魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS IF編「恭也が士官候補生になるようです」 <1>  新暦69年3月。高町恭也陸士長は現地採用の臨時局員から本局附の正局員に身分変更、それに合わせて三等海曹へと昇進した。  早い話が、バイトから正社員へのジョブチェンジである。  生まれてから27年、高校中退から8年、トドメにょぅι゛ょの家に転がり込んでから5年……  途中3年にも及ぶ自宅警備員生活を経て、この男はようやく人並みになれた(定職に就いた)のである。  めでたい、と言う他無い(ご家族もさぞかし喜んでいることだろう!)。  これ等一連の出来事は、彼が管理局幹部候補生となったことによる措置だった。  それも本局の甲種(士官課程)である。無事卒業すれば、天下の三等海尉殿だ。  ……“天麩羅”だけど。  尤も、たとえ士官学校を経ない速成栽培(「すぐ揚がる」)だろうが、士官とは名ばかりで中身が伴って無かろう(「衣だけ」)が、 三尉に変わりはない。社会的に見て、十分エリートと言えるだろう。  マダオのクセになんと「人並み」を飛び越え、一気に「人生の勝ち組」に躍り出たのである。  奇跡、と言う他無い(あとは「恭○氏ね」か?)。  ……だがちょっと待って欲しい。  幹部候補生とは本来、「学力(魔力)優秀かつ勤務評価優秀な陸士」の中から選抜される筈である。  なのに何故、恭也が選ばれたのだろうか?(それも甲種に、だ!)  答えは簡単、「リンディ提督が強引に捻じ込んだから」。早い話が「コネによる裏口入学」だ。  無論、恭也のためではない。可愛い義娘のため、生まれてくるであろう可愛い可愛い孫のため、だ。  「学歴学力ナシ」「魔力ドン底」「勤務評価最低」と三拍子そろった天下のダメ局員が士官候補生となれたのは、まあそんな訳だった。  棚から牡丹餅、逆玉とはまさにこういう場合にこそ言うのであろう(やっぱり「恭○氏ね」)。  ――とはいえ、世の中うまい話ばかりではない。  たとえ自ら望んでの事ではなかろうと分不相応の地位を手に入れた恭也は、早速その代償を支払う羽目に陥っていた。 「……はあ」  海士訓練校からの帰り道、久し振り……本当に久し振りの休日ならぬ半ドンの日だというのに、恭也の足取りは重かった。  「半ドンが休日代わりってどうよ……」とか「帰っても課題漬けじゃねーかorz」とかいうこともあるが、 それ以上に彼の心の重荷となっていたのは返却された一枚の答案だった。  答案には、ミミズののたくったような黒文字と、それを覆い隠さんばかりの流麗な赤文字。  そして目に眩しい「0」の数字がデカデカと自己主張している。 「…………はあ」  実に今更だが、恭也は勉強ができない。それも「高校中退だから」とかいうレベルではなく、本っ当〜にできない。  小・中・高と学校を「修行の合間に睡眠をとる場所」と見做し、恐るべきことにそれを本気で実行していただけあって、 洒落にならないくらいできないのだ。  ……そんな男が士官候補生である。その苦労は相当なもの、常に補習や追試に追われ、休日など夢のまた夢の日々が続いていた。  (尤も一番の被害者は、こんなアホを是が非にでも卒業させねばならない教官連――リンディ提督に厳命されている――だろうが) 「管理世界の法律は難しい……」  恭也は呻くように呟いた。 ……どうやら先の答案、法学のテストだったらしい。  だが成る程、せいぜい小学校レベルのミッドチルダ語の読み書きしかできないこの男に、 法律独特の言い回しやら用語が理解できる筈も無い。0点もむべなるかな、だ。 「本当に俺、卒業できるのかな……」  天を見上げ、恭也はもう一度呟く。  「脳みそ筋肉」の彼にとり、「お勉強」は最悪の拷問だ。  その心は、早くも挫けかけていた。 