魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS 「とある青年と夜天の王」 その5「激突! 管理局対ヴォルケンリッター(前編)」 【17】 ――――海鳴市。 <1、裏山>  その日、恭也はいつもの裏山で独り魔法――“くうちゅうおさんぽぷろぐらむ”改め“空中機動プログラム”――の特訓を行っていた。  墜落、衝突、墜落、衝突、衝突、墜落……  目立たぬよう極々小さな結界内での訓練ではあったが、それでも失敗を重ねる毎に学習し、なんとか形になってくる。  そして余裕が出来てくると中々に新鮮な体験だ。何時しか時の経つのも忘れ、訓練に熱中していた。 「随分と様になってきましたね?」  結界内に入ってきたシャマルが、感心したように声を掛けた。  だが上空の恭也は、まだまだと首を振る。 「いえ、所詮は畳の上の水練。これが実戦なら問題続出です」  そこまで言い、ふと気付いたように付け加える。 「そういえば、もう“蒐集”はいいのですか?」 「はい、ばっちりですよ〜」 「……早いですね」  感心する恭也を、シャマルは呆れたような顔で見る。 「……何言ってるんですか、もうそろそろ夕方ですよ? はやてちゃんを迎えに行く時間です」 「?」  その言葉に首を傾げ、恭也は空を見上げた。  すると、もう日はだいぶ傾いている。  慌てて時計をみるとかなりいい時間で、あと30分程でここを出ないと図書館の閉館に間に合わない。  地に下りると、恭也はしみじみと呟いた。 「時が経つのは早いものだな……」 「それだけ熱心だったということですよ。ひとつのことにひた向きに打ち込む恭也さん、格好いいですよ♪」  両手を組んでうっとりするシャマル。  ……どうやら生まれて初めての男性との同居――ザフィーラは守護“獣”だ――で、ややハイになっているらしい。 「ありがとう、シャマルさん」  そんな彼女に、恭也はそつなく礼を述べる。  友好的かつ淑女的な相手だけに、その対応も極めて紳士的である。  だが同時に、(例えばヴィータに対する場合と比べて)「やや距離がある」とも言えた。 「あの……」  そんな彼に、シャマルはもじもじと訴える。 「なんです?」 「私たち、家族ですよね?」 「ええ、そうですが?」 「な、なら…… そのもう少しその……砕けたといいますか、親しみを込めた言葉遣いでもいいのではないかと……」 「と言いますと?」 「……恭也さん、私にだけ“さん”付けですよね?」 「はやて、ヴィータ、シグナム、ザフィーラ、シャマルさん。 ……確かに」 「家族でそれは無いと思うのですよ」 「ふむ…… ですが、そう言う貴女も俺だけ“さん”付けで呼んでますよね?」 「はやてちゃん、ヴィータちゃん、シグナム、ザフィーラ、それに恭也さん。 ……あら? 確かに」  恭也の指摘に、シャマルははたと気付いた。  そして、慌てて弁解を始める。 「わ、私は女ですから!?」 「性差別は良くないと思いますが?」 「あーもうっ!」  遂にシャマルがキレた。 「とにかく、よりフレンドリーな言葉遣いをを要求します!」 「不平等条約には断固反対します」 「……“ちゃん”付けで呼びますよ?」 「くっ! 卑怯な!?」  考えるだに恐ろしい……  その恐るべき脅迫に、恭也は戦慄する。 「返事は“イエス”か“はい”でお願いします♪」 「……Да(ダー)」  せめてもの抵抗に、恭也はロシア語で回答した。  が、シャマルは満足げに頷きダメージゼロだ。ちくしょう…… 「では、さっそくお願いします♪」 「……シャマル」 「…………」  それを聞き、シャマルは笑顔のまま沈黙する。  ――そしてきっかり1分後、顔からボウッと火を吹いた。 「〜〜〜〜っ!?」 「シャマル! どうした!?」  顔を隠して蹲るシャマルに驚き、恭也は思わず声を掛ける。 「……ごめんなさい、やっぱり前のままでお願いします」 「??? 分かっ……分かりました」  顔は真っ赤、半分涙目で頼み込むその姿に、恭也は大きく首を傾げながらも頷いた。  数千年生きてきた割に、恐ろしいまでに免疫の無いシャマルであった(まあだからこそハイになっていた訳だが)。                          ・                          ・                          ・ 「……そろそろ、行きましょうか?」  ようやく立ち直ったシャマルに、恭也が何処か疲れた表情で声を掛けた。  やはり女性は男にとって永遠の謎だ…… 「あっ! 待ってください、これ渡すの忘れてました」  と、シャマルは何か思い出したように声を上げる。  そして、恭也に指輪を手渡した。 「これは?」 「擬態の指輪です。“蒐集”時に使って下さい」 「……擬態?」 「はい。姿形は無論、声さえも変えてしまう優れものです」 「ほお? 試していいですか?」 「もちろんです。指輪に掌を当て、強く念じて下さい」 「わかりました」  言われたとおり指輪をはめ、反対の掌を載せて念じてみる。  すると一瞬全身が光に包まれ、それが消え去った後には全身黒尽くめの騎士が出現した。 「はい」 「ありがとうございます。どれどれ……おお!」  渡された鏡を見て、恭也は思わず驚きの声を上げた。  全身を欧州式のプレートアーマーで固め、更にマントで覆っている。 「お似合いですよ♪」 「……できれば日本式の甲冑がいいのですが。面頬付きのヤツ」  申し訳ないがどうもバタ臭くていけません、と恭也。  だがシャマルは間髪入れず拒絶する。 「嫌です」 「何故!?」  ……つーか、嫌ときましたか。  そこで気付く。 「……もしかして、これシャマルさんの趣味ですか?」 「はい♪」 「…………」  スポンサーの言葉は絶対である。  恭也は渋々ながらに受け入れた。 「しかし、これ全然重くないですね?」  色々と体を動かした後、恭也は首を捻る。  おまけに間接の可動に何ら制限も負担も無い。  こういった鎧はウン十kgとある筈なのだが……  と、シャマルがその疑問に答えた。 「実際は薄い魔力の膜で全身を覆ってるだけで、本当に鎧を着てる訳じゃないですからね」 「……ちなみに防御力は?」 「ゼロです♪」 「…………」  張子の虎かい。  まあ銃弾すら防げない鎧なぞ、魔導師の前では紙も同然だからいいけどさ……  嘆息する恭也に、シャマルは心配御無用と付け加える。 「恭也さんは主として私たちの後ろでどーんと構えていればいいのですから、心配いりませんよ?」 「……主?」 「はい。いいですよね?」 「……俺の役どころは、五人目のヴォルケンリッターだったのでは?」  軽く肩を竦める恭也。  と、シャマルが真剣な顔で話し始めた。 「私達の存在は直に管理局の知る所となるでしょう。  そうなれば、その捜査の手が闇の書の存在にまで辿りつくのは時間の問題です」 「そうなると、俺の居場所は無くなるという訳か……」 「そのための“主”役ですよ」  が、恭也はその言葉を額面通りには受け取らなかった。 「……なるほど、はやての身代わりですか」 「そうとも言いますね」  シャマルは否定せず、にっこり笑って頷いた。  そして、小首を傾げて訊ねる。 「お嫌ですか?」 「いえ、どんと来いです。せいぜい主として威張らせてもらいましょう」 「お手柔らかに願いますよ? 私やザフィーラは構いませんけど――」 「シグナム……ことにヴィータは、ですか。そういや、よくヴィータが了承しましたね?」  その場面ことを想像し、恭也は面白そうに笑う。 「もちろん、言ってません」 「……は?」 「だって、ヴィータちゃん駄々こねるに決まってますもの。説得する時間も惜しいですから、事後承諾です♪」 「をい……」 「大丈夫ですって、ヴィータちゃんもあれでいざという時には決断できる子ですから。  ……あ、この件はもちろん他のみんなも了承済みですよ?」 「いいのですか? それで……」 「無問題です♪」  ――シャマル、恐ろしい子!  くすくすと黒く笑うシャマルに、恭也は戦慄した。 <2、市立図書館> 「をや?」 「あら、まあ!」  図書館に到着し、その玄関ではやてを待っていた恭也とシャマルは、二人揃って驚きの声を上げた。  出てきたのは二人。車椅子のはやてと車椅子を押す少女。  はやてと同年代の、ロングの黒髪が美しい大人しそうな少女だ。  少女は恭也達の前で車椅子を止めると、ぺこりと頭を下げた。 「月村すずかです」 「お友達になったんや!」  えへん、とはやてが誇らしげに紹介する。 「よかったですね、はやてちゃん。 ――すずかちゃん、はやてちゃんをよろしくね?」  我がことの様に喜びながら、すずかに頼むシャマル。実に嬉しそうだ。  すずかもそんなシャマルにつられてか、微笑みながら頷いた。 「はい!」  その後、あれこれと紹介し合ったり歓談する三人。  ……だが恭也は一人輪から離れ、蝦蟇の如く脂汗を掻いていた。 (よ、よりによって聖祥女子の子かよ……)  聖祥女子と言えば、なのはの通う学校である。  