魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS 「とある30男と竜の巫女」 エピローグ「旅立ち」 【13】 <1> 「……では、やはり無理ですか?」 「申し訳ありませんが、そればかりはどうにもなりませぬ」  ムッシュ・デュランとの会談後、部屋を訪れた族長に俺は改めてキャロを貰い受ける旨伝えた。  その時、族長が『里を救った礼をしたい』と申し出たので、これ幸いとキャロの追放を解くように頼んだのだが……  結果は上の通り、あっさり拒絶されてしまった。  それでも俺は喰い下がる。 「誓って、もう里には訪れないし近付きもしません。  ただ、キャロにルシエの姓だけは残してやりたいのです。  お前は仕方なく追放されたんだ、と言ってやりたいだけなのです」 「そのお心遣いには感謝しますが、やはりできません。  如何なる理由があろうと追放は追放、できぬものはできぬのです」 「…………」  居住まいを正して言う族長に、俺はそれ以上何も言うことが出来なかった。  何を言われようと決して考えを翻さないであろう固い意志が、はっきりと伺えたからだ。  ……何故、ここまでキャロに厳しいのだろう?  望んで追放するのではないというのなら、哀れに思うというのなら、せめて最後に優しい言葉の一つや二つ、いいではないか……  ――あの子は、まだ7歳だぞ?  俺の内部に疑問と反発が湧き上がる。同時に改めて痛感した。ああ、やはりあの子は俺が守らねば――  とはいえ、やはり族長もキャロを着の身着のまま追い出すつもりは無いらしい。ベット脇の机に預金カードと皮袋を置き、言った。 「これは、あの子の養育費とお礼です。どうか、お納め下さい」 「……せっかくのお言葉ですが、治療だけでも少なからぬ金を使った筈、これ以上は無用です」  せっかくの心遣いだが俺は断る。  礼ならば既にキャロを貰っている。金の為に戦った訳ではない以上、それで十分だ。  加えて、少なからぬ反発もある。  何が養育費だ。そんなものがいらない。キャロは俺が育てるのだ、と。 「…………」  族長は俺の言葉を黙って聞き、返答の代わりに皮袋を開けた。  中には、大きな宝玉の原石。  未だ磨かれていないにも関わらず、紅く……吸い込まれそうなほど紅く澄んでいる。  ……いったい、磨けば如何程のものとなるのだろう?  こういったものにさしたる興味の無い俺ですら、思わず目を奪われてしまう。 「こ、これは……?」 「わが家に代々伝わるものです。 ……なんでも、カール大帝が天下をとられて一時“帰郷”されたおり、授かったものとか」 「!?」  その言葉に俺は我が耳を疑うと同時に納得した。  やはり、“あの話”は本当だったのか、と。  だからこそ、カペーは狂ったのか、と。 「どうか、お納め下さい」 「!? 貰えませんよ、そんなものっ!?」  俺は慌てて手を振り、首を振った。  ……族長、こんなトンでもないもの幾らなんでも貰えませんよ。  モノだけでも凄いのに、そこまで由緒正しいものとなると――もしかしなくても国宝級?  返答を聞いた族長は、だが深々と頭を下げた。 「いえ、どうかこれを貰って下さい。  どうせ私が死ねば、わが家は絶える。  ならば、あの子が……キャロがいる家にお渡しすべきだ」 「!? まさか、キャロは族長の――」 「……キャロは、私の一人娘の忘れ形見です」  族長はそれ以上何も言わなかったが、その両の手は拳を握り締め、震えていた。  俺は、何故族長がキャロに冷たかったのかやっと理解した。  祖父だからこそ、何より族長だからこそ―― 「どうかこの爺の最後の願い、聞いては頂けぬでしょうか?」  ……その言葉に、俺は黙って頷いた。  族長の心が、痛いほどわかったからだ。  外には、何時しか雨が降っていた。 <2> 「……本当に、こんなことで良かったのか?」  尚も聞く俺に、キャロは大きく頷いた。 「はい! この家で恭也さんと夜を過ごすの、わたしの夢でしたから」 「キュクル!」  会話に、フリードが割り込んできた。  ……どうやら、自分の名が出てこないことがご不満らしい。  キャロが、慌てて謝る。 「あ、ごめんなさい。もちろんフリードともだよ。知ってるでしょう?」 「キュクル〜〜」 「うん、三人で一緒にお泊りするのが夢だったの♪」  機嫌を直し、キャロにじゃれつくフリード。  