魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS 番外編「はじめてのぼうそう ふぇいと編」 本編「聖夜の惨劇〜それでも俺はヤってない〜」 【6】  第97管理外世界から無事帰還して数日後――  恭也は、なのはとはやてに呼び出され、校舎裏……もとい駐屯地裏の空き地にいた。  (まあ駐屯地は放棄された湾岸埋立地区にあるため、周囲全てが空き地なのだが……)  バリアジャケット&デバイスという完全装備で恭也の前に立ちはだかる、なのはとはやて。  対する恭也はと言えば、リング状&チェーン状のバインドで厳重に拘束されている上、地面に正座させられている。 「「…………」」(ジーー)  ぷるぷる…… 「「……………………」」(ジーーーー)  ぷるぷるぷるぷる…………  ……己の身に降りかかるであろう運命に気付いているのだろうか?(※これは典型的な“おしおき”パターンだ!)  先程から無言で見下ろすなのはとはやての視線に、恭也はまるでチワワの如く震えている。 「……お兄ちゃん? 何で呼び出されたかわかる?」  頭上から響く、普段からは考えられぬ程平坦な、なのはの声。  ……間違いない、相当怒っている。 「さ、さあ……」  なんとかやり過ごすべく、恭也はしらを切った。 「“良い方のお兄ちゃん”がね、お巡りさんに捕まったの。 ……それも、『小学生の女の子を誘拐した容疑』で」 「あ、あははは…… こっちの俺、よくアリサ嬢やすずか嬢と一緒にいるみたいだからなあ〜」 「……何でもね? 『聖祥女子の制服着た金髪赤眼の女の子』を『お姫様抱っこ』で攫っていったんだって。  これ、絶対アリサちゃんとすずかちゃんじゃないよね?」  アリサは金髪だけど碧眼だし、すずかは黒髪黒眼だ。  つーか、ぶっちゃけ当てはまる聖祥の生徒・児童なんて一人しかいない。  ……そして、その少女を無抵抗で連れ去ることができる男もやはり一人しかいなかった。  なのはの目が、ギロンと光る。 「……お兄ちゃん? これ、どういうことかな?」 「あ、あはははは…… フェイト嬢と少し話ししてたら職質されちゃってさ……  その、つい…………逃げちゃいました。ゴメンナサイ」  誤魔化しきれないと悟り、今度は「や〜、ほんの軽いことだったんだよ♪」とアピールしてみる。  だがこれを聞き、なのはの表情は険しさを増した。 「……で、なんで“悪いお兄ちゃん”が捕まらなくて“良いお兄ちゃん”が捕まるのかな?」 「や、向こうが勝手に勘違い――」  表現が変わったことに危険信号を感じ取りつつも、恭也は必死に言い訳を続ける。  だが、なのはは皆まで聞かずに大きく首を振った。 「“良いお兄ちゃん”、暴漢に襲われて倒れてた所を連行されたんだって。  ……目が覚めたら拘置所の中、おまけに不意を突かれたとはいえ簡単にやられたことにショック受けて、すごく落ち込んでたよ」  両手を拝む様に合わせ、「お兄ちゃん可哀想!」と目をウルウルさせるなのは。  だがそれも一瞬のこと、再び剣呑な目付きで恭也を見る。 「……でも、優しい方のお兄ちゃんだってそれなりに強いの。だからそんな真似、“普通の人”には絶対無理なの」 「そ、そうとも限らないんじゃないかな…… 世界は広いし……」 「……………………」 「あ、あはははは……」  疑わしそうに恭也を凝視するなのはと、必死で笑う恭也。  この状態のまま、暫しの時が流れる。  にっこり。  と、突然なのはが満面の笑みを浮かべ、弾む口調で恭也に問いかけた。 「お兄ちゃん♪ 肉まん美味しかった?」 「ああ、ジューシーで美味かったぞ。流石は超高級肉まん、スーパーの特売品とは比べ物に――――はっ!?」  慌てて口を閉じるも時既に遅し、なのはの笑顔に幾つもの青筋が生じる。  そしてその表情のまま、酷く平坦な口調で判決を下した。 「お兄ちゃん、極悪なの」 「あうう……」  がっくし……  悪どころか極悪――なのはの悪に対する最大級の表現――である。これは並大抵の罰では許されないだろう。  恭也は脱力し、正座したまま地に突っ伏した。あー、はやくフェイト嬢来ないかな〜〜  ……だが、裁判はまだ半ばだった。今度は「待ってました!」とばかりに、はやてが口を開く。 「今度は私の番やな?」 「はやて、何故お前まで…… ――はうっ!?」  「運命も決まっちゃったし、もーどーでもいーや」的に返した恭也の脳天に、シュベルトクロイツの重い一撃が加えられた。  見るとなのは同様、はやても額に青筋を幾つも浮かべつつ、実にいい笑顔で笑っている。  「親父、私が何で怒っとるか……分かっとるな?」 「や、お前の場合はマジで分から――――へぶうっ!?」  更に、一撃。 ……魔力が篭っていて、とても痛い。 「……この不良親父」 「い、いきなり何を……」 「海鳴まで来ていながら、世界にたった一人しかおらん可愛い娘ほっぽって、娘の友達とナニ仲良くやっとんのやーーーーッ!!」 「や、それはお前のためを思って――」 「嘘やっ!」  はやては激しく首を振った。 「親父のことや! 『あ〜、どうせ娘にするんだったらフェイト嬢の方が良かったな〜〜』なんて思っとるに決まっとるんやっ!  そしたら私なんて、ダンボール箱に入れて橋の下にでも捨てる気なんやっ!」 「をい……」  あんまりの言葉に、恭也の顔が引きつった。  ……はやてよ、お前は父をいったいどーゆー目で見てるんだ。  尚もはやての弾劾は続く。 「同い年なのに、フェイトちゃんはもう胸が出てきとる……  おっぱい星人の親父ことや、きっとそれに目が眩んだんや……  ああっ! フェイトちゃんの乳が憎いっ!?」 「勝手に父を変態扱いすんな! つーか、娘に乳の大小は関係ねえっ!?  んなバカなこと考えてる暇あったら、父を信じてとっとと助けろや、このバカ娘っ!!」  いい加減頭にきた恭也は、はやてを怒鳴りつける。  と、はやてはポロポロと大粒の涙を流し始めた。  そして、涙ながらに訴える。 「だってお父さん、その日フェイトちゃん家に寄ったやん……」  ぎくうっ! 「な、なんのことかなあ〜〜」 「あの日は確かアルフも出かけてて、フェイトちゃん一人っきりだった筈や……  なのに親父は…… 私には会うどころか、電話一本寄越さんゆーのに…………」  えぐえぐ…… (……や、リンディ提督いたし)  恭也は心の中で弁解する。  けど、言えない。言う訳にはいかない。  流石にこの男も、同じ間違いを二度する程愚かではないのだ。  が、そうしている間にも事態はどんどん悪化していく。  具体的にはなのはが感極まってはやてに抱きつき、恭也を睨み付けたのだ。 「可哀想なはやてちゃん…… お兄ちゃん! 極悪も極悪だよっ!」 「言い掛かりだっ!?」  証拠も無いことだし、このまま押し切ろうと恭也は反論する。  ……や、どうせ素通りも同然だし?  と、はやてが「証拠ならある」と呟いた。 「……“きょーやさん”や」 「……へ? 俺?」 「ちゃうわっ! フェイトちゃん家の“きょーやさん”が、親父のジャケット羽織っとったんや!」 「……?」  暫し首を傾げていた恭也が、ああと声を上げた。  あ〜、身代わりに置いてったジャケットのことか。  もうだいぶボロかったし、上物のコートが手に入ったこともあって、後で電話でフェイト嬢に捨ててくれって頼んだんだよなあ〜  そうしたら、「ぬいぐるみのお洋服にしたいんで、捨てるなら下さい」って頼まれたからあげたのだが…… それが何か? 「あれ! 私がず〜と前から目え付けとったんよ!?  もう少し、もう少し年季が入ったらさりげなく新品と掏り替えて、私の“きょーやさん”の上着にしようと思っとったんに!!」 「だから“きょーやさん”って何だよ…… つーか、お前ら金持ちなんだから新品使え新品」  はやて・なのは・フェイトの三人は、確か正規の給料とは別にメジャーリーガー顔負けの契約金と加俸を貰ってる筈だ。  それこそ絹や金銀宝石で“きょーやさん”とやらを飾りつけることだってできるだろう。  だがその指摘を無視し、はやては切々と訴える。 「先週末まで、親父はあのジャケットを着とった。 ……なのに、なんでフェイトちゃん家にジャケットがあるんや?」 「や、それは――」 「寒空の中、一張羅のジャケット渡すなんて考えられへん。  きっとフェイトちゃん家に行って、何かトラブルに見舞われて置いてきたんや……」 (くっ、鋭い……)  内心、恭也は盛大に舌打ちした。  こうなったら、もはやフェイトを頼るしかないだろう。フェイト嬢、今一体何処にっ!?  と、なのはが絶妙のタイミングで告げた。 「あ、フェイトちゃんなら来ないよ?」 「ほわいっ!?」 「どうせ、いつもみたいに親父の弁護をするだけやからな。  悪いけど、今回のことは知らせとらん。事後報告や」 「の、のおおお……」  その精神的衝撃に恭也は絶望の声を上げ、再び地に突っ伏す。  天は我を見放したか……  が、その時である!  どっごーーーーん!!  (恭也の悲鳴が漏れぬよう)張られた二人の結界を強引に破り、黄金の塊が隕石の如く振ってきた。  ――フェイトである。その身を覆っていた魔力の波動を消し去ると、血相を変えて叫ぶ。 「恭也さん! 生きてますかっ!?」 「へるぷ、へるぷみ〜〜」 「よ、良かった……」  無事の恭也を見て、フェイトはへたりこんだ。 「今日、なのはもはやても非番の筈なのに学校休んでたんで、もしやと思い来てみたんです」 「え゛、じゃあ学校は――」 「……えへへ、サボっちゃいました。不良さんですね、私」 「フェイト嬢……」  「俺のためにそこまで……」と恭也の胸がじ〜んと熱くなった。  あ〜、ほんとーにいい子だな〜〜 よしっ! お礼にカレー味とチーズ味のたい焼き食べ放題だっ! 「今、バインドを解除しますね」  知らぬが仏でフェイトは恭也に駆け寄ろうとする。  が、たちまちなのはとはやてに道を塞がれてしまった。 「あ、なのはにはやて、もう恭也さんを許してあげて。悪気があった訳じゃ―― ……?」  フェイトは恭也の開放を嘆願しようとしたが、途中二人が困った様な顔で自分を見ていることに気付き、言葉を飲み込んだ。 「……せっかく不問にしようかと思ったけど、来ちゃった以上は仕方ないよね?」 「せやな……」  なのはとはやてはそう頷きあうと、今度はフェイトを囲み詰問を始めた。 「今回のことは、フェイトちゃんにも責任があるよ?  連れ去られる途中で抵抗して、お兄ちゃんぶっ飛ばして警察に引き渡してたら、こんなに大きな問題にならなかったの」 「!? そ、そんなことできないよ!」 「? じゃあ他の人にされたら?」 「……幕下力士さんのつっぱり並の衝撃波で吹き飛ばした後、お巡りさんに引き渡します」 「クロノくんだったら?」 「全力で吹き飛ばして、お巡りさんに引き渡します!」 「ん〜〜〜〜〜〜〜〜 じゃあなんで、お兄ちゃんにはできないのかな〜〜?」 