→⑤バイトして稼ぐ。




【1】


<1>

「考えるまでも無いか」

 己の選択に恭也は重々しく頷いた。
 他はどー考えてもBADEND一直線、ぶっちゃけこれ以外の選択肢など存在しない。

「……しかし、なんつー選択肢群だよ」

 そのあまりの地雷の多さに、我がことながら呆れてしまう。
 日頃の行いが悪いせいか、はたまた個人的な感情からか、どうやら天はえらく自分を嫌っているらしい。
 ……ま、ンなもの端から信じてないから、ただ言ってみただけなんですけどね?

「こちとら、日頃から修羅場を潜り抜けてきているんだぞ? こんなチャチな罠に引っかかってたまるか」

 くくく……

 提示された選択肢のあまりの露骨さに、思わず苦笑なんかしてみたりする。
 選択は⑤っ…… 他には考えられないっ……!

 だが、そこではたと気付く。

「あ゛…… でも俺、一応公務員だっけ……」

 そう。「臨時」と頭に付くとはいえ、恭也は管理局員(公務員)だったりする。
 つまりバイト厳禁。遅まきながらもそのことに気付き、頭を抱えてしまう。
 畜生、この選択肢もワナかよ…… オールバットエンドな選択なんて洒落にならんぞ……

(……ん? そういや、確か――)

 『ああ、できれば是非また来てくれたまえ。なに、君が都合のいい時で構わない』

 恭也の脳裏に、大魔神……もとい航空戦技教導隊総司令官であるダイムラー中将の言葉が脳裏に過ぎった。
 三日で100万円の超破格バイト。しかも裏口バイトとはいえ、管理局の募集だから合法っ!

「これはやるしかない……か?」

(でもな~)

 一瞬その気になりかけるが、直ぐに気が抜けたようにへたり込む。
 ……や、あの地獄の三日間を思い出すと、どうも気が進まないのだ。

「あ~、でもハーフもあったっけ」

 そう呟きながらガサゴソと机やロッカーを引っ掻き回し、以前貰った書類を引っ張り出す。
 と、やはり「フルが三日で100ミッドチルダ・ポンド、ハーフが二日で50ミッドチルダ・ポンド」と書かれていた。

 あ、「ミッドチルダ・ポンド」ってのはこっちの通貨だ。
 いちいち分かり難いんで、こういった単位はワザと地球(日本)の単位に変えてるんだよ。
 ちなみに1ミッドチルダ・ポンドは……こっち(クラナガン)の物価換算で1万円くらいかな?
 為替レートじゃないんで、そこんとこヨロシク。
 で、1ポンド=20シリング=240ペニー=960ファーシング。
 だいたい1ポンド≒1万円、1シリング≒500円、1ペニー≒40円、1ファーシング≒10円だ。
 まあ滅多に出ないし、蛇足もいいとこだから忘れてくれ。

「二日、か……」

 その位なら何とかなるかもしれない。
 何しろ三日目が一番キツかったからな~(と言うか、急に体がガタッときたよorz)。

 再びその気になった恭也は、アポをとるべく貰った名刺に記されている電話番号に連絡を入れようとする。
 ……だが、その直前で大事なコトに気付いた。

(そういや、先立つものがないっ!?)

 先立つものとは魔力、即ちカートリッジのことである。
 八神家を出て以来、恭也は自力でカートリッジを調達している。
 シャマルのそれとは比べ物にならぬ程低品質だが、人造魔力のカートリッジを。

(最低でもフル規格のカートリッジ10発は欲しいな)

 恭也は素早く概算した。
 だが10発という数字は一ヶ月分の調達量に匹敵する(懐が許せばもっと調達するが……)。
 しかもその内フル規格(圧縮1万倍160L)は1発のみで、残り9発は低規格(圧縮1千倍16L)に過ぎない。
 フル規格カートリッジ10発。 ――その数字に恭也は「う~ん」と唸る。

(フル規格カートリッジ10発ということは人造魔力1600L。レギュラーでも100円/L程度はするから……16万!?)

 更に言えば、ノエルの協力が得られないことを考えれば普段愛用しているレギュラーで駄目だ。
 ハイオク(120円/L)……いやスーパー(150円/L)にすべきだろう。
 その額、24万円也……
 あまりの高額さに、恭也は戦慄する(しかもこれですら最低限だ!)。

(そんな金があったら、そもそもこんな危険なバイトに手を出さないぞ……)

 だが、他に手は無いのも事実だったりする。
 それに考えて見れば、24万円が二日で倍以上になる訳だから決して悪い話ではない。
 ……そう。たとえば借金してでも。

(二日……タイムラグを入れて三日間借金するだけか……)

 チワワ金融でも、この程度なら利子は無きに等しい。
 ならば、やってみる価値はあるのではないだろうか?

(25万円借りて、先ず24万円でカートリッジ調達。
 残り1万円で交通費や装備調達して、余った分で何か美味いもの食べて精をつけて――
 うむ! やれるぞっ!)

 獲らぬ狸の何とやら、早速「残った25万円で何をしよう?」などと考える。
 なんかもー、大宇宙の法則的に自爆の黄金パターンっぽいが、当人はまったく気付いていない。
 今にもチワワ金融へと駆けて行こうとせんばかりの勢いである。
 ……もしこのまま何事もなければ、彼は無謀な賭けをすることになっただろう。
 だが――

「……ん?」

 外に出ようとドアのノブに手を掛けた瞬間、恭也は気付いた。
 この感覚は……

(空間転移!?)

