魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS 「とある30男と竜の巫女」 その6「その後の後始末(後編)」 【11】  “それ”は、突如として衛星軌道上に現れた。  そして、直ぐに大気圏へと突入する。  黄金と桜色の光に包まれたこの二つの物体は、目視以外のいかなる観測も受け付けず、物理法則を無視した軌道で落下していく。  その向かう先は―― この世界最大の大陸に連なる、弧状列島。 ――――第97管理外世界“地球”。海鳴市、八神家。 「さて……そろそろ吐いたらどうや?」 「だから知りませんって! さっきから何度もそう言ってるじゃないですかっ!?」  ショウ・ジョウシマ二等陸士の悲鳴じみた言葉に、はやては『ああ』と思い出した様に手を打った。 「そういやそうやったな? ……で、そろそろ吐いたらどうや? 親父は何処におる?」 「だから知らないと……」  延々と続くこの不毛なやりとりに、ショウは内心滝のような涙を流していた。  なんで俺がこんな目に…… ただ高町さんを連れ帰りに来ただけなのに……  つくづく己の不運を呪う。  恭也が休暇を終えても帰隊しないため、何故か自分が呼び戻しに送り出された。ただそれだけの筈である。  だが第97管理外世界にある八神家へと着き、その旨を説明した途端バインドで拘束され、 こうして知る筈も無い恭也の居場所を延々と聞かれ続けている。 (神様…… 俺、なにか悪いことしましたか? そんなに俺が嫌いですか?)  ――そう慨嘆しつつ、ショウは自分を尋問する少女を見上げた。  自分より一つか二つ程年上の、ショートカットの美しい少女。  だが、ただ美しいだけではない。  全次元世界を見渡しても数える程しか存在しないSSランク。  そして伝説的存在であるSSSランクに最も近い位置にあると言われる至高の大魔導師、“夜天の王”八神はやて一尉その人である。  彼女がその気になれば、世界の一つや二つ確実に滅びる。 ――そう噂される程の力の持ち主なのだ。  ……それ程の存在が薄皮一枚で笑いながら自分を見ているのだから、これはもう恐怖以外の何者でもない。  ああ、意識が手放せたらどんなに楽だろう…… 「あ、魔法かけとるから意識は手放せんよ? 念のため」 「鬼っ!?」 「……だってアンタ、そうでもしないと即失神しちゃうやん」 「あううう……」  ダレカ、タスケテ……  バンッ!  その言葉が天に通じたのか、突然勢いよく窓が開いた。  そして―― 「「き、恭也さん(お兄ちゃん)が行方不明って本当ですかっ(なのっ)!?」」  なのはとフェイトが、バリアジャケット姿で窓から乱入してきた。  ……どうやら通じたのは、天ではなく地獄だったらしい。  これで“高町さんの恐るべき家族たち”勢ぞろいである。  あんまりにもあんまりな事態に、ショウは突っ伏した。 「……お二人とも何で窓から入ってくるんですか。もしかして、飛んできたんじゃないでしょうね?」  半ば以上やけっぱちということもあるが、一応職業柄突っ込んでおく。  第97管理外世界は、他世界との交流が無い鎖国世界である上、魔法が存在しない非常に特殊な世界である。  故に魔法の使用、ことに目立つ飛行魔法などご法度だ。  数年前に起きた“ジュエルシード事件”や“闇の書事件”の様な緊急事態ならば兎も角、平時それも白昼堂々飛ぶなど―― 「何を言ってるのですか!? 今飛ばないでいつ飛べというんです!」 「ステルスモード+超音速だから平気なのっ!」  だが二人にとっては今がその緊急事態らしい。  それどころか、逆にあなたは冷たいと非難される始末だ。 「……少し、話が大袈裟に伝わってるようですね」  一つ溜息を吐くと、ショウは再度ここに来た訳を話し始めた。  恭也が10日間の休暇をとったこと。  だが休暇が終わって2日経つというのに、帰るどころか連絡一つ寄越さないこと。  その為、自分が連れ戻しに来たこと。  そこで初めて、休暇中の滞在先を偽っていたのが発覚したこと…… 「とはいえ、まだ二日目です。そこまで大袈裟に騒ぐ必要は……ごめんなさい、コレハ大事件デスネ」  大したことはないから、大袈裟に騒ぐ必要はない。  ――そう言おうとしたネーゲル二士は、だが三人の刺すような視線により早々に思想を転向した。  チキンと言うなかれ、「長いものには巻かれろ」こそが弱者が生き抜く知恵なのだ。  ショウの説明に、更にはやてが付け加えた。 「あとあの馬鹿親父の休暇記録を見せて貰ったんやけど、ここ毎年30日近い休みを滞在先虚偽で収得しとったわ」 「え……?」 「そんな…… 今回だけじゃなかったんですか?」  はやての言葉に、なのはとフェイトは顔を見合わせる。  ……自分達に内緒で、毎年一月近くも一体何処で何をしていたのだろう。  まさか、まさか…… 「ねえ、ショウくん。あなた、お兄ちゃんのお弟子さんなんだよね?  仲いいんだよね? ――なら、お兄ちゃんの居場所を知ってる筈なの」 「お願いですから、知っていること全部、今直ぐ教えてくれませんか? ……私が笑っている内に、ね?」 「ひ、ひいいいっ!?」  なのはとフェイトにデバイスを突きつけられ、ショウは悲鳴を上げた。  この恐怖の前には、多少のやけっぱちなぞ意味は無い。  必死で最後に恭也と出会った時のことを思い出す。  そう、あれは確か休暇前日のこと――  …………  …………  ………… 『あれ? ずいぶん大荷物ですね?』  休暇で隊舎を出ようとする師匠(恭也)の荷物に、目を丸くした。  普段の作戦行動でも荷は必要最低限しか持たないというのに、この量である。  ……いったい、どうしたというのだろう? 『ああ、みやげが嵩張ってるんだ』 『おみやげ……ご家族に、ですか?』  以前娘さんがいるのを聞いたことを思い出し、聞いてみた。  だが師匠は曖昧に笑ってごまかした。 『……まあ、似たようなもの、かな?』 『はあ……』  ……なにか、まずいこと聞いちゃったかな? 『ま、それ以上は聞かない方がいい。その方が幸せだからな』 『?』 『知らなければ、吐けないだろう?』 『??』 『まあ、“命の洗濯”に行くとだけ言っておこう』 『????』 『では、な?』 『はあ…… いってらっしゃい』  俺は、よく判らないままに師匠を見送った。  …………  …………  ………… 「以上です……」 「「「…………」」」  の回想を聞き、三人は暫し沈黙する。  やがてひそひそと密談を始めた。 「おみやげ? ……あの万年金欠のお兄ちゃんが?」 「それも多分、年2〜3回毎回やな」 「そ、そんな…… 私だって、誕生日くらいにしか買ってもらえないのに……」  そのあんまりな結論に、フェイトは俯いてしまった。  それに気付き、二人が心配し声をかける。 「? フェイト、どないしたん?」 「フェイトちゃん?」 「……女だ」 「「?」」 「きっと性質の悪い女に騙されてるんだーーーーッ!!」 「「!?」」  その魂の慟哭とでも言わんばかりの勢いに、二人は思わず退いてしまう。  が、そんなことはお構い無しにフェイトの叫びは続く。 「ああ! 私には見えます! 地下3000mの地下牢に繋がれて、助けを求める恭也さんの姿がっ!」 「……地下3000mの地下牢って、どんだけやねん」 「……でも、あのお兄ちゃんが連絡もくれないなんておかしいよ。凄く心配なの」 「そやな、今日中に連絡くれなかったら動くつもりやったけど……もう動くか?」 「賛成なの!」  あまりにアレな約一名の反応に、二人はやや正気を取り戻した。  「そんな! 鉄仮面まで!?」「うわーん何処触ってるんですかっ!? それは私のっ! 私のよっ!!」  ――等々、何やら怪しげな叫び声を上げているフェイトを極力視界に収めないようにしつつ頷き合うと、 二人は次元間通信機を起動させる。  通信機の画面の向こうには、机に山と詰まれた書類に埋もれた黒髪の青年が一人。  ……どうやらミッドチルダほど文明が進んだ世界でも、書類と言えばやはり紙らしい。どうでもいいが。 『なのはにはやてじゃないか、どうしたんだい?』  青年は顔を上げて相手を確認すると、親しげに声をかけてきた。  これ幸いと二人は画面に乗り出し、声を上げる。 「クロノくん、お願いがあるの! 緊急事態なの!」 『う〜ん、協力したいのは山々なんだけど、今手が離せない状況なんだよ……  君達だから教えるけど、第6管理世界のアルザス地方でSSクラスの魔力反応が次元震と共に出現したんだ』  クロノの言葉に、なのはとはやては目を見開いた。 「SS!?」 「それって――」 『ああ、ロストロギアの可能性が高い。  だから調査艦を派遣したんだが、現地政府が艦隊まで動かして封鎖してるんだ。  何を言っても内政干渉の一点張りで一歩も退かないんだよ?  地上でも陸軍が動いてるみたいだし、もう上はてんやわんやの大騒ぎさ。  そんな訳で、悪いけど――』  そう言いつつ画面を切ろうとしたクロノに、だが二人は尚も喰い下がる。 「クロノくん! 今忙しいのは判るけど、私達も必死なの!」 「そうや! うちの父ちゃんが大変なんや!」  二人は、必死で恭也を探すのを手伝って欲しいと頼み込む。  が、クロノは首を振った。 『……悪いが、それはできない』 「そんな!」 「クロノくん、お願い!」 『……どうも君達は、あの男のこととなると冷静さを失うなあ』  クロノは大きな溜息を吐いた。 『いいかい、彼はまだたった二日程帰るのが遅れているだけだ。 ……これじゃあ警察だって動かないぞ?』 「でも……」 『それに、動きを調べるには各種交通機関の記録から彼のIDを洗うことになるが、これは立派な個人情報保護違反だよ?  肉親だってそうそうやっていいことじゃあないんだ』 「「…………」」 『ま、彼もいい年した大人だ。その内ひょっこり帰ってくるさ』  そう言いつつ再び画面を切ろうとするクロノ。  が、項垂れる二人の間に、正気に戻ったフェイトが割り込んできた。 「お兄ちゃん!」 『フェイト!? 君までいたのかっ!?』 「お兄ちゃん、お願い! 恭也さんのこと、調べて!」 『くっ!? い、いや駄目だ……そんな公私混同…………』 「お願い、お兄ちゃん……」 『ぐふっ!』  両手を握り締め、潤んだ瞳と甘い声で“お願い”するフェイト……  自他共に認める兄バカのクロノが、この攻撃に耐えられる筈も無かった。  鼻血を手で抑えつつ、遂に首を縦に振る。 『し、仕方が無いなあ…… 可愛い妹のためだ、兄として一肌脱ごうじゃないか』 「ありがとう、お兄ちゃん♪」 『まかせろ!』  クロノは張り切って答え、画面を切った。  画面が完全に沈黙した後、フェイトは振り返って二人を見た。  表情・口調共に、完全に素に戻っている。 「後はクロノを待つだけだね」 「フェイトちゃん……」 「なんて恐ろしい子や……」 「?」  慄く二人に、フェイトは不思議そうに小首を傾げる。  そしてその脇では、アレでナニな管理局の内情を知ったショウが『こんなんで大丈夫か』と目と心の双方で滝のような涙を流していた。  ……聞かなきゃ、良かった。 ――――第6管理世界“ガリア”。アルザス地方、ルシエの里。 《……………………》 「…………」 《……………………》 「…………」 《……………………》 「……え〜と、ノエル?」 《……………………》  その無言の圧力に耐え切れず、俺は思いっきり下手に声をかけてみる。  だがノエルはそれを黙殺、投げた会話のボールはころころと地面に転がり落ちてしまった。  ……ヤバい、何か知らんがめっちゃ怒ってる。  どうしてこうなったのか、どうしたらいいのか見当もつかず、俺は頭を抱えた。  何でこうなったんだろう……  話は少し遡る。  キャロ嬢…いやキャロと共に壁とベットの隙間で動けなくなっていたところを開放された後、俺は再び客間のベットへと直送された。  ……何でも、せっかく修復途上だった骨が“振り出し”に戻り、当分の間起き上がることすらままならぬらしい。がっでむ。  とはいえ、地球ならば優に半年は病院暮らしを強いられた挙句、後遺症で剣士生命を断たれかねなかった大怪我である。  それが自宅療養1〜2週間程度で全治するのだから、あまり文句は言えないかもしれない。  しかし魔法ってホント凄いよな。  治癒速度を何倍にも高めたり、魔力の帯でメスも入れずに骨を直接補強したり、神経・血管を繋げたり……  フィリス先生が聞いたら、さぞ驚くに違いない。  ……そういや、右膝の怪我も何時の間にか直されてたよ。  「ついでに」だってさ、ははっ!  や、まあ別にいいんだけどね……どうせ直すつもりだったし…………orz  でもまあ、これはあくまで「特別」。  