魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS 「とある30男と竜の巫女」 その3「ひとりぼっちの戦争(前編)」 【3】 <1>  その夜、ドミニクは独り抹殺目標の家へと向かっていた。  高位魔導師たる彼に闇夜など関係ない。暗視魔法で視界に捉えた光景を補正・変換すれば、周囲は昼間と変わらぬ明るさだ。  故に移動魔法も発動し、風の如く疾る。そして里外れの小さな林の手前でようやく解除、通常歩行へと切り替えた。  抹殺目標の家はこの林の中、もう直ぐだった。 「けっ、しけた住処だな?」  小さな小さな、丸太を組んだだけの粗末な高床式住居。小屋と呼ぶのもおこがましいそれを“視て”、ドミニクはせせら哂った。  そして「まあ人モドキ(Fランク)にはお似合いか」と呟きつつ、デバイスを起動させる。 「悪く思うなよ? 猿共となれ合ってるおめーが悪りいんだ。観念してこのボロ屋と一緒に消し飛びな」 「――それは困るな」 「ッ!?」  その声にドミニクは驚き、背後を振り向く。  と、そこには襲撃目標(恭也)が立っていた。 「て、てめえ、何時の間に……」 「お前がこの林に入って直ぐだが?」 「…………」  まったく気付かなかった……  ドミニクの額に、一筋の汗が流れる。  何処かで情報が漏れ、待ち伏せされていたとしか思えない。  ……まさか、内部に裏切り者が?  その考えが顔に出たのか、恭也は苦笑と共に否定する。 「……おいおい、あんなに殺気振り撒いてちゃあ、気付かない筈がないだろ?」 「俺の隠形が下手だとでも言うのか!?」  ドミニクが語気を強めて凄むも、恭也は表情一つ変えない。  ……いや、寧ろ困惑気に僅かに眉が歪む。 「隠形? ……あれが?」 「てめえ……」 「まあどうでもいいか。 ――とにかく、俺はバカンス中なので寛大だ。今すぐ“回れ右”するなら見逃してやらんでもないが?」  この恭也の態度に、ドミニクは感情を大いに刺激された。  Fランク如きに馬鹿にされたことに、その肥大した自尊心は耐えられないし、また耐えるつもりもない。  「適当に遊ぶ」から「徹底的にやる」に予定を変更し、デバイスを戦闘モードへと切り替える。 「逃げないのか?」 「Fランクとはいえ一応は魔導師、一思いに殺してやろうと考えていたが…… 楽には殺さねえっ!」 「ふむ、仕方無いな……」  恭也はやれやれと首を振ると、腰のデバイスも抜かぬまま――  いや、構えすらとらず自然体のままで言い放った。 「かかってこい」 「死ね!」  ドミニクは怒りを込めて、突きを放つ。  身体機能を魔法により恐ろしいまでに高めて繰り出すその拳は、鋼すらも砕く強度と拳銃弾に匹敵する速さを有していた。  だが恭也はそれをあっさりかわすと、ドミニクの腹に手を当てて軽く“押す”。 「かはあっ!?」  その次の瞬間、ドミニクは体をくの字に曲げ、吐瀉物を撒き散らしつつ崩れ落ちた。 (なにが…… 一体何が起きた?)  撒き散らした吐瀉物に顔を汚しながらも、ドミニクは未だ自分の身に起こったことを理解出来ず、呆然としていた。  あのFランクを殴り飛ばそうとしたら、突然腹が……いや内臓全体に激痛が走った。  まるで腹の中全体に響き透る様な激しい痛み。  ――こんなもの、今まで経験したこともない。 (まさか…… これを、あのFランクにやられたのか?)  だが、直ぐに有り得ないと首を振る。  Fランクの魔力で、高位魔導師たる自分のバリアジャケットの防御力を破ることなど絶対にできない。  (※その耐衝撃能力は、通常の状態ですらRHA換算で最大300mmに達する!) (畜生…… 一体何が、どうなって……)   「まだ、やるか?」  その声に、顔を上げる。  両目に映るは、自分を見上げる恭也―― (――なんだ、なんだよ、何で俺が倒れてるんだよ! 何でてめえが俺を見下ろしてるんだよっ!?)  爆発的な怒りを糧に、ドミニクはよろめきながらも立ち上がった。 「てめえ……許さねえ……絶対に許さねえ…………」 「……逆恨みの気がするが?」  対する恭也はせせら笑うのみで、尚も無手だ。  安い挑発だが、決して油断してのことではない。  「この様な手合」には「こうする」方が楽だから、そうしているだけの話だ。 「がああああっっ!!」  ドミニクは更なる怒りと渾身の魔力を込め、再び突きを放つ。  今度はタングステン合金に匹敵する硬度にまで達した拳(魔力拳)を超音速で、かつマシンガンの如く繰り出す。  命中時の魔力開放による破壊力も考えれば、当たれば戦車とて無事では済まないだろう。  ましてや脆弱な人間の肉体など、傍を通り過ぎただけでその衝撃波により肉を、骨を断たれて絶命するに違いない。  ――だが、「それだけ」だ。  歩法の基礎すらできておらず、ただ力任せに殴るだけの単純極まりない攻撃。  視線どころか腕の振りや足の運びといった、それこそ全ての予備動作で次の行動が読めてしまう拙い動き。  何より、挑発すればする程熱くなり、頭は真っ白に、動きは一層単調となるその幼い精神。  つまるところ、ただのチンピラに過ぎない。  この程度の相手に負ける御神流では、恭也ではなかった。  銃火器の進化により諸流派の大半が衰退滅亡、或いはスポーツ化してゆく中、真の武術として生き残った数少ない流派の一つ。  いや、それどころか時代に適応し、更なる高みに達した殆ど唯一の流派“御神流”。  その御神流を極める数歩手前まで修め、かつ数多の熾烈な戦場と戦闘を経験をした恭也が、偶然力を手にしただけのチンピラ 1人如きに負ける筈が無いのだ。  魔力を、神速を使う必要すらない。  少し露骨なフェイントを見せてやれば、ほらもう喰いついた。  避けるまでもなく、勝手に向こうが避けてくれる。無防備な背中を晒してくれる。  恭也はその背に手を当て、再び“押した”。 「かはっ!? がっ……があっ…………」  まるで脊髄に電流でも流れたかの様な激痛を覚え、ドミニクは再び地に伏した。  場所は先と同じ場所、またも己の吐瀉物に塗れる。  だが先程とは異なり、首から下は指一本動かすことすらかなわない。 (ちくしょう、なんで当たらねえんだよ…… なんでバリアジャケットが利かねえんだよ…………)  だが彼は未だ現実を受け入れられないでいた。  この厳しい現実を受け入れるには、彼の自尊心はあまりに肥大化し過ぎていたのだ。  