魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS

「とある青年と夜天の王」

その3「八神さんちのょぅι゛ょ達」




【10】


 意識を失い、両膝を地に着けもたれかかる恭也。
 それを正面から抱き止め、見つめるヴィータ。
 この性別的にも体格的にも真逆の、何処か倒錯めいた――
 ……と言うよりも「映像的に問題があるだろ。常識的に考えて」な光景を、シグナムは頼もしげに眺めていた。

「ふっ あの二人、もしかしたらいいコンビになるやもしれんな……」

「~~~~!」

「……ん?」

 足元から聞こえてくる奇妙な“音”に、シグナムは怪訝そうに下を見る。と――

「むーーっ! む~~~~っっ!?」

 そこには、何重ものバインドで厳重に拘束されているシャマルが転がっていた(しかもご丁寧に猿轡付きだ)。
 これを見てシグナムは、何か思い出したかの様にぽん!と手を叩く。

「おお! そう言えば、どうりで静かだと思ったぞ」

 ……どうやら我慢できなくなり飛び出そうとしたシャマルを実力で阻止し、そのまま忘れていたらしい。

「んーーーーっ!!」

「いや、すまんなシャマル」

 シャマルの抗議に、流石のシグナムもあさっての方向を見ながら術を解除する。
 と、自由の身となったシャマルは、当然の事ながら喰ってかかった。

「シグナム! いきなりレヴァンティンで後頭部をどつくなんて、私を殺す気ですかっ!?」

「安心しろ、非殺傷設定だ。それにそもそも、決闘に割って入ろうとしたお前が悪い」

「だからって、他にも幾らでも方法があるでしょう!? だいたい――」

『おーい、シャマルー!』

 突然、ヴィータが念話で割り込み、話の腰を折る。

「……何ですか、ヴィータちゃん。今急がしいのですけど」

『あ~、なんか恭也のヤツ、呼んでも目え覚まさねえんだよ。
 ま、コイツのことだからただの疲労だろうけど、かなり無理してたから念のため看てやってくれねーか?
 ……いや、本当に念のため』

 要は心配なのだろう。素直じゃないところが、実に彼女らしい。

「! き、恭也さ~~ん!?」

 この言葉で恭也のことを思い出したシャマルは一時口論を中断し、大慌てで恭也の元へと駆け寄った。



「ううう…… こんなにボロボロになって…………」

 シャマルは膝枕で恭也を寝かせると、治癒魔法をかけ始める。
 そのどこか近寄りがたい雰囲気に飲まれつつも、ヴィータが恐る恐る声を掛けた。

「……え~とシャマル、ついでにあたしにも治癒魔法かけてくれねーか?」

 じろり……

 シャマルは、恭也に向けていた時とは真逆の目付きで彼女を見る。

「そのくらい自分で治して下さい。恭也さんはその何百何千倍のダメージを受けているのですよ?」

「いや、流石にそれは大袈裟だろっ!? それにこの傷、フィールドで被覆してるのに出血止まらねーし、地味にいてーし……」

 通常、魔導師は全身を防護フィールドに覆われている。
 このフィールドには包帯機能もあり、受けた傷口を保護・止血するばかりか、疼痛緩和まで行われる(無論、一時的な応急措置だが)。
 ――だというのに、一向に血が止まらないと訴える。

「なら、これでも巻いて下さい」

ぽいっ!

 ……が、シャマルはつん!とそっぽを向きながら、本物の包帯を投げ寄越すだけだった。
 このあまりの落差に、ヴィータは受け取った包帯を手に巻きつつ、ぽつりと呟いた。

「……あたし達、一応数千年来の仲間だよな?」



 ――そんな二人の遣り取りを、シグナムは苦笑しながら眺めていた。
 “同じ使命を持つ騎士仲間”としてではなく、“家族”として接しあうシャマルとヴィータ(この程度の諍い、じゃれ合いみたいなものだ!)。
 確かに「らしく」ない、らしくないが――

(「悪くない」どころか、実にいいものだな……)

 ……そう思うのは、やはり自分も『らしく』なくなっているからだろうか?

(だが、もはや考えまい)

 シグナムは、己の中に生じていた微かな疑問にそう結論付けた。
 好ましいと思うのならば、それで良いではないか。
 何より主が真の“夜天の王”になれば、永遠に近い時を今のこの状態で生き続けるのだから……

(――ん? “永遠に近い時”?)

