魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS 「とある30男と竜の巫女」 その2「暗雲」 【2】 <1、森の廃屋>  ルシエの里からやや離れた同自治領内縁付近の森林に、一軒の小屋があった。  境界線の管理、或いは森林管理の為に置かれたのであろうか?  だが何れにせよ放棄されてかなり経っているらしく、既に廃屋と化している。  その無人の筈の小屋は現在、複数の男達によって守られていた。  彼等は周囲の地形を巧みに利用して姿を隠し、近付く者を警戒するかの様に周囲を伺っている。  男達の手にはStS3――デバイスメーカーの名門H&K社製の量産型汎用戦闘デバイス――が握られている。  それも魔力弾倉口が廃され、代わりに増幅システムや各種処理能力が強化されている上位型HK31だ。  この事実は、彼等が最低でもEランク以上の「本物の魔導師」であることを示していた。  いや、単に正魔導師であるだけではない。  その鍛えられた肉体と見事な隠形は、彼等が高度な戦闘訓練を受けたことを、  その統制された行動は、彼等が個人戦技だけでなく集団戦技をも習得していることを示している。  間違いない。彼等は戦闘魔導師、それも“軍人”――或いはそれに類する存在――だ。  その数、およそ半個小隊。その気になれば、小さな町など一晩で消し去ることができる程の戦力だった。  ――こうして厳重に守られている小屋の中には、三人の男達の姿があった。  フードを被っているため容姿年齢等細かいことまでは判らぬが、それぞれ大柄・中背・小柄と見事に肉体的特徴が分かれている。  また腰にデバイスが下げられていることから、彼等もやはり魔導師であることが判る。  厚いカーテンによって朝の陽光が殆ど遮られた薄暗い部屋の中、小柄な男は天井から吊るされたサンドバックの様な布袋を弄び、 大柄と中背の二人の男は机を挟んで何やら密談を交わしていた。 「で? 結果は?」 「ああ、遠距離からの簡易測定だが、おそらく潜在魔力は最大Aランク」 「……ほお? “グラン・ロード”クラス(“諸侯”級)とは大したものだ」  中肉中背の男の言葉に、大柄の男は感心した様子で軽く眉を上げた。  そしてわざわざAランク魔導師に対する近代以前の呼称まで持ち出し、些か芝居染みた口調で賞賛する。  ……だが次の瞬間にはその正反対の言葉が、隠し切れぬ嫌悪感と共に彼の口から吐き出された。 「斯程高貴なる存在が、よもやこんな辺境の、それも魔力に乏しい猿共の間から産まれるとはな」  Aランクの魔導師は、「数万人に1人」という希少な存在だ。  ……とはいえ純粋に確率のみを考えれば、たとえ人口1万に満たないルシエの民にだって生まれない筈はない。  (恐らくは「数世紀に1人」レベルの確率だろうが……)  だが上の数値はあくまで全管理世界の全民族の平均値であり、必ずしも全ての事例に当て嵌まるものではない。  やはり民族により魔力の多寡があり、数値も変動するからだ。  無論、大多数は誤差の範囲内であるが、中には極端に魔力の強い、或いは弱い民族というものも少数だが存在する。  ルシエの民は、後者の典型的な例と言えた。  魔導師の割合は標準モデルの一割以下、そして産まれてくる魔導師も基本的にDランク以下。  これではAランクどころか、Bランクですら望むべくもない。  ――それ故の“猿”である。  「魔力の大小こそが人間の優劣差」と考える彼等にとり、碌に魔導師もいないルシエの民は「そういう」存在であった。 「まあ魔力を全く持たない訳ではないからな。それが何百年どころか何千年にも渡って濃縮された結果があの娘なのだろうさ」 「はっ! 分不相応な魔力を持った小猿か! ……気にいらねえな。ああ、気に入らねえよ」  二人の会話を横で聞いていた小柄な男が、隠し切れぬ羨望を込めながら吐き捨て、“布袋”を蹴り飛ばした。  “布袋”は妙な音を立て、大きく揺れる。  だがいつものことなのだろう、他の二人はそんな彼を一瞥するのみで淡々と話を進めていく。 「で? 俺達三人が集められた本当の理由は何だ? まさか、たかがガキ一人を確保する為だけに呼んだ訳ではあるまい?」 