魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS 番外編「はじめてのぼうそう ふぇいと編」 ぷろろ〜ぐ「恭也さんと私」 【前編】  ――初めて会った時は敵だった。  それも、軽蔑すべき敵。  “配下”のヴォルケンリッター達のように決して正々堂々正面から戦わず、その影から――  或いは彼等彼女等を追い詰めかけた時に現れ、邪魔をする嫌な人。卑怯者。  顔を仮面の下に隠し、唯一晒す口元を皮肉気に歪めて笑うその姿に、いったい何度地団太を踏まされたことだろう?  個人的に何度も“遊ばれた”こともあり、当時の私にとってはまさに怨敵だった。  けれど事件終盤、その真相が明らかになると、この評価を大きく修正せざるを得なくなった。  先ず、“あの人”がFランクの魔導師に過ぎないことに驚かされた。  ……てっきり、Sランクの魔導師だとばかり思っていたのに。  つまり、私達は最後まで騙され続けていた訳だ。  “あの人”が凄過かったのか、それとも私達が間抜けだったのか。この場合どちらだろう?  できれば「“あの人”が規格外過ぎた」ということにしておきたいのだけれど。  ――あ、話がそれましたね? ごめんなさい。  とにかく、“あの人”は世界最弱クラスの魔導師なんです。  にも関わらず、ニアSランクの戦闘魔導師が犇く戦いの場で、決して無視できぬ存在感を示し続けたのですよっ! さすがですね♪  ……こほん。“あの人”は決して卑怯者などではなく、戦い方が非常に巧みなだけだったのですよ。  事実、私達は何時何処から現れるかもしれぬ彼に対処すべく、常に余計な注意と人手を割かれていた訳ですしね。  あと出会ったばかりの一人の少女(はやて)を守るべく、あえて犯罪に手を染めていたことも当時は意外でした。  だって、犯罪行為を心から楽しんでいるように見えましたから。  でも今なら分かります。“あの人”は、単に「私達を出し抜くこと」を楽しんでいただけです。本当に子供なんだから……  そして止めは“あの光景”。  闇の書に取り込まれた少女を救うべく果敢に挑み、遂には救い出した時の光景を見てしまっては、 頑なだった当時の私も認めざるを得ませんでした。  たとえ魔導師として最弱であろうとも、超一流の戦士であることを。  覚醒した“夜天の王”の死の波動にも怯まぬ、非常に強い意志と心を持った人であることを。  人のために命を賭けられる、優しい人であることを。  ……でも一番驚いたのは、“あの人”の真の正体が「無二の親友(なのは)のお兄さんと同一の存在」だということでしたけどね?  なんですか、そのオチは……  尤も、この頃の私はそれでもまだ“あの人”に心を開いてはいませんでした。  悪い人じゃないと頭では分かっていても、散々“遊ばれた”記憶が苦手意識となって残っていたのですよ。  ……例えるなら“いぢめっ子”に対する反応?  加えて大切なお友達があっさりと懐いてしまったやっかみも手伝い、当時の私の印象は“胡散臭い油断できない人”と散々でした。  それが変わったのは……何時からでしょうね?  正直、よく分かりません。気付いたら、何時の間にか“あの人”の世界に引きずりこまれていましたから。  相変わらずの“あの人”に、私が苦笑を浮かべる。10歳の半ば頃には、もうそういった関係になっていたと思いますよ?  それが更に深化したのは―― 私が11歳の時に起こった、ある忌まわしい事件がきっかけでした。 ┌───────────────────────┐ └───────────────────────┘ ┌───────────┐ └───────────┘ ┌──────┐ └──────┘ ┌───┐ └───┘ ┌─┐ └─┘  『うそ…… なのは!! なのはあっ!?』  任務からの帰還中、瀕死の重傷を負った無二の親友。  ……いえ、当時の私にとってはまさに「自分が生きる価値の全て」に等しい存在。  