ドミニクの魔導師ランクは、“B+”。  Bランク以上の魔導師は「5,000人に1人」という、ある意味突然変異とも言える希少な存在だ。  無論、彼とて最初からこのランクだった訳ではない。  だが潜在魔力など調べればかなりのところまで判るし、彼は覚醒の段階で既にCランク相当の魔力を発揮していた。  この時点で、彼の将来は社会的にも実力的にも約束された様なものだった。  魔力による圧倒的なまでの肉体的・頭脳的補正。そして数々の魔法……  自然、彼は努力というものを知らぬ……いや鼻で哂う様な、高慢極まりない少年へと成長していくこととなる。  その後、ドミニクは金よりも虚栄心を満たすために国軍に入ったが、軍でも彼の性格が矯正されることはなかった。  特に鍛えずとも、その大魔力により強化された肉体は、血反吐を吐いて努力するDEランクを圧倒する。  Cランクですら、生半可な努力では相手にならない。  結果、彼はますます増長し、やがて軍でももてあまされる様になった。  (それでも見放されなかったのは、それだけ希少な存在だから、ただそこにいるだけで強大な砲、強大な盾となるからに過ぎない。   Aランク以上の人材は一層希少な上、金払いの良い民間企業や遣り甲斐のある管理局を第一に志す――これはBランク以下   とてそう変わりはないが――ため、軍はその残りを他の公共部門と争って確保しなければならないのだ)  当然、ドミニクはこの軍の対応に納得しない。生まれたのは反省ではなく激しい不満。  この不満が彼を軍の地下組織に参加させ、遂にはこんな狂った計画にまで首を突っ込ませたのだ。 「てめえ……ぶっ殺してやる……」 「……まだ言うか」  自分を二度も地に這わせ、悠然見下ろすFランク野郎(恭也)。  それを指一本動かせず見上げる自分。  ドミニクの自尊心は崩壊寸前だった。  なんとかこいつの鼻を明かしてやりたい……その一心で、考えるよりも先に口を開く。 「けっ! てめえのお気に入りの餓鬼が攫われようってのに、暢気におめでてえ野郎だ!  里の連中ぶっ殺したら、仲間全員でてめえも殺してやるから覚悟しとけよ!」 「ほう……」  その言葉を聞き、恭也の目付きが変わった。  それは、チンピラではなくテロリストを見る目。  恭也は無言でドミニクの利き手を踏みつけ、砕く。 「がああああっ!?」  恭也は絶叫を上げるドミニクを冷酷な目で見下ろし、宣言した。 「お前の知っていることを、全て吐いてもらう」 <2、森の廃屋>  ――やや時間は前後して、ルシエ自治領内縁の廃屋周辺。  ドミニクの姿が見えぬことに気付き、中背の男が声を張り上げていた。 「ドミニクはどうした!」  周囲の兵達は暫し目を見合わせるが、やがて一人が進み出て恐る恐る答えた。 「……カルヴィン中尉殿は、例の魔導師を始末しに出撃されました」 「なんだと!? お前らそれを黙って――」  これを聞き、中背の男は激高し―― だが直ぐにそれを飲み込んだ。  ……そもそも自分達の言うことすら聞かないドミニクが、兵共の言葉など聞く筈も無い。  問題はそんなことよりも、それによる影響だ。 (不味い、不味いぞこれは……)  中背の男は焦燥し、爪を咬む。  何しろあのドミニクのことだ、里近くにも関わらず派手な魔法を連発し、周囲の耳目を盛大に集めかねない。  ……そうなれば、奇襲はおじゃんだ。  数千からの連中が四方八方に散れば、手勢だけでは掬い残しが出る可能性が高い。  だが、掬い残しを出せば―― (俺達の身も危うい。畜生、やはりあんな馬鹿を引き込むのではなかった!)  とはいえ、考え込んでいる場合ではない。  幸い、未だドミニクは大人しくしている様だ。ならば今の内に俺達も行動に出るべきだろう。  中背の男は一人頷き、再度兵に訊ねた。 「ドミニクは何時頃出て行った?」 「は、確か――」  兵の答えは、予想とは異なりかなり前だった。  高位魔導師であるドミニクが、Fランク相手にここまで梃子摺る筈が無い。 (……あの馬鹿、何処で道草を喰っている?)  中背の男は首を捻る。  だがこっちが行動を起こせば進んで参加するだろうと考え、今は脇に置くこととした。 「……まあいい、そんなことより出撃だ。これより里を襲撃――」  その言葉は、兵の叫びによりかき消された。 「大尉殿! 敵襲です!」 「何!? 数は!?」 「現在確認できたところでは1名! 既に4人やられました!」 「ちっ! ジョルジュ、話は聞いた! 俺が出る!」 「! 待て、ジョージ!」  何事かと小屋から飛び出、事情を察して駆け出す大柄な男(ジョージ)を、中背の男(ジョルジュ)が慌てて呼び止める。  ――だが、遅かった。ジョージは森から出てきた全身黒尽くめの男と接触、戦闘を開始する。 「うおおおおっ!」  ジョージは近接格闘戦体勢に入ると大声を張り上げ、襲い掛かる。  だが対する黒尽くめの男は、ただこちら目指し歩くだけでジョージに目もくれない。  そんな対照的な両者は、正面から衝突――しなかった。 「かあっ!?」  衝突する瞬間、ジョージはまるで自分から避けるかの様に宙に浮き、そのまま地面に叩き付けられた。  そのままピクリとも動かない。それどころか余程激しいダメージを受けたのか、失禁しズボンと地面を汚している。  そして黒尽くめの男は、何もなかったかの如く歩き続ける。 「……な、何だ? 今のは?」  その一連の光景に、ジョルジュは目を大きく見開いた。  戦闘態勢に入った高位の戦闘魔導師が、ただ地に叩き付けられただけでああなる筈が無い。  間違いなく、あの男が何らかの攻撃をしたのだ。  だが仮にも戦闘態勢のC+ランク魔導師のバリアジャケットを、こうも簡単に破るとなると―― (あの腕を考えても最低でもCランク以上、常識的に考えればBランク以上……)  ジョルジュは情勢の不利を悟った。  ジョージがああもあっさり負けたからには、同レベルの自分も同様と考えた方が良いだろう。  ……残る10人ほどの兵と共同で戦えば、或いは対抗できるだろうか?  そこまで考え、だが内心首を振った。 (……いや、“一般”〜“熟練兵”程度の練度しかないEランクが、たかが10人程加わったとしても焼け石に水だ)  相手はおそらく“教官”級の練度を持つ、Bランク以上の魔導師。  ドミニクとは異なる“本物の”Bランク魔導師だ。