俺の治療に当たってくれたのがAランクの高位治癒魔導師だからこそ、ここまで簡単に直せたのであって、 普通ならば(地球よりはマシなものの)「ここまで完全には治らなかった」し、やはり「月単位の入院が必要だった」 ってことは付け加えおく必要があるかな?  何せAランクの治癒魔導師なんて宝石の如く希少な存在だから、診て貰うにはかなりの金(カネ)と伝手(コネ)がいる。  ましてや今回の様に「直接呼び寄せ付きっきり」など、一般市民には逆立ちしたって不可能な話なのだ。  (ま、俺には治癒魔導師としても高レベルのシャマルっつー知り合いがいるから、あんまりピンとこない話なんだけどな?)  要するに、「およそ考えうる限り最高の治療をしてくれた」と考えて良い訳だ。族長、ありがとう……  ――で、それから2日かけて俺はようやくキャロと和解する直前の状態まで回復。  その後更に3日が経過して現在に至る、という訳だ。  昏睡3日+“振り出し”2日+3日でもう丸々8日もベット生活だよ、トホホ……  ……ん、8日? はて……何か忘れている様な気がする。何だろう?  ま、思い出せないなら大したことじゃあないか。  ああ、話が少し逸れたな。  ま、そんなこんなで1週間以上にも及ぶ療養により魔力も回復し始めたのか、今朝になってノエルはようやく再起動したんだ。  だが生きての再会を喜ぶ俺とは裏腹にノエルは不機嫌そのもの、昼前になっても機嫌が直らず俺は困り果てていた。う〜む?   「ノエル、何を怒っているのか知らないが、いい加減に機嫌直せよ」 《……………………》 「8日ぶりの再会だぞ? デッドエンド・ルート一直線からの奇跡の再会なんだぞ? この喜びを分かち合おうじゃないか」 《……………………》 「ノエル〜〜」  トントン  俺が情けない声を上げた直後、ドアをノックする音が響いた。  止む無く交渉を中断し、ドアの外の人物に声をかける。 「どうぞ」  ……どうせまだ腹に力が入らないから、聞こえないだろうけどな?  何しろこの部屋、結構防音いいからドアも厚いし。  けどまあ“お約束”みたいなもので、ついつい返事をしちゃうんだよなあ。  そうしないと落ち着かないし。  ガチャ 「恭也さん♪ ごはんですよ〜♪」  ドアが開くと、お盆を持ったキャロが入ってきた。  そして、俺が上半身を起こしているのを見て、む〜と唸る。 「あ、また! も〜、ちゃんと寝てないと駄目じゃないですか!」 「あ、ああ……」 「たっぷり反省してくださいね? でないと治るものも治りませんよ?」 「すまん……」  俺は素直に頭を下げ、慌てて体を横にした。  情けない話だが、ここ1週間ほど付きっ切りで世話されてるため、キャロに頭が上がらない。  何せ炊事・洗濯・掃除――はまあいつものことだが、着替えや体拭き……挙句は下の世話までして貰ったからなあ〜  ふっ、なんかもーいろいろ吹っ切れたぜ!  ……しかしこの子も病み上がりの筈なのに、なんでここまで元気なんだよ?  あれから(解放後)半日足らずで全快するわ、大の大人である俺の介助を平然とこなすわ……ぶっちゃけ有り得んぞ? 「反省したようですので、これでお説教はおわりです♪ さ、ご飯にしましょう♪ ――よいしょっと」  俺の行動を見て、キャロは満足そうににっこりと笑うと、食事をさせるべく俺の姿勢を容易く変える。  ……や、言うは簡単だが、これって大の大人でも結構な労力だぞ? なのに汗一つかいてねえ……  内心、冷や汗をかく。  おそらく無意識のうちに魔力を体に張り巡らせているのだろうが、これほど長期間、しかもデバイス無しでとは……  判ってはいた、判ってはいたが……  正直、末恐ろしい。  ――そんな俺の慄きも知らず、キャロは鼻歌交じりでベットにテーブルをセット、食事を置く。  そして、高らかに俺に告げた。 「今日から固形物が入りますよ〜♪」 「おお! マジか!?」  それを聞き、俺の慄きは一瞬の内に吹き飛んだ。  最初の数日間はお湯のようなスープ、次の数日間はとろみが僅かについただけの、具の無いスープだった。  ここ数日は徐々にとろみが濃くなってきたものの、具が無いことに変わりは無い。  内臓深くまで傷ついていたこと、体力が極度に低下していたこと等を考えれば仕方の無い話だが、正直コレはキツい。  何より咀嚼がしたかった。  だから、キャロの言葉を聞き狂喜したとて、誰が責められようか? いやないっ!  俺は、キャロが目の前の蓋をとるのを凝視した。  皿には、コーンスープ程もとろみがついたスープに、吸収し易いようよく煮込んでドロドロの……なんだかよく判らない固形物。  キャロは固形物をスプーンで小さく切り取ると、スープに浸してふーふーした後、俺の口元に運ぶ。 「はい恭也さん、あ〜んして下さい♪」  ……ちなみに、俺に拒否権は無い。  何故なら、俺の“おいた”により再度治療する羽目になった治療魔導師が、額に青筋を浮かべながら 『聞き分けの無い患者にはコレが一番です』と“魔力の帯”を弾力性のある、ある程度可動できるものから、 全く動けないものに変えてしまったからだ。  こっちの方が直りが早いらしいが、ギプスの様に固定されているため指一本動かせない。  (常に微小な魔力波を放出しているため、ギプスの様に筋肉が痩せ細ったり間接が固化するのは最小限に抑えられるらしいが……)  当然、スプーンなんか持てやせず、キャロのされるがままになっていた。  故に、俺も大人しく口を開ける。  そして、今まさにスープを口に含もうとした瞬間――その言葉が頭に響いた。 《(…………ヒモ)》  ピクッ  ――――!?  俺は一瞬硬直した。  ……気のせいか?  ゆっくりと口内に流し込まれたスープを堪能しつつ、首を捻る。  が、キャロの言葉により、思考は中断された。 「よく噛んで下さいね〜♪」  その言葉に、今直ぐ嚥下したいという欲求を抑え、咀嚼を再開する。  数十回程の咀嚼の後、俺はようやく嚥下するという行動を自分に許した。  それを確認し、キャロは再びスプーンを俺の口元に運ぶ。 「はい、あ〜ん♪」 《(…………甲斐性なし)》  ヒクヒク……  絶対気のせいじゃねえ……  ノエルの奴、一体どういうつもりだ? 散々無視しておいて、なんつー子供染みた――  ……いや、お子様か。さすがに戦闘プログラムも解けてるだろうしな。だが、なぜ?    