→③なのはから借りる。



「なのはに、か……」

 そう呟くと恭也は「う~ん」と唸り、考え込んでしまった。
 ……正直、一回り以上も年下の妹から金を借りるのは、流石に恥ずかしい。
 他人に借りるのは言語道断だが、これはこれであまりに情けなさ過ぎる。

(これがはやてなら、まだ踏ん切りがつくのだが……)

 恭也は嘆息する。
 この世界で最も近しい存在、はやて。“父”“娘”と呼び合うだけあって、お互い恥ずかしい思いなど最早慣れっこだ。
 だから、借金の申し出だって(比較的)切り出し易い。
 ……だが一方で、彼女は会う度に「ともあれ、お父さんは(八神家に)戻るべきだと思うんや」と、
まるで某大カトーの如く唱える程のファザコンである。
 この窮状を知られたら、下手をしなくても八神家に連れ戻されかねなかった。

「それを考えたら、まあ妥当な選択……なのかな?」

 何れにせよ他に借りるアテが無い以上、選択の余地は無い。
 恭也は自分に言い聞かせるかのように呟き、重い腰を上げた。



<1>

『にゃー、根性なの、根性っ!』

 なのはが勤務するクラナガン郊外の基地(※同じ郊外でも恭也の部隊とは間逆の方向だ)を訪ねると、生憎と彼女は勤務中だった。
 どうやら、新入隊員を教育しているらしい。

(……あれ? でもなのはの奴、確かまだ教導隊入りして一年そこそこ――)

 「こーゆうのって、確か古参の実力者がやるものじゃあ?」と、恭也は首を捻る。
 ……その考えは極めて正しい。

 だが何事にも例外というものがある。
 ただでさえ希少なSランク、それすらも「通過点に過ぎない」という天才を通り越して“天災”としか言いようが無い彼女に、
そんな“常識”は通用しない。
 ぶっちゃけ「技が足りないなら火力(魔力)で補えばいいじゃない」で、既にその実力は同隊ですらも異彩を放っていたのである。

『月月火水木金金! 欲しがりません勝つまでは、なのっ!』

 そんな訳で、なのはは後輩達を「これでもかっ!」とばかりに扱いている。

(ふむ、少々オーバーワーク気味なのは……固まった“悪い形”を一度ブチ壊す為か」

 「なかなか考えてるな」と恭也は感心する。
 下手にプライドと実力のある新人を、統率・教育上の観点から一度コテンパンにするのは(ことに軍隊では)そう悪い手段ではない。
 それによく見ると、生かさぬよう殺さぬようギリギリの所で上手く手加減している。

「子供だ子供だと思っていたが…… 人は成長するものだな」

 そう呟き、何やらしきりに感じ入る恭也。気分はすっかり師のそれである。
 ……まあ「始めから仕事の質も量も責任も恭也の比ではない」とか「当事者間の見解は兎も角、客観的には師でも何でもない」等の
つっこみは野暮というものだろう。

『お昼? 人間は一食くらい抜いても死なないのー!』

(邪魔をしては悪いな……)

 そう考え、恭也は盛大な爆発音に紛れて、そっとその場を後にしようとする。
 そんな彼の背に、なのはが気付き声を掛けた。

「あ! お兄ちゃん!」

「……おや、見つかったか」

 恭也は、「あちゃ~」と頭を掻いて振り返る。

「見つからない内に退散しようとおもったのだが……」

 このあんまりな言葉を聞き、なのははぷーと頬を膨らました。

「せっかく来てくれたのに、声も掛けずに帰ろうなんて酷いよ!」

「や、大した用でもないし、忙しそうだったので、な?」

「え~と……」

 なのはは一瞬考え込んだが、直ぐに新入隊員達の方を振り返り――既に体の正面は恭也に向いている――満面の笑みで告げた。

「今から三時間休憩なの♪ 食事の後はシェスタでもとって、たっぷり英気を養うといいの♪」

 だあっ!?

