魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS 小ネタ「ノエルはご不満のようです」  ※恭也25歳(A's後1年以内)の時の話です。 <1> 《ますたあのばかーーーーっっ!!》  ここはミッドチルダはクラナガン、湾岸地区にある某埋め立て地。  半ば放棄されたこのだだっ広い荒地に、幼い少女の声が響き渡った。  ……どうやら荒地の真っ只中にぽつんと立つプレハブ小屋が、その音源らしい。  いったい何事だろう?  話は少し遡る―― 《もういやっ!》 「……いきなりなんだ、ノエル?」  その時、プレハブ小屋の内部では恭也が卓袱台を広げ、独り食事を摂っている真っ最中だった。  だがいきなりの癇癪に箸を止め、うるさそうに壁に立て掛けてある己のデバイスを見る。 《もうおくすりくさいごはんはやっ! まずいごはんはやっ! いやったらやなの〜〜〜〜っっ!!》 「……お前、また俺の味覚に干渉してたのか?」  恭也は顔を顰める。  通りでメシの味が薄いと思ったぞ。おかげでおかずが足りなくなったじゃないか。 「その上、味の文句か。昔は“甘い”“苦い”“酸っぱい”“しょっぱい”だけで、いちいち大袈裟に感動してたクセに……」  このデバイス、名をノエルと言う。  なんちゃって魔導師の恭也にはもったいない程の超高性能デバイスなのだが、感情豊かと言うか少し…… いやかなりワガママなのが玉に瑕だった(そもそも戦闘用デバイスの人格が幼女ってどうよ?)。  今日も今日とて食事のご相伴に預かる為だけに勝手にマスターの味覚を一部乗っ取り、挙句「ご飯が不味い!」である。  恭也でなくとも呆れるだろう。  だが今日のノエルのワガママは、更に上を行っていた。 《けーきたべたい、けーきっ! “めいぷる”のけーきでいいからっ!》 「ケーキなら、先月の給料日に喰わせてやっただろう……」  というか、実際に食べるのは恭也だったりする。 (しかもメイプルのケーキときたか……)  内心、恭也は呻く。  おそらく恭也の懐を考えての、彼女なりの精一杯の妥協なのだろう。  ……とはいえ、洋菓子屋の息子として一言言わせてくれ。  1個100円――しかも税込みだ!――って、何処の誰がどんな材料で作ってるんだよ。人件費とか材料費とか考えたら怖すぎるぞ。  あ゛〜、絶対喰いたくねえ……  だが、そんな恭也にノエルは激しく主張する。 《もうはんつきもまえだもんっ!》 「だが先立つものがない。次の給料日まで待て」 《おかねあるもん! しょくひのよびが500えん! “めいぷる”のけーきが5こもかえるもんっ!》 「……期限切れのMRE(戦闘糧食)が主食のこの俺に、ごく偶に100g39円の鶏肉使ったチャーハンか野菜炒めがご馳走のこの俺に、 それを諦めろと言いやがりますか、そうですか」  ……何やらMREの方が“ご馳走”よりも立派な気がしないでもない。  だがMREなんてそうそう美味いものではない。最初なら物珍しさで喰えるだろうが、続けてとなるとのーさんきゅーだ。  それにそもそも、管理局のMRE自体が「皆が平等に美味いと感じるものを作れないため、平等に不味いと感じるものを作った」などと 陰口を叩かれる代物である(ただし栄養だけはしっかりみっちりあるが、これもまた不評に拍車を掛けてたりする)。  加えて、廃棄処分になるなるのは大概不人気なものと相場が決まっている。  数種類の不味いメシを、ほぼ毎日繰り返して食べる。もはや拷問以外の何者でもないだろう。  だから、ノエルが根を上げるのもまあ無理は無かった。無論、その是非は別として、の話だが。 《ますたー、いっしょうのおねがい!》 「……お前、その台詞何度目だ? それにケーキは喰っても脂肪になるだけで血肉にならん。よって却下」 《おんなのこは“さとう”“すぱいす”“すてきななにか”でできてるの! だからけーきがちにくになるのっ!》 「じゃあ俺は蛙、蝸牛、小犬の尻尾で出来てるのかよ?」  ……つーか、マザーグースなんて何時読んだ?  どんどん口達者――口調は相変わらず平仮名ばかりだが――になっていくノエルに、恭也は内心大きな溜息を吐く。  はあ〜 (やれやれだ……) 《う〜〜》 「お前、そもそもメシ要らんだろ?」 《う゛〜〜〜〜》 「唸っても駄目」 《うわーんっ! ますたあのばかーーーーっっ!!》  ――と言う訳である。 <2> 《はやてちゃんちにいたときは、よかったな……》  その夜、ノエルは独り呟いた。  あの時は、本当に良かった。  毎日美味しいものをいっぱい味わえたし、良質な魔力(大魔導師の魔力)も使いたい放題だった。  ――それが今はどうだろう!  日々貧しい食事に甘んじ、嗜好品など夢のまた夢。  