 何者かがこの部屋に転移しようとしている。
 何重もの結界を力尽くで突破し、転移しようとしている。

(一体何者が……)

 恭也は身構え、その出現に備えた。



<2>

 ちゅど~~ん!

 どこか間の抜けた爆発音が部屋に木霊した。
 だがその音量と爆風は洒落にならず、机、ベット、ロッカーといった部屋の中の備品を手当たり次第に吹き飛ばす。

「ぶろおっ!?」

 ……当然、恭也も、である。
 そのまま先ずは天井に叩きつけられ――

「へぶうっ!?」

 ――次に重力に導かれ、床へと叩きつけられる。
 背中と腹をしたたか打ち、恭也は奇妙な鳴き声を上げてのた打ち回る。

(うう、背中と腹が痛い。いったい何事……)

 顔を上げると、爆風の中心と思われる場所に、何時の間にか金色の繭?が存在していた。
 爆風の余波が治まると繭?は溶けるように消えていき、中から金髪赤眼の少女が現れる。
 そして、にっこり一言。

「恭也さん、来ちゃいました♪」

「あ~、とりあえず――帰れ」

 少女のはにかんだような笑顔に向かい、恭也は顔を引きつかせながらドアを指差し告げた。

「そんな!? せっかく次元の壁を乗り越えて来たのに!」

 その冷たい言葉に、少女――フェイト・T・ハラオウンは一転して悲痛な表情で訴える。
 地球からの転移。つい数ヶ月前まで同次元世界間のごくごく短い距離しか転移できなかったことを考えれば、えらい進歩である。
 ……だが実際の所は単にSランクへと覚醒したことによる出力大幅UPの結果に過ぎず、“力技”であることには変わりがなかった。
 おかげで“乱暴運転”も大幅UP、ワープアウト時に余剰魔力が爆風となって撒き散らされ、ごらんの有様だ。

「来るならアポくらいとれ! そしてドアから入って来いっ!」

「一刻も早く会いたいというこの繊細な乙女心、恭也さんにはわからないのですか!?」

「……周りを見ろ」

「?」

 恭也の呻くような言葉に、フェイトは小首を傾げて周りを見る。

「!? 酷い! 地震でもあったんですか!?」

「お前がやったんだろーが!?」

 その惨状に驚くフェイトに、恭也が青筋を浮かべてつっこんだ。

「…………?」

 ……だがパワーアップ後の密閉空間への転移は初めての経験であるため、彼女には何故恭也が怒っているのか理解できない。
 代わりにすすすと近寄り、もう一度小首を傾げながら仔猫のように恭也の顔を覗き込む。

「もういい……」

 その仕草に毒気を抜かれ、恭也は溜息を吐いて言った。

「もうアポもとらずにいきなり他人の部屋に乱入するなよ? 転移はもっての他だ」

「そんなの水臭いですよ♪ 私と恭也さんの仲じゃないですか♪♪」

「……で? 何しに来た?」

 もうつっこむのも面倒なので、とっとと用件を聞いてみる(よく見ると、今日の彼女はやけに大荷物だ!)。
 と、フェイトはぐっ!と右手の拳を握り、力強く宣言した。

「“かよいづま”ですっ!」

「カヨイヅマ?」

「はい! お裁縫、お炊事、お洗濯、お掃除――何だってやっちゃいますよ!」

「……ああ、通い妻ね」

 フェイトの熱弁に、恭也は「ハイハイ」とぞんざいに頷いた。

(ならばこの惨状を片付けさせ、とっとと帰ってもらおう……)

 何気に酷いことを考えつつ、口を開く。

「ふむ、では――」

「もちろん、お床だってがんばりますっ!」

「やっぱり今直ぐ帰れ」

 今度は左手をぎゅっ! 両の拳を握り締めトンデモネーことを抜かすお子様に、恭也はより一層顔を引きつかせて告げる。
 畜生、この数ヶ月でいらん知識付けおって……

「まっ、待って下さい!」

 追い出すべく動き出した恭也に、フェイトが慌てて声を上げる。

「私、もう子供じゃありません! “おとなのおんな”ですっ!」

「……や、中学の制服着て力説されても」

(しかもソレ、つい数ヶ月前に着始めたばかりだろーが……)

 その主張に、恭也は思わず苦笑してしまう。

 ほとんど新品の聖祥女子中等部の制服を纏うフェイト。
 管理世界群での立場は兎も角、それが地球世界での彼女の立場だった。
 そして、多分に地球の価値観に支配されている恭也にとっても。

 だが、フェイトは当然これに反発する。

「大人です! もう恭也さんの子供だって産めるんですからっ!」

「…………」

 子供が産めれば大人かよ……

(ま、生物学的にはそーかもしれんが……)

 やれやれと首を振ると、恭也はむんずとフェイトの頭を掴む。

「じゃあ望みどおり大人として扱ってやろう。 ……もう子供の頃のような、甘い扱いは期待するなよ?」

「わーん! “げーむ”だと、これで上手くいったのにっ!?」

「“げーむ”?」

 聞きなれぬ単語に、恭也は一瞬眉を顰める。

(ああ“ゲーム”ね。 ……ん? ゲーム?)

