魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS 「キャロ、がんばるっ!」 その1「キャロ、がんばるっ!」 【1】  ――じゃあ、俺が拾おう。今日からキャロ嬢は俺のモノだ!  『……え?』  ――キャロ嬢は捨てられた! だから俺が拾った! 拾った以上は俺のモノっ!  『で、でもわたし……恭也さんに……』  ――ああ! 死ぬほど痛かったわいっ! だから俺の言うことを聞けっ! 具体的には俺に拾われろっ!  『でも……でも……』  ――“でも”は禁止! 落ちてるヤツに拒否権は無い! 法律でそう決まっている!  『わたし……恭也さんのモノになるのですか?』  ――ああ、俺の家族になって貰う。お互い天涯孤独の身の上だからちょうどいい、たった今からお前は高町キャロだ。  『高町、キャロ……』  うそ……信じられないよ……  目の前の夢のような現実に、わたしは耳を疑った。  だって、恭也さんがわたしを貰ってくれるだなんて……  あんなことがあって、なおわたしを貰ってくれるだなんて……  『恭也さん……なんで恭也さんは、わたしなんかにこんなにやさしくしてくれるのですか?』  わたしの問いに、恭也さんは優しく……けど真剣な目で囁いてくれた。  ――それはな? 俺がキャロを、世界で一番愛しているからだ。  『! 恭也さん……』  わたしは泣きながら恭也さんの胸に身を委ねた。  恭也さんはわたしを優しく受け入れてくれた。  ……それから数時間、わたしたちはずっと抱き合っていた。  こうして、わたしは“高町キャロ”になりました。  恭也さん、これってプロポーズの言葉と受け取っていいんですよねっ♪ ――――第6管理世界“ガリア”。アルザス地方、ルシエの里。 <1> 「〜〜♪」  ルシエの里にある族長の館……の台所。  ここでキャロは、いかにもご機嫌といった感じでフライパンを振っていた。  スライスした様々な野菜をバターでしんなりするまで炒めた後、自家製のブイヨンとトマトピューレを加えて小鍋で煮る。  軟らかくなるまで煮込むとほぼ完成だ。  後は少々の塩胡椒で味付けし、裏ごしするだけである。 「ねえ、フリード? 裏ごし器とってくれる?」  手が離せないキャロは、傍にいる筈のフリードに声をかけた。  だが返事は無い。  代わりに聞こえてくるのは、行儀の悪い咀嚼音。  ガツガツガツガツ……  フリードは、目の前の食事……というか数日振りの“焼いた”肉に一心不乱で喰いついており、まったく聞いちゃあいなかった。  ……まあ、とある失態の“罰”としてここ数日ずっと食事が生肉だったから、無理もないことかもしれない。  (※火と塩胡椒で調理した肉の味を覚えてしまった彼にとり、種族本来の食事である生肉など、もはや喰えたモノではなかった) 「……フリード?」  再度、キャロが呼ぶ。  そこに少なからぬ怒りが含まれているとはいえ、今ならまだ許されるかも知れなかった。  ガツガツガツガツ……  だが、これもまたフリードは聞き逃した。  キャロがの両肩が、怒りで震える。 「ふ、ふふふ…… 本当に悪い子ね? ちっとも反省してないみたい……」  ビクッ! 「キュクルッ!?」  突如身の危険を感じ、フリードは「何事!?」と振り返る。  と、そこには怒りのオーラを発するキャロが立っていた。 「あのね、フリード? わたし、恭也さんが『可哀想だ』って言うから許してあげただけで、本当はまだ怒ってるんだよ?  ……わからないかなあ?」 「キュ……キュクル……」 「……“あの時”ね? もう少しでわたし、恭也さんの前で大恥かくところだったんだよ?  そうなったらわたしも恭也さんもいなくなって、フリードはみなし子になってたよ?」  “あの時”のことを思い出したのか、キャロの怒りのオーラは一層膨れ上がり、破裂寸前だ。  魔力に覚醒した現在、その圧迫感は洒落にならない。  ことに竜であるフリードは魔力知覚が鋭いが故に、その波動にあてられて失神寸前である。  ……しかし、“もしも”の時はマジで心中する気だったんですか? 「……また、生肉の食事に戻る?」 「キュ、キュクル……」  (((((((( ;゚Д゚)))))))ガクガクブルブルガタガタブルガタガクガクガクガクガク  パタッ!  恐怖のあまり、フリードは五体投地の逆バージョンで倒れこみ、無防備な腹を見せた。  ……それは。今までさんざんやってきた様な「腹を撫でてもらうことを期待した親愛のポーズ」ではなく、服従の意思を示したもの。  フリードが、キャロを“母”としてだけではなく“ボス”としても認識した瞬間だった。  これを見たキャロは、一瞬「え?」という表情をする。が――  ジリリリリリリーーーーン 「あ、いけない! 急がないと!」  ベルが鳴った途端、キャロは我に返ったように怒るのを止め……というかフリードを無視し、慌てて調理を再開する。  そして調理を終えると皿に盛り、お盆に載せて恭也に届けるべく出て行ってしまった。 「キュクル……」  ……独り残されたフリードが、悲しげに鳴いた。 <2> 「う〜ん、何かが足りないと思う……」  食器や道具を洗い終えた後、キャロは不満を零した。  せっかく恭也と夫婦になったにも関わらず、自分の仕事は今までとまったく変わらない、増えないでいる。 「……わたしたち新婚なんだから、何か『ぱぁぁ〜〜♪』っていうような、『これぞ妻!』っていうような仕事がしたいなあ」 「キュクル?」  それを聞き、フリードは首を捻った。  彼の認識では、キャロと恭也はとうの昔から“つがい”である。  故に、「今更何言ってんだ?」だ。  ……確かにその認識も無理はない。キャロはもう何年も前から、恭也の身の回りの世話をしているのだから。  よく主婦の仕事を「さしすせそ」などとというが――  「さ(裁縫)」恭也の衣服のほつれは無論のこと、小屋の布製品の大半を作ったのも、  「し(躾け)」恭也が拾ってきたフリードを卵からここまで育ててきたのも、  「す(炊事)」恭也の日々の食事の大半を作っているのも、  「せ(洗濯)」恭也の衣服の洗濯も、  「そ(掃除)」恭也の小屋の掃除も、  ――全て、キャロだ。まだ幼い内から恭也の役に立ちたい一心で修練し、僅か7歳でここまでできる様になったのだから、 大したもの……というより瞠目すべきことだろう(幾ら魔力チートによる諸々の底上げがあるとはいえ、相当な努力があった筈だ)。  だが、キャロはこれに満足していなかった。  せっかく本当の家族(妻)になったのだから、もっと役に立てる様になりたかった。心の沸き立つような目新しい仕事がしたかったのだ。  ……何か、ないだろうか? 「キュクルー」 「! そう、それだよフリード!」  フリードの言葉に、キャロは主婦……いや妻の一番大切な“仕事”を思い出した。  妻最大の仕事―― それは“子供を産むこと”。 「恭也さんとわたしの子供かあ……」  ふにゃあ〜  妄想するキャロの表情が、思いっきり緩んだ。  「え、えへへ……」「――はわたし似ですけど、目もとなんか恭也さんそっくりですよ?」などと呟きつつ、体をくねらせている。 「キュ、キュクル……?」  その姿に目を丸くしながらも、フリードは「自分は?」とおずおずと訊ねた。 「? あ、うん、わかってる、わかってるよ? フリードだってわたしと恭也さんの子供だもんね? でも――えへへへへ♪」 「キュ、キュクル〜〜」  顔中真っ赤にしながらふにゃふにゃと笑うキャロを見て、フリードは号泣する。  自分はいらない子なんだ……きっと橋の下で拾われた子なんだ…… 「もう! 泣かないの……フリードだってもう直ぐお兄ちゃんになるんだから!」 「キュクル?」  フリードが、顔を上げた。  “お兄ちゃん”――なんと素敵な響きなのだろうか!  そんな彼に、キャロは聞く。 「フリードは弟と妹、どっちがいい? わたしは恭也さん似の男の子がいいなあ〜」 「キュクルー」 「え? わたし似の妹が欲しい? う〜ん、じゃあ両方産もうか?」 