魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS 「とある青年と夜天の王」 その5「激突! 管理局対ヴォルケンリッター(後編)」 【22】 <1> 「どうした、ヴィータ? だいぶ梃子摺っているようじゃないか」  ヴィータの傍まで跳ぶと、恭也は軽くからかうような口調で語りかけた。  ……当然のことながら、これに彼女は反発する。 「うっせーなー これから華麗に逆転する所だったんだよ!」 「そうか、それは悪いことをしたな」  その強がりに苦笑しつつ、恭也は剣の峰で結界を軽く叩く。  すると結界が消滅し、中からヴィータが飛び出てきた。 「さーて、リベンジといくか」 「その前に……ほら」  指を鳴らすヴィータの頭に、恭也が帽子を載せてやる。  それは、先に失くした筈の帽子だった(途中、強風に飛ばされている所を見付けたのだ!)。 「……あ」 「落し物だ。一応、破れた所は(ノエルが)直しておいたぞ」 「あ……ありがとう……」  ヴィータが照れ臭そうに礼を言う。 (むう、なんとレアな……)  この新鮮な反応に恭也の悪戯心がいたく刺激され、思わず余計なコトを口走りそうになる。  ……が、シグナム達が駆けつけたことにより、断念を余儀なくされた。 「主、そろそろ……」 (やれやれ、そんな暇は無い、か……)  恭也は軽く首を振り、頭を入れ替る。  今は目の前の“仕事”を片付けねば…… 「ああ。 ――ザフィーラ!」 「ハッ、ここに」  ザフィーラが進み出て一礼する。 「あの獣耳の生えた御婦人のお相手をして差し上げろ」 「かしこまりました」 「???」  恭也が尊大に命令を下し、これにザフィーラも恭しく応じる。  彼を“主”役とした単なる芝居だが、事情を知らないヴィータはこの遣り取りに目を丸くする。 「シグナムは金髪の少女、ヴィータは黒髪の少年だ」 「はい」  だが聞き過ごせない言葉が耳に入り、彼女は驚きを一旦脇に置いて抗議の声を上げた。 「!? おい、待てよ!」 「……なんだ?」 「あの金髪とやらせてくれよ! あいつには借りがあるんだ!」  ……余程先のことを根に持っているのだろう。  ヴィータは声を大にしてフェイトとの再戦を訴える。  これを聞き、恭也は「やっぱりな」と肩を竦めた。 「本来ならばそうしたい所なのだがな…… 組み合わせ的に考えて」 「なら――」 「――が、今のお前は熱くなり過ぎている。そんなことでは先の二の舞いだ」  恭也の見る所、現在戦闘態勢に入っている三人の戦闘力は――  黒髪の少年>金髪の少女>>獣耳の女性  ――となっている(この判断にはノエルのスキャン情報も加味されている)。  常道ならば、黒髪の少年にシグナム、金髪の少女にヴィータをぶつけるべきだろう。  だが先の一件を見ても分かる通り、どうもヴィータは熱くなり過ぎるきらいがある。  故に、不覚をとった相手にもう一度ぶつけることを恭也は躊躇したのだ。 「ざけんなっ!」  ……無論、これを大人しく聞き入れるヴィータではない。  激高して恭也に詰め寄る。 「……ヴィータ、主に向かってその口の利き方は何だ?」 「!?」  横からシグナムに諭され、ヴィータは目を大きく見開いた。  そして、ギリギリとまるで油が切れた機械のように首を横に向け、シグナムを見る。 「(……おい、シグナム。さっきから気になってたけど、その“主”って何だよ?)」 「(ああ、お前にはまだ言って無かったな)」 「(?)」  何処か遠い目のシグナムに、ヴィータは首を傾げる。  一体全体、みんなどうしちまったんだ? 「(“蒐集”時、恭也は“主”役を務めることとなった)」 「(……は?)」  思わず目が点になる。 ……ナニそれ? 「(だから、あまり無礼な態度はとるな)」 「(うおいっ!? あたしは聞いてねーぞっ!?)」  ようやく意味を理解したヴィータが、そのトンでもない内容に思わず悲鳴を上げた。  これに対してシグナムは「気持ちは分かる」と言わんばかりに首を振るものの、説得の姿勢を崩そうとしない。 「(だから『まだ言って無かったな』と言ったろう。 ……ちなみに、お前以外は全員賛成した)」 「(ぐ……)」 「(それに先の割り振りの件だが、私も恭也と同意見だ。少し頭を冷やせ)」 「(……………………)」  反対するだろうからとハブられ、気付けば孤立無援。  到底納得できる話ではない。  だが同時に、この状況下で仲間割れする程ヴィータは愚かではなかった。 「(ううう〜〜〜〜)」  暫し硬直するヴィータだったが、やがてくるっ!と恭也を見てヤケクソ気味に叫ぶ。 「あーわかったよわかりましたよご主人様! ご無礼大変申し訳ありませんでしたっ!!」 「うむ、わかればよろしい」 「〜〜〜〜〜〜っ!」  ……鷹揚に頷く恭也が、実に憎たらしい。 (ちくしょう、ちくしょう……)  やり場の無い怒りに、ヴィータは全身を震わせる。  そんな彼女を慰めるかのように、シグナムがぽんっと肩に手を置いた。 「……ほら、行くぞ」 「ちくしょーーーーっ!」  それを合図に、ヴィータは黒髪の少年目掛けて吶喊した。  全部コイツが悪いっ! そー決めたっっ!!  ……かくして、クロノは理不尽な怒りを叩きつけられることとなった。  哀れ、クロノ。 <2>  ぶつかり合う強大な魔力。超高機動による格闘、或いは超高速による一撃離脱…… (これが魔導師――いや、大魔導師同士の戦いか!)  目の前で繰り広げられる激しい空中戦に、恭也は内心感嘆を禁じえなかった。  悔しいが、自分ではあの機動についていくことができない。  もし無理にでも飛び込めば、それこそいい的でしかないだろう。 (攻撃を回避するので精一杯……それもジリ貧だな)  その不愉快な想像に、強く唇を噛み締める。  ただ空中で機動するだけならどうにか“さま”になってきたが、肝心の勘働きが働かない。  地上とは大きく異なる三次元の空間に、認識が、感覚がついてこないのだ。  ……これではとっさの対応を誤る恐れが強く、あまりに危険だった。 (もっと空での動きに慣れねば、話にならん……)  如何な剣馬鹿の自分でも、無謀と蛮勇の区別位はつく。  今日の所……いや当分の間は割って入る余地が無いという現実に、恭也は大きな溜息を吐いた。  さて結論が出ると、意識は再び空中戦に向く。  恭也は一旦私情を脇に置き、三人の戦いぶりを注意深く観察し始めた。  『一騎打ちならばベルカの騎士に負けは無い』  常々そう豪語するだけあって、今のところ戦いはこちらの優位で進んでいる。  加えて彼(とノエル)の見る所、シグナム・ヴィータ・ザフィーラの三人は魔力で互角かそれ以上、そして技と経験では圧倒的に上だ。  この分でいけば、直にこちらの勝利で終わるだろう。 (……だが、まだ安心はできない)  戦いを見つめる恭也の表情が曇る。  というのも、これだけ地力に差があるにも関わらず、状況が「押している」程度に過ぎないからだ。  本来ならば、とうに勝負がついていておかしくないのに…… (実際はもっと魔力差が小さい? ノエルの情報に誤りがあるのか?)  一瞬そう考え、だが直ぐに「いや、違う」と小さく首を振った。  自分は魔導師としてはド素人だが、こと武術家としてならそれなり以上の自負がある。  その見立てでは、どうもシグナム達は追い込みが甘いように見える。相手を追い詰め――そこで躊躇してしまうのだ。  ……そう、まるで先のヴィータのように。 (やはり、か……)  頭では分かっていても、いざ目の前にしてみるとどうしても考えてしまうのだろう。  こいつを“蒐集”できたら、と。  ……その気持ちは痛いほどよく分かる。  捗らない“蒐集”、残された時間……  はやての命が天秤に掛かっていることを思えば、自分だって平静でいられる自信は無い。  だが―― (シグナム、何をやっているんだ!)  恭也は焦燥感に襲われ、シグナムの戦いを見る。  激しい戦いを繰り広げるシグナムと金髪の少女。  だがこの二人の魔力・武技の実力差は、三組の中でも最も隔絶している。  もしも彼女が本気で戦えば、ものの数合……下手をすれば一瞬で勝負は終わっていた筈だ。  ――そう、「殺す気」ならば。  にも関わらずシグナムは正面からの、それも剣のみによる戦いに拘っている(当身や蹴りどころか、体当たりすら使っていない!)。  相手が汚ければとことん汚く戦えるが、その逆もまたしかり。  “騎士”を名乗るに相応しく、正々堂々まるで御前試合のようなお行儀の良い戦いを繰り広げている。  これでは―― (不味いな……)  時間はこちらの“敵”、相手の“味方”である。  湧き上がる嫌な予感に、恭也は大きく舌打ちした。  嫌な予感は、直ぐに現実のものとなった。 《ますたー! あのこたちがうごきはじめたよっ!》 「!」  ノエルの警告に、恭也は慌てて無数に聳え立つビルの一つに目を向けた。  そこには彼同様、戦いに参加していない相手側の少年少女――流石にこの距離からは判別がつかないが――がいる。  