魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS 「とある30男と竜の巫女」 プロローグ「義娘とその友人の密談」 「――ありがとう、はやて」  そう言って私が頭を下げると、はやては大きく首を振った。 「いやなに、かまへんよ」  そして書類にサインを終えた後、軽い溜息と共にポツリと呟く。 「むしろ私の方がお礼を言いたいくらいやわ。 ……本当なら、これは私がすべき事なのになあ」  何処か悔しそうな表情だったけど、無理もないかな、と私は思う。  “娘”として“父”に何もしてあげられないことが、“この中の一人”としてしかサインできないことが口惜しくて堪らないのだろう。  ……けど、それは仕方のないことだ。  今私がやっていることは、ある推薦書の作成。  具体的には現在武装隊付の陸士長である恭也さんを特別幹部候補生として採用するよう、中央人事局に申請する書類だ。  この申請が通れば、恭也さんには士官への道が開かれることになる。  それだけに書類には恭也さんが如何に有能であるか、そして今までの評価が如何に不当であったかが詳細に記されており、 “正当な評価”を与えてくれるよう締めくくっている。  更に内容に正当性を持たせるべく、発起人である私ことフェイト・T・ハラオウンを始め、数多くの人達の署名が添えられていた。  その全員が有力な魔導師か高級士官(或いはその両方)だ。  この事を考えれば、如何にお役所仕事の中央人事局といえど真剣に検討せざるを得ないだろう。  それ程の力を持った書類なのた。  だからこそ、署名してくれた人々には本当に頭が下がる思いだ。  無論、無理強いなどはしていない。彼等彼女等は皆が皆、喜んで協力してくれた。  とかく色々と問題のある、そして風評はそれ以上に多い恭也さんを推薦するというリスクを、進んで負ってくれたのだ。  (このあたりは、恭也さんの人徳、と言うべきだろうか?)  ……けれど、この中になのはの名前は無かった。  妹(肉親)故に、不適格と考えられたからだ(その時のなのはの悔しがりようといったらもう!)。  そして同様に、はやてと恭也さんの関係も知れ渡っている。  それを考えると署名は兎も角、発起人としては不適格と言わざるを得ない。  だからこそ、私なのだ。  恭也さんとは“妹と娘の親友”という間接的な繋がりしかない、“妹”でも“娘”でもない私だけが唯一、発起人足りえたのだ。  かつて……いえ今でも羨ましく思うその繋がりが足枷になるとは皮肉なものだな、とも思う。  けれど、今この時だけはそのことに感謝したいと思う。  何故なら、「 私 だ け 」が恭也さんを今の境遇から救い出して上げられるのだから。  そんなささやかな優越感に浸りながら、私は“あの時”のことを思う。  はやてが何処からか手に入れてきた、恭也さんの給与明細と通帳の写し。  それを見せてもらい、私は愕然とした。  給与が少ないであろうことは承知していた。  けれど給与明細に記された夥しい数の減俸措置に、私は思わず自分の目を疑った。  これは恭也さんに対する部隊上層部の評価。  にも関わらず、およそ有り得ない数の実戦参加。  ……間違いない。部隊上層部は、恭也さんを“捨て駒”扱いしている。  自分の大切な人が酷評されることが、ぞんざいに扱われることが、これ程悲しいことだとは知らなかった。  その日、私となのはは一日中泣いて過ごした。  けれど、泣いているだけでは何も解決などしない。  この現状を打破すべく、次の日から私は行動を開始した。  その集大成がこの書類だ。 「――しかし、クロノくんまでサインしてるとは、驚きやね?」  はやての声に、私は我に返った。  見ると、はやては署名された人たちの名を凝視……というかチェックしている。  その中に、よく恭也さんと肉体言語で語り合っているクロノの名があったことに軽く驚いたらしい。  私は苦笑しつつ補足した。 「『彼はもう少し苦労するべきだと思うね。