 ……これを聞き、隊員達が盛大にずっこけるが、なのはは気にしない。
 言い終えると恭也に視線を戻し、その傍へと駆け寄った。

「さっ、お兄ちゃん、行こ♪」

「い、いいのか?」

「いいのいいの♪」

「まあ、お前がいいのなら構わんが――って!? 引っ張るな! 飛ぶなっ!?」

「時間は有限なのー♪」

 恭也はなのはに引き摺られるように……いやホントに引き摺られ、演習場を後にした。

「音の壁っ 壁が~~~~っっ!?」



<2>

 ――それから10分後、二人は某レストランの個室にいた。

「……お前、いつもこんなトコで食べてるのか?」

 やたら高そうな内装に圧倒され、個室にも関わらず恭也はヒソヒソと話し掛ける。
 だが、なのはは笑って手を振った。

「そんな訳ないよ~ いつもは基地の食堂か売店のパンで済ませてるよ」

「じゃあ、何故?」

 これを聞き、恭也は首を捻る
 だがなのははその質問には答えず、代わりに身を乗り出して恭也の両頬に掌を当てた。

「……お兄ちゃん、ちゃんとご飯食べてる?」

「?」

「少し、痩せたよね。顔色も良くない」

「あ~、カロリーは採ってるつもりなんだが……」

「お野菜、ちゃんと食べてる? 屑野菜や乾燥野菜じゃなくて、新鮮な、ちゃんとしたもの」

 じ……

「…………」

 その視線に耐えられず、恭也は視線を逸らした。
 ……ぶっちゃけ、ちゃんとした野菜は下手な肉(合成肉)よりも余程高価である。
 故に、ビタミンは安価な錠剤に頼っているのが現実だった。

 じ…………

「え~と、八神家に帰った時にまとめて……」

「……この間、はやてちゃんが嘆いてたよ? 『最近、お父さんが帰ってこない~』って」

「現在、親離れ強化期間中なんだよ。 ……それでも、月二回は帰ってるぞ?」

「月二回じゃ、焼け石に水だよ……」

 なのはは嘆息し、当てていた手で恭也の両頬をそっと撫でる。

「お肌、かさかさ」

「お前達と比べられてもなあ~」

「ううん、前はもっとすべすべだったよ」

 そう言うと席を向かいから隣に移し、体を密着させて頬ずりする。
 だが直ぐに顔を離し、不満げに洩らした。

「……やっぱり、肌触りが悪くなってるの」

「……そうか?」

「会う度にしているから、直ぐ分かるよ」

「ううむ、自分では気付かないのだが……」

「とにかく不摂生の証拠だから、早く直すの」

 そして、頬ずりを再開。
 どうやら「それはそれ、これはこれ」らしい。

(やれやれ……)

 恭也は苦笑し、されるがままにする。
 ……まあ何時ものことだし、人目も無いから構わないだろう。

「~♪」

 なのはの愛情表現は、料理が運ばれてくるまで続いた。



「ううむ、これは凄い」

 並べられた料理を見て、恭也は感嘆の声を上げた。

 屑肉を固めたプレスハムではない本物の、それも分厚く切られたハム、
 正体不明の切り身ではなく、丸ごと一匹が調理された魚、
 屑野菜ではない、瑞々しい新鮮野菜……
 目の前にあるのは原材料不明の“加工されきった食品”ではなく、素材が一目で分かる、どちらかと言えば簡素な料理達。
 それだけに素材の質と料理人の腕が問われるが、目の前の料理は見た目といい、漂ってくる匂いといい実に素晴らしい。
 (ええい、美味そうだ畜生!)