「――お、そういや、今日はまだフェイト嬢に会いに行ってなかったな」  ふと思い出し、歩みを変える。向かうはフェイトが入院している病院。  彼女を見舞うのは、義務であると同時に勉強漬けの中唯一の「息抜き」だ。自然と重かった足取りも軽くなる。 「〜♪」  (本人は気付いていないが)いつしか、恭也は鼻歌交じりで道を歩いていた。 <2> 「そんな訳で、見舞いに来たぞ」 「あ、恭也さん」 「ああ、いいからそのまま寝ててくれ」  急の見舞いに慌てて起き上がろうとするフェイトを、恭也は強引に寝かしつける。  ここ暫くの日課みたいなものだ。 「でも……」 「いいからいいから」 「せっかく来てくれたのだから、お茶の一杯くらい……」 「や、見舞いに来ておいて、そんなこと要求しないから」 「ごめんなさい……」 (正直、謝らなきゃならないのはこっちの方なんだがな……)  申し訳無さそうに謝るフェイトに、恭也は内心盛大な溜息を吐いた。  ……ぶっちゃけ、切腹を要求されてもおかしくないのだ。彼女には。 (……しかしこの子、本当に自分が何故入院してるのかわかってるのか?)  少し不安に思いつつも、とり合えず話題を変えてみる。 「あ〜、何か変わったことは無いかな?」 「私、ずっとここで寝てますから……」  だがフェイトは苦笑して首を振った。  そして、じっと恭也を見る。 「恭也さんの方が、色々あると思いますよ?」 「……や、俺も毎日毎日勉強とテスト漬けだから」  この薮蛇に、恭也はブンブンと両手を振る。  ……正直、ここ最近の日常なぞ碌なもんじゃあない。何としても阻止せねばならないだろう。  だがフェイトは諦めず、両手を握り締めて「お願い」する。 「頑張ってる恭也さんのお話、聞きたいです♪」 「え〜と…… 多分絶対、面白くないぞ?」 「聞かせてください♪♪」 「正直、情け無い話ばかりなのだが……」  尚も躊躇う恭也の頬に、フェイトがそっと手を当てた。 「……何か、色々と溜め込んでいるような気がします。だから、ね?」 「そ、そうか?」 (俺って、そんなにポーカーフェイス下手だったっけ?)  ……どうも最近、彼女によく表情を読まれる様になってきた気がする。  幾ら色々事情があるとはいえ、剣士として以前に男として不味過ぎるだろ常考。 「話して下さい、私達はもう『他人じゃない』のですから」 「う゛……」  それを言われると弱い。  遂に根負けし、恭也はここ最近の日常を語り始めた。                          ・                          ・                          ・ 「――ま、そんな有様さ」  話していく内に、内容は完全に愚痴となる。  毎日毎日勉強漬けであること、その努力が報われず赤点ばかりのこと……  よほど溜まっていたのか、ついつい弱音まで吐いてしまう。 「俺、本当に卒業できるのかな……」  と、今まで黙って話を聞いていたフェイトがにっこり笑って断言した。 「大丈夫ですよ♪ だって恭也さんは恭也さんですからっ♪♪」 「……意味不明だが、一応『ありがとう』と言っておこう」 「がんばってくださいね? ……この子のためにも」 「高町恭也! 粉骨砕身でがんばらせていただきますっ!」  愛おしそうにお腹をさするフェイトに、恭也は慌てて椅子から立ち上がり、最敬礼で応じる。  ……や、まあそれを言われると全面降伏しかない訳で。 「え〜と、お腹の子供はどうでしょうか?」  ついつい丁寧語になってしまったりする。 「元気ですよ? おかげで食が倍になりました。さすが男の子ですね」 「……こっちの医療技術だと、もう性別までわかるのか」  「まだ三ヵ月だよな?」と恭也は首を捻る。  だがフェイトはあっさり首を振った。 「さあ?」 「は?」 「お医者さんには聞いていませんし、聞く気もないです」 「……では、何故男と?」  これには流石に恭也もジト目で見る。  