴り続ける。  その華奢な手は腫れ上がり、既に真っ赤だ。  このままでは…… 「はやて、すまなかった……」  恭也はその両手で、はやての頬をそっと撫でる。  そしてゆっくりと顔を引き寄せ、抱きしめた。  ……その間、はやてはまったくの無抵抗だった。 「……卑怯や。何かあると、いつもいつもこうやって誤魔化す。絶対にちゃんと答えてくれへん」  はやてが、ぽつりと呟いた。 「……そうだよ。お兄ちゃんは答えられなくなると、いつもやさしい振りして誤魔化するんだから…………」  これになのはも加勢する。  彼女達がこれ程までの反応を見せたのは、恐らく自分が元の世界に帰ろうとしていた、と勘違いしていたからだろう。  ――そう恭也は、当たりをつけていた。  だが、だとすれば言えることは一つしかない。 「すまん……」  その一言のみ、だ。 「……ええよ、今回も騙されたる。お父さんがここに居る――今はそれだけでええ」 「そうだね。私も、騙されるよ……」 「何故だろうなあ? 俺がとても酷い男の様に聞こえるのだが……」  自分に縋りつく少女の言葉に、恭也は苦虫を噛み潰した様な顔で愚痴る。  それを聞いて、二人は笑って答えた。 「ふふっ、今更何言っとるねん」 「お兄ちゃんは、とっても悪い人だよ。女の敵なの」 「お前ら……」  恭也は、ただただ苦笑するしかなかった。  ……そんないい雰囲気の中、水を差すような声が一つ。 「う゛うう〜〜 恭也さあ〜〜〜〜ん」 「……ん?」  涙交じりの拗ねた、それでいてどこか甘えたような声に軽く首を持ち上げると、フェイトが先程の位置でへたり込んだまま、 涙で顔を濡らしながらこっちを見ていた。  ……何かを訴えるかの如きその姿は、まるで犬がぺたっと両耳を伏せ、尻尾を盛んに振って飼い主の気を引こうとしている 姿を彷彿させる。  それこそ「きゅ〜〜ん」という鳴き声まで聴こえてきそうな―― 「くぅ〜ん……」 (――って、ホントに鳴いてるのかっ!?)  恭也は思わず頭を抱えた(両手が塞がってるため、あくまで比喩的に、だが)。  ……どうやら、フェイトも仲間に入れて欲しいようだ。  だが既に右手と右頬ははやての顔を抱きしめるのに、左手と胸はなのはをだきしめるので塞がっており、満員状態である。  加えて、はやては“娘”、なのはは“妹”というポジションだが、フェイトを家族とするにはいろいろ問題があり過ぎる。  もういい年頃の娘さんに、気安くスキンシップしていいものだろうか…… 「きゅ〜〜ん…………」  ……ま、いいか。  更なるフェイトの鳴き声――きっとこれは催促だ――に、恭也は内心嘆息しつつも頷いた。  こんな彼女を見ては、放ってはおけないしな……  ぶっちゃけ、哀れ過ぎて見てられん。 「……なのは、はやて。すまないが、起こしてはくれないか?」 「……え?」 「……へ?」  思いがけぬ恭也の言葉に、なのはとはやては目を丸くした。  恭也が自分達を頼るなど、珍しいこともあるものだ…… 「……実は、な? まだ本調子じゃあないんだ」  その予想通りの反応に苦笑しつつ、恭也は付け加えた。  ……どうやら、先程のタックルと打撃で少なからぬダメージを負ったらしく、満足に起き上がることすらできない。  やばいな、こりゃ…… 「「?」」  その言葉に不審を抱き、二人はあらためて恭也を“視る”。と―― 「――っ!? お、お兄ちゃん、その体どうしたの!?」 「体中包帯だらけやんっ!?」  二人は、驚いて叫んだ。  恭也の体には、魔力による治療が至る所に……それも厳重に施されている。  治癒魔法は専門外だが、それでも恭也が並大抵では無い大怪我をしていることは分かった。 「……ちと、事故にあってな。悪いが、フェイト嬢の所まで連れてってくれんか?」  どうすべきか二人は一瞬顔を見合わせるが、直ぐに恭也の両脇を支え、立ち上がらせた。  ……が、直ぐに重みに耐えかね、潰れてしまう。 「ぐはっ!?」 「にゃあっ!?」 「あいたーっ!?」  背面に続き腹側からも地に叩きつけられた恭也は、その痛み――くどいようだが未だ恭也は怪我人だ――に暫し悶絶していたが、 やがて呻く様に言った。 「……お前ら、非力すぎ。つーか、こういう時こそ魔法を使え、魔法」 「「ごめんなさい……」」  二人は面目無さそうに謝ると、変身して再度恭也の両脇を支え、再度立ち上がらせる。  何とか立ち上がった恭也は、フェイトに近づくべく一歩足を踏み出――そうとした瞬間、凄まじいプレッシャに襲われた。  ゾクッ! 「!?」  思わず、恭也は振り向いた。 「え!?」 「な、何!?」  両脇のなのはとはやても驚き、振り返る。  と、そこには――キャロが立っていた。  ……いや、正確にはだいぶ前からそこにいた。  だが目の前の一連の出来事に驚き、混乱状態に陥っていたのである。  そしてようやく現状を“理解”し、再起動を始めたという訳だ。 「あれ? この子、何処から来たの? 迷子?」 「お嬢ちゃん、パパとママは何処や?」  今までキャロの存在に気付かなかった――というよりも眼中に無かった――二人は、そう言って首を捻る。 「や、この子は――」 「……恭也さん? その女(ひと)たちは、誰ですか?」  慌てて説明しようとした恭也だったが、その言葉はキャロの質問によって中断された。  ……いや、“質問”というよりも“詰問”と言った方がいいかもしれない。  言葉こそ丁寧だが、そこに込められた怒りのオーラには凄まじいものがある。 (やべっ、放置してたんで拗ねたか!?)  だが、直ぐに違うなと首を振った。正直、恭也はこんなキャロを見たことが無い。  強いて挙げるならば、暴走して竜召喚をかました時に似ているが……いや、もっと似た例があった。  それは、はやて、なのは、フェイトの三人が、初めて“ぷっつん”して“ぼうそう”する直前の状態―― (――って、おいおい待てよ待ってくれよ。キャロはまだ7歳なんだぞ?)  この三人だって、“そう”なったのは11〜12歳の時だ。幾らなんでも…… (だがそうでないとしたら、一体これはどういうことなんだ?)  恭也は、訳が分からず困惑し切っていた。 (……恭也さん、“お兄ちゃん”“お父さん”って何ですか? わたしと同じ、天涯孤独じゃなかったんですか?)  キャロは、かんかんだった。  自分の目の前で、恭也が三人の女の人といちゃついている。  ……それも、自分を無視して、だ。  もしかして、里にいない時は、この人たちと仲良くしてたのだろうか?  自分にしてくれたように、この人たちと接していたのだろうか?  ――そう考えると、胸がとてもむかむかした。それこそ昨晩の比ではない。 (うそつきでえっちな恭也さんなんて、大っ嫌いですっ!)  恭也のことは、とてもとても大好きだ。ある意味、自分以上に、と言ってもいい。  だが、なのにそれと同じくらい今は憎らしい。思いっきり暴れたい。  キャロの理性は破壊衝動に圧され、急激に萎んでいく。そして―― 「恭也さんの……恭也さんの…………バカあーーーーッッ!!」  キャロの魔力が、開放された。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【5】 「恭也さんの……恭也さんの…………バカあーーーーッッ!!」  キャロの絶叫が響き渡った。  次の瞬間、彼女から凄まじいまでの魔力が放出される。  ……怒りのあまり精神の箍が外れ、リンカーコアが暴走を始めたのだ。  放出される魔力量は指数関数的に増大していき、その密度は高まる一方。  遂には濃縮された魔力が“滴”となり、“暴風雨”として周囲を無差別に襲う。  その暴風は触れるもの全てを切り裂き、その豪雨は触れるもの全てを穿つ。  ステーション内はたちまち地獄と化した。  本来魔力とは、それだけでは無害も同然の代物であり、凝縮加工して魔法に変換せねば効果を発現しない。  だが、それはあくまで常識範囲内での話だ。  例えばベルカ式カートリッジ内の魔力の様に、圧縮された状態(高密度下)にでもあれば、ちょっとしたことが原因で大爆発を起こす。  些か大袈裟に言えば、今回はステーション内がカートリッジと化したようなもの、魔力の充満に比例して状況は悪化する一方だった。  もし中にいたのがBランク以下の魔導師なら、瞬時に“暴風雨”に穿たれ、切り裂かれていただろう。  例えAランクであってもバリアを維持するので精一杯、時間の経過と共にジリ貧となり、やはり同様の運命を辿ったに違いない。  だが中にいた少女達は超Aランク……それもオーバーSランクという、人外を通り越して“現人神”とでも呼ぶべき存在だった。  彼女達の前では、この“暴風雨”も小雨に過ぎない。  とりあえずバリアを展開して恭也を保護すると、どうすべきかと額を寄せ合い、暢気に相談を始めた。 「……どうする? このままだと、ステーションが壊れちゃうよ?」  なのはが眉を顰めた。  “暴風雨”により内部構造は既にズタズタだが、隔壁自体は(強力な対魔法術式が編み込まれているため)今のところ耐えている。  ……だが密閉空間内である以上、魔力は充満する一方だ。そう遠くない内に限界が訪れるに違いなかった。 「う〜ん、私等は別に宇宙に放り出されてもどうってことないんやけど、お父さんおるし…… あの子も、なあ?」  膝上に乗せた恭也の頭をそっと撫でつつ、はやてが唸る。  確かにバリアを展開し続ければ、宇宙空間でも恭也を保護できる。  だが、この怪我だ。できることならステーション内の良好な環境下で寝かせてやりたい。  ……ついでにあの子供(キャロ)、発する魔力量は大したものだが運用はダメダメだ。  果たして宇宙に放り出されて無事かどうか、少々疑問だった。 「じゃあ、『このまま消耗を待つ』ってのは没だね。 ……あ、はやてちゃん? そろそろ交代なの」  そう言って、なのはは恭也の頭を自分の膝に移し変えた。  ……どうやら淑女(紳士)協定を結び、シェアしているらしい。  ちなみに恭也は、この状況を黙って受け入れている……訳では無論ない。  怪我人にも関わらずキャロを止めようとしたため、はやてとなのはに鎮静魔法を喰らって気絶しているのだ。  (意識が無いのをいいことに、やりたい放題である) 「……正直、あんな子供をどつくのは嫌やから、『消耗を待つ』ってのは魅力的なんやけどなあ〜」  「なんや、もうかいな」とぼやきつつ、はやては頭をかいた。    はやての見る所、キャロは現在の力量以上に魔力を放出している。  ……ならば、暫く待てば直にリンカーコアがオーバーヒートを起こし、昏倒するに違いない。  まあダメージ的にはどつくのと五十歩百歩かもしれないが、自分達がやるよりも余程気が楽だった。  だがキャロが力尽きるのが先か、それとも隔壁が限界に達するのが先か、実に微妙なところだ。  仮に後者の場合、それこそ手加減無用でキャロを昏倒させ、急ぎ保護する必要がある。 