魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS 「とある青年と夜天の王」 その4「恭也、ただいま修行中!」 【13】 ――――八神家。 <1>  ぽん、ぽん、ぽん 《ふにゃあ〜〜〜〜》  ぽん、ぽん、ぽん 《はにゃあ〜〜〜〜》  打粉で軽く叩いてやる度に、ノエルが恍惚の声を上げる。  ……どうやら余程その触感が気に入ったらしい。もはやされるがまま、蕩けきっている。 (――とは言え、実際の効果はあるのかねえ?)  そんな彼女に内心苦笑しつつも、恭也は首を捻った。  本来、打粉とは地鉄に染みこんだ古い油を除去する行為だ。  だが、ノエルの材質は明らかに鉄ではない。ぶっちゃけ正体不明の金属である(ぜめて地球上の物質であってくれ。頼むから)。  はたして本来の役目通り、古い油を吸いとってくれるか甚だ疑問だった。  ま、約束(※第9話参照)だし習慣みたいなものだから、それでも構わないっちゃあ構わないのだが…… (しかし、それにしても……)  あらためて、ノエルを凝視する。  八景と寸分違わぬ外見、質感、触感。  されどよくよく見てみれば、手にし振るってみれば分かる。  ノエルは――あらゆる点で八景よりも格上だ。  何より、あれ程の勢いで叩きつけたにも関わらず、刃毀れどころか傷一つついていない。  八景など酷く刃毀れし、大きく強度を落としたというのに、だ!  チャキッ  ふと思いつき、ノエルを持ち替え、刃を上に向ける。  そしてそのまま固定し、拭い紙をそっとその上に落してみる。  と――  はらり……  ただそれだけのことで、拭い紙は見事に両断された。  落ちた紙を拾いその断面を見ると、断たれた繊維面は潰れても伸びてもいない。  ――なんという斬れ味だ!  恭也は舌を巻いた。  その荘厳さと合わせ、まさに名刀と呼ぶに相応しい。 (いや、むしろ魔剣と呼ぶべきか)  昨晩最後の剣撃を思い出し、首を振って訂正する。  あの時の感覚、あれは―― (俺が……いやヒトがどんなに血反吐を吐いて修行を重ねても、決して辿り着けぬ領域)  だがノエルは、いとも容易くその高みへと導いてみせた。  ……魔導師として素人同然の自分を、容易く(魔導師とて修行は必要だろうに!)。  それが分かるからこそ恐ろしい。  この剣はパンドラの箱だ。使い続ければその力に溺れ、自分は純粋な剣士でなくなってしまうだろう。  まさに、魔剣…… 《ぶー、ますたー手がとまってる〜〜》 「おお、すまんすまん」 (……ま、この性格でぶち壊しなんだけどな)  恭也は苦笑し、打粉を再開した。  もう決めたことだ、迷うまい……  ぽん、ぽん、ぽん 《あ〜、ごくらくごくらく♪》 (だが…… ノエルはどうなのだろう?)  ふと、思う。  ここまで自我がある以上、ノエルは立派な“人間”だ。  成り行きで自分の従者になったとはいえ、その意思も聞かずに戦場へと連れて行くのはどうだろう? 「――なあ、ノエル?」 《ん〜? な〜に〜〜?》 「俺の持つ二刀のうち、大慶直胤は砕け散った」 《うん、こわれちゃったね……》 「八景も砕けてはいないものの、大きく刃毀れしてしまった。 ……もはや、長くはあるまい」  何か苦いものを飲み込む様な表情口調で、恭也は言った。  ……士郎の形見であることを考えれば、八景は戦いの場から退かせるべきだろう。それ程の深手だ。  できることなら、自分とてそうしたい。だが、そういう訳にはいかぬのだ。  一刀では、自分は実力の半分も発揮できない。例えその一刀がノエルでも、だ。 《うん……》  恭也の心情を察したのか、ノエルが神妙な口調で応える。  そんな彼女に、恭也は問うた。 「――だから、お前に大きな負担がかかるだろう。やれるか?」  と、ノエルは即座に答えた。 《だーいじょーぶっ! まーかせてっっ!!》  なんと、無邪気。だが……  そんなノエルに苦笑しつつ、恭也は更に問いを重ねる。 「……そうか。では最後に、もう一つだけ問おう」 《はにゃ?》 「俺は、俺達は、とても大切な人の為にこれから戦うことになる。 ……だがそれは、明らかに法を犯す行為」 《むう……》 「はっきり言えば、俺達は“悪”だ。“悪”として、強大な“正義”と戦わねばならん。 ――それでも、お前は戦えるか?」 《ん〜〜》  恭也の問いに、ノエルが唸る。  ……だがそれは、迷いではなく「なんて言ったらいいか……」と自分の心を伝える言葉を探す行為。  やがて、ノエルが口を開いた。 《ますたーは、“あく”なんかじゃないよ?》 「ほう? 何故?」 《わたしにとっては、ますたーのすることこそがただしいの。  そのこういがほかのひとにどうおもわれようと、わたしにはぜんぜんまったくかんけいない》 「……………………」 《わたしはますたーだけのもの。それがわたしのすべて》  それは、何の迷いも無い忠誠の言葉。 (ああそうか、ノエルは――)  自分の質問が、己が振るう剣に責任を被せるが如き愚かな行為であることに、ようやく恭也は気付いた。 《ますたー?》 「……ノエル、悪いが先の質問を取り消させて貰う」 《はにゃっ!?》 「ノエル、俺は俺一人の責任でお前を振るうべきなんだ。 ……だから、先の質問は意味が無いんだよ」 《???》  だから、む〜?と唸るノエルに命じた。 「ノエル! お前は黙って俺について来い!」  恭也の命令に、ノエルがはしゃぐ。 《ますたー、かっこいい! わいるどだっ!》 「ははは、煽ててもなにも出んぞ? で、返事は?」 《うん! いっしょーついてくっ!》 「ははは、愛いやつ愛いやつ」  ぽん、ぽん、ぽん 《にゃあ♪》  ご褒美に打粉を再開してやると、ノエルが歓喜の鳴き声を上げる。  調子に乗り、恭也は更に一度に叩く回数を増やす。  ぽん、ぽん、ぽん、ぽん…… 《にゃにゃあ〜〜♪》 「くっ、くっ、くっ、ここか? ここがいいのか?」 「おい、そこの変質者」  ぴたっ  その呆れ声に、恭也の手が止まった。  そしてそのまま振り向かず、背中越しに抗議する。 「むう、俺のような紳士を変質者とは失礼な」 「謝れ、全次元世界の紳士に謝れ」 「ますます失礼な! ――で? 何用だ、ヴィータ?」  だがさして気にしていなかったのか直ぐに振り返り、声の主――ヴィータを見た。 「ああ、シグナムとザフィーラが出かけたんで、あたしたちもそろそろと思ってな」 「そうか、直ぐ行く」  大きく頷くと、恭也はノエルを鞘に納めて立ち上がる。  そしてノエルは―― 《う゛〜 う゛〜〜 ……いいとこだったのに》  盛大に唸っていた。 <2>  居間に降りると、二人は向かい合ってソファに腰を下ろした。  ちなみに――  はやて&シャマルは図書館へ、  シグナム&ザフィーラは“蒐集”へとそれぞれ出かけている。 「ふむ、つまり二人っきりという訳だな」 《ぶー! のえるもいるよっ!》 「ああ、すまんすまん」 《わすれるなんて、あいがたりないよっ!?》  ぷりぷり怒るノエルに、恭也がふっと笑う。 「……馬鹿だなあ。空気の様に当たり前の存在だからこそ、だぞ?」 《くーき?》 「ああそうとも。普段は気にもならないが、無ければ生きていけない。 ――それが空気だ」 《そ、そんな…… てれちゃうよ〜〜》  恭也の詭弁に丸め込まれ、ノエルはにへへと笑う。  そんな彼女に恭也は更に何か言いかけるが、そこにヴィータのつっこみが入った。 「お〜い、もういいか?」 