魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS 「キャロ、がんばるっ!」 その2「独白〜はやて〜」 【3】 「え……?」  初め、はやては恭也が何を言っているのかわからなかった。  恭也が自分の傍にいるということは、彼女にとってそれほどまでに「当たり前」なことだったのだ。  “夜天の書”事件解決後、八神家の面々は管理局に所属する事になった。  (保護観察処分の一環、事件の償い云々――とまあ色々とお題目を唱えているが、要は司法取引というヤツだ)  その仕事内容は、Sランクすら含む超Aランクの戦闘魔導師集団という特性を活かし、各地で起こっている抗争等の調停を行うこと。  かくして彼女達は、(少なくとも保護観察処分が解けるまでは)次元世界間を飛び回らねばならなくなったのである。  だが、ここで問題が一つ。  八神家の主たるはやては、回復基調にあるとはいえ未だ満足に歩くことができず、かつ幼少の身であった。  しかもはやて自身はむしろ被害者に近く、また管理局としても後ろめたい面が多々ある。  彼女が“自宅での保護観察処分”という事実上の放免扱いとなったのは、ある意味当然の成り行きだった。  ――とはいえヴォルケンリッターズがいなくなれば、はやては家に独りきりだ。  故に、彼女達が唯一信頼する恭也が、引き続きはやてと共に暮らし続けることとなった。  恭也は彼女達の頼みに「わかった」と頷き、以後も(多少その言動に問題があるものの)良き父、良き兄としてはやての傍に居続けた。  はやては、この生活がずっと続くと思っていた。  ……だって、かつての自分と同じく、恭也はこの世界で一人ぼっちなのだから。  しかしそれは、十分に考え導き出された結論ではなく、単なる願望に過ぎなかった。  少し付き合えば、そして考えれば、わかる筈だ。  高町恭也という男が、そう簡単に諦めたり流されたりする人物では無いということに。  はやては、それに気付かない振りを……見て見ぬ振りしていただけだ。  はやてのその行為は、半ば以上本能的なものであり、無意識の内のものであった。  ……故に、恭也が切り出した言葉は、彼女にとって青天の霹靂も同然だったのである。 「恭也さん! 遊園地いこ、遊園地っ!」  すっかり歩ける様になったはやては、その日いつものように恭也の背中へと抱きつくと、甘え声でねだった。  恭也は恭也で甘さ丸出し、ふむと頷いて一発OKする。 「ふむ、まあいいだろう」 「やたっ! ――で、どこ連れてってくれるん?」 「何処でもいいぞ?」 「ほんまっ!? ……でも、東京ネズミーランドとかやと日帰りは無理やよ?」  恐る恐る……いや、顔を覗き込む様にして訊ねるはやてに、恭也は苦笑しつつ答えた。 「かまわん、ついでに東京見物と洒落込もうではないか」  だがそのあまりの気前の良さに、はやては喜ぶよりも先に怪訝そうに眉を顰めた。  如何に甘いとはいえ、こういった要所要所の躾はしっかりやる人なのに…… 「……あの、恭也さん? もしかして偽者?」 「んなわけあるか!」 「でも、ちと気前良すぎやし」 「……ま、いい機会だからな」 「? あ、もしかして私の全快祝い?」  納得、と頷きかけたはやてに、恭也が口を挟んだ。 「――それも、ある」 「? というと?」 「実は、な? そろそろここを出ようかと思う」 「え……?」  真剣な目で告げる恭也。  だが、はやては恭也が何を言っているのかわからなかった。  ……恭也さん、そない真剣な目でどうしたん?  その意味することを、はやては考えようとする。が――  ソレイジョウ、カンガエテハイケナイ……  脳が……心が、考えることを拒絶した。  それは、自分がやっと築きつつある世界を守るための、精一杯の抵抗。  だが、所詮は儚い抵抗でしかなかった。 「今まで世話になったな、はやて。礼を言うぞ」  恭也のその一言が、はやての世界を木っ端微塵に打ち砕いた。 ――――ミッドチルダ世界首都“クラナガン”、中央転送センター。 「う…… 夢、か…… やなこと思い出したなあ……」  はやては軽く顔を顰めた。  ……どうやら気付かぬ内にうたた寝していたらしい。  ここの所睡眠不足が続いたので無理も無い話だったが、お陰で記憶の奥底に沈めた筈の、忌まわしい思い出が蘇ってしまった。  そう、あの日あの時―― 自分は、恭也に見捨てられる寸前だったのだ。  動物達は、子供が巣立つ頃になると牙を剥き、テリトリーから追い出す。  ――その光景をTVで見る度、はやてはよく思ったものだ。ああ、恭也さんそっくりだな、と。  人一倍強い保護欲からか、過剰ともいえるスキンシップで接してきてくれたのに、“時期”が来ると目もくれなくなる。  それどころか、関係を断とうとすら試みる。  それ故に「成長したら興味なし」「ロリコン」などとからかわれることもあるが、あれはそんな甘いものではないのだ。  ……あれは、もはや保護を必要としなくなった対象を、自分のテリトリーから追い出す行為。  それ以上の“関係”、すなわち対等な立場での“関係”を拒絶する行為だ。  