「そ、それは……」 「何でかな〜 吹き飛ばさないまでも、逃げる位はしてもいいと思うんだけど、何でかな〜〜」 「あううう……」  ジト目で見るなのは。  困りきった表情のフェイトに、はやてが更なる追い討ちを掛かる。 「フェイトちゃん? 親父が来てたこと私に黙っとった挙句、誰もいない家に上げたそうやな?」 「……え!?」  はやての言葉に、フェイトは驚いて恭也を見た。  ……そして、ただ項垂れる恭也を見て事情を察し、白状する。 「……だって恭也さん、あの寒い中を一文無しで野宿しようとするんだもの」 「……アホやな。つーか、そこまでして帰りたくないんかい」 「『はやてのため』って恭也さん言ってたよ?」 「はっ! どーだか?」 「はやても、あんまり恭也さんにべったりなのは良くないと思うな。特に儀式――」 「!?」  “儀式”という単語を聞いた途端、はやての表情が変わった。  火が出るほど顔を赤くし、涙目でフェイトに詰め寄る。 「儀式っ!? まさか親父の奴、二人だけの秘密をフェイトちゃんにバラしたんかいっ!?」 「え? 細かいことは……ただ、『毎週末やる』『優に一時間はかかる』『人前でやるものじゃない』としか……」 「そこまで言えば十分や! 親父ーーッ!!」 「ああっ!? 待ってはやて!!」  ……………………  ……………………  ……………………  10分後、怯えきった恭也の盾となるべく、フェイトは必死に二人に食い下がっていた。 「フェイトちゃんどいて! お兄ちゃん撃てない!」 「早うどかないと、フェイトちゃんも巻き込まれるで?」 「ど、どきません! 約束したんですっ! 『必ず守る』って!」 「……フェイト嬢、やはり俺も責めを負おう。だから下がるんだ」  そう恭也が申し出る――拘束されて動けない――も、やはりフェイトは首を振る。 「いえ、今回のことは二人も言うように、私にも責任がありますから。  ……それに私のフィールドって、すごく厚いんですよ? へっちゃらです」 「しかし、あの二人のゼロ距離攻撃の前では如何なる装甲も紙切れ同然、俺と五十歩百歩……」  二人は真剣な表情で、暫し見詰め合う。 「フェイト嬢……」 「恭也さん……」  うわー、すっごくムカつく……  そんな恭也とフェイトを、なのはとはやては額に青筋浮かべて眺めていた。 「「……………………」」  ぶっちゃけ、とっとと恭也を消し炭にしたかった。  だがこの距離ではフェイトまで巻き込んでしまう。流石に友人は撃てない。  故に、こうしてストレスを貯めつつあったのである。  ……とはいえ、もー限界だった。  こうなったのも、今回フェイトがやけに強情なのも、全て恭也が悪い。うん、そー決めた、  こしょこしょ……  二人は二言三言言葉を交わした後、にんまり笑って頷き合う。  そして、次に猫なで声で恭也とフェイトに声を掛けた。 「……仕方が無いの」 「フェイトちゃんの強情さには、負けたわ」 「じゃあ!」  フェイトが目を輝かせる。 「しゃーない、フェイトちゃんに免じて今回だけは許したるわ」 「お兄ちゃん、フェイトちゃんにお礼言うんだよ?」  フェイトは喜び恭也を見る。 「良かったですね! 恭也さん!」 「ああ、正直信じられん…… まるで夢を見ているようだ」 「ただ、ね? やっぱりケジメはつけておくべだと思うの」 「……けじめ?」 「せや! 私らに迷惑かけたお詫び、そしてフェイトちゃんに庇って貰ったお礼。  ――温泉にでも連れて行ってくれても、バチは当たらんと思うで?」  そう言ってはやてが広げた雑誌には、一人一泊ウン万の高級旅館の宣伝が掲載されていた。  恭也は顔中に渋面を作る。 ……もしかして、これを奢れと? 「んな金、あるわけないだろう?」 「なら、作ればいいやん」 「ウン十万もの大金、そう簡単に作れる筈――」 「ところがどっこい、そうでもないんやな〜」 「すっごく割のいいバイトがあるの!」  恭也の言葉に、なのはとはやては「待ってました!」とばかりに声を大にして喧伝する。 「たった三日間のバイトで日本円にして100万! しかも即金払いや!」 「管理局のバイトだから、とっても安心なの♪」  これを聞き、恭也は実に疑わしげにフェイトに訊ねた。 「……フェイト嬢、知ってるか?」 「いえ…… 確かに心当たりは幾つかありますけど、どれも高度な専門技術職向けのものばかりで、恭也さんにはちょっと……」 「ま、裏口的なバイトやからな〜 フェイトちゃんが知らんのも無理ないわ」 「裏口って、要は関係者以外お断り〜ってヤツだろ?」 「私が紹介してあげるから、大丈夫なの!」 「ふむ……」  恭也は顎に手を当てて塾考する。  ……正直、胡散臭い。すっげー胡散臭い。  だがまあ管理局のバイトならキツいことはあっても危険は無かろう、と思う……いや思いたい。  それに――フェイトへの礼にもなるだろう。よし、決定。 「よし! 受けたっ!」 「流石はお父さんや!」 「さっそく手続きしておくの!」  ハイタッチして喜ぶ二人に、恭也はやれやれと肩を竦める。  あれじゃあ「何か企んでます」って言ってるようなものだろーが……  くいくい (……ん?)  急に服が引っ張られたので振り返ると、フェイトが心配げに自分を見上げていた。 「あの、無理しない方が…… どうも嫌な予感がします」 「心配性だな、フェイト嬢は」  恭也は苦笑し、フェイトの頭をぽんと叩く。 「ま、無罪放免なんて端から期待しちゃいないさ。キツいだろうことは覚悟の上、むしろドンと来いだ!」 「でも……」 「そんなことより、温泉期待しててくれ。偶には大人らしい甲斐性も見せなくちゃな!」 「はい」  そう言って胸を叩く恭也に、フェイトもようやく笑みを浮かべた。 ――――数日後、航空戦技教導隊クラナガン基地。  バイト当日に基地に行くと、なんとベタ金――将官の階級章の俗称――の司令官自ら出迎えてくれた。 「君が高町陸士長かね? ふむ、話は妹さん……いや高町三尉から聞いているよ」 「はあ…… で、俺は何をすればいいのでしょう?」 「なに、簡単なことさ。三日間、演習場内をただ逃げ続ければいい」 「…………は?」 「? 聞いてないのかね? 君は、『教導隊の対地精密攻撃訓練の機動標的役』なのだよ」 「機動……標的?」 「ああ、本来超Aランク以外はお断りなのだが、"あの”八神二尉と“我が隊のホープ”高町三尉の推薦とあらば、断る訳にもいくまい?」 「……………………」 「彼等が相手だ。ま、がんばってくれ」  ギリギリ……と油が切れたブリキのおもちゃの様に首を後ろに向けると、 そこには超Aランクの魔導師徽章を付けた方々がいらっしゃいました。  そして恭也の高性能の耳に、彼等の不穏な会話が次々と入ってくる。 『……アイツが今回の標的か?』 『魔導師ランクは幾つだ?』 『……さあ? が、なんでも実力は“白い魔王”と“夜天の王”のお墨付きらしいぜ』 『ほう? この前でかい口叩いたAAの陸戦教官殿は半日と持たなかったが……今回は楽しめそうだな?』 『何日持つか、賭けるか?』 『じゃあ、俺は――』  いーーやーーーーッッ!?  ――――かくして、地獄の三日間が始まった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【7】 ――――第97管理外世界、海鳴。 <1、聖祥小学校。>  さて、本日は私立聖祥女子大学附属小学校の本年最後の登校日(終業式)である。  加えてクリスマス&年末年始というビックイベントを控えた、言わば“前夜祭”とでも言うべき時期でもある。  ことに今年は予定に力が入っていることもあり、フェイトは心なしか浮かれて登校した。  ……だが登校したフェイトを待っていたのは、無人のなのはの席と、無言で机に突っ伏すはやての姿だった。  ……………………  ……………………  …………………… 「ええっ!? じゃ、じゃあ、なのはとはやて二人とも!?」 「……せや、急に臨時の研修が入ってな? おかげでクリスマスどころか年末年始もパアや」  はあ〜〜〜〜 「あ……」  その重い溜息に、フェイトは何と声をかけたら良いか分からず、思わず口篭ってしまった。  今年はクリスマスを皆で祝った後、年末年始を高級温泉旅館で過ごすという壮大な計画を立てていた。  だがこうしてなのはが教導隊、はやてが本局での特別研修を命じられてしまった今、残るはフェイト一人のみ。  ……これではクリスマスパーティーも温泉旅行も何もあったものではない、中止は当然だろう(流石に恭也とフェイトだけでは……)。  これを残念に思うのは、何も自分だけではない。むしろ―― 「ま、しゃーないな。私等も半分社会人、こういうこともあるわ」  だが、はやては早くも気持ちを入れ替えたらしい。  まるで自分に言い聞かせるが如く呟き、頷いた。  ――そう、三人は小学生ながらも社会人。それも普通の社会人より遥かに責任ある地位に就いている。  なのはは、管理局武装隊エリート中のエリートたる航空戦技教導隊の三等空尉、  はやては、管理局特級キャリアの二等陸尉、  そしてフェイトも、やはりキャリアである管理局執務官の最終試験まで進んでいる(ちなみに位階は三等海尉だ)。  ことになのはとはやて二人は実際の資格を保有し、かつ新人であるため、学ばねばならないことは多岐に渡る。  本来特に多忙である筈のこの時期に学校にまで通わせて貰っているのだから、長期休暇時にその皺寄せが来るのは 止むを得ないことだろう。 「そんな訳で、お父さんにも中止のメール送っといたわ」 「残念だね。恭也さんもアルバイト頑張ってるのに……」 「あ〜 まあ、なあ……」  フェイトの言葉に、今度ははやてが口篭ってしまった。  ……いや、フェイトが何も知らず、ただ純粋に恭也のことを思って言った言葉だということは承知している。  だが事実を……そのバイトがどんなものかを知っているはやてにすれば、キツい嫌味にしか聞こえない。  既に怒りも冷めた身であれば、尚更だ。 (……考えてみれば、お父さんにも可哀想なことしたなあ)  きっと今頃、山中を必死に逃げ回っているであろう恭也を思い浮かべた。  恭也は、自分達を温泉に連れて行くべく頑張っている。なのに、終わって帰ってみれば……  誰もいない部屋で、独り寂しく過ごす。 ――その辛さを、はやては嫌という程知っている。  ふむ、とはやては考え込んだ。いやだがしかし…… 「? どうしたの、はやて」  はやての長い沈黙に、フェイトが心配そうに覗き込む。  なんの打算も無い、純粋な瞳。ああ、汚れた自分には眩しすぎる…… (お父さんがフェイトちゃんを気に入っとるのも、分かるなあ……)  対するフェイトも満更では無さそうだ。 ……やはり、危険か? (ま、しゃあないか。今回はこっちも悪いんやし)  はやては軽く嘆息すると、フェイトを見た。 「あのなあ? フェイトちゃんに頼みがあるんやけど……」 「? 何、はやて?」 「や、どうしてもいう訳やない。用があったり、嫌やったりしたら別に断ってくれて構わへん。 ――と言うか、是非断ってや」 「何言ってるの、私達友達でしょう? 