フリードを抱き寄せ、無邪気に笑うキャロ。  その光景を、俺は複雑な思いで眺めていた。  ここは里外れにある、俺の家。  この四畳半程の狭苦しい小屋で、俺達は最後の夜を過ごしていた。  ムッシュ・デュランとの約定に従い、俺は……いや俺達は夜明けにはここを発たねばならなかった。  ……そして追放された身である以上、もう二度とこの地に足を踏み入れることは許されない。  だから、俺はキャロに聞いたのだ。何か最後にしたいことはないか、と。  暫し考え末のキャロの願いは、なんと最後の夜を俺の家で過ごすことだった  あまりにささやかかつ意外な願いに面くらい、遠慮は無用と何度か聞き返した程だ。  ――キャロ、本当にいいのか……  俺は、尚もじゃれ合う二人を見つつ、胸がいっぱいになった。  ……本当に、他にやりたいことはないのだろうか?  会いたい人はいないのか?  言いたいこと、伝えたいことは無いのか?  だって、こんな四畳半の狭苦しい小屋で最後の夜を明かすなんて、あまりに寂しすぎるじゃないか…… 「夢、みたいです……」  突然、キャロがぽつりと呟いた。 「……え?」  思わず、俺は聞き返す。 「わたし、恭也さんが本当の家族だったらいいのにって、ずっとずっと思っていたんですよ?」  そう言って、キャロは自分の夢を語りだした。  それは、この小さな家で俺と自分とフリードの三人で暮らすという、実にささやかな……だがたった一つの夢。  俺がいない時、毎日の様に夜ベットで夢見てた、とキャロは言う。 「――だから、わたしにとっては夜寝ている時に見る夢こそが“現実”で、朝起きている時の現実は“夢”に過ぎませんでした」 「…………」 「だから、心配しないで下さい。“夢”から覚めるだけですから……」 「……本当か?」 「はい。里から出るのは不安ですけど、恭也さんと一緒なら大丈夫です」  だがその声は、体は震えていた。  ……やはり、不安なのだ。怖くてたまらないのだ。  俺という存在が、キャロの心をかろうじて踏みとどまらせているに過ぎない。  それに気付いた俺は、かつてはやてによくやったように、キャロを優しく自分の布団に招き入れた。 「あ……」  キャロは一瞬おどろいたものの、直ぐに俺にしがみ付く。  そんなキャロの背中を、俺は優しく撫でてやった。 「今夜は一緒に寝よう。 ……おやすみ、キャロ。いい夢を」 「はい…… 恭也さん、おやすみなさい……」 「寝た、か……」  穏やかな寝息を立てて眠るキャロを見て、俺は一人呟いた。  自分の腕の中で眠る小さな少女……本当に、こんな状況久し振りだ。  最後にはやてと寝たのはいつだっけ、などと思わず考えてしまう。  ――そういえば、族長はキャロを抱いたことがあるのだろうか?  ふと思い、だが直ぐに首を振った。  少なくとも、キャロが物心ついてからは無いだろう。それ以前も、果たして何度抱いたことやら……  実の、それもたった一人の孫だ、抱きたくない筈が無い。だが、それでも抱く訳にはいかなかったのだ。  族長であるが故に、自らを厳しく律せねばならない。掟を守らねばならない。  キャロが実の孫だからこそ、誰よりも厳しくならねばならなかったのだ。  それを考えると、たまらなくなる。  畜生、だから俺は偉くなんかなりたくないんだ……  俺は、しがらみを作りたくないが故に出世を忌避していた。  だが、何も理由はそれだけではない。  俺は、元から出世が……責任ある地位、他人を命令できる地位に就くことが嫌で嫌で仕方がなかったのだ。  恐れていた、と言っても良い。  その恐れていた光景を、今日二つも見た。  孫を愛しつつも、一族の長であるが故に愛せなかった祖父(族長)。  その立場から、父を殺した相手に頭を下げた息子(ムッシュ・デュラン)。  嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ……  俺は人に死ねと命じることも、切り捨てることもしたくない。  ましてや家族をなど…… 家族とは、命を賭けて守るべきものではないか。 「ううん……」 「!?」  キャロの苦しそうな声に、俺は慌てて腕の力を緩めた。  ……どうやら、知らず知らずの内に抱く力を強めていたらしい。  嘆息する。俺はまだまだ未熟だ…… 《(……また、悩み事ですか?)》  突然、頭の中にノエルの声が響いた。  朝聞いたばかりだと言うのに、無性に懐かしい。 