尤も、ノエルの見立てでは少女の方は戦闘不能、少年の方も魔力の波長にクセがあり過ぎておよそ戦闘には向かないらしい。  それ故、彼等が積極的に動くことはまず考えられず、自分でも“張子の虎”役をこなせると考えていたのだが…… 「……参戦する気か?」  恭也は緊張気味に呟いた。  もしそうならば、なんとしても止めねばならない。  だが幸いなことに、ノエルがそれを否定した。 《ううん、おとこのこのほうが、けっかいにあくせすしよーとしてるだけ》 「?」 《たぶん、けっかいを“きょーせーかいじょ”しよーとかんがえてるんじゃないかなあ?》 「……なるほど、逃げるつもりか」  合点がいき、恭也は頷いた。  相手は相手で自分同様、いやそれ以上にこの戦いを深刻にみている訳か。 (ま、そりゃそうだよなあ……) 《わたしも、そうおもうな》  その呟きを、ノエルも肯定する。 《……でも、(結界の)そとでは“てきのぼかん”が“じげんくうかん”からせーだいに“たんさまほー”をしょーしゃしてるから、 かいじょされたらすっごくこまる》 「ふむ?」  正直、恭也にはノエルの言葉の意味を半分も理解できない。(“てきのぼかん”? “じげんくうかん”? “たんさまほー”???)  だが単に“大きな獲物”を逃がす以上に不味い、ということだけは分かった。 「どうだ? 解除されそうか?」 《んー、それなりにまりょくもあるし、なかなかてぎわもいいから……  「おちついて」「じかんをかければ」できないこともないとおもうな》 「なるほど……」  逆を言えば、焦らせればいいということか。  ニヤリ……  恭也の顔に、イヤな笑みが浮かぶ。 「ノエル、すまんが少年の作業が佳境に入ったら教えてくれ」」 《? うん、わかった》                          ・                          ・                          ・  ノエルが合図を送る度に、恭也は剣気に魔力を乗せて飛ばす。 《ふふふ、おどろいてるおどろいてる……》  剣気――即ち、剣を構えて打ちかかる際に発する気。  さして本気のものではないが、過去に何人も斬り殺してきた“本物の人斬り”のそれである、到底無視できるものではない。  その度に少年は硬直、作業中断を余儀なくされる。  その状況をノエルが面白おかしく説明する。 《これじゃ、とてもかいじょはむりだね。さすがますたーだっ!》 「ま、ざっとこんなもんだ」 《「はっ、はっ、はっ!」》  ……直ぐに調子に乗るのがこの主従の悪い癖だ。  今回もそうだった。調子に乗るあまり、敵が計画を変更したのにも気付かず、その初期段階を見逃してしまったのである。  まあもっとも恭也が魔法にチンプンカンプンのため、そっち方面は「ノエルに任せっきり」ということも大きいのだが。  ――それに最初に気付いたのは、当然ながらやはりノエルだった。 《にゃーーーーっ!?》 「ど、どうしたノエル!?」  突然の奇声に、恭也は驚いて訊ねる。 《う、うそだよ…… でも…… にゃーーっ!?》  ……が、ノエルは答えない。  ただ驚き、慌てふためくだけだ。 「だからどうしたっ!?」 《おんなのこのほうが、“えねるぎー”じゅーてんをはじめたよっ!? “はどーほー”うつきだっ!?》 「……イマイチよく分からんが、とりあえず『や、それはない』と言っておこう」  やっと返事をしたかと思えば余りに馬鹿げた答えに、恭也は苦笑する。  ……すると何ですか? その女の子の一撃は「星をも砕く」とでも? (んなアホな……)  が、この言葉にノエルは逆切れする。 《もののたとえだよっ!? それだけすっごい“まりょく”と“じゅつしき”なんだからっ!》 「あ〜、はいはい……」 《そんなゆーちょーなこといってるひまないよ!?  もしあれがはっしゃされたら、こんなけっかい、ぼろくずのよーにふきとんじゃうんだからっ!!》 「……マジですか?」  やっとノエルが慌てていた理由に気付き、恭也は青ざめる。  その子、どんだけ化け物だよ…… 「あ、でもその女の子って、確か戦闘不能――」 《わたしだって、そーおもったよっ!?》  ノエルが絶叫する。 《“ほんにん”も“でばいす”もあれだけだめーじうけてるのに、まさか…… まさかあれだけの“えねるぎー”をじゅーてんできるなんて……  そんなのありえない! ますたーなみにありえないよっ! はんそくだっ!?》 「ノエル、少し落ち着け」  恭也は軽く嘆息し、ノエルを諭す。  ……やはり、ノエルはデバイスとして大きな欠点を持っている。  あまりに未熟、心が幼な過ぎるのだ。  それ故に、例えばこういった想定外の事態に驚愕し、容易くパニックを起こしてしまう。周りが見えなくなってしまう…… 《ますたー! はやくとめないとっ!?》 「いいから落ち着け、そんなことより――来るぞ!」 《……え?》  恭也が示す先には、こちらへと向かって来る少年の姿があった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【23】 <1> 《うそっ!? いつのまに――って、ああっ!? ほうこくみのがしてたよっっ!!》  恭也の指摘に、ノエルは心底驚き声を上げかけ……だが何かに気付いた様に絶叫した。  ……実は彼女の隷下にある種々の警戒・観測システムは、とっくにこの事実を報告していたのだ。  だが、(それらを統括する筈の)彼女はパニックを起こしており、それを見逃してしまったのである。  大失態、と言っていいだろう。  だが恭也は目前に迫る少年に傾注しており、そんなノエルの様子など気にも留めていなかった。 (いよいよ……か)  ごくり、と唾を飲み込む。  いよいよ転移以来初めての“実戦”が始まる。 ――そう考えると、緊張を隠せない。  ……ヴィータとの“死合い”?  馬鹿を言え、あれは断じて“実戦”などではない。  あの時ヴィータが放った攻撃には、殺気どころか敵意すら含まれていなかった(ましてや身内同士である!)。  如何に強大な相手、強力な攻撃でも、それでは“実戦”足りえない。  だが、今回は違う。  あの少年にとって自分は赤の他人どころか憎むべき犯罪者だ。手加減する気など更々無いだろう。  ――そこまで考え、あらためて少年を見る。  10歳になったかどうかも怪しい、幼い子供。その肉体も体捌きも、とうてい鍛えている様には見えない。  だが、彼は人でありながら人を超越した存在、大魔導師である。  魔力にクセがあり過ぎておよそ戦闘には向かない? それでも大魔導師だ。その戦闘力は想像を絶するに違いない。  非殺傷設定? 先の戦いでのヴィータの様に細心の注意を払うならば兎も角、そうでなければ自分には気休め程度でしかない。  その圧倒的な“力”は、小手先の“技”など容易く粉砕するだろう。  そしてやはり同様に、恭也の命など容易く狩り取るに違いない。  ゾクリ!  死神の鎌に首筋を撫でられた様な感覚に、全身が総毛立つ。  ……が、それすらも今は心地良い。  実に数年ぶりの“実戦”に、恭也は酔っていた。 「……ノエル、“戦闘プログラム”起動」 《や》 「…………おい」 《やだ》  恭也の指示に、ノエルは強烈な拒否反応を示す。  ……ちなみに“戦闘プログラム”とは、戦闘時の集中力維持やコミュニケーションに不安を感じた恭也が嫌がるノエルに命じ、 無理矢理作成させたプログラムである。  具体的にはノエルの言語機能を修正すると共に感情のブレを抑え、戦闘時の円滑なサポートが可能と期待していたのだが……  結果はご覧の通り、ノエルの反発を買っただけだった。 《ますたーは、わたしがしんよーできないのっ!?》 「お前の言葉、すごく聞き取り難いんだわ。それだけ……ホントニソレダケデスヨ?」  微妙に視線を逸らし、恭也は弁解する。  ……まあ、前半に関しては嘘は言っていない。  事実、ノエルの幼児言葉は非常に聞き取り難く、特に長文や複雑な単語が出てくると途端に意思疎通が難しくなる。  普段ならそれでも良いのだが、瞬時の遣り取りを必須とする戦場では正直勘弁して欲しかった。  だが、それだけ、とゆーわけでもなかったりする。 (それに、緊張感台無しだし)  内心で、ポロッと本音を出してしまう。  流石に口に出しては言えないが、ノエルと話していると気が抜ける。  その証拠に。今もこの会話ですっかり集中力が途切れてしまった。  ぶっちゃけ、邪魔。 《“ますたー”と“ゆにっと”は、いちれんたくしょーなのに! 「“おや”もどーぜん、“こ”もどーぜん」なのにっ!!》 「すまんがその台詞、せめてはやて並に成長してから言ってくれ。 ――命令。“戦闘プログラム”起動」  後で盛大に拗ねられるだろ〜な〜と内心ボヤきながらも、恭也は伝家の宝刀を抜いた。  すまんな、ノエル…… 《! …………はい》  強制の意思が込められた言葉に、ノエルは不満たらたらながらも頷く。  その大人しさが、後の厄介さを雄弁に物語っていた。 