私にできることなら、なんでもするよ? だから遠慮しないで!」  ドン!と胸を叩くフェイトに苦笑しつつ、はやては本題に入った。 「あのな――」 <2、フェイト宅>  フェイトが終業式を終えて自宅に戻ると、何故かリンディがいた。 「あ、お義母さん……」 「おかえりなさい、フェイト。なのはちゃんとはやてちゃんの急のお仕事で、温泉旅行が中止になったって本当?」 「……なんで知ってるの?」 「さあ? 何故かしらね〜〜♪」  あまりの早耳にフェイトは首を傾げるが、リンディは言う気が無いらしく、曖昧に笑って返すだけだった。  だが笑い終えると今度は一転して真剣な表情となり、びしっ!とフェイトを指差して告げる。 「そんなことより、これはチャンスよっ!」 「……チャンス?」  フェイトはもう一度首を傾げた。どう考えても、“チャンス”と言うより“がっかり”なことだと思うのだけれど……  そんなフェイトを見て、リンディはちっちっと指を振る。 「今日の夕方に、恭也くんは“アルバイト”から帰って来るのでしょう?」 「うん、多分…… て言うか、なんでお義母さんそんなに詳しいの?」 「『ママは何でも知っている』のよ♪」 「そ、そうなんだ……」  これ以上深く考えると怖い結論に達してしまいそうなので、フェイトは追求することを止め、無理矢理笑顔を作った。  それを見たリンディは(何を勘違いしたのか)嬉しそうに頷き、話を再開する。 「なら、今の内に恭也くんの下宿に忍び込んで、お料理作って待ってるといいわ♪  疲れ果てて帰ってくると、家には美少女がっ! しかも今日はクリスマスイブッッ!!  ――これでクラッと来ない男はいないわ♪  ああっ、思い出すわ! 私もそうやってクライドを堕と……もとい、結ばれたの♪♪」  ……何を思い出したのだろう? リンディは顔を真っ赤にして、しきりに体をくねらせる。  正直、不気味なことこの上ない。ここの所連続して見る義母の知られざる一面に、フェイトも些か引き気味だ。 「よくわからないけど…… うん、確かに私、今日恭也さんの家にお夕飯を作りに行くよ?」 「……へ?」 「はやてに頼まれたの。私も、恭也さんに何かしてあげたかったし……」  そう言って、フェイトははにかみながら恭也の下宿先の合鍵を見せる。  これに対し、リンディは実に微妙そうな表情だ。 「ふ〜〜ん? ま、帰って好都合ね。二人に言い訳する手間が省けたわ」 「?」 「これぞ天佑! これを機に、一気に既成事実を作るのよ!」 「既成事実?」  訳が分からず、しきりに首を傾げるフェイトに、リンディは呆れた様に諭した。 「……男と女の行為のことよ。あなたももう六年生なんだから、知ってるでしょう?」 「???」  ……生憎と、公務による欠席続きで、フェイトはその辺りの教育を受けていなかった。  暫しの問答の後、フェイトが冗談抜きにそっち方面の知識がゼロであることを確認し、リンディは思わず頭を抱えた。  何やってるのよ、地球の性教育…… (けどまあいいか…… どうせ恭也くんに任せとけば済むことだし)  そう自分に言い聞かせると気を取り直し、リンディは小瓶を取り出してフェイトに手渡した。 「恭也くんが食べるお料理の中に、これを入れなさい」 「……これ、何?」  中の如何にも怪しげな液体に、フェイトは顔を顰める。  ……まさか、人体に害は無いよね?  と、リンディは胸を張り、自信満々に告げた。 「これは恋のお薬。お義母さんもお世話になったから、効果は折り紙付よ♪」 「……恋のお薬?」 「そう♪ 飲ませた相手の心を自分のものにできるの♪  ……ただ、その前にちょ〜〜っとばかり副作用というか、試練があるけどね」 「……副作用?」  その言葉に、フェイトは更に顔を顰めた。  ……そんな危険なもの、恭也さんに飲ませられないよ。  と、リンディは笑いながら首を振った。 「恭也くんには無害だから大丈夫よ。 ……副作用や試練があるのは、むしろフェイトの方」 「私?」 「そう! 飲んで暫くすると、恭也くんがちょ〜っとばかり怖くなって、フェイトはちょ〜っとばかり怖くて痛くて苦しい思いをするの。  ――けど、それを乗り越えれば恭也くんは貴女のものよ♪ きっと貴女のことを、お姫様の様に大事にしてくれる様になるわ♪♪」  その後色々と教え込むリンディに、フェイトはついていけず目を回し始めた。  ……お義母さんは、私に何をさせようとしているのだろう? ううん、そんなことより―― 「あ、でも嫌になったら直ぐに吹き飛ばしちゃいなさい! 絶対よっ!」 「……お義母さん」 「なあに?」 「このお薬、本当に恭也さんに害がないの?」 「もちろんよ」 「……………………」  だが暫し考えた後、フェイトは申し訳無さそうに小瓶を押し返した。 「でも、やっぱりいらないよ。なのはやはやてが頑張っている間に、抜け駆けするのは良くないと思う」 「!? 何を言ってるの! これは女の戦(いくさ)よ! そんなことを言ってたら、たちまち負け犬になっちゃうの!」  フェイトの言葉に、リンディは何をバカなことを、と食い下がる。 「いい? 仮に恭也くんが誰かのモノになったとしても、はやてちゃんは“娘”、なのはちゃんは“妹”という繋がりが残るわ。  ……でも、あなたには何も残らない」 「ッ!!」  その言葉によりフェイトがダメージを受けたことを確認し、リンディはそっとその耳元に甘い言葉を囁いた。 「けれど大丈夫。貴女が恭也くんと結ばれれば、恭也くんが貴女のモノになるだけではなく、 はやてちゃんは“義娘”、なのはちゃんは“義妹”となって、より深く強く結びつくことになるわ……」 「!?」  その言葉を聞き、フェイトの目が大きく開かれた。  そうだ……確かにその通りではないか。  自分と恭也が結婚すれば、はやてとなのははただ親友というだけでなく、親族家族としてより深く結びつくこととなる。  四人何時までも一緒。 ――素晴らしい、とても素晴らしい。目から鱗とはまさにこのことだ。  再びリンディを見上げるフェイトの目に、もはや迷いは存在しなかった。  小瓶を握り締め、力強く宣言する。 「お義母さん! 私、がんばるよっ!!」 「そうよ! その意気よ、フェイト! ウシ乳同窓生なんかに負けちゃダメッ!」 「うん!」  「……ウシ乳同窓生って誰だろ?」と思いつつも、フェイトは大きく頷いた。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【8】 ――――ミッドチルダ世界、首都“クラナガン”。 <1、航空戦技教導隊クラナガン基地> 「そ、そんな馬鹿な……orz」 「丸三日かけて、それも5人がかりでFランク相手に有効弾ゼロ……orz」 「何故あれだけの数の砲撃や誘導弾を全て回避できるんだ……あり得ないだろ、常識的に考えてorz」 「つーか、なんでFランクのクセにあんな高度なMCM(魔法妨害術)やMCCM(対魔法妨害術)を使えるんだよ……orz」 「これは夢……悪い夢…………orz」  三日三晩に及ぶアルバイト――  いや、“全天候下における対地攻撃訓練”を終えた教導隊某班の選抜隊員達は、死屍累々となって地面に転がっていた。  肉体的なダメージこそ皆無だが、この三日間で体験したあまりの理不尽さに付いていけず、酷い精神的ダメージを受けてしまったのだ。  そして、この光景の原因はと言えば―― 「ぜー、ぜー……」  ……顔面蒼白となり、肩で息をしていた。 (や、やっと終わった……)  内心、恭也は滝の様な涙を流す。  一応は両の足で立っているが、ほとんど意地と気力だけで保っているようなものである。ぶっちゃけ、もー限界だった。  ……つーか、吐きそう。  この三日間、本当に苦しゅうございました。いい加減立っているのも限界です。早く家に帰って重力から開放されたい……  ――そんな訳で、急いでこの場を立ち去ろうと試みる。  だが途中、運悪くも司令官が副官を伴いこっちに向かってくるのが見えた。 (うげ……)  これを見てしまっては、さしもの恭也も逃亡を断念せざるを得ない。渋々ながらも足を止め、待つ。 「いやいやご苦労、実に見事な逃げっぷりだったよ。私も年甲斐もなく、つい手に汗を握ってしまった」  幸い――と言ってはなんだが、司令官はえらく上機嫌だった。  ひとしきり恭也の戦術と体術を賞賛した後、傍に控える副官に「おい」と振り返る。  と、副官はポケットから厚い封筒を取り出し、恭也に手渡した。  お待ちかねのバイト代である。  (※ちなみにこの世界ではカード決済が主で、現金はあまり使われない。    にも関わらずこれだけの額をキャッシュで払うということは、この報酬がヤミ的なものである証拠とも言えた)  ずっしり 「ををっ!?」  その重みと厚みに、恭也は思わず嬉しい悲鳴を上げた。  ……正直、こんな大金を見たり持ったりしたのは、こっちの世界に来てから初めてである。  興奮の余り、疲労も吐き気も吹っ飛んでいってしまった。これだけあれば――  く…… くくくくく……  恭也の顔が邪悪に歪む。 (ハッ!? 俺は一体何を……?)  だが直ぐに我に返り、自分が金の魔力に取り憑かれそうになったことに愕然とする。  畜生、まさかこの程度の小金でよろめくとは……  なんかもー堕ちるトコまで堕ちた様な気がして、涙……いや汗が目から出てきてしまう。  畜生、畜生、みんなビンボが悪いんだ………… 「……彼はいったい何を泣いているのかね?」 「さあ?」  封筒を両手で握り締め、急に不気味に笑ったかと思えば今度はさめざめと泣く恭也を、司令官と副官は不思議そうに眺めた。 「ふむ、しかしまさか本当にミッションコンプリートするとは……  いや大したものだ、流石はあの二人が推薦しただけのことはある」  恭也が泣き終えると、司令官は何事も無かったかの様に話を再開した。  そしてあらためて感嘆する。正直、なのはとはやてが「お兄ちゃん(お父さん)は私に勝ったことだってあるのっ!(あるんや!)」と 誇った時は、話半分……いや億分の一以下に聞いていたのだが、どうやらまったくの嘘という訳でもないらしい。  だがこれを聞いた恭也は、盛大に顔を顰めた。 「アイツら無責任な噂流しやがって…… 万が一でも本気にされたらどーするっ!?」 「嘘と言わないことから察するに、どのような形にせよ真実らしいね?」 「……身内内でのイカサマ勝負みたいなものですよ、閣下。頼むから本気にしないで下さいね? ぷりーず」  恭也は頬を引きつかせながらも、司令官に強く念押しする。  ……や、だってここで下手に勘違いでもされたら困るし? まさに死活問題?  そもそも、今回何とか逃げ切れたのだって――  ・教導隊側は広域/大威力攻撃魔法を中心に使用できる魔法を大幅に制限され、事実上精密攻撃一本槍を強いられた。  ・文字通り“あらゆる天候下”で行われたため、自然を味方に付けられた。  ・ノエルが、使い魔時代にへそくっていた(フェイト印の)魔力を緊急大放出した。  ――からであり、ぶっちゃけ「恭也単独&向こう魔法無制限」なら半日どころか一時間と保たなかっただろう。  だが司令官は何を勘違いしたのか、彼の言葉に感心気に頷くだけだった。 「ふむ……謙虚なことだな。あの連中にも学ばせたいものだ」  そう言って死屍累々の隊員達を顎で示すと、吐き捨てる様に呟く。 「あの連中、魔力の高さに慢心し過ぎていたからな。今回のことはいい薬だ。 ――さて」  バキボキッ  司令官は軽く指を鳴らすと、隊員達の所へと足を進める。  が、途中で思い出した様に振り返り、恭也を見た。 「ああ、できれば是非また来てくれたまえ。なに、君が都合のいい時で構わない。  ……残念ながら、ああいう阿呆がまだまだいてね」  言い終えると再び歩き始める。  その途中、ゆっくりと右前腕で顔を下から上に拭うような仕草をした。  と、いままで布袋様の如く穏やかだった表情が一転、鬼神の如き憤怒の表情となった。  そして、転がる隊員達にいきなり強力な衝撃波を叩きつけ、怒鳴り飛ばす。 「このヒヨッ子共がっ! 派手な空戦ばかりに目を奪われ、対地戦闘を『泥臭い』などと軽く見た結果がこのザマかっ!?  もうオースチン(班長)なんぞに任せておけん! 俺が直々にその腐った根性を叩きなおしてやる!」  ――航空戦技教導隊総司令官、“大魔神”ダイムラー中将。  普段は実に気さくで穏やかな人物なのだが、一度怒ると手かつけられなくなる程の暴れん坊となる、実に困った人物だった。  …………  …………  ………… 「……うわ〜」  目の前で繰り広げられる光景に、恭也は目を丸くした。  大暴れの司令官ドノ、そして悲鳴を上げながら吹き飛ばされる隊員達……  正直、教育的指導と言うより、ただ怒りに任せて“おしおき”しているだけの様にしか見えない。  ……なんか、とってもデジャヴである(道理でなのはと話が合う訳だ!)。 「――強く、生きろよ?」  つい隊員達に感情移入してしまった恭也は、そう小さく声援を送りつつ、その場を後にした。  ……や、だってこれ以上は身につまされて見てられないし? 「さて、では帰るとするか。 ――おっと、そういえば」  基地を出る直前に、恭也はふと気付いた。  ……そういえば、もう三日も留守電やメールを確認していない。 (いかんいかん)  慌てて腰のホルダーから携帯電話を取り出す。  だが、手にした携帯電話は完全に壊れていた。  一応は対衝撃性に優れたタイプの筈なのだが、流石にあの砲爆撃からの逃避行には耐えられなかったらしい。 「まあ無理も無いか……」  沈黙する携帯電話を眺め、恭也は苦笑する。  本来なら財政的にも精神的にも痛恨の一撃だが、潤っている今なら笑って許せるとゆーものだ。  ……次は、何を買おうかな? 「どうせなら、最新型がいいよなあ〜」  そんなことをあれこれ考えながら、恭也は基地を出た。  本来ならば、この時点で基地の端末でも借りて、連絡の一本や二本入れるべきだった。  そうでなくとも、留守電やメールを確認すべきであったろう。  だが極度に疲労困憊していた上に(大金と開放感で)浮かれていたため、ついそのことを失念してしまったのである。  ……それが、これから起こる悲劇に繋がるとも知らずに。 <2、旧湾岸地区埋立地> 「え〜と、地図ではこの辺の筈なんだけど……」  地図を横目で見つつ、フェイトは上空から眼下を見下ろした。  ここはクラナガン郊外の旧湾岸地区埋立地。埋め立て直後に半ば放置された、荒地が広がっているだけの何も無い僻地だ。  (※ちなみに“クラナガン・エクスプレス”の駐屯地も同地区である。まるで某特車二課並の待遇だ)  そして、その上空を右手にビニール袋、左手にメモを携え飛ぶフェイト。うん、ミスマッチとしか言いようが無い。  実は彼女、バイトから疲れて帰ってくるであろう恭也のため、夕食を作りに下宿先を訪ねる途中だった。  ……だが建物はおろか道路すらろくに存在しない。故に、彼女は困りきっていた。 「……本当に、こんな所にアパートなんてあるのかな? 建物なんて、さっき小さな小屋が一つ見えたっきり―― !?」  ふと、イヤな予感が頭に過ぎる。いやだがまさか…………けど、 「も、もしかしてっ!?」  「まさかね〜」とは思いつつもフェイトは引き返し、小屋の近くに降りた。  そして、しげしげと小屋を見る。  薄いパネルを組み合わせただけの、工事現場でよく見かける様な小さなプレハブ小屋。  だがそのドアには、“高町恭也”なるネームプレートがぶら下がっていた。 「恭也さん……」  そのあんまりな住環境に、フェイトは思わず崩れ落ちてしまった。  ……あれ、なんでだろ? 涙が止まらないや。  ギィ…… 「お、おじゃましま〜す」  気を取り直して中に入ると、六畳程の広さの空間に畳が四枚半敷かれていた。  なるほど、畳が敷いてない所は土間扱いとしているのか。  そして畳の上には、布団、卓袱台、(日用品が納められているであろう)櫃……あ、あれ? 「台所は? それにお風呂やトイレは……」 (ま、まさか……)  フェイトは、ある確信を持って再び外に出た。  そして、恐る恐る小屋周囲を周る。と―― 「やっぱり……」  小屋の裏手には、公園でよく見かける様な剥きだしの水道があった。  そして、積み重ねられた飯盒などのキャンプ用具、中華鍋……  トドメは風呂代わりであろうドラム缶に、仮設トイレ。  ……どうやら上下水道は整備されているものの、ガスや電気は通っていないらしい。 (今にして思えば、はやては「夕食作ってあげてや」ではなく、「夕食持っていってあげてや」と言ってたような?) 「恭也さん…… これじゃ、はやてが怒るのも無理ないよ……」  フェイトは思わず天を仰ぎ呟いた。  この小屋、元々は埋立工事中の管理小屋の一つであり、現在も巡邏時の一時立ち寄り所として機能しているものの一つであった。  故に、(管理局武装隊勤務という肩書きもあって)「管理人を兼務する」という約束で警備会社から格安――場所も設備もアレだから 実質タダみたいなものだ!――で借り受けられたのである。  いちおう恭也の名誉の為に付け加えておくと、駐屯地近辺に他に下宿できる場所が無い以上、これは止むを得ない選択だった。  何しろ修行に割く時間のみを考えれば、これ程の好物件は無い(そもそも無理言って営外居住としたのも、時間を束縛されぬためだ!)  はやての猛烈な反対もものとせず、恭也が今もここに暮らし続けているのは、まあそんな理由からだった。  ……尤も仮に他により良い物件があったとしても、恭也の懐事情を考えれば選択の余地は無かったかもしれないが。 <3、旧湾岸地区某繁華街> 「ふう……」  バイト代を銀行に預け、恭也はようやく安堵の溜息を吐いた。  ……や、あんな大金持ってると、どうにも落ち着かないのだ。  ましてや既に使い道の決まっているカネである、「もしうっかり使ったり失くしたりしたら」と気が気ではなかった。 「俺も小市民になったものだなあ……」  恭也は苦笑する。  元の世界にいた時は、それこそ数百万数千万の報酬で“仕事”をしていたクセに…… (だが、悪くない。悪くないな)  心から、そう思う。  ……だって、これは(たとえどんな相手であろうが)血で汚れていない、綺麗なカネだ。  だからこそ、こんなにも懐が暖かい…… (ふふふ……)  自然と頬が緩んでくる。  旅館の宿泊費が1人1泊65,000円だから、4人3泊4日で78万円。  これに往復の交通費や観光費も含めれば、合わせて90万円程必要だろう。  逆を言えば、10万も余るのだ。  故に今、恭也の懐には(預けた残りである)10万ものカネがある。  10万、だっ! 「そうだ、あいつ等にクリスマプレゼントでも買ってやるかな?」  なのは・はやて・フェイトの三人の顔を思い浮かべつつ、恭也は呟いた。  万年金欠病のせいで毎年それぞれの誕生日にプレゼントを贈るのがやっと、クリスマスは「一日言うことを聞く券」などという、 まるでどこぞの子供が親に渡す様な情け無いモノを送っていたが、どうやら今年は大人らしく振舞えそうだ。  ――そこまで考え、ニヤリといぢめっ……いや、いたずらっ子の表情で笑う。 「どうせなら、“愉快な”プレゼントがいいよなあ?」  そして鼻歌を歌いつつ、裏通りへと消えていった。  裏通りに入って、直ぐのことである。 「む?」  知った気配に振り向くと、そこには赤茶の髪を肩でそろえた、20代半ばの女性が立っていた。 「おお、マリーか」 「キョーヤ、久し振り♪」  女性……いやマリーは朗らかに笑うと、今度は一転ぶーたれた表情となる。 「最近、とんとご無沙汰じゃない。もしかして、浮気?」 「……おいおい、勘弁してくれよ。俺にカネが無いのは百も承知だろ?」  マリーを眩しそうに見つめつつ、恭也は軽く肩を竦めた。  ……このマリーという女性、特に美人という訳でもスタイルがいいという訳でもない、ごくごく十人並の容姿だ。  だが演習帰りの身には眩しい、眩しすぎるのだ(と言うより街行く女性、全てが絶世の美女に見える!)。  これは……不味いかも。  と、マリーはあれ〜?と首を傾げた。 「ふ〜〜ん? ……でも今のキョーヤ、なんかお金の臭いがするよ?」 「す、鋭いなあ…… 実はバイトで臨時収入が入ったのさ」 「♪ じゃ、しよっ!」  恭也の答にマリーは「むふふ♪」と笑うと、その腕に縋りついた。  だが恭也は意外にも……本当に意外にもそれを許し、あまつさえ笑って言った。 「しかし、今日の俺はかなり溜まっているぞ? この後の“仕事”に響くと思うが、いいのか?」 「むしろ望むところっ♪ ……や、昨夜は脂ギンギンの下卑たオヤジに当たっちゃってさ〜  ま、金払いが良かったからいいけど、後味サイアクッ!ってんで口直し探してたのよ」  そうぼやくマリーに、恭也は苦笑する。 「お気の毒、とでも言おうか?」 「ま、商売だから選り好みしてられないんだけどね〜  そんな訳で、キョーヤ見つけた時には後光が差して見えたわ♪  ぶっちゃけ、タダどころかこっちがお金払ってもいいくらい♪♪」  そう言って、マリーは上機嫌で恭也に抱き付く。  が、それを聞いた恭也はあっさりと首を振った。 「……いや、金はちゃんと規定どおり払おう。こういったことは、しっかりしておかないとな」 「まったく、本当にキョーヤは朴念仁なんだから……  そういうコトは、思っててもストレートに出しちゃダメ!  もっと真綿に包むようにして言いなさい!」  マリーは、「めっ!」とまるで母親が子供に諭すが如き表情、身振り手振りで叱る。 「むう……すまん」  対する恭也も、素直に頭を下げた。  その仕草は、まるで大きな子供のよう。マリーは思わず笑ってしまう。 「ま、いいわ。そんなことより、その逞しくて傷だらけの肉体を早く私に見せて♪」  そして再び恭也の腕をとり、引きずる様に何処かへと連れて行ったのである。  ――彼女の名はマリー。  姓は不明、この名も恐らくは偽名(源氏名)であろう。  