「ああ、ノエルの機嫌も直ったことだし、ドンと来い」 《どんとこ〜い!》 (本当に大丈夫かよ、こいつら……)  どこまで本気か分からない二人に、ヴィータは一抹の不安を感じずにはいられなかった。  ……やはり、早まったのだろうか? 「で、だ。まず始めに謝る。 ……悪かったな」 「?」  いきなり頭を下げたヴィータに、恭也は理由が読めず眉を顰める。 「あたしは、お前の剣が魔導師に通用しないと思っていた」 「……ま、事実手も足も出なかったがな」  昨晩の戦いを思い出し、恭也は苦笑した。  いや、あれは勝負と呼ぶのもおこがましい……  そんな恭也に、だがヴィータは真剣な表情で否定する。 「それは、あたしが仮にも大魔導師の端くれだからだ」 「大魔導師?」 「ああ。自慢じゃねーが、あたしレベルの魔導師なんてそうそう滅多にいるものじゃない」  仮にそこらの魔導師を10万人集めてもまあいねーだろーな、と何処か気恥ずかしげに話す。  だが、恭也は別なことで驚いた。 「10万人…… それ程の単位で魔導師は存在するのか……」  10万人、それも「そこらの」である。  こうもあっさりとヴィータが言ってのけた以上、その数十倍数百倍……或いはそれ以上の魔導師が存在すると見て間違いない。  最低レベルの魔導師が如何ほどのものかは分からぬが、並のHGS能力者レベルだとしても―― (戦いの概念が大きく変わる。 ……いや、そもそも俺達とは異なるのか)  銃の登場が世界の在り方を大きく変えたように、魔法という存在が世界の在り方を決定する。  その世界では、かつて戦場を駆け抜けたのは槍を抱えた騎士ではなく、杖を携えた魔導師だったろう。  そして彼等は、銃や大砲が登場しても些かもその価値が衰えることは無い。 (そんな世界じゃあ、剣が侮られるのも無理は無いな。そもそも純粋な剣術自体、存在するかどうか……)  そんな感想を抱く恭也に、ヴィータは断言する。 「魔法が使えなくとも、お前の剣技は上級魔導師(BCランク)に匹敵する。  その剣を使えば、圧倒すらできるだろう。つまり、お前は大半の魔導師よりも強い」 「……ま、お前みたいなのが標準じゃなくて良かったよ」  恭也は軽く肩を竦めた。  なんつーの? 魔界みたいな世界を想像してたからなあ…… 「だけどな? これからあたし達が戦うだろう相手は、まず間違いなくあたし達と同格だ。だから――」 「それでも足りない、という訳か」 「ああ、あのフィールドを突き抜ける訳の分からん攻撃、あれをもっと増幅できればもう少し話も変わって来るんだが……」 「残念ながら、どんなに気張っても昨晩の最後の一撃――あれの半分も出せん」  ヴィータの探るような視線に、恭也は大きく首を振って否定した。  あれからシャマルにヒーリングして貰ったものの、まだ満足に動けない(まあ昨日の今日ってこともあるが)。  ……なんでも、体を酷使した以上にリンカーコアとやらを酷使したのが効いているらしい。だから体が治っても動けないのだそうだ。 「カートリッジでも使えりゃ、少しは話が変わってくるんだけどな……」 「……なんだ、それ?」 「ああ、カートリッジてのは――」  ヴィータが簡単に説明する。  ベルカ式カートリッジシステム。古代ベルカの魔法技術の一つで、圧縮魔力を込めたカートリッジをデバイスにロードさせることにより、 瞬間的に爆発的な魔力を発生させるシステムである。 「ほう、便利なものだな」 「まあ欠点も多いけどな」  ヴィータは頭を掻きつつ、欠点を挙げていく。  まず瞬時に爆発的な魔力が発生するため、制御が非常に難しい。  術者・デバイス双方に掛かる負担が並ではないのだ。  それ故に、運用者は熟練したベルカ式魔法の使い手であることが求められる。 「何より、高えし」 「うわー、すごく現実的な理由……」  ただでさえ精密機械の塊であるデバイスに、巨大かつ複雑なシステムを組み込むのだ。  材質、技術……まともに信頼性を確保しようとすれば、金は幾らあっても足りない。  (※収得費はもちろんだが、メンテナンス等の維持費も馬鹿にならない)  必然的に、高ランクの魔導師専用となる。 「ま、他にも色々あるけど、大雑把にはこんなトコかな?」 《その“べるかしきかーとりっじしすてむ”って、どういうりろんなの?》  黙って二人の話を聞いていたノエルが、突然会話に割り込んできた。  ……何やら、えらく真剣な口調である。  それに気付き、ヴィータも真面目に応じる。 「あー……アイゼン、頼む」 《――――》(わかりました、マスター)  ヴィータの言葉に、グラーフアイゼンのコアがチカチカと点滅する。 《あっ、めーるがきた! ぐらーふあいぜんさんからだっ!》 「メールじゃねー」  ノエルのあんまりな台詞に、ヴィータが頭イタそうに額を押さえる。  (※正確には、念話により圧縮された情報が送り込まれたのだ)  だが当のノエルは気にしちゃいない。暫しの沈黙の後、元気良く言った。 《ふむふむ、だいたいわかった!》 「お前、頭いいのな」  感心する恭也に、ノエルが声を掛ける。 《ますたー?》 「ん?」 《わたし、“かーとりっじしすてむ”くみこめるよ!》 「マジか!? ……あ、でも俺は“熟練したベルカ式魔法の使い手”でも“高位の魔導師”でもないぞ?」 《そのへんは、わたしがうまくやるからだいじょーぶ!》 「…………」  その提案に、恭也は返答に窮した。  ……何かすげー不安だけど、本当に任せていいのか? 暴発とか起こさないだろうな? 《でも、かなりおっきなかいそうになっちゃうんで、もうほかのしすてむをついかできなくなっちゃうし、もとにももどれなくなっちゃうけど……  それでもいい?》 「元?」 《うん、これだよ》  ぽむっ!  言うが早いか、ノエルが変形する。  それは、見事な見事な黒水晶……って!? 「お、お前…… 俺がいつも首に掛けてた、お守りの黒水晶だったのかーーーーッ!?」  恭也は驚愕し、思わず叫んだ。  だが同時に納得する。ああ夜の一族の名門、月村家の家宝だもんな。これくらいアリかも。 《ええっ!? しらなかったの!?》  この恭也の反応に、ノエルも驚いた。  知ってて起動したんじゃなかったの!? 「い、いや……モチロンシッテイマシタヨ?」 《む〜、あやしいなあ〜〜 うん、すっごくあやしい……》 「HAHAHA」 《じ〜〜》 「え〜と、じゃあとっとと組み込んじゃってくれ」 《じ〜〜〜〜》  流石に今回は誤魔化せなかったようだ。  ノエルの冷たい視線?に負け、恭也は降伏する。 「……何でも言うこと聞きますから、オネガイシマス」 《ほんとっ!?》  途端にノエルの声音が変わった。  それに気付き、恭也もこれを逃すまじと大きく頷く。 「恭也、嘘つかない」 《ええっと、じゃあじゃあ…… また、きのうのよるみたいにかわいがってほしいな……》  ……あれ程嫌がっていたのに、すっかりクセになってしまったようである。  ホント、ナニされたのだろう? 《……だめ?》 「いや、構わんぞ。たっぷりいぢめてやる。だから、がんばれ」 《うん! がんばるっ! ――じゃあいっくよ〜、“うちなおし”っ♪》  ノエルは嬉しそうに頷くと、高らかに宣言した。  直後、彼女は宙に浮かび上がり、複数の魔法陣に覆われる。  そして、黒い光に覆われた。 「ほ〜〜」 「…………」  この神秘的な光景を、恭也は感心して眺める。  だがこれとは対照的に、ヴィータは厳しい表情で見つめていた。  