魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS 「とある30男と竜の巫女」 その5「その後の後始末(前編)」 【9】 <1> 「う……ううん…………」  目を覚ますと、わたしは自分の部屋のベットで寝ていた。  もしかして……今までのことはぜんぶ……夢?  そんな筈は――と記憶の糸を辿るが、まるで頭の中に靄がかかっているかの様に記憶が曖昧で、はっきりと思い出すことができない。  頭もだるく、うまく集中できない。  ……あれ? わたし……いったい何を思い出そうとしてたのだっけ?  何か大事な、とてもとても大事なことを忘れている様な気がするのだけど……  そんな未だ夢うつつ状態のわたしに、フリードが泣きながら凄い勢いで飛び込んできた。 「キュクルーーーーッッ!!」 「ど、どうしたの、フリード?」  むせび泣くフリードを抱きかかえようと、わたしは体を起こそうとして――失敗した。 「……あれ?」  何が起こったのか理解できず、わたしは首を傾げつつも再度起き上がろう試みる。 「……あれ? あれれ??」  けれど、何回やっても駄目だった。  体が、重い。体に、力が入らない……どうして? 「キュ、キュクル!」 「え……?」  フリードの言葉で、わたしは今までの出来事が夢で無いことを知った。  記憶が、蘇ってくる。  ドクンッ!  心臓が跳ね上がった。  真っ先に浮かんだのは、恭也さんのこと。  ああ……なんでこんなにも大切なことを忘れていたのだろう……  朦朧としていた意識が、一気に吹き飛んだ。  わたしは血相を変え、フリードに恭也さんの安否を訪ねる。 「フリード、恭也さんはっ!?」 「キュクルー」  けど、フリードは知らないと大きく首を振った。  ……何でも、わたしはあれから何日も寝込んでいたらしく、フリードはもうそれだけでいっぱいいっぱいだったらしい。  フリードはわたしがどんな状態だったか、そして自分がどんなに心配したか訴えたが、わたしの頭は恭也さんのことでいっぱいで、 それどころではなかった。  血塗れになって倒れていた恭也さん。  もし……もしも恭也さんに何かあったら、わたし…………  そう考えると、とてもではないけどじっとなんかしていられない。  何とか起き上がろうと、わたしは必死で体を動かす。  お願い、動いてよ。わたしの体……  ドサッ! 「あうっ!?」 「キュクルッ!?」  バランスを崩し、わたしはベッドから落ちてしまった。体を強くぶつけ、とても痛い。  でも……おかげでベッドから出ることができた。  這い蹲りながらも、わたしは必死でドアを目指す。  そしてドアの傍まで辿り着くと、頭上を心配げに飛び回るフリードを見た。 「ねえ、フリード…… お願い、ドアを開けて」 「キュクル!」  わたしの頼みを、フリードはとんでもないとばかりに拒絶した。  けれど諦めず、重ねて頼む。 「お願い、フリード……」 「キュクルー」 「わたしの体なんか、どうでもいいよ。そんなことより……ねえ、お願い」 「キュクル〜〜」  遂に根負けし、フリードは渋々ながらもドアのノブに脚をかけた。  けど、その前にドアが開いた。  ガチャ! 「……何をしている、キャロ」 「族長様……」  ノブを開けたのは、族長様だった。  族長様は床に這い蹲っているわたしをじっと見る。こわい……  けれど、わたしは勇気を振り絞って訊ねた。 「族長様…… 恭也さんは……?」 「高町殿なら、客間で寝ておられる」 「! じ、じゃあ恭也さんは無事なのですねっ!?」  その言葉に、わたしは目を輝かせた。  ああ、良かった。本当に良かった……  よく考えてみれば、あの恭也さんが死ぬ筈無いのだ。  本当に、なんてわたしはまぬけなのだろう。  ……でも、この時間にまだ寝ているということは、やはりまだ本調子では無いに違いない。  早くお見舞いに行かなくっちゃ。  それに恭也さんを看病もしないと……ああ、この思い通りに動かない体が憎らしい……  きっと今頃、自分の代わりに誰かが恭也さんを看病しているんだろうな。  そう考えると、涙が出てきた。  恭也さんを世話するのは、わたしだけの役目なのに……  そんなわたしの頭上に、族長様の声が響いた。 「キャロ……お前の“処分”が決まった」 「“処分”……ですか?」  その言葉に僅かな違和感を持ちつつも、わたしは頭を上げて族長様を見た。  たぶん、夜中に勝手に抜け出したり、危ないことをした罰なのだろうけど…… 「キャロ・ル・ルシエ、お前を一族から追放する。  以後、“ルシエ”の姓を名乗ることも、この地に近寄ることも一切まかりならん」 「え……?」  意味がわからず、わたしは思わず聞き返した。  ……それって、どういうこと? なんで? 「……己の罪深さを理解できていないようだから、教えてやろう」  混乱するわたしを冷ややかに見ながら、族長様がわたしの罪状を教えてくれた。  わたしが、人並み外れた大きな力を持っていたこと、  その力を狙って悪い人達が押し寄せてきたこと、そのせいで里にまで被害が及びかけたこと、  そして、恭也さんがその悪い人達をやっつけたこと。 「挙句の果てに、お前は暴走して守護竜様まで呼び出してしまった。  あのままでは、里どころかアルザス全体が滅んでいたことだろう。  幸い、これも高町殿のご活躍で事なきを得たが、だからと言ってお前の罪が消えた訳ではない」 「そんな……そんな……じゃあ……じゃあ恭也さんは…………」  族長様の言葉に、わたしは呆然となった。  もしそうだとすれば、恭也さんがあんな大怪我をしたのは――わたしのせい? 「やはり、お前は“忌み子”だった。もっと早くこうするべきだったのだ……」  ……“忌み子”?  忌々しそうな族長様の言葉、それを聞いてわたしはやっと理解した。  ああ、わたしは無視されていたんじゃなく、ただ嫌われていただけなんだ、と。  ……そっか、わたしは“いらない子”だったんだ。  きっと恭也さんも、わたしなんかに優しくしてくれたから、あんな酷い目にあったんだ。  わたしがいたから、あんな大怪我をしたんだ……  みんなみんな、わたしが悪いんだ…… 「……まあ今直ぐ出て行けとは言わん。体力が回復するまでは置いておいてやろう。  それまでに、せいぜい故郷に最後の別れを告げるといい」  そう言って、族長様は部屋を出て行った。  その後、お手伝いの人がやってきてわたしをベットへと戻してくれたけれど、それに気付いたのはだいぶ後のことだった。  わたしは、ただただ自分の殻に閉じ篭るだけだったのだ。 <2> 「むう、ここ……は?」  目を覚ますと、俺は立派な部屋の立派なベットで寝ていた。  ……ううむ、こんなふかふかなベットで寝たの、忍の家に泊まった時くらいだぞ?  まあ俺は布団派だから、ベットに寝たこと自体が数える程だかな。  喰わず嫌いでベットを敬遠してたが、中々にクセになりそうな感触である。 「とはいえ、煎餅布団のあの固い感触も中々に捨て難い。  ……やはりここは“贅沢は敵”という観点から、煎餅布団の勝ちかな?」  俺は苦笑した。  常在戦場を心掛ける以上、ベッドなどというな軟弱なものに身を委ねる訳にはいかない。  それこそ“臥薪”の心構えでいなければならぬのだ。  ……や、決して『ベッドが高いから』なんて理由じゃないですよ? 「何せ、最低ウン万だものなあ。マトモなヤツともなれば考えるだけでも恐ろしい。そんな金あったら、肉喰うぞ肉っ!」  そう呟きつつ、細部を観察する。  おそらく部屋の造りや間取りからして、ここは族長の屋敷だろう。  俺は、どうやら“守る”ことが出来たらしい。  