《“せんとーぷろぐらむ”きどう。 ――起動完了しました。マスター》 「ノエル、戦闘準備」  だが、今の恭也にそんなことを気にする余裕など無い。 《了解、全システムオールグリーン。準備OKです》 「よし」  既に恭也は、その心を少年……いや大魔導師との“実戦”へと向けていたのだ。 (情け容赦ない大魔導師の真の力、見せて貰おうじゃないかっ!) <2>  少年を迎撃すべく、恭也は態勢を整える。  だがその構えは、所謂“無形の位”どころか剣すら握らぬまったくの自然体だ。  ――御神流構えの極み“浮雲”。  文字通り空に漂う雲の如く、如何なる攻撃にも柔軟に対応できる防御系の構えである。  (※剣を抜かないのは、御神流が抜刀を極めて重視しているからだ)。 (魔導師相手にそれも空中で互角に遣り合える程自惚れてはいないさ。受身に徹し、その中で活路を見出さねば――)  それは、悲壮なまでの決意だった。  ……だが、少年は一向にやって来ない。一定の距離を保ち、こちらを伺っている。 (…………?)  不審に思い、相手を観察する。  と、その表情は緊張で強張り、目はこちらの一挙手一投足を見逃すまいと凝視している。  そして全身は微かに震え―― (……なるほど)  ……どうやらはったりが利き過ぎ、少年はこちらを“遥かに格上の存在”だと勘違いしているらしい。  有り難いと言えば有り難いが、お互いの覚悟の程を考えると思わず失笑してしまう。 (やれやれ、お互いとんだピエロだ……)  が、これは千載一遇のチャンスである。逃す手は無いだろう。  なれば―― (その勘違い、せいぜい利用させて貰うさ!)  恭也は初期の構想を捨て、攻勢に出た。  抜刀すると、恭也は短くノエルに命じる。 「(ノエル、“テートリヒ・シュラーク”)」 《(了解、“テートリヒ・シュラーク”起動)》  ノエルの刀身に黒い炎が宿る。  ヴィータよりコピー……もとい伝授された魔法、“テートリヒ・シュラーク”だ。  命中時に発動し対象を破壊する打撃系の攻撃魔法で、防御した相手を吹き飛ばす程の威力を持つ。  ……とは言え、それはあくまでオリジナルの話。  消費魔力量も練度も何もかも違う恭也版では、あらゆる点でオリジナルよりも数段劣るだろう。  だがそれでも、現状では彼唯一の攻撃魔法であり最大の攻撃法だった。 「(……くっ!?)」  起動直後、恭也の顔が歪む。  爆発的な魔力がノエルに集っていく。  だがなんと“重く”“荒ぶれた”力なのだろう!  魔力により筋力を大幅に強化されているというのに、抑えつけるだけで精一杯だ。  いや、それすらも── (畜生、持ち手が震えやがる!)  それでも、恭也は何とか剣を振った。  だがその一撃は、会心には程遠い。  余計な力が入り、剣速が遅い。剣筋がぶれる。  カァーーンッ!  ……案の定、その攻撃は阻止された。  目の前に魔法陣が展開され、少年と自分との間に立ち塞がっている。 「――ほう?」 (確か、シールドってヤツか……)  思わず舌打ちしそうになる感情を抑えつけ、芝居を演じる。  落ち着け、恭也。格上ならこの程度で心を乱したりはしない! 「馬鹿にするな! これくらい――」 「しかし――」  恭也は叫ぶ少年を無視し、次の行動に移る。  シールドに叩き付けた剣には、未だ半分近い“テートリヒ・シュラーク”が燻ぶっている。  それを、気合と共に“透し”たのだ。 「ふんっ!」  ……だが、その全てを“透す”には、あまりに大き過ぎた。  加えて恭也が未だ魔法という存在を理解していないため、上手くイメージすることが出来ない。  (※叩きつけられて尚、半分以上が燻ぶっていたのがその良い証拠だ!)  故にその大半は最初の攻撃同様、シールド表面に虚しく霧散してしまう。  だがそれでも母数が大きい為、かなりの“力”を少年に叩きつけることに成功した。 「うわーーーーっ!?」  その衝撃に、少年は声を上げて吹き飛ばされる。 「ちっ……」  吹き飛ぶ少年を見て、だが恭也は小さく舌打ちした。  派手に吹き飛んだが、あれに費やされるエネルギー分はロスも同然である。  せっかく“透し”た攻撃魔法、その多くが削がれてしまった…… (あれでは、ろくにダメージを与えられていないだろうな……)  その判断をノエルが肯定する。 《(敵の肉体に有効な損傷を認めません。即戦闘可能と思われます)》  恭也は軽く頷くと、反撃を警戒しつつ慎重に距離を詰めていった。  予想通り、少年は直ぐに復活した。 「ふん、やはり遠すぎたか……」  再び対峙する少年を見て、恭也は忌々しそうに呟く。  まったく、己の未熟さには反吐がでる! 「うう……」  だが幸い、少年の怯えは一層大きくなっていた。  ……どうやら、何かこちらの都合のいいように勝手に解釈してくれているらしい。 (若いな、少年)  内心恭也はニヤリと笑い、再びノエルに命じる。 「(ノエル、“テートリヒ・シュラーク”。 ……ただし二刀に1/4ずつ起動)」 《(了解、“テートリヒ・シュラーク”1/4×2起動)》  ノエルと八景の刀身に黒い炎が宿る。  ……が、その量は各々先の1/4、足しても半分でしかない。  だがその代わり、先の様に「力に振り回される」などということもない。  二三度剣を振りそれを確認した恭也は、満足そうに頷いた。 「ふむ、これなら!」  そして、少年の方を見る。と―― 「うわーーーーっ!」 「!?」  突如、少年は叫び声を上げつつ恭也目掛けて突撃した。  それは、さながらキレた子供の様。  構えも何も無く、両腕を振り回して襲い掛かる。 《(緊急警告! 左右の拳に強大な魔力を集中させていますっ!)》  ノエルが、少し焦った口調で警告を飛ばす。 「(あー、そーかい)」  だが、恭也は端で笑い飛ばした。  如何に速かろうが、これでは当たるものも当たらない。  如何に強大な力だろうが、当たらなければどうと言うことはない。  だから、怖くない。  ……無論、この状況は魔力で強化したこの身でもギリギリの攻防だ。  だがそれでも、こんな大振りの、それも完全に読める動きなど恐れるに足りない。 「ふんっ!」  恭也は少年の攻撃を躱すと、反撃に出る。  ――御神流奥義之六“薙旋”。  抜刀からの四連撃に、少年の意識はたちまち刈り取られた。 (やはり、魔導師相手に連撃は向かんな……)  意識を失い、地上に墜ちかかる少年をビルの屋上目掛けて蹴り飛ばす――多分墜ちても死なないと思うが念のため――と、 恭也は今の戦いを反芻してそう結論付けた。  と言うのも、魔導師を倒すにはフィールドなりを“透”さねばならず、その為には若干のタイムラグを必要とするからだ。 (今回の様なド素人ならば兎も角、プロ相手に隙を作るのは危険すぎる……)  だがそうなると、恭也が最も得意とし、かつ信頼する技“薙旋”を始め、多くの技が使えないということとなる。  それは、不味い。魔導師に対する数少ない優越を、自ら捨てることとなりかねない。 (痛し痒し、か。難しいものだな)  対魔導師戦法の研究はようやく端緒についたばかり、未だ手探りの状態だ。  焦るのは分かるが、何も今考えることもなかろう。  ――そう締め括り、恭也は残る相手の行動を阻止すべく、屋上へと向かった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【24】  ――最初に目に入ったのは、力尽き倒れた少年に縋る少女の姿だった。 「ユーノくんっ!? ユーノくんっ!?」  それは、彼女を無力化する絶好の機会。  だが、恭也はそれどころではなかった。 (なん……だと?)  少女の姿に、声に、ただただ呆然と立ち尽くす。  『おにーちゃんは、汚れてなんかいないよ』  ……その脳裏に、忽然と過去の記憶が蘇った。  諦観し、自棄ッぱちになっていた自分に差し出された、小さな手。  『おにーちゃん、一緒に帰ろ?』  瞼の奥に熱いものが込み上げてくる。ああ、間違いない。あれはまさしく―― 「なの、は……」  そう呟き、絶句した。  ……恭也は、なのはと出会うことを極度に恐れていた。  彼女を前に、自分が自分でいられる自身が無かったからだ。  その後、いったいどの様な行動にでるか分からなかったからだ。  その予想を証明するかのように、彼の心は激しく揺れる。 「なのは……」  もう一度、まるで熱に浮かされた様にその名を呼ぶ。  それは、今は亡き父と初恋の女性との間に生まれし少女。  この世で唯一人、己と血を分け合いし者。最も近き存在。  アア、カンガエルダケデイトオシイ……  懐かしさと愛おしさのあまり、思わず駆け寄り抱きしめたくなる。  ……実際、はやてという枷がなければそうしていたに違いない。  そしてそのままのめり込み、深みに嵌っていたことだろう。  だがこの世界における“妹”と呼ぶべき彼女の存在が、彼をその最後の一線で踏み止まらせていた。 (ちくしょう、抱きしめたい…… 抱きしめていぢめ捲くりたいぞ……)  なのはを前に、恭也は激しく葛藤する。  