おまけに彼女の名札には、なのはと同学年である“三年生”との文字が刻まれていた。 (いやまてまて高町恭也、落ち着け! クールになれっ!)  よく考えてみれば、同学年だからといってなのはのことを知っているとは限らないではないか!  そうさ! せいぜい顔を見たことがある程度、悪くても名を知っている程度に決まってる……  ……同学年で顔知っているのが「自分のクラスだけ」、顔と名が一致するとなると「その数分の一」という 実にぼっちな学校生活を送っていた恭也は、己の経験のみで希望的観測をしていた。  トモダチ? ナニソレオイシイノ? (なのはが聖祥じゃない可能性だってあるしなっ!)  くいくいっ  そんな恭也の服を、近寄ったはやてがひっぱる。 「? どうした、はやて?」 「恭兄〜 だっこ〜〜」  そして、両手を広げて訴えた。 「ああはいはい、いつまでもはやては子供だなあ」  苦笑しつつも悪い気はしない。  恭也はひょいとはやてを抱え上げ、胸に抱く。 「♪」  抱かれたはやてはご機嫌そうに腕を首に回し、頬ずりする。  その感触と抱き心地に、恭也はふにゃふにゃだ。 (あ〜、柔らかいな〜温かいな〜〜 ……ん?)  気付くと、「わ〜」といった感じですずかが見上げていた。  ……しまった。一瞬、この子の存在を本気で忘れてたぞ。 「な、何かな〜」 「あ、ごめんなさい。つい仲がいいんだな〜って」 「当然や♪ 恭兄と私は世界で二人っきりの兄妹やからな♪♪」 「うん、本当に仲がいいよね。私、ちょっと憧れてたんだよ」  この言葉に、何か思い当たった恭也が口を挟む。  そういや、図書館で偶に視線を感じることがあったな。害は無さそうだから放置してたが…… 「というと、ここで感じていた視線の正体は――」 「!? 気付いてたんですか!? ごめんなさい、私の知ってる人に凄い似てて、それで妹さんと仲もいいから、つい……」  慌てて頭を下げるすずか。  と、今度ははやてが反応した。 「? 恭兄に似てる人?」 「うん、学校のお友達でなのちゃん……なのはって子がいるんだけど、その子のお兄さんにとてもよく似てるの。 高町恭也さんって言うんだよ?」  ぶーーーーっ!?  その素敵すぎる偶然に、思わず恭也は吹いた。 (よりによってなのはの友達かよっ!? 狭すぎるぞ世間っっ!!)  そんな恭也に更なる追い討ちがかかる。 「お兄さんは、恭……なんていうのですか?」 「え……ええっと…………」 「……恭、八神恭や」  思わず口篭る恭也に代わり、はやてが答えた。 (はやて! ないすあしすとっ!)  内心、恭也はGJを送る。  ……が  ぎゅっ! (……ん?)  己の強く抱き締めるはやてに、恭也は我に返った。  彼女の小さなその手は……酷く震えていた。                          ・                          ・                          ・ 「…………」  すずかと別れた後、はやてはずっと無言だった。  途中で合流したシグナムの刺すような視線を背後に感じながら、恭也は事態打開を試みる。  だが、はやてはうんともすんとも言わない。恭也の首を抱きしめ、その体を強く押し付けながらも黙ってそっぽを向いたままだ。  些か諦めかけていた時、はやてが口を開いた。 「……恭兄」 「! な、なんだ?」 「なのはって子、知っとる?」 「……知っていると言えば知っている。が、知らないと言えば知らない」  来るべき時がついに来たかと思いつつも、恭也は答えた。  だが、この答えにはやては声を荒げる。 「真面目に答えてっ!」 「至って真面目だ。“元の世界の高町なのは”は確かに俺の妹だったのでよく知っているが、 “こっちの世界の高町なのは”は今まで姿すらみたことがない」 「……なんでや?」  思わぬ返答に、今までそっぽをはやてがその顔を見上げて訊ねる。 「とーさんと俺だけ見れば十分だ。当時はそれ以上知りたくもなかった。  ……で、それっきりだ。こっちに来て最初の日に訪ねて以来、実家と翠屋のある辺りには一度も行ってない」 「…………」 「……ま、他人だよ。この世界のとーさんも俺も、俺の知るとーさんや俺じゃあなかった。ならば、なのはとてそうだろう」  だいたい“すずか”なんて友達聞いたことも無い、と苦笑する恭也。  兄バカである故に、その交友関係には中々詳しいのだ。 「だから俺は『高町さんちの恭也さん』じゃなくて『八神さんちの恭也さん』、『高町なのはの兄』ではなく『八神はやての兄』だ。 それ以外の何者でもない」 「恭兄……」 「第一、あの日約束したろ? 忘れたのか?」 「恭兄〜〜」 「ああよしよし……」  しがみつきむせび泣くはやての背中を、恭也は優しく擦ってやった。 (しかし、妙なところで繋がっちまったな……)  撫でながらも、恭也は内心大きく嘆息する。  できることなら避けたままでいたかったが…… (やはり、あのすずかって子とはもう会わない方が良いだろう)  そう結論付ける。  今はやてに語ったことは、紛れも無い真実。  だが、たった一つだけ隠していたことがあった。  彼は――“高町なのは”に会うことが恐ろしかったのだ。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【18】 ――――西暦2002年12月2日夜。海鳴市、高町家。 <1>  自分の部屋で机に向かっていたなのはに、レイジングハートが突如警告を発した。 《――――》(警告、緊急事態です) 「……え?」  何のことか分からず、なのはの表情が困惑で歪む。  だが、やや遅れて自宅が巨大な魔法で覆われたことに気付いた。 「これって……結界!?」  思わぬ事態に驚き、ついで呆然とする。  何せ、自宅……いや、それどころか街全体が結界で覆われたのだ。  すごくすごく大きくて強力な結界――いったい誰が? 何のために? (……私、どうすればいいの?)  如何な力ある魔導師とは言え、なのはは9歳の少女に過ぎない(ましてや、つい半年ほど前に覚醒したばかりである!)。  突然の緊急事態にどう対処したら良いのか分からず、ただおろおろするばかりだ。 《――――》(対象、高速で接近中) 「近づいてきてる? こっちにっ!?」  ――なんで!?  訳が分からず、なのはの目が大きく見開かれる。  ……魔導師としての教育どころか常識すらも欠如している彼女は、自分の“価値”を理解していなかったのだ。 「…………」  だがそれでも、自分の身に危険が迫っていることだけは理解できる。  なのはは不安げに窓の向こうを見た。  そして、怖くて思わず俯いてしまう。  ――と、掌のレイジングハートが目に入った。 「あ……」  そうだ、自分は魔導師なのだ。  管理局の存在しないこの世界で、この状況を何とかできるのは(魔導師である)自分だけではないか!  ならば……こちらに向かってくるのは好都合というものだろう。 「お話、聞かせてもらうの」  そう呟くなのはの瞳には、強い意志が篭っていた。 <2>  家を抜け出すと、なのはは近くで一番高いビルの屋上へと上がった。  そして、近づいてくる相手を見つけるべく、しきりに視線を動かす。  しかも私服で、だ。  ……この行動は、彼女の魔導師としての未熟さ――レベル云々は別として――を如実に物語っていた。  まず仮にも魔導師なら、探索魔法で探すべきだろう。  それが叶わぬとも、最低でも魔力反応の探知・逆探知は行うべきだ。  (※その方がただ闇雲に肉眼で探すよりも遥かに効果的だ!)  だが魔導師としての教育など全くと言って良いほど受けていない彼女は、そのような“常識”など存在しない。  いやそれどころか、そのような魔法の存在すら知らなかった。  何より、その必要性も感じていなかった。  レイジングハートに索敵・早期警戒機能があるため、それに頼り切っていたのである。  ……だが、それ以上に問題だったのは私服で来たことだろう。  相手に悪意があることは、ほぼ予想できた所だ。  であるのにバリアジャケットすら纏わなかったということは、魔導師としての心構えすら持っていないことの証拠と言えた。  この様に、その有り溢れた力と才能に比し、彼女は魔導師としてあまりにアンバランスな存在だったのである。 《――――》(来ます) 「!」  レイジングハートの警告と誘導で、なのはは空の一点を凝視する。  傾注すると、何かが高速で向かってくるのが感じられた。  これは――まさかっ!? 《――――》(誘導弾です) 「そんな!? いきなりっ!?」  なのはは慌てて左手でシールドを展開し、これを防ぐ。  だが誘導弾は1発にも関わらず――いや「だからこそ」と言うべきか?――強力だった。  激突しても一向に消滅も爆発もせず、シールドを穿ち続ける。  その威力でシールドが軋む、手が震える…… 「……っ!」  戦闘体勢でなかったこと、不意を突かれたことを考慮しても、まさか誘導弾1発でここまで梃子摺るとは予想だにしなかった展開である。  何とかこの誘導弾を解呪しようと、なのはは空いているもう右手にも魔力を集中させる。  ……だが、突如現れた少女がそれを阻止した。 「テートリヒ・シュラークっ!」  そう叫ぶと同時に、少女は鉄槌を振り下ろす。  止むを得ず、なのはは右手にもシールドを展開、これを防ぐ。 「っ!」 「ちっ!」  鉄槌を防がれた少女が、盛大に舌打ちした。  なのはは気付かなかったが、これは誘導弾で牽制し、やや遅れて本命の鉄槌を喰らわせる一種の時間差攻撃だった。  だからもし偶然にも右手に魔力を籠めていなかったら、そして手が絶好の位置になければ、鉄槌の直撃を受けていたことだろう。  幸運が彼女を救ったのだ。  ――だが、その幸運もそこまでだった。 「うりゃああああーーーーっ!!」  気迫と共に、少女は鉄槌を握る手に力を籠める。  その衝撃は先の誘導弾の比では無い。  その圧力に、踏みしめる地面が音をたてて崩れていく。  そして――遂に爆発と共に崩壊、なのはは爆風で宙に放り出された。 「きゃああああーーーーっ!」  15階建てビルの屋上から放り出されたなのは。  地に叩きつけられれば、まず間違いなく即死である。  だが、高ランクの魔導師にとって「この程度」大したことではない。  いや、それどころか逆に好機だった。 「レイジングハート、お願い!」  この機会を逃さず、なのはは変身する。  瞬きするよりも早く、その身にバリアジャケットが装着された。 <3> 「……ふん」  戦闘体勢を整え宙に浮かぶなのは。  だが少女はそれを悠然と見下ろし、攻撃に移る。  先ずは金属球の投擲。  金属球はバリアに阻まれ爆発するが、その爆発で瞬間的に視界はおろか魔法探知すら妨げられる。  これに紛れ、少女が襲い掛かる。 「うりゃああああーーーーっ!!」  だが、端から回避に専念していたなのはは、既にその場にはいなかった。  やはり爆発に紛れ、離脱したのだ。  鉄槌は虚しく空を切る。 「いきなり襲い掛かられる覚えは無いんだけど、どこの子? いったいなんでこんなことするの?」  再び体勢を整えたなのはは、今度は少女よりも高空に陣取り、訊ねる。  だが少女は無視し、再度襲い掛かろうと金属球を手に取った。  ――だが、なのはとていつまでもやられっ放しではない。 「教えてくれなきゃ分からないってば!」  相手が聞く耳持たないことを確認すると、密かに背後に送り込んでいた誘導弾を少女に叩きつける。 「くっ! ――この野郎っ!」  少女は誘導弾を防ぐと、怒りに任せて突撃する。  が、この時点でなのはは既に砲撃体勢を整えていた。 「うっ!?」  その徒ならぬ魔力の量、そして収束率に、少女は思わず動きを止める。  直後、なのはのスターライトブレイカーが放たれた。 「話を聞いてってばーー!」 「!?」  ある程度距離を保っていたこと、動きを止めていたことが幸いし、少女はなんとか直撃を回避する。  だがその衝撃で、少女が被っていた帽子が吹き飛んでしまった。 「あ……」  ビルの谷間へと落ちて行く帽子。  少女はそれを呆然と見送り……そして次の瞬間には凄まじい表情でなのはを睨み付けた。 「ご、ごめんなさい……」  その敵意の視線に、一瞬なのはは気圧されてしまう。  その隙が、悲劇を生んだ。 「アイゼン! カートリッジロード!」  少女が命ずると、鉄槌から噴射炎らしきものが発せられる。  その推進力で加速しつつ、少女は鉄槌を勢い良くなのはに叩きつけた。 「ラケーテン――」 「!?」  これをなのははシールドで防ごうとする。  が、シールドは呆気なく破壊され、挙句レイジングハート本体すらも穿ち始めた。  なのはは驚き、目を見張る。 「うそっ!?」 「ハンマーーーーッッ!!」  気合と共にレイジングハートは破壊され、なのはは吹き飛ばされた。 「きゃああああーーーーっ!」  なのはは勢い良く近くのビルに激突した。  その加速で窓ガラスを破り、中へと叩きつけられる。 「う……」  ダメージで蹲るなのは。  だが少女はこれで終わらせる気は毛頭なく、追いかけて鉄槌を叩き付ける。 「うおりゃああああーーーーっ!!」 「あ……」  なのはこれを呆然と眺めることしかできなかった。  迫る鉄槌。 《――――》(シールド展開)  この危機を救ったのはレイジングハートだった。  満身創痍にも関わらず、主の危機を察して不完全ながらもシールドを展開する。  ……だが、所詮は蟷螂の斧に過ぎなかった。 「ブチ抜けーーーーッ!」 「くっ!?」  少女の気合と共にシールドは砕かれ、なのはは遂に鉄槌の直撃を受けてしまう。  シールドによる減衰があったとはいえその威力は凄まじく、バリアジャケット外装が削られ、なのは自身は壁に叩きつけられた。  ぜえ、ぜえ、ぜえ……  なのはを戦闘不能に追いやると、流石に消耗したのか少女は荒い息を吐く。  だが直ぐに呼吸を整え、壁にもたれかかるなのはへと近づいた。 「う、ううう……」  震える手で、だがそれでも大破したレイジングハートを構えようとするなのは。  視界が歪み、霞む。だがそれでも少女を見据えるなのは。  ――そんな彼女に、少女はさも忌々しそうに呟いた。 「気にいらねえな……」 「うう……」 「その目、その行動…… あいつを思い出すぜ……」 「はあ、はあ……」 「あんなバカ、一人だけで十分だ!」  そう吐き捨てると、少女は鉄槌を振り上げ――そして振り下ろした。 <4> 「あんなバカ、一人だけで十分だ!」  そう吐き捨てると、少女は鉄槌を振り上げ――そして振り下ろした。  問答無用、手加減なしの渾身の一撃。  先の威力から考えて、命中すれば如何な非殺傷設定といえどただでは済まぬだろう(ましてやこのコンディションだ!)。  ……だが、鉄槌がなのはに届くことは無かった。  ギンッ!  鉄槌が音をたてて弾かれる。  そして目の前には、何時の間にか現れ、なのはを守るように立ち塞がる二人目の少女。 「フェイト……ちゃん?」  思わぬ人物の登場に、なのはの目が驚き見開かれる。  少女の鉄槌を弾いたのは、なのはの親友フェイト・テスタロッサだった。  だが、彼女は遠い遠い別の次元世界にいる筈…… (なんで?)  喜びと驚き、そして安堵が複雑に絡み合い、呆然とするなのは。  そんな彼女に更なる驚きが襲う。 「ごめん、なのは。遅くなった」 「ユーノくん!?」  突然傍から聞こえてきた懐かしい声。  驚き振り向くと、そこにはなのは唯一の異性の友達であるユーノ・スクライアが、心配そうに自分を覗き込んでいた。  一方、なのはとは別の意味でフェイトやユーノの出現に驚いたであろう少女は、フェイトと激しい鍔迫り合いを演じていた。 「仲間か……」 「友達だ」  思わず呻いた少女に、フェイトが短く告げた。 「くっ!」  それを合図に、埒が明かぬとばかりに少女は飛び退き、距離をとる。  そんな彼女にフェイトが警告した。 「民間人への魔法攻撃――軽犯罪では済まない罪だ」  これを聞き、少女の顔が一層険しくなる。 「てめえ……管理局の魔導師か?」 「時空管理局嘱託魔導師、フェイト・テスタロッサ」 「…………」  管理局嘱託魔導師。 ――その言葉は、少女に少なからぬプレッシャーを与えた。  と言っても、管理局の名に威圧された訳ではない(警戒は呼び起こしたが)。  フェイトがこの歳で管理局の嘱託魔導師を務める、ということにプレッシャーを感じたのである。  嘱託魔導師とは、エリート魔導師集団を擁する管理局が特に望んで招く、エリート中のエリート魔導師だ。  ましてやこの歳でわざわざ、となると並大抵のことではない。  そしてその実力の片鱗は、先の短い交戦でも十分感じられた。 「抵抗しなければ、弁護の機会が君にはある。同意するなら、武装を解除して」 「誰がするかよ!」  そう言い捨て、少女は遁走する。  なのはとの戦いで疲労している状態で戦うには危険過ぎる相手、と判断しての行動だ。  が、フェイトとて少女を逃がすつもりは毛頭ない。(職分もあるが、それ以上になのはの仇だ!) 「ユーノ! なのはをお願い!」  一声掛け、少女を追って外に飛び出した。 「なのは、じっとしてて」  後を任されたユーノは、なのはにヒーリングを開始する。  なのはの全身が心地良い波動で満たされた。 「ん……」  思わず吐息を洩らすなのはに微笑みつつ、ユーノは簡単に状況を説明する。 「フェイトの裁判が終わって、皆でなのはに連絡しようとしたんだ。  そうしたら通信は繋がらないし、局の方で調べたら広域結界が張られているし……  だから、慌てて来たんだよ」 「そっか…… ごめんね……」 「あれは誰? なんでなのはを?」 「わかんない…… 急に襲ってきたの……」 「…………」  その返答に、ユーノは眉を顰めた。  なのはがそう言うのなら、本当に心当たりは無いのだろう。  元より、魔法の存在しないこの世界で他の魔導師との接点ができる筈も無い。  だがそうなると、純粋な通り魔的犯行となるが―― (まさかただの通り魔に、なのはがここまで一方的にやられるなんて……)  なのはの実力を知っているからこそ、この状況が信じられなかった。  多分不意を突かれてのことだろうが、何れにせよあの魔導師は只者でない。 (……フェイト、大丈夫かな?)  ふと、不安が過ぎる。  そんな自分に言い聞かせる様に、ユーノは言った。 「でももう大丈夫。フェイトがいるし、アルフもいる」 「アルフさんも?」 「うん! アルフさんだけじゃない、アースラだって整備を一時中断して向かってる。だから、心配はいらないよ!」 「みんな、来てくれるんだ……」  半ば自分に言い聞かせたものだったが、その言葉は確かになのはに届いた。  彼女の顔に、ようやく笑顔が浮かぶ。 「あ、やっと笑ってくれたね?」 「うん、ありがとう……」 「気にしないで。僕達ともだ『フェイトーーーーッ!!』  何となくいい雰囲気になっていた所に、クロノが血相を変えて飛び込んできた。 「うわっ!?」 「きゃっ!?」  二人は驚き、思わず声を上げる。  当然、さっきまでの雰囲気はブチ壊しだ。  だがクロノはそんなこと気にも止めず、ユーノを締め上げ詰問する。 「くっ! おいフェレットもどき! フェイトは何処にっ!?」 「誰がフェレット『いいから早く答えろっ!』……通り魔を追って行きました」  クロノの“フェレットもどき”発言に抗議しようとしたユーノだったが、その剣呑な表情に思わず素直に答えてしまう。  ユーノ・スクライア、9歳。何気にへたれ……もとい押しに弱かった。 「通り魔!? くっ! 今行くぞマイシスターッ!!」  通り魔を追ったと聞き、クロノは盛大に舌打ちする。  そして一声叫ぶとユーノが示した先、窓の外へと飛び去っていった。 「…………」 「…………」  その一部始終を見届けた二人は、呆然とクロノが飛び去った窓の向こうを見る。 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「……まいしすたーって、何のこと?」  暫し目を丸くしていたなのはが、ユーノに訊ねた。  ……て言いますか、クロノくんてあんなユニークな人だったっけ?  だが残念ながら、ユーノも軽く肩を竦めて首を振った。 「……さあ? ただ最近少し変なんだ、彼」 「やっぱり……」  ……本当、いったい何しに来たのだろう?  二人は顔を見合わせ、首を傾げた。  や、確かに心強いと言えば心強いのだけれど。 「あっ!」  ユーノに肩を貸され、やっとの思いでビル屋上に上がったなのはは、目の前の光景に喜びの声を上げた。  宙で四肢を拘束される少女。  そして、少女を確保すべく近づくフェイト、アルフ、クロノの三人―― (やっぱりフェイトちゃんは凄いや……)  まるで我がことの様に誇らしくなるなのは。  そんな彼女に、ユーノも嬉しそうに言った。 「終わったようだね。 ……だから言っただろう? 『心配いらない』って」 「うん、ごめんね? わがまま言って……」 「い、いや、なのはのわがままなら大歓迎と言うか、なんと言うか……」  しおらしいなのはに、ユーノは顔を真っ赤にし、しどろもどろになって答える。  そんな彼を見て、なのはは不思議そうに、だが直ぐに微笑んだ。 「ふふ、変なユーノくん♪」  ……どうやら先にクロノがブチ壊してくれた“いい雰囲気”が再開されたらしい。  が、それも長くは続かなかった。  ――カッ!  何処からか放たれた1発の魔法弾が、少女に直撃する。  直後、その周囲は幾重もの鎖状魔法陣に囲まれた結界で覆われた。  フェイト達はその衝撃波をもろに喰らい、吹き飛ばされてしまう。 「!?」 「えっ!?」  その光景に驚き、目を見張るなのはとユーノ。  結界内で、少女を拘束するバインドが溶ける様に消えていく。  ばかりか―― 「解呪!? しかもバリアと……ヒーリングまでっ!?」  信じられない、とユーノが呻く。 (これ程高度な解呪に、バリア効果と治癒効果まで付加するなんて……)  後方支援魔法に特化しているだけに、その難易度が嫌という程分かる。  少なくとも……自分には逆立ちしたって不可能な芸当だ。 「いったい誰が……」  ユーノはきつく奥歯を噛み締め、魔法弾が放たれた方向に目を向ける。  そこには、剣先をこちらに向ける黒騎士が浮かんでいた。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【19】 <1>  ――――!?  吹き飛ばされたフェイト、アルフ、クロノ。  屋上でその一部始終を見ていたなのは、ユーノ。  誰もが皆、顔を強張らせた。  突如として現れた黒騎士。  しかも、その背後には男女二人の魔導師を従えている。  ――間違いない、敵の援軍だ。  フェイト、アルフ、クロノの三人は態勢を立て直し、なんとかこの新たなる敵が乱入する前に、 結界内でヒーリング中の少女を倒そうと試みる。  ……だが、二人の魔導師に牽制され、思うように動けない。  その発する魔力に気圧され、迂闊に動けない。  この二人、かなりの強敵だ。  あの少女と互角、いやもしかしたらそれ以上――  ふわり  この一触即発の状況の中、黒騎士が一人動いた。  まるで舞うが如く宙を跳び、少女の元へと移動する。  そして、軽くからかうような口調で彼女に語りかけた。 「どうした、ヴィータ? だいぶ梃子摺っているようじゃないか」 「うっせーなー これから華麗に逆転する所だったんだよ!」 「そうか、それは悪いことをしたな」  少女……いやヴィータの強がりを軽く受け流しつつ、黒騎士は剣の峰で結界を軽く叩く  と、ヴィータを護っていた結界が消滅。ヴィータが勢いよく飛び出てきた。 「さーて、リベンジといくか」 「その前に……ほら」  そんなヴィータの頭に、黒騎士が帽子を載せてやる。  先に失くした筈の帽子だ。 「……あ」 「落し物だ。一応、破れた所は直しておいたぞ」 「あ……ありがとう……」  ヴィータが照れながら礼を言う。  これに対し、黒騎士は何事か声を掛けようとするが、やって来た女性魔導師によって遮られた。 「主、そろそろ……」 「ああ。 ――ザフィーラ!」 「ハッ、ここに」  男性魔導師……いやザフィーラが進み出て一礼する。 「あの獣耳の生えた御婦人のお相手をして差し上げろ」 「かしこまりました」 「シグナムは金髪の少女、ヴィータは黒髪の少年だ」 「はい」 「!? おい、待てよ!」  黒騎士は鋭い声で次々と命令を下していく。  これにザフィーラとシグナムは恭しく応じたが、一人ヴィータは抗議の声を上げた。 「……なんだ?」 「あの金髪とやらせてくれよ! あいつには借りがあるんだ!」  ……余程先のことを根に持っているのだろう。  ヴィータは声を大にしてフェイトとの再戦を訴える。  これを聞き、黒騎士はやれやれとばかりに肩を竦めた。 「本来ならばそうしたい所なのだがな…… 組み合わせ的に考えても」 「なら――」 「――が、今のお前は熱くなり過ぎている。そんなことでは先の二の舞いだ」  だからこの組み合わせがベターなんだ、と黒騎士。  だがこれを聞きヴィータは激高する。 「ざけんなっ!」 「……ヴィータ、主に向かってその口の利き方は何だ?」 「!?」  横からシグナムに諭され、ヴィータは目を大きく見開いた。  そして、ギリギリとまるで油が切れた機械のように首を横に向け、シグナムを見る。  二人の視線が交差した。 「…………」 「…………」  暫しそのままの状態で硬直するヴィータだったが、やがてヤケクソ気味に叫んだ。 「あーわかったよわかりましたよご主人様! ご無礼大変申し訳ありませんでしたっ!!」 「うむ、わかればよろしい」  この態度にも関わらず鷹揚に頷く黒騎士。  実に心の広い主君である。  これを見て、ヴィータも感動に打ち震えているようだ。 「〜〜〜〜〜〜!」 「……ほら、行くぞ」 「ちくしょーーーーっ!」  シグナムの合図に、ヴィータは叫びながら突撃した。 <2> 「ああ……」 「くそっ!」  上空の戦いを見守っていたなのはとユーノは、思わず悲痛な声を洩らした。  上空では現在、三つの戦いが繰り広げられている。  フェイト対シグナム  アルフ対ザフィーラ  クロノ対ヴィータ  ……だが残念ながら、その全てにおいて劣勢だ。このままでは直に押し切られてしまうだろう。  そして誰か一人が敗れれば、残る二組の内どちらかが二対一となり、最後には三対一となる。総崩れだ。  故に、今の内に何らかの手を打たねばならない。 「くっ!」  状況を瞬時に判断したユーノは、自分がどうすべきかを考える。  自分は攻撃魔法が使えない。  だから、誰かとペアとなった場合にしか戦力足り得ない。  ――ならば、三人の内の誰かに加勢するか? (……いや、如何に防御に特化した僕でも、あの攻撃を防ぎきる自信は無い)  ユーノは力無く首を振った。  敵は弾丸型のカートリッジに魔力を込め、瞬間的にだが魔力を爆発的に高めている。  ……残念ながら、あの攻撃を防ぐ手段は現在の自分達には無い。  つまり、自分が参加して四対三となっても決定的な逆転とは成り得ないのだ。 (それに、あの男がいる……)  ちらり、とユーノは黒騎士を見た。  今は高見の見物と洒落込んでいるが、自分が出張れば流石に動くだろう。  