恐らく、恭也はまだ元の世界に帰ることを諦めていないのだろう。  だからこそ、この世界で深い繋がりを作ることを恐れているのだ。  だが、人間は獣ではない。愛されれば愛したいと思うし、愛され続けたいと思う。  何より、あの温もりを忘れられる筈が無いのだ。 (さんざん可愛がっておいて、懐いたら捨てるなんてあんまりやん……)  それでもあの時は、泣いて縋って何とか捨てられずに済んだ。  けどそれは、「まだ自分が子供だったから」「帰る方法がまだ見つかっていなかったから」に過ぎない。  だが今回は――  そこまで考えた時、フェイトが戻ってきた。  ……よほど悪い知らせなのだろう。  いつも凛としている彼女が肩を落とし、すっかりしょげかえっている。 「駄目だよ、はやて……  ガリア(第6管理世界)への転送は、『ガリア側での機器のトラブル』を理由に何処も打ち切られてる。  再開の目処もたっていないって……」  フェイトは力無くそう伝えると、崩れ落ちるかの様にはやての隣に腰を下ろした。  彼女の気持ちが痛いほどわかるため、はやては余計なことを言わずに軽く頷くだけに止めた。 「そか。 ……なのはは?」 「なのはは、ネットで一番早くガリアへ着く船を調べてる。流石に航路は閉鎖されてないからね」  あれからガリアを目指した三人だったが、いくら彼女達とはいえ次元間を渡るのは容易なことではない。  いや決して不可能では無いだろうが、船を使った方が遥かに早いし効率的だ。  それ以上に、転送装置を使えば一瞬である。  (はやても次元間転移魔法を使えるが、現状ではミッドチルダや地球を初めとする幾つかの世界しか渡れない)  故にこうして転送施設へと足を運んだのだが、このざまだ。  こうやって時間を無駄に過ごしている合間にも、と考えると気が気ではない。  暫し重苦しい空気が流れる。  やがて、フェイトがぽつりと呟いた。 「艦隊による封鎖に転送停止か……。  ガリアの人たちがここまでやるなんて、よっぽどだよね。  やっぱり、ロストロギア、なのかな?」 「わからん。その可能性も、そうでない可能性も、どっちも否定できん」  情報が少なすぎる、とはやては首を振る。 「もしかして…… 恭也さん、もう帰っちゃったのかな……」 「わからん。その可能性も、そうでない可能性も、やっぱりどっちも否定できん」  再度、はやては首を振った。  仮にロストロギアだったとしても、元の世界への道を開くのは容易なことではない。むしろ、失敗の可能性の方が高いだろう。  だが万が一成功した場合、ロストロギアの発動時点で恭也は帰ってしまっている筈だ。  そして、その道は既に閉じている――維持するのに必要な魔力量を考えれば当然のこと――に違いない。  ……だから、本当は急ごうが急ぐまいが同じことなのだ。  仮に帰還に成功していたら、もう恭也はこの世界にはいないのだから。  フェイトとて、その様なことは判りきっているだろう。  だが、それでも口に出せずにはいられなかったのだ。どうして、と。 「でも、なんで私達に黙って……酷いよ…………」 「言ったら止められるから、やろ?」 「それは止めるよっ! そんなこと、当たり前じゃないっ!」  はやての言葉に、フェイトは激高して叫ぶ。  ……だが直ぐに我に返り、声を落とした。 「……でも、ね? 一生懸命お願いして、もしそれでも恭也さんが『帰りたい』って言ったら、私――」  そこから先の言葉を、フェイトは口にしなかった。  だが聞かずとも、はやてにはわかった。  多分…… おそらくフェイトは、自分もついて行くことを考えていたのだろう。 (ついていってどないするっ!?)  その甚だ甘い考えに、はやての胸に火が点った。  フェイトは、恭也が何の為に帰るかわかっているのだろうか?  家族のため? ――違う。それもあるかもしれないが、それ以上に「向こうの世界に残した『恋人達』に『返事をする』ため」だ。  あれはもう何年も昔の会話だったが、はやては今でも覚えている。 ………… ………… …………  『恭也さん? 23にもなって恋人が一人もおらんのは、やっぱりまずいと思うんよ。だから、私がなったげるわ』  ――大変ありがたい申し出だが、何故だろうな? そっちの方がよっぽど問題な気がするのだが……  『だって、私らもうディープキスまでした仲やし?』  ――ゲフォッ!? ゴホッ、ゴホッ…… あれは、だな? まあ人命救助みたいなもので……  『ちなみにあれ、私のファーストキスでした。口の中に充満する恭也さんの舌と血…… わ〜、トラウマやね♪ 責任モノや♪♪』  ――そ、それにな…… 実は、いるんだ。  『? なにが?』  ――恋人が、だ。  『……え?』  ――まあその……黙ってて悪かったが、こっちに来る直前、三人の女性から結婚を前提としたお付き合いを求められたんだ。  『三人もっ!? そ、その……受けるん?』  ――だから、すまんな…… ………… ………… …………  恭也は多くの言葉を語らなかったが、「この世界で恋人を作る気はない」とだけは断言した。  