彼女は、湾岸地区繁華街の裏五番通りを縄張りにする街娼だった。  (もしかしたら、不法滞在者ですらあるかもしれない)  特に美人という訳でもないが、その気さくな性格を気に入り、恭也は金がある時はよく彼女を買っていた。  街娼とその常連客。二人は、まあそんな関係だったのである。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【9】 <1、恭也の下宿>  とんとんとん……  恭也がマリーと出会った丁度その頃、フェイトは夕食作りの真っ最中だった。  その表情は真剣そのもの、まるで戦闘状態にでもあるかの様な緊張感を醸し出している。 「……バルディッシュ、ごめんね」  ふと、フェイトが手にしていた“奇妙な包丁”に申し訳無さそうに呟いた。  と、包丁が一瞬光り、喋り出す。 《――――》(いいえ、気にしないで下さいマスター。これは私が自分から申し出たことです)  この言葉に、フェイトは思わず涙ぐんでしまう。 「バルディッシュ……ありがとう! 私、がんばるねっ!」 《――――》(それでこそマスターです!)  “奇妙な包丁”の正体は、なんとバルディッシュであった。  どうやらザンバーフォームで微小の魔力刃を展開し、包丁代わりを務めているらしい。  ……それも、自ら進んで。  かつて主の危機を救うべく、自らの意思でベルカ式カートリッジシステムを搭載し、生まれ変わったバルディッシュ。  調理道具や設備のあまりの貧弱さ……というか何も無さに、「これじゃお料理作れないよ……」と打ちひしがれていた主の為、 彼は再び立ち上がったのである。  その忠誠心は、まさにデバイスの鑑と言えた。  ぐつぐつぐつ……  フェイトは、シールド状の力場を水平に展開した“調理台”の上で、“包丁”を振るう。  それと並行し、魔力を火力とした“ガスコンロ”では、それぞれ米と味噌汁で中を満たした鍋達が温められている。  ……だが鍋など気化せんばかりの大火力を本分とする彼女が、これほど微弱な火力を複数同時に、 それも微妙に変化させつつ長時間維持することはかなりの骨だ。  故に、一時の気も抜けない(※バルディッシュの補助があれば相当楽になるのだが、フェイトは何故か独力での調理に拘っていた)。 「む〜〜〜〜」  フェイトは一心に集中する。  だが長時間集中を保つのは非常に難しい。慣れないことなら尚更だ。  調理が峠を越えると流石に集中力が切れかかり、ついつい別のことを思い浮かべてしまう。 (あ、そう言えば…… 恭也さん一人のためだけにお料理するのって、これが始めてだよね)  初めてのお部屋訪問、初めてのお料理。そして、一人恭也の帰りを待つ自分。  ――これって、この前TVドラマで見た恋人さん達みたいだ。  確か……TVでは帰ってきた恋人さんをとびっきりの笑顔で向かえて、抱き合ってキス。そのままお姫様抱っこされて――  かあ〜〜〜〜  そこまで考え、フェイトの顔が茹蛸の様に赤くなった。もー沸騰寸前である。  その表情も緩みまくっている(ふにゃふにゃだ!)。  そして、何やら嬉し恥ずかしそうに呟き始めた。 「そ、そんな…… ダメですよ、恭也さん。お料理が冷めちゃいます……」 《――――》(……マスター?) 「そ、それにキスは結婚するまでは…… で、でもっ! もし恭也さんが『どうしても!』って言うのなら――」 《――――》(…………あの? 何故、私を抱きしめるのですか?) 「そ、そうですよね! 私達、もうすぐ夫婦になるのですし……構いませんよね? では――」 《――――》(!? い、いけません! 魔力がだだ漏れです! マスター、マスターーッ!?)  集中力が途切れたせいか、供給される魔力量が一気に増大する。  バルディッシュが慌てて遮断するも一部間に合わず、大量の熱量が瞬間的に供給されてしまう。  たちまち鍋の中の味噌汁やら水が大量に気化し、鍋の蓋が(内容物ごと)吹き飛んだ。  じゅわーーーー ぽむっ! からんからんから〜〜ん 「はっ!?」  これにはフェイトも我に返り、慌てて鍋を見る。  が、鍋は衝撃で倒れ、中の米や味噌汁はその大半がこぼれるか、(蓋と共に)周囲に飛び散っていた。  ああ、鍋自体もかなりのダメージを受けている。 「あ、あううう……」  この惨状に、フェイトは手を地につけ項垂れた。  振り出しに戻るどころか、材料と鍋を買い直さねばならない分、マイナスである。  それに、この後始末もしなければならない。  ――間に合うだろうか? 悲観的な考えが脳裏に過ぎる。 《――――》(マスター! 諦めたらそこで終わりです!) 「そ、そうだよね、バルディッシュ! ――うん! がんばれ、私っ!」  バルディッシュの声援で復活すると、フェイトはバリアジャケットを装着する。  そして―― 「えいっ!」  (周囲に被害が及ばぬよう)結界を展開しつつ、高温の炎で散乱する米や味噌汁を蒸散或いは炭化させる。  ついでに地面まで炭化……いや「何故か」黒ずんでいる様な気がしないでもないが、まあ見なかったことにしておこう。 「うん、お掃除完了!」 《……………………》(……………………) 「次はお買い物だね。急がなくちゃ!」  フェイトは一人頷くと、大急ぎで飛び去った。  もちろん、全速力で。  ……飛行交通法? それ、なんですか? <2、湾岸地区繁華街> 「マリー? 今日は、ホテルでしようと思うのだが」 「へ?」  その言葉に、引きずるマリーの手が止まった。  そして、驚いた様に恭也を見る。  だが恭也はそんなマリーに気付かず、胸を張って言葉を続ける。 「その前に、レストランでメシでも喰おう。なに、金ならある」  そう言って懐をポンと叩くと、恭也はこのあたりで一番豪華なホテルとレストランを挙げた。  (※まあ「一番豪華」と言っても所詮は場末、たかが知れているが)  はあ〜〜  これを聞き、マリーは「頭がイタイ」とばかりに大きな溜息を吐く。  そして腰に両手を当て、しょうがないなあ〜とばかりにお説教を始めた。 「……あのね、キョーヤ? そんな無駄使いばっかりしているから、いつもビンボなんだよ?  1ファージングを笑う者は1ファージングに泣く。 ――これ、常識」 「むう…… だが、いつもいつもマリーの部屋というのも悪い気がするのだが……」 「何を今更」  どこか情けなさそうなその言葉に、マリーは思わず噴き出してしまった。 「キョーヤがすっごいビンボってこと位、知ってるよ。  ……そんな人に、ホテル代まで要求するのも、ねえ?」 「俺、“かわいそうな人”なのか……」 「あははは、拗ねない拗ねない」  ――この二人の会話からも分かる様に、恭也はマリーを買う時、いつもホテルではなく彼女の部屋を利用していた。  言うまでもなく、これは特別も特別の待遇である。  マリー……と言うより街娼を買う客は、初めての場合まず値段の交渉から始める。  相場的には「1時間1〜2万円前後+ホテル代」といったところだ(※ちなみにマリーは、どちらかと言えば高額の部類)。  ただしあくまで交渉次第なので、慣れぬ客や気に入らぬ客はぼられることが多い。  逆に(それなりに気に入っている)常連客相手となると、1時間を1時間半に伸ばす等のサービスが期待できる。  マリーは相手が恭也の場合、1時間を倍の2時間とした上、「自分の部屋に呼ぶから」と更にホテル代相当分を値引きしていた。  これはディスカウントどころかバナナの叩き売りもののサービスである(まして「自分の部屋に客を呼ぶ」など異例も異例だ!)。  これ程までに高待遇なのも、マリーが恭也を“極上の客”と見做しているからである。  尤も常連と言っても月二回〜多くても三回程度の利用に過ぎず、金払いだってお世辞にも良いとは言えない。  だがそれでも――恭也は“極上の客”だった。  ぎゅっ 「ふふっ♪」  途中、売春仲間が自分達を見ていることに気付き、マリーは見せ付ける様に恭也の腕にしがみついた。  道行くチンピラ達が頭を下げつつ道を譲るのも、誇らしい。 (……尤も、初めてであった時は最悪の印象だったけどね)  そう苦笑しつつ、初めて恭也に声をかけられた時のことを、マリーは思い出した。  ……………………  ……………………  …………………… 『今、空いているか?』  ……それは、実に奇妙な客だった。  ボサボサ頭を差っ引いても十分に二枚目で通じる整った顔、服の上からでも分かる引き締まった体躯。  これだけで女に不自由しないだろうに、何故わざわざ娼婦を、それも街娼なぞを求めるのか理解できない。  面白半分か、或いは特殊な性癖の持ち主か。 ――何れにせよ、ロクな話ではないだろう。何より、どうも虫が好かない。  いつもなら即座に断るところだが、当時のマリーはどうしても金が必要で、とうてい選り好みなどしている余裕など無かった。  だから、渋々ながらも頷いた。 『……空いてるよ』 『……助かった。君が駄目なら、全滅だった』  それを聞き、男は安堵の溜息を吐く。  ……何でも、片っ端から断られたらしい(まあ無理も無いことだが)。 (私が一番最後かい……)  その事実に、マリーは無性に腹が立った。  だから、ボッてやることにした。  具体的には相場の倍の料金に食事付。  顔を引きつかせながらも同意する男を見て、少しは溜飲が下がったような気がした。  だが、「一食浮く」――そんな軽い気持ちで食事も条件に含めたのは失敗だった。 (こいつ……)  何故この男がこれ程までに気に食わないのか、食事を始めて直ぐに気付かされた。  ……そう、ぶっきらぼうな口調ながらも感じる“品”が気に喰わなかったのだ。  一緒に食事を摂っていると、それが嫌でも分かる。自分にすら分かる。  早食いの大喰らいの癖に、この男は咀嚼音一つたてない。スプーンやフォークの上げ下げも実に美しい。  人は、食事の時に露にその育ちを見せる。  間違いない。こいつは裕福な、それも伝統ある家で生まれ育った男だ。  マリーの心に、暗い炎が宿る。  いい家に生まれ、いい教育を受け……きっとこの男は、何不自由なく育ったに違いない。  おまけに優れた容姿と肉体まで持っている。  ああ、今気付いたが腰に差された剣はデバイスだ。 ……この男、魔導師でもあるのか。  なんと恵まれているのだろう。天は、二物も三物も与えるものなのか。  ――それは、自分とは真逆の境遇。すべてが賽の目の如く生まれた時に決せられた運命。 (こんな男の慰み者になるのか……)  物珍しさに自分を買い求めたであろう男を、マリーは歯噛みして睨み付けた。  ……………………  ……………………  …………………… (ま、当時は何も知らなかったしね……)  マリーはふっと自嘲気味に笑う。  まさか1ファージングどころか半ファージングにぴいぴい言う様な、モノホンの赤貧だとは思わなかった。  ……ぶっちゃけ、そこらの物乞いの方がまだ小銭を持っているのではないだろうか?  だがにも関わらず、この男……いや恭也は身の程知らずにもぼやく。 