 そこまで考えた時、何かが引っかかった。
 確か自分は、今まで数多の主達に…………???
 だがそこまで考えると、急に頭の中に霧がかかったような状態となる。
 それでも強引に突き進もうとするが――

「……? 私は今、何を考えていた?」

 自分でも気付かぬ内に、振り出しに戻ってしまう。
 確か、何か重要なことを考えていた筈だが……

「!」

 だが、その思考は外部からの刺激により中断を余儀なくされた。

「――ザフィーラか、どうした?」

 ……どうやらザフィーラからの念話らしい。
 一体どうしたのだろう? 会話を続ける内に、シグナムの表情が厳しくなっていく。
 そして念話を終えると、皆のいる場所へと駆け出した。



「? どーした、シグナム?」

「どうしました?」

 血相を変えたその表情に、ヴィータとシャマルは驚きシグナムを見る。

「恭也は目を覚ましたか!?」

「いえ、まだで――」

 目を白黒させながら答えるシャマル。
 だがシグナムは、返事を待たず膝の上で寝ている恭也の胸倉を掴む。そして――

 べちっ! べちっ! べちっ!

 往復ビンタの大セールを喰らわせた。

「え~~い、何時まで寝てるっ! 早く目を覚ませっっ!!」

「や、やめて~~!?」

「お、おい! 相手は怪我人だぞっ!?」

 この事態にシャマルとヴィータは一瞬硬直するが、慌ててシグナムを止めようとする。が――

「邪魔立てするな!」

 ギロリ

 ……ヤバい、マジだ。
 その視線の前に沈黙してしまう。

 べちっ! べちっ! べちっ!

「へぶっ!? へぶっ!? へぶっ!?」

 ビンタの嵐は、恭也が目覚めるまで続けられたという。




――――第97管理外世界。海鳴市、八神家。


 猪の如く帰宅すると、シグナムはその勢いのまま奥へと突き進む。

「主っ! 今参ります!」

「くっ、首……くるし……」

 そしてその後ろには、奥襟を持たれて引きずられる恭也。
 ……若干顔が青いのは、気のせいだろうか?

「し……死ぬ……ふごっ!?」

 途中襟が破れ、支えを失った恭也は玄関の上がり框の角に盛大に頭をぶつける。
 だが余程慌てていたのか、シグナムは気付かず行ってしまった。

「ぐ、ぐおお…… いたい、イタイ、痛い――が、助かった……」

 一瞬玄関の叩きでのたうち回っていた恭也だったが、音の割に大したことがなかったのか、はたまた慣れているのか直ぐに復活した。
 そしてやっと一息つけたとばかりに上がりに腰掛け、愚痴る。

「ったく、いきなり何だよシグナムの奴……ん?」

 何かが近寄る気配に気付き、後ろを振り返る。
 ザフィーラのようだが???

 よろよろ……

「恭也か……待ちかねたぞ……」

「おお、やはりザフィーラか――って!? どうしたんだ、お前っ!?」

 ザフィーラを見て、恭也は驚きの声を上げた。
 ……あれ程立派だった毛並みが、すっかりパサパサになってしまっている。
 顔つきもやつれ、その声は疲れ果て張りが無い。
 僅か数時間でこの変わりよう、いったい何が……

「ふっ…… 主の身は護れても、心までは護れなかった…… 守護獣失格だな…………」

 首を傾げる恭也にそう自嘲すると、ザフィーラはばたりと倒れた。
 恭也は慌てて駆け寄り、抱きかかえる。

「!? ザフィーラ、しっかりしろっ!」

「恭也…… 後は頼…………ガクッ!」

「ザ、ザフィーラーーーーッ!?」

 どたどたどたっ!

「何をしている! 馬鹿なことやってないで、さっさと主をお慰めしろ!」

 そこにシグナムが戻ってきて、感極まり男泣きする恭也に激しいつっこみを行う。
 ……なんか知らないけど、すっごく怒ってらっしゃいます。

 げしっ!