「ああ、実は“目標”の奪取に合わせ、里の連中を全員“処理”することになった」 「おいおい…… 幾らなんでも、そこまでの危険を冒す価値があるのか?」  “処理”と聞き、大柄な男も流石に目を丸くした。  別に7000だか8000の猿を“処理”すること自体は構わないが、そこまで事を大きくすれば流石に管理局が出てきかねない。  ……如何に捕獲対象がAランクとはいえ、あまりにリスクが大き過ぎるのではないだろうか?  その指摘に対し、中肉中背の男はあっさり首肯した。 「ただのAランクなら、無いな」 「おいおい……」 「が、あの娘には“竜召喚”という特殊能力がある。Aランクの竜召喚師ともなれば、それだけの価値はある、と私は見るが?」  “竜召喚”とは、読んで字の如く竜を召喚し使役する能力である。  竜は強大な存在だ。たとえ下位種であっても、一頭で上級(BCランク)の戦闘魔導師数名に匹敵する戦力となる。  これを多数召喚・使役できるAランクの竜召喚師は、それだけで一軍にも値する存在だろう。  事実、これを聞いて大柄な男は目の色を変えた。 「! 確かか!?」 「ああ、まず間違いない」 「辺境の猿共だと高を括っていたが、中々どうして大したものじゃないか。 ――なるほど、だから、か」  大柄の男は愉快そうに笑う。  これに釣られたのか、中背の男も笑いながら口を開いた。 「ああ、もし“目標”の奪取するだけで終えれば、長くとも半日で里の連中は気付いて騒ぎ出すだろう。  “竜召喚”なんて特殊能力持ったAランクが攫われた、と訴えられば政府は最優先で動く。  場合によっては管理局も、だ。 ……流石にそれは避けたい」 「――ならば訴えられぬようにする、か。  確かにこんな人の出入りの少ないしけた里なら、数日は気付かれんだろうな。  成る程、どうせ大事となるなら余裕は多い方がいい、という訳か」 「それに死人に口なし、後でどうとでも“操作”できると“閣下”は仰せだ。管理局とて恐れることはない」  管理局とて万能ではない。  それこそロストロギア絡みでも無い限り、当該管理世界からの要請や許可無しに介入することは不可能と言って良いだろう。  ……加えて、自分達の世界で管理局が活動することを好まぬ人間・組織はごまんといる。  声を上げる被害者、具体的な証拠が存在しない限り、親管理局派を抑えることは“閣下”にとってそう難しいことではない。  事件はただのテロに卑小化され、迷宮入りするに違いない。 ――そう彼等は考えた。 「流石は“閣下”だ」 「交易商人も数日前に来たばかり、出稼ぎ連中が帰って来る様な特別な日もまだ大分先だ。やるなら、ここ数日内だな」  その言葉に大柄な男は大きく頷いた。  そして肝心のことを確認する。 「猿共の中には、どの程度戦える者が居る?」 「聞いて驚け。なんとDEランクが5人だ。  更に付け加えると、連中は昔からの“しきたり”とやらでデバイスもバリアジャケットも使わない。  だからこの10倍はいるであろうFランク相当のモドキは、いないも同然だな」  デバイスやバリアジャケット無しでは、戦力として優に1ランク以上落ちる。  つまりは実質EFランクの素人が5人という訳だ。  これを聞き、大柄な男は呆れた様に哂った。 「そりゃ、楽だ」 「ああ、忘れていた。一人だけデバイス持ちがいたな?  余所者らしいが、Fランクでおそらくは戦闘魔導師だ。  “目標”とは特に仲睦まじいらしい」 「ほお? まあ念のため2〜3人向かわせとくか?」 「……いや、ドミニク、お前が行ってくれ」  中背の男は大柄な男の提案に首を振り、小柄な男に声を掛けた。  だが、小柄な男はあからさまに不満の声を上げる。 「はあ? マジかよ!」 「念のため、だ」 「……おいおい、何もFランク相手にドミニクが行くことないだろう?」 「俺はごめんだぜ! 猿狩りの方が楽しそうだ!」  大柄な男の取り成しに、小柄な男……いやドミニクも声を大にする。  だが中背の男は尚も首を振り、もう一度、今度は強い口調で告げた。 「中尉、これは命令だぞ?」 「はっ、これが正規の軍事行動かよ!? 聞く義務はねえ!」  ――にも関わらず、命令なんざ糞喰らえという態度でドミニクは吐き捨てる。  止む無く、中背の男は伝家の宝刀を抜くこととした。 「では、このことを“閣下”に御報告するが?」 「っ! ……わかった、わかりましたよ大尉殿。行きますよ」  と、ドミニクは途端に態度を豹変させた。  渋々ながらも頷き、面白くなさそうに小屋を出て行こうとする。  その後姿に、中背の男は更に声をかけた。 「逃がさん様に、行く時は2〜3人連れてけよ?」  小柄な男はそれに答えず、代わりに無言でドアを叩きつける様に閉めて出ていった。  二人になると、大柄な男が口を開く。 「厄介払い、か?」 「ああ、初っ端からあいつが来るとかき回され、網から逃れる者が出るかもしれんからな……」  あの男、腕は悪くないが如何にせん協調性が無さ過ぎる。  ……或いは外した方が良かったかとも思うが、使える手駒を考えればそうもいかない。  それ故の苦渋の選択だった、と中背の男は溜息と共に答えた。  そして、天井から吊るされた布袋を見て苦々しげに呟く。 「ちっ、置きっぱなしにしやがって……」 「――ああちょっと待ってくれ。そういや、忘れてたことがあった」  中背の男が始末しようとする直前、大柄な男が思い出した様に声を上げ、制止した。  そして頭を掻きながら立ち上がり、吊るされていた布袋を引き裂く。  ……すると、布の中には逆さ吊りにされた背の曲がった小男が入っていた。  その手足は有り得ぬ方向に曲がり、その顔は膨れ上がってもはや判別がつかない。  それでもなお、生きていた。潰れなかった左目でこちらを見つめ、言葉にならぬ何かを掠れ声で訴える。  だが大柄な男はそれを無視してしゃがみ込むと、胸ポケットから二つに折畳まれた札束を取り出し、小男の口に突っ込んだ。 「これが約束の金だ。色も付けてあるぞ? 良かったな」  そして、これで用は済んだとばかりに中背の男に軽く手を振る。  中背の男は頷くとデバイスすら使わずに掌に黒い炎を出現させ、それを吊るされた小男に放り投げた。  命中した瞬間、炎は巨大化して小男を飲み込んだ。  炎は数秒程で消滅したが、後には塵一つ残されてはいなかった。 <2、恭也の小屋>  チュンチュン…… 「むう…… もう朝、か?」  漏れてくる陽光と鳥の囀りで恭也は目を覚ました。  だが、直ぐに顔を顰める。  ……何故だろう? 体がぴりぴりと痺れる。   「酒のせい……な訳無いな。う〜む、謎だ」  恭也は不思議そうに首を傾げた。  ……当たり前のことだが、これは昨晩ノエルの電撃を喰らったせいである。  これに気付かない(思い出せない)あたり、どうもかなり“緩んでいる”様だ。  (まあ緩む為に来たのだから問題ないのではあるが、それにしても……)  暫し悩む恭也だったが、この家に近づいてくる者の気配に気付き、その思考を中断した。 「む? キャロ嬢とフリードか」  もうそんな時間か、と窓を開けて空を見る。  未だ陽は低いとはいえ、いつもより大分遅い目覚めだ。  だが、まあいいだろう。 「せっかくのバカンスだからな」  そう呟くと、些か弛み気味の状況を苦笑しつつも受け入れ、二人を迎えるべくドアを開けた。  ドアを開けて暫くすると、二つの影が飛び込んできた。  言うまでも無く、キャロとフリードの二人(?)である。 「恭也さん! おはようございます!」 「キュクル!」 「おはよう、キャロ嬢、フリード」 「恭也さん! 朝ごはんまだですよね? そうに決まってますよね!」 「あ、ああ…… 確かにまだだが……」  挨拶を終えると、キャロは目を輝かせながら尋ねてきた。  そりゃあもう、尻尾があったらどんなに勢い良く振られるだろう?ってくらいだ。  その勢いに押され、恭也は些か引き気味に返事する。  ……キャロ嬢、一体どうした?  そんな恭也を余所に、キャロは持ってきたバスケットを掲げ、嬉しそうに宣言した。 「ですよね! お弁当作ってきたんです! 一緒に食べましょう!」  …………  …………  …………  おかしい……  ハム、魚の燻製、卵、野菜といった具をふんだんに使ったサンドイッチを食しながら、恭也は胸中で呟いた。  