そう考えた瞬間、心の奥底から自嘲の声が込み上げてきた。  ――はっ! 『“守る”ことが出来た』だって!?  ……そう、最後の最後にどうにもならなくなって、結局俺は“皆”に助けられた。  忍に、フィアッセに、那美さんに…… そして、キャロ嬢に。  思念の欠片になってまで心配させ、助けられた。  壊れかけるほど心配させ、助けられた。 「俺はピエロだ……」  抑えきれなくなった自嘲の念が、言葉となって口から漏れた。  ……結局、みんな最後の最後にはいつも自分の力で解決してしまう。  対する俺はと言えば、毎度毎度その場にいながら何の役にも立てず、ただ虚しく踊るだけ。 ――なんと、無様。  にも関わらず、みんなは笑って許してくれる、感謝してくれるのだ。ああ、女性というのはなんて強いのだろう……  それでも昔は、まだ自負があった。もっと強くなろうという意欲があった。  夢を、見ていたのだろう。夢を見ることが許されていたのだ。  ……が、もはや夢は見れない。夢も希望も無くなり、残るは現実のみだ。  自分の限界を知ってしまった。  自分の無力さを知ってしまった。  後は落ちていくのみと知ってしまった。  だから、俺は――  ああ、いかん。考えがどんどんネガティブになっていく……  俺はちらりと立てかけてあるノエルを見た。  こんな時にいつも俺に言葉や衝撃を見舞ってくれた“彼女”は、だが今は黙して何も語らない。  力を限界まで振り絞ったため、未だ魔力不十分で深い眠りに就いているのだろう。  ――なのに、そうまでしてもらったというのに、俺はそれを無為に……ああ、いかんいかん…………  俺は強く何度も頭を振った。  ……まったく、俺はこれ程までに弱くなったのか、これ程までに“彼女”に依存していたというのか。  まったく、情けないったら――  トントン  そこまで考えた時、ドアを叩く音が聞こえた。  やけにタイミングがいいなと思い、横を見て納得した。  ベットの傍の小さな机には、置き時計の様な機械が置かれている。  それは、病院でよく見かける、患者の容態を知らせる簡易観測器だ。  これが自分の目覚めを知らせたに違いない。 「どうぞ」 「失礼します」  入ってきたのは、族長だった。 「よろしいですかな?」 「ええ、丁度退屈していたので」  「一人だとどんどん鬱になっていく」ということもあったが、それ以上に族長の張り詰めた表情が気になり、俺は頷いた。  まあ思い当たることは山とあるが、はてさて―― 「まずは、お礼を言わせて頂きます。高町殿、里を……キャロを救って頂き、本当にありがとうございました」  勧めた椅子に腰を下ろすと、族長は開口一番そう言って大きく頭を下げた。 「いえ、最後にケリを付けたのはキャロ嬢ですよ。俺は……まあ前座を務めた程度です」 「……いいえ、やはり高町殿のお陰でしょう。  あれが高町殿以外のために守護竜様を召喚する筈も無いし、ましてや召喚した守護竜様を送り返すことなどできぬ筈。  全てをギリギリの所で抑えてくれたのは、貴方です」  俺がラスボスにボロ負けしたことを聞いても、族長はそう言って大きく首を振った。  そして次の瞬間、大きく溜息を吐き、やるせない様に吐き捨てた。 「しかし…… しかしそこまでして頂きながら、もう駄目です。  私は、あの子を……キャロを里から追い出さねばならない」 「追放っ!? ――キャロ嬢を!?」  驚きつつも、「やはり」という気持ちが大きかった。  力を発動してしまった以上……いや、懸念を現実のものとしてしまった以上、そうすることの方が“自然”なのだから。 「貴方は、もうキャロの“力”についてご存知の様ですな?」 「はい、薄々」 「……ならば話が早い。あの子はあまりに、あまりに大きな力を持って生まれてきました。  が、我々“ル・ルシエの民”はあまりに小さな一族です。  