この事実を前に私の心は崩壊寸前となり、自分だけの世界に閉じ篭ってしまった。  そこから私を引き上げてくれたのが、“あの人”。  誰の言葉も耳に届かず塞ぎ込んでいた私を昏睡状態の親友の前に引きずり出し、嫌がる私に現実を突きつけて叱咤した。  (如何に正気を失っていたとはいえ、当時既にAAAだった私を昏倒させたて、だ!)  そして親友が目を覚ました後も、その後のリハビリも……  “あの人”は要所要所でさりげなく私達双方をフォローしてくれた。  遂には、任務でまで。  『フェイト・T・ハラオウン三等海尉、出撃します!』  ……子供であろうが、管理局に籍を置いた以上は一人前として扱われる。それが高ランクの魔導師ならば尚更だ。  この時、私が相手にしたのは歴戦のAAAランクの戦闘魔導師。ただし殺人でしか快楽を得ることのできない真性の狂人。  犯人を生かして捕らえることを本分とする管理局が、「可能な限り」と頭に付ける程危険な相手だ。  本来ならば、当時の私に回される……いや回すべき任務ではない。  けれど、発見時に投入可能な超Aランクの魔導師が私のみとあれば、如何に躊躇しようと上も決断せざるを得ない。  「義務を遂行せよ」。 ――それが管理局からの命令書末尾に記されていた言葉だった。  結論から言ってしまえば、私は完敗した。  地に伏す私と、それを悠然と見下ろす敵。  今思い出すだけでも鬱になる。  ああ、穴があったら入りたい…… 「……こんな餓鬼を送ってくるとは、管理局の連中も相当に人手不足のようだな?」 「くっ!」 「が、まあ感謝するよ。餓鬼をバラすのはとても気持ちがいい。まして女で見栄えもよけりゃ、言うこと無しだ」 「…………」  ……言い訳になってしまうが、魔導師も人間である以上は好不調がある。それが子供ならば尚更だ。  なのはが積み重なった疲労により極度に耐久力を落としていたように、当時の私も度重なる心労……  そして女性特有の“事情”も重なり、コンディションは生涯を通して最悪だった。  (正直、力を半分も出せていなかったと思う)  こんな有様では、たとえ万全の状態で戦っても(当時)互角かそれ以上の相手に勝てる筈も無い。  「せめて部隊展開が終わるまでは」と思っていたけれど、今考えると甘いとしか言いようがなかった。  「なのはの分もがんばらねば!」 ――そんな気負いが、この無謀とも言える行為に私を駆り立てたのだ。 「……大したもんだ、こんな状況になっても泣き言一つ言わん」 「…………」 「が、それじゃあ面白くないんだよなあ……」 「……あなたの趣味に付き合う気はありません」 「いいねえ、その態度。何時まで続くか見てみたい。  手足を一本ずつ吹き飛ばすとして……何本目まで持つかね?」 「…………」 「じゃ、まず右手から。 ……最初の一本で根を上げないでくれよ?」  その言葉を終えると同時に放たれる、魔法。  私は観念して目を瞑る。  ……けど、何処も痛くない。恐る恐る目を開けると、どうしたことか敵から大きく遠ざかっていた。  訳が分からず、私は目を白黒させる。 「ま、間に合った…… つーか、こんなに距離が離れてるなんて聞いてねえ……」  ゼイゼイという荒い息と共に、聞きなれた声が頭上から聞こえてくる。  驚いて見上げると、そこには恭也さんの顔が―― 「き、恭也さん!? なんで!? どうしてっ!? どうやってっっ!?」 「質問は一度に一つずつだ、フェイト嬢」  先程までの荒い息使いは何処へやら、恭也さんはいたずらっ子の様な顔で私を見る。 「だがまあ種を明かせば簡単なことだ。なのはの奴に頼まれたんだよ。  会いに来たフェイト嬢の様子がどうもおかしい、嫌な予感がする。『だからお兄ちゃん、お願い!』とな?  妹にここまで言われて、断れる兄がいようか? いいや、いない! いるはずが無いっ!!  ――とまあ、そんな訳で兄の鑑である俺は“走って”ここまで来た訳だ」 「ここまで走って来たのですかっ!?」 「や、だって俺、碌に飛べないし? だったら2本の足で移動するしかないだろ?  