→②はやてから借りる。 「はやてに、か……」 そう呟くと、恭也はううむと唸って考え込んでしまう。 確かに、はやてはこの世界において最も近しい存在である。 それこそ元の世界の家族達と比べても、何ら遜色は無いだろう。 とはいえ、だからこそ言えない事もある訳で―― 「だが、背に腹は変えられん……」 「誰に借りるか?」と自問すれば、やはり彼女しかいない。 恭也は覚悟を決め、重い腰を上げた。 「――そんな訳で娘よ、金を貸してくれ」 「……………………」 ……後ろめたいから、気恥ずかしいから、どうしてもぶっきら棒になってしまうのは分かる。 だが唐突に職場を訪ね、何の前置きも無くいきなりコレである。 その来訪に当初喜びの表情を浮かべていたはやてが、その表情を凍りつかせ―― 「このダメ親父っ!」 「あべしっ!?」 グーで恭也を殴り飛ばしたのも、まあ当然と言えよう。 「珍しく親父の方から会いに来てくれた~思うたら、いきなり金の無心かいっ!?」 「や、今月マジでピンチなんだ」 それだけでは収まらないはやてに、恭也は窮状を訴える。 曰く、最近は期限切れのMRE(戦闘糧食)が中々手に入らなくなり、非常に生活が厳しい。 曰く、それ故にまず腹を膨らますことが最優先でタンパク質が不足、止むを得ず狩猟で補っている。 曰く、今月はそれすらままならならない…… 「……………………」 「ぶっちゃけ、このままだと飢えて(任務で不覚をとって)死ぬ」 「…………………………………………」 「え~と……はやて?」 「あれだけ大口叩いて出て行きながら、そのざまかい……」 はやては情けなさから涙目となり、ぷるぷると全身を震わせる。 よりにもよって、父と慕う男が…… 「そんな訳だから、金ぷりーず」 「まだ言うかっ!?」 けりっ! 「ひでぶっ!?」 「もう我慢の限界やっ!」 今度は足で恭也を蹴り飛ばすと、うがー!と吼える。 「親孝行思うて親父のワガママ許しとったが、もう限界や! 今直ぐ家に帰ってきいっ!!」 「横暴だ! 俺の独立自主権はどーなるっ!?」 「そんな台詞、言えた身分かいっ!?」 「くっ!」 はやての目から「こいつマジだ!」と気付いた恭也は、逃走すべくきびすを返す。が―― 「逃がさへんでっ!」 「!?」 魔力で編まれた巨大な投網が四方から投射され、たちまち拘束されてしまった。 捕獲魔法“ヘッジホッグ”。 はやてが対恭也用に生み出した、点ではなく面を制圧する対集団捕獲魔法である。 発動速度や効果範囲に重点を置いたため力ある魔導師には強行突破されてしまうが、 力ない魔導師(恭也)を捕獲するにはもってこいの魔法だった。 「む、無念……」 網にぐるぐる巻きにされた恭也が呻く。 彼とてむざむざと捕まった訳ではない。術発動時に素早く反応し、ノエルで切り裂こうと試みたのだ。 ……だが、斬れなかった。 シャマル印のカートリッジなら兎も角、人造魔力の……それも弱装カートリッジの出力では力不足だったのである。 (せめてノエルが就寝中でなかったら、或いは抵抗もできたかもしれないが……) 「観念しい、親父はこれから一生八神家で暮らすんや」 足元に転がる恭也を見下ろし、はやてが告げる。 「拉致監禁!?」 「人聞きの悪いこと言うなや!? 保護や保護っ! 自力では生きていけん甲斐性無しの父親を、孝行者の娘が引き取るだけやっっ!!」 どんっ! 「ぐおっ!?」 はやてがつっこみと共に、恭也の腹に勢いよく座り込む。 「お茶持ってきたですよ~♪」 ――そこへ、お盆を頭の上に担いだリインがやって来た。 そして芋虫と化した恭也とその上に腰掛けるはやてを見て、首を傾げる。 「……あれ? 何やってるですか?」 「……何をやっているように見える?」 憮然と質問で返す恭也に、リインは二人を見比べて自分なりの感想を言ってみた。 「新しい遊び……ですかあ?」 「んな訳あるかっ!?」 「ごめんなさーーい!?」 ひっ!?と首を竦めて謝る彼女に、はやてが丁度ええとこ来たとばかりに声を掛ける。 「リイン? 私、早退するから手続きとってや」 「え? でもお仕事が……」 「仕事よりもっと重要なことが出来たんや。あとついでに溜まった有給も消化するから、それも頼むわ」 そして言い終えると、はやては恭也の顔を覗き込んでにいっと笑う。 「親父、覚悟せいよ? その自堕落な生活習慣、家でみっちり叩き直したるさかい」 「ひっ! ひいいいいーーーーっ!?」 「恭也お父さん、帰ってくるですか!?」 リインの顔が、ぱあっと明るくなる。 はやてによって生み出された彼女は、当然ながら「家族は一緒に住むもの」という強固な固定観念を持っている。 それ故、長らく家を“留守”にしていた恭也の帰還は実に喜ばしいことだったのである。 「そうや♪ これでようやっと家族勢揃いや♪」 「わーい! 恭也お父さんとノエルお姉ちゃんが帰ってきますー♪」 喜び宙を踊るリイン。 その姿を、はやては微笑ましそうに眺める。 一方、恭也は―― 「これは夢…… 目を覚ませば温かい布団の中…………」 ……現実逃避をしていた。 …………………… …………………… …………………… ……………… ………… …… かくして恭也は八神家に連れ戻され、三年に及ぶ一人暮らしは幕を閉じた。 目を覚ましたノエルが大層喜んだのは、言うまでもあるまい。 《これで、けんこーでぶんかてきなせーかつがおくれるよ♪》