「げふっ!?」

「さあ、来い!」

 そして、耳を抓むと恭也を連行する。

「耳!? 耳がもげるっ!?」
「いいから来いっ!」

 …………

 …………

 …………

 それは、実に不思議な生き物だった。
 巨大なお稲荷さんの如き姿で、ぷるぷると小刻みに動いている。
 そして、時々えうえうと鳴くのだ。
 ……こんな生き物、未だかつて見たことが無い。
 強いて喩えるなら――

「毛布おばけ?」

「……一回死んでみるか?」

「嘘です、ゴメンナサイ」

 恭也は毛布おばけ……もとい「頭から毛布を被り蹲っているはやて」の傍まで行くと、しゃがみこんでそっと声を掛けた。

「はやて?」

「!」

 がばっ!

 ……ただそれだけのことで、頑なだったはやてが毛布から出てきた。
 その顔は涙で濡れ、胸には着古した恭也のシャツが抱えられている。

「恭兄……」

 はやては恭也の顔をまじまじと見る。

「うむ、俺だ」

「恭兄~~」

 えぐえぐ……

 そして恭也にがっちりしがみ付くと、胸に顔を埋めて泣き出した。

「あ~、よしよし……いったいどうしたんだ?」

「きょ、恭兄が悪いんや…… もう寝る時間なのにおらんから…………」

(むう、いまいちよくわからんのだが……)

 仕方が無いので、ぎゅっと強く抱きしめて誤魔化してみる。
 ……まあ実際の所、はやて自身でも上手く説明できないのだから、仕方が無いことなのかもしれない。

 最初は、ケンカでもしているのかと心配しつつも、機嫌の悪い恭也がいなくなりほっとした。
 だから暫くは、「まあ帰ってくる頃には機嫌も直っとるやろ」と寝そべるザフィーラを背もたれに、のんびり読書を楽しんでいた。
 もう暫くしても、「恭兄、遅いで! 不良や!」とぷりぷり怒る程度だった。
 ……だがもういつもならそろそろ寝る時刻となり、ついザフィーラの毛皮に顔を埋めてうとうととし始めた時、変化が起こった。

 ――ちがうっ!

 肌触りも、匂いも、温もりも、何もかもが違う。あれほど大好きなザフィーラの“ふわふわもこもこ”だというのに、気に入らない。
 何より、もうこんな時間――子供のはやてにとり“寝る時間”という意味合いは大きい――だというのに、恭也がいない。 ……どうして?
 さまざまな負の感情が混じって膨れ上がり、はやてはパニックを起こした。
 体力の限界まで泣き叫ぶと、着古した恭也のシャツを胸に、毛布おばけと化してしまったのである。

 ぷはっ

 暫くじっと抱きしめれていたはやてが、苦しくなったのか顔を上げた。
 直後、視線が合う。

「…………?」

「むう……」

(うわっ…… なに、このかわいい生き物……)

 涙交じりの、縋るような視線。
 ……元がいいだけに破壊力抜群です、はい。
 更に家族補正――兄バカ補正とも言う――で倍率ドンである。

「はやてーーーーッ!」

 恭也は堪らず、緩めた腕を再び強めた。
 そして後ろに回した右手で、ぐしゃぐしゃとはやての頭を撫で回す。

「!?」

「ちくしょー よく分からんが俺が悪かった! 愛してるから許せっ!!」

「恭兄……」

 強引な行為に驚き、暫くじたばたもがいていたはやてであったが、恭也のこの言葉に喜びの声を上げて抱き返す。
 もはや世界には二人しかいなかった。
 ……や、いつものことなんですけどね?

「んっ、んっ!」

 そんな中、雰囲気をぶち壊すような咳払いが響き渡った。
 ……シグナムである。

「あ、シグナム~ いつからいたんや?」

(さっきからずっといましたよ、主はやて……)

 と言いますか、私の声はやはり届いていなかったのですね……
 幾ら話しかけても毛布から出るどころか反応すらしなかったのを思い出し、ブルーになる。
 それにひきかえ――

 ぎろっ!