と言うのも、先程からキャロがやけにはしゃいでいるのだ(フリードも目を丸くしている!)。  ……や、元気なのはいいのだが、如何にせん元気過ぎる。昨夜のことも考えれば、余りに不自然だろう。  一晩寝て忘れた? いや、この娘はそんなに単純じゃあない。これはやはり―― 《(空元気でしょうね)》  突如脳内に、ノエルの念話が飛び込んできた。  ……どうやら未だ戦闘プログラムを解除していない様だ。 「(やはりそうか…… なあノエル? ならば俺はどうしたらいいと思う?)」  ノエルの参加を幸いとし、恭也は聞いてみた。  だがノエルは実に素っ気無い。 《(別にいつも通りで構わないのでは?)》 「(でも、なあ?)」  フェミニストとして、それはやはり忍びない。  それを聞き、ノエルは呆れた様な念を飛ばした。 《(結論を出せない以上、今まで通りやるしかないでしょうに……)》 「(…………)」 《(ご不満の様ですが、覚悟もできていないのに踏み込む訳にもいかないでしょう?   ――なら、せいぜい今を楽しませてあげること位しかできませんよ。   せめて今だけは嫌なことや不安なことを忘れるくらい、遊んであげたらいいじゃないですか。   この娘だって、そのために空元気を出しているのでしょうしね)》 「(……判った)」  ……恐らくノエルの言うことが正しいのだろう。  恭也は暫し考えた後、その考えに同意した。 <3>  食後、恭也達は裏の野原へと遊びに出かけた。  やはりノエルの指摘は正しかった様で、時が進むにつれてキャロの態度も普段に近づいていく。  これを見て、恭也は内心ホッと胸を撫で下ろした。 ……もう一息、である。  故に、フリードを見る。フリード、すまんな…… 「フリード! お前は最近身も心もたるんでいる!」 「キュクル!?」 「そう……でしょうか?」  恭也の突然の言葉に、フリードは悲鳴を上げ、キャロは首を傾げる。  ……確かに体は大きくなっているが、成長期だからではないだろうか?  だが、恭也は違うと断言する。 「ああ、毎日会っているキャロ嬢には判らんかもしれんが、コイツ会う度に丸くなっていくぞ!」 「う〜ん、確かに言われてみればフリードって良く食べるし、最近寝てばかりで運動もあんまりしてないような……」  これを聞き、恭也は嘆かわしいと首を振った。 「なんて怠惰な生活だ! キャロ嬢が甘いのをいいことに、喰っちゃ寝三昧の生活か!  ――だが、この父が帰ってきたからにはそんなことは許さんぞ! 特訓だ!」 「キュクル〜」  露骨に嫌な顔をするフリードを無視し、彼を鍛えるべく恭也は声を大きくする。 「まずは明日のためその1――  「あ、あの……恭也さん?」  ――むう、何かね、キャロ嬢?」  話の腰を折られた恭也は、不満げにキャロを見る。 「あの、フリードにあまり変なこと教えないで下さい」 「変なこととは失礼だな、キャロ嬢。これは教育だぞ?」 「でも、フリードってば恭也さんと会う度にどんどん悪戯っ子になっていくんで、わたし凄く凄く困ってるんです……」  卵の頃から世話をしている母的存在のキャロとしては、フリードはまっすぐないい子に育って欲しかった。それ故の願いである。  だが、それを言うなら恭也とてフリードの父的存在――キャロに任せっきりでかなり放任だが――と言えないこともない。  (※卵を見付けてプレゼントしたのは恭也だ)  キャロの両肩を掴み、力説する。 「キャロ嬢!」 「は、はい!」 「俺の故郷にはこんな言葉がある。『腕白でもいい、逞しく育って欲しい』と。 ……間違っているかね、キャロ嬢?」 「い、いえ、それは確かにそうですけど……」 「だろう!? フリードは男、ましてや戦士を目指しているのだぞ? 悪戯の一つや二つ……百や二百できないでどうする?」 「え、え〜と、百はさすがに多過ぎるような……」 「それに子供というのはな、悪戯を通して色々と学んでいくものなのだぞ?  それを止めるよりも、暖かく見守ってやるのが母親の務めなのではないかね?キャロ嬢」 「そ、そう……なのかなあ? え、でも……あれ??」  その勢いに押され、キャロは頭を抱えて考え込む。  