文句の一つも言い返してやりたいところだが、今の状況ではそれもままならない。  止む無く、俺はノエルの罵倒に黙って耐えた。  この罵倒は、食事を終えるまで続いた。 「ごちそうさまでした。キャロ、美味かったぞ?」 「おそまつさまでした。 ――ありがとうございます」  俺の言葉に、キャロは頬を染める。う〜む、やっぱりおかしい。  俺は首を捻る。  あれ以来、どうもキャロが“変”だ。  や、確かにいつもと同じ言葉、同じ仕草、同じ行動なのだが、何かが違う。  上手く言えんが、明らかに纏う空気が今までと異なるのだ。  それに時々、『え゛!?』ってな反応見せるしな。  ……丁度、今の様に(前なら無邪気に喜ぶだけだったのに……)。 「わたし、もっともっとがんばりますね! 恭也さんのお役に立てるよう、がんばります!」  ……やはり、家族になるということで興奮しているのか?  ぐっ、と両の拳を握り締めて力説するキャロを見て、思う。  或いは、慣れぬ魔力に酔ってハイになっているか――  ま、両方かな……  そう、俺はあたりをつけた。  実際、晶やレンだって似たようなもんだったからなあ……魔力酔い分を割り切れば、まあそれが妥当な線だろう。 「精進は大切だ。が、キャロの腕なら今直ぐにでも嫁に行けるぞ?」 「本当ですか……恭也さん……」  俺の褒め言葉に、キャロがまた『らしくない』行動をとった。  無邪気に喜ぶのではなく、潤んだ瞳で俺を見上げている。  その反応に戸惑いつつも、俺は尚もいつも通りに応えた。 「ああ、俺が保証してやろう」 「恭也さん…………」  潤んだ瞳は更に潤み、その体は俺にゆっくりと近づいてくる。  そしてあと数センチまで来た時、止まっていた罵倒が再開された。 《(――この、ロリコンがっ!)》 「!?」 「……え? 恭也さん、今何か言いました?」  その語気に俺は思わずビクリとしたが、キャロも何か感じ取ったらしくしきりにきょろきょろと視線を走らせている。  う〜む、“繋がってる”俺以外には聞こえない筈なんだが…… 「き、気のせいじゃないのか?」 「……でも、お食事の間にも時々聞こえた様な気がしたんですよね」  俺の誤魔化しに、だがキャロは大きく首を捻った。 ……鋭い。 《(くっ、目覚めたばかりとはいえ、召喚系に優れた超Sランクだけのことはありますか!   これでは、おちおちマスターと内緒話もできなくなってしまうではないですか!)》 「っ! あ、今何か聞こえましたよ!? ――やっぱりここ“何か”います!」  忌々しそうなノエルの声に反応し、キャロは部屋の中を探し回る。 「俺には何も聞こえんが?」 「“聞こえる”って言うより、頭の中に直接響く感じです。丁度、フリードと離れたところで会話する感じでしょうか?」 「ないない、気のせい気のせい」 「……恭也さん? わたしに何か隠してないですよね?」  疑わしそうな目で俺を見るキャロ……っておい! 火の粉がこっちにっ!? 「まさか! 天地神明に誓ってないぞ!」  俺は慌てて弁明したね。  ……つい最近知ったことなのだが、こう見えてキャロは怒ると怖いし長いのだ。  何せフリードのヤツ、この前(※『とある30男と竜の巫女』【10】参照)の件で数日間メシが生肉だったからなあ〜  別におかしなことじゃないって?  や、確かに種族的にはそれが本来の食事なのかもしれないが、アイツはずっとキャロと同じようなもの喰ってたんだよ。  焼いた肉とか塩胡椒とかに慣れちまうとなあ〜 辛いぞ〜〜?  自分で焼こうとブレスで炭化させちまってメシ抜きになったり、泣きながら生肉を喰ってたフリードは実に哀れだった。  (俺が取り成さなければ今でもそうだったかもな……)  俺は、ああはなりたくないんだ…… 「う〜ん、女の人の声みたいだったんだけどな〜〜 ……まあいいか」  やがて諦めたのか、キャロは未だ納得いかない様子ながらも俺の方に戻り、盆を手に取った。 「じゃあわたし、お片付けしてきますね。終わったら直ぐに戻ってきますから!」 「ああ、いつもすまないねえ」 「好きでやってますから、気にしないで下さい。  それに、わたし今すっごく力が溢れてるんですよ。  ――もしかしたら、お空だって飛べるかもっ!」  ……飛べるさ、きっとF22戦闘機以上に。  最高速度がレールガン並(M20超)、通常でもNASAのX43並(M10)、のんびりでもF22戦闘機を軽くぶっちぎる身内共を思い浮かべつつ、 俺は内心で突っ込んだ。  アイツ等、衛星軌道上でも飛べるからなあ…… もうぜってー人間じゃねー  ああ…… 封印された忌まわしい記憶が蘇ってくる。  なのはの自主空戦訓練に無理矢理つき合わされ、M10オーバーでのアクロバット飛行を体験した日のこと……  フェイト嬢に「空の散歩」と誘われ、衛星軌道上からの大気圏突入を経験した日のこと……  誘うはやてに「空はもうイヤ」と言ったら、代わりに水深1万mの海底に連れて行かれた日のこと……  空コワイ、海コワイ………… 「ど、どうしたんですか!? 顔真っ青ですよっ!?」 「ああ、これが神の領域なのか……おお神よ…………」 「恭也さ〜〜ん!?」  …………  …………  ………… 「ほ、本当に大丈夫ですか?」 「ああ、ちょっとイヤなことを思い出しただけさ……」 「本当に何かあったら呼んで下さいね? わたし、飛んできますから!」  脂汗掻きながらぜえぜえと荒い息をする俺を、キャロは心配そうな表情で覗き込む。  心配無用だ、キャロ。これは発作みたいなものなのさ……  俺は内心でそう強がりつつ、大丈夫と頷いた。 「判った」 「約束ですよ?」 「ああ……」  何度も念を押した後、キャロはようやく腰を上げた。  そして、まるで後ろ髪を引かれるかの様に何度も何度も振り返りつつ、部屋を出る。  ――それを確認し、俺はノエルを見た。 「さて、と。 ――どういうつもりだ?」 《……………………》 「一方的に言うだけ言うのは卑怯だろう」 《……………………》 「聞いてるのか?」 《……やっと、行きましたか》 「?」 《さて、邪魔者も消えた様ですし―― 尋問、いきますか?》  ……どうやら、ノエルの方も俺に言いたことや聞きたいことが山とあるらしい。  だがなるほど、未だ戦闘プログラムが起動しているのはそのためか。  どうやらいつもの様に誤魔化される気は更々無い様で、それ故に彼女のお怒りが伝わってくる。   ……もしかして、ぴんち? 「ふっ、今日のところはこれで勘弁してやろう」  この状態のノエルに適う筈がない。  追い詰めていたつもりが実は追い詰められていたことを知り、俺は戦略的転進を試みた。  ――しかし、回り込まれてしまった! 《そうですか。ですが、私は勘弁する気はありませんよ?》 「ごめんなさい、許してください」 《いいえ、許しません! 許して堪るものですか!  あの戦闘中、私、言いたいことをたくさんたくさん我慢していたのですよ!?  今日という今日こそ、マスターのその――》  プツッ! 「?」  突然中断した説教に、俺は一瞬首を傾げた。  だが直ぐに貯蓄魔力が危険水域に突入したため、『強制スリープモードに入ったのだ』と気付いた。  ……まあ、今朝起動できたばかりだからなあ。おまけに、朝からビシバシ念波飛ばしてたし。 「とはいえ、それに気付かぬとは…… ノエルの奴、相当怒ってるんだろうなあ……」  完全復活した時のことを考え、俺は身震いした。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【12】 ――――第97管理外世界“地球”。海鳴市、八神家。  通信を終えてからおよそ一時間後―― 『くそうっ! あの淫獣めっ!!』  次元間通信機の画面に再び現れたクロノは、開口一番そう叫ぶと頭を掻き毟った。  ちなみにここでいう“淫獣”とは、ユーノ・スクライアではなく恭也のことである。  実はクロノは恭也を決して名前で呼ばず、“彼”“あの男”“淫獣”とその時の感情により使い分けて呼んでいる。  中でも“淫獣”と呼ぶ際は、恭也が何かトンデモないことをしでかして、対恭也感情が最悪の時だ。  ……いったい、今度は何を仕出かしたというのだろう?   「「「…………」」」  クロノの言葉に顔を強張らせつつも、三人は情報を引き出すため沈黙を守る。  だが彼の口から出てくるのは恭也に対する罵倒ばかりで、一向に肝心の情報は出てこない。  いい加減、三人共切れかけてきた。 「……“お兄ちゃん”? それ以上言うと兄妹の縁切るよ?」 『……ごめんなさい、言い過ぎました』  額に青筋を浮かべながらフェイトが警告すると、クロノは机に頭を擦り付けて許しを請うた。  提督としての威厳も何もあったものではないその姿に、拘束されたまま転がされているショウは涙を通り越してただただ呆れてしまう。  ……なんかもー、少年特有の夢とか希望とか憧れとか色々ぶち壊し? 「それで、恭也さんは?」 『彼は、転送装置で第6管理世界に転送されたことが確認されている。  そこから先は第6管理世界政府の管轄だ。  ……だが連中、照会を拒否してきたよ。それも即答だった』 「マジか!?」  はやてが驚き、聞き返す。  如何に内々のこととはいえ、管理局からの……それも高いレベルからの照会を断るなど、およそ考えられる話ではない。  (ましてや恭也の身分は曲がりなりにも管理局員だ。断る理由など無い)  仮に断るにしても丁重かつ時間をかけて、が相場の筈だ。  にも関わらず―― 『ああ、本当だ。僕と応対したのは現場責任者だったがね……  上に確認すらとらず、実に自信満々に“できない”の一点張りさ』  その時のことを思い出したのか、クロノの表情が苦々しげに歪んだ。  それを聞き、はやては「ふむ」と腕を組む。 「木っ端役人がそこまで自信満々となると、こりゃバックに大物がおるな」 『僕もそう思う。おそらく相当上のラインから、あらかじめ彼の入国情報を封鎖するよう言われていたのだろう。  ……でなければ、あそこまでの態度がとれる筈がない』 「お父さん、大丈夫かいな……」 「お兄ちゃん、また面倒なことに関わっちゃったのかな……」 「恭也さん……」  三人は心配のあまり顔を青くし、恭也の名を呼ぶ。  そんな中、はやてが何か思い出した様に呟いた。 「ん、ちと待ってや? 第6管理世界って、確か――」 『ああ、さっき話したロストロギア疑惑の持ち上がっている世界だ。  しかも、彼は件のアルザスに一番近い転送施設に転送されている』 「「「!?」」」  三人は驚愕し、思わず顔を見合わせた。  ・ここ数年、恭也は秘密裏に何処かへ出かけていた。  ・そこにはロストロギアが存在するらしい。  ・そして今、恭也滞在中にロストロギアが動き始めたらしい。  ……ここから連想できることは、ただ一つしかない。  彼女達は頷き合うと、文字通り部屋から飛び出ていった。 『ああ! 僕には見える!  見目麗しい女性に目が眩み、手に入れるべく今回の騒ぎの中心で踊り狂っている淫獣の姿がっ!  フェイト、君は騙されているんだーーーーッ!!』  ――ダメだ、こりゃ……  三人がいなくなったことにも気付かず絶叫するクロノに、一人残されたネーゲル二士は深い深い溜息を吐いた。 ――――第6管理世界“ガリア”、アルザス地方、ルシエの里。  唐突だが、現在存在が確認されている次元世界は1000を超える。  そのうち有人の世界は約700。  更に次元間航行技術を有する世界は約300。(※他の400は「基本的には」次元間航行技術を有さない)  この300の次元世界が連合して結成されたのが、次元世界連合(World Union)である。  WUは、まあEUを拡大・発展した感じの国際連合体で、その内部に幾つもの統治機関を設置している。  特に重要なものだけでも――  最高意思決定機関たる連合理事会。  執行機関たる連合委員会。  立法機関たる連合総会。  司法機関たる連合司法裁判所。  監査機関たる連合会計監査院。  軍事機関たる連合安全保障局。  そして……警察機関たる連合時空管理局。  上を見ても判る通り、実は時空管理局はこのWU機構の一部門でしかないのだ。 ……少なくとも形式上は。  だが管理局は「質量兵器の根絶」と「ロストロギアの全面規制」を錦の御旗に、これに関する一切合切の警察権及び司法権を有する、 WU機構から半ば独立した超法規的組織だ。  現在では更に「各次元世界を越える、または複数の次元世界に渡る犯罪」や「テロ・誘拐・スパイなどWU及び加盟世界に対する重犯罪」 「WU機構職員の犯罪」まで担当している。  ここまで来ると、もはや単なる一部門などと評せる存在では断じて無い。  まあ扱う問題の重大性や捜査への干渉の危険性考えれば止むを得ないことではあるが、その権限はあまりに大き過ぎる。  