自分にジョルジュ、それにドミニクが力を合わせても勝てたかどうか……  何れにせよ、このまま戦闘となれば、派手な魔法の炸裂音で里の連中の注意を喚起してしまう。 (――失敗、失敗だ!)  ジョルジュの前が真っ暗となった。  だが、その間にも男はこちらに近づいてくる。  どんな魔法かは判らぬが、時折左右の手を軽く動かすただそれだけのことで、兵を一人また一人と倒している。  兵共の士気は崩壊し、もはや逃げ腰だ。 「貴様…… 我々が“ガリア”世界連合政府の国軍だと知った上での行為か!?」  焦燥を誤魔化し、ジョルジュは叫んだ。  すると黒尽くめの男が初めて反応を示した。  歩みを止め、凄まじい威圧感でこちらを睨み付ける。  そして深い怒りを秘めた低い声で、言葉を発した。 「……国軍? 国軍だと?」 「ああ、我々は国軍だ! それに楯突くお前は重犯罪者だ!」 「守るべき民に手をかけようという輩が、どの口で国軍を名乗る?」 「な、何のことだ?」  惚けるジョルジュに、男は手にしていた“腕輪”を放り投げた。  ……それが血と泥に塗れたドミニクのデバイスであることに気付き、ジョルジュは真っ青になる。 「――なっ!?」 「その持ち主が、全て吐いた」 (馬鹿な!? 如何に未熟とはいえ、仮にもB+のドミニクまで……)  “助教”級の練度を持つC+ランクの自分達とて、ドミニクと戦って負けないまでも勝てるかどうかは微妙なところだ。  この事実により、ジョルジュはあらためて確信した。  間違いない、この男は自分達よりも遥かに高ランク、高練度の戦闘魔導師だ! (畜生! あの猿、何がFランクだ!)  ジョルジュはこの情報をもたらしたヤンを呪った。  だが確かに入国データべースで調べた限りでは、この“高町恭也”なる男はFランクの筈だった。  外見の特徴も一致し、間違いないと判断したのだが―― (――おそらく、入国時に提示した書類は偽造。こいつも俺達と同じ穴の狢か)  どこの組織の人間かは判らぬが、この男もあの娘の力を目的に近づいたのだろう。  そういった連中が、命を狙われたらどうする?  ……決まりきっている、報復だ。 (畜生、藪を突いて大蛇をだしちまった!)  ジョルジュは後ずさりつつ、提案を持ちかけた。 「ま、待てよ…… 取引といこうじゃないか!」  だが男(恭也)はそれを無視し、再び歩き始める。  それでも必死にジョルジュは言葉を続ける。 「も、もう直ぐ俺達のボスが来るんだ! この世界じゃ大物だぞ? 取り持ってや――」  突然、恐怖に歪んでいたジョルジュの顔が歓喜に満ちた。  そして勝ち誇った表情で恭也を見る。 「これは……“閣下”!? く、くくく…… お前、“終わり”だぞ? 多少魔力や腕があった所で、あの御方には到底敵わん!」  その言葉の直後、空間と地面に何重もの魔方陣が形成された。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【4】 <1> 「これは……“閣下”!? く、くくく…… お前、“終わり”だぞ? 多少魔力や腕があった所で、あの御方には到底敵わん!」  そう勝ち誇るジョルジュの背後では、空間と地面に幾重もの魔方陣が形成されていく。  これは転移魔法、それも複数を遠方へと送り出す為のものだ。  やがて完成された魔方陣からは、光と共に6人の男達が現れた。  皆フード付のマントを羽織っているためにその素顔は判らぬが、ジョルジュは喜び駆け寄った。 「“閣下”! それに“教導官”殿――」  ドンッ!  だが“教導官”と呼ばれた男は、無言でジョルジュの腹を撃ち抜いた。 「あ…あれ……?」  そのあまりの早業、思いもよらぬ行為に、ジョルジュは自分の身に何が起きたのかを理解できない。  一瞬不思議そうな表情をし……そのまま崩れ落ちた。  ――それが、合図だった。  残る5人の内4人がマントを脱ぎ捨て、残る兵共に襲い掛かる。  彼等は凄まじいばかりの手際で、次々と兵共を撃ち倒して行く。  しかも倒れた者や(恭也が)既に倒した者にまで止めを刺す、という念の入れようだ。  周囲はたちまち鮮血に染まった。 <2>  この凄惨な殺戮劇の中、いち早く危機を察して遁走した恭也は、森林に身を隠しつつその様子を伺っていた。 「トカゲの尻尾切りか?」 《恐らくは。 ……ですが、どうも最初から始末する気だった様にもみえます》  「形勢を見て切り捨てたか?」と考えた恭也に、ノエルは「それは少し違うのでは」と指摘する。  そもそも常識から考えておかしいのだ。  ここ第6管理世界は次元連合(※地球で例えるとEUの様なもの)の加盟国、つまりれっきとした文明国なのだ。  如何に“閣下”とやらに権力があろうと、1万人近い大殺戮を隠し通せる筈が、誤魔化しきれる筈がない。  必ず明るみに出て、世界の内外から糾弾されることだろう。  その圧力に負け、或いはそうなることを恐れ、徹底的な捜査を余儀なくされるであろうことはあまりに明白だった。  ……だが、にも関わらずあの連中は「それができる」と信じていた。  何故か? 簡単なことだ。猿呼ばわりからも判る様に、連中はルシエの民を人と見做していなかったのだ。  「猿を殺して何が悪い?」 ――そういうことだ。もはや狂っているとしか言いようが無い。 《ただ“猿”呼ばわりするだけならまだしも、ここまで来ると重傷です。  初めはその思想を利用して便利に使っていたものの、段々と重荷となってきた。  ――そんなところでは?》 「だからこれを機会に、か。 ……だがそうなると、ルシエの民を抹殺することは“手段”ではなく“目的”ということにならないか?」  恭也は首を捻った。  ノエルの話の通りだとすれば、「キャロ一人攫うため」という手段論は完全に破綻する。  この指摘に不破は頷いた。 《どちらも目的でしょう。鶏が先か卵が先か、どちらが先に出たのかまでは判りませんが》  ノエルは言う。  各地の情報にアクセス(※非合法を含む)して得た情報から推測するに、ルシエの民を目障りに思う者は意外と多い。  その契約により自然保護を重視せざるを得ず、アルザス地方の地下資源を思う様に採掘できないでいる巨大企業。  小なりとはいえ自治権のみならず免税権までも持つ彼等を、内心苦々しく思っているであろう中央政府や中央議会の保守派。  ……ああ、その両方に関わる地元政府や議会とて同様だろう。これに主義者まで加われば、かなりの勢力や動機となる。  