そんな光景を見て、恭也は何処か遠い目で感傷に浸る。 (あ〜、昔を思い出すな〜)  そう、昔は良かった。  あの頃はまだ皆純真で、なのはやフェイトはおろか、はやてですらよく悪戯に引っ掛かってくれた。  特にフェイトなど、あうあう言ってパニクってたものだ。  ……それが現在では三人共すっかり学習し、動じるどころか二倍三倍になって返ってくる有様。  元が賢いだけあって、その反撃の手並みは実にたいしたものだ。  おまけに揃いも揃って二つ名を冠する程の大魔導師だから始末におえない(最後は力で押し切りやがる!)。 (……そういや、この子も相当賢いな)  ふと、今更ながらに気付いた。  なのはは兎も角、フェイトやはやては年を考えれば恐ろしい程しっかりしていた。  うっかりそれを基準にしていたために今まで何とも思わなかったが、キャロの応対は7歳の少女のものではない。  ――それは、前回の任務で嫌と言う程身をもって教えられた。(※『とある30男のひとりごと その裏』【4】参照)  生贄の子供達を解放したはいいが、人の話を聞かずに泣くわ喚くわ……  「これでは任務遂行の妨げとなる」とやむを得ず眠って貰わねばならなかった程だ。  だが、考えてみればそれが当たり前の反応なのだ。  もっとはっきり言ってしまえば、自分の身の回りにいる娘達があまりにしっかりし過ぎているだの話だろう。  やはり魔力が大きいと、それに比例して知能も高くなるのだろうか――って、あれ?それって……  恭也の心に、とある疑念が生じた。  それは瞬く間に巨大化し、恭也の心を埋め尽くす。 (まさか…… まさかまさかまさか…………) 「(ノエル! ノエル!)」 《(なんですか、騒々しい……)》 「(いいからキャロ嬢を調べてくれ! 魔法の才能があるかどうかを!)」 《(……は? わざわざ調べずとも竜を従えていることですし、あるに決まってるじゃないですか)》  動物とコミニケーションをとれる、というだけで魔法の才がある証拠――恭也の場合は勘とハッタリによるものなので除く――である。  ましてや竜を従える、となれば相当高い才があると言えよう。  故に、「なにを判りきったことを」と興味無さそうにノエルは応じた。  ……だが、恭也の知りたいのはそんな生半可な才の有無ではない。 「(俺が聞きたいのは、『ウチの“恐るべき身内達”並の才能があるか?』ってことだ!)」 《(あのですね…… あの三人レベルの才能の持ち主などそうそう――)》 「(いいから!)」 《(やれやれ、仕方のマスターです)》  そうぼやきつつ、ノエルは遠隔スキャンを開始する。  そして暫しの沈黙の後、戸惑いつつも結果を口にした。 《(……潜在的な魔力は、将来性も込みでAランクといったところです。   さすがにあの三人は問題外としても、中々の逸材ですね。   竜使役…いえおそらくは竜召喚という特殊能力も持っていますから、管理局基準でもかなり上かと。   ですが……う〜ん……)》 「(どうした? いやに歯切れが悪いじゃないか)」  歯切れの悪い、何処か迷ったようなノエルの言葉に、恭也は軽い驚きを覚えつつも続きを促す。 《(どうもそれだけではない様な気がします。いえ、確証はありません。ありませんが、これは勘です)》 「(ふむ…… お前が言うのなら、何かあるのだろうな)」 《(……あまり気が進みませんが、彼女に私を持たせて下さい。直接接触して確かめます)》 「(了解)」  いったん念話を打ち切ると、恭也はノエルを腰から(鞘ごと)抜いてキャロに差し出した。 「キャロ嬢、すまんがこれを握ってくれんかね?」 「はい?」  差し出された剣(デバイス)に戸惑いながらも、キャロは素直に受け取る。  それを確認し、恭也は念話を再開した。 「(……どうだ?)」 《(…………少し念を入れてもらって下さい)》 「キャロ嬢、ちょっと強く念じてくれないか?」 「え〜と、強く念じるって具体的にどうするのですか?」 「……どうするんだろうなあ?」  その疑問に恭也も首を捻り、困った様にノエルを見る。 《(……マスター、それでも魔導師の端くれですか?)》 「(いや、だって俺、色々すっ飛ばして魔導師になったし。