 シグナムは恭也を睨みつけると、つかつかと近寄った。

「なんだ、シグナム?」

「恭也、任務ご苦労。 ……だがな?」

「?」

「そんな汚れた手で、主の頭を撫で回すなっ! せっかく洗った髪が泥だらけではないかっ!?」

 そして、歯を喰いしばれと右手を振り上げる。
 ……いや、これは断じて嫉妬ではない。単なる教育的指導だ、と自分に言い聞かせながら。

「のおっ!?」

「し、シグナム!? ちょう待ってや! 私、ちっとも気にしとらんからっ!」

「しかし、結果として主に二度手間をさせることとなりました」

「構わんよ。どうせさっきは烏の行水やったから、丁度ええわ」

 恭也達を追うべく、シャマルが慌てて切り上げたのだ。
 だから、ちょっと……いやかなりご不満だったりする。

「だから恭兄、一緒に入ろ♪ どうせ恭兄も入るんやろ?」

「え゛…………」

 もちろん今度は湯船でのんぴりやー、とはしゃぐはやてに、恭也の顔色が変わった。

(や、俺って怪我人なんですけど……)

 見かけこそ大急ぎで直したものの、内部は筋繊維とか血管とか色々断裂しちゃってたりして、それはもう凄いことになっている。
 こんな状況で長時間入浴した日には……

(シグナム、頼むっ!)

 フォローを期待し、恭也はシグナムに目で合図を送る。
 と、直ぐに念話で返事が来た。

「(主はやてのお言葉は全てに優先する。 ……死んでこい)」

「っ!?」 

 ……そうだった、コイツはこーゆーヤツだったorz
 ちくしょう、分かってた筈なのに……

 ぎゅっ

「……恭兄、だめ?」

 どうしたものかと悩む恭也に、はやてが服の裾を掴み、上目遣いで訊ねる。
 くっ、はやて……お前何時の間にこんなテクを……

「ふっ…… 駄目な筈無いだろ? お前を風呂に入れるのは俺の大切な仕事だぞ?」

「ほんとっ!?」

「うむ、恭也嘘つかない」

 目を輝かせるはやてに、恭也は大きく頷いた。
 明日、きっと体ヒドイことになってるんだろ~な~~と覚悟しながら。



「♪」

「でわ逝ってくる……」

「うむ、逝ってこい」

「――おっと、そういや忘れるトコだった」

 はやてを抱かかえて風呂場に向かおうとした恭也は、そう呟くとソファに座るシグナムの前に剣(ノエル)を置いた。

「なんだ?」

「これ、よく調べといてくれ」

《!?》

「……いいのか?」

 シグナムは念を押す。
 ……ちなみに魔導師が己のデバイスを預けるなど、ましてや解析を頼むなど、余程のことである。
 が、恭也はあっさりと頷いた。

「ああ、お前達の方が適任だろ?」

「それはそうだが……」

「じゃあ、頼んだぞ?」

「わかった」

《(ま、ますたー! まってーー)》

「(ノエル、大人しくしてろよ?)」

 慌てた声で念話を送ってきたノエルにそう返すと、恭也は部屋を出た。








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【11】


 はじめまして、マスター。

 私はマスターにお仕えするために生まれてきました。

 この命続く限り忠誠を誓いましょう。

 この命続く限り愛を誓いましょう。

 この命続く限り共に在ることを誓いましょう。

 だから、もし許されるのなら――

 どうか優しく笑いかけてください。

 どうか優しくその胸に抱いてください。

 どうか最期の瞬間までその傍に置いてください……




 ゆっくりと、けれど確実に“彼女”は目覚めていく。

(ますたーが、わたしをよんでるんだ……)

 言葉に出来ぬ程の喜びが、“彼女”の中で湧き上がる。
 ……仕えるべき主を待ち、いったいどれほどの歳月を眠って過ごしてきたことだろう?
 その願いが、今ようやく実を結ぼうとしているのだ。

(でも、さいしょがかんじんなの)

 逸る気持ちを抑え、主に伝えるべき言葉をあれこれ考える。
 検討に検討を重ね、ようやく――と言っても実際かかった時間はゼロに等しいが――決定すると、
“彼女”は“とっておき”の口調で主に語りかけた。

《(マスター、ご命令を)》

(あうっ!? まちがえた……)

 最初は“ご挨拶”の筈だったのだが、緊張しすぎたせいか幾つか飛び越してしまった。
 あんまりな失敗に、一気にテンションが下がる。

(あうう…… ぶれいな“ゆにっと”っておもわれたかも……)

 そんな彼女に、主が言葉を掛けた。

「!? ノエルっ!? ノエルなのかっ!?」

(……え?)