そして、そっと恭也の耳元に囁く。 「……なあ、恭也」 「なんだ?」 「単刀直入に聞くぞ、アレは何だ?」 「アレって……ノエルのことか?」 「そうだ」 「本人曰く、魔法の杖らしいが?」 「ざけんなよ? あんな反則デバイス、あってたまるか!」  その答えに納得できないヴィータは、思わず声を荒げた。  ……そもそもデバイスとは、基本的には魔法を発動するための補助具に過ぎない。  つまり持ち主が使いこなせなければ、如何に高性能であろうが意味が無いのだ。  にも関わらず、ノエルは違った。彼女は――自分自身で魔法を使っている。  これは、実に面妖な話だった。  確かに技術的には可能だ。幾つかの低レベル魔法専用に作るならば容易……とは言わぬまでも、そう難しいことでは無いだろう。  だが主が全くの素人であり、しかもその主の魔力を、となると話は違ってくる。  魔法のイロハも知らぬ主から、いったいどうやって制御を受けている? いったいどうやって魔力を受け取った?  そんなシステム、不可能とは言わないが――  そして何より決定的だったのが、今回の「ベルカ式カートリッジシステムを組み込む」発言。  未知のシステムを自ら組み込む。 ――それは、無から有を生み出すにも似た行為。  有り得ない。そんなこと、できる筈が無いのだ。 (仮にできたとすれば、それはもうデバイスなんかじゃねえ…… “闇の書”にも匹敵するロストロギアだ)  だが恭也は「お手上げ」とばかりに肩を竦めるだけだった。 「ま、俺にもよく分からん」 「おめー、そんなモン使ってたのかよ!?」 「ああ、だがノエルは人間的に信用できる。 ……それでは駄目か?」 「人間じゃねーし!?」 「俺にとっては似た様なもんさ」 「!?」 「俺もお前も……ノエルも、皆同じなんだ」 「…………」 「それに、唯一不明だった出所もはっきりしたしなあ……」 (バカ野郎、そんな顔されたら何も言えねーじゃねーかよ……)  何処か遠い目で呟く恭也を見て、ヴィータはそれ以上の追求を諦めた。 「しょうがねーなー」 「ん?」 「お前がそこまで言うのなら、納得してやるよ」  ヴィータはやれやれとでも言うように、大きく首を振った。  まああたし達みたいな訳のわからねー存在を受け入れたんだ、あたし達も受け入れねー訳にはいかねーか…… (それにコイツ、バカだから言ってもコトの重大さ分かんねーだろーし) 「むう、なんかすごくバカにされている気がするぞ……」 「気のせいだろ?」 「いや、だがしかし……」 「んなコトよりノエルが目覚めたら、今度魔法陣を展開する時は、あたし達のと同じヤツに擬態させる様に言っとけ」  ノエルが展開する魔法陣を指差し、ヴィータは言った。  それはベルカ式でもミッドチルダ式でもない……いや見たことすらない術式の魔法陣。  だがその意味の分からぬ恭也は、ただ不思議そうに首を傾げるだけだった。 「? 何故?」 「いーから言っとけ!」  ぼかっ!  もう説明するのも面倒になったヴィータは、グラーフアイゼンで恭也の脳天をドつく。 「りょ、りょーかい……」 (まったく世話が焼けるヤツだ……)  堪らず頭を押さえて蹲る恭也を見下ろしながら、ヴィータは大きな溜息を吐いた。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【14】 ――――第55無人世界。 <1> 「ここは――」  その何処か見覚えのある地形に、恭也は辺りを見渡した。  見渡す限りの砂漠。何より、この世のものとは思えぬこの異質な空気…… 「昨晩訪れた、無人世界とかいう所か?」 「ああ、昨晩と同じ第55無人世界だ。ま、さすがに場所までは違うけどな」  恭也の質問に軽く頷くと、ヴィータはグラーフアイゼンを掲げ、何やら念じる。  直後、場の空気が変化した。例えるなら――そう、まるで凍りついた様に。 「よしっ、完成」 「……何をした?」 「周囲に結界を張ったんだ。万が一ってコトもあるしな」 「万が一?」 「ああ、無人の野で魔力を放出するなんて、闇夜の提灯みたいなもんだからな」 「管理局、か……」  恭也は重々しく頷いた。  そうだ、俺達はお尋ね者だったっな……  だがその言葉に、ヴィータは大きく首を振った。 「管理局だけじゃねー。  こんな無人世界にわざわざ足を運ぶなんて、余程の変わり者か関わり合いたく無いような連中ばかりだ。  何れにせよ、目立つことは避けてーんだよ」 「むう、確かに……」 「……ま、こんな辺鄙なトコで多少魔力を放出したって、誰も気付きはしないだろうけどな? 万が一、さ」  面倒臭そうに、だがそれでも親切丁寧に説明しながら、ヴィータはポケットを漁る。  そして手を引き出すと、取り出した何かを恭也に向けて放り投げた。 「ほれ」 「?」  恭也はそれをひょいと受け取ると、掌を広げて中を見る。 「……銃弾か? いや、違うな」  一瞬言いかけたが、直ぐに訂正する。  その姿形や大きさは、銃弾のそれ。だが薬莢部と弾丸部が一体化しており、明らかに銃弾ではない。 「魔力カートリッジだ」 「これが……」  感心した様に呟き、あらためて掌を見る。  ……こんな小さな、それこそ20mlも入らないだろう容器に、一体如何ほどの魔力が入ってるんだ? 「魔力は魔力でも、圧縮魔力だからな? 液体魔力換算で160Lくらい入ってるぞ」  不思議そうに弄繰り回す恭也に、ヴィータが悪戯っぽく笑って教えてやる。 「マジかっ!?」  ヴィータの言葉に恭也は瞠目した。  こんなちっぽけな弾丸型のカートリッジに、ドラム缶1本分の魔力……ってことは圧縮率1万倍!?  凄え、凄すぎるぜ魔法っ! 「……むう? なら、何故こんなに軽いんだ?」  ふと気付き、恭也が首を傾げた。  そんなに魔力が詰まってるなら、滅茶苦茶重そうなのだが…… 「あくまで“相当する”だからな。実際に液体を詰めた訳じゃない」 「じゃあどうやって?」 「シャマルのお手製だ。 ……あとそれ、おめーの“初”ってことで、かなり力入れて作ったそうだぜ?」  「こんなに上手にできました」的なこと言いながらイイ笑顔でカートリッジを手渡すシャマルを思い出し、ヴィータは軽く肩を竦めた。  シャマルのヤツ、最近変なんだよな…… 何か妙に色気づいたというか……  ……まあ要は自分の魔力を一定量放出し、その一部を物質化。  残った魔力を物質化した魔力の中に圧縮して詰め込んだ、という訳だ。  大魔力と高度な集中力・制御力が必要なためとても一般的な方法とは言えないが、余力があれば何時でも作ることができる上、 製作上の自由度も高い(しかもタダだ!)。  まさに彼女達には最適の入手法と言えた。  だが上の説明を聞いても恭也はまだ納得できず、しきりに首を傾げる。 「う〜む、『鉄10kgと空気10kgどちらが重い?』とひっかけられてるような気も……つーか、質量保存の法則はドコへ?」 「あ〜、うっせっ! 魔法にゃンなモン関係ねーよ!?」  遂に我慢できなくなったヴィータが、恭也の尻にグラーフアイゼンを振り下ろす。  げしっ! 「あうちっ!?」  ――尻!? 俺の尻がっ!?  ――ますたー!? しっかりっ!?  そして、手で尻を押さえつつ盛大に呻く恭也を悠然と見下ろし、一言。 「男が細けーコトいちいち気にすんなっ!」 「くっ、これだからファンタジーはキライなんだ……」 「……いやそれを言うなら、おめーの瞬間転移モドキとかフィールド貫通攻撃もたいがいファンタジーだから。  