更に付け加えると、第6管理世界は技術や経済面では紛うことなき先進国だが、政治や思想的には極めて保守…いや守旧的だ。  故にその後進性を考えれば、「過激派を偽装してルシエの民を抹殺、秘密を守る為に下手人にも消えて貰う」などという馬鹿げた シナリオに乗る輩が出てきても、まあ不思議ではない(或いはキャロの方こそ“従”“木を隠す森”と考えることすら可能だ)。  ――だがその指摘は、恭也にとって実に痛いものだった。 「くっ、不覚だ!」 (ことここに至るまで、全く気が付かなかったとはっ!)  恭也は己の迂闊さに歯噛みする。  6年前の合同作戦により、この世界の「後進性」は痛感していた筈なのに……  今思えば、気付くチャンスは幾つもあった。  例えば、初日に見付けた木の傷。 ――あれは、この世界の軍が使う連絡手段の一つだ。  例えば、あのヤンとかいう小男はあまりに胡散臭すぎた。  他にも挙げれば片手に余る。普段の自分ならば不審に思い、とっくに探りを入れていただろう。  偶然ぶつかっただけでもこれだけあるのだから、そうなれば更に色々と出てくることは疑いない。  少なくとも、黒に近い灰色を見出せた筈だ。 (或いはリンディ提督かクロノあたりにねじこんで、腕利きを数人呼び寄せることだってできたかもしれないのに!)  ……だが現実はこの有様。全てが自分のミス、気の緩みによるものだ。 《そう自分を責めないで下さい。そもそもマスターは“緩む”ために来たのですよ?仕方の無いことです》  自分を責める恭也を見かね、ノエルが慰めた。  彼女の見るところ、度重なる戦闘によって恭也の神経は極限まで消耗していた。  このまま行けば、それこそ集中が切れて戦闘中不覚をとるか、集中の糸が伸び切ってしまうかの二者択一だっただろう。  それ故に“ここ”へ来たのだ。全てを忘れ、神経を休めるために。  ――だからマスターは悪くない、と力説する。 《むしろ私のミスです。マスターが緩んでいたからこそ、もっと積極的にサポートすべきだったのに……》  そうは言うが、ノエルとて常に起動している訳ではない(寧ろ大半は寝ている状態だ)。  そして起動している時ですら、強敵相手の戦闘でもない限りその能力は限定的だ。  そうでなければ直ぐにガス欠ならぬ魔力不足となってしまうだろう。  つまり普段ノエルに入ってくる外部情報は、必然的に恭也が得るそれよりも更に少ないものとなる。  そんな彼女が責任を負うというのは、些か無理があるだろう。  だが同時にノエルの心情も理解した恭也は、肩を竦めてその申し出を受け入れた。 「ああ、これは俺達二人の責任だ。 ……一緒に責任とってくれるな?ノエル』 《もちろんですとも。マイマスター》  手早く背景の分析を終えた二人は、本題に入る。 「で、敵の戦力は?」 《派手に動き回っている4人組はC+ランクです。ですが、あの“閣下”“教導官”と呼ばれた男達は――》  パッシブ式の遠隔スキャン――アクティブ式と比較して精度や探知距離は劣るものの隠密性に優れる――を実施したノエルは、 恭也の問いに応じるも一瞬口篭った。 「……お前が迷うとは珍しいな」 《彼等の被っているマントは、おそらく高度なステルス機能を持ったマジックアイテムです。  口惜しいですが、現状ではアンノウン(解析不能)と言わざるを得ません。  ……ですが、多分強いですよ。あの二人は》 「ま、ラスボスと中ボスみたいなものだからな。強いのは“お約束”ってもんさ」    ────キィィィィーーン────  突然、周囲の空気が変わった。  無機質や硬質といった表現が相応しい不快な感覚が、五感を刺激する。 「……これは?」 《結界です。この辺り一帯が隔離されました。  これでどんなに派手にやらかしても“外”からは気付かれません。  ……どうやら我々を逃がす気は更々無い様ですね》  顔を顰める恭也にノエルが答えた。  時計を見るとあれから1分と経過していないが、既に“尻尾切り”は終わっている。  残るは恭也たちのみだ。 「ちっ! せめて里の連中に知らせたかったが──」 《あと一つ、あの“教導官”と呼ばれた男はA……それも恐らくA+ランクです。  この結界を発動した時の魔力の質と量からして間違いありません。  ――結界が完成しました! 来ますよっ!》  次の瞬間、森林は一面焦土と化した。 <3>  焦土と化す一歩手前で飛び出した恭也に、待ち構えていた4人の男達が一斉に襲い掛かった。  タイムラグのある射撃魔法を使用せず、零距離での近接格闘戦を挑んでくる。 (――できる!)  蹴りを避けつつ、恭也は相手が先程の雑魚共とは一味も二味も違うことをあらためて思い知った。  だが、感心している暇など無い。直ぐに二の矢三の矢が繰り出される。  凄まじいまでの連携攻撃の嵐。  ……正直、回避するだけで精一杯だ。 「ちいっ!」  忌々しげに恭也は舌打ちする。  この4人、一人一人が中々の腕であるのに加え、非常に息が合っている。  ただでさえ(戦力二乗の法則により)戦力を乗数化しているというのに、更にその何倍もの効果を叩き出しているのだから、 実に始末に負えない。  この包囲網を破れるのは、対人戦闘のエキスパートたるクラナガン・エクスプレスでも2人……いや、3人しかいないだろう。  ある程度の直撃に耐えられるだけの防御力と、一撃で相手に戦線離脱かそれに近い損害を強いられる攻撃力を持ち、 かつこの“嵐”の中でも冷静かつ正確に戦える者。  ――即ち、Aランクの中でも“熟練兵”の練度を持つ2人、そして……自分こと高町恭也。 (――ちっ! 出し惜しみしてる場合じゃ無いか!)  このまま無駄に体力と集中力を消耗させるのは愚の骨頂と判断した恭也は、切り札の一枚を切ることを決断した。  ボス戦前に、それもその目の前で使いたくは無かったが――  『神速』  ドクン!  恭也の内で、“スイッチ”が入る。  次の瞬間、恭也は“別の世界”にいた。  そこは、飛翔するライフル弾すら地を這う様な速度で移動する、色の無い世界。  真の御神の剣士のみが辿り着くことができる世界。  さしもの目の前の4人も、此処では芋虫の如き動きでしかない。  恭也はゼリ−の様な空気をかきわけ、一人、また一人と手加減無しに斬撃を叩き込んでいく。手加減する気など更々無い。   「かっ!?」 「かはっ!?」 「ぐっ……」 「――っ!?」  数秒後、世界が色を取り戻すと、4人の男達は絶叫を上げて地に伏した。  