「キュクル!」  賛成!とばかりにフリードは鳴く。  ここに二人の意見は一致した。 「わたし、がんばるよ! ……でも」 「キュクル?」 「ねえ、フリード? 子供って……どうやって作るの?」 「キュ……キュクル……」  二人ははたと考え込んだ。  ……何か、野望は初っ端から頓挫した感じである。 「う〜ん、フリードを育てたから、子育てには結構自信があるんだけど……」  キャロは考える。  ……やはり結婚したら、二人で神さまに報告するのだろうか?  でも……報告って、具体的にはどうするんだろう? 「そういえば、結婚してないのに子供が産まれた女(ひと)、いたよね?」  ……あの時は里中大騒ぎだった。  結局、それから直ぐに産まれてくる子供のお父さんと結婚したけど……神さまが早とちりしたのかな?  でも、そんな大切なことを神さまが間違えるかな?  二人とも凄く怒られたみたいだし……もしかして、待ちきれなくて報告しちゃったとか? うん、きっとそうにちがいない。  キャロは、大きく頷いた。 「問題はどうやって報告するかだよね……」  夫婦になって初めてすること――う〜ん。 「! わかった、わかったよ、フリード!」 「キュクル?」 「キスだよ! キスすると子供ができるんだよっ!」  結婚式の時、“誓いの印”って言ってキスするもんね! きっとそうだよ!  キャロは、目を輝かせて断言する。  ……ちなみにル・ルシエの民は保守的であり、人前でキスなんぞしない。  故にキスする=夫婦という位置づけは、彼女にとっては全く矛盾しないものであった。  (おそらく、ル・ルシエの多くの少年少女にとっても同様だろう) 「恭也さんが治ったら、さっそくキスしてもらおう♪」 「キュ? キュクル……?」  が、それを聞いたフリードは何やら奇妙な顔で、首を捻りながら何かを知らせる様に鳴いた。  それを聞いたキャロは、暫し呆然として……やがてぽつりと呟いた。 「え……? もう、した? わたしと……恭也さんが?」 「キュクルー」  フリードは、数日前の夜のこと(※『〜とある30男と竜の巫女〜』【8】参照)を思い出しながら鳴いた。  凄かった、と。  どうやらあの時、半ば気絶した状態ながらも、他の召喚された竜に釣られてふらふらと呼び寄せられたらしい。  そんな状態でもキャロと恭也の行為はしっかりと覚えているのだから、余程迫力ある光景だったのだろう。  だがキャロにとっては寝耳に水の出来事である。え?え?と記憶をひっくり返すも出てこない。  仕方がないのでフリードとリンクし、その記憶を覗き込む。  すると、そこには恭也に力尽くで抱きかかえられ、無理矢理キスされている自分の姿が―― 「あ……」  その瞬間、当時の感覚が蘇ってきた。  口の中に突如進入してきた異物。 ――あれは、きっと恭也の舌に違いない。  口の中に充満する、恭也の血。  何故か奪われていく空気…… 「あ゛…… あ゛……」  キャロの顔が、かつて無いほど真っ赤になる。  心臓はバクバクと早鐘の様に鼓動し、体温は急上昇。ショックで頭も沸騰寸前だ。  そして…… 「うわ〜んっ!? 恭也さん、女の子に無理矢理そんなことしちゃいけないんだよ〜〜!?」  ……そう叫ぶと、う〜んと失神してしまった。 「キュクル〜〜!?」  …………  …………  …………  暫ししてキャロが目を覚ますと、フリードが心配そうに覗き込んでいた。 「キュクル……」 「うん…… もう大丈夫だよ、フリード」 「キュクル!」  力なく笑うキャロを見て、フリードが鋭く鳴いた。  そして、何処かへ向かおうとする。  だが、それをキャロは慌てて止めた。 「駄目だよ! わたし、別に怒ってなんかないから。 ……ただ、少し驚いただけ」  そう言って、キャロは自分の唇に手を当て、撫でる。  キスって唇を合わせるだけだと思ってたけど、本当はあんなに凄いものだったんだ……  それに、もうひとつ―― 「好きじゃなきゃ、キスなんてしないよね……」  キャロは実に嬉しそうに笑う。  