「何故ここにいるのか?」といった極当然の疑問すら覚えず、ただただ葛藤している。  ……ぶっちゃけ、今のコイツの頭の中には“なのは”と“はやて”しか存在しなかった。 (そしてそのままお持ち帰り――って!? いやいや! 俺にははやてとゆーものがっ! ああ、でもっっ!?)  ある時はなのはが重く、またある時ははやてが重く……  頭の中で、なのはとはやてを載せた天秤が激しく揺れる。  そんな葛藤の中、恭也はチラリとなのはを見た。  年の頃9歳。ちょうど彼が海鳴を飛び出した頃の年齢だ。 (とゆーことは、これからその後の“空白の三年間”を再現することになる訳で――くそっ! なんとお得な!?)  9〜12歳の間という重要な成長過程を見逃してしまった恭也にとり、それはあまりに魅力的な話だった。  思わずふらふらと吸い寄せられそうになる。 (ちょっとだけなら…… いやだがしかし…… ――!)  そこで、閃いた。 ……「妹は兄一人につき一人だけ」などと、一体誰が決めた?  腕は二本あるのだ。右手になのは、左手にはやてで何がいけない? (そうだよなっ♪ では早速――)  『だから俺は“高町さんちの恭也さん”じゃなくて“八神さんちの恭也さん”、“高町なのはの兄”ではなく“八神はやての兄”だ。  それ以外の何者でもない』 (――――ッ!?)  欲望に負け、暗黒面に墜ちかけていた恭也の脳裏に、つい数日前に交わした会話が蘇った。  不安そうに自分を見上げるはやて、そんな彼女と交わした約束…… (俺は…… 俺ってヤツは……)  危うくはやてを裏切りそうになった己に、愕然とする。  ああ、俺はなんと愚かなのだろう…… (そうさ…… 所詮あれは幻、俺が愛し育てたなのはじゃない……) 《(マスター?)》 (この世界で俺が愛し育てのは唯一人、はやてじゃないか!)  故に、この世界の我が妹ははやて一人のみ。 《(マスター!)》 (なのに俺は…… はやてをあんなにも不安にさせて…… 挙句の果てにとんでもない考えをっ!?) 《(マスターッ!)》 「(はやてーー! 馬鹿な俺を許してくれーーーーッ!!)」 《(いいから人の話を聞けッッ!!)》  ビリッ! 「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!??」  体に電流を流され、恭也は声にならぬ叫び――まあ擬態の防音効果で音声ゼロだが――を上げて硬直する。 「(ノエル、お前なんつーことを……)」  こんがりと焼けた恭也が呻く。  今の今まで、俺は“フェルマーの最終定理”も裸足で逃げ出す程の難問に取り組んでいたのだぞ!?  だが、その言葉はあからさまに無視された。 《(マスターが幾ら呼びかけても応答しないからですよ。非常手段です)》 「(呼ばれた……のか?)」 《(呼びましたよ、何度も)》  首を捻る恭也に、ノエルが呆れた声を上げる。 (……しかし、変われば変わるものだな)  そんな彼女に、恭也は内心冷や汗をかいた。  正直、無邪気なノエルからは想像つか…… (いや、つくか)  子供の無邪気さからか、あれで結構ノエルはえげつないことをやってのける(※例えば14話の嘔吐の時とか)。  これに口調を変えたり感情のブレを抑えたりすれば、相当印象は変わるだろう。 (ましてや、嫌がるのを無理矢理作らせたプログラムだからな〜 当然その恨みも組み込まれてるだろうし……)  コレはコレで付き合うのは大変そうだ、と恭也は盛大な溜息を吐いた。  ……まあ、自業自得だったりするのだが。 「(……で、何の用だ?)」 《(“恐ろしく悪い知らせ”と“最悪の知らせ”があります。どちらから報告しますか?)》 「(…………とりえず“恐ろしく悪い知らせ”から頼む)」  そのあんまりな選択に鼻白みながらも、とりあえずまだマシそうな方を選んでみる。  ……や、“最悪の知らせ”は正真正銘掛け値なしにヤバそうだし。 《(わかりました、では――)》  こほん、と咳払いを一つして、ノエルは報告を始める。 《(なのはさんでしたっけ? あの子、先程からこちらに銃口……もといデバイスをこちらに向けてますよ?)》 「(…………はい?)」 《(当然ロックオン済みで、先程から私の内部で警告音鳴り捲りです)》 「(……………………)」  ノエルの指摘に、恭也はギギギ……と視線(首)を戻す。  するとそこには、敵意剥き出しでデバイスを向けるなのはの姿が―― 「(な、何ーーーーっ!?)」 (まさかなのはが俺に……いや人に武器を向けるとは……)  信じられなかった、信じたくなかった。  あの誰よりも争いごとを嫌う筈のなのはが、まさか…… 「(嘘だと言ってくれ、ノエルっ!)」 《(残念ですが、これは現実です)》 「(くっ! やはり異世界とゆーことか!?)」  その厳し過ぎるギャップに、恭也は歯噛みする。  如何な“別人”とはいえ、“なのは”に武器を向けられたショックはあまりに大きい。  悲しみのあまり、恭也は(心の中で)魂の咆哮を上げた。 「(だから会いたくなかったんだよっ! こんちくしょーーーーっっ!!)」 《(そんなことよりどうします? このままでは撃たれますが?)》  ……が、流石感情のブレを抑制されているだけあって、ノエルはクールだった。  あっさりスルーし、次の話題に移る。 「(どうするって……神速を使うしかないだろ? 常識的に考えて)」  ちっとも構ってくれない彼女に不満を抱いたのか、恭也は些か拗ね気味に答えた。  (素の彼女なら、うざい程盛大に慰めてくれただろうに!)  正直、空中でこの距離からロックオンされたら回避は困難だ。  切り札を早々に披露するのは痛いが、止むを得ないだろう。 《(は?)》  だがこの言葉に、ノエルは首を傾げる。  そして、念を押すように確認した。 《(……ここは空中ですよ?)》 「(ああ、だから動きが大雑把でな。通常の方法では対応できん)」 《(…………失礼ですが、マスターは空中で神速を使えましたか?)》 「(…………あ゛)」  はたと気付き、恭也は間抜けな声を上げる。  ……そう。少なくとも現時点では、空で神速を発動することはできない。  (ノエルの推測では、恭也が「魔法の本質を理解していない」「空中での機動に慣熟していない」ため?らしいが……)。  そんなマネをすれば、フリーズするか墜落するかのどちらかだろう。  と、ゆーことは―― 「(直撃決定っ!?)」  なんてこった! 初日早々しくじるとはっ!?  おまけに当たれば、大怪我どころか下手すれば死ぬ羽目に…… 《(いえ死にます、確実に)》 「(……何故?)」  自信満々に断言するノエルに、恭也は恐る恐る訊ねてみる。 《(ここで“最悪の知らせ”を。 ――あの子、非殺傷設定を解除してます)》  ぶーーーーっ!?  その知らせに、思わず噴いた。 《(まああのダメージですからね。元々は結界を目標としていたことでもありますし、消費魔力の半分を占める同設定の解除は当然かと)》 「(なんてこった! 俺は死ぬ、死ぬのかっ!?)」 《(ご安心を。攻撃魔法もあそこまで突き抜けると、痛みなど感じている暇はありません。一瞬で素粒子に還れます)》 「(いやーーっ!?)」 (くっ…… このままではなのはに人殺し……それも兄殺しという大罪を犯させてしまう…………)  なんとかせねば、と恭也は筋肉でピンク色の脳みそをフル回転させる。  落ち着け、こんな時こそ落ち着くんだ高町恭也!  いくら“別人”とはいえ、なのはと“魂を同じくする者”。必ず突破口はある筈だ! 「(そう! なのはの“兄”兼“育ての親”であるこの俺ならばっ!)」  今は思い出となった過去を思い返す。  母(桃子)は仕事で多忙、妹(美由希)は幼い上にドジっ娘である以上、なのはを育てられるのは自分しかいなかった。  だから、「俺が育てた」と言っても過言では無い。なのはのことなら、その性格から体の隅々に至るまで知らぬことはないのだ。 「(見せてやろうではないか! 俺の実力をっ!!)」  くわっ!  恭也は開眼し、なのはと対峙した。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【25】 《(……で? 具体的には何をなさるのですか?)》  だがノエルはあくまで懐疑的だった。とゆーか、まったく信用していない。  ……どうやら余程立腹しながら“戦闘プログラム”をプログラミングしたらしく、初期感情値がかなりマイナスされている様だ。  これに対し、恭也はあくまで自信満々だ。 「(くくく、まあ見ていろ)」 《(……どんな根拠があるのか知りませんが、えらい自信ですね?)》 「(あたりまえだ! 俺は、なのはを赤ん坊の時から世話してたんだぞ?  頭のてっぺんから足の爪先まで、知らぬことなどないっ!)」  以前(というか元の世界で)クロノ・ハーヴェイの前で口にし、なのはにすごい剣幕で怒られた台詞を、恭也は懲りずに口にする。  