細かいことはみんなお前がやってくれるしな)」  ノエルの呆れた様な声に、恭也は弁解する。  実際、恭也は魔法を本格的どころかロクに学んだことがない。  この男の魔法習得法は、ほぼ100%実地であり経験によるものだ。  しかもノエルのアシスト――単なるデバイスとして以上の――が大前提。  ぶっちゃけ「魔法を使うのに慣れる」というより「(ノエルの)魔法援護下での動きに慣れる」と言った方が正しいだろう。  (※さすがにノエルを手に入れてから長いので、現在では彼女のアシスト無しでも幾つかの魔法が使えるが、     それとて彼女が事前に登録したプログラム――恭也専用に作られ、常に最適化され続けている――を     「ある程度」使える様になっただけの話に過ぎない)  手持ちの魔法にしたって、基本的にノエル任せだ。  まあ魔法自体は、いちおうノエルの補助無しでも多少は使える様になったけど、全部経験則に基づくものだし? 「あの……」  おずおずとキャロが声をかけた。 「もしかして、これは恭也さんの役に立つことですか?」 「う〜ん…… そう、かな?」 「! じゃ、じゃあ、わたしがんばります!」  何の考えもなしに恭也は頷いたが、その返答はキャロにとって実に“重い”ものだった。  キャロは目を瞑り、む〜と顔を真っ赤にして必死に唸る。 《(! こ、これはっ!?)》 「(どうした!?)」 《(……いや驚きました。この娘、硬い殻で包まれたその奥底に、凄まじい力を宿しています。   今はまだ欠片も覚醒していませんが、これは将来相当期待できますね)》 「(……具体的には?)」 《(才能限界的にはSランクオーバー。何かのきっかけで殻が破れて目覚めれば、その時点で超Aランクになるのではないかと)》 「(ぶほっ!?)」  それを聞き、恭也は噴いた。  ……この娘も、この娘もなのかっ!?  ああ、何てことだ…… この純真なキャロ嬢があと10年もすれば、いや10年以内にウチの身内共並の存在になるのか…………  “魔王”、“雷神”、“夜天の王”…… さしずめキャロ嬢は“竜王”か?  ああ視える、視えるよ…… キャロ嬢がバハムートを召喚したりメガフレアを連発している未来が…… 「(しかし世の中、強い以前に反則気味の面々が多過ぎるよな! くっ、何てチート世界だっ!)」 《(……あのですね。何度も言いますが、超Aランクなんてそうそういる訳ではないのですよ? この娘は特別も特別です)》  ノエルは語る。  デバイスをはじめとした魔力の増幅・制御関連技術が大幅に発展かつ普及――産業革命ならぬ“魔法革命”――したことにより、 近代に入って新たにFランクが創設され、潜在的な魔導師(≠ライセンス保有者)が全人口の1割を占めるようになった。  ……だが人類の魔力そのものが向上した訳ではなく、Eランク以上の“本物の魔導師”は昔と変わらず人口の1%程に過ぎない。  そして彼等(本物の魔導師)の人口構成は、ランクが上がるごとに数が少なくなるピラミッド制だ。  DEランク(一般魔導師)が“本物の魔導師”人口の90%、これにBCランク(上級魔導師)も含めると実に99.8%を占め、 Aランク以上は「1〜10万人に1人」(※管理世界全民族の平均値は「5万人に1人」)しか存在しない。 《(ましてや超Aランクとなると「100万人に1人」、Sランクに至っては軽く億の世界ですよ?   かつて超Aランクは“ロイヤル・クラス”(“帝王”級)と謳われ、Sランクに至っては“神”と崇められた。   ――それ程の存在なのです。そんなにゴロゴロいられてたまりますかっ!)』)》 「(……じゃあ何故俺の周りにはあんなに居るんだ? つーか、エンカウント率高過ぎだろっ!?)」  確かに管理局は数多の次元世界から優秀な人材を集めているため、ランクのインフレが生じ易い。  だがその管理局であっても、超Aランクなどそうそう会えるものではない。ましてやSランクなど雲上人だ。  ……にも関わらず、何故こうも会う奴会う奴みなチートオブチートなのかorz 《(確かに…… ひょっとしてマスター、変な電波とか発してたりしません?   