その周囲は血で濡れている。  元の世界なら、もう一生まともに動けぬであろう傷。こちらの世界であっても月単位の治療を必要とする筈だ。  ……もはや彼等が、これから起こる「次の戦い」に参加できる可能性はゼロだった。  その事実をを確認し、恭也は残る二人に目を向けた。 「待たせたな」 <4> 「ほう?」  中ボス、いや“教導官”と呼ばれた男は、恭也の戦いぶりに軽い賞賛の篭った声を上げた。  そして、何かを訴えるかの様に“閣下”を見る。  “閣下”が頷くと“教導官”は恭しく一礼し、恭也の前に立ち塞がった。 「私の名はアンリ・レクレール。“ガリア”陸軍中央教導隊の主任教導官だ。自分を殺す相手の名、よく覚えておくがいい」 「俺は高町恭也。中央管理局武装隊第666部隊所属の陸士長だ」 (“教官”級は“教官”級でも、モノホンの教導官かよ!)  一応名乗りに応じつつも、その肩書きに恭也は内心穏やかではいられない。  “教官”級なる練度評価は、あくまで教導官資格を得るための最低限の練度を保証しているに過ぎない。  故に教導官は、ある意味“教官”級よりも更に上の練度評価と考えて差支え無いだろう。  ましてや中央の主任教導官ともなれば――畜生、相手としては最悪ではないか!  A+の主任教導官など、悪い冗談としか思えない!(恭也的には前回の一般人AAA相手より強敵だ) 「管理局? ……それに陸士長だと?」  レクレールもまた、恭也の肩書きに一瞬考え込む。  だが、直ぐに不敵に笑った。 「まあ所詮は死に行く者、関係ないか。管理局にはせいぜいお前は勇敢だった、とでも伝えてやろう」 「……それは光栄。感激の涙で溺れ死んじまいそうだ」  悪態を吐きつつ、恭也はノエルの供給口にカートリッジシステムを押し込む。  A+の主任教導官相手に、出し惜しみをする気は無い。  使うは通常カートリッジではなく複数のカートリッジを装填した小型弾倉だ。  ――これで通常カートリッジ1発(薬室)に小型カートリッジ6発、計7発。  (※ノエルのベルカ?式カートリッジシステムは基本的に単発式であり、薬室を併用しても2連発が限度だったが、    古代ベルカの遺跡から発掘された小型カートリッジを採用することにより6連発、薬室を併用して最大6×2連発となった。    ……ただしこの小型カートリッジは希少な上に消耗品であり、そうそう気軽には使えない切り札的な存在だ。    故に常備は1弾装(6発)がやっとであり、上記の6×2連発という数はあくまで理想、カタログ的な数字に過ぎない)  それを目にし、レクレールの目が険しくなる。 「ほう? ベルカ式カートリッジシステムとは珍しい。  それにそのデバイス、既製の量産品ではなく専用の特注品だな?  見たところかなりの業物の様であるし、弾倉の大きさからしてカートリッジも恐らくは特別のものだろう。  ……お前、やはり只の陸士長ではあるまい」 「いい知り合いがいてね。お陰で楽させて貰っているよ。 ――ノエル、システム起動」 《了解しました》  返答と同時に手首に軽い衝撃を感じ、やや遅れて淡い光、魔力が全身を薄く包に込んでいく。 「(準備はいいか?)」 《(はい。全システムオールグリーン、問題なしです。いつでも行けますよ)》  ノエルも管制システムを全て起動し、戦闘準備は万端だ。  魔力、そして何よりそれをサポートするノエルの存在。  今の恭也は、この世界に来る直前の恭也がたとえ10人集まったとしても掠り傷一つ付けることは叶わないだろう。  いや、そもそも空中を駆けるその機動性についていけない。  (限定的とは言え)化学工場の火災現場の様な環境下ですら生身で動く、その高い環境適応性についていけない。  この世界に来たことにより、恭也は望んだとしても決して得られる筈も無い、強大な力を手に入れたのである。  ……だが、それと同時に失ったものもまた大きい。夢、故郷、そして大切な人たち……  ほろ苦い何かを感じつつもそれを呑み込み、恭也は剣を構えた。この世界で出来た、大切なものを守るために。 「ベルカ式、見せて貰おうか!」 「うおおおおっ!」  戦いの火蓋が、切って落とされた。 ※練度評価について   レベル5(“教官”級) 「技量極めて優秀かつ経験特に豊富なる者」   レベル4(“助教”級) 「技量特に優秀なる者」    レベル3(“熟練兵”級)「技量優秀なる者」    レベル2(“一般兵”級)「技量一般なる者」    レベル1(“未熟兵”級)「技量未熟なる者」    レベル0(“訓練生”級)「戦闘教育を終えていない者」  教導官になるには“教官”級以上、教導官補になるには“助教”級以上の練度が必要。  ただしこれはあくまで最低限のラインであり、この中から選抜されるため、必然的に「より高い練度」が要求される。  このため作中で記されている様に、実際の教導官は「“教官”級よりも更に上の練度評価」と考えて差し支えない。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【5】 (――はっ! 悪党共の割には随分とお行儀がいいことだ!)  恭也は内心でそう毒づいた。  余程腕に自信が有るのか、はたまた自分を舐めているのか(或いはその両方か)。  連中は余裕ぶっこいて、4人衆 → 教導官 → 閣下 と順番に来てくれている。  つまりは戦力の逐次投入。一度に襲われては流石に勝ち目は零に等しいが、こうなると勝機が見えてくる。  せっかく貰ったこの機会、逃す手は無い。先手必勝とばかりに神速に入る。  ドクンッ!  再度“スイッチ”が入り、周囲が色の無い世界へと変化していく。  恭也はゼリーの様な空気をかきわけ、レクレールの死角へと回り込む。  そして、「手数よりも威力」とばかりに渾身の一撃を叩きつけた。  Bランク以下と比べ、Aランクのバリアジャケットのフィールドは桁違いに“厚い”。  だがそれでも魔力による身体強化を行えば、何とか肉ではなく骨を断つだけの威力を“貫き”“徹す”ことができる。  渾身の一撃ならば、或いは“折る”ではなく“砕く”ことすら可能かもしれない。  それだけの威力を持った打撃を急所に叩き込み、動きを止めた所で連撃により仕留める。  ――それが恭也の目論見である。  (Bランク以下の場合と異なり)一撃で完全に戦闘能力を奪うことができない故の、まさに苦肉の戦法であった。  