我々にはあの子を守る力どころか、あの子の力が呼び寄せるであろう現象から身を守る力すらありません。  ですから――」 「『もてあましていた』と仰るのでしょう? その立場は理解します。 ……納得はできませんが」  俺の皮肉を含んだ言葉にも関わらず、族長は「それが当然でしょう」と頷いて言葉を続ける。 「不憫な子です。有力な魔導師の家に生まれていたら、どんなに幸せだっただろうに……」 「…………」  それはどうだろうとも思ったが、まあ言っても詮無いことなので俺は沈黙で答えた。  ……族長だって、そんなことは判っているだろう。ただ、懺悔しているだけだ。 「あの子を追放することは、生まれた時から既に決まっていました。  それでもせめて、せめて12歳になって成人の儀を迎えるまでは、と思っていましたが、もういけません。  わたしは族長として、里のため、一族のため、決断を下さねばならぬのです」 「……しかし現実問題、あんな幼子が世間に放り出して生きていけるとお思いで? それこそどうなることやら……」  なまじ大きな力を持っている分、ろくなことにならないだろう。  せめて政府なり管理局に――と言いかけ、俺は慌てて口を塞いだ。  現地政府がルシエの民をどう見ているかはノエルから大まかにだが聞いていたし、その逆もしかりだろう。  そして管理局とて、決して善意一辺倒の組織ではない。  かつてのはやて、なのは、フェイトを巡る争いを見て、俺はそれを痛感していた。  キャロを巡って激しい争奪戦が起こり、手に入れた者は彼女を自らの忠実な手駒として育て上げようとするに違いなかった。  またそれ以上に、一般市民の管理局に対する不信感は決して小さいものではない。  各管理世界の管理局絡みの条約が、決して国民投票では行われないことが、何よりそれを証明している。  (※エリート主義、ミッドチルダの傀儡、秘密主義、強引等々……管理局への批判は多岐に渡る)  だが、そうなると残るは―― 「高町殿! どうかあの子を、キャロを引き取っては貰えないでしょうか?」 (やはり……か)  俺は腕を組み、考える。  心情的には、是非キャロ嬢を引き取りたいところではある。  ……だが俺はいずれ元の世に帰らねばならぬ身だ。最後まで責任をもてない。  同時に、キャロ嬢を切り捨てるには、俺はあまりに深入りし過ぎていた。  相反する事情。いったい、俺はどうしたら―― 「いきなりこの様な頼みは迷惑千万でしょうが、どうかご検討下さい。  私が信頼してあの子を預けられるのは、高町殿しかおられないのです」  そう言うと族長は何度も頭を下げ、部屋を出た。  一人っきりになると、俺は立てかけてあるノエルに向って、ぽつりと呟いた。 「……ノエル、俺はどうしたらいい?」  不破は黙して何も語らなかった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【10】  歩く度に体中に激痛が走る。  四肢に力が入らない…… 「くっ…… まさかこれ程とは……」  俺は全身脂汗を掻きつつも、よろめく様に廊下を歩く。  先程から数歩を歩いては休み、また数歩をいては休む――この繰り返しだ。  目指す場所まで普段ならばものの1分もかからぬ距離だとというのに、とても遠く感じられる。  だが、それでも俺はただひたすら歩き続ける。  ……何故かって? 「決まっているだろう? そこにキャロ嬢がいるからさ!」  族長との面会の後、さんざん悩みぬいた末に俺が出した結論は、『とりあえずキャロ嬢と会おう』というものだった。  ま、要は問題の一時棚上げだな。  こういう重要なことは、ノエルが目覚めてから一緒に考えるべきだと思う。うん、あいつ賢いし。  ……つーか金銭管理やってるのあいつだから、あいつの判断というか許可無しにはどーにもならんのだよ。  