おそらく、恭也はこの三人の中から恋人を選ぶつもりだったのだろう。 ……無論、今でも。  ずるい話だ、と思う。  元の世界にいるであろう“彼女達”は、ただ「自分達よりも先に恭也と出会えた」というだけの理由で恋人候補に名を連ねたのだ。  対する自分達はと言えば、未だに子供扱い。  もう7年以上もの歳月を共に過ごしたというのに、もう何度も共に力を合わせて戦ってきたというのに、である。  ……いったい“彼女達”の何人が、自分達以上に長く濃い時間を共に過ごしたというのだろうか?  何が悲しくて、そんな見知らぬ女達に恭也の隣を譲らなければならないのだろうか? (だからお父さん、いや恭也さんと「一緒に帰る」なんて選択は下の下や!)  思わず、「目を覚ませ」とフェイトの両肩を掴みそうになる。  だが、フェイトに追い討ちをかける気は無い。はやてはギリギリの所で、それを押し止めた。 (あかん、私もかなりきとるみたいやわ……)  はやては両頬を軽く叩いた。  ……冷静に考えれば、フェイトとて完全にふんぎりがついたわけではないだろう(だからこそ、口に出せなかったのだ)。  少なくとも皆に別れを告げ、身の回りを整理した後でなければまず踏み切れまい。  何より、そんなことを許すリンディやクロノではない。きっと烈火のごとく怒り、反対する筈だ。  (「恭也と結ばれて共に」ならばまだしも、「ただ感情のままに追いかけて」など許せる筈が無いではないか……)  だから、少なくとも今はまだ無理だ。 (なのはは…… フェイトよりも更に可能性が低いやろうな)  なのはに、この世界を捨てることはできないだろう。  彼女には家族が、多くの友人達がいる。  如何に彼女の中で恭也が一頭地抜きん出た存在だろうと、他の全てを捨てさるまではできない筈だ。  大丈夫、私達の利害は一致している。 ――そう判断し、はやては大きく頷いた。  今回恭也が帰還に失敗したとしても、きっとこれからも同じことが起きるに違いない。  その際に三人のスタンスが違えば、そしてもし本当に帰れる方法が存在すれば、恭也の帰還が成功しかねないのだ  (たとえばフェイトが恭也に協力した場合、帰還阻止の難易度は途端に跳ね上がる!)  家族にこない心配かける馬鹿親父、思いっきりしばき倒してやらんと気が済まんわ!  はやては、既に自分のスタンスを決めていた。  どうせ何言ったって、泣いて縋ったって聞き入れてくれる筈が無いのだ。  なら、ならば―― 「力尽くで止める」しかないではないか。  そう、自分はもう無力な子供では無い。それを可能とするだけの“力”があるのだから。 「はやてちゃん! フェイトちゃん!」  ……何やら、なのはが勢い良く駆けてきた。  その右手で、一人の男性を引っ張っている。 「……どうしたの、なのは?」 「この人ガリア政府の職員さんなんだけど、転送装置動かしてくれるって!」  ……よく考えなくても、実に胡散臭い話だった。  普段ならば、絶対に相手にしなかっただろう。  だが切羽詰まっていたなのは、彼の話を受け入れた。  (それでも彼の身分を正式に確認したり、複数の関係者からも彼の話の裏を取る等、最低限の調査はしているが) 「ホンマ!?」 「本当ですかっ!?」  そして、はやてとフェイトも同様に受け入れた。  二人は、職員を名乗る男に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る。  すると男は、開けているのだか閉じているのだか判らない細い目で穏やかに笑いながら、恭しく一礼して肯定する。 「ええ。高貴なる方々たっての願いとあらば、喜んでご協力させて頂きます」 「でも、転送装置は壊れているんじゃあ?」 「……いえ、壊れた訳ではありません。不具合が見付かったため、大事を見て総点検を行っていただけですよ」 「じゃあ!」 「少し遠いですが、一つだけ使用可能になった施設があります。  ……尤も本来はまだ休止中なのですが、私の裁量で起動させましょう」 「ありがとうございます! ええっと――」  名前の所でつまったなのはに、男はにこやかに笑いながら名乗った。 「どうかジョン・スミスとお呼び下さい、マドモアゼル」  恭也の誤算は、よりにもよって年頃の少女達相手に、自分の家族の如く接したことだった。  物心ついた時から周囲が女性のみの環境だったが故に、そして血の繋がらぬ家族が多かったが故に、 特に抵抗もなかったのだろうが、あまりに浅はかだったと言わざるを得ない。  かつて元の世界で、やはり同様に接していた女性達が「どういった感情を持つ様になったか」ということを考えれば、 その辿り着く先は火を見るよりも明らかだろう(もっとも朴念仁の当人は、告白されるまで気付かなかったが……)。  つまるところ、現在の状況は起こるべくして起こったことであり、全ては恭也自身の自業自得だった。  だがにも関わらず、恭也は今また同じ過ちを繰り返しつつあった。  (余談ではあるが、この三年後にも恭也はやはり同じ過ちを犯すこととなる)  ……つくづく懲りない男である。