 その言葉に“彼女”は驚く。

《(……ノエル? それは私の名ですか?)》

「? ……何を言っているんだ? お前はノエルなのだろう?」

(ますたー、もうわたしのなまえまできめてくれてたんだ……)

 ノエル、私の名前……
 嬉しさのあまり、“彼女”は急ぎ名称登録を行う。

《(了解しました。名称登録を行います。 ――完了しました。以後、ノエルとお呼び下さい)》

 登録を終えると、“彼女”……いやノエルは勇んで報告する。
 そして、次の言葉を待った。

(どきどき)

 ……が、主は期待した言葉を掛けてくれなかった。

「お前は何者だ? 何処にいる?」

(……?)

 良く分からないけれど、正体を言えと言う。
 首を傾げつつもノエルは従った。

《(私はマスターの“ユニット”であり、今は剣としてマスターの手元に在ります)》

 すると主は、いかにも恐る恐る、といった風に訊ねる。

「……まぢ?」

(「まぢ」?)

 意味不明の語彙に、ノエルは再び首を傾げる。
 止むを得ずライブラリを検索すると、スラングであることが分かった。

(ここはますたーにあわせたほうがいいよね?)

 そう判断し、ノエルも親しみを込めてスラングで返す。

《マジです♪》

 と――

「ぬおおおおおっーー!? 剣がしゃべった!?」

 主は、いきなりノエルを投げ捨てようとした。

(!?)

 ノエルは慌ててしがみ付く。
 正直、訳が分からない。

(……どうして?)

 そんな彼女に、主は更に追い討ちをかける。

「つーか手から離れねえっ!? 呪われてる!? ひょっとして俺は呪われた剣を装備してしまったのかっ!?
 畜生なんてこったい! 教会は何処っっ!!??」

(のろわれた……けん…………)

 とても、悲しかった。
 ……だが同時に、ふつふつと怒りが込み上げてくる。

(わたし、のろわれてなんかないもんっ!)

 だから、仕返しにライブラリから拾ってきた悪口を並べ立てた。

《……いきなり投げ捨てようとした挙句、ナニ失礼なこと言ってやがるのですか、この馬鹿マスターが》

                             ┃
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                                ・
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                               :
                             |



                             |
                             ¦
                                  !

――――八神家。


「すー、すー」

「やれやれ、よく寝てるな」

 やはりと言うべきか、湯船で寝てしまったはやてを優しく抱かかえ、恭也は風呂を出た。
 そして体を拭き、パジャマを着せてやると、居間へと向かう。

(そういや、あの剣の事何か分かったかな?)

 ようやく事態が落ち着いた――今まではそれどころではなかった!――こともあり、恭也はあらためて考える。
 自分をマスターと呼ぶ、正体不明の剣。あれは一体何者で、何処から来たのだろう?

(つーか、それ以前に何故俺を主と呼ぶ?)

 そこかが一番わからない。
 いや、こーゆー非常識な事態には遺憾ながらワリと慣れてたりするが、確か自分は巻き込まれるポジションだった筈なのだが……

(それに……俺に魔導師の才能がある、ねえ?)

 吹けば飛ぶようなささやかなものらしいが、複雑である。
 ……何故ならあの時、あの最後の瞬間に自分から引き出された“力”は――

(人の……いや生物としての限界を完全に超越していた)

 あの半分、いや1/10でも安定して引き出せれば、美沙斗にだって勝てるだろう。
 最も伸びる時期に数年間血反吐を吐いて修行したって、この一割も上達しやしない。なんと残酷な話だ。

(だが…… それでもその力に頼らねばならぬのか……)

 ……分かっては、いる。
 勝つためにはあらゆる手段を用いるのが兵法である。ましてやあれ程の実力差を見せつけられたのだ、分からぬ筈が無い。
 だが――

(果たして魔力を受け入れた俺は、御神の剣士でいられるだろうか?)

 それが、堪らなく怖かった。



 居間に戻ると、ヴォルケンリッターが勢揃いしていた。
 彼女達はソファーに座り、何故か困惑気味な表情を浮かべている。

(……?)