春を買うために一時的に金を抜き取るのとは訳が違うからな。 「それに、キャロ嬢が一向に俺に会いに来ないのは変だしな」  彼女のことだから、看病とかいって俺にへばりついてそうなものなのだが……  もしかして、未だに倒れているのか? ――なら、見舞ってやろう。  もしかして、落ち込んでいるのか? ――なら、慰めてやろう。  何より、俺は無性にキャロ嬢の顔が見たかったのだ。  ピエロ染みた行動だったとはいえ、自分が命を賭けて守ろうとした少女の顔を。  俺はキャロ嬢の部屋の前まで辿り着くと、ノックする手間さえ惜しみ、ノブに手をかける。  そして、ドアを開けると同時に倒れ込む様に部屋に転がり込んだ。  ……というか、本当に倒れた。  もー限界です。帰り、どうしよ? 「キャロ嬢っ!」 「!? き、恭也さんっ!?」  ベットの中で毛布を頭から被っていたキャロ嬢は、突然の乱暴な入室に驚き顔を出した。  だが相手が俺と知るやいなや、嬉しそうな声を上げ――  だが次の瞬間、再び頭から毛布を被ってしまった。 ……何故に? 「キャロ嬢っ! 俺だ!」 「…………」 「何故、無視する!」 「…………さい」 「?」  暫くして、キャロ嬢は無視したのではなく、「蚊の鳴くような声で何かを呟いている」のだということに気付いた。  俺は、痛みとだるさで低下した精神をなんとか集中させ、その内容を探る。  ――ごめんなさい…… ごめんなさい…… 「?」  キャロ嬢の真意をはかりかね、俺は力を振り絞ってベッドまで這う。  そしてベットに手をかけ、力を振り絞って立ち上が――ろうとしたが途中で力尽き、ベットに倒れ込んだ。  う゛あ゛…… 今、みしみしって音が…… くっつきかかってた骨が剥がれる音が…………  だが散々痛い思いをした代償か、俺の体は完全にベットの上に乗っていた。  その隣には、毛布を被ったキャロ嬢―― 「き、キャロ嬢っ!」 「!?」  至近距離からの俺の声に、毛布の中のキャロ嬢がビクッ!と大きく震えた。  ……だがそれだけで、一向に顔を見せようとしない。ただ『ごめんなさい』を繰り返すのみだ。  お、おのれ……なんと強情な…………  その“らしからぬ”態度に血が上った俺は、毛布を引き剥がすべく手をかける。 「!?」  それに気付いたキャロ嬢はますます深くに潜り込み、毛布お化けと化す。  ――かくして、毛布の奪い合いが始まった。 「ぬ、ぬうう……」 「ごめんなさい……ごめんなさい……」  傍から見たら「ナニやってるの?」だろうが、当の俺達は真剣そのもの。毛布を奪おう、奪われまいと互いに必死だ。  キャロ嬢も体に力が入らないようだが、それは俺とて同じ……いやそれ以上だ。  おまけに体を動かす度に激痛が走るから、中々勝負がつかない。 「うおうっ!?」 「きゃ!?」  遂には俺達はベットから転げ落ち、壁とベットの間に挟まってしまった。  ……いや本当、俺ナニやってるんだろうね? 後で思い出す度に鬱になるよ。 「ぐ、ぐおおお……」  とっさにキャロ嬢を庇ったため、受けた衝撃は自重+キャロ嬢。  高さ60〜70cmからの転落とはいえ、今の俺には悶絶モノである。  あ゛あ゛…… 今度はべきべきって音が…… 骨が……アバラが………… 「き、恭也さん!? 大丈夫ですかっ!?」  その声に我に返ると、俺の腹の上で俯せ状態になったキャロ嬢が、心配げに俺を見下ろしていた。  ……だが、俺と視線が合うと慌てて目を逸らす。ふっ、ふっ、ふっ、だがもう遅い。  俺は激痛を堪え、手をキャロ嬢の背に乗せた。ぐ、ぐお……やはり上に動かすのが一番キツい…… 「つ〜か〜ま〜え〜た〜〜」 「!?」  ぐ、ぐおお…… キャロ嬢、あまり暴れるな。アバラが、アバラがっ!?  だが……放さん! 放さんよっ! 「くくく…… もう逃げられんぞ。