その後、家族裁判――何故か忍や那美まで参加した――にかけられ、満場一致で有罪判決とされたにも関わらず、だ。  心底アレな男である。 《(マスター? 目の前にいるのはあくまで“こちらの世界のなのはさん”であって、“マスターの知るなのはさん”ではありませんよ?  ……そこの所、理解してます?)》 「(ああ。だが同一存在である以上、根は同じはずだ)」 《(それはそうですが、環境の変化が内面に与える影響は大きいですよ?)》 「(HAHAHA、ノエルは子供のクセに心配性だな? まあ大船に乗ったつもりで見ていてくれ)」 《(なんとなくタイタニック号の三等船室に無理矢理乗せられた様な気もしますが……  そこまで仰るのなら遺憾ながらお任せします)》 「(……一言多いぞ)」  ……ちなみに客船の三等船室は、大概船底に近い場所にひしめき合ってたりする。  この皮肉に憮然とするも、とりあえず気を取り直して恭也はなのはとコンタクトを試みることとした。 「……もしや、俺を撃つつもりか?」 「…………」  緊張を隠しながらの数年ぶりの会話は、だがあっさりと黙殺された。 「(……あれ?)」 《(……無視、されましたね?)》 「(や、こんなハズでは……)」  少し慌て、再度声を掛ける。 「もしや、俺を撃つつもりか?」  だが、やはり返事は無かった。  なのはは相変わらずデバイスを構えたままだ。 《(また、無視されましたね?)》  端から期待していなかったノエルは、「やはり無駄でしたね」と言外に込める。 「(! ――いや)」  だが恭也は手応えを感じていた。  二度目に呼びかけた瞬間、ほんの一瞬だが微かに体が動いたのだ! 《(それについては私も確認していますが、単なる偶然では? 或いは、単に音(声)に体が反応しただけとか)》 「(ちっちっちっ、それが重要なのだよノエルくん)」  某英国はベーカー街在住の名探偵の如く、恭也は得意気に解説する。  曰く、「そもそも、なのはは人の話を無視できるような子ではない」  曰く、「だから今回も一見無視している様に見えるが、その実ちゃんと自分の言葉を聞いている筈だ」  曰く、「きっと先の反応も、無視しているのが心苦しくなったからに違いない」等々……  この言葉に、ノエルは呆れを通り越してどこか疲れた様な声で応じた。 《(……よくもまあ、そこまで都合のいい解釈ができますね?)》 「(俺を信じろ)」 《(ですが仮にその解釈が正しいとすると、そんな良い子が「こっちの呼びかけを無視するくらい怒っている」ということになりますが?》  「そういう子ほど『怒ると手に負えない』と言いますよ?」とノエル。 「(……う゛)」 《(まあそんなことは、非殺傷設定を解除している時点で明白ですけどね?)》 「(う゛う゛……)」 《(と言いますか、良い子が非殺傷設定を解除しますか? この一点だけをもってしても、とてもマスターが仰るような子とは――)》 「(う゛う゛う゛…………)」  ノエルの至極尤もの指摘に、流石の恭也も口篭る。  まあ「非殺傷設定云々」に関しては――  ・なのはと自分のコンディションから、レイジングハートが独断で解除(初期目標が結界だったため「問題なし」と判断)。  ・なのははこれに気付いておらず、そのまま恭也に目標を変更した(RHも術式制御で精一杯で余裕なし)。  ――というのが真相なのだが、二人にそんなことが分かる筈が無い。  なのはが「殺る気満々」と考えたのも、まあ無理は無いだろう。 《(で、こちらの話をちゃんと聞いていたとして―― どうやって宥めるのですか?)》  かくして話は振り出しに戻り、ノエルは妙に勝ち誇った口調で訊ねる。  これに対し、恭也は先程とはうって変わって真剣な表情で答えた。 「(ノエル……)」 《(何でしょう?)》 「(お前の言うことは理論的で正しい。 ……だがな? 人間ってヤツは理屈じゃないんだ)」 《(は?)》 「(幾ら頭で否定しても、“血”が騒ぐんだよ。だから、あの子は“俺の知るなのは”と同じに違いない。 『俺の妹ではない、“俺の知るなのは”だ』)」 《(……先程から発言が矛盾し捲くりですが?)》 「(それが人間ってものさ)」  そう言って、恭也は自嘲気味に顔を歪める。 (“妹”であることを否定するので精一杯、か……)  まったく、あれだけ偉そうなことを言っておいてこのザマだ。はやてに合わせる顔が無いじゃないか…… 《(???)》 「(それはさておき――ノエル? もしも自分より遥かに強い敵と遭遇したらどうする?)」 《(撤退します)》  なんとなく誤魔化された様な気がしたが、とりあえず質問に答えてみる。  と、その答えに恭也は満足そうに頷いた。 「(それが第一選択だな。  ……じゃあ、どうしてもそいつと戦わなければならなくなったら?  逃げることはもちろん、援軍も期待できない遭遇戦だ)」 《(それはまた……随分と絶望的な状況ですね? 正直、その立場になってみないと何とも)》 「(ま、お前はまだ生まれたばかりだしな……)」  むっ…… 《(……では、マスターならどうされますか?)》  その態度口調に何となく馬鹿にされたような気がしたノエルは、逆に問い返す。  と、恭也は本気か冗談か分からぬ口調で答えた。 「(イカサマするのさ)」 《(……は?)》 「(まあ、見てろ)」  軽く肩を竦めた後、恭也はなのはに三度目の声を掛ける。 「答えろ、なのは」 「え……?」  びくうっ!  「三度目の正直」かはたまた奇跡か。  その言葉に、なのはは全身を大きく震わせた。  そして、恐る恐る恭也の顔を見上げる。  その瞳には、明らかに恐怖と動揺が見て取れた。 「(おっしゃっ!)」 《(うそっ!?)》 「(ふっ…… 俺が本気を出せばこんなものだ)」 《(そんな馬鹿な……)》 「(ま、滅多に使わない最終手段だがな? ご覧の通り効果覿面だ)」  驚愕するノエルに、恭也が不敵に笑う。  それは、かつてなのはを本気で叱る際に用いた口調と言葉。  この口撃は、(なのはの)如何なる精神・物理的防御も粉砕する…… 《(それは“マスターの知るなのはさん”の話でしょう!?)》 「(愚問だな。例え“俺の知らないなのは”であろうが、同一存在である以上この口撃からは逃れられん。魂が恐怖を覚えているのさ)」 《(馬鹿な…………)》  勝ち誇る恭也と絶句するノエル。  そんな二人に、なのはが蚊の鳴くような声で答えた。 「うん、撃つよ……絶対」  未だレイジングハートこそ構えてはいるものの、先程の怒気は何処へやら、弱気な表情と口調である。  だがそんな彼女に恭也は更に突っ込む。 「ふむ、だが撃てるか?」 「?」 「大規模な攻撃魔法を発動するようだが、見たところお前もそのデバイスもかなりのダメージを受けている。 ……本当に、撃てるか?」  一瞬の逡巡の後、なのはは真っ直ぐ恭也の目を見て断言した。 「撃てます!」 「……ふむ、なら撃てるだろう」 「にゃ!?」  ……恐らくは強い決意を込めて発したであろう言葉。  否定されることも覚悟の上だったに違いない。それをあっさりと肯定され、なのはは目が点にする。  その無防備となった瞬間を逃さず、恭也は第二の矢を撃ち込んだ。 「で、当てられるのか?」 「?」 「撃てたとして、だ。自慢じゃないが俺は素早い。今のお前に当てられるか?」 「!」  休む間もない恭也の精神口撃の前に、なのはは完全にその術中に陥ってしまった。                          ・                          ・                          ・ 「つまり、お前は俺に勝てない」 「にゃあ!? だってだって! あなたは『自分を倒せる』と仮定してたのに!?」 (流石です! マスター!)  内心、ノエルは盛大な声援を送った。  形勢は完全に逆転している。  本来なら圧倒的に有利な立場にあるはずのなのはが、圧倒的なまでに劣勢に陥っている。  何より、彼女自身がそう思い込んでいる。  ……まるで、詐欺か何かにでもあったかのように。 (成る程、だから「イカサマ」ですか)  ノエルは感心した。  巧みな話術や思わせぶりな行動で、勝手に相手を勘違いさせて負けを認めさせる。 (こういう戦い方もあるのですね……)  目から鱗、である。  ……何故か負けを認めた筈の少女が、萎縮するどころかリラックスして会話を楽しんでいる様にも見えるのは不思議だったが、 まあそれも誤差の範囲?というものに違いない。  こうしてる間にも、恭也は少しづつ少しづつ間合いを詰めている。  勝利はもう目の前だった。  遂に、恭也の足が地に着いた。 (さあマスター! 今ですっ!)  ノエルの言葉が聞こえたのか、その直後に恭也はなのは目掛けて駆け出す。  そして―― 「……だから勝利という言葉に惑わされるな。猪か、お前は」  げしっ!  ……なのはの脳天に、拳骨を喰らわせた。 (はあっ!?)  この光景に、なのはを“無力化”するものとばかり思っていたノエルは、目を点にした。 「痛いの……」  なのはは頭を抑えて蹲り、涙目で恭也を見上げている。  