結局、三対三が四対四になるだけで状況は何も変わらない。 (なら――)  ユーノは念話で皆と連絡をとる。 『(なに、ユーノ?)』 『(なんの用だい、ユーノ?)』 『(どうした、フェレットモドキ?)』  幸い、苦戦の最中にも関わらず応答は直ぐあった。  が、そう長い時間はかけられない。  ユーノは手短に結論だけを話す。 『(僕が結界の解呪と転送の準備をするから、皆そのつもりで!)』  三十六計逃げるに如かず。  これがユーノの下した結論だった。 『(うん、わかった)』 『(OK! なるべく早くね!)』 『(転進も止むなしか……)』  過程をすっ飛ばしての結論にも関わらず、異論を挟む者はいなかった。  このままではジリ貧だということを、皆分かっていたのだ。 「ユーノくん……」 「大丈夫だよ、なのは。僕に任せて」  傍で心配そうに声を掛けるなのはに、ユーノは軽く微笑む。  そして、何事か呟いた。 「あ……」  直後、なのはの周囲が結界で覆われる。 「防御と回復の結界。そこから動かないで」  そう念を押すと、ユーノは撤退の準備を開始した。 「うっ!?」  早々に転送準備を終え、解呪に入るユーノ。  だがそれは想像以上に難題だった。  ……彼が未熟という訳ではない。  少なくともこの場にいる仲間達の中で、彼ほどこういったことに秀でている者はいない。  この大魔導師の集団の中で、だ。それだけでも彼の実力が分かるだろう。  だがそんな彼の力をもってしても、この結界の解呪は困難だった。  その原因は幾つも挙げられる。  まず、この結界が熟練の大魔導師によって作られたものであること。  とにかく術式が緻密で固いため、力尽くの解呪が不能。よって根気よく網の目のような術式を解いていくほか無いのだ。  そして解こうにも見たことも無い術式のため、まず術式そのものを訳すことから始めなければならず、恐ろしく手間が掛かる。  加えて、黒騎士が時々牽制を投げかけて来る。  先の二人とは異なり僅かだが、実に効果的な魔力の使い方。  おかげで思うよう集中できない。 (くそっ!)  ユーノは歯噛みする。  気が焦るばかりで解呪は一向に捗らない。焦れば焦るほど集中力に欠いてしまう。  このままじゃあ……  そんな中―― 「ユーノくん! 私がスターライトブレイカーで結界を破壊するよ!」  ――なのはが意を決したように声を掛けた。 <3>  ただ、見守ることしかできなかった。 「ユーノくん……」  額に汗を流し、顔に苦悶の表情を浮かべながらも必死で解呪を試みるユーノ。 「クロノくん、アルフさん、フェイトちゃん……」  圧倒的な劣勢下にありながら、それでも戦う三人……  みんな必死に戦っている。  なのに自分は、こうしてユーノが作ってくれた結界の中でそれを見ているだけ。  みんな自分を助けに来てくれたのに、助けられる自分はただ見ているだけ。  とても、つらい……  ぎゅっ  思わずレイジングハートを握り締める。と―― 《――――》(マスター、スターライトブレイカーを撃って下さい)  大破した筈のレイジングハートが訴えた。 「そんな! そんなことをしたら、レイジングハートが壊れちゃうよ……」  だが、なのはは躊躇した。  ただでさえ術者とデバイスに大きな負担をかけるスターライトブレイカーだ、こんな状態で撃てばただでは済まない。 《――――》(私はマスターを信じます)  が、それでもレイジングハートは訴え続ける。 《――――》(マスターも私を信じて下さい) 「レイジングハート……」  なのはの声が潤む。  だがそこまで言われれば、もはや迷いは無い。  ぎゅっ  再びレイジングハートを握り締め、結界の外に出る。  そして、ユーノに声を掛けた。 「ユーノくん! 私がスターライトブレイカーで結界を破壊するよ!」 『(なのはっ!?)』 『(大丈夫かい!?)』 『(無茶するな!)』  当然と言うべきか、なのはの決断に皆が心配の声を上げる。  だが、彼女の意思は揺るがなかった。 「大丈夫!」 「うん、わかった」  なのはのその言葉に、ユーノが誰よりも早く頷いた。 「防御は僕に任せて」 「ありがとう、ユーノくん」 「なに、黄金コンビ復活だ」 「にゃはは」 「ははは」  久し振りのコンビ結成に、二人は軽く笑い合う。 「じゃっ、僕は行くよ」 「うん!」  そして一転して真剣な表情で頷き合い、それぞれの任務を果たすべく行動を開始した。  ユーノが空へ飛び立つのを見送ると、なのはは射撃準備に入る。 「レイジングハート、お願い!」 《――――》(カウント――10) 「く……」  いつもよりもかなりゆっくりとしたカウント。  だがそれでも体に掛かる負荷は相当なもの。膝は震え、思わず崩れ落ちそうになる。 《――――》(9……) (でも、みんなと約束したの……) 《――――》(8……) (だから、がんばらなきゃ……) 《――――》(7……)  そう自分に言い聞かせ、必死に集中するなのは。が―― 《――――》(6……6……6…………)  カウント6まで数えた所で、レイジングハートがエラーを起こした。  コアの輝きがどんどん弱くなり、ついに消えてしまう。 「レイジングハート!?」  この事態に驚き、なのはは必死に声を掛ける。  だが、レイジングハートは応答しない。 (そんな……)  焦るなのは。  そして悪いことは重なるもの、そんな中更なる計算違いが襲い掛かった。 「うわーーーーっ!?」  ……上空にいた筈のユーノが、直ぐ傍の床へと叩きつけられたのだ。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【20】 <1>  ユーノは屋上から飛び出ると、なのはと黒騎士の間を遮る位置に陣取った。  視線の先には、腕を組み悠然と宙に浮く黒騎士。  あの三人の魔導師の主であり、おそらくはこの場で最強の――  ごくり……  そこまで考え、唾を飲み込んだ。 (魔導師ランクはS? ……まさかSSなんてことはないよね?)  Sランクの魔導師とタイマン勝負。  想像しただけで心臓は跳ね上がり、今にも口から飛び出そうな程の勢いだ。  口の中はカラカラ、全身の震えが止まらない……  今にも逃出したくなるほどの恐怖を、ユーノは必死になって抑えつける。  (哂うなかれ、そもそも彼は本職の戦闘魔導師ではないのだ)。 (落ち着け! 落ち着くんだ、ユーノ・スクライア!)  なにもこいつを倒す必要は無いのだ。  なのはがスターライトブレイカーを撃つまでのほんの短い間、それこそ1分にも満たぬ間だけ抑えればいい。それだけのことだ。 (そうさ! 幸い防御にも逃げ足にも自信がある、それをフルに使ってかき回してやる!)  ユーノの顔に笑みが戻った。  ……本当は分かっている。  本気になった大魔導師にとって、1分という時間は決して短いものではない。  それこそ、嵐の如き攻撃を叩きつけるのに足る時間だ。  ――そして、自分はその嵐から逃れることはできない。  盾として敢えて受け止めねばならぬのだ。  あの、カートリッジを用いた攻撃を。 (でも、あのカートリッジだって限りがある。せいぜい数発……いや、あの小さなデバイスじゃあ1発装填するのがやっとだろう)  黒騎士の腰に差されている二本の小型ショートソード――おそらくあれがデバイスだ――を見て、ユーノは推測する。  ということは各1発で計2発。それを耐え切れば……  ぎゅっ  ユーノは両の拳を固く握り締める。 (やってやるさ!)  だって、なのはと約束したから。  彼女は僕を信じて、無防備な姿を晒している。  だから、逃げる訳にはいかない。  だから、耐え切らなくてはならない。  もはや彼に迷いはなかった。 <2>  ユーノが覚悟を決めると同時に、黒騎士が動いた。  滑るように宙を駆け、右手の剣を振り下ろす(抜刀した瞬間が見えなかった!)。  魔法を込めての一撃。無造作だが、疾い。 「くっ!?」  ユーノはやっとの思いでシールドを展開、これを受け止める。  だが思ったほどの威力は無い。ギリギリ超Aランクといった所だ。  この程度で彼のシールドは揺るぎもしない。 (小手調べ……か?)  ユーノは戸惑いながらも考える。  無造作な、どこか投げやり染みた攻撃と合わせ、そうとしか―― 「――ほう?」  黒騎士が声を上げた。  だがそれは、感嘆というよりもむしろ意外性に驚く口調。  思わずユーノは叫んだ。 「馬鹿にするな! これくらい――」 「しかし――」  だが黒騎士はユーノの叫びを無視し、言葉を続ける。  その直後―― 「!?」  突然、体に重い衝撃が走る。  まるで砂を詰め込んだ皮袋で殴られたような、そんな感覚。 「うわーーーーっ!?」  訳が分からぬ内に、ユーノはその衝撃で吹き飛ばされた。 「うう……」  地に叩きつけられ、ユーノは苦悶の声を漏らす(叩きつけられた痛みよりも、むしろ衝撃のダメージの方が重い!)。  だがそれ以上に、彼は混乱していた。   (いったい何が……)  わからない。  黒騎士の攻撃は確かに受け止めた。  受けたシールドは揺るぎもしなかった。  