大人しくしろ」  俺も動けないけどな! さて、ようやくこれでまともに――!?  姿を曝け出したキャロ嬢を見て、俺は自分の目を疑った。  その小さな体は小刻みに震え、嗚咽している。  キャロ嬢は、完全に怯えきっていた。 「キャロ嬢……何故、泣く?」 「…………」 「……俺が、嫌いになったか?」 「!?」  俺の言葉、“嫌い”という言葉に、キャロ嬢は激しく反応した。 「……ないで」 「?」 「……きらわないで、ください」 「???」 「……もう、めいわくかけませんから……もう、にどとあいませんから……  だから……だから……きらわないで、ください…………」 「……キャロ嬢?」  嗚咽交じりの哀願に、俺は困惑した。  一体何が……どうなっている?  とりあえず、慰めてみる。 「キャロ嬢、俺はキャロ嬢のことが嫌いではないぞ?」 「……うそ、うそです」  むうう、強情な…… 「だってわたし……いっぱい……いっぱいめいわくかけました……  さいごには……きょうやさんちまみれでした……みんな……みんな…………」  わたしのせいです――そう呟き、キャロ嬢は再び嗚咽し始める。  あ〜、もう仕方が無いなあ…… 「……キャロ嬢、俺はキャロ嬢が迷惑だなどと未だかつて思ったことがないぞ? むしろ、大のお気に入りなのだが」 「うそっ!」  俺的に最上級の賛辞だったが、それを聞いたキャロ嬢は激しく反発した。 「わたしっ、恭也さんの役に立てなかった!  わたしのせいで恭也さん死にかけたっ!  きっと恭也さん、怒ってるっ!  わたしのこと、いらない子だと思ってる!  だから! だから――」  さっきまで、あんなに怒っていたじゃないですか……  振り絞る様な、声。  ……恥ずかしながら、先程までの自分の態度がキャロ嬢を怯えさせていたことに、俺はやっと気付いた。  何気ない俺の行動が、キャロ嬢の疑念に火をつけたのだ。  ははっ! たった一人の味方を自認していたのに、何をやっているのだろうな……俺。  だが、ようやくキャロ嬢の本音を聞き出せた。これは、大きな収穫だ。  ここにキャロ嬢の心を開く鍵があるに違いない! 多分……きっと。 「族長様にも言われました。お前は“忌み子”だって……」  先の爆発で少しは落ち着いたのか、キャロ嬢は俺をただただ拒絶するのではなく、たんたんと感情の乏しい声で独白する。  ……つ〜か族長、あんたナニ言ってやがるんですか。  幾ら故郷への思慕を断ち切るためとはいえ、モノには限度があるだろ? 「わたし、一族から追放だそうです……  ル・ルシエの姓も取り上げられちゃいました……  お情けでキャロという名は許されましたけど…………」  をいっ!? そこまでやるか!?   その徹底さに、俺は思わず空(天井)を見上げた。  たとえそうする必要があったとしても、こんな子供に言うこっちゃ無いだろ……  後でフォローするこっちの身にもなってくれよ。 「……で? キャロ・ル・ルシエではない、ただのキャロはこれからどうする?」 「……わかりません。わたし、生まれてから一度も里を出たことが無いですから」 「…………」  俺は、段々腹が立ってきた。  非道な犯罪者共、くそったれなガリア政府、キャロ嬢を守れなかったルシエの民……何より、不甲斐ない自分自身に。  前から怒ってはいたが、もう限界だった。  だから、キャロ嬢を慰めるのももう止めだ。  所詮、俺に幼子とはいえ女性を慰めることなんかできやしない。  俺は、俺のやり方でやるっ!  ――そう決断した俺は、ゆっくりと口を開いた。 「……つまり、キャロ嬢は捨てられたのだな?」 「! ……はい」 「じゃあ、俺が拾おう。今日からキャロ嬢は俺のモノだ」 「……へ?」  意味が判らないのか、キャロ嬢は目を点にして聞き返した。  ――これをチャンスとばかりに、俺は一気に畳み込む。 