 そうだ、如何にアレ以来はっちゃけたとはいえ、今日のフェイトはおかしい。
 その言動が如何にも彼女らしくない……というか、実に演技臭いのだ。

 「右手の拳をぐっ!と握り締め、『“かよいづま”ですっ!』」?
 「両の拳を握り締め、『お床だってがんばりますっ!』」???

 ……フェイトならば、同じ台詞でももう少し違う言動を見せる筈だ。
 そう、例えば――

 「両手を祈るように重ね合わせ、『“かよいづま”にきちゃいました♪』」
 「顔を真っ赤にし、もじもじと恥ずかしそうに、『その…… もし恭也さんが望むのでしたら、夜のお務めも……』」

 ――と。
 何より、“お床”発言で全く恥じらいを見せぬのはおかし過ぎる。
 ……もしや、フェイトは“お床”の意味を知らぬのでは無いだろうか?
 でなければ、ああまで堂々と宣言はできないだろう(と言いますか、頼むからそうであってくれっ!)。

 それに気付いた恭也は、早速フェイトを問い詰める。

「……フェイト嬢?」

「な、なんでしょう?」

「何か、俺に隠していることはないか?」

「ま、まさか…… 私が恭也さんに隠し事なんて…… あ、あははは……」

 対するフェイトは失言に気付いたらしく、視線を泳がせながらシラを切る。

「今直ぐ白状すれば、許してやらんでもないかもしれない」

「ごめんなさい、“あんちょこ”使っちゃいました」

 溺れる者は藁をも掴む。僅かな可能性に屈し、フェイトはぺこぺこ頭を下げながら一本のゲームソフトを手渡した。

「なになに――『尽くしてあげます』?」

 恭弥はソフトを手に取ると、まず表にでかでかと書かれている題名を読み、首を捻る。
 これは……世に言うギャルゲーというものか? ……フェイト嬢が、ギャルゲーだって?
 訳が分からず、裏を見る。

『高町京弥(名前変更可能)は、どこにでもいるようなごくごく普通のニート。
 働きもせず家でゴロゴロダラダラ暮らす毎日を過ごしていた。
 だが父親が再婚したことにより、彼に転機が訪れる。
 快活な義妹やその友達でお淑やかな少女、更には生き別れとなった妹まで登場して――』

「……………………」

 無言でそこまで読んだ京弥、いや恭也は――

「えい」

 ぺきっ

 ソフトを箱ごと圧し折った。

「ああっ!? まだ全部研究してないのにっ!?」

「……コレが今回の行動の元ネタか」

 道理で言動がいつも以上にアレな訳だ、と恭也は呻く。
 畜生、良くも悪くも純粋な子供を誑かしおって……

「しくしくしく…… せっかく恥ずかしいの我慢して買ったのに……」

「現実の男と二次元の男を一緒にするな。 ――と言うか、何故にギャルゲ?」

「クラスの子が話してるのを聞いたんです。『ギャルゲには男の人の妄想がつまってる』って」

「ごく一部の、な」

 一緒にされては敵わないので、そこのところをしっかりと訂正する。
 が、フェイトは聞いちゃあいなかった。

「やっぱり、オリジナルのPC版じゃなかったのが敗因でしょうか……」

「元は18禁か!?」

「でも私まだ12歳なのだから、仕方ないじゃないですか」

「しかも最初はそっちを買う気だった!?」

 と、フェイトは「ぽっ」と頬を赤らめて恭也を見る。

「だってその主人公さん、とても恭也さんに似てるんですよ?」

「ま、名前はな」

 恭也は苦笑いする。
 確かに同じ「きょうや」だが、俺はハードボイルドだぞ?

「その生き方も、とても他人とは思えなくて……」

「ちょっと待て」

 ひくひく

 「ゲームしてて、ヒロインさん達に感情移入しちゃいました」と微笑むフェイトに、恭也は思わずつっこんだ。
 ……すると何ですか? フェイト嬢から見て、俺は「ニートと同類」だとでも?

「い、いえっ! ニートとかではなく、その……『綱渡りの生活ぶり』とか『将来に対する展望の無さ』とか――」

「…………」

「あう……」

 フェイトは慌ててフォローするが、かえって墓穴を掘ってしまう。
 恭也の沈黙に再び涙目だ。

「あっ! でもでも大丈夫です!
 この主人公さんも最後は『義妹さんのお友達のお友達でお金持ちの女の子』と結婚して、
ニートのまま一生優雅に暮らしたそうですからっ!」

「……………………」

「……………………」

「………………………………」

「ううっ……」

 発言後、暫し無言で硬直していたフェイトが、へたりと両手を床につけしゃがみ込んだ。

「…………?」

「ひ、酷いですよ……あんまりです……
 “義妹さんのお友達”ルートでゲームを進めていた筈なのに、何時の間にか“その友達”ルートに~~っ!?」

「はあ?」

「お友達さん、酷過ぎますよ…… 私が恭也さんのこと好きなの知ってたのに、『応援してあげる』って言ってくれたのに……」

 えぐえぐ……

 フェイトは涙目で愚痴る。 ……どうやらお目当てのルートプレイ中、途中分岐してしまったらしい。

(こりゃあ、重傷だな……)