あれは、きっと恭也なりの求愛だったに違いない。  ……でも、強引ですよ? 恭也さん?  あんなにしっかりキスした以上、きっと子供が産まれるだろう。  順序は逆になってしまったけど……もうわたしたち夫婦だし、いいよね? よ〜し!  キャロは気合を入れて立ち上がる。  そして両の拳を握り締め、力強く宣言した。 「うん! わたし、がんばって恭也さんの子供を産むよっ!」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【2】 <1、族長の館>  昼食の片付けを終えて自室に戻ると、キャロはTVの前にちょこんと正座し、スイッチを入れた。  そして映し出される映像を、何やら真剣な表情で見入っている。 ……一体、何を見ているのだろう?  『――こうして陣痛が始まり、〜〜さんは手術室へと入室しました。いよいよ出産です』 「ゴクリ……」 「キュクル……」  ……どうやら、出産ドキュメントのようだ。  他人事では無い(?)分、移入感も半端ではない。キャロは手に汗を握り、画面を見る。  が、次に映し出されたのは、看護婦さんに抱かれた赤ちゃんの姿だった。  『――こうして、かわいい赤ちゃんが誕生しました』 「あ、あれえ?」 「キュクル?」  肝心の場面をカットされ、キャロは目を丸くした。  ……なんですか、それ?  思わず立ち上がり、TVを揺する。  ゆさゆさ…… 「う〜〜、意地悪しないで何があったのか見せて下さいよう!  わたしにだって、心の準備とゆーものがあるんですから!」  ……実はコレ、出産ドキュメントではなく、番組内のコーナーで新婚生活を扱っただけの代物である。  (当然、出産などその更に一コマに過ぎない)  ぶっちゃけ、出産ドキュメントなぞそうそう都合よくやっている筈も無い。  これとて何日もTV欄を探し続け、ようやく見つけたものだった。  にも関わらずこの有様である。内心、キャロはかなり焦っていた。  『……なお、この間の光景はお茶の間に流すには問題があるため、申し訳ありませんがカットさせて頂きました』 「はうっ!? どれだけすぷらったーな光景が!?」  キャロの脳裏に、まるで某エイリアンの如く、妊婦のお腹を突き破って出てくる“卵”の姿が浮かんだ。  決意が大きく揺らぐ。  ……そこに、トドメの一撃。  『――赤ちゃんの出生時の平均体重はおよそ3000g、生後1年で3倍になります』 「3000g……」  キャロはその数字に顔を強張らせながら、隣に座っているフリードを見た。 「キュクル?」 「え〜と、フリードが卵の時の大きさが確かこれ位でだから、3000gだと――」  ……3000gという数字は、産まれたばかりのフリードよりもずっと大きい。  キャロはまず両手でフリードの卵の大きさを表現し、ついで想像する人間の卵の大きさを表現する。  そして、自分のお腹と見比べた。 「…………」 (……死ぬかもしれない)  物理的に収納不可能としか思えなかった。  恐怖のあまり、思わず失神しそうになってしまう。  だが既にお腹の中に子供がいる以上、否が応もない。  キャロは両の拳を握り締めた。  生まれてくる自分達の子供のためにも、がんばらなくてはっ!  ……何より、恭也が自分の為に命を賭けてくれたように、自分も命をもって恭也に応えるのは当然のことだろう。  たとえそれが、最初で最後の恩返しになったとしても。 「恭也さん…… 妻への道、母への道って厳しいんですね……」 「キュクル〜」  心配そうに自分を見上げるフリードの頭を、キャロは優しく撫でた。 「……大丈夫だよ、フリード。わたし、命に変えても恭也さんの子供産むから」 「キュクルッ!?」 「フリード…… わたしにもしものことがあったら、恭也さんや産まれてくる弟妹たちのこと、よろしくね?」 「キュクルーーッ!」  フリードは感極まってキャロの胸めがけて飛び込んだ。が…… 「あっ、そういえば恭也さんに呼ばれてるんだった。もうそろそろ、かな?」  