けど来たはいいが、なんかやたら強そうな敵がいるじゃないか……  なのはよ、Fランクの俺に一体どうしろと……」  そう嘆きつつ、恭也さんは大袈裟に首を振る。  ……けど、それは表面だけのこと。  あの“夜天の王”に挑んだ恭也さんが、“この程度”の相手に怯むことなどあり得ない。  事実、怖い怖いと怯える姿とは裏腹に、その目はいささかも怯むことなく相手を凝視している。  対する敵も油断することなく身構え、恭也さんを凝視する。  実に正しい反応だ。  AAAランクの戦闘魔導師の視線を真っ向から受け止められる時点で、そしてあの状況から私を救い出せる時点で只者ではない。  これが経験の浅い、或いは自信過多な魔導師なら即襲い掛かってくるところだが、流石は歴戦の戦闘魔導師だけあって深追いせず、 こちらの出方を伺っている。 「……一つ、聞いて良いか?」 「ご自由に。 ……尤も、素直に答えるとは限らんがな?」 「どうやって、その餓鬼を救い出した?」 「普通に抱きかかえて、だが?」 「え……?」  その言葉で、私は初めて自分が恭也さんに“お姫様抱っこ”されていることに気付いた。  ……流石にこれは恥ずかしい。今考えると実にもったいないと思うが、私は逃れようと手足をじたばたさせる。  けど、恭也さんはそんなことお構いなしだ。 「ときにフェイト嬢? 遠目からだったが、どうも動きにキレがないな?  おまけに魔力の出力は普段の半分以下だし…… いったいどうした?」 「ち、調子が悪かっただけです!」 「……それにしても酷すぎるだろう」  そう言って暫し首を捻っていた恭也さんが、やがてああと頷いた。  そして、実に申し訳無さそうに私を見る。 「そうか…… すまなかった。詫びに赤飯奢るから許せ」 「うわーんっ!?」  羞恥のあまり、私はぺちぺちと顔を叩く。  地味に痛いらしく、恭也さんは悲鳴を上げた。 「いたたた!? 暴れるな。それより――来るぞっ!」  次の瞬間、私の目の前の光景が変化した。  敵の攻撃を避けるべく、恭也さんが神速を発動したのだ。 「超高速移動? ……いや、如何に速かろうと、結界内に侵入されて気付かぬ筈がない。  ならば瞬間転移? ……いや、これとて直前には察知できる筈だ」  敵が呻く。恭也さんの“神速”に恐怖を抱いたのだ。  如何に警戒をしようとも探知不可能。「いつどこに出現するかわからない」という究極の反則技“神速”。  このプレッシャーは並大抵のものではない。この恐怖の前に、大概の魔導師は以下の二つの行動を採る。  できる限り強力な全周囲バリアを展開し、距離をとって攻撃を行う。 ――この“敵”もそうだった。 「フェイト嬢。無理しない程度で、できるだけ強力なシールドを張ってくれ」  勝負に出たのか、全力に近い魔力で防御・攻撃してくる敵を前に、恭也さんがそっと耳元で囁いた。  確かに、神速で避けるにも限度がある。  そしてシールドは局所的な防御しかできないが、その分同レベルのバリアよりも遥かに強力だ。  けど―― 「……でもあの攻撃を防ぐとなると、今の私では全力に近い魔力が必要です。“無理しない程度”では、かなり小さなものに――」 「小さくていいんだ。かえって、無理して貰っては困る」 「でも……」 「フェイト嬢、俺を信じろ」  そう言って、真剣な目で私の目を見る恭也さん。  その視線に飲み込まれ、私は小さく頷いた。 「……はい」  …………  …………  ………… 「はあっはははっ! 全力に程遠いとはいえ、流石はフェイト嬢! シールドが硬いっ!」 「凄い……」  敵から放たれる無数の攻撃を、恭也さんは全て弾き飛ばしている。  直径50cmにも満たないシールドで、「受け止める」ではなく浅い角度で受け、「弾いている」のだ。  それも大仰な動きなど一切せず、ただ散歩をするが如く歩くだけで!  この光景に、私は瞠目した。  一方、全力攻撃しているのも関わらず、徐々に距離を詰められていく敵は、忌々しげに吐き捨てる。 