あとついでにそこのデバイスも」  しゅたっ!  そのつっこみを聞いた瞬間、恭也は何事も無かった様に立ち上がり、やりかけていた行動を再開する。 「よ〜し! じゃあカートリッジを入れちゃうぞ〜」 《どきどき……》 「……ま、別にいーけどよ」  その変わり身の早さに、ヴィータは深い深い溜息を吐いた。 <2>  大改装を終えた筈のノエルは、だが外見上は何の変化も見られない。  何故なら、そのシステム全てを柄に組み込んだからである(尤も容積の関係上、単発式となってしまったが……)。 「ノエル、弾倉開放」 《は〜〜い♪》  先ずは装填。恭也は柄の頭からカートリッジを押し入れる。  一定まで押し上げるとカートリッジは自動的に吸い込まれていき、やがて柄の中へと消えた。  それを確認し、次の行動に移る。 「ノエル、撃ち方準備」 《あいあいさー♪》  その言葉で、柄下半部(弾倉)に収められていたカートリッジが、上半部(薬室)に押し出される。  カチャッという感覚で、恭也は無事上半部に移動したことを確認する。これで準備完了だ。が、しかし…… 「……ノエル」 《りょーかい♪ ……あれ? めーれーじゃない???》 「何故、一々返事を変える?」 《え〜 だって、おなじおへんじばっかじゃつまんないもん》 「つまらなくない…… 混乱するから止めてくれ」  つーか、その口調で雰囲気台無し。 《ぶーぶー! おーぼーだっ!》  だがノエルは当然と言うべきか反発する。止むを得ず、恭也は伝家の宝刀を抜いた。 「……命令」 《!? ますたーのけちんぼっ!》 「ケチで結構。 ――ノエル、撃て」 《りょーかいっ!(ふんっだ!)》  気を取り直してカートリッジのロードを命じると、ノエルはぶつくさ文句を言いつつもロードを実行する。  直後、恭也の全身に何かが溢れてきた。体が熱い。 (これが……魔力…………!?)  どんどん、どんどん溢れていく―― 「って、ぢょっとたんま゛……」 《?》  突然、恭也はノエルにロード中止を命じた。  よろよろと岩陰に移動し、もたれ掛かる。  そして―― 「う゛う゛…… きぼちわるい……」 《わっ!? ますたー!?》  げろげろ……  いきなり吐き出す恭也。  これを見て、ノエルが泣いて謝る。 《ますたー、ごめんなさい…… ついいじわるして、いっぱいまりょくをろーどしちゃった……》 「おいおい……」  傍で聞いていたヴィータが思わずつっこんだ。  ……言ってることは可愛らしいが、何気にとんでもねーデバイスである(本当に大丈夫なのか?)。  だが恭也は涙目になりながらもサムズアップし、ノエルを見る。 「ふっ、気にするなノエル…… 好きな相手にいぢわるしたくなるその気持ち、正当なものだ……また一歩成長したな……」 《ま、ますた〜〜》  ひしっ!  固く抱き合う二人(?)。  ……が、ノエルは剣である。それも、思いっきりよく斬れる。  それを抱くということは―― 「いだっ!? いだだっ!!」 《ますた〜〜!?》  当然、こーなる。  よほど痛いのか、盛大に転げまわる恭也。  同じく盛大に泣き喚くノエル。  その光景はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。  ドンッ!  が、ここでついにヴィータの怒りが爆発。無言でグラーフアイゼンの柄を地に叩きつける。  ……魔力が篭っていたのか、その瞬間にゆらりと大地が揺れ動く。 「お前ら、いい加減にしろ……」 「《…………!?》」  その迫力に、恭也とノエルは震え上がり絶句する。 「二人ともクサい芝居なんかしてねーで、とっととロードを再開しろっっ!!」 「《は、は〜〜い》」                          ・                          ・                          ・ 《ひさっしょうせってい? なにそれおいしいの?》 「食いモンじゃねえっ!? アイゼンっ!」 《あ、まためーるだ〜》 「だからメールじゃねーって何度もっ!」 「HAHAHA ノエルは無邪気だな〜」 「おめーの教育が悪いっ!」  げしっ! 「のおっ!?」 <3>  それから30分後、ようやく二人は各々獲物を構えて対峙した。  恭也はノエルと八景を、  ヴィータはグラーフアイゼンを、  それぞれ構え、睨み合う。 「ったく、待たせやがって……」 「初めてなんだから、しょうがないだろ?」 「どう考えても、それ以外の要素で時間を浪費しまくってただろーが!?」 「……そうか?」  心底不思議そうに首を捻る恭也に、ヴィータは怒る気力も無い。 「もういい…… それより、調子はどうだ? 見たトコ、殆ど魔力を帯びてねーけど」 「とりあえず昨晩のダメージを補強、全力で動けるようにして貰ってる。後は様子を見て徐々に、ってとこだ」 「へっ! じゃあ昨日とどこまで違うか、せいぜい見せてみろよ!」  恭也の言葉に軽く口元を歪めると、ヴィータは鉄槌を振り上げて襲い掛かった。 「へっ! じゃあ昨日とどこまで違うか、せいぜい見せてみろよ!」  恭也の言葉に軽く口元を歪めると、ヴィータは鉄槌を振り上げて襲い掛かった。  昨晩とは逆に、今度はヴィータが10m以上ある間合いを瞬時に詰める。 「てりゃあああっ!」  そして、気合と共に鉄槌を打ち下ろす。  息も吐けぬ高速の連続攻撃。  魔力により強化されたそれは、客観的に見てもまるで多数の敵から一斉に攻撃を受けている様に錯覚してしまう程だ。  だが、恭也は両の剣で容易く捌く。  これを見たヴィータは、更に魔力を注ぎ込み、どんどんスピードを上げていく。  ……だが、それでも恭也は捌き続ける。 (凄いな……)  内心、恭也は呟いた。  もう何度も繰り返し続けている言葉。だが、この一言に尽きる。  昨晩のダメージにも関わらず全力で動けるだけでも凄いというのに、まさかこれ程動けるとは……  ……いや、それだけではない。  これ程動いているというのに、まったく息切れしない。  これ程動いているというのに、まったく疲労しない。  それどころか、むしろますます力が溢れていく。  ヒトとは、頻繁な呼吸を必要とする生き物ではなかったのか?  体力というものは、減っていくものでは無かったのか?  己の中にある“常識”が、音をたてて崩れていく。 (でかるちゃー)  体の動きはますます激しくなっていく。  だがそれでも力は溢れ続け、疲労どころか恍惚感が恭也を支配していく。 (ああ、光が見える…… あれこそが神の領域なのか……) 「見える! 俺にも神が見えるぞっ!」 《……ますたー?》  その言葉に、流石にノエルもあれ〜?と首を傾げた。  よく調べてみると、恭也の体からは酔っ払い特有の反応が見られる。  所謂“魔力酔い”状態だ。 (ますたーが、よっぱらっちゃった……)  どうしようとノエルは困惑する。 ……止めるべきだろうか?  でも、心身からは特に悪い反応は無い。むしろ良好と言って良いだろう。  それに、とっても気持ちが良さそうだ。  だから、ノエルはマスターと同じ口癖(※プロローグ中編参照)で言った。 《ま、いっか♪》 「ノエル! 俺を導いてくれっ!」 《おー♪》  このように、恭也の言動は確実にノエルに影響を与えつつあった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【15】 <1> 「ちっ 、主従揃ってどんだけ非常識な存在だよ!?」  