「キャロ嬢は捨てられた! だから俺が拾った! 拾った以上は俺のモノっ!」 「で、でもわたし……恭也さんに……」 「ああ! 死ぬほど痛かったわいっ! だから俺の言うことを聞けっ! 具体的には俺に拾われろっ!」 「でも……でも……」 「“でも”は禁止! 落ちてるヤツに拒否権は無い! 法律でそう決まっている!」  ……法律っていっても俺の脳内法だがな。  だが今のキャロには何を言っても無駄だ。勢いで押し切るしかない……と思う。 「考えてもみろ! フリードとて卵のうちとはいえ俺に拾われ、俺がキャロ嬢に贈ったからこそ、ここにいるのだぞ!」 「あ……」  ……そこで納得するか? キャロ嬢?  まあ確かに、フリードはキャロ嬢にとって実の子供の様なものだが……  う〜む、キャロ嬢の将来に一抹の不安を覚えるなあ。 「わたし……恭也さんのモノになるのですか?」  暫しおろおろと視線を動かしていたキャロ嬢が、やがてぽつりと呟いた。  俺はその通りと頷く。 「ああ、俺の家族になって貰う。お互い天涯孤独の身の上だからちょうどいい、たった今からお前は高町キャロだ」 「高町、キャロ……」 「ちなみにキャロ・高町でも可だ。あと、もうキャロ嬢なんて呼んでやらん。キャロと呼び捨てにしてやる」 「……あの」 「なにかね、キャロ嬢……キャロ?」 「フリードも、一緒にいいですか?」  それは、俺の言葉を受け入れたからこその意思表示。  だから、俺は満足げに頷いた。 「いいも悪いも……フリードはキャロの標準オプションではないのか?」 「違います! フリードは大切な家族です!」 「判ってる、冗談さ。だって、二人で育てた子じゃないか……俺が見つけ、キャロが暖め、育てた」 「恭也さん……」  キャロは俺の胸に顔を埋め、泣いた。  その間、俺は最後の力を振り絞り、背中をやさしく撫でてやった。  耐えろ、俺の腕……あと少し……これが終わったら、たっぷり休ませてやるから…………  …………  …………  ………… 「恭也さん……なんで恭也さんは、わたしなんかにこんなにやさしくしてくれるのですか?」  泣き終わるとキャロは俺の目をじっと見つめ、何処か甘えた様な声で訊ねてきた。  ……しかし、キャロの甘え声って今まで何度も聞いてきたが……何だろう? これ、初めて聞くニュアンスだ。う〜む? 「恭也さん? 教えて下さい……」  重ねてキャロが聞く…というよりねだる。  とはいえ、もう勢いだけでは言葉が出ない。ぶっちゃけネタ切れ。  だがキャロは更にもう一言を期待し、目を輝かせている。困った……実に困った……  ……仕方ない。  やむなく、俺は昔見たアメリカ映画の台詞の一節を借りることにした。  それは、泣きじゃくる娘を父親が優しく慰めるシーンで使われたものだが……ま、“兄と妹”でもなんとか使えるだろう。 「……それはな? 俺がキャロを、世界で一番愛しているからだ」 「! 恭也さん……」  キャロは目を潤ませ、俺に抱き……つけないため、盛んに体をこすり付けた。  ……キャロよ、まるで猫だぞ?  暫し、俺はその行動に身を委ねる(どーせ動けないしなあ……)。  が、気になることが一つ――  ジーー 「…………」  ジーーーー 「…………」  ……俺は、それを無視しようかとも思ったが、いい加減我慢できずに目をやった。  そこには、アナグマならぬ手伝いの少女。  彼女はまるで美由希の様にメガネを怪しく光らせ、少し前から俺たちのやりとりを見ている。  や、できれば追い出したかったが、キャロのことが何より優先されたからなあ……話の腰、折られたくなかったし。  だが、もうその必要も無い。俺は目で『出てけ』と合図する。  にたあ〜〜  すると、少女は満面の笑みを浮かべつつ大きく頷いた。  そして、部屋を出るべく背を向ける……が、何か思い出したのか振り返り、俺を見た。  