「化け物め……」 「くくく…… いつものFとは違うのだよ! Fとはっ!」  対する恭也さんは……何故こんなにも楽しそうなのだろう?  ご機嫌な表情で私を見る。 「や〜、いい仕事してるぞフェイト嬢! 花丸をやろう!」 「はあ、ありがとうございます……」  どう考えても、恭也さんの方が凄いと思いますけど…… 「畜生、普段もこんなに楽ならなあ…… このままお持ち帰りしちゃダメかな……」 「?」  しみじみと呟く恭也さん。けど私は意味が判らず、不思議に思いその顔を覗き込む。  と、恭也さんは慌てて弁解を始めた。 「や、冗談だって!」 「???」  ……ますます分からない。  そんな私にまるで誤魔化すように、コホンと咳払いを一つ。 「それよりもフェイト嬢? 気力体力は回復したかね?」 「……え? あ、はい!」  実に愚かなことだが、言われて初めて気が付いた。  恭也さんは私を回復すべく、ずっと抱き抱えていてくれたのだ。  お陰で、手足の痺れはもう無い。  これを聞き、恭也さんは満足気に頷いた。 「大いによろしい! では、そろそろ反撃といくか」  恭也さんの提示した作戦は、「神速で近接し、恭也さんと私の連携攻撃で仕留める」という極めて単純なものだった。 「フェイト嬢の攻撃が勝敗を決する。全力でやってくれ。 ……あ、もち非殺傷設定でな?」 「でも今の私の出力では、やはりあのバリアを破壊できません」 「だから俺も攻撃するんだ。バリアは俺が何とかするから、後は頼む。 ……できるな?」 「……バリアさえ無ければ」 「なら、決まりだな。 ……いいか、迷わず振りぬくんだぞ」  訝しげながらも頷く私に、恭也さんはそう念を押した。 「はい」 「よし! 今から俺達はパートナーだ!」 「パートナー、ですか?」 「ああ。臨時のとはいえ、互いに命を預けて協力するのだからな」  そして再びあの目で私を覗き込み、悪戯っぽく笑った。 「ではパートナー殿に“神速の世界”を見せてやろう。 ……たまげるなよ?」  …………  …………  ………… 「――3,2,1,0!」  次の瞬間、世界が変化した。 (……え?)  その風景に、私は目を丸くした。  そこは、色も音も無い“無”の世界。放たれた夥しい数の超音速攻撃魔法ですら、ここでは芋虫の如き動きでしかない。  その中を、恭也さんはゼリーの様な空気をかきわけ、敵めがけて突き進んでいく。  対する私は―― 体が動かない。声一つ発することすら出来ず、恭也さんの背中越しにただ見ていることしかできない。  初めて体験する世界に、私はただただ圧倒された。 (これは“何”?)  これが“神速の世界”?  確かに大魔導師と言われる存在ならば超音速の世界での活動も可能だけど、それはここまで異質な世界ではない。  何より、敵が必死の形相で周囲を見渡している(恭也さんは直ぐ目の前にいるにも関わらず、だ!)。  ……きっとかつて対峙した私やなのは達同様、ありとあらゆる手段で索敵を行っているのだろう。  飛翔する弾丸をも認識・迎撃できる超感覚を始め、魔力や生命反応の有無、熱源・重力・音響・電波等々……  でもそんなことは私達がかつて散々行い、徒労に終わったこと。無駄だと断言できる。 (一体、この世界は“何処”なのだろう?)  私は考える。  目の前に“在る”にも関わらず、外からは決して認識できない世界。  速度が……時間が酷くゆっくりと進む世界。  それはまるで―― 「時の狭間……」  恭也さんが敵に肉薄し、デバイスを振り下ろす光景を見ながら、私は呆然と呟いた。  デバイスが敵のバリアに叩きつけられる寸前、世界が色を取り戻す。 「フェイト嬢!」  その言葉に我に返り、私はハーケンフォームのバルディッシュを叩きつけた。  すると、バリアがガラスの如く砕け散る。 「えっ!?」 「何ィっ!?」  私と敵、図らずも双方が目を疑った。  あれ程強力だったバリアが、Aランク以下の強度にまで低下している!?  ……あり得ない。  