「……偶には、甲斐性のある所を見せたかったのだが」 「……そんな安い甲斐性、いらないわよ」  昨晩のオヤジそのものの行動をしようとする恭也に、マリーは呆れた様につっこんだ。  同時に、内心で呟く。 (それに甲斐性なら、もう見せてもらってるしね)  マリーは思う。  恭也ほど本当の意味で甲斐性のある男はいない、と。  一年程前、マリーは持ち前の負けん気が災いし、この辺り一帯を仕切るマフィアとトラブルになったことがあった。  本来なら、その時に殺されていただろう。  彼等とトラブルを起こすということは、そういうことだ。  (大金を積めば或いは助かるかもしれないが、そんなことは望むべくも無い)  だが意外にも、マリーは拉致されて直ぐに開放された。  ……恭也が単身乗り込み、直談判したのだ。  マリーがそれを知ったのは、組織の幹部が開放時に教えてくれたからだ。  ――お前、凄いお人を知っているじゃあねえか。あの人は“凄い”、絶対に敵に回したくねえ……  その言葉に込められた感情は、紛れも無い畏敬。  これを聞き、マリーは驚愕した。  誤解は解けたとはいえ、自分と恭也はただの「街娼とその常連客」に過ぎないと言うのに……  同時に、ゾクゾクする程の感動を覚えた。  マフィアの真っ只中に単身乗り込み、女を解放させた挙句にここまで言わせる男が、いったいどれ程いるだろう?  これ程の甲斐性が、他にあるだろうか?  平凡どころか最底辺の人生を突如彩った、まるで映画のヒロインの如き出来事。  それはマリーのかけがえのない思い出、宝物となった。  だが、恭也は何もマリーに言わなかった。  相変わらず、“ただの街娼とその常連客”という関係を崩そうとしない。  だから、マリーも礼を言わなかった。  代わりに、「安上がりだから」と行為の度に部屋に招くようになっただけだ。  それは“ただの常連客”相手には過ぎる行為だったが、“街娼とその客”という関係はギリギリで守られていた。  そして、やはり恭也も礼は言わなかった。  「ありがたい!」 ――そう一言、喜んだだけだ。  確かに、二人の関係は“街娼とその客”と評すには深すぎるかもしれない。  だが、その関係こそが二人を繋ぐ唯一の絆であることもまた事実であった。 (ま、仕方が無いか。私じゃ、ヒロインになんてなれないからね)  マリーは嘆息する。  かつて、彼女は恭也に冗談めかして……だが本気で言ったことがある。 『恭也がその気になれば、直ぐにこの街の裏社会のボスになれるよ? で、私はその情婦♪』  と、恭也はやはり冗談めかして……だが真剣な目で応じた。 『そうだな……ボス云々はともかく、そういう生き方もあったかもしれない。  ……もしも“あの時”、俺を拾ってくれたのが君だったのならば』  ――それが、答えだ。これ以上を望めば、恭也は自分から離れていくことだろう。  そしてたとえこれ以上を望まぬとも、そう遠くない将来、恭也が自分の前から消えうせるであろうこともまたマリーは承知していた。 (……でも、いったいどんな女がキョーヤの“お姫様”になるんだろうね?)  少し……いやかなり気になる。自分を買いに来ることから察するに、未だ空席の様ではあるが―― (まあ決まるまでは、楽しませてもらおう)  そう、これは一瞬の夢に過ぎない。  だからこそ、悔いの残らぬよう精一杯楽しむのだ。  マリーは気持ちを切り替え、元気良く恭也に言った。 「レストランの代わりに、私が手料理をご馳走してあげるよ! ――だから、材料代はお願いね?」 「まあ確かに、その方が安上がりだな」 「……ナニ言ってるの? 私は商売女よ? 折角のチャンス、逃して堪るものですか。レストラン代分、買うわよ?」 「ちょっ!? さっきと言ってること違――」 「ホテル代いらない分、総額は安くなるでしょ? けど、レストラン代は私に入る筈のお金、ビタ一文まかりません」 「う〜む……確かに……」 「そんな訳で、よろしくね? 今日は他人の財布だから奮発するから♪」 「……お手柔らかに」 「一応、考慮はしとくわ。 ……あ、荷物お願いね?」  軽く肩を竦める恭也に、マリーは笑いながら応じた。 <3、恭也の下宿> 「で、できた…… できたよっ♪」 《――――》(おめでとうございます、マスター!)  フェイトの歓喜の声に、バルディッシュがすかさず和する(心なしか、彼の声も弾んでいる様にも思える)。  これを聞き、フェイトは心からのお礼を述べた。 「ありがとう、これもバルディッシュのおかげだよ。私達二人の成果だね」  あれからフェイトは拘りを捨て、バルディッシュの補助を受けることとした。  ……そうでもしなければとても間に合わないと判断したが故の、まさに苦渋の決断だった。  だがその甲斐もあって二度目の調理は順調に進み、こうしてなんとか間に合うことができた。  本当に、バルディッシュ様様である。 《――――》(いえ、全てマスターの努力によるものです)  だが、バルディッシュはそれを否定した。  確かに自分は補助をしたが、同時にフェイトは未だかつて見たことが無いほどの集中力を示した。  仮に自分が手を貸さなくとも成功しただろう。 ――そう判断したからだ。  本当に、フェイトは頑張ったのだ。  ……まあ、「自分の知る調理とはかけ離れた光景が繰り広げられた」とか、「マスターの相手が本当に“アレ”でいいのか」とか、 バルディッシュなりにも思うことはある。  だが、とりあえず心に棚を作って置いておくことにした(そこから先は、デバイスである自分が判断して良いことではない!)。  まあ自分的にはフェイトが幸せならそれでOKである。だから―― 《――――》(後は、マスターの未来の旦那様を待つだけですね!)  フェイトの努力と想いが実ることを、デバイスの身ながら心より願った。 《――――》(後は、マスターの未来の旦那様を待つだけですね!) 「も、もうっ! バルディッシュったら、からかわないでよ……」  バルディッシュの言葉に、フェイトは真っ赤になった。  ……でも、もしかしたら、本当にそうなるかもしれないのだ。それこそ、明日にでも。  そう――この、リンディから貰った薬を使えば。  フェイトは震える手で薬を持ち、しげしげと眺める。  恋のお薬。リンディは、確かにそう言っていた。  そして、「飲ませた相手の心を自分のものにできる」「自分をお姫様の様に大事にしてくれる様になる」とも。  ごくりっ……  それは、とてもとても魅力的な話。思わず、飛びつきたくなる。  けど、同時に思うのだ。  ……じゃあ、恭也さんの意思は? と。  リンディの話を総合すると、この薬を飲んだ恭也は凶暴化して、自分に何かとても酷いことをするらしい。  それこそ、目には見えないものの一生物の傷を。  その贖罪心を利用して、恭也を自分のいいなりにする。 ――どうも、それがこの薬の正体のようだ。  ……けどそれでは、本当の意味で恭也を手に入れたことにならないのではないだろうか?  上手く説明できないけど、それが本当の自分の望みとは思えない。何か違うと思う。 (……お義母さん、ごめんなさい)  フェイトはリンディに謝りつつも、一瞬は開きかけた蓋を閉め直してポケットへとしまった。  これは、使ってはいけないものだ。 《――――》(……よろしいのですか?) 「うん、いいの」  バルディッシュの問いに、フェイトはにっこり笑って頷いた。  そうだ、ちゃんと正直に自分の想いを告白しよう。  心から願えば、想いはきっと通じる筈。  だから、恭也が帰ってきたら、とびっきりの笑顔で向かえるのだ。 「ああっ!? ……でも髪は乱れてないかな? お洋服、ちゃんとなってるかな?」 《――――》(……………………)  決意した次の瞬間にはもう鏡を見ておろおろするフェイトに、バルディッシュは内心多大な不安を抱えつつも、黙って見守ることとした。 <4、マリーの家>  街の外れの安アパート。その一室で、二人の男女が絡み合っていた。  恭也とマリーである。 「う〜、悔しい〜〜」  恭也の上で、マリーが歯噛みした。 「また、イかされた……」  ……驚くべきことに、マリーは初めて買われた時以来、恭也に対して全戦全敗だった。  マリーとてプロであるから、この結果には正直プライドがズタズタだ。 「うむ、俺の勝ちだな。 ……あ、じゃあ今度は俺が上な?」 「キョーヤ、上手すぎっ! 今まで、一体何人の女を抱いてきたのよ!?」  さしたる感慨も無さそうに呟く恭也に、マリーは「うが〜!」と怒鳴った。  確かに、如何に好意という名のスパイスがあるとはいえ、これは余りに異常な結果である。  ……一体、どんなチートを使っているのだろう?  と、恭也は首を捻りつつ、恐ろしい言葉を呟いた。 「う〜ん、流石に数は覚えてないなあ……」 「……ケダモノ」  マリーはぶーたれ、ぎゅっ!と肌を抓る。  くそう、贅肉が少ないから上手く掴めない……  普段は垂涎モノの肉体が、今は返って憎らしい。 「いやいや、全員玄人さんだ。素人さんには手を出していないぞ? ……うん、人間の素人さんには」  このマリーの反応に、恭也は慌ててフォローになっていないフォローを入れた。  だが当然の事ながらマリーの目はますます厳しいものとなり、ジト目で恭也を見る。 「ふ〜〜ん? で? そのたくさんの中で私の位置は?」  ……まあつっこみ所――“人間”の素人って?――はあるものの、マリーはとりあえず一番気になることを聞いてみた。  と、恭也は昔の女達を思い出したのか、暫し遠い目をする。  そしてゆっくりと口を開いた。 「……それは実に難しい質問だ。皆、いい女達だったよ。  決して幸せとは言えないけれど、それでも必死に生きていた“いい女”達だ」 「…………」 「けれど、未だかつてマリーほど肌を重ねた女はいない。 ……それではだめか?」 「上手いわねえ……」  マリーは嘆息した。  そんな真剣な目で答えられたら、もう何も言えないじゃない……  だがそれはそうと―― 「でも、最後には私が勝つ! そして、今日こそキョーヤの寝顔を拝んでやるんだから!」  ……いきなり、話が「イくイかない」に戻る。  とはいえ、冗談めかして言ったが、恭也の寝顔を見ることはマリーの悲願の一つだった。  実の所、恭也はただの一度たりともマリーに寝顔を見せたことがない。  それは、即ち心の距離の差。だからこそ、なんとしても見たかった。  それ故の宣言である。  だが、それを受けた恭也は不敵に笑う。 「……ほう? なら、俺も本気を出すとしようか?」 「……へ? い、今まで本気じゃ無かったの!?」 「や、だって今までずっとショートだったしな? 後のことを考えたら、やり過ぎは不味いだろ?」  そこで恭也はニヤリと笑う。  間違いない、いぢめっ子モードだ。 「が、今夜はロング。そんな気遣いは必要ないよな?」 「え〜と、できれば手加減して欲しいかな〜〜なんて」  本能的に身の危険を悟り、マリーはじりじりと後ずさる。  だが直ぐに背が壁にぶつかった。もう逃げ場は無い。  