だが―― 「何っ!?」  神速まで用いた渾身の初撃は、何とレクレールの剣型デバイスによって受け止められてしまった。  恭也は驚愕で顔を歪めるも、慌てて背後に飛び退く。偶然か? それとも―― (いや、まさかそんな訳が――)  神速を破るのは至難の業だ。  魔法になど頼らず、己の肉体のみをひたすら磨き続けてきた元の世界の武術家達ですら、神速を見切ることは叶わなかった。  せいぜい極稀に、数多の修羅場を潜り抜けてきた猛者が、その第六感によって何とか回避したに過ぎない。  それをまさか、まさかこの世界で防がれるとは。魔力に頼りきっている魔導師如きに防がれるとは、思いもよらなかった。 (くっ……)  恭也の心に、動揺が生じた。  神速は恭也にとって最高の切り札であり、また事実それだけの威力を発揮してきた。  故に、それを破られた心理的なダメージは決して小さいものではない。  まして破った相手が魔術師であるなら尚更だ。  純粋な武技だけならば、この世界の魔導師達に負ける筈が無い。  ――その思いこそが、恭也の拠り所だったのだから。  Fランクの魔力だろうが、そんなことは関係ない。  自分には剣が、御神流がある。  剣こそが最強の武器、御神流こそが最強の武術、世界一と信じている。  それを血の滲む思いで修めた自分が、魔力に頼り切って生きてきた魔導師達に、魔法の片手間に武術を学んだ様な連中に、 武技で劣る筈が無い。  意地でもそう信じているからこそ、この世界で一人で戦っていられるのだ。  にも関わらず魔導師に、それも同じ剣で戦う相手に防がれるとは――  対するレクレールは、さして誇るでもなく……いやそれどころか「どうということはない」とでも言うかの様に言い放った。 「その技はさっき見せて貰ったのでな。素晴らしい技だが、何とかの一つ覚えは感心せんぞ?」 「!」  レクレールのその言葉で、火が付いた。  恭也は再度神速に突入する。  今度は一撃ではなく、連撃。  ギンッ! ギンッ!  だがやはり防がれてしまう(こうなるともう偶然ではない!)。  にも関わらず、諦めない。恭也は吶喊しつつ火を噴くような連続攻撃を浴びせかけ、三度目の神速の機会を待つ。  ……次は体勢を崩したところを、という訳だ。 「がああああっ!!」 「くっ!」  この攻撃に閉口したのか、さしものレクレールも顔が歪む。  そして“薙旋”――抜刀からの息もつかぬ四連続斬撃――を受けきれずに吹き飛ばされ、体勢を大きく崩した。  ――今だっ!  好機到来、とばかりに恭也は三度目の神速に入ろうとする。が―― 《マスターのおバカ! いけませんッ!!》  直接脳に響くノエルの一喝に、思わずその動きを止め、後退した。  そして、止む無く念話によりコンタクトを取る。 「(……何用だ、ノエル?)」 《(「何用だ?」じゃないですよ! 何を熱くなって猪になってるんですか!? これでは、あのドミニクとやらを笑えませんよ!?)》 「(折角のチャンスを不意にしておいて、言うことはそれか……)」 《(チャンス!? マスターの目は節穴ですか!  それにたかが一度攻撃防がれた程度で、あっさり主導権を握られちゃって……  え〜い、口惜しい!)》 「(くっ……)」  ……やはり、心のどこかで踊らされていることに気付いていたのだろう。  ノエルの叱責に反感を覚えつつも、言葉が出ない。  その様子を見て、ノエルは嘆息しつつも止めた直接の理由を伝えた。 《(……まだ気付かない様だからお教えますが、あのレクレールとかいう男、マスターが三度目の神速に入ろうとする直前、  バリアジャケットの防御フィールドに重ねる様に不可視のバリアを展開しましたよ?)》 「(何だと? まさか――)」  その言葉に、恭也は目を剥き絶句した。  ではあれは、あの隙は……誘い!? 《(信じられませんか? まあ確かにあれほど人体に密着させたバリアを、  それも瞬時に発動させるなど、並大抵の業ではありませんからね)》 「(…………)」  恭也は言葉も無かった。  それが事実だとすれば――まず間違いなく事実だろうが――、自分は主導権云々どころか罠に嵌る一歩手前だったということになる。  もし恭也が三度目の神速に入った場合、レクレールは攻撃を体で受け止め、反撃してきたことだろう。つまり相打ち狙いだ。  そしてその場合、恭也は間違いなく即死だ。だが、対するレクレールは――  バリアジャケットのフィールドだけならば何とか攻撃も届くが、バリアまで展開されてはお手上げだ。  渾身の一撃であっても、せいぜい肉を浅く切る程度が関の山だろう。  完敗。 ――その二文字が、恭也の心に重く圧し掛かる。 《(盛大に頭を冷やして下さい。いいですか、あの男はここ第6管理世界を支配する政府の軍、その中央教導隊の主任教導官なんです。   一つの世界、10億からの人間の中でも有数の武人なのですよ? それくらいできて当たり前じゃないですか)》 「(……ああ、強い)」  渋々ながらも、恭也は認めた。認めざるを得なかった。 《(ええ、強いです。ですがマスターとて決して負けていません。   何故、あの男がこうしてる間に追撃してこないと思いますか?   ……怖いのですよ、マスターが)》 「(怖い?)」 《(ええ、あの男はマスターの神速をギリギリの所で避けていたのです。彼が受けた時の状況をよく思い出して下さい)》 「そう言えば、レクレールは常に受身――   っ! もしや!」 《(そうです。あの男は神速を見切ったのではありません。と言いますか、そんな簡単に見切られて堪りますか。  単に全集中力を総動員して、ギリギリの所で防いでいるだけですよ)》  神速は、単なる高速移動術ではない。  そんな単純なものなら、高ランクの戦闘魔導師がその反応速度を極限まで上げれば、或いは高速処理能力を持った機械ならば、 容易に対応できる。とっくの昔に恭也は屍を晒していたことだろう。  ……だが実際はその真逆。神速発動時の恭也は、「高性能の観測機器ですら捕捉することができない」。  魔力・生命反応をはじめ、あらゆる反応が消え、その直後に思いがけない位置に再出現する。  この間の現象は、同行しているノエルですら理解することはできない。  もしかしたら空間……いや時間の狭間に足を踏み入れているのではないか、とすら思えてしまう程の不可思議な体験だ。  故に見切りは絶対不可能。