だがフェイトは気にもせず、にっこり笑って断言した。 「男の子に決まってますよ。 ……だって、あんなに荒々しく愛されたんですから」 「げふぉおっ!?」 「それも、日の沈む前から夜明けまで」 「勘弁してください、いやマジで」 「きっと恭也さん似の元気な男の子ですよ?」 「は、ははは……」  虚ろな目で恭也は笑う。  その凄まじい精神攻撃に、既にHPはゼロだ。 「それで、ですね?」  急にフェイトが顔を赤らめ、上目遣いで恭也を見る。 「ハハハ…… ナンデショウ?」 「少し落ち着いたら、次の子が欲しいです。今度は女の子がいいなあ……」 「……ケントウサセテイタダキマス」  ……その「おねだり」に、恭也はそう言うことしかできなかった。  つーか、初体験がソレでまだ作る気があるのか…… (女性は強いな)  心底、恭也はそう思う。  自分なんて、微かに覚えていた記憶の断片が浮かび上がる度に、未だに欝になるのに……  つーか、あれ以来勃たんぞ(何が?)。 (しかしそれにしても……) 「ありがとうございます。 ……ふふふ、お父さんとお母さんが妹をプレゼントしてあげるね」  嬉しそうにお腹をさするフェイトを、恭也は複雑な目で見る。  どうも最近、自業自得とはいえ彼女にやられてばかりの様な気がする、と。  ぶっちゃけ、なんか最近立場が逆転したっぽい。 (ああ、「あうあう」言ってパニクってた頃のフェイト嬢が懐かしい……)  悔しいので、ちょっと反撃してみる。 「……そういえばフェイト嬢? 腹はすいてないか?」 「いえ、別に」 「そうかそうか、ならばスープを飲ませてやろう」  恭也はがさごそと備え付けの冷蔵庫から缶のスープを取り出し、皿に盛って軽く電子レンジで温める。  そして、スプーンに掬うとフェイトの口元に差し出した。 「さあ、遠慮はいらん。存分に飲め」 (ククク…… さあ真っ赤になってパニクるがいい!) 「私、自分で食べられますけど――」  だがフェイトは、軽く小首を傾げただけで、直ぐにそれに応じた。 「ですが折角ですから、お願いしちゃいます」 「……へ?」  そして、ごく自然にぱくり。 (なんですと!?)  思いがけぬ事態に、恭也は戦慄する。  馬鹿なっ……! 馬鹿なっ……! そんな筈はっ……!  ……そして気付いた。  彼女が恥ずかしがっていない以上、「恥ずかしいのは自分だけ」という事態に。  その「恥ずかしいこと」を、皿のスープが無くなるまでやらねばならないことに。 (くっ…… 最初の一杯で終わると思っていたのに……不覚っ!) 「……恭也さん?」  そんな恭也を、フェイトが不思議そうに見る。 「あ〜、考えてみれば、こんな馬鹿ップルがやるようなことやることないよなっ! HAHAHA」 「ここには私達しかいないのですから、別に恥ずかしくなんかないですよ?」 「……もう限界です、ごめんなさい」 「あと私達夫婦なんですから、『フェイト嬢』はないと思いますよ? あ・な・た?」 「!? じ、じゃあ今日はこれで! また明日っ!」  止めの一撃に、遂に恭也は限界に達した。  手短に挨拶を済ませると逃げる様に病室を飛び出す。  ……そんな彼を、フェイトはにこやかに見送った。 「はい、また明日♪」 <3> 「は〜、完全に立場逆転だな……」  病院からの帰り道、恭也は大きな大きな溜息を吐いた。  まさか、あの少女がこうまで変わるとは……  ある意味、はやてやなのは以上に手強い。 「気をつけなきゃ、こりゃあ尻に敷かれかねんな」  桑原桑原と首を振る。 (だがまあ……いい気分転換になったな)  その証拠に、溜まっていたストレスが霧散している(代わりに精神攻撃を受けまくったケド)。  首をコキコキ鳴らし、「う〜ん」と背伸びした後、恭也は空を見上げて呟いた。 「さて、女房と子供のためにがんばるとするか……」  さあ、明日からまたテスト漬けの日々がはじまるぞ・・・