 余程ショックだったらしく、ヒロインと自分を完全にダブらせている。
 完全な自爆だった。

「フェイト嬢」

「うう、恭也さ~ん……」

 そんなフェイトを恭也はそっと抱え上げ――
 そのままドアへと向かい、ぽいっとドアの外へ放り出した。








━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【2】


<1>

 ガチャリ

 フェイトを放り出すと、恭也は対トリプルブレイカーズ用に取り付けた鍵(※手製で当然無許可)をかける。
 それは直ぐに実力行使に出るはやてやなのはの前では蟷螂の斧に等しい行為(せいぜい意志を示す程度)だったが、
非“ぼうそう”状態のフェイトに対しては有効だった。

 かちゃかちゃ かりかりかり……

『ひどいですよ~ 開けて下さい~~』

 鍵の音に我に返ったフェイトは慌ててドアに縋りつき、泣きの入った声で必死にドアをひっかき始める。
 そのあまりの哀れさに一瞬心が揺らぐが、恭也は慌てて首を振って自分に言い聞かせた。

(いかん、いかんぞ恭也! アレはもう昔のフェイト嬢ではない、騙されるなっ!)

 こうして心に壁を築くと、恭也はドアの外に向かい事務的に告げた。

「いいから帰れ。これから俺は大急ぎで(お前が散らかした)部屋を片付けて、(チワワ金融に)出かけなければならんのだ」

 ……が、それでもフェイトは諦めず、ドアの外から必死にアピールする。

『おみやげもあるんですよ! ほら、ほらっ!』

(そういや、何かやたら大きな紙袋抱えてたな……)

 ……そこまで言われると、流石に少し悪い気がしないでもない。
 応急的に築いた心の壁に皹が入る。
 だが今は生きるか死ぬかの瀬戸際、子供と遊んでいる暇など無いのだ。
 だから、恭也は心を鬼にして切り捨てる。

「や、透視能力なんか無いんで、そんなこと言われても見えないから」

『お米ですよっ!』

「な、なにーっ!?」

 米。その単語に、恭也は激しく反応した。
 思わずドアにかぶりつき、聞き返す。
 ……心の壁? あの薄いベニヤ板が何か?

「そ、それは本当か!? フェイト嬢っ!」

 この反応に脈在りと見たか、フェイトが必死に言葉を並べ立てる。

『産地直送、魚沼産こしひかり30kgです!』

「米…… 30kg……」

 それだけあれば、この一ヶ月何とか生きていける(※恭也は米を1日に6合食べる!)し、ノエルの機嫌だって直るだろう。
 恭也は満面の笑みでドアを開け、歓迎する。

 ギィ……

「ふっ、よく来たなフェイト嬢」

「お邪魔します♪」

 対するフェイトも先程までの半べそは何処へやら、やはり満面の笑顔で入室する。
 そんな彼女に、恭也は「片付けは後!」とばかりにもてなす。

「さあ、茶……はないから白湯でも出そう。好きなところに腰を下ろして待っててくれ」

「あ、お茶なら私が買ってきましたよ」

 フェイトは袋からお茶のペットボトルを出すと、ベットに腰を下ろした恭也に手渡す。

「……何から何まですまんな」

「いえいえ、好きでやってることですから♪」

 申し訳無さそうな恭也に笑顔で答えると、当たり前の様にその隣へと腰を下ろした。

「♪」

 すりすり……

 そして、いつもの如く恭也に体を擦り付ける。
 擦り付けつつ、その体を徐々に移動させる。
 具体的には左脇から正面へ――

「…………」

 ……いつもなら、ある程度まで移動した所で“教育的指導”を発動していたことだろう。
 だが今日は、黙ってその行為を受け入れる。

(耐えろ、耐えるんだ恭也っ!)

 ――そう、相手は米を持ってきてくれた「お客様」。
 だから、この位のサービスは当然っ……

(くっ、フェイト嬢め……また胸が大きくなったな!? ちくしょう、感触が…… ちちしりふとももが…………)

 ……とはいえ、ここ半年程で急激に女らしくなってきたフェイトのあまりに無防備な行動は、恭也の煩悩を少なからず刺激する。
 ましてや「家族」という枷が無いのだから尚更だ。
 相変わらず子供っぽい態度で接してくるからまだいいが、これでいつものクールビューティーな外面被って接してこられた日には――

(……ノエル、すまん。やはり月二回ではダメだ。三回……できれば四回ほど、マリーと遊ばせてくれ)

 ノエルが聞いたら発狂しそうな台詞を内心で呟きつつ、恭也は平静を保つ。
 そうだ、コレをフェイト嬢と思うな。米と思え……

 じゅるり……

(それはそれで、齧りつきたくなるな……)

 思わず、涎が出た。
 ぶっちゃけ、ここ数日まともな固形物を摂取していない。
 カロリーこそグ○コも吃驚な一粒300kcalの熱量補給剤で必要量を充足されているが、口(歯)は固形物を求めて疼きまくりだ。
 (だからこそ、こうもあっさりフェイトを招き入れたのだ!)

(米…… 銀シャリ……)

「……え?」

 恭也がそんな葛藤を繰り広げている間に、フェイトの体は恭也の胸にすっぽりと収まっていた。
 この予想もしなかった事態に、フェイトは驚き恭也を見る。

「ここまでしても、恭也さんが怒らない……?」

(かゆ、うま…………)

 目の前には、なんかヤバそうな目をした恭也。
 だがフェイトはそんなことは気にも留めない。返ってチャンスとばかりに全身で抱きつこうとする。

「これはもう愛の告白としかーーーーっ!」

「何故そうなるっ!?」

 げしっ!