その規模と装備は年々肥大化していき、現在では“警察組織”ではなく“ミッドチルダ警察軍”とすら揶揄される始末だ。  (これは事実上各加盟世界軍の調整機関でしかない“張子の虎”連合安全保障局に対する皮肉でもある)  ……わざわざ“ミッドチルダ”などと冠されるのは、同世界が管理局の運営に大きな影響を持つせいだろう。  「中枢機関が同世界にあること」や「主要ポストの多くが同世界出身者で占められていること」等も合わせて考えれば、 揶揄したくなる気持ちも理解できなくはない。  だがミッドチルダの人材・資金・技術が無ければにっちもさっちもいかない――これは全てのWU機関に言えることだが――訳だから、 これは当然の権利だろう。  人・カネ・モノを出している者ほど力が大きいのは当たり前、むしろミッドチルダ人は自制している方だと思うぞ?  管理局の在り方にしても、色々と問題はあるにせよ、目の前の現実を考えればベストとは言えないまでもベターと言えるだろうし。  ぶっちゃけ、理想だけじゃ世の中回らんよ。どっかで妥協しなきゃ。  (そもそもそこまで問題のある組織だったら、俺はとうに逃げ出してるぞ……)  ――と、まあこんな感じで強大な権限と戦力を持つ管理局だが、流石に正面からWU加盟世界の軍と殴りあう訳にはいかない。  各加盟世界は“地方自治体”などではなく、れっきとした独立国なのだからこれは当然の話だ。  そんな訳で、第6管理世界の艦隊に立ち塞がれては、管理局は手も足も出なかった。  無論、有形無形の圧力――ことにミッドチルダの――により、同世界の統合政府もやがては軍を退かざるを得なくなるだろう。  だがそれはまだ先の話であり、現在はただ虚しく時を過ごすのみだった。  ……まあ、当時の俺はそんなことが起こってるなんて、知りもしなかったんだけどね? 「どうかデュランとお呼び下さい、ムッシュー」 「俺のことも気軽にジョン・スミスと呼んで下さい。ムッシュ・デュラン?」  にこやかに笑いながら名乗る相手に、俺もにこやかに笑って応じた。  ……ちなみにデュランもジョン・スミスも日本で言えば山田太郎に匹敵する名前で、早い話があからさまな偽名だ。  向こうはともかく、正体などとうに割れてるであろう俺がやるのは単なる対抗心、子供染みた反発からだから気にしないで欲しい。 「族長の話では、貴方の名は高町恭也の筈ですが?」  ちっ、族長を持ち出しやがったか……  だが、そんなことで怯む俺ではない。 「実は百と八つの名を持っているのです。ちなみに真名を知られたら相手に支配されてしまうので、全て偽名ですが」 「ほう、それは大変ですな?」 「ええ、ですが結婚や借金も色々な名で出来るので、結構便利ですよ」 「それは羨ましい」  HAHAHA……  俺の高尚なジョークで場が和んだ(や、相手が合わせてくれた訳じゃないぞ? 多分……)。  ムッシュ・デュランは口が寂しくなったのか、俺に確認をとると椅子に腰を下ろし、懐から煙草を取り出す。  銘柄は“le Bon”(善良王)。  わざわざ魔法術式を組み込んで副流煙(のみ)をカットした、“周囲に優しい良心的な煙草”がキャッチフレーズの超高級煙草だ。  だがその名とは裏腹に、「これは本人にだけ不健康なのだから周りは黙ってろ」と愛煙家達に反嫌煙運動の象徴として祭り上げられ、 更にはミッドチルダ嫌いの要人が国際会議中、喫煙に厳しい目を向ける“進歩的な”ミッドチルダ人の前でわざと吸ったことから、遂には “反ミッドチルダ”までも意味する様になった曰くつきの煙草でもある。  こんなものをわざわざ吸う時点で、この男のポリシーが判るというものだ。 「貴方もどうです?」 「いえ、俺は吸いませんので」  そう断ると、俺は目の前の男を観察する。  目を開けているのだか閉じているのだか判らない、細い目の男。  一見愛想はいいが、中々腹の見えぬ油断ならぬ人物。 ――そう判断した。 「ところでムッシュ・デュラン? 今日は何用で?」 「お見舞いですよ」  そう言ってムッシュ・デュランが指し示す机の上には、いかにも高そうな果物がふんだんに盛られた籠と、 やはり高価そうな花がぎっしり詰まった花束という、見舞いの定番品(金持ver.)が置かれている。  ……ちくしょう、ブルジョアめ。 「てっきり、事情聴取に来たかと思ったのですが?」 「他の者から聞いていますので、失礼ですがその必要は無いと判断しました」  その言葉に、俺は盛大に眉を顰めた。  確かにあのチンピラと凄腕四人衆を尋問すれば、大概のことが判るだろう。  連中、それぞれ実行犯グループと首謀者グループでそれなりの地位だったに違いないからな。  とはいえ、今回の事件の事実上唯一の目撃者に聴取無しかい……  こりゃあまともに解決する気は無いな。ま、わかっちゃいたことだが…… 「では、俺の傷害や殺人については? まあ、正当防衛を主張しますが」  俺はある予感を持ち、思い切って切り出した。  すると、ムッシュ・デュランは予想通りの言葉を口にした。 「は? 何を仰るのですかムッシュ・高町?  あれは自然災害による、不幸な“事故”ですよ。  あなたもその被害者ではないですか!」  ……なるほど、やはり全てを無かったことにするつもりか。  かなり強引な話だが、まあそれ以外に無いだろうな。  俺は内心でニヤリと笑う。  数千人の虐殺計画ってだけも大事なのに、その上『一つの民族を抹殺』だ。  もしこれが知れ渡れば、第6管理世界のイメージは地に落ちる。  そして同じWU加盟国から、厳しい制裁を加えられる羽目となるだろう。  政権が吹き飛ぶどころか、下手をすれば国(世界)が傾きかねない。  ――故に、何としても揉み消さねばならないのだろう。  だが隠し通すには、俺とルシエの民を黙らせるのが大前提だ。上手くいくかね?  お手並み拝見、とばかりに俺は口を開く。 「俺は管理局員ですよ? “全て”を報告する義務がある」 「それは、脅しですかな?」  ムッシュ・デュランは煙草を携帯灰皿に押し付けると、俺の目を見た。 「まさか! 単なる建前ですよ。  所詮管理局員と言ってもバイトですからね。  それも毎月の様に減棒を食らうような不真面目なバイトです。  勤務時間外のことまで知ったことじゃあありません」  そこまで言って、俺もムッシュ・デュランの目を見返す。 