唯一、同じ御神の剣士(それも血族)のみが対抗できる神技。 ――それが神速なのだ。  御神の剣士以外の者が神速を防ぐ方法はただ一つ。  五感、いや第六感まで全てを研ぎ澄まし、神速状態から抜け出して“この世”に再出現した時点を迎撃する他ない。  だがそれは技を極め、なおかつ激戦を潜り抜けてきた猛者のみがかろうじて成し得ること。限りなく不可能に近い要求だった。  ――それを、あのレクレールという男は実行して見せた。それも、2回も続けて。  如何なその魔力により反応速度を高めていようと、並大抵の話ではない。  その善悪は別としても、レクレールはまさしく“猛者”と評すに足る武人だった。  だがレクレールとて、楽に防いでいる訳ではない。  常に受身で攻勢にでないことが、それを何より証明している。  ……おそらく、受身に徹せねば神速を防ぐ自信が無いのだ。  ――ならば、今までと速度を大きくずらしてやれば? より“深く”神速の世界に入り込めば? 「(そうか! 二段重ねの神速なら!)」 《(ええ、予想を上回る攻撃にタイミングを外す可能性が高いですね。   ……にも関わらず、マスターは無駄に神速を使って消耗しちゃったんですよ?   マスターの右膝は、あくまで魔法で補強しているだけ、直っている訳では無いのに)》   壊れた右膝のせいで1日3回が限界だった神速も、魔力で補強することにより、使用可能回数が倍以上に増えた。  流石に10回は無理だが、7〜8回程度可能だろう。  ……だが既に4人衆との対戦で1回、レクレールとの戦いで2回、計3回使用している。  そして、二段重ねの神速は1回で優に通常の3回分は消耗する。  使えて1回が限度、2回目は右膝が限界を超えて使い物にならなくなる筈だ。  ――そう、愚痴混じりながらもノエルが指摘する。  その提示された数字を聞き、「やってられねえ!」とばかりに恭也は言葉を吐き出した。 「(ちっ! 帰ったら膝、直すぞ!)」 《(っ!? 本気ですか!?)》  その言葉に、思わずノエルは聞き返す。  恭也の右膝の怪我に対する感傷を知っているからこそ、信じられなかったのだ(たとえ冗談だったとしてもだ!)。  だが恭也は本気だと頷いた。 「(ああ、こんなチート野郎で一杯の世界で、何時までも膝に爆弾抱えてられるか!)」 《(まったくもってその通りですが……)》 「(俺には元の世界に戻るという大望がある。犬死はできん)」 《(……本当に、いいのですか?)》 「(うむ。明日のために今日の屈辱に歯をくいしばって耐える。それが男だからな)」  したり顔で言う恭也に、ノエルは思わず突っ込んだ。 《(……マスター、確か以前――   『男なら、危険をかえりみず、死ぬと判っていても行動しなければならない時がある。    たとえ負けると判っていても、戦わなくてはならない時がある』   ――とか言ってませんでしたか? 何か矛盾してません?)》 「(それが男だっ!)」 《(……便利なんすね、男って)》 「(ああ便利だぞ。以前シャマルの薬で女にされた時はそりゃあ不便だった。おちおち立ちションもでき――)」 《(マスター、いいから少し黙って下さい)》  そう言葉を遮りつつも、恭也がいつもの調子を取り戻したことを確認し、ノエルは少し安心した。  ……本当に、本当に今回は色々あって心配していたのだ。  ――あの娘のこともありますからね。色々と決断しつつあるのかな。  尤も、それが恭也にとって本当に良いことかどうかは判らない。  が、同時に何時かは決断せねばならなかったことでもあった。  高町恭也30歳。やはり、一つの区切りの時期なのだろう。  そんなノエルに対し、恭也が突然真面目な口調で語りかけてきた。 「(ノエル、“アレ”を使う)」 《(……いいのですか? “ラスボス戦”とやらを残しているのに)》  その意味することに気付き、ノエルは念のため確認をとる。  これから恭也がやろうとしていることは、ある意味命を掛けた大博打だ。  それ故の、覚悟の再確認である。  だが、恭也の意思は変わらなかった。 「(ああ、今のままでは打撃力が決定的に不足しているからな。喰うか喰われるか、出し惜しみしてたら生き残れん)」 《(わかりました)》  ノエルとの話を終えると、恭也は改めてレクレールを見る。  無論、今まで目を逸らしていた訳ではない。警戒はしていた。  ……だがこうまで余裕を持って見るのは、初めてだ。  表面上は平静を装っているが、薄皮一枚下のその表情は―― (――ああ、お前もいっぱいいっぱいなんだな)  ……はっきりと理解できた。コイツは、俺を恐れている。  対応不能の速度で駆け、バリアジャケットを無視して攻撃する、この俺を。  理解できぬ戦い方をする、この俺を。 「――決着をつけよう、レクレール」  恭也は二刀を納刀、抜刀の体勢で宣言した。 「ノエル、各種リミッター及びカートリッジ運用制限を全解除、全委任」 《了解》  恭也の言葉により、全カートリッジの安全装置が解除され、一気に魔力が抽出される。  まず、薬室の通常のカートリッジが1発。  更に、ただでさえ小型のカートリッジを更に小型化した特殊カートリッジが6発。  各々に充填された魔力の圧力は想像を絶する。  (※更に付け加えると、それを収める特殊カートリッジ6発は古代遺跡の発掘品をレストアした、中古という表現すら生温い代物だ!)  ――それは、喩えるなら原子炉を暴走させるが如き、あまりに危険な行為。  並の……いや、恐らくは他のいかなるデバイスでも決して真似ることはできないだろう。  異次元の超A級ロストロギアである“ノエル”の耐久力と制御力があって、初めて可能な行為であった。 「むううう……」  膨大な魔力が発生し、その大半がノエルを、一部が恭也の体を包み込む。  ほんの一部とはいえ、それは“本物の魔導師”にも匹敵するだけの魔力である。  その慣れぬ圧迫感に、恭也は顔を顰めた。まったく、制御するだけで一苦労だ! 「はははっ! それがお前の“決め手”か!?」  だが所詮は最下級の正魔導師、Eランクのそれでしかない。  デバイス(ノエル)の方はそれよりもマシだが、それでもせいぜいCランクだ。  どんな手品を使ったかは知らないが、要はブーストによるパワーアップにより、単純に攻撃力を増しただけの話であろう。  確かにあのバリアをすり抜ける攻撃の威力が増すのは厄介だが、それだけの話だ。