「はうっ!?」

 恭也は我に返ると、うっちゃりでフェイトをベットに叩きつけた。
 そして顔面からダイブしたフェイトが痛そうに鼻の頭を押さえながら起き上がると、
今度はその頭を両手でがしっ!と両の拳で固定し、抉り込むが如く押し付ける。

「す・こ・し・は・学・習・し・ろ!」

「ああっ、ごめんなさいごめんなさい! つい調子に乗って夢を見ちゃいましたっ!?」

 すごく痛いのか、フェイトは目に涙を浮かべて謝る。
 だが恭也は許さない。

「あ~~ん? 聞こえんなぁ!!」

「わーーーーん!?」

「HAHAHAHA」

 余程鬱憤が溜まっていたのか、その感触と悲鳴を堪能する(どうやらまだ「かゆうま」状態が少し残っているようだ)。

「ひ~~ん!」

「HAHAHAHA ――――ッ!?」

 と、急に恭也の目が鋭くなった。

「きゃんっ!」

 反射的にフェイトを再びベットに突き飛ばすと、庇うようにその前に立ち、一点を凝視する。
 ……が、直ぐに全身の力を抜き、ベットに腰を下ろした。

(なんだ、はやてか……)

 はあ~

 大きく嘆息し、どかりとベットに腰を下ろす。
 突然のことで、考えるよりも先に体が動いてしまった……

 ……なんのことはない、はやての転移に過敏に反応してしまったのだ。

(だが、相変わらず見事な転移だ)

 タイムラグ無しに実体化するはやてをぼんやり眺めながら、恭也は内心感嘆を禁じえなかった。

 はやての転移はフェイトとは比べ物にならぬ程「深く」「静か」、それでいて「速い」。実に実用……いや実戦向きだ。
 今回気付けたのだって彼女の転移を過去に何度も体験してきたからこそ、そして彼女自身が特に隠す気も無かったからこそに過ぎない。
 もしそうで無かったら、果たして何時気付いたことやら……

 ごくり

 思わず、唾を飲み込む。

(我が娘ながら、恐るべきヤツだ……)

 ――そんなことを考える恭也の背に、起き上がったフェイトがひっついてきた。

「恭也さん……」

 ぴと

 フェイトは感動したように声を潤ませ、耳元で囁く。

「今、私のこと庇ってくれたのですよね♪ なんだかんだ言っても、恭也さんは私のこと――」

(ちっ、よく考えたら戦艦以上に「固い」フェイト嬢を庇う必要なんて無いじゃないか……)

 内心、恭也は盛大に舌打ちする。ああ無駄に紳士な自分が恨めしい……

「~♪」

(次は盾にしてやろう)

 背中に頬ずりするフェイトを横目に眺めつつ、恭也は固く心に誓った。



<2>

「お父さん、生きとるか~~」

「……お前もいい加減、ドアから入ることを覚えろ」

 実体化を終え元気良く挨拶するはやてに、恭也は嘆息しつつつっこむ。
 フェイトと違い爆風を撒き散らさないのはいいが、だからと言ってコレではプライバシーもなにもあったものではない。
 (※ちなみにアポ云々に関しては既に諦めている)
 だがこのつっこみは、いつもの如くあっさりスルーされた。

「私とお父さんの仲やないか。そんな水臭いことは言わんといてえな」

「……それ、どちらかというと入られた側が言うべき台詞じゃないのか?」

「まあまあ、そんなことよりほら、差し入れや」

 けらけら笑いながら、はやては(フェイト同様)両手一杯に抱えていた大きな紙袋をテーブルの上に開ける。
 缶詰、瓶詰、干物、乾麺 etc,etc...
 テーブルは、たちまち日持ちしそうな食品で山盛りとなった。
 (味噌・醤油・食用油といったものまであるところが、恭也をよく知るはやてらしい!)

「おおっ!」

 これで主食(米)に続き副食までGETである。恭也はたちまち相好を崩す。

「いつもすまんな」

「お父さん、それは言わない約束やで?」

 はやてはお約束通りの台詞を言うと、ベットに座る恭也の膝の上にどかっと腰を下ろす。
 そして、フェイト同様マーキング……もとい、すりすり。

「けど『どうしてもお礼がしたい!』言うんなら、もう少し帰る頻度を多くしてや♪」

「努力する……」

「期待して待っとるよ? ……しかし、なんでこんなに散らかっとんのや?」

 はやては軽く頷くと、部屋を見渡し軽く眉を顰める。
 まるで嵐の後のような惨状だ。 ……一体、何事?

「……台風娘が来たからな」

「台風娘?」

「はやて、こんにちは」

 二人の会話が途切れるのを待って、フェイトが声を掛けた。

「お? ――ああ、こんにちは。やっぱりフェイトちゃんも来とったんやね?」

 はやては今気付いたように振り返り、恭也の背に張り付いていたフェイトに挨拶を返す。
 が、さして驚いてはいないようで、さも当然の如く頷いている。

「うん、はやてもやっぱり来たね」

 対するフェイトも、はやての来訪を当然の様に受け止めているようだ。
 ……待ち合わせの約束でもしていたのだろうか?

「考えることは皆同じやね?」

「なのはは?」

「新入隊員の“歓迎”があるそうやからな~ まあ来るのは確実やろうけど、何時になるか……」

「うわ、新入りさん達気の毒に……」

「まったくやな」

 …………?