目の前には、ニヤニヤと笑いながら、じりじりと距離を詰めてくる恭也。 「……初めに言ったろ? 『今日の俺はかなり溜まっている』と。そしてマリーも言った筈だ『むしろ望むところっ♪』と」 「そ、そんなこと言ったっけ……?」 「言った。じゃ、そーゆーことで。 ――あ、あと俺、今からケモノモードに入るんでナニ言っても無駄だぞ?」  そう一方的に伝えると、恭也はマリーを乱暴に押し倒した。  がばあっ! 「い、いやああああーーーーッッ!?」  合掌。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【10】 <1、恭也の下宿> 「恭也さん、遅いなあ……」  部屋の片隅で膝を抱えながら、フェイトはぽつりと呟いた。  窓を見ると、太陽はもうだいぶ傾いている。  遅くとも、お昼前には終わっている筈なのに…… 「何か、あったのかな……」  はやてが前もってメールしてくれたから、自分が待ってることは知っている筈だ。  初めは夕食に合わせて帰ってくるものと単純に考えていたが、よく考えて見れば電話一つ呉れないのはおかしい。  むしろ恭也なら、自分を一人にせぬよう大急ぎで帰ってきてくれるに違いないのに(そういう所は実に紳士なのだ!)。  ……おまけに、こちらから電話をかけてもまったく通じない。いったい、どうしたのだろう?  不安のあまり、つい考えは悪い方へ悪い方へと行ってしまう。 「もしかして…… 私のこと、迷惑に思ったのかな…………」  じわ……  自分の言葉に、思わず涙が溢れてくる。  ああ、泣いちゃだめだ。恭也さんを笑って迎えなくちゃ……  それでも中々止められず、溢れた涙がぽつぽつと零れ落ちてしまう。  その内の一滴が、スタンバイフォームに戻ったバルディッシュに当たった。 《――――》(マスター、泣いておられるのですか?)  バルディッシュが、心配気に声をかけた。  と、フェイトは慌てて目をこすって涙を拭き、無理矢理笑顔を作る。 「……ううん、大丈夫。私、泣いてないよ?」 《――――》(ですが――) 「だって、恭也さんを笑って迎えるんだもの、泣いてなんかいられないよ」 《……………………》(……………………)  まるで自分自身に言い聞かせる様なフェイトの言葉に、バルディッシュは掛けるべき言葉が分からず沈黙してしまった。  料理は、とっくに冷め切っていた。 <2、マリーの家> 「うきゅう〜〜〜〜」 「う〜む、少しヤり過ぎたか。 ……すまんな、マリー」  あまりの“猛攻”に意識を失ったマリー。その髪に手を置き、恭也はそっと撫でた。  よく見ると、マリーは苦悶の表情の中にも充実感と幸福感を浮かべている。  ……少し、心が軽くなった様な気がした。 (こういう時、煙草を吸うと格好がつくんだろうな……)  右手が持ち無沙汰になったので、どうでもいいことを何となく考えてみる。  左手でなでなで、右手で煙草。 ――うん、ハードボイルドだ。  ああ、煙草はマルボロのソフトがいいな。  よれよれのトレンチコートからくしゃくしゃのマルボロを取り出して咥えたら、刑事コロンボみたいで格好いいじゃあないか!  (※これは恭也の記憶違い。コロンボは葉巻煙草だ)  ……とはいえ実際は、恭也は煙草など吸わないし、酒だって軽く嗜む程度に止めている。  これは、全て剣士としての自分を高めるためだ。  ――“女の扱い方”についても同様だ。  恭也は、幼い頃より士郎と共に日本全国はおろか世界中を旅して回っていた。  その過程で、士郎が新しい土地に着く度に娼館に通っていたため、自然と恭也も早い内からそういったことを覚え始めたのである。  (まあ、要するに娼館の女達に“可愛がられまくった”訳だ)  そして士郎自身も、進んで恭也に女の扱い方を教育した。  見知らぬ土地で活動する場合において、地元娼婦達の協力の有無は非常に重要なファクターだ。  彼女達の協力が得られれば、情報収拾や裏の人脈とのアクセスを初め、時には隠れ家の提供すら期待できる。  「だから、彼女達を利用できるようになれ」。 ――そう、士郎は教えてくれた。  同時に「だが溺れるな、絡め捕られるな」とも教えてくれた。  恭也はこの士郎の教えを忠実に学び、実行してきた。  少なくとも、そのつもりだった。  ……だが、最後についてだけは守れなかった。  いや正確には、「今回初めて」守れなかった。  言うまでもなく、マリーのことである。  初めは他に相手がいないので、止む無く連続して抱いた。  だが、そうでなくなっても抱き続けた。  ……やはり、寂しかったかのかもしれない。だから“知っている女”を抱きたかったのだろう。  そして、抱く回数と期間が増えれば自然と情が移る。  一応幾つもの予防線を張って“最後の一線”の数歩手前で踏み止まっているものの、明らかに恭也はマリーに深入りしかけていた。  そう、例えばこの隣で眠る可愛い女の将来が心配で堪らない。  ……こんな商売、あと何年できる? 10年? 15年? じゃあ、その後は?  自分とてそれは同じであるが、自分は覚悟ができている。  良くて戦死、悪くて野垂れ死に。 ――それでいい。  だが、マリーは違う。 (何とか、最低限の生活は保証してやりたい。 ……やはり、あの金に手をつけるべきか?)  恭也は真剣な目で考える。  裏町の抗争のドサクサで、何故か自分のナワバリと見做される様になった小さな区画。  見習いとはいえ管理局員という立場上貰う訳にはいかず、かといって放っておくこともできず、 「ケツは持つ」という約束で見込みのありそうな若い衆に任せっきりで有耶無耶にしていたが……  確か毎月、それなりの額の上納金が俺の取り分として積み立てられている筈だ。  ……今、どれくらいあるだろう?  自分があと何年この世界にいられるか、何年生きていられるかは分からぬが、その頃にはまとまった額になっているに違いない。  それを使えば――  そこまで考え、自分が危険な考えをしていることに気付いた恭也は、天を仰ぎ嘆息する。 (俺は、やはりとーさんの様にはなれないな……)  士郎亡き後、恭也は必死で士郎の幻影を追い続けてきた。  その剣筋を、その生き様を真似ようとした。  遂には、同じ“道化の仮面”すらも被った。  だがどれも中途半端で、遂に会得することは叶わなかった。  ……そして今も、マリーを抱き続けている。  ――恭也、お前は情が深すぎる。そんなんじゃ、幾つ体や命があっても足りないぞ?  かつて士郎が真剣な表情で自分にした忠告を、恭也は思い出した。 「……本当にそうだな、とーさん」  恭也は小さく、だがしみじみと呟いた。 (けど、俺はとーさん程強くはなれないよ……)  歳こそ追いつき始めたものの、瞼に浮かぶ士郎の背は一層遠ざかっていた。 <3、恭也の下宿>  ……とうとう、日が完全に沈んでしまった。  周囲に民家どころか街灯一つないため、外は真っ暗だ。  時折聞こえる風の音以外は物音一つしない。  そればかりか、小屋に電気が通っていないため、自分の魔力で明りを灯している有様だ。  (一応、天井から懐中電灯がぶら下がっているが、つけてもたかが知れている上、何だか使うのが申し訳ない)  如何に天下無敵の大魔導師とはいえ、フェイトはまだ12歳の少女である。  これでは心細くて堪らない。  ひゅううう…… 「!?」  びくうっ!  突然強く吹いた風に、フェイトは驚き、一瞬怯えてしまう。  直ぐに風の音だと気付き安堵するが、一度生まれた恐怖は容易に消えず、かえってどんどん肥大化していく。  フェイトは堪らず恭也の毛布を頭から被り、手にスタンバイフォームのバルディッシュを握り締め、祈るように何度も呟いた。 「恭也さん、早く帰ってきて……」 <4、マリーの家> 「う、う〜〜ん……」 「おお、目覚めたか」  マリーがぼんやりながらも目を離すと、隣から声が聞こえてきた。  えへへへ……こういうの、いいかも。 「あ、キョーヤ…… おはよう……」 「……まだ真夜中だけどな」  呆れた様な恭也の声。  ……確かに、外は真っ暗だ。 「どうする? もう一眠りするか?」 「ん〜〜 したいけど、その前にシャワーを浴びたいかな?」  だって、キョーヤに滅茶苦茶にされたし。  思い出してニヤけながら、マリーは恭也に声を掛けた。 「キョーヤ、一緒に入ろうよ」 「いや、俺はもう帰らせて貰う」 「……へ? もう?」  マリーは思わず聞き返した。  ……今日はロングだから、まだ時間があるのに。  だが、恭也は深刻な顔で頷いた。 「今日はちと野暮用(クリスマスパーティー)があってな?  正直、いつ魔王共の来襲があるか分からんのだ。  ……その時いなかったら、非常にヤバいことになる」 「……魔王?」 「ぶっちゃけ、寝過ごしたら俺の命がヤバい。いやマジで」 「そ、そーなんだ……」 「ああ、そんな訳で悪いが返らせて貰う」  そう言って服を着始める恭也に、マリーは慌てて呼び止めた。 「!? ちょっ、ちょっと待ってよ!? ……まさか、そのまま帰るつもり?」 「ああ、そうだが?」 「シャワーくらい浴びていきなよ。私も鼻がバカになってるから分からないけど、多分凄いことになってると思うよ?」 「それは承知の上だ。この時間なら、人通りも殆ど無いから気にする必要もない。  な〜に、かえって冷たい空気の中、匂いに浸れていい気分になれるさ」 「……ま、本人がそれでいいならいいけどね……」  悪趣味だなあ、とマリーは苦笑する。  ……まあ下手したら絡まれかねない行為だけど、恭也ならば大丈夫だろう。なら、問題は無いか。 「じゃあこれで」 「あ……」  服を着終え、背を向けた恭也を、マリーは思わず呼び止めた。  ……あれ? 私、なんで呼び止めたのだろう?  思わず、おろおろしてしまう。  と、急に恭也が振り返り、マリーを見た。 「じゃあ、またな? マリー」 「……あ」  その言葉を聞いた瞬間、胸が満たされた様な気がした。  喜びが込み上げてくる。  そうか、私はこの言葉が聞きたかったのか……  だから、マリーは元気良く言葉を返した。 「うん、また!」 <5、恭也の下宿>  徒歩とはいえ魔法――それも弱装カートリッジをまるまる一発消費して!――を使ったため、夜明け前には家の前に到着した。  そろそろいいかな、とノエルの強制スリープモードを解除する(お子様な彼女にマリーとの“行為”は刺激が強すぎる!)。 《ZZZ……》  ……だが「やはり」というべきか、彼女は深い眠りについていて出てこない。  やはりこの数日間の“バイト”で、少ない余力を根こそぎ消耗してしまったのだろう。 (そういや、秘蔵のへそくりまで使わせたっけ……)  こりゃあ起きたら大目玉だ、と恭也は苦笑する。  何しろバイト中も文句たらたらだったからなあ〜 (やれやれ、いったいどうご機嫌をとったらいいものかねえ? ……ん?)  恭也の顔に、困惑が浮かんだ。  家の中に人の気配がする。しかも、これは―― 「もしかして、フェイト嬢かっ!?」  