「お兄ちゃんのため、あの子の安全のためなの」 「仕方ない、か。 ――ほなそういう訳やから、フェイトちゃん頼んだで?」 「……え?」  なのはの膝に頭を乗せられた恭也を凝視しつつ、自分の順番を今か今かと待っていたフェイトが、驚いて顔を上げた。  すると、はやてとなのは、二人の視線とぶつかった。  ……どうやら順番待ちに没頭している間に頭越しに手を握られ、孤立してしまったらしい。  情勢の不利を悟りつつも、フェイトは抗議の声を上げる。 「なんで私が!?」 「や、だって私だとステーションごと壊しそうやし」 「私も、手加減苦手だしなあ……」  ……確かに、彼女達の言う通りだった。  この状況下では、近接して打撃により意識を刈り取るのが最良である。  が――  はやては、広域支援を本分とする後方支援型の戦闘魔導師である。  基本的に近接格闘を苦手――だからといって中近距離で弱いわけではないが――とするため、 下手したらステーションに致命的被害を与えかねない。  なのはは、中長距離攻撃を得意とする砲撃型の戦闘魔導師である。  近接格闘能力を有しているとはいえ、必要以上のダメージを与えかねない。  (全力全開を旨とするその性格上、手加減が苦手なのだ)  故に中近距離戦闘のスペシャリスト、高速機動型の戦闘魔導師であるフェイトこそが適任と言えた。  ……が、だからと言って、子供に拳を振り下ろすのがイヤなことに変わりは無い。  ことに先程の恭也の庇いようを考えれば、まして(寝ているとはいえ)その眼前で、など―― 「私だって嫌だよっ!?」  ――である(もし恭也に知られたら、自分の株が大暴落どころか、下手すれば監理ポスト入りではないか!?)。 「さっさとやらんと、腰抜けたのとっくに直っとったのに隠して鳴いてたこと、後でお父さんにチクるで?」 「鬼っ!?」 「フェイトちゃん、さっさとやるの」 「なのはまで……」  ……どうやら二人とも、是が非でも自分に押し付けるつもりのようだ(まあ常識から考えれば、適任である以上当然なのだが……)。  友情にちょっぴり疑問を抱き、フェイトは天を仰ぐ。天窓の外は、無限に広がる大宇宙―― (ああ、空(宇宙)が綺麗だな〜 あんな綺麗な世界に漂うのも、悪くないかもしれない……)  うん、そうに違いない。そうに決めた。 「――という訳で、このままあの子の消耗を待つのがいいと思います! 恭也さんの容態は、私が責任持って管理しますからっ!」 「うわ、開き直りおったで……」 「……しかも、ちゃっかり“お兄ちゃん独占宣言”までしてるの」 「ふー、ふー」  目は据り、口からは唸り声のフェイトに、はやてとなのはは若干引きつつ囁きあった。  そして暫しの密談の後、なのはが切り出した。 「……しょうがないなあ。お仕事が終わったら、特別にお兄ちゃんを二倍の時間貸してあげるよ」  ……ちなみに、割り当て時間は一回5分である。(倍なら10分だ) 「嫌!」 「ほな、三倍15分でどうや? ……おまけで、お触りだけなら自由にしていいで?」 「う゛…… い、嫌だよっ!」  一瞬心が動くも、フェイトは慌てて首を振った。  ……が、その揺らぎを二人は見逃さなかった。 「もちろん、『フェイトちゃんがやった』なんてお兄ちゃんに言わないよ?」 「あう……」 「フェイトちゃん位の腕やったら、あの子が何が起きたか気付かぬ内に意識を刈り取る、なんて楽勝やろ?  ……その後は、触りたい放題、揉みたい放題やで?」 「あうあう……」  左右に陣取り、交互に耳元で囁くなのはとはやて。  その甘言に、フェイトは陥落寸前だ。  だがその理性は、最後の所で踏み止まっていた。  搾り出す様に、拒絶する。 「い、嫌だよ……」  その返答に、なのはは「しょうがないか」とはやてを見た。  ……流石に、ここまで嫌がるフェイトに無理強いはできない、と判断したのだ。  だが、はやては「任せろ」フェイトに見えないように首を振った。  そして、口を開く。 「しゃーないなあ。じゃあ……」 「4倍5倍でも同じだよ!」 「1分ずつ、削ってくわ」 「……え?」  フェイトの目が点になった。  ……正直、意味が判らない。  それに構わず、はやてはその目の前で指を折っていく。 「14分」 「?」 「13分」 「? ……っ!」  フェイトは気付いた。  それが、「恭也貸し出し時間の減額」であるということに。 「12分、11分……ええい面倒や! 一気に――」 「うわーん!? 早いよ、はやて、早いっ!」  慌てて、フェイトは折られようとしている指に飛びつく。  これを見て、はやてはにんまりと笑った。 「ほな?」 「う……」 「10〜〜」 「わ、わかった、わかったよ! やるっ、やるからっ!?」 「ほな、10分な?」 「ううう…… こんなことなら、三倍の時点でOKすれば良かった……」 「「いってらっしゃ〜い」」  がっくり肩を落としつつ、フェイトはバリアの外に出た。  その瞬間、桃色の“暴風雨”が襲う。  ……だが彼女にとり“この程度”、バリアジャケットのフィールドだけで十分だ。 (――ブリッツアクション!)  フェイトは瞬時にキャロの死角に回り込み、魔力の篭った手刀を放つ。  手刀は、キャロのフィールド――そう呼ぶには(強度はともかく)あまりに不完全だが――を打ち破りつつ減衰していき、 その意識を刈り取るに丁度いい威力のみを残して肉体に到達した。 「!?」  キャロの体が、大きく前のめりに崩れる。  それを、フェイトは優しく支えた。 