だから完全に防いだ筈だ。  なのに、まるで攻撃がシールドを通り抜けたかのように―― (馬鹿な! そんなこと有り得る訳が無い!)  ユーノはフラフラと立ち上がった。  幸い、体そのもののダメージは小さい。  まだ……やれる! 「ユーノくん! 大丈夫!? ユーノくん!?」  気付くと、何時の間にか直ぐ傍になのはがいた(それすらも気付かぬほどに混乱していたのだ!)。  泣きそうな顔で自分を見ている。  ユーノは無理に笑顔を作り、ことさら元気に語りかけた。 「大丈夫! だから僕に気にせず、準備を続けて」 「でも……」 「なのは、僕を信じて」 「う、うん……」  その強い口調に押され、なのはは再び射撃体勢に入る。  ……だが、黒騎士は直ぐそこまで来ていた。  まるで余裕を見せ付けるかのように、宙を歩いてやって来る。  そして、立ち上がり再び対峙したユーノを見て、舌打ちせんばかりに呟いた。 「ふん、やはり遠すぎたか……」 「うう……」  その威圧感と未知の攻撃に対する恐怖に、ユーノは気圧される。  だが黒騎士は相変わらずそんな彼を無視し、再び独り言を呟いた。 「なら、これはどうだ?」  その瞬間、今度は両の剣に魔法が込められた。  だが、その威力は先の数分の一程度しか無い。  にも関わらず、黒騎士は剣を振って満足そうに呟いた。 「ふむ、これなら!」  この不思議な行動に、ユーノはまったく気付いていなかった。  己の中の恐怖と対峙するだけでいっぱいいっぱいだ。 (逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ……)  だが、もう限界だった。 「うわーーーーっ!」  ユーノは叫び声を上げながら黒騎士目掛けて突撃した。  体を覆うフィールドを極限まで高め、同時に両の拳に魔力を集中して立ち向かう。  攻撃魔法が使えないとはいえ、攻撃自体ができない訳ではない。  こうして魔力を凝縮して篭手とすれば、超Aランクの魔導師といえども決して侮れぬだけの打撃力を発揮できるのだ。  ……だが所詮は付け焼刃、自棄っぱちの攻撃に過ぎない。 「ふんっ!」 「!?」  一矢報いるどころか逆に黒騎士の放つ凄まじい連撃を受け、瞬時に意識を刈り取られてしまった。 <3>  目の前で、ユーノが崩れ落ちる。 「ユーノくんっ!?」  ――許さないっ!  何かを試すように力を小出しし、まるで猫が鼠を嬲るが如くユーノを痛めつけた黒騎士が許せなかった。  そのまるで剣舞のような剣撃に、一瞬とは言え見とれてしまった自分が許せなかった。  その怒りに押され、なのははレイジングハートを黒騎士に突きつける。  ……だが、黒騎士は逃げるどころか身じろぎ一つしない。  それどころか首を傾げ、なのはに問いかけてきた。 「……もしや、俺を撃つつもりか?」 「…………」  答えてやる義務は無い。  無言のままカウントを開始する。 《――――》(4……) 「もしや、俺を撃つつもりか?」  重ねて黒騎士が問う。 (けど、知らないの) 「…………」 《――――》(3……) 「答えろ、なのは」 「え……?」 《――――》(2……)  なのはは驚き、手を止めて黒騎士を見た。 (なんで、私の名前を知ってるの?)  ……いや、もしかしたら自分を知っていたからこそ、あの少女に襲わせたのかもしれない。辻褄は合う。  けど、問題はそこではない。 (逆らえないよ……)  その言葉は有無を言わせぬ絶対的な響きを伴っていた。 (どうして?)  無視し切れない。  先程の怒気は何処へやら、弱気な表情と口調でなのはは答えた。 「うん、撃つよ……絶対」  だがそれでも意思はまだ揺らいでいなかった。  その証拠に、レイジングハートは未だ黒騎士へと向けられている。  と、その答えを聞いた黒騎士が問うた。 「ふむ、だが撃てるか?」 「?」 「大規模な攻撃魔法を発動するようだが、見たところお前もそのデバイスもかなりのダメージを受けている。 ……本当に、撃てるか?」  何度も言う様だが、スターライトブレイカーはたとえ万全の状態であっても術者とデバイスに負担となる攻撃魔法だ。  故に、『今のお前達には荷が重過ぎるのではないか』と指摘しているのだ。  ――だがそれは覚悟の上、なのはは真っ直ぐ黒騎士の目を見て断言した。 「撃てます!」 「……ふむ、なら撃てるだろう」 「にゃ!?」  あっさりと頷かれ、なのはは目が点になった。  てっきり否定されるかと思っていたのに……  だが、それで終りでは無かった。  黒騎士は更に問いかける。 「で、当てられるのか?」 「?」 「撃てたとして、だ。自慢じゃないが俺は素早い。今のお前に当てられるか?」 「!」  ……また痛いところを突かれた。  スターライトブレイカーはその威力に比例して反動も大きく、小型高速の移動目標に対する命中率は決して高いものではない。  ましてやこのコンディションでは撃つだけで精一杯、照準など望むべくも無いだろう。  だが、それでもこの距離なら―― 「当ててみせます! この距離なら外しません!」  なのはは断言した。  そして、やはり黒騎士は頷いた。 「ふむ、なら当てられるだろう」 「……あなたは一体何が言いたいの?」  なのはは戸惑いの表情を浮かべて訊ねる。  黒騎士の目的がまるで読めない。  だが答える代わりに、黒騎士は更に問いを重ねる。 「で、倒せるのか?」 「?」 「撃てて、当てられたとしよう。 ――それで俺を倒せるのか?」 「…………」  その問いかけに、なのはは沈黙してしまった。  スターライトブレイカーはなのはの切り札、それだけに絶大な自信を持っている。 (……でも、この人は多分すごく強い)  だって、あんなに強い三人の魔導師を従えているのだもの。きっとあの三人よりも強いに違いない。  あんなにすごい魔法を使えるのだもの。あれ程高度な術を三つも、それも解呪と組み合わせるなんて自分には絶対無理。  そういうのが得意なユーノくんでも出来るかどうか……  あんなに簡単にユーノくんをやっつけたのだもの。本気で守りに入った彼のしぶとさは、誰よりも自分がよく知っている。  それをああもあっさり……  だから、もしかしたら何かとてもすごい術で防がれてしまうかもしれない。  なのはの自信が揺らぐ。  だが、それでも―― 「……倒せます」  なのはは小さく呟いた。 「ふむ、ならば倒せるだろう」 「!?」  三度頷く黒騎士。  だが今度の今度こそ本当に驚いた。  この人はいったいなんのつもりで―― (もしかして、からかわれているの?)  無意味とも思える問答の連続に、なのはの心に怒りが生じる。  痛いところを突かれ捲くっただけに尚更だ。怒りをぶつけるべく口を開こうとする。  だがそれより先に、黒騎士が四度目の質問をぶつけてきた。 「――で、それでどうする? どうなる?」 「え?」  絶好のタイミングで機先を制され、なのはは言葉を詰まらせた。  その隙を逃さず、黒騎士は言葉を続ける。 「奇跡的に撃てて、奇跡的に命中して、奇跡的に俺を倒せたとしよう。  その後、お前はどうする? どうなる? ――答えろ、なのは」 (まただ……)  この人に見つめられて名前を呼ばれると、戦意が殺がれる。  その言葉に逆らえない……  質問に答えるべく、なのはは口を開く。  が、再び絶好のタイミングで機先を制された。 「……まさか、『まだやれる』などと言うのではあるまいな?  奇跡に奇跡を重ねた挙句、この上更に奇跡に頼る真似をすまいな?」 「…………」  図星だった。  もう一度スターライトブレイカーを放ち、結界を破壊する。 ――そう答えようとしていたのだ。 「俺の見立てでは、お前は成功するにせよ失敗するにせよ『一撃放てば昏倒する』と見るが?」 「…………」  今でさえいっぱいいっぱいの状態なのだ、多分……いや絶対そうなるだろう。  なのはの沈黙を同意と受け取ったのか、黒騎士は断言した。 「つまり、お前は俺に勝てない」 「にゃあ!? だってだって! あなたは『自分を倒せる』と仮定してたのに!?」  なのははその断言に驚き、黒騎士に食い下がる。  本人は気付いていないが、その態度はさながら意地悪な兄に抗議する妹のようだった。 「お前も倒れるのだから引き分けだろう。 ――いや、あの少年も倒したから俺の勝ちか」 「それでも引き分けなのっ!」  猛然と食い下がるなのは。  その猛抗議に辟易したのか、黒騎士は嘆息しながら教えてやる。 「勝ち、だ。 ……いいから黙ってこの後のことを考えてみろ。最後に立っているのはいったいどっち側の人間だと思う?」 「!?」  その言葉を聞き、なのはは立ち竦んだ。  そうだ! 自分が結界を破壊できなければみんなは!? 「……やっと理解したようだな」  やれやれと黒騎士が大きく首を振る。 「つまり、俺は別にお前達を倒せなくても構わないんだ。その行動を阻止できれば、な?」 「だから、引き分けも勝ち……」 「そうだ。では逆に問おう、お前の勝利条件は何だ?」  少なくともあの少年は理解していたようだが、と黒騎士。 