 ……だが同時に、さぞや高いに違いない。怖気づき、思わず訊ねてしまう。

「な、なあ? 本当に食べていいのか、これ」

「うん、食べて食べて♪」

「でも俺、金無いぞ?」

「それ位、知ってるよ~」

「ほんとにほんとに、オケラだぞ?」

「……お兄ちゃん、お願いだから、もう少し甲斐性を持とうよ」

 「もう28でしょう?」となのはは嘆息する。
 ……実際、12歳の少女に奢ってもらう大人ってどんなものだろう?
 だが恭也の目には、もはや料理しか映っていなかった。

 カッ、カッ、カッ……

「……毎度思うけど、凄い食欲なの」

 解き放たれた猟犬の如く料理に突撃する恭也を、なのはは呆れたように見る。
 日頃極限まで体を動かしているのは知っているが、それにしても凄い大食漢だ。
 ……だがそれでも、“大喰らい”ではなく“健啖家”と見せる所は流石である。
 今回もスプーンとフォークを実に華麗に、だが激しく動かしている。
 とはいえ、その食べっぷりに変わりは無い訳で……

 カッ、カッ、カッ……

「優しい方のお兄ちゃんが小食に見えるよ…… なんでこうも違うかなあ?」

 なのはは自分が食べるのも忘れ、その食べっぷりを見ていた。



「ふ~、馳走になったな」

「まさか、ほんとに全部食べるなんて……」

 かなり多めに頼んだ筈の料理が綺麗さっぱり消えたことに、なのはは驚きを隠せなかった。
 そりゃあ恭也の健啖振りは知っているけど、それにしても……

「うむ、流石に苦しいぞ」

「なら、残しなよ。残った分は持ち帰りにすればいいんだし」

 とゆーか、それを考えて頼んだのだ。
 だが恭也は、とんでもないとばかりに首を振った。

「喰えるときに喰うのは常識だぞ? でなきゃ、次は何時喰えるか分からん」

「……それ、どこの世界の常識?」

 なのはは嘆息し、ティーカップに口をつける。
 そんな彼女に、恭也は本題を切り出した。

「時に、なのはよ」

「なあに?」

「金、貸してくれ」

「……え? お金?」

 この突然の申し込みに、なのはの形の良い眉が微妙に歪んだ。
 だがその微妙な変化に気付かず、恭也は切々と窮状を訴える。
 曰く、最近は期限切れのMRE(戦闘糧食)が中々手に入らなくなり、非常に生活が厳しい。
 曰く、それ故にまず腹を膨らますことが最優先でタンパク質が不足、止むを得ず狩猟で補っている。
 曰く、今月はそれすらままならならない……

「ぶっちゃけ、このままだと飢えて(任務で不覚をとって)死ぬ」

「…………」

「え~と……なのは?」

「お兄ちゃん……そこまで、お金が無いの?」

「え、え~と……」

 何やら雲行きが怪しくなってきたことに気付き、恭也はしどろもどろになる。

「貯金は── ……ある筈無いよね。あったら見栄っ張りな兄ちゃんが借金を頼む筈無いもの」

「はははは……良くわかってらっしゃる」

「笑い事じゃないよっ!」

 ドンッとなのはがテーブルを叩く。
 ……少なからぬ魔力が篭っているらしく、部屋全体がビィ~ンと揺れた。
 うわっ、かなり怒ってるよ……

「お兄ちゃん、そこに座りなさい」

「や、もう座って――」

「いいから座るっ!」

「はい……」

 触らぬ神に祟りなし。恭也は命じられるがままに、椅子の上に正座する。
 かくして、地獄のお説教タイムが始まった。

「だいたいお兄ちゃんは――」

 お説教は、休み時間ギリギリまで続けられたという。



<3>

「ふわ~、やっと終わった……」

 ようやく説教から開放された恭也は、フラフラとよろける様にレストランから出た。
 運良く時間制限があったために一時間ちょいで開放されたが、それでも精神的に大ダメージである。
 もし無制限だったとしたら――考えるだけでぞっとする!