そして――  ぐっ!  親指を上に向けた握り拳を突き出し、それを終えると去っていった。  むうう……何のまねだ? “了解”? 「恭也さん? どうしたんですか?」  しきりに首を傾げる俺に気付き、キャロが顔を上げて俺を見た。 「……いや、大したことじゃあない。それより――」 「それより?」 「……そろそろ起きたいんで、手伝ってくれないか?」  この体勢、もう限界です。  ついでに体も限界で、キャロの手を借りないと起き上がれません。  ……だが、それを聞いたキャロは、少し困った様な顔をして言った。 「恭也さん……」 「何だ?」 「実は、わたしも起き上がれないんです…… 手足に力が入らなくて……」  な、なんですとーッ!?  いや、確かにキャロは、リンカーコアを無理矢理その臨界付近まで動かしてたからなあ。考えてみれば、当然か?  だが、それでは俺たちはどーなるっ!? 「――そ、そうだ! フリードは!?」 「あ、そういえば……」  見渡すが、フリードはいない。  くそうっ! いつもキャロの傍にいるクセに肝心な時に! 「恭也さん…… フリード、着信拒否してます。なんだか、とっても拗ねてるみたい……」  何とかコンタクトをとろうとしたキャロが、涙目で言った。  ……後で判ったことだが、心配する自分を無視して二人の世界に入った俺達に腹を立て、ハンスト起こしていたらしい。  それでもキャロが普段の状態ならば呼べたろうが、この体調じゃあそんなこと望むべくもない。どうする、俺? 「で、では、簡易観測器を……」  俺は、枕元の机に置かれている簡易観測器に目を向けた。  患者の容態を知らせるこの機械なら、俺たちが騒げば――ってスイッチが切られてる!?  はっ! そうか、あの少女!  あの手伝いの少女も、俺たちの騒ぎを観測器からの警報で知り、駆けつけたのだろう。  ……まああんだけ騒げばなあ。  だが、何もスイッチ切ることないだろうよ? 俺たちは病人&怪我人だぞ? 「恭也さあ〜〜ん」  キャロが、情けない声を上げた。  ……うん、わかるぞその気持ち。俺だって叫びたいからな。  だがキャロの手前、そういう訳にもいかん。  俺は無理やり苦笑いを作り、キャロを見た。 「キャロ……全ての道は閉ざされた。明日の朝、誰かがメシを持ってきてくれるまで、このままだ」 「そ、そんな〜〜」 「キャロ……大丈夫だ、俺が付いている」 「で、でも!」 「俺では、駄目か?」  真剣な表情を作り、キャロの目を見る。  と、キャロは顔を赤くして目を背けた。  ……あれ? 何か反応が今までと違う? 「い、いえ……恭也さんと一緒に寝るの、わたしの憧れでしたから……」 「なら、問題なかろう?」 「でも……もしトイレに行きたくなったら、どうするのですか?」 「あ〜〜、ドンマイ」  キャロの告白に、俺は言うべき言葉が見つからず、適当な言葉でお茶を濁す。  と、キャロは真っ赤になって反論した。 「まだ大丈夫ですっ!」  そして、きっ!と思いつめた様な表情で俺を睨み付ける。 「でも! もしそうなったらっ! ……恭也さんを殺してわたしも死にます」 「まてい! その程度で殺されたらかなわんぞっ!?」 「“その程度”なんかじゃないですようっ! うわ〜ん、フリードおっ!」 「ああ、判ったから泣くな泣くな……」  泣きじゃくるキャロをあやしつつ、俺は盛大な溜息を吐いた。  結局、俺たちが開放されたのは、それから数時間後のことだった。  俺が部屋から消えたことを知った族長が、心配して探してくれたのだが……  見つけられた時は、実に呆れ果てた表情をされたものだ。  「もしかして、早まったか?」なんて思われたかもしれんな……  ……ああ、最後にあともう一つ。  涙で水分を流しきったせいかどうかは判らないが、まあ“無事だった”とだけは言っておこう。