恭也の剣を捌きつつ、ヴィータは盛大に毒づいた。  パワー、スピード、スタミナ…… 恭也の動きは、既に人間どころか生物の限界を超えている。  にも関わらず、この男は平然と戦い続けている。  確かに、「魔力によって肉体を強化しているから」と言ってしまえばそれまでだろう。  だが、この男は教育・訓練を受けた正規の魔導師ではない。「昨日今日魔力に目覚めたばかりのド素人」なのだ。  それでこの動き、となると尋常ではない。  簡単に言ってしまえば、現在の恭也は1の力で4〜5の力――差額は魔力による増幅分――を出して動いている。  だが人間の動きというものは、非常に複雑かつ繊細な動きの集合体だ。  それぞれが絶妙の均衡を保ち、初めて一つの動作となるのである。  つまり、ちょっとのことでバランスを崩してしまう訳だ。  まして「1の力で4〜5の力」となれば尚のこと、常人であれば力に振り回され、立ち上がることすら叶うまい。  仮に武術の達人であっても五十歩百歩。微妙な感覚を狂わされ、とても戦うどころの話では無いだろう。  だからこそ戦闘魔導師は何よりも先ずこの感覚に慣れ、自由に動ける様になることが求められる。  武術など二の次、そんな暇があれば己の魔力をより高めたり、魔力運用により習熟することの方が遥かに重要なのだ。  (※管理局の公式格闘術“シューティングアーツ”も魔力運用を前提とした戦闘術であり、純粋な武術ではない)  これは「慣れるのに時間が掛かる」ということもあるが、パワー、スピード、スタミナそのものを飛躍的に強化してしまえば、 (昨晩のヴィータと恭也の戦いからも分かる様に)如何に高度な武技も無効化できるからである。  ――だが現に恭也はこうして動き、戦っている。  確かにこれが高ランクの魔導師なら、そういった感覚すらもある程度本能的に制御してしまうだろう。  だが彼は魔導師としては底辺も底辺だ。そんな補正余力など無い。  これはもう天賦の才などという次元を超え、異常と言う他なかった。 (“力の使い方”そのものを本能的に理解しているのか?  それとも―― それすらも、あのノエルとかいうデバイスが制御してやがるのか?)  目の前の剣型デバイスを睨み、内心呻く。  主人(恭也)もそうだが、この従者(ノエル)も非常識の塊だ。  ……いや、独力で未知のシステム(カートリッジシステム)を解析し己に組み込んだだけでも大概非常識だが、 今回の活躍も決してそれに負けてはいない。  見た所、恭也……というよりもノエルは、カートリッジを本来の使い方――瞬間的に爆発的な魔力を得る――ではなく 魔力の底上げに使っている。  だがカートリッジ内の魔力はおよそ1万倍にまで圧縮された超高圧魔力だ。  出口に殺到する魔力を絞って少しづつ安定供給するのは、ある意味爆発的な魔力を瞬間的に制御するよりも困難だ。 (……ましてや、“大魔導師”シャマルの魔力だぞ? コイツも絶対マトモじゃねー)  通常、こういった魔法システムを動かす魔力には人造魔力が用いられる。  何故なら個人の魔力はそれこそ千差万別、クセが大き過ぎて動作不良を起こし易いからである。  (※加えて大量かつ安定した供給も困難だ)。  だからこそ人造魔力――大量かつ安定して供給できる均質な魔力――がこれに取って代わり、 地球で喩えるなら石油以上の存在となったのだ。  だがその代わり……と言っては何だが、人造魔力の質は高ランク魔導師のそれと比較するとお世辞にも高いとは言えない。  (※上級魔導師の魔力と比べても、「F1カー用のスペシャルガソリンと松根油」程も違う!)  様々な技術的・商業的問題により、“低品質”とならざるを得なかったのである。  ……尤も、それで十分事足りたので“低品質”と呼ぶのは些か語弊がある。  むしろ、高ランク魔導師の魔力こそを“規格外”の“過剰品質”と呼ぶべきだろう。  だから“過剰品質”の魔力をそのまま変換せずに市販のシステムへと注ぎこめば、そのシステムは間違いなくショートするか吹き飛ぶ。  ましてやそれが圧縮魔力なら……言うまでも無いだろう。  魔導師の魔力とは、それ程までに厄介な代物なのだ。  (※ヴィータがシャマルの圧縮魔力を扱えるのは「自身も大魔導師であること」「所持デバイスが高性能であること」も勿論だが、  「同一プログラムから生み出された存在」同士であることが大きい)  ――だが、ノエルはシャマルの圧縮魔力を見事に制御している。  そして恭也が素人である以上、その全てを彼女がやってのけていることは間違いない。  その底知れぬ能力に、ヴィータは戦慄を禁じえなかった。 「はっ! やるじゃねーか! ――なら、これはどうだっ!」  叫ぶと同時に、ヴィータが大空へと舞い上がる。  それは、二人の力を認めての行動。次のステージへと招いているのだ。  これに呼応し、恭也も叫ぶ。 「ノエルッ! 飛べるか?」 《ん〜と、これとってもいいまりょくだし、まだまだいっぱいあるから…… うん、いけるよ!》 「よし! やれ!」 《うん、わかった!》  掛け声と同時に、恭也の周囲を漆黒の魔力が包み込む。  これ程の魔力、恭也のリンカーコアではまず供給不可能だ。カートリッジからの供給に違いない。  だが、カートリッジ内の魔力は(シャマルの)青磁色の魔力の筈。  ……間違いない。ノエルが抽出時に変換を行っている。  そしてこれこそが、ヴィータを驚かせた動きを可能とした要素の一つだった。  先の恭也の動きは恭也本人の才に加え、この変換があって初めて可能な共同作業だったのである。  (※他人の魔力で動くのと自分の魔力で動くのとでは、難易度が違い過ぎる!)。  まあその他諸々をノエルが担当している以上、どう考えても彼女の方が働いているのだが…… 「俺は風になるぞっ!」 《ひやういごーっ!》  漆黒の魔力に包まれ、恭也が空を翔る。  目標はヴィータ。だが――  ひょいっ 「!?」 《あれ?》  ヴィータが軽く避けると、恭也はそのまま勢いで飛んでいってしまう。 「行きすぎだ! 止まれ! 止まれ!」 《う、うん!》                          ・                          ・                          ・  ひょいっ、ひょいっ、ひょいっ  その後もヴィータ目掛けて何度も突撃するが、その度に簡単にかわされてしまう。  さながら、闘牛士と闘牛だ(まあぶっつけ本番で二人羽織を披露しているようなもの、当たり前と言えば当たり前の結果だろう)。  遂に恭也は痺れを切らした。 「ノエル、代われ! 俺がやる!」 《え〜〜!? ……できるの?》 「いいから代われ!」 《う、うん…… でも、ほんとうにいいのかな?(ぼそっ)》  ノエルは不安一杯ながらも制御を譲る。  ……だがやはりと言うべきか、予感は的中した。  制御を譲った途端、恭也は真っ逆さまに墜ちていく。 「のおおおおおっーーーー!!??」 《ふにゃあああああ〜〜〜〜!!??》  慌ててノエルが制御を再開して難を逃れたが、リアルジエットコースターで二人の心臓はドキドキだ。  だが少し落ち着くと、「どーなってんだ!?」と恭也が問い詰める。 「ノエル! コレ全然制御できんぞ!?」 《あたりまえだよ! だってますたー、まほうのいろはもわかんないじゃないっ!?》 「なら、俺でも制御できる様にしろ!」 《むちゃくちゃだっ!?》  