「あの言い足りなさそうな表情からして、この倍は続いただろうからな~」

 その素敵な想像に、恭也は呻く。
 だが収穫はあった。目標の5ポンド(5万円相当)どころか、その倍の10ポンドも借りられたのである!
 ……その代償と考えれば、まあ悪くない。

(これだけあれば、たっぷり食料が買えるぞ)

 内心、そうほくそ笑む。
 いやそれどころか、あと一回……いや二回、春を買える。
 これは――もしかしなくても行くべきか?

「マリー、今行くぞ~♪」

 先程までの疲れきった様子は何処へやら、恭也は軽い足取りでいつもの下町へと向かった。

                         ・
                         ・
                         ・

「~♪」

 その夜、食料の詰まった紙袋を抱え、鼻歌交じりで隊舎に戻ると、何やら同僚達が大荷物を運び込んでいた。
 ……それも、自分の部屋に。

「?」

 恭也は首を傾げつつ、丁度傍にいた同僚を捕まえる。

「おい、これは何事だ?」

「あ、高町さん。 ……聞いてないのですか?」

「新入りでも入るのか?」

「いえ、その……」

 同僚が答えるよりも早く、部屋から出てきた人物が声を掛けた。

「あ、お兄ちゃん!」

「!? なのは!?」

「遅いよ、何処で油を売ってたの?」

「何故、ここに……」

 ハッ!

「まさか、もう借金の取立てに!?」

「違うよ、そんなことよりももっと大事なこと」

「?」

 首を傾げる恭也に、なのはは胸を張って答える。

「なのはは一生懸命考えました! 一体どうしたら、ぐーたらお兄ちゃんが更生してくれるのかを!」

「はあ……」

「そして、思いついたのです! 『なら、二十四時間つきっきりで監視すればいいじゃない』と!」

「!? な、なんだってーーーーっっ!!??」

 驚く恭也を無視し、いい終えたなのははぺこりと頭を下げる。

「そんな訳で、今日から住み込みで監視します!」

「部隊違うし!?」

「司令官にお願いしたら、一時的に出向させてくれたの。 ──あ、この部隊の隊長さんも歓迎してくれるって」

 ……そりゃあ、そうだろう。
 現役の航空戦技教導隊員、それもSランク様がいらしてくれると言うのだ。
 何処の部隊だろうが鐘と太鼓で出迎えてくれるに決まってる。
 だが彼女にとって、航空戦技教導隊入りは夢だった筈だ。

「夢はどーした!?」

「だから辞めたんじゃなくて、一時的な出向だってば。少し遠回りになるけど、私まだ12歳だし1~2年はいいと思うの」

「う゛…… だがお前、女子だろーがっ! 男の部屋に転がり込むんじゃない!」

「その前に私達は兄妹なの♪ それにこの部屋は防音とかしっかりしてるから、無問題♪」

「くっ……」

 次々に堀を埋められた恭也は、最後の頼みとばかりに同僚達を見る。
 ……だが、彼等は一斉に視線を逸らした。

「や~、俺らが高町さんやなのはさんのすることに異議を唱える訳ないっスよ」

「兄妹水入らずでお楽しみ下さい」

「さあさあ、邪魔者は退散退散」

「と言いつつお前ら、何故向こう三軒両隣の部屋を空ける!?」

 良く見ると、彼等はなのはの荷物を運び込むのと並行し、周囲の部屋から荷物を運び出していく。
 ……まるで、何かに巻き込まれるのを避けるかの如く。

 そこに、なのはが止めの一撃を繰り出した。

「あ! 私、お兄ちゃんの隊(小隊)の隊長さんになったから、よろしくね。ビシバシいくよっ!」

 ドサッ!

 その衝撃に、恭也は思わず持っていた紙袋を地に落とした。
 缶詰がコロコロと袋から転がるが、それどころではない。
 そのままガクリと両膝をつき、両腕を高く掲げて天を仰ぐ。
 そして、腹の底から吼えた。

「のおおおおおおーーーーーーッッ!!??」

 ……その後、彼が無事更生したかどうかは、神のみぞ知る話である。








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