「勝利……勝ち……」 「……だから勝利という言葉に惑わされるな。猪か、お前は」  げしっ! 「にゃあ!?」  脳天に拳骨を喰らい、なのはは思わず頭を抑えて蹲る。  そして、涙目で黒騎士を見上げた。 「痛いの……」  だが黒騎士はその抗議を無視した。 「要はこのミッションをクリアする最低条件だ」 「とっても痛いの……」 「……もう一発いくか?」 「ここから無事脱出することだと思います!」  握り締められた拳を見て、なのはは慌てて立ち上がり答えた。  その答えに、黒騎士は大きく頷く。 「そうだ。そりゃあ俺達を倒せれば一番いいだろうが、それが難しいとなればとっとと逃げるに限るだろう。  情報もだいぶ集まったから、まったくの無収穫という訳でもないしな。それに――」 「それに?」 「無事お前を助けられるだろ? あの連中はお前を助けに来た――違うか?」 「…………」  黒騎士の言葉を、なのはは黙って聞いていた。  それは、戦いというものに対する自分の概念を根底から覆すものだった。 (そっか、そうだったんだ……)  今なら分かる。  黒騎士が動かなかったのは、その必要がなかったから。  自分とユーノを牽制していれば、上空を“片付けた”三人が始末してくれる。  ならば、手の内を晒さない方がいい。 ――そう判断したのだろう。  (三人を大いに信頼している反面、フェイト達を過小評価し過ぎているようにも思えるが、現状では客観的な否定ができない)  ……なのに動いたのは、自分達が結界を破壊しようとしたからだ。 「――では最後に問おう。なのは、お前が今すべきことはなんだ?」 「結界を破壊すること!」  黒騎士の問いに、なのはがレイジングハートを上空に向けて構えた。  カウントが再開される。 《――――》(2……) 「そうだ、それでいい」  黒騎士が満足げに頷いた。  が、急に何かに気付いたような表情を浮かべ、一転して苦々しげな口調で呻く。 「!? ……ああ、けどそうなると今度はこっちが困るんだよなあ」 《――――》(1……) 「そんな訳で時間切れだ。 ……悪いな、俺達の勝ちだ」 「え?」 《――――》(0……)  黒騎士の言葉に不審を抱きながらも、なのははスターライトブレイカーを発射しようとする。  だが―― 「!?」  突然、激しい痛みが全身を襲った。  今まで経験してきたものとは比べ物にならぬ、まるで身を引き裂かれるような激痛。  痛みのあまり目は眩み、息もできない。  もはや発射どころの話ではない、それどころか、立っていることすら…… (私の体……どうしちゃったの?)  霞む目で、己が体を見る。と―― (!?)  手が、見えた。  自分の胸から突き出た、一本の腕が。 (なに、これ……)  自分の胸から生える、一本の腕。  なのはの目に、恐怖と嫌悪が浮かぶ。  痛い、怖い、気持ちが悪い…… 「あ゛…… う゛……」  耐え切れず、思わず黒騎士の方を見る。  が、黒騎士は自分を見つめながらも、呻くように呟いた。 「……すまんな。俺達にも退けぬ理由があるんだ……」 「もしかして…… このために時間を……」  ……否定して欲しかった。  けれど、黒騎士は否定しなかった。 「許してくれとは言わん。好きなだけ恨むがいい」 「うそ……」 「勝負は俺達の勝ちだ。もう会うこともあるまい」  そう言って、黒騎士は背を向けて歩みだす。 「あ……」  何か言いたかった。  けれど、何も考えられない、体が動かない。 「安心しろ、“蒐集”が終われば帰してやる。 ……全員な」 「!」  どくんっ!  『全員』  その言葉に、なのはの意識が蘇る。  ――させないっ!  最後の気力を振り絞り、渾身の一撃を繰り出す。 「スターライト・ブレイカー!」 「何いっ!?」  撃ち出されるスターライト・ブレイカーに、黒騎士が驚愕の声を上げる。  ――勝った!  黒騎士の声に勝利を確信し、なのははゆっくりと崩れ落ちる。  ぽふっ (地面って、思ったより温かくて柔らかいの……)  それに、何だかとっても懐かしい気がする。  その心地良さに丸くなりながら、なのはは意識を手放した。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【21】 <1>  ――暫し時を遡る。  その時、恭也とシグナムは夕食前の時間を潰すべく散歩と洒落込んでいた。 「ふっ、夜の散策というものも中々悪くないな」 「追い出されてしかたなく、だけどなー」  自分を誤魔化して一人格好つけるシグナムに、恭也の無慈悲なまでのつっこみが飛ぶ。  ……そう、実はこの二人「(夕食の)支度の邪魔するなら出てき〜」とはやてに追い出され、仕方なく近所をぶらついていたのだ。  まあ食堂――台所の直ぐ隣だ!――でガチンコのチャンバラなんかやっていたのだから、当然といえば当然の報いだが。  とはいえ、シグナムにとっては痛恨の出来事であったりする。 「くっ! よりにもよってこの男と同列に扱われるとはっ!?」  ――とゆー訳である。  今も先のつっこみで現実引き戻され、その屈辱に身を震わせている。  これを見て恭也が、呆れた表情でもうひとつつっこんだ。 「同列もなにも…… 俺と一緒に遊んで(戦って)ただろ?」 「こんなヤツの口車に乗ったばっかりに……」  正確には「売り言葉に買い言葉」、どっちが先に口を手を出したにせよ喧嘩両成敗で同罪だ。 (それが分からんシグナムではなかろうに、やはりはやてが絡むと盛大に私情が入りまくるな……)  返す返すも口惜しいと嘆くシグナムに、恭也は大きく肩を竦めた。  だがこんな不毛な会話にいつまでも関わっていられない。だって自分は前を見る男だし。  そんな訳で、まだ見ぬ未来(夕食の食卓)に想いを馳せてみる。  本日買われた高級牛肉を筆頭とする数々の食材達、その運命――考えただけでも心が躍るっ! 「しかし、はやてのヤツ張り切ってたよなー。今夜はきっと凄いごちそうだぞ?」  恭也はじゅるりと唾を飲み込み、思わず欲望の吐息を洩らす。  ……この男、「三杯目にはそっと出し」の居候の分際で、中々の大喰らいなのだ。 「……お前が主を舞い上がらせたからな」  その食への執着に呆れつつ、シグナムが指摘する。  実妹の存在に震えていたはやては、恭也の猫可愛がりによってすっかり復活していた。  そりゃあもう、勇んでごちそう作っちゃうくらいに。 「良かったじゃないか」 「結果としては、な? ……問題はその過程だ。お前、街中で何をやったか思い出せ」 「え〜と……」  胸に手を当てて考えてみる。  幼い少女(9)を抱き抱え、揉みくちゃにする無職男性(24)。  ……どう考えても犯罪者である。  ぶっちゃけ、両隣にシグナムとシャマルがいなければ通報されていただろう。  流石に自覚したのか、恭也は面目無さそうに頭を掻いた。 「正直すまんかった。はやてがあまりに可愛かったので、つい……」 「何より、主がお前に依存しきっているこの現状は大いに問題だ。  お前、我等のいない一年間にいったい―― ッ!」  だがそれで収まるシグナムではない。ここぞとばかりに詰問を始める。  が、途中で何かに気付いた様に顔を上げ、空を見上げた。 「これは!」  キィィィィーーーーン  やや遅れて、恭也も気付く。  微かな違和感。まるで先に異世界を訪れた時のような独特な、形容のし難い感覚。 「……むう? 何だ、この感覚???」 「ほう? お前も気付いたか?」  恭也の呟きに、シグナムは軽く目を見張った。  ……魔導師としての資質が限りなくゼロに近い恭也が、まさか気付くとは思わなかったのだ。  恐らくは剣士――或いは野生動物――としての直感だろうが、それにしても大したものだ。 「街全体を覆うほどの巨大な結界が展開された。術式は古代ベルカ式、それも――」 「あ〜、長くなりそうなんで一行で頼む」 「…………」  話を遮り、「魔術はちんぷんかんぷんなんだ」と頭を掻く恭也。  話の腰を折られたシグナムは一瞬眉を顰めたが、気を取り直し単刀直入に説明する。 「……ヴィータが、街全体を覆うほどの巨大な結界を張った」 「なるほど」  納得した、と恭也は頷いた。  そして思い出した様に声を上げる。 「あっ! そういやアイツ、『この街で時々デカい魔力を感じる』なんて言ってたっけ」 「それは私も聞いた。 ……こんな大掛かりな仕掛けを作る位だ、見付けたのだな」  シグナムが大きく頷く。 「絶対に逃がす訳にはいかない! ――行くぞ、恭也!」 「おうっ! ――ノエル! 出番だっ!」  シグナムに呼応し、恭也は剣を抜きその名を呼ぶ。が……  し〜〜ん 「あ、あれ……?」 「どうした! 置いてくぞ!」 「いや、ノエルが……」  うんともすんとも言わない。  普段、あんな喧しいクセに…… (ヤバい…… こいつのサポート無しではどうにもならんぞ……)  思いがけない事態に恭也は焦り捲くる。  そういえばノエルのヤツ、今日は朝からやけに大人しかったな。  その時は「静かで熱中できる」なんて考えてたが…… (!? まさかストライキとか!?)  