絶句するノエル。  これを見て「少し不味いかな」と恭也は少しアプローチを変えた。  具体的には、猫撫で声でおだて上げてみる。 「お前なら、ぱっぱっとできるだろ?」 《ひこーまほーはむずかしいんだよ? おおまかにならともかく、“せんとうきどう”なんてむりだよ》  ……そう、だからこそ空戦魔導師は一目も二目も置かれた特別な存在なのだ。  だが、んなことを知らない恭也は諦めない。某駄目少年の如くノエルにねだる。 「そこをなんとか」 《も〜 ますたーはしょうがないな〜〜》  ノエルは某未来から来た自称猫型ロボットの如く嘆息すると、メモリー内のプログラムを幾つか拾い上げ、 それを基にあるプログラムを超高速で組み上げる。そして、完成と同時に起動した。 「……お? 足場が出来たぞ?」  突然足場を感じ、恭也が驚きの声を上げる。  ついさっきまでは宙に浮く頼りない感じだったのに! 「ノエル、これは?」 《くうちゅうおさんぽぷろぐらむ〜〜!》 「空中……お散歩?」  怪訝そうに鸚鵡返しする恭也に、ノエルが自信満々に説明する。 《そう! このぷろぐらむをつかえば、おそらもじめんとおなじように、あるいたりはしったりできるんだよ!》 「それはすごい! ……で、使い方は?」 《まずは「ならうよりなれよ」! ますたー、ごー!》 「確かに、頭で考えるより体で覚えた方が効率がいいか……」 《うんうん、それでこそますたー》 「……何故だろうな? 褒められている気がせんのだが」 《きっときのせいだよ。さー、れっつとらい!》 「まあいいか……」  ノエルに急かされ、恭也は突撃を再開することにした。  きっ、とヴィータを睨む。 「よし! ヴィータ! 行くぞっ!」 「ふぁ〜あ、わかったわかった……」 「くっ! そう暢気にしていられるのも今の内だ!」  そう叫ぶが早いか吶喊。  およそ200〜300mの距離を、恭也は一心に駆ける。 「おお! こりゃあいい!」  プログラムの効果に、恭也は思わず歓声を上げた。  まるで地を駆けるが如く、宙を駆けることができる。  跳んだり跳ねたりも可能だ。これなら―― 「ヴィーター! 往生せいやーーっ!」  掛け声と共に恭也は飛び掛った。 「ちいっ!」 「!?」  激しい剣戟の中、恭也が体当たりを喰らわせた。  これをまともに喰らったヴィータは、大きく吹き飛ぶ。  ――チャンス!  恭也は勇み、前下方で体勢を崩しているヴィータの追撃を試みる。  だが…… 「……なあ、ノエル?」 《な〜に?》 「降りる時には……どうするんだ?」  ……そう、前に進んだり上ったりはできるのだが、どういう訳か下りることができないのだ。 《? ふつーにおりればいいんだよ》 「や、やってはいるのだが……」 《あ〜、たしかにのぼるよりおりるほうがむずかしいかも。 ……ついらくぼうしきのうもついてるし》  魔力のいろはの分からないマスターには難しいかも、とノエル。 「おい……」 《でも、そのへんはなれるしかないとおもうな〜。しすてむの“がくしゅう”や“ばーじょんあっぷ”にも、けいけんがふかけつだし……》 「で、今は?」 《…………》 「……………………」 《…………えへ♪》 「笑って誤魔化すんじゃねーーーー!?」 《ますたー、ふぁいとっ♪》  そんな二人を見ていたヴィータは、一つ大きな溜息を吐くとグラーフアイゼンを振り上げる。 「あ〜、じゃあそろそろこっちから行くから」 「ちょっ!? タイムーーーー!!??」 「いい加減にしろよ、おめー」  そして恭也の戯言を切り捨てると、迎撃不能な前下方から突撃を始めた。                          ・                          ・                          ・ 「#$%&#%&…………」 《ふにゃあ〜〜〜〜》  それから数分後、恭也とノエルは地面に墜ち、目を回していた。  そんな二人を空から眺め、ヴィータはぽつりと呟く。 「まあなんつーか……少しホッとしたよ」  そして、「ま、暫くはあたしとじゃなくて空と戦うんだな」と軽く肩を竦める。  ――そう、先ずはそれからだ。  自由に空を駆けることができねば、空中戦など夢のまた夢…… (どちくしょう……)  恭也は大空に向かって中指を突き立てた。 「くっ! あいしゃるりたーん!」 《ねばーぎぶあっぷ!》 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【16】 「……しっかし、おめーも大概チャレンジャーだよなあ?」  ヴィータが、さも呆れたように言った。  それもその筈。前回ラストであんな目にあったにも関わらず、この男は懲りずに空中戦を挑んできたのだから。  ――先ず、飛ぶなり跳ぶなりが満足に出来るようになる方が先だろ?  ――んなヒマあるか!? 跳ぶのも、戦闘も、同時にやる!  忠告する彼女に、そう言ってのけたのだ。  まあその気持ちはわからんでもないが…… 「実力がそれに伴ってねーんだよな……」  はあ〜〜  ヴィータは大きな大きな溜息を一つ吐く。 (ま、その根性とタフネスぶりは認めてやっけどよ)  何度やられても立ち上がり、しつこく向かってきた恭也の姿を思い出し、ヴィータは苦笑する。  まったく、幾ら魔力で肉体強化されているとはいえ見上げたものである。 《ますたー、ますたー》  ……とは言え、さしもの根性とタフネスの塊も流石に限界らしい。  その手に握られたノエルの呼び掛けも虚しく、地に伏したままピクリとも動かない。 《ますたー、いきてる〜?》  だが返事が無い。ただの屍のようだ。 《もう、しょうがないな〜〜》  恭也のステータスが戦闘不能となっていることを確認したノエルは、ぼやきながらもカートリッジ内の魔力でヒーリングを開始する。  これを見て、ヴィータは内心毒づいた。 (こいつ、ヒーリングまでできるのかよ……)  しかもノエルが使っているヒーリングの術式は、シャマルのそれだ。  もっとも流石に効果まで同等とはいかず、喩えるならホイミとべホイミ程も違う。  だがそれは単に練度と使用できる魔力量の差によるものだろう。  つまり―― (コピーしやがったのか……)  今更驚くことではないが、本当にとんでもねーデバイスである。  最低も最低レベルの魔導師(恭也)がマスターだからいいものの、もしこれが高ランクの魔導師なら……  考えるだに恐ろしい。 「……なあノエル?」 《なあに? びーたちゃん》 「…………ヴィータだ」 《いーた?》 「ヴィータ!」 《うーた?》 「ヴ・ィ・ー・タ!!」 《び……い……う……うい…………うぃーた?》 「やっぱり最初のヤツでいい……」  どうやら“ヴィ”が発音できないらしく悪戦苦闘するノエルに、遂にヴィータは匙を投げて妥協した。  ……や、また泣かれても厄介だし。 (しかしコイツ、本当にプログラムか? まさか本物の幼女が封印されてんじゃねーだろーな……)  イヤな想像が脳裏を過ぎる。  実際、魔法――ことに禁忌無き古代の魔法ほど洒落にならないものはないのだ。  そもそも、自分達ヴォルケンリッターとて……  そんな複雑な心境の彼女とは裏腹に、ノエルは悩みの無さそうな声で元気良く返事する。 《うん、わかった! で、なあに? びーたちゃん》 「あ、ああ……」  ……あれ? あたし何を言おうとしてたんだっけ??? 「ん〜、あ! お前、いったいそのカートリッジ1発で、どの位飛べる?」  