だがそれは抗議の、というよりは僅かな媚すらも含んだ甘い声と表情。  対する恭也も何処か甘い、親しみを込めた言葉で語りかける。 「要はこのミッションをクリアする最低条件だ」 「とっても痛いの……」 「……もう一発いくか?」 「ここから無事脱出することだと思います!」 (な、何してるんですか、この二人……)  この痴話ゲンカ……もとい兄妹のじゃれ合いとしか思えない遣り取りに、ノエルは唖然とする。  マスター? あなた状況分かってます? ……と言いますか、なのはさんに未練たらたらじゃないですか!?  なのはさん? あなたも状況分かってます? もしかして、あなたも“血”とやらが騒いでいるのですか!? (人間って、分かりません……)  できればこの二人が特殊事例であって欲しい。  ノエルは心からそう願わずにはいられなかった。  ……さて、そんな間にも二人の会話は進んでいく。 「――では最後に問おう。なのは、お前が今すべきことはなんだ?」 「結界を破壊すること!」  恭也の問いに、なのははレイジングハートを上空に向けて構えた。  これを見て、恭也は満足気に頷く。 「そうだ、それでいい……」 《(良い訳ありますか!? この馬鹿マスターっ!!)》  ビリビリッ! 「〜〜〜〜〜〜!?」  我に返ったノエルにまたも電流を流され、恭也は声にならぬ叫びを上げて硬直する。 「(ノエル…… お前、何て真似――)」 《(さてはマスターは馬鹿ですね!? そうなのですね!?)》 「(いきなり何を――)」 《(止めるどころか、けしかけてどうするんですかっ!?)》 「(ををっ!?)」  思い出したとばかりに、恭也は掌を叩く。 「……ああ、けどそうなると今度はこっちが困るんだよなあ」  この暢気な言葉を聞き、ノエルはついにキレた。 《(うわーーん! もうやだ、このマスター!?)》 「(おおよしよし、泣くな泣くな……)」 《(誰のせいだと思ってるんですか!? さあ、早くあの少女を私でドツきなさい! 先に少年を倒した様に容赦なくっ!!)》 「(いや、しかし……)」  だが魔力が込められたノエルを見て、恭也は尻込みする。  そして、恐る恐る訊ねた。 「(……取り押さえるんじゃあダメかなあ? や、だいぶ弱ってるみたいだし)」 《(実力差を考えて下さいよ!? 手負いとはいえ、自殺行為ですっ!)》  ぶっちゃけ、パンチ一発どころかちょっとした魔力の波動だけで逝ける。 「(う、うう……)」  恭也は情け無い声を出して、なのはとノエル(剣)を見比べる。  ……情け無い、と言う無かれ。  家族を愛し、守る。 ――それこそが彼のレゾンデートル。  そして目の前の少女は、“妹”であることを否定したとはいえ紛れもなく“なのは”だ。  “血”が、重ねた会話が、それを肯定する。である以上…… 《(はやてさんのためです!)》  ドクン!  その名を聞き、恭也の鼓動が跳ね上がった。  誰もが自分の存在を否定した中、唯一人受け入れてくれた、必要としてくれた家族。愛しい“妹”…… 《(さあ、もう時間がありません! 早くっ!)》  その瞬間、彼の中の天秤は大きくはやてに傾いた。  意を決し、恭也はノエルを振りかざす。 「そんな訳で時間切れだ。 ……悪いな、俺達の勝ちだ」 「え?」  恭也の言葉に不審を抱き、なのはが振り返った。  その直後―― 「「!?」」  なのはの胸から、一本の腕が突き出した。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【26】 <1> 「(なっ……!?)」  ……その異様な光景に、恭也は絶句した。  突如としてなのはの胸に生えた、人――おそらくは若い女性――の腕。  しかも、まるで何かを捜し求めるかのようにうねうねと動いている。 (こいつ……生きてる? だがこれは一体――) 《(空間歪曲!? けれど、ここまで精密かつ隠密性のあるものを……)》 「(ノエル! お前の仕業かっ!?)」  動転した恭也は、ノエルに思わず問い詰める。  だがその時、頭に聞き慣れた声が響いた。 『(恭也さん、大丈夫ですか〜)』 「(シャマルさん!?)」 『(はい、シャマルさんですよ〜〜 その調子だと大丈夫みたいですね。私、もう心配で心配で……)』 「(じゃあ、これは貴女の仕業ですか!?)」 『(はい♪ 恭也さんが注意をひいていてくれたお陰で楽勝でしたよ?  ですからこの“蒐集”、恭也さんに捧げちゃいます♪ お手柄ですね〜♪♪)』 「(シャマルさん! 待っ――)」  場違いなシャマルの口調に毒気を抜かれつつも、恭也は声を上げかける。 (……だが、止めてどうする?)  その事実に気付き、残りの言葉を飲み込んだ。  代わりに、なのはに視線を戻す。 「あ゛…… う゛……」  二人の視線が交差した。 (何故…… 何故そんな目で俺を見る!?)  まるで救いを求める様な、縋る様な目。  ……その視線に、先程までの決意が崩れかかる。 「……すまんな。俺達にも退けぬ理由があるんだ……」  恭也は思わず目を背け、自分に言い聞かせる様に呟いた。  この言葉に、なのははショックの表情を浮かべる。 「もしかして…… このために時間を……」  ――違うっ!  思わずそう叫びそうになる心を押し殺し、言葉を続ける。 「許してくれとは言わん。好きなだけ恨むがいい」 「うそ……」 「勝負は俺達の勝ちだ。もう、会うこともあるまい」  そう言うと、恭也は背を向けた。 「あ……」 「安心しろ、“蒐集”が終われば帰してやる。 ……全員な」  そして迷いを振り切るかの様に、急ぎその場を去ろうとする。 《(……マスター?)》  肩を落として歩く恭也に、ノエルが気遣わしげな声を掛けた。 「(……なんだ、ノエル?)」 《(その……え〜と………… マスターはよく頑張りました! 私、感動しましたっ!)》 「(……………………)」  まるで某元首相――尤も「こちらの」世界では一議員に過ぎないが――のような台詞に、恭也の目が点になる。  ……もしかしなくても、励ましているつもりなのだろうか? 《(えっと……本当ですよ?)》 「(……ありがとう、ノエル)」  恭也は心から礼を言うと、顔を上げ胸を張った。 (……そうだ、これは自分で決めたことの結果じゃないか)  男が一度覚悟を決めた以上、迷うべきではない。後悔すべきでは無い。  ましてやそれを表に出し、仲間に心配をかけるなどもってのほかだ。  ――だから、上を向いて歩こう。 《(この五人を“蒐集”すれば、ゴールは目の前です! 頑張りましょう!)》 「(ああ、そうだな)」  顔を挙げ広がった視界に、空での戦いが飛び込んでくる。  その勝負の行方は、もう誰の目にも明らかだった。 「(これで終り……か)」 《(はい! 我々の大勝利です!)》  恭也の呟きに、ノエルも賛同する。  ……だがその予測は、直ぐに覆された。 「《!?)》」  突如発生した爆発的なまでの魔力の高まりに、二人は驚き背後を振り返る。 「スターライト・ブレイカー!」  ――その直後、凄まじいまでの閃光と轟音が辺りを支配した。 <2> 《(嘘だっ!)》  発動された魔法、吹き飛ぶ結界……  目の前の光景を見て尚、ノエルは信じられなかった。  ……確かに、“蒐集”は手加減の加えられた不完全なものだった。  だがそれは、あくまで「確実かつ迅速に回復できるよう」リンカーコアの“中心核”を残しただけのことに過ぎない。  つまり、魔力精製など望めるような状態ではないのだ。  ――にも関わらず、なのははスターライト・ブレイカーを撃った。  あれだけのダメージを受け、更に“蒐集”までされながら、なおこれ程の魔法を発動させた。 (……有り得ない)  ノエルは呻く。  医学的にも魔法物理学的にも、とうてい考えられない。  だが、彼女はそれを成し遂げた。  何たる才能! 何たる精神力!  ……認めざるを得ない。  高町なのはの能力と行動は、全ての面でノエルの予想を遥かに上回っていたのだ。 (私が……負けた?)  その日、ノエルは生まれて初めての敗北を味わった。 「(馬鹿な……)」  意識を失い地に叩きつけられる寸前だったなのはを助けつつも、恭也は目の前の光景を信じることができないでいた。 (まさか、あの状況から逆転するとは……)  彼にノエルの様な細かいことは分からない。  だが長年の経験から、「なのはが到底動けるような体ではない」ということは分かる。  恐らく、失神寸前だったに違いない。 (それを一時的にとはいえ踏み止まり、あまつさえ「魔法まで発動させる」だと?)  数日前の、ヴィータとの“死合い”を思い出す。  限界を遥かに超えた魔力精製、その痛みと苦しみを。 (あの苦痛……いやもしかしたらそれ以上の苦痛に耐え、任務を遂行したというのか!?)  あの小さな、か弱いなのはが……  ……信じられなかった。  恭也の知るなのはは、そんな「強い」少女ではない。  直ぐに恭也の名を呼んで泣く、そんな少女だった筈だ。 (同じ存在が、環境の変化だけでこうも違うとは……)  恭也は呻く。  だが何よりも驚いたのは、魔法を放つ直前に一瞬見せた“目”。  あれは、あれはまさしく―― (御神……いや“不破”の目)  この世界の自分はおろか、士郎からすら見出せなかったものを、なのはから見出すとは何たる皮肉だろう。 (……どうやら俺は、完全に見誤っていたようだ)  ……認めざるを得なかった。  この少女は、保護し慈しむ存在ではない。  たとえ幼くとも、そして剣を持たなくとも、“不破の剣士”だということを。  ――そう考えた瞬間、なのはと出会って以来早鐘の様に打ち続けた鼓動が落ち着きを取り戻した。  “妹”であることを否定しつつも“他人”と切り捨てることがない、その位置付けが定まらないジレンマから、ようやく開放されたのだ。 「すまなかったな、数々の非礼、許してくれ」  腕の中のなのはに向かい、恭也は小さく頭を下げる。  そして胸に顔を埋める彼女の髪を優しく撫で、その耳元にそっと囁いた。 「小さな“不破の魔導師”よ、次は――全力でお相手しよう」 <3> 「主、潮時です」  満足に飛べない恭也の為、急ぎ駆けつけたザフィーラが「背に乗れ」と促す。  その言葉に空を見上げると、皆既に撤退を始めていた。  心配された追撃はない。どうやら相手は限界ギリギリ、とてもそんな余裕は無いようだ。  ……そう考えると、実に、惜しい。 (あと一歩、だったのになあ……)  苦笑し、腕の中で眠るなのはを見る。 (……なのは、お前は見事皆を守ったのだぞ?)  兄……いや“同門の先輩”として、実に誇らしい。  だがそれは、逆に考えれば―― 「すまん、油断した」  己の不手際を詫びる恭也に、ザフィーラは首を振る。 「その少女の“蒐集”という初期の目的は達しております」 「…………」 「あまつさえ、おそらくは管理局の精鋭を相手に『あと一歩』のところまで追い詰めました。 ――十分面目は立ったかと」 「そう言って貰えると、助かる」 「それよりも、今は……」 「ああ、すまんな」  恭也は礼を述べるとなのはをそっと床に寝かせ、促されるがままザフィーラの背に飛び乗った。                          ・                          ・                          ・ 《マスター、照射波多数! このままでは捕捉されます!》  その余りの“煩さ”にようやく我に返ったのか、ノエルが緊迫した声で警告する。 (照射波……電探の、か?)  ま、似た様なものだろうと見当をつける。 (だとしたら不味いな……)  捕捉されたら追尾は無論、下手したら遠距離攻撃を喰らいかねない。  恭也は軽く舌打ちしてザフィーラを見る。 「ザフィーラ、振り切れるか?」 「全力を尽くします」 「……もう敬語はいいぞ?」 「そうか、分かった」  ザフィーラは軽く頷き、速度を上げた。  だが、ノエルは更に警告する。 《このままでは10秒後に捕捉されます!》 「ッ! ザフィーラ!」 「これで限界だ!」 「くっ……」  もどかしいがどうにもならない。  恭也は唇を噛み締める。  と、ノエルが声を大にして申し出た。 《マスター! ここは私にお任せをっ!》 「何か策でも?」 《はい! と言いますか、是非やらせて下さい。このままでは私の腹の虫が治まりません!》 「……は?」 《ここまでコケにされたのは生まれて初めてです! 私のプライド、もうズタズタですよっ!?》 「や、お前生まれてまだ――」 《と・に・か・く! ――新しいカートリッジ下さい。リベンジです》 「あ〜、わかったわかった……」  ノエルの強引な申し出に押し切られ、恭也はポケットからカートリッジを取り出した。  だが古いカートリッジが既に装填されているため、弾込めが出来ない。 「ノエル、古いカートリッジを排莢してくれ」 《古いカートリッジにもまだ魔力が残っていますから、そのまま入れちゃって下さい》 「……しかし、薬室が占拠されたままだぞ?」  容積の関係上、ノエルのカートリッジシステムは単発式となっている。  下部が弾倉、上部が薬室で、各一発分の余裕しかない。  出入り口も柄端一箇所しか無いため、新たに薬室に送り込むには排莢が必須だ。 《二発同時制御するから問題ありません》 「なるほど、少し違うが自動拳銃みたいなものか」  納得、と恭也は頷き、カートリッジを柄端に押し込む。  少し危険な例えだが自動拳銃の薬室に(弾倉の他に)1発込め、装弾数を+1発するようなものなのだろう。 《術式発動準備!》  弾込めすると、早速ノエルは行動を開始する。  だが、これは―― 「……戦闘プログラム起動してても、やっぱりそのノリなのな?」 《うるさいですよ、マスター!》 「はいはい」 《まったく……全エネルギー弁開放! エネルギー充填開始!》 《セーフティーロック解除。魔力充填150%!》  魔力が集まり、剣先を中心に魔法陣が展開する。  ……流石に150%だけあって、先とは比べ物にならない程に巨大かつ複雑だ。 《MCM(魔法妨害)弾、発射っ!》  ドンッ!  掛け声と共に、剣先から一発の魔法弾が発射された。  魔法弾は数百m程上昇すると炸裂、まるで花火のように四方八方に無数の“火花”を撒き散らし消滅する。  ……が、それだけで目に見える効果は無い。 「…………?」  恭也はただ首を傾げるだけだったが、ザフィーラは「ほう?」と感嘆の声を上げる。 「む、『静かになった』な。見事なものだ」 《あー、スッとしたっ!》 「よく分からんが……危機は脱したのか?」  恐る恐る訊ねた恭也に、ノエルは実に気分良さそうに返事を返した。 《はい! ではゆっくり急いで帰りましょう!》  かくして、ヴォルケンリッターと管理局との初対決は幕を閉じた。  ……恭也達がどう評価しようと、客観的に見て管理局側の完敗だった。 ――――巡航艦“アースラ”。  現場に急行中だった“アースラ”は、結界の破壊をリアルタイムで確認していた。 「結界の消滅を確認しました!」 「急いで目標を捕捉して!」  子供達の安否を気遣う心を一時押し殺し、リンディは指揮官として犯人――管理外世界で大魔法を使用した――の特定を命じる。 「了解!」  アースラの通信全般を担当するエイミイは、捕捉と並行して皆の様子を映し出す。  彼女の腕なら、この程度の芸当はほんの片手間みたいなものだ。  ……だが、映し出された映像を見て、ブリッジの誰もが驚愕した。  ――馬鹿なっ!?  大きなダメージを受け倒れ伏し……或いは立っているのがやっとな面々。  三人のニアSランクを含んだ魔導師の集団が、管理局の中でも文句なしに精鋭と呼べる彼等が、まさかこのような姿を晒すとは…… 「衛生班準備! エイミイは至急犯人の特定を!」  いち早く我に返ったリンディが命じるまで、皆画面に釘付けとなっていた。 (うそ……)  皆と同様、エイミイも自分が映し出した画面を呆然と見ていた。  ……信じられなかった。  まだまだ未熟な所があるなのはやフェイトばかりか、正規の戦闘訓練を積み、高度な戦技を有している筈のクロノまで…… 「衛生班準備! エイミイは至急犯人の特定を!」  ハッ!? (そうだ…… 皆の……クロノの仇を討たなきゃ!)  リンディの声にエイミイ我に返り、慌ててキーボードに向かう。  そう。今自分に出来る唯一のこと、そして自分にしかできない任務を果たすのだ。 (“通信司令”エイミイ様を甘く見ないでよねっ!)  エイミイは内に激しい怒りを込め、行動を開始した。  通信司令とは、艦隊のシステム面を統括する責任者である。  即ち――  艦隊間・艦隊各艦間における情報伝達。  艦隊レベルでの電子情報収集。  艦隊レベルでの魔法電子戦。  ――を担う重要な存在だ。  とはいえ、これはあくまで資格であって役職とイコールではない。  提督資格同様、必ずしも通信司令資格を保有する者が実際に艦隊のシステムを統括している訳では無いのだ。  (※寧ろそうでない例の方が多い)。  そしてエイミイもその例に漏れず、その指揮権は(現時点では)基本的にアースラのみに限定されている。  だが艦隊旗艦“アースラ”に配属されているだけあって彼女は優秀だった。  当初捕捉不可能とも思われていた犯罪者一味を、あと一歩の所まで追い詰めたのだから。  だが―― 「あれ…… あれれ…………???」  突如画像が乱れたかと思うと、スクリーンがブラックアウトする。  そしてその数秒後――ブリッジは大混乱に陥った。 「航行管制システムダウン! 緊急停止っ!」 「火器管制システムオールレッド!?」  次々にもたされる凶報に、“アースラ”は次元空間内に立ち往生してしまう。  もはや救援云々の話ではなかった。 「大出力の……それもウイルスまで仕込んだMCM攻撃!? 近くに敵のステルス型電子戦艦艇でもいるの!?」  映し出される情報に、エイミイは呆然と呟く。  未知の攻撃を前に“抗体”の大半が(攻撃を認識できないため)機能せず、“ウイルス”は次々と防衛網をすり抜けていく。  