くるっ  べちゃっ!  キャロが急に体の向きを変えたため、フリードは目測を誤って壁に激突した。 「キュ、キュクル……」 「じゃあフリード、いい子でお留守番しててね?」  恭也のことで頭が一杯なのか、キャロは哀れっぽい声を上げるフリードに気付きもしない。  振り返りもせずに一声かけると、小走りに部屋を出て行ってしまった。 「キュ、キュクル〜〜〜〜」  床に転がったフリードは、かつてあんなに優しかった母(キャロ)の変わり様に、滝の様な涙を流した。  ちくしょう、グレてやる……  だが部屋を伺う人影に気付き、「戻ってきてくれたの!?」と目を輝かせてドアの外を見る。  ……次の瞬間、フリードの目が点になった。  立っていたのは、メガネを怪しく光らせる一人の少女―― 「キュ、キュクルーーッ!?」  そのあまりの不気味さに、フリードは思わず悲鳴を上げた。 <2、恭也の小屋>  ――その夜、キャロは里外れにある恭也の小屋にいた。 「……本当に、こんなことで良かったのか?」 「はい、この家で恭也さんと夜を過ごすの、わたしの夢でしたから」  もう何度目か判らない恭也の問いに、だがキャロは嫌な顔一つせずにっこりと笑って答える。  勿論、それは紛う方なき彼女の本音であった。  ムッシュ・デュランや族長との会談を終えた後、恭也はキャロに告げた。  自分達は夜明けにはここを発たねばならない、と。  その上で問うたのだ。何か、最後にしたいことはないか、と。  それを聞いた時、キャロの頭の中では「何をしてもらおうか?」と妄想の山が築かれた。  (※きっとその内容を恭也が知れば、天を仰いで涙したことだろう)  そして最終的に残ったのは、“ここ”でしか……そして“今”でしかできないこと。  即ち、「“憧れていた恭也の小さな家”で“初夜”を過ごす」ことだった。  ……無論、恭也がンなことに気付く筈も無い。  ただこんな狭苦しい小屋で最後の夜を明かすキャロを、哀れに思うだけだった。 「キュクル!」  突然、二人の会話にフリードが割り込んできた。  ……どうやら、自分の名が出てこないことがご不満らしい。  キャロが、慌てて謝る。 「あ、ごめんなさい。もちろんフリードともだよ。 ……知ってるでしょう?」 「キュクル〜〜」 「うん、三人で一緒にお泊りするのが夢だったの♪」  機嫌を直し、キャロにじゃれつくフリード。  ……そんな彼に、キャロはそっと囁いた。 「(……でもね、フリード? 今わたしと恭也さんは、一生に一度しかない“初夜”を過ごしているの。   これ以上邪魔したら――わかってるよね?)」 (((( ;゚Д゚)))「(コク、コク)」 「(じゃ、わたしこれから恭也さんの所へ行くけど、『何があっても』いい子で寝てるんだよ?)」 (((((((( ;゚Д゚)))))))「(コク、コク、コク、コク)」  フリードが何度も頷くのを確認すると、キャロは再度恭也の元へと近づいていく。  幾つかの会話の後、恭也はキャロを優しく抱きしめ、自分の布団へと招き入れた。  ……それを横目に、フリードは泣きながら丸くなった。  父さんと母さんの、バカ…………  …………  …………  ………… 「う〜ん」  深夜、キャロは酷く不愉快な夢で目を覚ました。  それは、恭也が「自分と大して歳の変わらない黒髪のメイド少女」と仲良く寄り添い、話している夢。  ……何故だろう? 胸がむかむかする。何だか思いっきり暴れたい気分である。  こんな気分、初めてだ。その不思議な感情に戸惑いつつ、キャロは呟いた。 「恭也さんに抱きしめられながら寝たのに、なんであんな嫌な夢みたんだろう……って恭也さんはっ!?」  見ると、何時の間にか恭也がいなくなっていた。  キャロは慌てて恭也を捜し求める。と、突然その脳裏に、恭也が外で剣を振るう姿が浮かび上がった。  それを不思議に思う余裕も無く、キャロは外に飛び出した。  ギイ……  はたして、恭也は外に居た。浮かんだイメージ通り、黙々と剣を振るっている。  