「(ノエルか。怒っていたのではなかったのか?)」 《(ええ、怒ってますよ。盛大に。 ……ですが、頭は冷えました)》  朝とは異なる響きに訊ねると、ノエルはどこか恥ずかしげに答えた。 「(というと?)」 《(……管制プログラムの癖に、頭に血が上って魔力残量すら把握せずに喚いてたのですよ?   何たる失態でしょう。プログラム失格、穴があったら入りたいくらいです)》 「(まあそんな時もあるさ)」 《(理由になりませんよ。これは私のアイデンティティなんです)》 「(そういう感情があるからこそ、お前は俺の家族なんだ)」 《(……本当に、マスターは口が上手い)》  俺の心からの言葉に、ノエルは苦笑する。  むう、割と本気だったのだが…… 《(……今回、本当に本当に色々ありました)》  ノエルが、そうぽつりと呟いた。 《(正直なところ、いつもの私では感情が爆発してお役に立つどころでは無かったでしょうね)》  だから、不本意ながらも(自分が半ば自分でなくなる)戦闘プログラムを機動させ続けたのだ、とノエルは言う。 《(私は色々と悩まれているマスターの姿を見て、大変心配していました)》  これはキャロについて悩んでいた時の話だろう。 《(そして、あのAランクやAAAランクとの戦闘です。   正直、戦って欲しくありませんでした。できることなら逃げて欲しかった。   ……今でもその考えに変わりはありません。   事実、生還できたのは薄氷どころか奇跡みたいなものではないですか)》  ノエルは声を震わせる。 「…………すまん」  俺は、それしか言えなかった。  本当に今回は、ノエルに世話になりっぱなし、迷惑と心配をかけっぱなしだ。 《(あの最後の戦いの時、私は心配と後悔をたくさんたくさん抱えて眠りにつきました。   ……ですから、僅かながらも魔力が回復して目が覚めた時、マスターの生命反応を感知した時はとても嬉しかった   なのに――)》  ……ん?  段々とノエルの目ならぬ口調が据わってくる。 《(――なのに、マスターはあの娘に甲斐甲斐しく世話されていました。   しかもあの娘、いつも以上に馴れ馴れしいです。   私が寝てる間に何があったのでしょう?   散々心配させておいて、これはどういうことでしょう?   何故、私は放置されているのでしょう?)》 「(あ、あ〜〜、え〜っと……)」  ノエルの詰問に、俺は口ごもる。  ……だがそこまで言って、彼女の語気は空気が抜けた様になった。 《(――そう考えたら、頭の中が真っ白になりました。どうです?呆れるでしょう?)》  自嘲するノエル。だが―― 「(それ、なんかかわいいな?)」  いつもお澄ましさんなノエル(戦闘ver.)の中々に新鮮な告白に、俺は思わず呟いた。  戦闘プログラムで感情を抑制しても、ノエルはノエルという訳か。  俺の呟きを聞き、ノエルは拗ねた様に呟いた。 《(……マスターの馬鹿)》  …………  …………  ………… 《(……なるほど)》  システムダウンしてからの出来事――主にムッシュ・デュランや族長とのやりとり――を簡単に説明すると、ノエルは重々しく頷いた。 《(『怪我人がベッドの上で挑発してどうするんですか』とか色々突っ込みたいところはありますが、  まあおおよそ満足すべき結果に終りましたね)》 「(俺的には不満があるがな)」 《(現実を考えれば、満額回答も同然では?)》 「(そりゃあ、な。 ……それよりノエル?)」 《(何ですか?)》 「(俺の“シンパ”とやらに、心当たりがあるか?)」  『それにハラウオン家は別にしても、貴方のシンパは少なくない』  『貴方が大きな問題を起こす度に、ざっと十人以上の士官が火消しに動く』  『皆、将来有望な連中だ。貴方は本当にいい友人を作るのが上手い』  ムッシュ・デュランのこの言葉がどうにも気になって仕方が無いが、俺にはそれが誰だか見当もつかぬのだ。  だから、ノエルに聞いてみた。  俺と常に行動する彼女ならば、あるいは―― 《(ふむ、確かに思い当たる人たちはいますね)》  案の定、ノエルは頷いた。 「(おお! さすがっ!)」 《(ですが、教えてあげません)》 「(何故!?)」  詰問する俺に、ノエルは冷静に答える。 《(まず確証がありません。単なる憶測ですから、勘違いの可能性があります。   そしてその場合、マスターの判断に――)》 「(それでもいい)」 《(……それに、知ってどうするのですか? 