「……ごめんね」  本当にすまなそうに、フェイトは呟いた。  同時に、気付かれずに任務を達成できたことに、内心大きく胸を撫で下ろした。  ……迂闊にも、彼女は気付かなかった。  キャロのポシェットの中で、フリードがガクブルと震えていたことに。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【6】  ――“それ”は、とても柔らかくて良い匂いだった。  何もかも忘れ、思わずむしゃぶりつきたくなってしまう。  だと言うのに、何故だろう? 俺の第六感が、先程から激しい警鐘を鳴らしている。  ヤ・メ・ロ、と。  だが、この悦楽を逃すのは余りに惜しい。惜し過ぎる。  だから、ほんの少しだけ“深み”に嵌ってみた。 ……なに、味見みたいなものだ。  と、悦楽が増した。極上の美酒を飲んだ様なこの酩酊感、堪らない。  故に、もう少しだけ“深み”に嵌ってみる。更に、悦楽が増した。甘露、甘露。  “深み”に嵌れば嵌るほど、悦楽は増していく。  ……底まで堕ちれば、一体如何ほどの悦楽が得られるだろうか?  そう考えた瞬間、俺は欲望に負けた。得られる限りの悦楽を得るべく、“それ”にむしゃぶりつく。  アア、脳髄ガ痺レル…… (恭也さ〜〜ん♪)  ――――!?  今まさにむしゃぶりついた瞬間、蕩けるように甘い……だが恐ろしく聞き覚えのある声が聞こえた気がした。  その現実感が、酩酊状態の俺の精神に冷水を浴びせかける。 (……俺は、一体何をしていた?)  我に返った俺は、痺れ宙に浮いている五感を取り戻すべく、精神を集中する。  徐々に戻ってくる五感。やがて、自分が“何か”を抱きしめていることに気付いた。  ……何だ? 俺は、一体何を抱いている?  最も回復基調にあった聴覚が、その疑問に答えてくれた。 「はう〜〜 恭也さあ〜〜ん♪」  ・・・・・・・・・・・・誰カ夢ダト言ッテクレ。  気付けば、俺はフェイト嬢を押し倒し、抱きしめていた。  ……何故? 前後関係がまったく分からん。  とりあえず、俺は慌てて身を引こうと試みる。  だが里を訪れる資金を捻出するため、ここ数ヶ月程禁欲生活を強いられていた俺にとり、フェイト嬢の体はあまりに毒だった。  本能が彼女から離れることを拒絶し、抱くのを止めることができない。 (畜生、けしからんほど育ちおって!)  理性とは裏腹に、俺の腕はますます強くフェイト嬢を抱きしめ、体もまた前のめりになる。  俺の本能が、囁いた。  どうせ彼女の腕が俺の首をきっちり固定している以上、どっちにしろ体を離すことができない。  なら、このまま行くところまで行っちまえ……  それは、とても魅力的な提案だった。理性は再び曇り、俺は本能に身を任せる。   「はう〜ダメですよ…… なのはとはやてが見てます…… でも、恭也さんが『どうしても』って言うのなら……」  ビクゥッ!  な、なのはとはやてだっ――「ズキィッ!」ぐおっ!?  なのはとはやて、この二人の名を聞いた途端、俺の体に電撃の如き強い衝撃が走った。  一瞬体が大きく震え、更にその行為が怪我の痛みをも誘発する。  痛みに顔を歪めるも、この二つの刺激により、俺は再び理性を取り戻した。  横目で周囲を確認すると、はたしてそこには、剣呑な目で俺達を見るなのはとはやて―― 「「…………」」  両の拳をぎゅっと握り締め、無言で睨みつけてやがる。こ、こええ……  この恐怖に、俺の本能はひれ伏した。  肉欲を投げ捨て、生きるべく行動を開始する。 「……フェイト嬢? そろそろ気が済んだかね?」 「!? き、恭也さん!? も、もう目を覚まされたのですか?  ……そんな、まだ5分も経ってないのに(ボソッ)」  さりげなく、だが皆にも聞こえるように囁いた俺の言葉に、フェイト嬢はビクッ!と体を震わせる。  そして、夢から覚めたような表情で、恐る恐る俺の顔を覗き込んだ。 「ああ、だからそろそろ離してくれんか?」 「あうあう……」  が、半ばパニックに陥りかけつつも、フェイト嬢は俺の体を離さない。  それどころか、ますます強く抱きしめる。 「……俺が口で言ってる間に、離してくれんか?」 「う…… い、いやです……あと5分……」  俺の脅しに怯えつつも、だがフェイト嬢ははっきりと拒否した。  むう、フェイト嬢のクセに生意気な……(つーか、5分って?)  止むを得ず、俺はなのはとはやてを見た。 「すまんが、コレひっぱがしてくれ」 「「うん!(まかしといてや!)」」  俺の頼みに、二人は待ってましたとばかりに腰を上げた。  そして、フェイト嬢の両脇をがっちりと掴む。 「さ〜、フェイトちゃん? いい子だからこっち来ようなあ?」 「離してよ、はやて! こんなチャンス、滅多に無いのっ!」 「人間、あきらめが肝心だと思うの」 「うわ〜ん! なんでいつもいつも私だけこんな目にっ!?」  涙目で引きずられて行くフェイト嬢、そして何処か嬉しそうに引きずっていくなのはとはやてを見て、 俺は「何とか逃げ切った」と胸を撫で下ろした。色々、本当にヤバかった……  もしなのはとはやてがいなければ、怪我していなければ、俺は冗談抜きでフェイト嬢とことに及んでいただろう。  “身内”なんて言っておきながら、薄皮一枚剥がせばこんなもの。俺は、あいつ等を“女”として見ているのだ。  今回、無意識下ということもあり、それがあからさまに出た。思い知らされた。  おそらく、あれが“妹”なのはや“娘”はやてであっても、俺はやはり同じ行動をとっていたことだろう。  ――そう考えると、やるせなくなる。 (俺って最低だ……) 「あ、そういえばお兄ちゃん? 気絶させちゃってごめんね?」 「あの時はお父さんを守るために、仕方なかったんや」  ちょっぴり自己嫌悪に浸ってた俺に、なのはとはやてが思い出したように頭を下げた。  ……ん? そういや、俺は何で気を失っていたんだ??  記憶の糸を手繰り寄せてみる。確か――  突然、キャロが暴走して、  だから、俺が駆け寄ろうとして、  そしたら、なのはとはやてに止められて、  それでも駆け寄ろうとしたから…… (そうだっ! 二人交互に気絶するまで、スタンガンもどきの鎮圧魔法喰らったんだっ!!)  ビリッ!『……なかなか気絶しないの』  ビリッ!『まるで熊やな……もっと強度上げよか?』  ビリッ!『……でも、これ以上は殺傷レベルなの』  ビリッ!『しゃーない、気絶するまで数こなすか……』  ビリッ!『わかったよ』  ビリッ! ビリッ! ビリッ! ビリッ!………… (……よく死ななかったな、俺)  我ながら、呆れてしまう――じゃなくて、キャロだよ、キャロ!  まさか、怪我させてないよな!?  俺は、慌てて周囲を見回し、キャロを探す。 「キャロは何処だ!?」 「キャロ? ……もしかして、あの子のこと?」  首を捻りつつなのはが指し示す先に、キャロはいた。  が、キャロはバインドで三重に拘束され、気を失い倒れている。 「キャローーッ!?」  俺は叫び、慌てて立ち上がろうとした。  が、なのはに抑えられ、止められる。 「お兄ちゃん、無理しちゃダメだよ!? それに、危ないから近寄っちゃダメ!」 「なっ!?」 「あの子、自分の魔力を制御できて無いんだよ? それだけでも危険なのに、凄い力持ってるから……」 「『キチ○イにマシンガン』みたいなもんやな。身を守る手段のないお父さんが近寄るなんて、自殺行為や」 「私達がいなければ、恭也さん、殺されてましたよ?」  なのはが言いよどんだ先を、戻ってきたはやてとフェイト嬢が継いだ(どうやら、フェイト嬢も落ち着きを取り戻したらしい)。  要するに、キャロがもう一度暴走した場合、俺など一撃で殺される。だから、「近寄らせたくない」と言うのだ。  ……悔しいが、認めざるを得ないだろう。  逃げ場の無い密室空間内で“ああ”なった場合、俺は間違いなく殺される。為す術も無く殺される。  (怪我の有無など関係ない、それが俺とキャロとの間に横たわる実力の差なのだ)  だが、だからと言って「はいそうですか」と引き下がる訳にはいかない。 「キャロはそんな子じゃあない、話せば分かるさ」  俺は力強く断言した。  と、三人は顔を見合わせ、次いで胡散臭げに俺を見る。 「……何故、そんなことが分かるのです? もしかして、初対面じゃないのですか?」 「そもそも、何で名前を知っとる?」 「そういえば、ジョン・スミスさんのお話だと、ここ無人の筈だよね? ……もしかして、あの子はお兄ちゃんが連れてきたの?」  ……あれ? 何時の間にか、いつもの問い詰めパターンになってますよ?  若干の身の危険を感じつつも、俺は頷いて答えた。 「ああ、俺が連れてきた。名を高町キャロという」 「「「!?」」」  その言葉に三人は絶句し、次いで蜂の巣つついた様に騒ぎ出した。 「……やっぱり、女がいたんだ……悪い女に騙されてたんだ……おまけに子供まで…………  うわーん! 私の恭也さんが傷物にっ!?」 「毎回毎回黙って何処か行っとったんは、女に会う為かい!」 「隠し子!? 隠し子なのっ!? 不潔! 見損なったよ、お兄ちゃん!!」 「あの子は、俺の――聞けよ、話」  キッ!  「何ですか?」 「何や?」 「何なの?」 「……いえ、ナンデモアリマセン。ゴメンナサイ」  俺は説明を試みたものの三人の視線に気圧され、米搗き飛蝗のように這い蹲る。  ……ふっ、笑いたければ笑え。この恐怖、経験した者でなければ分からないさ。 「……わたし、恭也さんの隠し子なんかじゃありません」  と、背後から声が聞こえた。  振り返ると、何時の間にかキャロが目を覚まし、起き上がってこちらを見ている。 「キャロ! 大丈夫か!?」 「はい、大丈夫です。恭也さん、先程は少し取り乱してしまいました。ごめんなさい」  ぺこり  そう言って、キャロは頭を下げた。  その後、更に言葉を続ける。 「……でも、恭也さんも悪いんですよ? わたしをほったらかして、他の女の人たちといちゃいちゃするんですから」 「や、面目ない……」  正直、俺もキャロを放っていた弱みがある。そう言われては頭を下げるしかない。  ……背後の三人の視線が痛いが、まあそれはキャロからの説明があれば、納得してくれるだろう。  何せ、俺はジェントルマンだからなっ! やましいことなんか、これっぽっちもない……と思うよ?  尚もキャロのお言葉は続く。 「新婚早々、浮気なんて感心しません。以後、気をつけてください」 「……へ?」  ぷんぷんと怒るキャロに、俺は思わず聞き返した。  ……今、何て言った? 新婚? はは、まさかな……  が、キャロはそれに答えず、俺の背後の三人に向かって自己紹介を始めた。 「わたし、高町キャロといいます。そこにいる恭也さんの――妻です♪」 「「「――――ッ!!??」」」  ……その瞬間、時が止まった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【7】 <1> 「わたし、高町キャロといいます。