「――だが、管理局員としてではなく、高町恭也個人としてならば話は別だ。あれは、あまりに悪質過ぎる」  暫し、俺達は視線を交えあう。 「どうしても、ですかな?」 「邪魔なら、始末すべきだな。 ……あんた等の十八番だろう?」  ガリアの反政府系のジャーナリストが行方不明になったり、謎の変死を遂げたりした事件を思い出しつつ、俺は皮肉っぽく笑う。  ……や、未だベットから離れられぬ身としては、洒落にならない話なんだがな。  だが、それを聞いたムッシュ・デュランは苦笑するだけだった。 「ま、そうできれば話は早いのですがね? 仮にも我が世界は法治国家ですから」 「俺が管理局員だから、か? だが俺はただの陸士長に過ぎんぞ?」  何せ相手は一世界の政府だ。陸士長が1人変死したところで、管理局は動かないし動けないだろう。  適当な所で妥協しあって……それで終わりだ。  それに俺、問題児らしいしなあ…… 厄介払いできた、なんて逆に喜ばれたりして………… 「どうも話が噛み合わないと思ったら…… どうやら貴方は、ご自分をかなり過小評価なさっておいでのようだ」  ムッシュ・デュランは俺の言葉に一瞬妙な顔をした後、やれやれと肩を竦めた。 「過小評価?」 「このままでは何時まで経っても本題に入れないので単刀直入に言いますが、 我々の認識は貴方の主観とは些か……いやかなり異なります」 「――というと?」  俺は訝しげな表情で尋ねる。  正直、訳が判らない。  俺は、地縁も血縁も学閥も……およそ何も持たぬ異邦人の筈だ。  ブラフ、か?  だがムッシュ・デュランの目を見て、確信した。  この男、本気だ。 「我々は、貴方を一介の陸士と見ていない。そう見るには、貴方はあまりに管理局に食い込み過ぎている」 「?」 「失礼ですが、貴方はミッドチルダの名門中の名門、ハラウオン家と非常に親しい関係ですな?」  ムッシュ・デュランは言う。  代々Sランク、ニアSランクの大魔導師を輩出してきた同家は非常に希少な家柄で、ミッドチルダにおける影響力は極めて強い、と。  そしてその現当主(リンディ)と次期当主(クロノ)その双方と貴方は非常に親しい関係にある、と。  俺は戸惑いつつも答える。 「確かに面識があるが――」 「我々の知る限りで、ハラウオン家は貴方の要請で二度動いている。  何れも即座に、です。 ……ただの知り合い程度ならば、これはあり得ない」 「緊急事態だったんだ」  俺はあの時のことを思い出すつつ反論した。  一つ目は、馬鹿なお偉いさんが馬鹿な作戦を実行しようとした時。  あのままでは、多くの被害が出たことだろう。  二つ目は、休暇中に発見した不審な出来事の通報。  事実、大規模な密輸組織が摘発された。  どれも重大な、しかも緊急性を要する出来事だったのだ。  リンディ提督や、癪だがクロノでなければ間に合わない。だからこそ、連絡したのである。  だがそれを聞いたムッシュ・デュランは、苦笑した。 「貴方のその行動は、完全に組織の秩序を乱している。  如何にハラウオン家と言えど……いや、ハラウオン家だからこそ、聞く筈が無いのですよ。  余程の仲でない限り、余程貴方の言葉を信頼していない限り、ね?」 「…………」 「それにハラウオン家は別にしても、貴方のシンパは少なくない。  貴方が大きな問題を起こす度に、ざっと十人以上の士官が火消しに動く。  ……皆、将来有望な連中だ。貴方は本当にいい友人を作るのが上手い」 「……え?」  俺は、内心驚きを隠せなかった。  ……それは、本当か?  そんなことをしてくれる程の友人がいるなど、思ってもいなかった。  事実、今でも俺はその“友人たち”の見当がつかない。  誰が、何故そこまで……  自分の発言の効果をを確認した後、ムッシュ・デュランは尚も言葉を続ける。 「ですが、私が……我々が最も重く見るのはそこではない」  そこで再度言葉を切り、俺の目を見る。 「言っては悪いが、貴方には何も無い。地縁も血縁も学閥も、富も地位も権力も……本当に何も無い。  彼等が動いた所で、得になることは何一つ無いのですよ。 ――にも関わらず、彼等彼女等は動く。  これは厄介です。こういった連中は、仮に黙らせたところで確実にこちらに敵意を持つ。  中には積極的に報復に動く者もいるでしょう。正直、それはあまりに面倒くさい」 「…………」 「そして何より、貴方の家族が厄介だ。  Sランクオーバーの戦闘魔導師集団――ましてや復讐心に燃える女性の集団だ。何をするか判らない。  あまりに“割りに合わない”のですよ」  微かに含まれた忌々しそうな感情に気付き、俺は我に返った。  ……要するに第6管理世界政府の本音としては、俺に消えてもらいたいのだろう。  だが俺を調べた結果、どういう訳か“割りに合わない”と判断し、仕方なく交渉に来たという訳だ。  俺は様々な疑問を脇に置き、目の前の相手に注意を向ける。 「――だから、“交渉”にきた、と?」 「さあ? 今回は突然の時空震により少なからぬ被害が出た。――私が言えるのは、これだけです」  ――どうする?  俺は自分に問う。  事実上、この件に関する犠牲者は存在しない。  そして、政府そのものが仕組んだ訳でもない。  ……ならば政府の罪を追求するのではなく、果実を得るべきではないだろうか?  俺は、正義の味方という訳ではない。  俺が剣を振るうのは、自分の家族を、自分の知る人たちを守るため。 ――それが第一義だ。  ……ならば、もう剣は鞘に納めるべきだろう。  俺は、嘆息した。 「……この事件の“関係者”に対する措置は?」 「これは一般論ですが、犯罪者が処罰されるのは当然の話です。  ましてや祖国を危機に陥れる様な大馬鹿者など、銃殺すら生温いですな」  吐き捨てる様なムッシュ・デュランの言葉に、俺は頷いた。  ……おそらく、俺が峰打ちに止めた連中も、激しい拷問の末に殺されるに違いない。実に後味の悪い話だ。  ま、同情はしないがな…… 「ルシエの民に、二度と手を出すな」 「意味が判りかねますが、既に族長との間である合意が出来ております。  我が政府は改めてル・ルシエの民の自治を尊重し、その旨声明と文章を発表する予定です」  成る程、既に手打ち済みで後は俺だけって訳か。  ま、順番としては正しいわな。族長は里を守るために頷かざるを得ないが、俺は流れ者だからな。  