どうも違うような気がするが、これも気になったので聞いてみる。 《う〜〜ん、びーたちゃんとまともに戦ったら……10ぷんももたないとおもうよ?》  さっき本気で飛んで無かったでしょ?とノエル。  これを聞き、ヴィータは唸る。 「やっぱりか……」  まあそれでも凄いと言えば凄いが、やはり空中戦は無理か…… 《でもそのための“くうちゅうおさんぽぷろぐらむ”! げーげき(迎撃)ならこれでなんとかなるよ!》 「その空中なんたらなら、どの位保つ?」  成る程。普段は空中を地に在るが如く駆け回る訳か、とヴィータは頷いた。  高ランクの空戦魔導師から見たら静止目標、据え物斬りも同然だが、そこは瞬間的な超音速の付与と 恭也の変態的機動でどうにかするつもりなのだろう。主従揃って実にチャレンジャーだ。 《かける(駆ける)だけならいっぱい!  でもしゅんかんてきに“ぶーすと”しなきゃいけないから……  ばあいによるけど、はんにち(半日)くらい?》 「んなにいらねー、1時間で十分だ。 ……つーか燃費いいな、お前」 《えっへん! やりくりじょうず〜♪》 「で、だ。その余った魔力――攻撃に回せねーか?」  ま、いいけどよ……と軽く溜息を吐きつつ、ヴィータは本題に入る。  強化したとはいえ、やはり恭也の攻撃力は大魔導師に対してゼロに等しい。  せめて一矢報いる程度にはしないとどうにもならない。 《でもこれいじょう“にくたいきょうか”すると、ますたーまたはいちゃうよ?》  徐々に慣らすしかないと思うな、とノエル。 「いや、お前が攻撃魔法を宿してさ……」 《びーたちゃんのこうげきまほう、いくつかおぼえたからできるけど…… せいぜい“てーとりひ・しゅらーく”2〜3はつだよ?》 「テートリヒ・シュラークが2〜3発……」  それを聞き、ヴィータは考え込んでしまう。  肉体強化による攻撃と違って流石にフィールド浸透効果は期待できないだろうが、 それでも恭也の最大攻撃とは比べ物にならない威力である。  ……だが所詮は通常攻撃だ。  加えて先のヒーリングを見るに、自分と同等の威力は期待できないだろう。  仮に全弾命中しても、大魔導師を撃破できるとは到底思えない。 「まあ逃走時の牽制にはなるか……」 「――いや、十分だ」 「……おめー、目を覚ましてたのか」  突如割り込んできた声の主に、ヴィータが目をやる。  と、声の主――恭也は相変わらず地に倒れたままだったが、何時の間にかうつ伏せから仰向けへと体を変えていた。  ……どうやら目は覚めたものの、まだ立ち上がれるまでには回復していないらしい。 「ヒーリングが効いてな。ま、そんなことより――ノエル?」 《なになに?》 「お前、戦闘1時間分とは別に『テートリヒ・シュラーク2〜3発分捻出できる』って豪語してたな?」 《うん、できるよ》 「なら、内1発分で八景を強化できるか? なに、強度を上げるだ。1時間……いや30分でいい」 《ん〜、こんなかんじ?》  ぽわ……  八景が黒い炎に包まれ、淡く輝き始めた。  その輝きは少しづつ強まっていく。その姿はまるで―― 「ををっ! ライトセイバー!?」  何か色的に暗黒面に墜ちたっぽいけど、それもまたよし!  いそいそと起き上がると、試しに手近な岩に叩きつけてみる。  と、岩は見事に両断された。  対する八景は――傷一つ無い! (これで思う存分二刀で戦えるっ!)  恭也は狂気した。 「ハーハッハッハッ! これで10年は戦えるぞっ!!」 《? 30ぷんだけだよー?》 「ただの魔力剣に、何をそんなに喜んでるんだ?」  そんな恭也を、二人はまるで不思議な生き物を見る様な目で見る。  ……まあ尤も、この男がンナこと気にする筈も無かったのではあるが。 「さー! 第三ラウンドだっ! 今度こそ負けんぞ!」 《おーっ!》 「やれやれ……」 (なんでこいつら、こんなにテンション高けーんだ?)  ヴィータは本日何度目になるか分からない溜息を吐くと、グラーフアイゼンを構えた。  ぶっちゃけ、つきあってらんねえ……                          ・                          ・                          ・  結論から先に言ってしまえば、確かに八景を強化した効果はあった。  いや、大いにあったと言っていい。 「これだ! これこそ俺が望んだものだっ!」  恭也は狂喜しつつ、二刀を振るう。  その剣は、今までの様に「ノエルを主、八景を従」とするのみの硬直したものではない。  ある時は「ノエルを主、八景を従」に、  ある時は「ノエルを従、八景を主」に、  またある時は「ノエル・八景共に主」に、  まさに変幻自在、まるで別個の生き物が如く襲い掛かる二振りの剣。  地上戦……加えて「ノエルを主、八景を従」とした型に慣れきってしまったこともあり、ヴィータは防戦一方だ。 「くっ!」 「隙ありっ!」  一瞬ノエルに気をとられたヴィータに、恭也は八景を叩き込む。  牽制を混ぜた、死角からの一撃だ。  この思わぬ攻撃に、ヴィータは避けきれず鳩尾に直撃を喰らってしまう。 「!?」 「はーはっはっ! 見たか! これこそが俺の真の実力っ!」 《え〜と、ますたあ?》  勝ち誇る恭也に、ノエルが恐る恐る声を掛けた。  が、初勝利の美酒に酔う恭也は聞いちゃあいなかった。 「急所への、しかも“透”を込めた渾身の一撃っ!」 《あの〜〜》 「これで暫く戦闘不能っ! 即ち俺の勝ちっっ!!」 《お〜い》 「? どうした、ノエル? お前もいつものノリで俺の勝利を祝え」 《でも、びーたちゃん……》  あまりに上機嫌の恭也に、ノエルは口篭る。 「?」  そのらしくない口調に、恭也は首を傾げた。  そして何事かとヴィータを見る。  と、余程痛むのかヴィータは俯いてぷるぷると震えていた。  まあ弁慶の泣き所を強打したのだから無理も無いが……やはり、少しやり過ぎたか?  流石にバツが悪くなり、恭也はあさっての方向を見て小さく呟いた。 「……ま、まあ確かに、少しやり過ぎた気もしないではないが」 《……それ、ちがうとおもう》 「へ?」 《だって、“ひさっしょうせってい”だもん》 「ああ、だから何の遠慮もなくおもいっきり叩きつけたぞ」 《……あのね? いってなかったけど、“ひさっしょうせってい”だと、いりょくがはんぶんいかにおちちゃうの》 「……はい?」  恭也の目が点になる。  ……今、何と言いました? 《かんたんにいうとね? さっしょう(殺傷)をふせぐために、しようまりょくのはんぶんをしょうひしちゃうの》  非殺傷設定とは、対象を死傷させることなく無力化するために開発された魔法術式である。  効果としては命中時に発動し、対象を直接的な物理破壊から保護する。  尚この際、(標準設定の場合)攻撃魔法に付与された魔力の半分が消費される。  およそ全ての攻撃魔法に付与される反面、所謂非致死性兵器と同様、完全な非致死・致傷性が確保されている訳ではない。  たとえば――  ・術者が未熟な場合、保護率が低下する(これを防ぐためにはより大きな魔力を消費しなければならず、必然的に威力が低下する)。  ・またそうでなくとも完全には保護しきれず、命中箇所が脆かったりすると傷つけてしまう。  ・あくまで直接的な物理破壊のみを防ぐのであって、「叩きつけられる」等の副次的な物理破壊は防げない。  ――等々の無視できぬ欠点がある。  