流石にファイアーウォールを始めとする基本的な防御システムは機能していたが、これを容易く突破し艦のシステムを侵食していく。  ……こうなると、最早手作業で取り除くしかない。  エイミイは何とか艦を復旧させようと、必死にキーボードを叩く。  だが―― 「なによ、これ……」  ここ数百年の主要な魔法通信理論なら、全て知っているつもりだった。  それ以外のものだって、所詮根は同じだから対処できる。 ――そう思っていた。  なのに……これは………… 「いったい、いつの、どこの世界の理論よ、これ!?」  こんな術式、知らない。見たことも無い。  エイミイは真っ青になる。  自分が「知らない出来ない」ということは、この艦の誰も「知らない出来ない」ということだ。  解読、解除…… だめだ、とても間に合わない。こんな状態で攻撃を受けたら――  ……だが、その心配は杞憂に終わった。  最初の異変からきっかり10分後に艦のシステムを侵食していた“ウイルス”が自然消滅、艦の機能が復旧したのだ。  各種点検に更にその数倍の時間を費やした後、ようやく“アースラ”は航行を再開した(無論、犯人は既に消えうせていた)。  今回の事件で屈辱を味わったアースラ乗組員は、皆等しくリベンジを誓った。  特に今回いいように「遊ばれた」形となったエイミイは、固く復仇を決意したという。 「今に…… 今に見てなさいよ!!」 ――――八神家、居間。  たらいに湯を入れ、恭也が体を拭いていると、その背後からシグナムが声を掛けてきた。 「主との入浴を断っておきながら、何をしている?」 「……今日は入りたくなかったんだ」  「偶にはいいだろ?」と、恭也は振り返らずに答える。  ……正直、後ろめたくて後ろめたくてとてもではないが、はやての顔を正面から見れなかったのだ(ましてや共に入浴など!)。 (あの時、俺は――はやてを裏切った)  なのはとの会話を思い出し、そっと掌を見る。  彼女を抱きしめた感触が、温もりが、今も尚残っている。  少なくとも、これが消えるまでは―― 「……なるほど。お前にも羞恥心というものがあったのか」  シグナムは「ククク」と笑う。  ……どうやら全てお見通しのようだ。 (むう……)  彼女のこの反応に、恭也の顔が引きつった。  たとえ反省していても、他人にそれを指摘されるのは我慢できない。  相手がシグナムなら尚更だ。故に、即座に反撃に出る。 「……そういうお前こそ、せっかく誘われたのだから、偶には女同士一緒に入れば良かったじゃないか」 「うぐ……」  痛い所を突かれたらしく、その指摘にシグナムの顔が歪んだ。  これを見て、今度は恭也が「ククク」と笑う。 「今、右の脇腹見られたら困るもんな〜 残念無念、ああ無念♪」 「ちっ、やはり気付いていたか……」  忌々しそうに、シグナムは上着を捲る。  ……その右脇腹には、痣が色濃くついていた。  先刻の空戦で、“フェイト”とかいう金髪の少女にやられた痣だ。 「相手の土俵に乗るから、格下相手にそんな不覚をとるんだよ」  倍返し♪とばかりに、恭也は「ケケケ」と笑う。  ……どうやら、こっちも全てお見通しのようだ。 (おのれ……)  たとえ反省していても、他人にそれを指摘されるのは我慢できない。  相手がこの男(恭也)なら尚更だ。故に、シグナムは即座に反撃に出る。 「そういうお前こそ、あの少女と何をいちゃいちゃしていた? このロリコンめっ!」 「なっ!?」  その謂れの無い指摘に、恭也は一瞬絶句した。  ……つーか、遂に伏字すら外しやがりましたね? 「誰がロリコンかっ!?」 「お前だ! お前っ!! 会う早々、早速あの少女を口説いてたじゃないか!?」 「違うわっ!? つーか、戦いの最中に余所見なんかするなっ!」 「お前だって余所見してただろうが! 私が不覚をとったのは、お前が参戦してからだぞ!?」 「俺はいいんだよ! 剣士たる者、目の前の相手だけでなく全体に目を配る必要があるんだっ!」 「それは我々騎士とて同じことだ!」 「「…………」」  二人は暫し睨み合いを続け、そして―― 「うがー! 御神の剣士の力、見せてやるっ!」 「ぬかせ! ベルカ騎士の力こそ見せてやろうっ!」  ついには、取っ組み合いのケンカを始めた。(※第21話以降、室内での武器を用いてのケンカは禁止されているのだ!)  無論、この二人のケンカなのでただの取っ組み合いではない。  ルール無用、無駄に高度かつ外道な技の応酬。正確には“組討ち”、戦場での武士や騎士のそれだ。  ……内容的には、子供のケンカだったが。                          ・                          ・                          ・ 「……で? あの少女のことは『ふっきれた』のか?」  所謂“人差し指一本拳”で目を狙いつつ、シグナムが急に真面目な口調で訊ねる。  ……要は悪口を言い尽くしたため、本題に入ったのだ。 (やはり、気付いていたのか……)  これに対し、恭也もこれを防ぐと同時に米神目掛けて右薙ぎに“親指一本拳”を放ちつつ、真面目な口調で応じる。 「……面目ない。だが、もう心配はいらない。今度会えば――全力で叩き潰す」 「ならば、いい」  そう頷くと、シグナムはそれ以上の質問をしなかった。  ……恐らくは、その少女が以前聞いた“高町なのは”だということに気付いているであろうにも関わらず、だ。 (まったく、どいつもこいつもいい奴等ばかりだ) 「ありがとう」  指の関節をとろうと試みながらも、恭也は真摯な口調で礼を言う。  すると、シグナムは膝で金的を狙いつつも顔を赤くし、首を振った。 「お前に礼を言われる筋合いは無いな。主のため……そう、全ては主のためだ」 「ま、そういうことにしておいてやろう」 「……………………」  その言いようにシグナムは更に反論しかけるが、分が悪いと話題を変える。 「ふん、お前相手に言い訳するのも馬鹿らしい。だが―― 良き敵、だったな」 「……ああ、皆真っ直ぐな戦い方をする子達だったな。実に気持ちが良い」  シグナムの言葉に、恭也も同感だと頷く。 「主の名を辱めぬためにも、正々堂々戦いたいものだ」 「まあ……な」 「?」 「どうした?」  不思議そうに自分を見るシグナムに、恭也は怪訝そうに訊ねた。 「いや、お前なら『騎士様はそうだろうが俺は兵法家だからな。むしろ卑怯上等?』とか言うかと……」 「あ〜、まあ俺も偶には……本当に偶には、真面目にやるのですよ?」  つい数時間前までの自分を思い、恭也は苦笑した。  ……いや、実は自分も見たくなったのだ。あの小さな“不破の魔導師”の戦いぶりを。 「ま、『良き敵』の前に『強敵』だがな?」 「ああ、だがそれこそ寧ろ望むところだ」  「次はもっと手強いと思うぞ?」と言いたげな恭也の視線に、シグナムは大きく頷いた。 「ふふふ……」 「ははは……」  二人は破顔し、窓の向こうの空――数時間前まで戦っていた――を見上げる。  まるで、新たな戦いを待ち焦がれるかのように。  ……そんな二人に、先程から無言でTVを見ていたヴィータが声を掛けた。 「……なあ、シグナムも恭也も、いつまでそんな格好してるつもりだよ?」  どうやら見ていた番組が終わったらしい。ヘッドホンを外し、呆れた様に二人を見ている。 「「…………?」」 「いいかげん、はやて達も風呂から出てくるぜ?」  その言葉に、二人は今の自分達の状況を客観的に観察する。  ・シグナムが恭也を所謂“マウントポジション”で押さえつけようとしている。  ・恭也は湯浴みの途中だったため、パンツ(ボクサータイプ)一丁。  ・シグナムも服こそ着ているが、一時間以上にも及ぶ戦いで破れ捲くり。  ……ここから導き出される答えと言えば―― 「「ッ!?」」  二人は慌てて飛び起き、距離を置く。 「くそっ! せっかく拭いたのに『振り出しに戻る』だ!」  断った手前、はやてが出てくるまでに急ぎ拭かねば、と恭也は慌てて再度体を拭き始める。 「くっ! 着替え……いや、その前に掻いた汗を拭き取らねば!?」  シグナムも断った手前、はやてが出てくるまでに、と慌てて服を脱ぎ始める。 「って! 男の前で脱ぐなっ!?」 「黙れロリコン! お前など男の内に入らんっ!」  だがシグナムは抗議に耳を貸さず、それどころかたらいの強奪すら試みる。 「何をするか!? 湯なら蛇口を捻れば幾らでも出るだろう!?」 「湯はあっても、たらいは一つしか無い!」  ぎゃあぎゃあ……  この二人の様子を、ヴィータは呆れた目で眺めていた。  や、「いつものこと」と言えば「いつものこと」なのだが……   (なんつーかシグナム、変わった?)  ……ぶっちゃけ、昔と比べて思いっきり精神年齢が下がったとしか思えない。  ヴィータは軽く嘆息すると、風呂を出る時間を少し遅らせるよう、シャマルに念話を送った。 「よこせっ!」 「だが断る!」  八神家は今日も平和だった。