けど実際に私の魔力刃は容易くバリアを破壊し、殆ど無消耗のまま敵本体に激突した。  そしてフィールドを貫通し、その生身の肉体に残る魔力を叩きつける。 「――――ッ!?」  敵は声にならない叫び声を発し、昏倒した。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【後編】  昏倒した“敵”のデバイスを奪い、バインドで厳重に拘束した後、私はあらためて恭也さんを見た。  凄い……とても凄い。  何故、これ程までの動きが出来るのですか?  あの“色の無い世界”は何なのですか?  そもそも、神速ってどういう現象なのですか?  最後の攻撃の時、相手のバリアが著しく劣化していましたけど、一体何をしたのですか?  聞きたいことがいっぱいある。私は目を輝かせ、興奮気味に口を開いた。 「恭也さん――」 「秘密だ」  ……けれど、恭也さんは「予想してた」とばかりに全てを言わせず、びしゃりと撥ね付けた。 「そ、そんな!?」  あっさり断られ、私は抗議の声を上げる。  と、恭也さんは呆れたように私を見た。 「……あのな、手の内なんてそうそう明かせる筈ないだろ?」 「…………」  ……ショックだった。  「私、そんなに信用されていないんだ……」と、これを聞いた時にはえらく落ち込んだものだ。  今なら、分かる。  恭也さんは、私達のように大出力の攻撃法を有している訳でもなければ、厚いフィールドで守られている訳でもない。  技を見切られれば、或いは被弾すれば、即命取りとなる。 ――そういうギリギリの所に常に身を置いているのだ。  だから、本当は技の存在そのものすら知られたくない筈。  けど……当時の私にはそんなこと分からなくて…………  余程情けない顔をしていたのだろう。恭也さんは少し困った様な顔をして、頭を掻きながら弁解した。 「フェイト嬢だけじゃないぞ? なのはやはやてにだって秘密だ」 「…………」 「……ぶっちゃけ、初めてだぞ? 俺が“神速の世界”に人を招き入れたの」 「……え?」  その言葉に、私は顔を上げた。 「神速は御神流の秘術にて、戦闘の根幹。  故に生まれ出でて26年、曲がりなりにも神速を習得して10余年、唯の一人も招き入れていない。  ……唯一、先のフェイト嬢を除いては」 「あ……」  そこまで言われて、ようやく理解できた。  できることなら、“神速の世界”になど招き入れたくなかっただろう。  できることなら、最後の技を見せたくなかっただろう。  にも関わらず、恭也さんは招き入れてくれた、見せてくれた。  ……何のために? それは、全て「私を助けるため」に。「私のため」に、だ。  そして迂闊にも、未だ命を助けて貰ったお礼を言っていなかったことにも気付いた。  私は慌てて口を開く。 「あ、あのっ! その……」  けれど、今までの経緯を思うと恥ずかしくなり、思わず口篭ってしまう。  ……何故、一番最初に言えなかったのだろう?  よりにもよって、無理なことを言って散々恭也さんを困らせた後にだなんて……  それでも、体中の勇気を振り絞って頭を下げる。 「助けてくれてありがとうございます!」 「ふむ?」 「恭也さんが来てくれなければ、私……」 「ああ、礼ならば俺にではなく、なのはに言うといい。俺は頼まれて来ただけだから」  そう言って、いかにも照れくさそうに鼻の頭を掻く。  ……今でもそうだけど、恭也さんは人から感謝されるのが大の苦手だ。  気恥ずかしいらしく、直ぐ逃げたり誤魔化してしまう。  だから、まして恩を返させて貰うなど至難の業、私を含めて恭也さんへの“負債”は溜まる一方だ。  そろそろ、まとめて返させてくれないかな……  この時もそうだった。これは後で知ったことだけれど、恭也さんは担当者を脅して強引に最寄の転送所まで転送、 そこから(魔力を使用したとはいえ)100q以上の距離を延々と走破して来てくれたのだ。  そして、その後は動けない私を抱えてAAAランクの魔導師と戦闘だ。  ――にも関わらず、礼は無用と言い切ってしまう。本当に困った人…… 「でも……」 「そんな目で見られてもなあ〜」  困った顔の私を見て、恭也さんは苦笑する。が―― 「!?」  突然、驚いた様に自分のデバイスを見た。そして、そのまま何か考え込む。  けど、その意味の分からない当時の私は、その光景を不思議そうに見るだけだった。 「?」  それから数分後、恭也さんは私を見て言った。 「なら、最後に見せた技の完成に手を貸して貰おうか?」 「……え?」  その意味を理解するのに、私は暫しの時間を要した。  ……完成に手を貸す? ってことは―― 「あの技、まだ未完成なんですか!? あれでっ!?」 「手伝ってくれるか?」  瓢箪から駒、である。私は興奮して詰め寄った。 「や、やります! やらせて下さいっ!」 「あ、ああ……」  私の勢いに押されながらも、恭也さんは念を押す。 「……もちろん、秘密厳守が絶対条件だぞ?」 「はい! 誰にも言いません! お墓まで持って行きますっ!」  私は元気良く頷いた。  任務を終え、なのはに会うべく病院に戻ると、なのはは手術中だった。  ……別に容態が急変した訳ではない。予定通りの治療だそうだ。  けれど、多少なりとも浮かれていた私の気分は、いっぺんで吹き飛んでしまった。 「大丈夫、なのははきっと元に戻る。 ……いや、これをバネに今まで以上に強くなる。絶対だ」  一緒に手術室の前の長椅子に腰掛け、なのはを待つ恭也さんが、俯く私に自信満々に断言する。  それ程までに、なのはを信じているのだ。だと言うのに、私は……  恭也さんに叱咤されるまで、自分の世界に閉じ篭るだけだった。  今ですら、何もできないでいる。せめて心配だけはかけないようにと頑張ったつもりが、心配をかけるどころか助けられた。  ……私、何をやっているのだろう? 情けないよ……  ぽんっ  しょげかえる私を見ていられなくなったのか、恭也さんが頭を優しく撫でてくれた。  そして、ぽつりと呟いた。 「……昔、な? 俺も無茶して大怪我したんだよ。お陰で、今も右膝が良く動かん」 「え……」  私は驚いて恭也さんを見た。  右膝が悪いことは知っていたけど、その訳を聞いたのは初めてだ。  元の世界でのことなど、滅多に話さない人なのに……  けれど、恭也さんはまさしく自分の過去、それも一番辛かったであろう過去を話し始めた。  ……それは、私が落ち込んだ理由を勘違いしての励まし。  けれど初めて聞く恭也さんの過去に、私は思わず釘付けとなった。  一族が……最後には父親までもがテロで死んだこと。  それから独り剣の修行に没頭したこと。  そして無茶し過ぎて事故に遭い、「もう二度と歩けない」と医者に言われたこと…… 「俺はどうしようもない馬鹿だから、自業自得のクセして自棄を起こしたよ。家族にもたくさん迷惑をかけた。  ……それに比べて、なのはは立派さ。歩くどころか命に関わるような大怪我にも関わらず、文句一つ言わずにリハビリに励んでいる。  いや、それどころか逆に周りを気遣う余裕すら持っている」 「でも、恭也さんも直ぐになのはの様になったのでしょう?」 「……ある人が俺を救い上げてくれたからな。そうでなけりゃ、今頃どうなっていたことやら」  考えたくないな、と恭也さんは笑う。 「ある人、ですか?」 「ああ。那美さんと言う、とてもとても優しい人だ」  そう言って、懐かしそうに微笑む恭也さん。  その人の名を呼んだ時の表情は……こんな恭也さん、見たことが無い。  それに「さん」付けだ。嬢でもなければ、呼び捨てでもない。  ……何故だろう? なんか面白くない。  けどそんな私の気持ちにお構いなく、恭也さんは話を続ける。  その鈍感さに少し腹が立ったけど、“那美さん”の話が終わったこともあり、私はもやもやする心を棚上げして再び話に聞き入った。 「――ま、そんな訳で完治には程遠いが、何とかこうして剣士の真似事をできる様になったんだ」 「大変でしたね……」  全てを聞き終え、私はその言葉しか出てこなかった。  ……だって、あんまりじゃないですか。まさに踏んだり蹴ったりですよ。  けれど恭也さんは、そんなことはないと首を振った。 「……いや。終わり良ければ全て良しじゃあないが、今思えば怪我して良かったよ」 「何故ですか? だって、その怪我のせいで剣士として完成できなかったのでしょう?」  私は首を傾げる。剣士云々に関してはよく分からないけれど、あの怪我は恭也さんの動きをかなり制限している。  「あれが無ければ」と私だって思う位なのだから、本人ならさぞかし――  けど、恭也さんはやはり首を振って断言した。 「……あんな無茶してたんだ、あの時無事でも何れは事故を起こしていたさ。  なら、早ければ早いほどいい。お陰で自分の限界と愚かさに、早い段階で気付けたからな」 「そういうもの、でしょうか……」 「ああ。あのまま……あの性根のままでは、万が一事故を起こさなかったとしても、俺は目指す剣士になれなかった。  恐らく今よりも酷い有様だっただろう。だから、今は感謝しているよ」  そう言って、恭也さんはとても清清しい笑顔で笑う。その表情は、何よりその瞳は―― 「……似てますね、なのはと」  私は、思わず呟いた。  前から思っていたことだけど、この話を聞いて、この目を見て確信した。  恭也さんは、なのはと似ている。なのはは、恭也さんと似ている。  表面的なものではなく、もっと深い所で。  それを聞いた恭也さんは、暫く小首を傾げていたけど、やがて頷いた。 「ふむ……確かに似ているかもな。うん、そう思う。 ……ま、あっちの方が万倍立派だが」 「……それを聞いたら、なのは、きっと喜びますよ?」 「怒る、の間違いだろう?」  肩を竦めておどける恭也さんを見ながら、私は以前、なのはと二人っきりで交わした会話を思い出した。  …………  …………  ………… 『……似てる? 私と、“いぢわるな”お兄ちゃんが?』 『うん、気のせいだと思うけど……時々、二人がだぶるの。ごめんなさい、私、変だよね』  まるで懺悔するかの様に告白する私に、なのはは少し驚いた様な顔をして……けれど、直ぐに嬉しそうに笑った。 『……そっか、似てるって思ってくれたんだ。えへへ、嬉しいな♪』 『え?』  私は目を丸くした。怒らないまでも、てっきり愚痴くらい言われるかと思ってたのに。  そして、なのはの次の言葉に耳を疑った。 『あのね、私、お兄ちゃんみたいになりたいの』 『え〜と、どっちの?』  まさかな〜、と思いつつも念のため聞いてみた。 『いぢわるな方のお兄ちゃんだよ』  ……けど、そのまさかだった。  なのはは当たり前の様に答えると、独白を始めた。 『“やさしいお兄ちゃん”は、私の自慢のお兄ちゃん。  何でもできて、何でも一番で、優しくて、強くて、いつも皆の中心にいる人。  ……ちょっと、鈍感だけどね?  “いぢわるなお兄ちゃん”は――  不真面目ですぐにお仕事サボるし、いぢわるだし、周りに私達しかいない寂しんぼだし、とにかくとてもとても心配な人。  ……でも、私の目標』  そこで一度言葉を止め、天井を……いえ、その向こうに広がっているであろう空を見る。 『お兄ちゃんはね? 普段はあんな駄目駄目だけど、本当の本当に大事な時はとても真面目になるの。  その時のお兄ちゃんは、とても素敵。どんなに絶望的な時でも、決して諦めない。そして最後には何とかしちゃうの。  あの時勇気を貰ったのは、はやてちゃんだけじゃないよ? 私も、貰った。  傍で見てただけだけど、思ったの。「大丈夫、きっと大丈夫」って。  ……さすがに、あそこでキスするとは思わなかったけどね』 『あ、あはははは……』  夢見る様な表情から一変、最後に盛大に顔を顰めるなのは。  私はそれに苦笑しつつ……同意した。 『私も貰ったよ、なのは。言われて今気付いたけれど、確かに貰った』  それを聞き、なのははまるで自分のことの様に嬉しそうに笑う。 『私も、そう思わせられる人になりたい。だから、いぢわるなお兄ちゃんは私の目標なの。  ――あ、すぐ調子に乗るから、教えちゃ駄目だよ?』  …………  …………  ………… 「……なのはも、私も、間違っていなかったのですね」 「はあ?」  恭也さんは、怪訝そうな表情で私を見る。  ……けど、今度は恭也さんが煙に巻かれる番ですよ? 私はもう十分に巻かれましたから。  ちょうどいい具合に、手術中を示していたランプが消えた。  私は恭也さんの疑問に答える代わりに、それを指差した。 「何でもありません。それよりランプが消えました、なのはが出てきますよ!」 ――――後日談。  何時までも来ないアルフを待っていると、代わりに恭也さんがやって来た。 「あれ? どうしたのですか?」  恭也さんが本局に来るなんて珍しい……  けれど恭也さんはそれに答えず、いきなりぎこちない敬礼を始めた。 「管理局臨時職員、高町恭也! 本日付けで臨時にハラオウン三等海尉殿の指揮下に入りました!」 「……へ?」  反射的に答礼を返しながらも、訳が分からず私は目をパチクリさせる。  ……それ、いったいどういうことですか? 「ま、最初くらいは真面目にやらんとな?」  敬礼を終えると、恭也さんはいつもの恭也さんに戻った。  やれやれと肩を叩きながら、慣れないことをするもんじゃないと愚痴る。 「しかし探したぞ。何で執務室じゃなくて、こんなトコにいるんだ?」 「アルフを待ってたんです」 「アルフなら、昨日付で除隊したぞ?」 「ええっ!? 初耳ですよ!?」  と言いますか、何故私が知らないで恭也さんが知ってるんですか!? 「今朝、決めたことだからな」 「過ぎてますよ!? 昨日辞めたんじゃなかったんですか!?」 「ま、蛇の道は蛇ということで」 「訳が分かりませんよ……」  それもそうかと恭也さんは頷き、重々しい口調で説明を始めた。 「実は……クロノの奴が警務隊に拘束されたんだ。リンディ提督の命令で」 「……は?」  思わず間抜けな声を出した私だったけど、直ぐに事の重大性に気付き、真っ青になった。 「ええっ!?」  警務隊とは、早い話が「管理局内の警察」だ。  彼等にいきなり拘束されるなど余程のこと、しかもお義母さんの命令だなんて……クロノ、一体何があったの? 「……昨日リンディ提督が何気なく“母親特権”でクロノの部屋をガサ入れしたところ、ある疑惑が持ち上がってな?  現在、提督直々に尋問している所だ」 「クロノ……」  多少……いえ、かなり変な所があったものの、アレでも義兄だ。私は心配げにその名を呼んだ。  すると恭也さんはぱたぱたと手を振り、私の“勘違い”を訂正した。 「あ、単にリンディ提督の逆鱗に触れただけだから、“本物の”の裁判にかけられることは無いぞ?」 「お義母さんを……怒らせた?」  それだけで警務隊?  クロノ……本当に、いったい何をしたの? 「ちなみにアルフも怒っている。何でもフェイト嬢の帰る場所を守るべく、除隊を決意したらしい」 「……はあ?」  何故そこで私が?  そんな私の肩に恭也さんはぽんと手を置くと、まるで慰めるかの様に言った。 「ま、気を落すな」 「……ごめんなさい、訳が分かりません」  ……と言いますか、お願いですから分かる様に説明して下さいよ。 「しかし、まさかクロノの奴が“妹萌え”だったとは……  “フェイト嬢萌え”ではなく、“妹萌え”という所がミソか。  せめて両方ならば、或いは前者だけならば問題無かったろうに……」 「? ……燃え???」  意味が分からず、私は盛んに首を傾げる。  けれど、次の恭也さんの言葉の衝撃に、何もかもが吹き飛んだ。 「そんな訳で、俺が暫くアルフ代わりにフェイト嬢の面倒を見ることになった」 「はあ……って!? ええーーーーっっ!!??」 「ま、君が単独行動に慣れるまでの短い間だが―― コンゴヨロシク」 「ああ!? もう何が何だかっ!?」  ――こうして、私と恭也さんの短くも濃いコンビ生活が始まった訳です。  それはそれはカルチャーショックの連続でしたよ? ええ、実に……