このため、防御力の皆無な常人(非魔導師)の場合には、余程低レベルの攻撃でなければ効果は無い。  また流石にそれと同様に……という程ではないが、相対的に防御力の低い同格未満の魔導師を攻撃する際にもやはり注意が必要だ。  “非殺傷”というある種プロパガンダ的な名称から誤解し易いが、あくまで「同格の」「魔導師同士の戦い」においての話なのである。  まあ話は長くなったが、要は「見た目の打撃とは裏腹に、実質ダメージは半分以下」という訳だ。  と言うことは―― 「つまり、この震えは痛みからではなく――」 「こ〜の〜や〜ろ〜〜」  タイミングよく、ヴィータが地獄の底から湧き上がるような声を上げる。  ……そう。この震えは怒りによるものだった(尤も多少は痛かったのか、僅かに涙目だ)。 「よりによって急所攻撃たあ、やってくれるじゃねーか……」 「くっ!? ならば手数でっ! ――!?」  恭也は連打で仕留めようとするも、間に表れた魔法陣によって阻まれてしまう。 「こ、これは……」 「これが防御魔法ってヤツだ」  ニィ……  ヴィータが実にイイ笑顔で笑う。  その凄みに、恭也は震え上がった。 「ひ、ひいいいっ!?」 「お前の真の実力とやら、確かに見せて貰った」  舌なめずりせんばかりの表情で、ヴィータが告げる。 「今度は、あたしが本当のカートリッジの使い方を教えてやる。 ――アイゼンッ!」  だが次の瞬間には表情を一変し、短く叫んだ。  直後、グラーフアイゼンから噴射炎らしきものが発せられる。  その推進力でヴィータは勢い良く回転し―― 「な、なんか凄いヤバそうだぞ!? ノエル! 防御ッ! 防御をッ!!」 《ごめんなさい。それ、むり》  グラーフアイゼンを勢い良く恭也へと叩きつけた。 「ラケーテンハンマーーーーッッ!!」 「のおおおおーーーーッッ!!??」  そして、恭也は星になった。 ――――第97管理外世界。海鳴市、八神家。  ――思えば、今日はとにかくおざなりにされっ放しだったと思う。  まず夢見からして悪かった。  (よく覚えていないものの)まるで目の前で恭也に“浮気”でもされたかのような夢。  お陰で、ここ数年で最悪の目覚めを味わった。  何とか気を取り直して朝食の支度をしてみれば、今度は食事の席で独り除け者にされた。  恭也がシグナム達を巻き込み、目の前で何かコソコソやっていたのだ。  夢のことを思い出し、酷く不快な気分になった。  その後は市の図書館で一人読書をしていたが、閉館時になってもやはり恭也は迎えに来てくれなかった。  きっと、ヴィータとちゃんばらごっこでもしているのだろう。  帰りに抱っこして貰うのは、もはや日課のようなものなのに…… (つい半年前までは、二人っきりで肩を寄せ合って暮らしてたのに……)  はやては悲しくなった。  たとえ家族が増えても、自分の一番の一番は恭也である。  誰よりも特別な存在なのだ。  なのに……恭也は違うのだろうか?  自分は家族の中の一人に過ぎないのだろうか?  そんなの――  『――――』 (またや……)  何かが心の底、体の奥の奥から語りかけてきた。  それは、つい最近聞こえ始めた声。  負の感情を抱いた時に表れ、何事かを訴えかけるのだ。  『――――』 (けど、何やだんだんと声が大きくなっていくような気がするなあ?)  最初は意味不明の“音”だったのに、今ははっきりと人の声とわかる。  聞き取れないのは相変わらずだが、まるで呪詛でもしているような―― (はっ!? あかんあかんっ!)  この声に僅かでも耳を貸すと、どんどん危険な考えになってしまう。  ……きっとこれは自分の悪い心の声に違いない。  はやてはぶんぶんと大きく首を振り、声を頭から追い出した。 「主はやて」  そんな姿を見かね、シグナムが声を掛ける。 「あ、ああシグナムか…… なんや?」 「恭也のことですが、帰ってきたら灸を据えましょうか?」 「……なんでわかったん?」 「失礼ながら、主の心を痛める原因など、あの男を置いて他にありません」  「もしかしてエスパー?」と目を丸くするはやてに、シグナムは苦笑して答えた。 「あはは…… ひどい言われようやな、恭兄」  これを聞き、はやても同様に苦笑する。 「でも、ええよ」 「しかし……」 「だって、私が自分でシバかんことには、気がおさまらへんもの♪」  そう言ってにっこり笑うはやてに、今度はシグナムが目を丸くした。 「……は?」 「恭兄〜 ようも今日は、朝から無視してくれよったな〜〜」  そう唸ると、はやては「悪い兄貴にはおしおきや」とぺたぺた何かを作り始める。  まず新聞紙を分厚く重ね、ぎゅっぎゅっときつく巻く。  そして空になった大型サランラップの芯の中に突っ込み、ガムテープでぐるぐる巻きにする。  ――これで完成。  試しにびゅんびゅん振り回し、出来を確認したはやては満足そうに頷く。 「うん、上出来や」  丁度その時、玄関から声が聞こえてきた。  ――高町恭也! 只今帰還しましたっ!(どうやらまだ魔力酔いが抜けていないらしい)  ――ただいまー あ〜疲れた、メシフロ〜〜 「!」  これを聞き、はやては手製の棒を掲げて玄関へと突撃する。 「兄貴ーっ!!」 「…………」  その後姿を、シグナム呆然と見送った。 「はやてちゃん、恭也さんのこととなると性格変わりますからねえ」 「変わりすぎるぞ……」  シャマルの解説に、シグナムは呻いた。  だが玄関からは、シャマルの言葉を肯定するような遣り取りが聞こえてくる。  『兄貴! もうとっくに門限過ぎてるで!? こんな遅くまでヴィータとどこほっつき歩いとったんやっ!!』  『おっ! はやて、ただいま〜〜』  『な、なにするんや!? さては兄貴酔っとるな!?』  『酔ってない、酔ってないぞ?』  『酔っ払いは皆そう言うんや!』  『よしよし、そう怒るな怒るな』  『放さんかい! そんな見え透いた可愛がりなんかで丸め込まれるとでも――』  『よしよし、よしよし』  『恭兄〜〜♪(ごろごろ)』  あ、堕ちた。 「早っ!?」 「はやてちゃん、恭也さんのこと大好きですから」  世界中の誰よりもね、とシャマル。 「くっ…… このままでは主があの男の毒牙に……」  無念のあまり、シグナムは血の涙を流す。  やはりあの男を1年間も野放しにしていたのは失敗だった…… 「あ、それは大丈夫ですよ」 「何故そう言い切れる! あの男、どう見てもロ○コンだぞ!?」 「あ〜、確かに恭也さんは『男の子も含めて』ちっちゃい子が大好きですが……  むしろ性的にはノーマルですよ? かなりのおっぱい星人みたいですし」 「だから何故そう言い切れる!」 「だって、心を覗いちゃいましたから♪」 「おい……」 「はやてちゃんのため、我が家の安保のためです。他意はありません♪」 「…………」  そこまでやるか? 闇の書から受け取った、今までの行動記録だけで十分ではないのか?  前言(※第8話参照)撤回。やはりこの女、本性は変わっていない……  「役得で恭也さんの秘密いっぱい見ちゃいましたけど♪」と実にイイ笑顔で笑うシャマルに、シグナムは戦慄を隠し切れなかった。  『はーはっはっ! なんだ、拗ねてたのか? よ〜し、今日は久し振りにいぢめてやるぞ〜〜』  『はう〜〜♪』  《(ま、ますたー!? わたしっ、わたしはっ!? こんやはわたしをかわいがってくれるんじゃ!?)》  『(あ〜 後でな、後)』  《(がーーーーん!)》  『どーでもいーけど、めしーーーーっ!!』