だが、その後ろ姿は……背中は、あまりに寂しそうだった。  まるで歯を食いしばって泣いているかの様にすら、見える。  その光景にキャロは一瞬声をかけるのを躊躇するが、結局声をかけることにした。  ……だって、恭也が心配だったから。 (こんな恭也さん、見たことない……) 「……恭也さん? 何してるのですか?」 「久し振りに、剣を振るっていたんだ」 「まだ、怪我が治っていないのに……」  そう。急に発つことになったため包帯を大幅に緩めたものの、本来ならば未だ包帯をきつく締め、寝ていなければならない体なのだ。  そのことを思い出し、キャロは少し眉を顰めた。 (本当に、自分のことに無頓着なんだから……) 「なに、ほんのお遊びみたいなものさ。キャロこそ、どうした? トイレか?」 「いえ、恭也さんがいなくなったことに気付いて……でも直ぐに外にいることに気付いて、見に来ました」 「ふむ、それは心配させたな? では、もうこれくらいにしておくとしよう」  恭也は笑って剣を鞘に納めると、キャロの傍まで歩く。  が、キャロが心配そうな顔で自分を見ていることに気付き、歩みを止めた。 「……どうした?」 「いえ、気のせいかもしれませんけど……」  キャロは口篭る。 「?」 「恭也さん、泣いてる様な気がして…… 背中しか見えないのに変ですよね……」  それを聞き、恭也は何故か嘆息した。  そして階段に腰を下ろし、キャロにも勧めると、ゆっくりと口を開いた。 「少し、長くなるけど……な?」  …………  …………  ………… 「そう、ですか……」 「ああ、キャロも俺の家族になるんだからな。知っておいた方がいいだろう」 「…………」  初めて聞く恭也の身の上に、キャロは呆然としていた。  異世界。ここではない何処かから来た迷い子。  この広い広い世界で、独りぼっち。  ――なのに何故、こんなにも自信満々でいられるのだろう? (恭也さんは、わたしと同じだけどちがう。とてもとても強い人だ)  にへら……  自分の旦那様の凄さを再確認し、一瞬キャロの表情が緩む。  だが、直ぐに気付いた。気付いてしまった。 (でも…… だとしたら…………) 「じゃあ、もしかえる帰る方法が見つかったら――」 「ああ、何としても帰る」 「!?」  恐れていた答えに、キャロはビクッと震えた。  思わず涙目になり、恭也を見る。 「じゃあ、じゃあ、わたしは……」 「だが、あと5年は帰らない。絶対に」 「?」 「ル・ルシエの民は、12歳で成人の儀を行うのだろう?  だからキャロが成人……12歳になるまで、待つ。  その時、お前に問おう『一緒に来るか、来ないか』を」  む〜 (……恭也さん、なんでそこで「黙って俺についてこい」って言ってくれないのですか?)  恭也の心遣いは涙が出る程うれしかったが、同時に不満でもあった。  夫婦になったというのに、恭也は未だに自分を子供扱いしている。真綿で包むように接している。 (恭也さん? わたし、キスの時みたいに強引なのも嫌いじゃないですよ?) 「もしキャロが俺と一緒に来ることを望んだならば、何としても連れて帰ろう。  逆にこの世界に留まることを望んだならば、その時は笑って俺を送り出してくれ」 「恭也……さん……」 「約束、だ」  ……せっかくの恭也の言葉だったが、保守的なル・ルシエで育ったキャロに離婚という概念は無い。  夫婦とは、死が二人を分かつまでずっと一緒にいるもの――それが彼女の“常識”だった。  故に、答えは端から決まっている。 「はい…… わたし、絶対について行きます……」 「今は、それでいい」  恭也は頷くと、泣きながら抱きつくキャロを優しくあやした。  ……自分とキャロ、互いの勘違いにまったく気付かずに。 <3、ルシエ自治領上空>  翌朝、一行は境界近くに待機していた輸送機に乗り込んだ。  席に着くと、機は直ちに上昇を開始する。 「キャロ、里が見えるぞ?」 「あ、本当です」  恭也の言葉にキャロが窓を覗き込むと、そこからは生まれ7年間過ごしてきた里が見下ろせた。  