「ありがとう」と頭を下げて回るつもりで?)》 「(それは――)」  ノエルの問いに、俺は答えられずに口篭った。  ……正直、どうするかなど考えてもいなかった。  ただ知りたかった。それだけだ。  そんな俺に、ノエルは嘆息する。 《(……そもそも、こういうことは誰かに教えられるのではなく、自分で気付くべき、考えるべきでしょう。   私に聞くのなど、お門違いもいいところですよ)》 「(…………)」 《(おお、そろそろ切り上げないとまたシステムダウンしてしまいます。   ……ではマスター、“病院のベットの上”でまた会いましょう)》 「(おい!? まだ話が――)」 《(申し訳ありませんが、あの様な無様な真似は二度とごめんですので)》  俺の引きとめも虚しく、ノエルは再び沈黙してしまった。  ……だがまあ、よく考えてみればシステムダウンからまだ一日も経っていない。  貯まった魔力など雀の涙だろうから、仕方の無い話か。  ノエルとて、まだ出てくる気は無かった筈だ。  だが、にも関わらず出てきた。  ――何故か? 俺が落ち込みかけていたからだ。  本当、できた奴だよ…… 「とはいえ、流石に頼りっきりは不味いわな……」  こんな有様だからこそ、“シンパ”の見当もつかぬのだろう。情けない話だ。  俺は、天井を見上げた。  守るつもりが、守られた。  忌避していた筈の“繋がり”に、守られていた。  ……本当に、今回は自分の限界と思い上がりを思い知らされた。  俺の力では、この世界の本当の強者達には通用しない。  繋がりを厭いながらも、族長の様に毅然と拒絶できない。  力も、心も…… 俺は本当に中途半端な人間だ。 「だが、それでもやはり俺の気持ちは変わらない……」  本当は判っているのだ。もう手遅れな程、この世界と“繋がって”しまっていることに。  だが、それを認めたくない。認める訳にはいかない。  ……だって元の世界では、きっと皆が待っている筈、探している筈だから。 「ッ!?」  そう考えると堪らなくなり、思わず天に向かって吼えたくなる。  俺はここにいる――と。  だが、俺が吼えたところで周りの人達を心配させるだけ、悲しませるだけだ。  ……そして何より、俺自身がそんな姿を晒したくはない。  だから、代わりに剣を振るう。  夜中、誰もいない場所で、独り天に向かって剣を振るうのだ。  俺には、それしか出来ないから……  俺は、キャロの手からそっと抜け出すと、剣を手に外へ出た。  雨は、何時しか止んでいた。  魔力の包帯を変更したお陰で動ける様になったが、まだまだ可動範囲も狭いし体も痛む。  だが、それでも俺は剣を振るう。  剣を振るうその刹那だけが、俺を無心にさせてくれる。ああ、やはり俺には剣しかない……  ギイ……  背後でドアが開いた。  キャロか? だが、あんなによく寝ていたのに? 「……恭也さん? 何してるのですか?」 「久し振りに、剣を振るっていたんだ」 「まだ、怪我が治っていないのに……」 「なに、ほんのお遊びみたいなものさ。キャロこそ、どうした? トイレか?」 「いえ、恭也さんがいなくなったことに気付いて…… でも直ぐに外にいることに気付いて、見に来ました」  ……やはり、急速に魔力に目覚めているな。  無意識の内に捜索魔法を使ったであろうことに気付き、疑問が氷解した。  (きっと、目が覚めたのも俺が離れたことを“感知”したのだろう) 「ふむ、それは心配させたな? では、もうこれくらいにしておくとしよう」  俺は笑って剣を鞘に納めると、キャロの傍まで歩く。  だが、キャロが心配そうな顔で俺を見上げていることに気付き、歩みを止めた。 「……どうした?」 「いえ、気のせいかもしれませんけど……」  キャロは口篭る。 「?」 「恭也さん、泣いてる様な気がして…… 背中しか見えないのに変ですよね……」  それを聞き、嘆息した。こんな少女にまで心配させるとは……  だが、丁度いい機会かもしれない。  俺は階段に腰を下ろし、キャロにも勧める。  そして、口を開いた。 「少し、長くなるけど……な?」  …………  …………  ………… 「そう、ですか……」 「ああ、キャロも俺の家族になるんだからな。知っておいた方がいいだろう」 「…………」  初めて聞く俺の身の上に、キャロは少し考えこむ。  やがて、恐る恐る……という風に訊ねた。 