(約束した訳ではない、のか?)

 うんうんとしきりに頷き合う二人に、恭也は怪訝な表情を浮かべた。
 フェイトが学校の制服、はやてが“陸”の制服を着ていることから考えるに、学校や職場から直接訪れたらしいが……

「フェイト嬢は、はやてが来る事を知っていたのか?」

「いいえ?」

 思い切って聞いてみると、フェイトはあっさり否定した。

「けど、来るだろうな~とは思ってました」

「……?」

 恭也はその言葉に軽く首を捻ると、今度は膝の上のはやてに訊ねる。

「はやては、フェイト嬢がいる事を知っていたのか?」

「知らんよ? まあ絶対いるやろうな~とは思っとったけど」

「???」

「昨晩、はやての家でお泊り会したのですよ」

 困惑する恭也に、フェイトが苦笑して助け舟を出した。

「その時に恭也さんの話題が出たのですよ。 ――ですから、みんな『会いたくなっただろうな~』って」

「なるほど……」

 少しむずかゆくはあるが、納得である。
 しかしいったい、どんな話題で盛り上がったことやら……

(どうせ、ロクなことじゃないだろうな)

「お父さんそっくりの主人公が出てくるゲームがあってな? ついつい感情移入してしまったんよ」

「お前もかっ!?」

 ……どうやらフェイトだけでなく、はやてにまで広がっていたらしい(そして恐らくはなのはにも)。
 はやては袋からゲーム機を取り出し、頭上に掲げる。

「な、な、フェイトちゃん、どうせソフト持って来とるんやろ? 続きやろ~ お父さんも混ぜてやろ~~」

「全力で断る」

「……ごめんなさい。ソフト、恭也さんに壊されちゃった」

 だが恭也はきっぱりはっきり拒絶し、フェイトはフェイトで申し訳無さそうに床に転がっていたケースを指差した。

「な、なんやってーーーーっっ!?」

 はやては慌てて立ち上がると床のケースを拾い、中のソフトを取り出す。
 そして見事なまでに二つに割れたソフトを見て、愕然とする。

「そ、そんな…… まだ私のルート攻略しとらんのに……」

「私だって、未攻略ですよ~~ うう、お友達に盗られた……」

 両手を床につき、おちこむはやて。
 これにつられたのか、フェイトも声を震わせる。

「……だからなんだよ、その『お前達のルート』って」

 恭也はうんざりしたように嘆息する。
 が、二人は未練たらたらだ。

「両親が事故で死んだショックでニートから引き篭もりになったお父さんを、私が支えようと決意したところやったのに……」

「両親から勘当されて家から放り出された恭也さんが、あと少しで私の家に転がり込んでくるところだったのに……
 多分あそこがルート分岐……」

「だから俺とその主人公を重ね合わせるなや。 ……しかし、とことんダメ人間だな高町京弥」

 同じ「たかまちきょうや」として恥ずかしいぞ……

 だがそんな暢気にしていられたのも、一瞬のことだった。

「やれやれ、たかがゲームで大袈裟な」

 ついそんな失言をしてしまい、二人の地雷を踏んでしまう。

「お父さんの馬鹿ーーっ! 責任とれやっ!」

「そうですよ~ 責任とって現実世界でお付き合いして下さい~~」

「逆切れ!?」

 目に涙を溜めながら膝に飛び乗り、ぐいぐいと体を押し付けるはやてに、やはり半泣きで背中に抱きついてくるフェイト。
 恭也は、ちょうどサンドイッチのように二人にぎゅっと挟まれる形となった。

(うわ…… こりゃあ堪らん……)

 さしもの御神流も泣く子には勝てない。
 どうしたら良いか分からず、恭也は途方にくれた。








━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【3】


<1>

「……お兄ちゃん、なにやってるの?」

 その声に恭也が目を向けると、窓の外――ちなみにこの部屋は四階(最上階)だ――になのはがいた。
 えらく不機嫌そうに頬をぷう~と膨らませ、こちらを見ている。

「なのはか……」

(探知とほぼ同時に来襲かよ、まるでICBMみたいなヤツだな……)

 内心、恭也は呻く。
 空を飛んできたらしいが、その超高速で気配察知の次の瞬間には出現である。
 ノーアポ、窓からの侵入と合わせ、その強引さには呆れる他無い。

(ま、それに関してははやてもフェイト嬢も大同小異か)

 その事実に気付き、嘆息する。 ……考えてみれば、他の二人にしたって似た様なものなのだ。
 その中でなのはが目立ったのは、単に行動が一番直球なだけの話だろう(それはそれで大いに問題だが)。

(やれやれ、まったく俺の知り合いの娘共は、何故揃いも揃ってこうも強引なのだろうなあ?)