挙句、粗悪な魔力(人造魔力)を調達することすらままならぬ極貧生活……  無論、そこに至った恭也の気持ちも懐事情も分かる。  常に彼の傍に在り、その家計すらも預かっているのだ。分からぬ筈が無い。  ……だがちょっと待って欲しい。  如何に忠実な“ますたーだけのでぱいす♪”にだって、我慢の限界というものがあるのだ。  とゆーか、まさかここまでお金と魔力に苦労するとは思ってもいなかった。 《わたし、ほんとは“すーぱーせれぶ”せんようなんだよ?》  ぶっちゃけ、「もーやだ、こんなせーかつorz」である。 《「でばいすのいっしょうは、ますたーのよしあしできまる」って、ほんとだよね……》  はあ〜  ノエルは盛大に溜息を吐く。  わたしのマスター、いい人なんだけど甲斐性無さ過ぎだよ…… 《――でも、わたしはこんなところでおわるよーな“でばいす”じゃないよっ!》  深く深く落ち込んだ精神をサルベージすべく、ノエルは己を奮い立たせた。  マスターに甲斐性が無いのなら、自分が甲斐性有りになればいいではないかっ! 《わたし、やるよっ! がんばってかいしょーつくるっ!》  豊かな食生活のため、日々の潤いのため、ノエルは立ち上がったのであった。 《まずは“ぐんしきん”だねっ!》  そう、何をするにもまず先立つものが無ければ始まらない。  本来彼女は金になど縁が無いデバイスだったが、幸い……と言ってはなんだがノエルは恭也の家計を一手に引き受けていた。  そこから遣り繰りして作ったヘソクリがある。使っても急には困らない、バレないお金が。  その額3万円。本当は“金10両の馬”の寓話の如く、恭也のためにへそくったお金なのだが…… 《ふえれば、ますたーのためになるよねっ!》  などと強引に曲解し、この金を流用することとしたのである。  ……どうでもいいがノエルよ、それは主の金だぞ? いいのか? 《ふやしてかえすから、だいじょーぶ!》  さいですか…… <3>  かくして、ノエルの貧乏脱出大作戦が始まった。  先ずは少ない資金で出来るFX(外国為替証拠金取引)。  そのチート機能を活かし、チート取引を連発する。 《でも、ろうりょくのわりにもうけがすくなすぎる……》  ノエルは不平を洩らす。  変動幅が小さい上、通貨交換の手数料がバカにならない。  限度一杯まで信用借りして、ここまで手間掛けて、やっと儲けは数万円だ。  これでは“すーぱーせれぶ”への道は果てしなく遠い。  ――そこまで考えた時である。  網の目の如くネットの海に張り巡らせた彼女の情報網から、耳を疑う投資情報が飛び込んできた。  凸凹証券 売り ○×通信 100円100万株 《うそっ!?》  ○×通信株なら、1株100万円前後する筈だし、そもそも100万株も流通していない。  明らかな誤発注だ。 《らっきー》  ノエルはFX取引を切り上げ、5万円で500株発注する。  凸凹証券のシステムが誤発注を検出し、1分とかからずに発注を撤回するが、まんまとノエルは○×通信株500株を手に入れた。 《しょうぶのせかいはきびしーんだよ!》  一気に膨れ上がった資金を元手に、飛躍が始まった。  資産5億円、10億円、20億円、40億円……  金が金を呼び、倍々ゲームで増えていく。ノエルは笑いが止まらなかった。 《にゃははは〜〜》  資産が100億円台に突入したあたりで、ノエルの野望は次の段階に移る。  メイプル、不死屋、鶴屋千年堂……これらの株を、次々と買い占めていく。  それは、特定企業の買収による業界支配。 《このくにのおかしは、ぜ〜んぶわたしのものっ!》  ――そして、遂にノエルの資産は1000億円を突破した。  ノエルの野望が達成した瞬間だった。 《まだまだいっくよー!》  だが彼女の野望は終わらない。「次は世界のお菓子をっ!」と意気込む。 《ふっふっふ〜 “さぷらいむ”でかぶがすっごくさがりそうから、どさくさにまぎれて“からうり”するよ〜》  きっと平均株価は一時7000円台、下手をすればそれすら割り込むだろう。  ざっと半分以下にまで落ち込む訳だ、儲けも大きい。 《じゅんびかんりょー! いつでもおっけー!》  今回の大作戦のため、手持ち資産全て動員した。借金もした。  お菓子会社の株を売ったのは不本意だが、直ぐに格安で買い戻せるだろう。少しの辛抱だ。  ……だが、ここではたと気付く。 《……あ、“まほーしょうじょまじかるりんでぃ”のじかんだ》  ちなみに“魔法少女まじかるリンディ”とは、おっきなお友達から小さな女の子まで幅広い人気があるTVアニメである。  おっきなお友達には“魔砲少女”“マジ狩るリンディ”“すごいよ!リンディさん!”