士官になって書類の束に悲鳴を上げるその姿、是非見てみたい』  ――なんて悪態つきながらサインしてくれわ」  私の見る所、あれで二人の仲は悪くない。  むしろケンカ友達――二人共絶対に認めないだろうが――みたいなもの、と言った方が良いだろう。  それを聞き、はやても納得した様に頷いた。 「ま、クロノくんがあれ程感情的になるのは、お父さん相手くらいのものやからなあ。『仲良くケンカしな』ってか?」 「……どっちがトムでどっちがジェリー?」 「そんなの決まりきってるやん」 「いつもクロノ、痛い目見てるしね……」  ……やっぱりクロノがトムよね。  罠に嵌るクロノ、盾にされるクロノ……ああダメ、そんな姿しか思い浮かばないわ。  と、はやてが少し不機嫌そうな声を上げた。 「……何やら、知らん名がぎょうさんあるなあ。しかも大半が女の名や」  正確には「名は知っているが面識は無い」だろう(みんな優秀な局員と評価をされている人達だ。はやてが知らない筈ない)。 「……私も、全く面識の無い人達から協力が申し出られた時には驚いたわ」 「…………どうやら一度、お父さんとはその辺、じっくり話し合う必要があるなあ?」 「同感ね」  私達はそう頷き合った。 ――本当に油断も隙も無いんだからっ!                          ・                          ・                          ・ 「これで後は恭也さんのサインを貰えれば、何時でも提出できるわ」 「……それが一番の問題なんやけどな」  満足気に笑みを浮かべる私とは対照的に、はやては何処か暗く、重い溜息を吐く。  ……それは判っているわよ。恭也さん、凄く頑固で意地っ張りだから。  幾らでも貸しは作るけど、それをちっとも返させてくれない酷い人だし。  でも、折を見て総出で説得すれば―― 「もし、お父さんがサインしてくれれば、こんなにめでたいことはないな…… 私ももう何も望まんよ…………」 「……はやて?」  その只ならぬ様子に、私は思わず声をかけた。  窓枠に手を付き、項垂れるはやて。  後姿しか見えないが、その体は震え、とても小さく感じる。  こんなはやては、見たことが無い。  けど、振り向いた次の瞬間にはいつものはやてに戻っていた。 「おっ! 新しいネックレスやね? 何時買ったん?」 「……あ、これ? 昨日、海鳴デパートで恭也さんに選んで貰ったの」  その変わり様に驚きつつも、私は答えた。  その瞬間――三度はやての様子が変わった。 「……デート、か?」 「みたいなもの、かな?」 「……しかも、昨日?」 「え、ええ……」 「く、く、く…… そうか、昨日までは海鳴におったんかい……」 「は、はやてっ!?」  私の言葉の一言一言を聞く度に発する瘴気を増していくはやて。  ……もしかして私、地雷踏んだ? 「今朝、なあ? 親父の職場に連絡とったんや。久し振りに休暇とれそうやから、家族水入らずで温泉にでも行こう思うて」 「そ、それは羨ましいね……」 「でもなあ? あの馬鹿親父、昨日から長期休暇取ってるそうや……」 「あらら、残念」 「しかも、なあ? 行き先がウチ(八神家)になってるんや。 ……私、初耳やで? 無論、実家には昨日から人っ子一人おらん」 「え? そ、それって!?」  それって虚偽申請!?  恭也さんは一介の陸士だからある程度は罰が軽くなるでしょうけど、バレたら始末書ものですよっ!?  あっ、でも今ははやての方が── 「私達に内緒で、10日間も一体何処へ行くんやろなあ? ……こら、帰って来るのが楽しみやで?」 「は、はやて! 落ち着いて!?」  どんどん膨れ上がる瘴気。  もちろん単なる比喩ではなく本物の、だ。  私は慌ててはやてを懸命に宥めるけど、それは無駄な努力に過ぎなかった。 「お父ーちゃんのアホーーッ! 帰ったら覚えときやッッ!!」  はやての“力ある”その咆哮は、ビルどころか近隣にまで響き渡った。