 じ~~~~

 と、なのはが先程から半眼で睨んでいることに気付いた。
 ……どうやら先程の返事を待っているらしい。
 止むを得ず、もう一度嘆息しつつ口を開く。

「……窓から入ってきたことに関しては、特別に目を瞑ってやる。だから助けろ」

「へ~、助けて欲しいんだ?」

 間接的に無実を訴えるが、なのはの反応は芳しくない。
 それどころか、その視線はますます厳しくなった。

「……なんだ、その意味ありげな台詞は」

「顔、にやけてるよ?」

 「だらしない顔!」となのはは膨れる。
 先程の膨れっ面と合わせ、まるでハリセンボンのようだ。
 (※ちなみに河豚で無いのは「言葉の棘」があるから)

「目医者行け、目医者……」

 この冤罪に、恭也は呆れたように首を振る。
 だがなのはにしてみれば、これは当然の反応だった。

 昨晩のゲームの影響か、心配になって様子を見に来てみれば、兄は自分の親友二人とベットの上でじゃれ合っていた。
 そして、そのベットの脇には「月刊美乳マニアックス」。
 まるで大地震でもあったかのような部屋、その床にバックナンバーでぶちまけられている。
 無造作に開かれたページには、豊かな胸を惜し気もなく晒す女性達……

(お兄ちゃんのえっち!)

 不潔である。最低である。
 そんな兄のことだ、きっと今も二人のおっぱいに触れられて喜んでいるに違いない。
 口ではなんだかんだと文句を言いながらも、心の底では喜んでいるに決まってる。

 ――そう考えると、胸がムカムカしてきた。
 これはきっと、兄が悪いことをしているからに違いない。うん、そう決めた。

 だから、なのはは恭也の元に近寄り――

「……? なのはちゃん?」

「なのは?」

 今初めて自分に気付いたらしい親友達を無視し、レイジングハートを思いっっきり、兄の「にやけた」顔面に叩き付けた。

「へぶうっ!?」

《~~~~~~!?》

「「お父さん(恭也さんっ)!?」」

 奇妙な鳴き声を上げる兄とレイジングハート、必死に介抱する親友達を他所に、なのはは一仕事終えたような、実にイイ表情で頷いた。

「あ~、すっきりしたの♪」



<2>

「お兄ちゃん、改めてこんにちは♪」

「お前というヤツは…………まあいい」

 すっかり機嫌を直し、何事も無かったかのように振舞うなのは。
 これには流石に恭也も抗議の声を上げかけるが、直ぐに思い止まる。

(まあ魔砲で撃たれた訳でもなければ、増幅した筋力で叩かれた訳でも無いしな。これで終りと考えれば……)

 下手に騒ぐと薮蛇になりかねない、と泣き寝入りすることにしたのだ(´д⊂)
 代わりに、他の二人にも言ったような注意で誤魔化す。

「これからは、来る前にアポくらいとれ。あと、窓ではなくドアから入って来い」

「私とお兄ちゃんの仲なんだから、気にすることないの」

「それ、言うとしたら俺の台詞だろ!?」

「まあまあ♪ そんなことより、ほら差し入れ持ってきたよ♪♪」

 他の二人同様、なのはは恭也の抗議をスルーし、差し入れの入った紙袋を開ける。

 ドサドサ

 中からは、瑞々しい野菜や果物がごろごろと転がり出てきた。
 どれも大振りで色も匂いも「濃い」高級品だ。

「ををっ!」

 これを見た恭也は思わず喜びの声を上げる。
 先程殴られたことも、注意をスルーされたことも、既にお星様だ。
 だが不幸にもそのことに気付いてしまい、愕然とする。
 ……あれ? 俺、こんなにプライド無かったっけ?

 なんかもー落ちるとこまで落ちた己の性根に、恭也の目に熱いものが込み上げてくる。

(みんなビンボが悪いんだ……)

 米、野菜、果物、干物、缶詰、瓶詰……
 テーブルの上に山と積まれた食料の前で涙する恭也。
 これを見て、三人は満足げに頷いた。

「にゃー、お兄ちゃん、そんなに嬉しかったの?」

「やー、そこまで喜ばれると、はるばる持ってきた甲斐があったなあ~」

「また持ってきますね♪」

「……………………」

 誰一人、彼の心を分かってくれる者はいなかった。

(もう、どうでもいいや……orz)



「さてと、それじゃあ……あれ?」

 差し入れの披露を終えると、なのはベットに腰掛ける恭也を見る。
 そして、首を傾げた。
 そのままの状態で、ベットの周りをうろうろ数周する。

「あれ? あれれ?」

「「???」」

 これを見て、はやてとフェイトも首を傾げる。
 ……いったい、どうしたのだろう?

 やがてなのはは元の位置――恭也の正面――まで戻ると、呆然と呟いた。

「私の“席”が、無い……」

「「――――ッ!?」」

 これを聞き、はやてとフェイトはひしっ!とより強く恭也にしがみ付く。
 ……そう。胸ははやて、背はフェイトにべったりとしがみ付かれ、もはやなのはの潜り込む隙は存在しない。
 そして残った僅かな隙間すらも、たった今塞がれてしまったのだ(譲り合う気など更々ない!)。

 にっこり

「……はやてちゃん? もう十分お兄ちゃんを堪能したと思うの」

「ははは、何言うとんねん、なのはちゃん。ここは“娘”たる私の特等席やで?」

「“真の妹”たる私の席でもあると思うの」

「ははは……」

「ふふふ……」

 笑顔でレイジングハートとシュベルトクロイツを突きつけあう二人。
 かたや、フェイトはと言えば――

「……………………」

 自分に火の粉が飛ばぬよう、固く目を閉じ耳を塞ぎ、「見ざる聞かざる言わざる」を決め込んでいる。
 ……嗚呼、美しき哉友情。

「あ~、二人とも?」

「……何、お兄ちゃん?」

「……何や、お父さん?」

 どんどん膨れ上がる魔力に恭也が堪らず声を掛けると、二人は煩そうに返事する。
 ……や、できることなら俺だって介入したくないけどな? このままだと確実に俺も巻き込まれるのだよ。

 ついでに、背に隠れるフェイトにも声を掛ける。

「いや、フェイト嬢も入れれば三人か?」

「……何でしょう、恭也さん?」

 フェイトが、彼女にしては珍しく渋々と返事する。
 ……どうやら、このまま隠れてやり過ごすつもりだったらしい。

(俺を盾にして自分だけ逃げようったって、そーはいかんぞ!)