それに、『ルシエの民は了承した』と俺に対する切り札にもなるし。  ……とはいえ、かなり政府も譲歩したに違いない。ザマあみろ、だ。  ……しかし、となると俺の望みは一つしかない。  俺は、自分の望みを口に出した。 「キャロ・ル・ルシエは俺が貰う、文句は言わせん」 「それは―― 限りなく無欲で、限りなく強欲な要求ですな?」  ムッシュ・デュランは苦笑した。  要するに、事情を知る者にとってはあまりに無欲な話だが、何も知らぬ者が聞けばとんでもない話ということだ。  何せ、キャロはただの子供ではない。最低でもSランク、もしかしたらSSランクの才能を秘めた大魔導師(の卵)なのだ。  第6管理世界がおよそ5000年ぶりに得た才能、と言えば判るだろうか? 兎に角、普通ならば一蹴される話である。  ――だが、やはりムッシュ・デュランは頷いた。 「まあ、その件に関しましても、族長から聞いております。  族長が許可した以上、あれこれ我々が口出す筋合いではありません。  ……まあ本音を言わせて頂ければ我が政府で保護したい所ではありますが、 ルシエの里に留まられたり、管理局に保護されるよりは遥かにマシですな」 「では?」 「……それでも念のために一応お伺いしますが、本当にあの少女でよろしいのですか? 正直、猫に小判以下だ」 「をい……」 「貴方の年収の千年……いや、1万年分でどうです? もちろん、あの少女は国家の威信に賭けて、最高の待遇でお育てしますよ?」 「あ〜いらんいらん、貧乏人が大金持つとロクなことにならん」  俺は笑って手を振った。  や、1万年分って正直実感湧かないしな?  第一、そんなにあったって何に使うんだよ…… 「そうですか、わかりました」  ムッシュ・デュランも、あっさりとこの話題を引っ込めた。  ま、ムッシュ・デュランも一応指示で口にしたって感じかな?  そして、本題に戻る。 「我が政府は、正式にこの“養子縁組”を認めましょう。一筆入れますよ」 「なるほど、それで貸し借り無しか」  実際、助かる。何せ俺の身分は管理局預かりの“迷子”に過ぎず、戸籍すら無いからなあ……  や、元々は管理局の不手際でそうなった(らしい)から、望めばミッドチルダの籍と永住権――これを取るのは中々に難しい 垂涎の資格だそうだ――を貰えるらしいが、流石に踏ん切りがつかないんだよ。  ……とはいえ、このままだとキャロを引き取るのは難しい上に、下手したら管理局の横槍が来かねない。  (何せキャロの潜在魔力は超Sランクだ、あの才能に貪欲な連中が黙ってる筈が無い!)  だが元の保護者たる族長と世界政府の双方が認めれば、流石に管理局も認めざるを得ないだろう。  そして同時に、俺が第6管理世界政府と何らかの“取引”したことにも気付く筈だ。  第6世界政府に不利な証言をしない代わりに、超Sランクの潜在魔力を持つ少女を貰った。  ――そう見る者がいても不思議ではない。  (それこそが、ムッシュ・デュランの狙いだろう。金を渡すのと同様の抑止力――要するに道連れ戦略――を俺に押し付ける気だ)  ま、出世する気など更々無い俺には、どうでもいい話だけどな? 「よろしいですか?」 「頼む。 ああ、後これは純粋な疑問なのだが――」  俺はかねがねの疑問――というよりも、好奇心を口にした。 「何故、シャルル・カペー・ド・アルザスはわざわざル・ルシエに来たのだ?  わざわざ身を危険に晒さず、後ろで悠然と構えていれば良かったのに」  そう。もし来なければ、死ぬことも無かったろう。  これから起こるであろう粛清の嵐とて、“尻尾切り”で生き残れた可能性が高い。  ……なのに、何故?  ムッシュ・デュランが知ってるとも思えないが、俺は聞かずにはおれなかった。 「俺が見るに、カペーは何かに憑かれた感じだったが…… いったい何にあんなに執着していたのだろう?」 「…………」  暫し考え込んでいたムッシュ・デュランが、口を開いた。 「“父”は、カール大帝に憧れていました。 ……いや、崇拝していたと言っていい」 「!?」  父、父だとっ!? じゃあこいつは――  が、ムッシュ・デュランはさして気にした様子も見せず、淡々と言葉を続ける。 「ですから、カール大帝の血を受け継ぐ一人であることに、非常に誇りを抱いていました。  そして同時に、あまりに魔導師絶対主義者だった。  だからこそ、許せなかったのでしょうな……“あの話”が」 「あの話?」  ムッシュ・デュランは溜息を一つ吐き、俺を見た。 「ご存知ですか、ムッシュ高町?  カール大帝というのは、5000年前に生まれた偉大な魔導師で、瞬く間にガリア全土を統一し、時の乱世に終止符を打った人物です。  様々な法や制度を導入し、およそ現在のガリア精神の基礎を造ったと言っていい。  まあそんな訳で今でも凄い人気です。英雄中の英雄ですな。  ……そんな大帝が、よりにもよって魔法の才の乏しい「ルシエの民の血を引いていた」などという説を唱えた学者がおったのです。  もう、世間は大騒ぎ。唱えた学者も右翼の青年に殺されました。 ――それ以来です。父がおかしくなったのは」  成る程、と俺は頷いた。  “偉大なる”カール大帝、そしてその末裔たる“高貴な”自分の双方に、“卑しい”ル・ルシエの民の血が混じっているかもしれない。  ――その疑惑に狂った、か。  だがその程度で? 証拠など何も無いではないか。何故そこまで狂える? 「もしや、何か証拠でも見つかったのか?」  ムッシュ・デュランはその問いには答えなかった。  代わりに帰ってきたのは、父に対する静かな罵倒。 「馬鹿な話です。その話が仮に事実だったとしても、笑い飛ばせばいいだけの話だ。  下手に隠し立てなどせず、嘘で塗り固めてしまえばいい。  嘘も百万遍言えば真実になる。ましてやそんな事実誰も望まないのだから、皆進んで嘘を信じるだろうに……  だが父にはそれができなかった」 「…………」 「挙句の果てに祖国を危機に落としいれるとは、本物の大馬鹿者です……死んで正解ですよ」 「……あ〜〜」 「ムッシュ高町、父を殺してくれて、ありがとうございました」  耐え切れず、何か言おうと口を開きかけた俺の機先を制すかの様に、ムッシュ・デュランは頭を下げた。  ――こうして、ムッシュ・デュランの“見舞い”は終了した。  およそ望む全てを達しながらも、俺は後味の悪い思いでいっぱいだった。