そこにいる恭也さんの――妻です♪」 「「「――――ッ!!??」」」  ……その瞬間、時が止まった。  なのは、はやて、フェイト―― 三人共、驚きのあまり思考が停止する。  脳が、心が、思考を拒否し、キャロの言葉の意味が理解できない。  が、その現実逃避も長くは続かなかった。  少なからぬ時間を費やしたものの、脳が再起動し、三人に嫌でも“現実”を突きつける。  妻。配偶者である女性。恭也と共に道を歩む者。そして……恭也の子を、産む者。 「「「妻ーーッ!!??」」」  ――よりにもよって、この少女が!? 自分達ではなくっ!!??  このあまりに優しくない現実に、三人は絶叫を上げた。 「はい♪」  三人の反応に、キャロは満足そうに頷いた。  そして、恥ずかしながらも嬉しそうに言葉を続ける。 「えへ、あらためて言われると照れますね♪」 「な……な……」 「に、にゃあ……」 「あうあう……」  そのあまりに堂々とした態度に、三人は絶句する。  これがある程度成長――具体的には第二次性徴前半〜終えた辺り――した少女なら、デバイスを突きつけて詰問したことだろう。  これが大人の女なら、抹殺すべき対象と見做してその持てる最大の技を叩きつけていたことだろう。  ……が、こんな年端もいかぬ幼女が、など流石に想定外である。意表を突かれ、頭は真っ白、言葉も出ない。  一方のキャロは自信満々、三人を前に一歩も退かぬ……どころか押しまくっている。言いたい放題だ。 「さて、恭也さんの妻として、あなた方に聞きたいことがあります。あなた方は――恭也さんの何ですか?」  ……なんかもー、優越感丸出しである。  そこには、かつての面影を見出すことはできない。  愛とは、人をこうも変えるものなのだろうか?  キャロは、まずなのはを見た。 「あなたは誰ですか? さっき、恭也さんを“お兄ちゃん”と呼んでいましたけど?」 「あ、私、高町なのは…… お兄ちゃんの妹……」  “恭也の妻”という威光に気圧され、なのはおずおずと答えた。  それを聞き、キャロは暫し考え込む。 「……そうですか、じゃあわたしの“義妹”ですね。どうかわたしを“お義姉さん”と呼んでください」 「義妹……お義姉さん……」  次いで、キャロははやてを見る。 「次はあなたです」 「は、はいー!」  なのは同様に気圧され、はやては思わず背筋を伸ばす。 「あなたは誰ですか? さっき恭也さんを“お父さん”と呼んでいましたけど?」 「私は八神はやて…… お父さんの娘や……」 「……そうですか、じゃあわたしの“義娘”ですね。どうかわたしを“お義母さん”と呼んでください」 「義娘……お、お義母さん……」  そのあまりのダメージに、ただ呆然と呟き続ける、なのはとはやて。  そんな二人を見つつ、キャロは大きな溜息を吐いた。 「……それにしても恭也さんたら、『俺は天涯孤独だー』なんて言っておきながら、ちゃんと家族がいるじゃないですか。  それも、女の人ばっかり…… これは、後でしっかりと“お話し”しないといけませんね」  恭也がこの世界の人間でない以上、この“妹”やら“娘”も自分同様に後から家族とされたに違いない。  これ以上増やさないためにも、「しっかりと釘を刺しておかねばならない」とキャロは決意する。  そのためにも――と、キャロは最後に残ったフェイトを見た。 「さて、最後はあなたです」 「う、うう……」  やはり気圧され、フェイトは後ずさる。 「あなたは誰ですか? さっき恭也さんを“恭也さん”と呼んでいましたけど?」 「え、ええっと……」  その問いに、フェイトは口篭った。  自分は恭也さんの……何だろう? 恭也さんは、私をどう見てくれているのだろう? (恭也さん? 私は……あなたの何ですか?)  それは今までずっと知りたくて、けど怖くて一度も聞けなかった疑問。  “妹”“娘”の友人? 職業上の知り合い? 単なる顔見知り?  ……でも、それはあまりに悲しすぎる。 (せめて、“親しい友人”くらいには思っていて欲しいな……)  そこまで考え、フェイトは首を振った。  ううん、そんな弱気じゃダメ! あの人鈍過ぎるんだから、もっと積極的にならないと!  意を決し、フェイトは口を開いた。 「私は――」 「はい、時間切れです」 「あう!?」  非情なキャロの言葉に、フェイトは情けない悲鳴を上げた。  せっかく込めた勇気が、転がり落ちて消えてしまう。ああ、せっかく作ったのに…… 「答えられなかったので、“ただの顔見知り”ということにしておきます。  だからわたしのことは……“高町さん”とでも呼んでください。  あ、“高町さんの奥さん”でも可です」 「あうあう……」 「それと―― これはとても大事なことなのですが、これから恭也さんのことは“高町さん”って呼んでくださいね?  恭也さんを“恭也さん”と呼んでいいのは妻であるわたしだけなんで。  あ、あと恭也さんの半径10km以内に近寄らないでください。あなた、どうも危険な感じがします」 「私、ストーカー!?」  ……だんだん、怒りがこみ上げてきた。  何故、こんなぽっと現れた子供に、自分が今まで苦労して積み上げてきたものを壊されなければならないのだろうか。  それに“恭也の妻”という威光に圧され、あうあう言っていたが、考えて見れば直接恭也から聞いた訳でもない。  なら……直接聞くまで信じるものか!  ぷつっ  フェイトの中で、何かが切れた。 