「じゃあ、もしかえる帰る方法が見つかったら――」 「ああ、何としても帰る」 「!?」  その言葉に、キャロはビクッと震えた。  そして、涙目で俺を見る。 「じゃあ、じゃあ、わたしは……」 「だが、あと5年は帰らない。絶対に」 「?」 「ル・ルシエの民は、12歳で成人の儀を行うのだろう?  だからキャロが成人……12歳になるまで、待つ。  その時、お前に問おう『一緒に来るか、来ないか』を」  これは、ベットで散々考えた末に出した結論だ。  なのは・フェイト・はやてといった面々とは異なり、キャロはこの世界でひとりぼっち、俺しかいないのだ。  ……ならば、連れて帰っても構わぬだろう。  だが、それはあくまで“今の”キャロの話に過ぎない。  もっと判断力を養い、世界を知った後で選択させるべきだろう。  5年とは、その猶予期間だ。 「もしキャロが俺と一緒に来ることを望んだならば、何としても連れて帰ろう。  逆にこの世界に留まることを望んだならば、その時は笑って俺を送り出してくれ」 「恭也……さん……」 「約束、だ」 「はい…… わたし、絶対について行きます……」 「今は、それでいい」  ――だがな? できることなら……笑って俺を送り出して欲しいものだ。  泣きながら俺に抱きつくキャロをあやしながら、俺は心よりそう願った。  今のキャロの世界は極端に狭い。極論すれば、俺とフリードしかいないのだ。  追放に怯えたのも、ただ未知の世界に怯えているだけの話で、決して故郷を偲んでいる訳ではない。  (最後に俺の家に泊まることを望んだのが、その何よりの証拠だ)  ……だが、それでは駄目なのだ。  キャロにはこの広い広い世界を知って欲しい、そして、たくさんの繋がりを作って欲しい。  俺の様なつまらぬ男ではなく、この世界を選んで欲しいのだ。  ――そう思うのは、俺の我侭だろうか?  俺は、天の星に向かって声にならぬ言葉を呟いた。  もちろん、星々はただ黙して輝くのみだった。 <3、ルシエ自治領、境界>  夜明け前に家を発った俺達は、日が昇る頃には境界線へと辿りついていた。  標識を指し示し、キャロに教えてやる。 「ここを越えれば、“外の世界”だ」 「は、はい……」  ギュッ  繋いだ手に力が入る。  それを感じて、俺は手を離した。  そして―― 俺だけ境界線の向こうまで歩を進める。  線を越えると振り返り、言った。 「さあ、キャロ。自分一人で越えて見せろ」 「き、恭也さ〜〜ん!」  泣きつくキャロ。  だが俺は、首を振って拒絶する。 「この程度のこともできなければ、お前は生き馬の目を抜く都会では生きて行けない……諦めて山で狸達と暮らせ」 「……なんでタヌキなんですか?」 「や、なんとなく」  自分で言っておいて、俺は首を捻る。  はやての妹分になるから……かな?  だがまあ、今のやりとりでキャロの気持ちも大分楽になった様だ。  行きます!と宣言し、一歩一歩足を踏み出していく。  あと五歩……四歩……三歩……二歩……一歩………… 「やった! やりましたよ!」  境界を越えた瞬間、キャロは両の拳を握り締め、嬉しそうに宣言した。  俺とフリードも、心から祝福する。 「おお! でかしたぞキャロ!」 「キュクル!」 「ありがとうございます!」  喜び合う俺達。だがいつまでもそうしている訳にはいかない。  何故なら、先程から俺達を待っている連中がいるからだ。  ムッシュ・デュランが用意した、“お迎え”が。  ……そんな訳で、ここから先はV/STOL輸送機に乗り込むだけだった。  軍高官用なのか、入ると中々の内装である。  豪華な座席に腰を下ろすと、輸送機は直ぐに垂直上昇に入った。 「キャロ、里が見えるぞ?」 「あ、本当です」  俺の言葉にキャロは窓を覗き込み、やがてぽつりと呟いた。 「わたし、里はとても広いって思ってたんですけど…… こうして見ると、ずいぶん小さかったんですね」 「そうだな。キャロ、これで永久の別れだ。お別れしなさい」 「はい」  キャロは頷き、窓の外に頭を下げた。 「……さようなら、ルシエの里。今までありがとう」 「キュクルー」  窓の外を凝視し、別れの言葉を口にする二人を見つつ、俺も内心で里に別れを告げた。  さらば……我が青春のルシエの里よ。今まで俺を匿ってくれてありがとう…… 「…………」  そこで気付いた。もう休暇時の逃げ場が無いことに。  ……これから、どうしよ?