などと言われる程の大魔砲戦とリンディのロリさが、 小さな女の子にはリンディとその担任クライド先生とのラブが人気の、まあその何かと問題のある作品だったが人気『だけ』はあった。  かく言うノエルもそのファンで、ハイヴィジョン規格での録画は当たり前、毎回欠かさずリアルタイムで見ている。  だが、今回は―― 《む〜〜》  ノエルの中で今回の取引と“魔法少女まじかるリンディ”が天秤に載せられ、グラグラ揺れる。  どうしよう…… みるべきかあきらめるべきか、それがもんだいだよ…… 《ま、まだだいじょーぶだよね? うん、さいしょの5ふんだけ》  とうとう誘惑に負け、ノエルは視聴を開始する。  ……こうなると、もうオチは見えていた。  ――30分後。 《はっ!?》  しっかり次回予告まで見た後、ノエルはようやく我に返った。  そうだ! 取引っ!?  恐る恐る、情報を見る。と―― 《にゃあああああああーーーー!!??》  とっくに大暴落は始まっていた。  ……こうなっては株を借りるなど不可能だ。  いや、それどころか逆にそのための借入金(短期高金利!)が重く圧し掛かる。 《うわーーん!?》  せめて借金だけは…… 借金だけはなんとかしないと……  ノエルはパニックに陥りかけながらも、この大狂乱の相場の中に飛び込んだ。                          ・                          ・                          ・ 《うっうっうっ……》  全ての戦いを終えた後、ノエルは独り泣いていた。  結局、借金こそ何とか返した――それだけでも奇跡だ!――ものの、全財産を失った。  現在の資産、3000円。  最初の額を大きく割り込んでいる。 《ますたーのおかね、なくなっちゃった……》  それはとってもとってもわるいこと。  ノエルの脳裏?に、この間見た時代劇の一シーンが蘇る。  ――その方、主の金を使い込むとは不届き千番! よって市中引き回しの上、磔獄門を申し付ける! 《いやーーーーっ!?》  磔にされる自分を想像し、ノエルは恐怖に震えた。  いたいのはいや、くるしいのはいや、こわいのはいや…… <4> 「……どうした? ノエル?」 《まっ、ますたー!?》  突然の恭也の問いかけに、ノエルは驚愕する。 「最近、お前少し変だぞ? ――どうした?」 《な、なんでもない! うん、なんでもないよっ!?》 「そうか、ならばいいのだが……」  首を傾げながらも、恭也はそう言ったきり質問を打ち切った。  これを見て、ノエルは心底ほっとする。  だいじょうぶ、だまっていればばれないの…… 「すまん、な……」 《……え?》  自分に向けられたその言葉に、ノエルは不審の声を上げた。  そんなノエルに、恭也は何処か自嘲気味に話す。 「お前は、本来ならはやてやなのは、フェイト嬢クラスの魔導師が持つべき代物だ……」 《…………》 「それが分不相応な俺が手にしたせいで、日常生活すらままならない。おまけに夜の一族じゃないから寿命も短い……」 《……………………》 「色々苦労掛けてすまないな」 《ますたあ……》  ノエルの声が潤む。  そんな…… わたし、じゅみょうなんてきにしてないよ。あやまるのはわたしのほうだよ……  そう考えると、もう止まらなかった。 《うわーん! ますたー、ごめんなさーい!》  ノエルは泣きながら、全てを白状した。 「――そうか」  全てを聞き終えた後、恭也は静かにそう言った。 《のえるはわるいこです…… どんなばつもあまんじてうけます……》  えぐえぐ…… 「そうだな……」  泣いて謝るノエルを見て、恭也は腕を組んで考える。 「まず、無断でお金を使ったのはいけないことだな」 《はい……》 「次に、無断で借金したことも大問題だ」 《はい…………》 「……もう、しないか?」 《うん、もうこりごりだよ……》  しみじみとノエルは呟く。  あの破産寸前の攻防は、本当に辛かった。怖かった…… 「じゃあ、今回は許してやろう」  これにはノエルもびっくりし、思わず聞き返す。 《え? でも……》 「まあ初犯だし、借金ができた訳でもないし、お前に辛い生活を強いた俺にも原因はあるし、な?」  その代わり次は無いぞ、と恭也。 《ますたあ……》 「それと――ヘソクリ、幾ら残ってるって?」 《あ、うんと……3000円》 「そうか、じゃあその金でケーキでも買うか」 《!?》 「どうせ買うのなら、メイプルの100円ケーキじゃなくてとびっきりのヤツを、な?」 《ますたあ……》 「しっかり味わえよ?」 《うわーん! ますた〜〜〜〜》 「あ〜、よしよし……」  泣きじゃくるノエルを、恭也は優しく撫でてやった。  ますたあ、ありがとう、ごめんなさい。  いっしょーついてきます……