「……もん」 「? なんですか?」 「キャロちゃんみたいな子供が恭也さんの奥さんだなんて、私認めないもんっ!」  フェイトの反撃が、始まった。 <2>  ズリズリ…… 「はあ、はあ、はあ……」  キャロとフェイトの“女の戦い”が繰り広げられているまさにその時、恭也は一人その場を遠く離れていた。  目指すは緊急脱出口にある脱出ポッド。一刻も早くここ(宇宙ステーション)から離れなければ――  キャロの妻宣言を聞いた直後、恭也は逃げ出した。  ……その意味を理解してのことではない。本能が、ニゲロニゲロと訴えたのだ。  その絶叫に押され、恭也は神速を発動、誰にも気付かれぬ間に場を抜け出すことに成功する。  だが、大怪我により神速は途中で強制解除、恭也は床に叩きつけられた。  もはや立ち上がることもままならず、こうして這って進むしかない。  それでも、恭也は進む。今日を生き残るために、明日を生きるために。 「くっ! 俺としたことが迂闊だったぜ…… 高町恭也、一世一代の不覚……」  這ってる最中、恭也はあらためてキャロに対する自分の言動を反芻してみた。  その全てを思い出すことは叶わなかったが、それでも「あ〜、そりゃ勘違いもするよな〜」と納得できてしまう。  そして、鬱になった。 (……お前、子供相手にナニ口説いてやがるんだよ? 幾ら血が足りなくて朦朧としてたって、他に言いようがあるだろ!?)  おかげで俺は―― 「数日前の自分を、絞め殺したい気分だ……」  絶望のあまり、恭也は首を振った。  経験則上、今の“あいつら”に何を言っても無駄である。  「言い訳はボコってから聞く、聞いてまたボコる」に決まっているのだ。  とにかく、ここは逃げて距離と時間を置かないと――今回はマジで殺されかねない。  ようやく緊急脱出口に辿りつくと、恭也は安堵の溜息を吐いた。  ここまでくれば―― 「……どこ、行くの?」 「決まってるだろ? 逃げるんだよ。 ……こんな神魔の巣窟に、いつまでもいられるかい」 「……へえ? “神魔”って何や?」 「おいおい、有名だろ? “白い大魔王”“雷神”“夜天の冥皇”のトリプルブレイカーズのことさ。  おまけに、“竜王”の幼生体までいるからなあ……常人には危険すぎるぜ、ここ」  安心感からか、恭也は背後からの声に軽口を叩く。  ……ん? 背後からの声?  たら〜〜  恭也は恐る恐る振り返る。  はたして、そこには―― 「“白い大魔王”って、誰のこと? お兄ちゃん?」 「“夜天の冥皇”って、誰のことや? 親父?」  大魔王と冥王が、怖いくらいの笑顔を浮かべ、自分を見ていた。  (どうやらフェイトの反撃で、彼女達の精神的な呪縛も解けたらしい)  ……脱出、失敗。  チャキッ! 「お兄ちゃん? お話聞かせて?」 「具体的には、あのキャロとかいう子に関すること全部やな」  にっこり笑ってデバイスを突きつけるなのはとはやてに、恭也はただ首をカクカクと縦に振ることしかできなかった。 <3>  一方、キャロとフェイトの戦いは、未だ続いていた。  キャロは恭也の妻の地位を主張し、フェイトはそれを否定する。互いに(同レベルで)一歩も譲らない。  が、次々と投下されるキャロの爆弾発言の前に、やがてフェイトは防戦一方となっていった。 「恭也さんは子供にとても甘いから、キャロちゃんはきっと勘違いしてるだけだもん!」 「そ、そんなことありません! 恭也さんははっきりわたしにプロポーズしてくれました!  ぎゅって抱きしめてくれて『今日からキャロは俺のモノだ!』って!」 「あうっ!?」  そのあまりにも羨まし過ぎるシーンに、フェイトは大ダメージを喰らった。  ……ああ、自分も一度でいいから言われてみたい、体験してみたい。 「それで『なんで恭也さんは、わたしなんかにこんなにやさしくしてくれるのですか?』って聞いたら、 恭也さん『それはな? 俺がキャロを、世界で一番愛しているからだ』って真剣な顔で♪ きゃあ♪」 「あうっ!? あうっ!?」 (恭也さん…… 私にはいつも「騙したり」「はたいたり」「踏みつけたり」「転がしたり」して色々いぢめる癖に、 なんでこの子にはそんなに優しいんですか……?)  子供だから? でも、自分が恭也と会ったばかり……9〜10歳の時だって、そこまでしてくれなかった。  やっぱり、この子は恭也さんの――  打ちのめされ、ダウン寸前のフェイトを見て、勝利を確信したキャロは高らかに宣言した。 「わたしの勝ち、ですね! さあ、認めて下さい!」 「あうう……」 「ちょーーっと待ったあ!」 「フェイトちゃん! お待たせなのっ!」  バンッ!  そこに、なのはとはやてが大見得切って登場する。 「なのは! はやて! ……え〜と、その引き摺ってるものは、何?」  一瞬喜色を浮かべたフェイトではあったが、二人が引き摺っているものを見て、口篭った。  ……二人は、何やらズタボロの布切れを引き摺っている。 「「今回の諸悪の根源や(なの)!」」 「ああ、やっぱり……」 「き、恭也さ〜〜ん!?」  それは、ディバインバスターとシュヴァルツェ・ヴィルクングの連撃コンポ――いちおう非殺傷設定だが――を喰らい、 ズタボロになった恭也だった。  こういったことに慣れているフェイトはあちゃ〜と額を押さえ、一方初めて見るキャロは泣き叫んでかつて恭也だったモノに縋った。 「な、何て酷いことを! あなたたちは恭也さんの“妹”と“娘”じゃなかったのですか!?」  キッ!  