何故と驚きつつも、恭也は扉を開ける。  と、フェイトが勢い良く胸に飛び込んできた。  そして、無言でその小さな体を押し付ける。 「ッ!?」  ……だが直ぐに何かに驚いた様にビクリと体を震わせると、それっきり硬直してしまった。  そのまま凍りついて動かない。この様子に、不審に思いつつも恭也は声をかける。 「フェイト嬢、こんな時間にいったいどうしたんだ?」 「…………」 「……フェイト嬢?」 「…………」  だがフェイトは相変わらず顔を胸に押し付けたまま硬直し、一向に返事をしない。  ……一体全体、どうしたのだろう?  正直、こんなフェイトは初めて見る。どうしていいか分からず、恭也は困ってしまった。 「――――する……」  と、何やらフェイトが呟いているのが耳に入った。  だが、あまりに小さ過ぎる……と言うか、言葉になっていないため聞き取れない。  故に恭也は、自分の頭を下げ、フェイトの頭に近づける。 「?」 「……女の人の匂いがする」 「!?」  その言葉に、迂闊にも恭也はやっと思い出した。  情事の後、シャワーも浴びずに帰宅したことを。  それでも何とか言い訳しようと試みる。  だが、時は既に遅かった。  フェイトは涙ながらに恭也を見上げ、大声で訴えた。 「恭也さんから、知らない女の人の匂いがするよっ!!」 「もしかして、フェイト嬢かっ!?」 「!」  その声に、フェイトは毛布から頭を出した。  安堵と嬉しさが込み上げて来る。  だから、ドアが開くと同時に無我夢中でその胸に飛び込んだ。  そして体全体で抱き付きつつ、大好きな(恭也の)匂いを嗅ぐべく、思いっきり息を吸い込んだ。  が―― 「ッ!?」  得られたのは、安っぽい化粧と香水…… そして、女性の匂い。  いや、臭いとでも言う程の強い匂い。  恭也の匂いは、その匂いにすっかりかき消されてしまっていた。  フェイトは、まるで棍棒で思いっきり殴られたかの様なショックを受けた。 「……フェイト嬢?」  恭也が何度も自分を呼ぶのが聞こえるが、ショックのあまり言葉が出ない。  ああ、恭也さんが呼んでる。何かお返事しなくっちゃ……  呆然としながらも頭の片隅でそう考え、フェイトはやっとの思いで一言呟いた。 「……女の人の匂いがする」 「!?」  一旦口に出すと、どんどん感情が溢れ出てくる。  その感情はやがて心に収まりきれなくなり、フェイトの口から勢い良く飛び出した。 「恭也さんから、知らない女の人の匂いがするよっ!!」 「い、いや……これは、だな? その――」  大粒の涙を流しながら見つめるフェイトに、恭也はしどろもどろに言い訳する。  だが元より口下手な男であるが故に、言葉が出てこない。  そんな恭也に対し、フェイトはまるで責めるかの様に立て続けに訴える。 「今まで、女の人と一緒にいたんだ……」  そう。自分が泣きながら待っている間、恭也は他の女の人と一緒にいた。  そればかりか、こんな強く匂う程までに接していたのだ。  ……でも、ただ接しただけでは、例え抱き合ったとしてもここまで強くは臭わない。  きっときっと、自分が知らないそれ以上のこともしたに違いない。  とても、悔しい…… 「え〜と、満員電車の中で偶々――」 「その女の人と一緒に、ご飯食べたんだ、お酒飲んだんだ……」  恭也からはお酒の臭いがするし、心なしかお腹も少し膨れている様な気がする。  きっと、その女の人のところで食べたり飲んだりしたに違いない。  ……だとすれば、恭也は自分の料理などもう食べてくれないだろう。  とても、悲しい…… 「あ〜〜、これはバイト終了後の打ち上げ――」 「嘘ですっ!」  唯一電話が通じたバイト先の基地では、「とっくに帰った」と言われた。  ……何故、そんなすぐに分かる嘘をつくのだろう?  もしかしたら、その女の人と既に恋人同士なのだろうか?  とても、怖い……  悔しい、悲しい、怖い……様々な、強烈な感情がフェイトの中で溢れ出す。  それは、純粋なる嫉妬。それも、子供のそれではなく女のそれだった。  初めて経験する感情の洪水に、フェイトの心はたちまち満杯となり――  そして、遂に弾けた。 「うわーーーーーーーーんッッ!!」  その瞬間、フェイト全身からかつてない程の魔力が放出された。 <6、新湾岸地区、某高級ホテル>  湾岸地区、と一言で言ってもその範囲は非常に広い。  故に同じ湾岸地区であっても、「新と旧」「都市区」等によりそのグレードはピンキリだ。  そんな中で限りなく“ピン”に近い場所にある某高級ホテル、その最上階のスイートルームにリンディはいた。  豪華なテーブルの前で、何やら書類の束と格闘している。 「え〜と、ここはこうで――」  ……何故、多忙のリンディがここにいるか?  それは勿論、夜明けと共に恭也の家に吶喊。そこで動かぬ証拠を突きつけ、一気に婚約→結婚へもっていくためである。  その為に強引に休暇を取り、だがそれでも完全には休めずにこうして溜まった書類を片付けているのだ。 《――――》(また昔みたいに戦艦沈めるんですね! いっぱいいっぱい沈めるんですねっ! マイ・マスター!)  その脇には、先程から何やら物騒極まりないことを喚くデバイスが立て掛けられている。  いつもの汎用ではない、戦闘に特化されたデバイス“フィンファンネル”。  リンディが魔砲……もとい、魔法少女時代に愛用していた一杖である。  ……なんでも地球には“ショットガン・マリッジ”なる言葉があり、こういう時にはショットガンを持って出向くのがお約束なのだそうだ。  だがショットガンは質量兵器であるから、手続きが面倒で時間的に間に合わない。  それ故、昔の“戦友”を引っ張り出してきた訳だが……大丈夫だろうか? 久々の出番に、かなりハイになっているようだ。 (……しかし、この子(フィンファンネル)を見てると私の少女時代って一体――)  デバイス……ことにインテリジェンス・デバイスは主の影響をモロに受ける。  だからこそ、書類を捌きながらもリンディは思わずにはいられない。  どうもあの頃の自分は、ただクライドに褒めて貰いたい一心でとはいえ、「かなり頑張り過ぎていたらしい」――と。  クライド、よく顔を引きつかせてたっけ……  ああ、そういえば私が仕事した後に彼が決まって書いてた書類、あれって今思えば始末書だった様な…… 「……………………」  たら〜〜  リンディの額に、大きな汗が流れる。  ……えっと、もしかして凄い迷惑かけてた? 「さ、さ〜てっ! 少し休憩しようかしら〜〜!」  どうも好ましからざる結論に達しそうになった為、リンディは慌てて自分を誤魔化す。  きっと仕事に疲れたから変なことを考えたのだ、そうだそうに違いない。  ……だって私、小さい頃から一生懸命尽くしてきたつもりだし? フェイトにもそう言っちゃったし? 「ふ〜〜」  ちらりと時計を見ると、もう直ぐ夜明けだ。  どうやらフェイトは上手くやっているらしい。  明日の朝にはご婚約確定である。 「……もしかしたら、私おばあちゃんになっちゃうかもしれないわね」  ま、それもアリだろう。何れにせよ、明日からは(より)忙しくなる。  リンディは、やるべきことをもう一度確認する。  先ず、恭也を本局に転属、甲種幹部候補生課程(士官養成コース)に放り込む。  (本当は士官学校がいいのだが、流石に時間が掛かり過ぎる!)  そして課程を終えて三尉になったら―― まあ暫くは何処かの陸士学校で教官でもやって貰おう。  そしてフェイトがもう少し出世したら、その副官だ。  その後はコバンザメのよーにフェイトと共に出世する(させる)のだ。 「……これでフェイトもやりがいがでるでしょう♪ 私ってなんて娘思いなのかしら♪♪」  リンディは上機嫌で愛用の湯飲みにお茶を入れると、いつもの様に砂糖をぶちまけた。  ついでにお茶請けの砂糖煎餅、これにもやはり盛大にぶちまける。  ――そして、今やお茶と並ぶ楽しみとなった、地球は日本のワイドショーのビデオを見る。 「あら、いやねえ…… なってないわ!」  TVに向かい、リンディは楽しそうに文句を言う。  見ながらケチをつける。それがワイドショーの楽しみ方だ。  本日のお題は――乱れる子供の性? 「全く、小学生相手に大の男がナニ考えてるのよ!」  をいをい……と思わずつっこみを入れたくなる様な台詞を、リンディは連発する。 「……ん?」  突然、煎餅を持つリンディの手が止まった。  そういや、ウチのフェイトも…… 「う、ウチのフェイトはもう社会人よ!?」  まるで誰かに言い訳するかの様に、リンディは叫んだ。  ……やっと気付いたか。  だがまあ地球とミッドチルダでは状況が大きく異なる。  ミッドチルダでは低年齢層の社会進出が盛んであり、小学生相当の歳でも働いている子は沢山……ではないが、それほど珍しくない。  だから婚姻年齢も低く、単純には比較できないのだ。  ことにフェイトの場合、キャリア職の一つである執務官の最終試験にまで進んでいる。  学力的にはそれこそ地球の一流大学の学生以上だろう。  加えて既にエリートと言われる職にも就いている。社会的には「大人」と言って良い。  ……だが同時にフェイトは、それに反比例して性に関する知識が乏しかった。  つーか、皆無である。加えて、体も子供―― 「わ、私も12歳でクライドと結ばれたし?」  ……でも、フェイトは知識が無い。さぞや素晴らしい体験となるだろう。 「で、でも恭也くんもその辺はきっと手加減――って! あの薬飲んでたら出来る訳無いじゃない!?」  リンディは真っ青になった。  あ〜〜、そういや知識がある上に覚悟決めてた私も、クライドは怖いわ、死ぬほど痛くて苦しいわで本気で泣いちゃったっけ……  まあだからこそ効果倍増だったのだけれど。 「で、でもフェイトは我慢強い子だしきっと大丈夫…… それに今更遅――!?」  突然強大な魔力を感知し、リンディは驚いて外を見た。  と、窓の外には天にも届かんばかりの太く巨大な黄金の柱が―― 「あ、あれは間違いなくフェイトの魔力…… それに方角も恭也くんの家……」  しかし、幾らなんでもここまでとは…… 「……恭也くん? フェイトに一体どんなプレイを強要したの?」 《――――》(凄い魔力を感知! 戦争ですか! 戦争ですねっ! マイ・マスター!)  浮かれて騒ぐ“フィンファンネル”とは対照的に、リンディは呆然と呟いた。  この超常現象に警察が現場に到着すると、魔力の大半は天に向かった――バルディッシュの咄嗟の判断による――にも関わらず、 巨大なクレータが生じていた。  急ぎ調査した所、その中心部では嗚咽する金髪の少女と黒焦げになった男を発見。  更に近くで強力な媚薬を押収したことから、警察は男が少女を悪戯目的で連れ込んだと断定、男を逮捕した。  (※少女のデバイスが警察の判断を肯定したことも大きい)  最低限の手当ての後、留置場に放り込まれた男は、半死半生ながらも訴えたという。 『それでも俺はヤってない』  ――――と。