それか、敵味方問わず超Aランクを引き寄せる魔法を無意識の内に使ってるとか)》 「(う、うれしくねえ……)」 「あの…… 恭也さん?」 「? キャロ嬢?」  その言葉に我に返ると、キャロはとても不安げな表情で自分を見上げていた。 「ど、どうでしたでしょう? わたし、お役にたてましたか?」 「キャロ嬢? ……いや、これはそんなに深刻なものでは――」 「だ、だめだったらどうか言ってください…… 次はもっとがんばりますから……だから…………」  必死に哀願するキャロを見て、恭也はやっと気付いた。  自分のつまらぬ興味本位の行動が、どれほどまでにキャロを不安にさせたかを……  恭也は思わずキャロを抱きしめた。 「どうした、キャロ嬢? 何をそんなに必死になっている?」 「だ、だって…… やっと恭也さんの役に立てるかと思ったのに、わたし失敗ばかり……」  涙交じりのキャロを、恭也は優しく諭す。 「……キャロ嬢? 君はフリードが役に立つから好きなのかね?」 「そ、そんなことありません!」 「だろう? それと同じことだよ。役に立つとか、そういう問題じゃあないんだ」 「恭也さん……」  ひしっ  キャロは感動して強く抱きついた。  恭也も優しく抱き返してやる。  ……そんな抱き合う二人を見て、ノエルは突っ込む。 《(才能を知って怖気づいたのではなかったのですか?)》 「(馬鹿言え、んなこと位で今更怖気ずくか! ウチには既にSランクオーバーが3人もいるんだぞ? ちょっと驚いただけさ)」  ほ、ほんとだよ? 《(へえ?)》 「(それに、な? どんな力を持っていたとしてもキャロ嬢はキャロ嬢だ。何も変わらん)」 《(ふむ、まあいいでしょう。そういうことにしておきます。   ……それと一つ忠告を。何かあると直ぐに抱きしめて誤魔化すのは止めた方がよろしいかと。   まるでヒモですよ? その行動)》 「(失敬な! キャロ嬢に関してはあまりにいじらしいからやっているだけだ)」 《(ほほう? では、八神はやて、高町なのは、フェイト・T・ハラオウンに関しては認めると?)》 「(ヒモ云々を認める気は更々無いが、誤魔化す為に最終手段として使っていることに関しては否定しない。   ……実際、そうでもしなきゃ命が危なかったことも一度や二度じゃないし)」  結構利くんだよなあ、などとのたまう恭也に、ノエルは呆れた様な声を上げた。 《(……マスター、いつか刺されますよ?)》 「(ほっとけ……)」  明日の危険より今日の安全である。  恭也は念話を打ち切ると、キャロに声をかけた。 「さて、家に帰ろう。そろそろおやつの時間だ。フリードにソーセージを切ってやらねばな?」 「はい!」 「キュクル!」  …………  …………  …………  帰る道すがら、ノエルが話しかけてきた。  どうやら真面目なお話の様だ。 《(しかし、この娘が何故あんな扱いを受けているのか、これで判りましたね。   ……いや、これは相当に根が深い問題ですよ?)》 「(ああ……)」  恭也は小さく頷いて同意する。  小さな小さな自治区内に、突如生まれたSランクの大魔導師。  “戦略級”とすら謳われるその存在は、無用の軋轢を生ずるであろうことは間違い。  (※現地政府にしてみれば、少数民族が核兵器を手にしたようなものだ!)  そう考えたからこそ、ル・ルシエの民はキャロを無視するのだろう。  ――やっと判った。キャロは孤立しているのではない、もてあまされているのだ。 《(今はまだそれだけで済んでいますが、これから先もこの状況が続く保証はありません。  下手をすればこの娘、ころ――)》  そこから先の言葉は聞きたく無かった。 「(……お前の話では、“神”では無かったのか?)」 《(神にもよりけりです。過ぎたる力は災いでしかありません)》 「(…………)」  理解は出来ても納得はできないその言葉に、恭也は沈黙した。  そして、傍らを歩くキャロを見る。  自分の手をしっかりと握り締める少女。  ……これから先、彼女はいったいどうなるのだろう?  こんな生活が一生続くのだろうか? それとも―― 「何とかしなくっちゃ、な……」  だれも聞こえぬ程の小さな声で、恭也は一人呟いた。