キャロはなのはとはやてを睨み付けた。  が、二人は一向に怯まない。  呪縛が解けた、ということもある。  が、何より――それこそが、正義だったから。 「……妹だからこそ、なの」 「娘がシバかんかったら、一体誰がシバくと言うんや?」  そして、キャロを悲しそうな目で見て言った。 「可哀想になあ? キャロちゃん、騙されてたんや……」 「ごめんね、こんなお兄ちゃんで、本当にごめんね……」 「……はい?」  …………  …………  ………… 「う、嘘です! だって、恭也さんはわたしに言ってくれたんです! 『今日からキャロは俺のモノだ!』『世界で一番愛している』って!」 「そういう考え無し甘いの言葉で、いったい今まで何人の女が騙されてきたことか……」 「……考えるだけで、頭が痛いの」  なのはとはやてが話す真相を信じられず、涙目で訴えるキャロ。  それを見て、二人はそっと涙する。こんな純真な子供まで騙すなんて……  が、尚も信じられず、キャロは恭也に縋りつく。 「信じません! 恭也さん、わたし、恭也さんの妻ですよね!? お願いだからそうだと言ってくださいよ!」 「……ほら親父、本当のことキャロちゃんに言ったれや」 「うう…… キャロ、すまん…… 全ては不幸な誤解…… お前、妻、ちがう娘…………」 「そんな、そんな……」  じわっ  キャロの目が涙で滲んだ。 「キャロちゃん……」  その姿を見て、フェイトも思わず声をかける。  が、何と言ってよいか分からず、直ぐに口篭ってしまう。  ぽろぽろ……  涙を流しながら、キャロがぽつりと呟いた。 「じゃあ、じゃあ……わたしのお腹の中にいる、わたしと恭也さんの子供は……どうなるんですか?」 「「「……はい?」」」 「産まれてくる子供に、わたし、何て言ったらいいんですか……?」  ……それは、新たなる狂乱の引き金だった。  グリグリ…… 「……お兄ちゃん? 私、言ったよね? 『お話“全部”聞かせて?』って!」 「や、知らない……冤罪…………」  バスターモードからエクセリオンモードに変化したのレイジングハートで、なのはは恭也を小突く。  ……どうやら、聞かされていない話があったことに、かなりご立腹らしい。 「そ、そんなっ!? 忘れたんですか!? あの夜の山の中、半ば意識の無いわたしに力尽くで……したじゃないですか……」  キャロのその言葉に、部屋の体感温度は絶対零度にまで達した。  なのはとはやては、地獄の鬼も裸足で逃げ出しそうな形相で、恭也を睨み付ける。 「親父……そこまで堕ちたか……」 「お兄ちゃんは、一度死ぬべきだと思うの」  ガバッ! 「待て待て待て! なのは! 人間は一度死んだら終わりだぞ!?」  今まで半死半生だった恭也も、真の命の危機を前にさすがに寝ていられず、火事場の馬鹿力で起き上がって弁明する。  ……が、無駄な努力だった。いみじくも先に恭也が看破したように、「今の“あいつら”に何を言っても無駄」なのである。 「お兄ちゃんなら、塵からでも蘇りそうな気がするの」 「俺は吸血鬼かっ!? なあキャロ、冗談だよな? ちょっと意地悪してみたくなっただけだよな、な!?」 「とっても(息が)苦しかったのに…… あんなに(恭也さんの血で)血まみれになったのに……」  えぐえぐ……  かくして、再審請求は棄却された。  切羽詰まった恭也は、一人蹲って騒ぎに参加しなかったフェイトに、最後の綱とばかりに助けを求める。 「フェイト嬢! 君は……君だけは信じてくれるよな? 似た様な誤解、体験したことあるもんな!?」  と、フェイトは顔を上げ、恭也を見た。  ……そして、涙目で問い詰めた。 「恭也さん…… ロリコンなら何故、あの時私を受け入れてくれなかったんですかーー!?」 「そーきたかっ!?」 「私が12歳だったからですか!? 二桁じゃダメなんですか!?  ああ……何であと3年早く迫らなかったんだろう!? 私の馬鹿っ!?」 「とてもそんな状況じゃなかったろ!? あの時っ!!」  つーか、9歳って初めて会った歳(しかも後半だ!)である。流石に会って数ヶ月でそこまで行くのは無理だろう。  だって、あの頃のフェイトはなのは至上主義というか……ぶっちゃけ百合だったし。 「えっ!? フェイトちゃん、そんな昔にお兄ちゃんに迫ったの!?」 「泣くな、フェイトちゃん! 私なんか、9歳の時に告白して即行玉砕したんよ!? どんだけ年齢のハードル高いんや!?」 「にゃあ!? はやてちゃんまでっ!?」  フェイトに続き、はやては自分もとばかりにカミングアウトする。  混乱は混乱を呼び、状況は連鎖的に悪化していく。 「私の大事な大事なお友達を……それも二人も弄ぶなんて……悪なの! 極悪なのっ!!」  親友二人のカミングアウトに、なのははかつてないほど激怒した。  そして、エクセリオンモードのレイジングハートを構え、呟く。 「もう手遅れかもしれないけど……アリサちゃんやすずかちゃんまで巻き込まないためにも……こうするしかないのっ!!」 「ちょっ! 待っ――げえっ!?」  慌てて逃げ場を探す恭也だったが――見回して絶句する。 「……恭也さん。あの世でやり直しましょう。雷光一閃!」 「親父〜〜 響け終焉の笛、ラグナロク!」 「えぐえぐ、赤ちゃんが…… ヴォルテール……」   完全に囲まれていた。逃げ場など、無い。  恭也は、絶望の声を上げた。 「俺、絶対絶命っ!?」  …………  …………  …………  そして……光が……世界を……支配した…………