ありえる……  この前の“可愛がり”の約束も、結局後回しにしたままそれっきりだしなあ〜  や、だって「夢の中で会う」ってどーやるんだよっ!? 「ノエルー!? よく分からんが俺が悪かった! 帰って来てくれー!?」 「……お前は妻に逃げられたリストラ予備軍のサラリーマンか」  どうして良いのか分からず、訳の分からん叫び声を上げる恭也。  そしてそれをやはりよく分からない表現で突っ込むシグナム……  この混沌の中、ようやくノエルが反応した。 《むにゃむにゃ……なあに、ますたあ?》 「おおっ! 帰って来てくれたんだな!?」 《??? わたし、ねてただけだよ?》 「寝てた!? ――ってお前、大丈夫か!?」  余りに人間くさい理由に、恭也は本気で心配する。  つーか、こんぴゅーたって寝るのか!? 《んー? さいていげんのぷろぐらむはきどーしてるから、だいじょうぶだよ?》  だが恭也の心配を他所に、(心配の意味を)勘違いしたノエルが心配ご無用と言い切った。 《――うん、いまもあんぜん。このけっかいはびーたちゃんのだから、むもんだい》 「や、そういう意味ではなく……」 《?》 「あ〜、お前のことを心配してるんだよ? ノエル?」  流石に面と向かって言うのは躊躇われたのか、恭也は少々バツが悪そうに答える。  これを聞き、ノエルは喜びの声を上げた。 《にゃー♪ ますたーから、あいのこくはくをうけちゃったよ♪ ……てれてれ》 「今のを愛の告白と捉えるとは……お前の翻訳機能、大丈夫か?」  思ってもみなかった反応に、恭也がぼやく。  が、ノエルは聞いちゃいなかった。  先程までの元気の無さは何処へやら、勇んで号令する。 《わたしげんき! とってもげんきっ! さあ! よくわからないけど、ごーっ!!》 「ま、いいか……」  つっこみどころは山とあったがとりあえず脇に置き、恭也は当面の問題に専念することとした。 (それにしょせんは幼子、明日には忘れてる可能性も大だしな……)  幸い、結界の術式にはIFF(敵味方識別機能)が編みこまれており、二人はすんなりとその内部へと侵入することができた。 「現状は?」  途中合流したザフィーラに、シグナムが状況を確認する。 「ヴィータが獲物を追い詰めたところで邪魔が入った。数は複数」 「この結界の内部に容易く進入するとは、只者では無いな……」  シグナムが唸る。  誰が、と問うまでもない。いよいよ管理局が出てきたのだ。 「思ったより早かったな」 「罠に掛かったか、はたまた藪をつついたか―― 何れにせよ、ヴィータ単独では危険だ! 行くぞ!」  シグナムとザフィーラは短く言葉を交わすと頷きあい、ヴィータの元へと向かう。  ……あれ? 恭也は? 「待ってくれ〜〜〜〜」 《ますたー、おそいっ!》  ……いた。その後を必死に追い掛けてました。 「いやだってあの二人、無茶苦茶速いぞ!?」 《いーから、だまってはしるっ!》 <2>  現場に到着すると、上空では激しい空中戦が展開されていた。  ぶつかり合う、赤色と金色の光。  赤色の魔力光はヴィータ、金色色の魔力光は敵である。 「間に合ったようだな」 「ああ」  シグナムとザフィーラは安堵の吐息を洩らす。  これに大きく遅れ、背後から荒い息が―― 「ぜー、ぜー」 「遅かったな」 「お前達が速過ぎるんだ……」  やっとの思いで恭也が答える。  ぶっちゃけ、瞬間的な機動なら兎も角、移動となると中長距離どころか短距離でも追従できない。 「ノエルがブーストしてくれなかったら、この程度の遅れじゃ済まなかったぞ……」 《ここすうじつのしょーひで、かーとりっじのまりょくがはんぶんいかだよ。ほじゅーをようきゅーするー!》 「まだ半分も残っていたのか……」  ノエルの言葉にシグナムが目を丸くした。  最初の1発を未だ維持しているとは、何たる効率! 何たる保存性!  (※常識では、封を切った瞬間から魔力は急激に劣化・分解していく)  ぶっちゃけ、そっちの方がよほど驚きである。  シグナム達の意識がノエルに向いたその時、恭也が復活。話に割り込んできた。 「見たところ、ヴィータが押してるな。だが……ちと不味いと思わんか?」 《わっ!? ますたー!?》 「もう復活したのか……」  さっきまで死に掛けていたクセに、もう復活して平然と会話に参加する恭也に、シグナムが頭を押さえる。 (こいつ、やはり疲労を大袈裟に訴えていたな……)  まあそれでも半分は本音だろうから、すごい回復力と言える。  だが、今はそんなことより―― 「……同感だな。ヴィータは相手を舐めてかかっている、危険だ」  恭也の見解に、シグナムも同調する。  窮鼠猫を噛むという言葉もある。  何より、目の前の相手に集中し過ぎているのが不味かった(相手は一人とは限らない!)。  恭也が首を傾げる。 「アイツ、何を焦っているんだ?」 「……おそらく、あの相手の魔力も“蒐集”したいのだろう」  シグナムが呻いた。  魔導師という存在は、理論的には魔力が残っている限り戦える。  搾り取るならともかくその表層〜中層のみを“蒐集”する場合、余力がある状態で対象を叩きのめす必要があった。  ……だがそれは、余程の実力差が無いと難しい。  それ故にヴィータは手間取り、かつ(相手の消耗に)焦っていたのである。  その気持ちは痛いほどよく分かる、分かるのだが――  二人の危惧は、直ぐに現実となった。  目の前の相手に気を取られ過ぎ、ヴィータは突如現れたもう一人の敵に拘束されてしまう。  そして、更に三人目の敵が目前に迫る。 「いかん!」  シグナムが叫ぶ。 「恭也! カートリッジを交換しろ! ザフィーラ、行くぞ!」 「承知!」  今にも飛び出そうとする二人。が―― 《待って!》  ノエルがそれを呼び止めた。 「なんだ!」  シグナムが煩そうに問う。  が、ノエルは自身満々に言い放った。 《ここはのえるにおまかせっ!》 「……何をする気だ」 《ふっ、ふっ、ふっ! ……ねー、ますたー?》 「なんだ、ノエル?」 《なかにあるかーとりっじ、すてるならわたしにちょーだい!》 「? 別に構わんが…… 何に使うんだ?」 《それはみてのおたのしみ〜♪》 「???」 《ざんぞんまりょく47ぱーせんと。できればまんたんでやりたかったけど…… うん、だいじょーぶ!》  頭にはてなマークを浮かべる恭也を他所に、ノエルは行動を開始する。 《じゅつしき、はつどーじゅんびっ!》  言われるがままに恭也がヴィータのいる方向に剣を向けると、剣先を中心点に魔法陣が展開される。 「をを!?」 《ぜん“えねるぎーべん”かいほー!  えねるぎー、じゅーてんかいしっ!》  ……外からは見えないが、ノエルの内部では大きな変化が起きていた。  閉鎖されていた薬室内部のエネルギー弁が全て解放され、室内に満たされていた魔力が大移動を開始する。 《せいふてぃーろっく、かいじょ。まりょくじゅーてん47ぱーせんと!》  遂にカートリッジ内の全魔力が押し出され、“コア”へと集められる。 《はっしゃっ!》  “コア”の魔力が恐ろしい速度で魔法へと変換されていく。  そして、変換し切れなかった魔力はエネルギー弁を通じてコアの外へと送り出される。  これが他のデバイスなら、そのまま外界に放出されただろう。  ――だが、ノエルは違った。  変換し切れなかった魔力は再びコアに送り込まれて再変換、それが駄目でも再々変換……といった感じで魔法へと変換されていく。  この魔力版ターボチャージャーとでも呼ぶべきこのシステムこそが、ノエルの超効率と大増幅率の最大の秘密だった。  しかも今回、普段ならば一回かせいぜい二〜三回しかシステムを回さない所を、十回二十回と回していく。  一度の変換率をわざと落とし、何度も何度も回していく。  この結果、コア内部ではさながら加速器の中心部の如く同質の魔力素同士が激突し合い、分裂・増殖を繰り返していく。  この過程でただでさえ高品質なシャマルの魔力は(量はともかく質は)Sランク級にまで高められて変換され、発射された。 「「「…………」」」  その威力と術式の緻密さに、敵味方の誰もが息を呑んだ。  中でも、敵――クロノ達――は恭也の魔力と練度に驚愕する。  あの黒騎士、できるっ!  そんな中、恭也は悠然と排莢を行う。  ……つーか、自分達がしたことの凄さを(ノエルを含め両人とも)全然まったく理解していなかった。  がしゃっ!  音を立てて柄から放出されたカートリッジが、役目を終えて分解消滅していく。  それを見届け、恭也は新しいカートリッジを装填。ノエルに労いの言葉を掛けた。 「ノエル、ご苦労」 《“たいかんきょほー”はおんなのろまんっ!》 「? ……ああ、“大艦巨砲”か」 《そー! きのーてれびでみたの♪ うちゅーせんかん○まと!》 「それでか……」  きっとあの台詞が言いたいがためだけに、こんな真似を仕出かしたのだろう。 《わたし、おーきくなったら“や○と”さんみたいな“うちゅーせんかん”になりたいっ!》 「このお子様め……」  くくく、と恭也は声を殺して笑う。  その態度は、傍から見れば余裕綽々の熟練の大魔導師(オーヴァーSランク)に見えた。