 「人間は自分を基準に他人を考える」の言葉通り、フェイトが隠れる理由を勘違いした恭也は、
盛大に勘違いしてフェイトにアイコンタクトを送る(ノエルの補助なしには念話も送れない)。

「?」

 当然、フェイトは訳がわからず小首を傾げる。

「……なにフェイトちゃんと見つめ合ってるの?」

「私らに用があるんじゃ無かったんかい!」

「う……」

 その詰問と視線に、恭也は慌てて正面を向き直す。

「……私にご用じゃなかったのですか?」

「うう……」

 と、今度は背後からも詰問と視線。

 じ~~~~

「う゛う゛う゛……」

 三人の剣呑な視線に、思わずたじろいでしまう。

(どうしよう…… 「一触即発だったんで、思わず呼び止めちゃいました♪」なんて言ったら、殺されるよなあ……)

 確実に三人の鬱憤がこっちに向かい、必殺技の三連撃を喰らうことだろう。

(どうすれば……)

 知力を総動員し、恭也は考える。
 かかっている物がモノだけに、必死だ。

(…………むう?)

 そんな時、テーブルの上の食料が目に入った。

(――そうだ! これならっ!)

「あ~、せっかく差し入れしてくれたんだ。これ使って、何か料理してくれないか? ――や、腹ぺこぺこだしさ」

(完璧っ、完璧だ……)

 まさに起死回生のアイデアである。
 その証拠に、三人の怒りゲージが目に見えて落ちてきた。

「お父さんお腹がすいたんか?」

「そういえば、もういい時間ですよね」

「……………………」

(うっしゃっ!)

 勝利を確信し、恭也は内心ガッツポーズをとる。

「俺は部屋片付けとくからさ、その間に何か頼む」

「わかりました!」

「しゃーないなあ~ ほな手早く作るから、いい子で待っとってや」

「……………………」

(……ん?)

 腕まくりをするはやてとフェイトとは対照的に、なのはは何か考え込むように無言でいる。

「……いったい、どうした?」

「私も、部屋片付けるよ」

「? 何故?」

「――と言うか、家捜しだね」

 そういいながら、なのはは床に落ちている一冊の本を拾い上げた。

「「!?」」

「! ――そ、それはっ!?」

 はやてとフェイトは勿論、恭也の顔が驚愕で歪む。
 あれは……俺の秘蔵本「月刊美乳マニアックス」!?

「……この間のえっち本(月刊美乳倶楽部)とは別だよね?」

 まるで検事のように、恭也を詰問するなのは。

「私達を追い出して、その間にこれを隠そうったってそうはいかないのっ!」

「ごっ、誤解だっ!? それは――そうっ! 前の住人が置いてっただけで……」

 慌てて恭也は苦しい弁解を試みる。
 だがそれを聞き、なのははにっこりと笑った。
 笑って、言った。

「じゃ、いらないよね?」

「え……?」

「当然、いらないよね?」

 五割増しの笑顔で再度訊ねる。

「いや、それは……」

 にっこり

 恭也が口篭ると、なのはの笑顔は遂に十割増しとなった。

「い・ら・な・い・よ・ね?」

「はい……」

 ……その迫力の前に、遂に恭也も頷いてしまった。

「じゃ、私が処分してあげるの♪」

「お願いします……」

 恭也は内心滝の様な涙を流しつつ、なのはに頼んだ。
 さようなら、俺の美乳たち……

(いや、まだだ……まだ終わらんよ!)

 恭也は落ち込みかけた心を奮い立たせる。
 まだなのはの魔の手を逃れた本が多数ある。それらを見つけ出される前に、何としても安全な場所へ――

「なら、私も部屋片付けるわ」

「あ、私も手伝います!」

「何ですとっ!?」

 一旦は食事の支度を承諾したにも関わらず、前言を翻すはやてとフェイト。
 これを聞き、恭也は焦る。不味い、流石に三人の目を逃れてコレクションを避難させるのは至難の業だ……

 そこに、トドメの一撃。

「あ、お兄ちゃんには、お料理お願いするの♪」

「おお、偶にはお父さんの手料理もええなあ~」

「お部屋、頑張って綺麗にしますねっ♪」

「……………………」

 呆然とする恭也を他所に、三人はさっそく片付け……いや、家捜しを始める。

「にゃー! お兄ちゃんのすけべっ!」

「お父さん、相変わらず乳好きやなあ~ ……どこがええのやろ?」

「うう、あと五年…… いえ三年でなんとか……」

「…………………………………………」

 次々と発見され、積み重ねられていくコレクション。
 これを見て恭也は、がっくりと肩を落とした。

(せっかく集めたのに……)

 だがこうなってはもうどうしようもない。おしおきされないだけマシというものだ。
 全てを諦めた恭也は、重い足取りで調理場へと向かった。




 未完?








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