あの大きいのが族長様の家、あそこがいつも恭也さんを待ってた丘、そしてあそこが恭也さんの家。  でも…… 「わたし、里はとても広いって思ってたんですけど…… こうして見ると、ずいぶん小さかったんですね」 「そうだな。キャロ、これで永久の別れだ。お別れしなさい」 「はい」  キャロは頷き、言われた通りに窓の外に向かって頭を下げた。  とはいえ、正直なところ里には何の思い入れも無い。  別に嫌いではないが、かと言って好きという訳でもなかった。  ……もしかしたら、自分はどこかおかしいのだろうか?  ああ、でも一つ……一つだけ―― 「……さようなら、ルシエの里。今までありがとう」 (恭也さんに会わせてくれて、ありがとう……)  キャロは、心の底からの感謝を里に送った。  …………  …………  …………  垂直上昇を終えると、輸送機は水平飛行に入る。  その加速は凄まじく、あっと言う間に里は見えなくなってしまった。  ぽろ……  里が完全に見えなくなると、キャロの目から涙が零れてきた。 「……あれ?」 (……なんで? どうして?)  この不思議な現象にキャロは戸惑うが、涙は止まらずにどんどんと零れ落ちていく。  ぽろぽろ…… ぽろぽろ……  これを見た恭也が、キャロの頭に優しく手を載せた。 「……泣きたいだけ泣くといい。『故郷を失う』ということは、とても悲しいことなんだ。何ら恥じることは無い」  ――が、だというのに涙は止まらない。  せっかく恭也さんが慰めてくれているのに。  せっかく恭也さんが頭を撫でてくれているのに。  キャロは、言うことを聞かない自分の体が腹立たしくなった。 「わたし、別に里のことが好きじゃありませんでした。 ……もちろん、嫌いでもないですけど」 「ああ」 「昨晩も言いましたけど、里でのわたしは、夢の世界の住人だったんです」 「ああ」 「唯一、恭也さんがいてくれる時だけが、わたしにとっての現実だったんですよ?  ずっと思ってたんです、『恭也さんと家族だったらなあ』って」 「ああ」 「それがかなったんですよ? これからずっと一緒なんですよ? 悲しい訳、ないじゃないですか……」 「……その代わり、キャロは故郷を失った」  黙って相槌を打っていた恭也が、指摘した。  と、キャロはぷいっと横を向く。  ……どうやら、ご機嫌を損ねた様だ。 「別に、好きでも嫌いでもありません……」 「……それでも、キャロの故郷だったんだ。生まれてから、ずっと過ごしてきた、な?」 「…………」 「キャロは、本当は里が大好きだったんだよ」 「……うそ、です」 「いいや、本当のことだ。 ……だって、ここまで酷い仕打ちを受けたのに、キャロは里を恨んでいない」 「どうでもいいだけです……」  そう言って「これ以上この話をしたくない」とばかりに沈黙するキャロを見て、恭也は軽く目を瞑った。 (つらいよなあ……)  族長から聞かされたキャロ出生の秘密を、恭也は墓場までもって行かねばならない。  が、族長の想いを考えると、今のキャロを見ると、つらくてつらくて堪らなかった。  畜生、こんな不条理が許されていいのかよ……  ぎりっ!  感情が高ぶり、恭也は奥歯を強く噛み締める。  ……結局、自分は何一つ解決できなかった。  キャロを本当の家族に会わせてやることも、族長(祖父)にキャロ(孫娘)を抱かせてやることも、何一つ……  ただ、逃げ出しただけ。挙句、キャロを偽りの家族で騙し、族長からキャロを取り上げた。  ――そう考えると、正直やりきれない。  自分が愚かな道化に過ぎぬことなど、とうに気付いている。  だから、ヒーローになれるだなんて思っちゃいない。自惚れては居ない。  ……それでも、思うのだ。  本当にこれで良かったのか、と。  もっとうまくできたのではないか、と。 (この胸の疼きは、おそらく一生癒えることが無いだろうな……)  けれど、それがキャロを騙し続ける代償だとしたら、受け入れざるを得ないだろう。  恭也は、内心大きく嘆息した。