それならそれで対応のしようはある。  故に、レクレールは哂った。  そして今までの緊張の裏返しか、饒舌に罵倒する。 「モドキ(Fランク)が本物(CEランク)に化けるとは大したものだよ!  だが、それでも私には―― Aランクには到底届かん!」  そう叫ぶと、バリアを全力展開する。  ……いや、バリアではない。より強固な防御力を誇るシールドタイプを無数に組み合わせた、“球に近い正多面体”だ。  本来局部を防御するに過ぎないシールドタイプを、バリアタイプ同様に運用するとは、凄まじいまでの技量である。  流石に維持できなくなったのか不可視は解け、青色の魔力光を発しているが、それにしても―― 「来い! お前の攻撃、受けきってやろう! ――そして、その時がお前の最期だっ!」  恭也はその言葉に、神速で応えた。  ドクンッ!  “スイッチ”が入り、周囲が色の無い世界へと変化していく。  そこから更にもう一度、神速を掛ける。  ドクンッ! ドクンッ!  二段重ねの神速により達する世界。そこは、ライフル弾すら止まって見える程の、時の静止した世界。  恭也は重く、圧迫感のある空気をかき分け、レクレールに向かう。  そして、死角からではなく真正面から抜刀した。  …………  …………  ………… 「何いっ!?」  思いもよらぬ、正面からの攻撃、  思いもよらぬ、速さ、  その全てが想定外だった。  ――こいつ、まだこんな隠し球を持っていたのかっ!?  レクレールの目が、驚愕で見開かれた。  駄目だ、反撃が間に合わない。完全に喰らってしまう。  だが彼とて歴戦の武人である。即座にそう判断すると反撃を断念し、防御に専念する。  一撃、この一撃を耐え切れば彼の勝利は間違いない。  それが判っているだけに、集中力も高い。強度が更に上昇する。  そうこうする内に、恭也の剣がバリアに激突した。  …………  …………  ………… 「うおおおおっ!」  恭也が放つは、御神流奥義之壱“虎切”。  長距離からの抜刀術で、その速度は御神流でも一、二を争う超高速技だ。  そして、これはただの“虎切”ではない。  以前AAAの老魔導師の腕を切り落とした、特別な“虎切”だった。  シールドに激突する直前、ノエルは全カートリッジの供給弁を全開とした。  凄まじいまでの魔力が、一気に流れ込む。  それをデバイスの耐久度ギリギリ一歩手前のところで制御、圧縮しつつ変換し、シールド激突と共に外部へと放出する。  開放された魔力は連鎖爆発により更に威力を増し、瞬間的にオーバーAランクにまで達した。  だが、それでも尚この強固なシールドを穿つことは叶わない。  如何なオーバーAランクと言えど、ただ魔力波を叩きつけただけ。一撃や二撃ではどうにもならない。  とはいえシールドとて無傷ではいられず、一部表層が“開く”。  そこを接続口として、ノエルは“魔力のライン”を開設。シールドの術式にアクセス、介入を開始する。  その次の瞬間、ほんの一瞬……それも接触面のみとはいえ、バリアは無効化された。  相手の魔法に介入し、術式そのものを書き換える。  ――それこそが、上でノエルが行なったことの真相だった。  だがそれは、有史以来多くの者達が試みながら決して成し得なかった、妄想の産物とすらされている“神技”である。  それを、8発のカートリッジを並行制御しつつ成し得たのだ。  他でもない、ノエルだからこそ成し遂げた快挙だった。  『ほんの一瞬、それも接触面のみ』とはいえ、攻撃には十分だ。  その裂け目を通り、普段の何十倍にも増幅された“虎切”の衝撃波がレクレール本体に向かって殺到する。  衝撃波はシールドからの距離や“厚い”バリアジャケットによって大きく減衰されつつも、なお十分な威力を保って彼の肉体に到達した。 「――――っ!?」  レクレールは声にならぬ叫び声を上げ、逆袈裟に切られて真っ二つとなった。  これこそが、最後の切り札。  この技が成功すれば、Aランクはおろか超Aランクですら死からは逃れない、正に“必殺技”だ。  だが同時に、“破れかぶれの技”“邪道の技”でもある。  この技が使えるのは一戦につき一回限りで、以後は大きく魔力が低下する。  しかも外せば即敗北、即ち死に繋がるだろう。  ……そして恐らくは初見の相手にしか使えない、使わせてもらえない奇襲技だ。  つまり一か八かの時にしか使えぬ、博打も同然の“破れかぶれの技”ということだ。  加えて、ノエルと特殊カートリッジという存在があって初めて成し得る、道具に頼り切った――  そして相手の命を断つしかない“邪道の技”でもある。  現実的にも心情的にも、そう易々と使えるものではなかった。  だからこそ神速と共に、いやそれ以上にこの技の存在を隠し続けてきた。  ノエルの力を借り、映像記録を消去するだけでなく、なるべく人前に出さないようにすら心掛けてきた。  (※公然と使用したのは前回が初めてだ!)  何故なら、知られてしまえば、見る者が見てしまえば、そう易々と通じる技では無かったから。  にも関わらず―― (最後の敵を前に、とうとう二つとも見せてしまったな……)  ……そして、敵とはいえまた殺してしまった。  恭也は嘆息した。  勝利の喜びよりも、苦々しさの方が遥かに大きかった。  パン、パン、パン  突然、手を叩く音が聞こえた。  見ると、最後に一人残った敵が、自分に向けて拍手を送っている。 (……何のつもりだ?)  恭也はその意図が掴めず、訝しげに見る。 「素晴らしい! まさかレクレール中佐まで倒すとは!」  男は感に堪えぬ、とでもいった様子で声を張り上げた。 「その武に、その技に敬意を表そうではないか!  ――高町恭也、君は“ガリア”でも有数の武人を倒したのだよ、誇りたまえ!」 「……これがまこと己の誇りと武技のみを競い合った結果ならば、誇れもしよう。  だが現実は路地裏での殺し合いも同然、どうして誇れようか」  男の賞賛を、恭也は皮肉で返した。  だが、男は平然と応じる。 「私が、見届けた。 ――いいかね、この私が見届けたのだ! 故に何ら己を蔑む必要は無いっ!」 「御前試合、だとでも?」 「然り」  更なる皮肉にも関わらず、男は大きく頷いた。  そして、マントを脱ぎ捨てて言い放った。 「君に敬意を評し、名乗ろう。  ――我が名はシャルル・カペー・ド・アルザス。  “ガリア”陸軍元帥にて、教育総監を務める者だ」