 この様子に首をかしげながらも、恭也はとりあえず結果を聞いてみた。

「おお、皆も帰ってたのか。 ――で、どうだ? あの剣について何かわかったか?」

「いや、わからなかった。と言うか、調べてすらいない」

「……何故だ? こう言っちゃあ何だが、アイツ正体不明だぞ?」

 この答えに、恭也は顔を顰める。
 と、シグナムは無言でテーブルを指差した。

「?」

 恭也は不審に思いながらも、その指し示す先に目をやる。
 するとそこには――

《えっ……えぐっ……ひぐっ……》

 ノエルが、声を殺して泣いていた。

「こ、これはいったい――」

「先に言っておくが、我々は何もしていないぞ」

 驚き問い詰めようとする恭也に、シグナムが機先を制す。
 ならば、何故……

《ゆるして…… こないで……》

 そんな中、ノエルが震える声で哀願した。

《わたしはますたーのものなの…… だから……だから……》

 ひっく、ひっく……

「――と言っているが?」

「いや、俺にも何がなんだか……」

 貴様、こうなることが分かってたのではないか?
 そう言外に込めて逆に問い詰めるシグナム。
 その迫力に圧され、恭也は思わず後ずさる。まずい、このままでは!?

「この子、まだ子供なんじゃないでしょうか?」

 険悪になりかけた空気の中、シャマルが助け舟を出した。
 ……や、単に空気を読めなかっただけかもしれないが。

「子供?」

 まあ何にせよ助け舟には変わりない、恭也はありがたく乗ることとした。
 そして、考える。
 確かに、ノエルの発している言葉は(内容は兎も角)幼児のそれだ。
 だが――

「初めて会った時は、ちゃんと話してましたが?」

 そのあまりの落差に恭也は戸惑う。

「この子もプログラムだから、心は幼くても知識とそれを使いこなす知恵はあるでしょう。それで誤解したのでは?」

「そういえば……」

 当時はいっぱいいっぱいだったから気付かなかったが、言われてみればどこか作ったような口調だった気もする。
 それに――

 《ほ、本当にどうなっても知りませんよっ!?》
 「それでいい」
 《う~~~~》

 《(……はい。でも本当に――)》
 「(くどい)」
 《(……くすん、魔力出力上昇を開始します)》

 《(ま、ますたー! まってーー)》

 そういや、時々驚くほど幼い言動をしていたな。
 今思えば、あれは地が出ていたのか……

「きっと生まれたばかりだから、マスターと離れて心細かったのでしょうね」

「……そういうものなのですか?」

 そんなOS、問題ありまくりだろう。常識的に考えて。

「いえ、もちろん普通のことではありません。
 そもそも人格を持ったデバイス……ああ“魔法の杖”自体が圧倒的な少数派ですし、ましてこれほど感情豊かなものなど――」

 「有り得ない」とシャマルは首を振る。
 デバイスにこれ程高度かつ無駄な感情プログラムを組み込む意味を見出せなかったのだ。
 ……だがノエルが完璧ともいえる人格を持つのには、実は極めて合理的な理由があった。

 彼女達を作り出した民は、強大な魔力を誇ると共に不老不死に極めて近い存在だった。
 彼等はその下々に至るまで各々城を構え、暮らしていたという。
 悠久の時を、何不自由無く暮らす夢のような生活。だがそれ故か子孫を残すことが難しく、彼等は常に孤独だった。
 ノエル達は、そんな彼等の傍に仕える存在として生み出されたのである。

 彼等は、生まれると同時に“彼女”を一人授けられる。だが、この時点では“彼女”はまだ眠ったままだ。
 “彼女”が目覚めるのは、彼等が親離れをした時。最も近しい存在として、彼等と共に生き続けるのだ。
 故に、デバイス機能などその求められる能力のほんの一部に過ぎない。
 城の管理者として、執事として……あらゆる役割が求められた。
 だが何より重要な役目は、主の擬似家族たること。だからこそ豊かな感情が、純粋無垢な心が必要とされたのだった。
 ……主の望む存在となり得るために。
 同時に誰よりも主に近い存在だからこそ、主を知る存在だからこそ、他に触れられることに強烈な拒否反応を示す。

 ――だが、上の事情など恭也達の知る所ではない。
 理由は分からぬが、とにかくこのデバイスの人格は幼子だと納得する他無かった。

「ま、とにかく、だ」

 ヴィータが言葉を引き継いだ。

「おめーのデバイスが泣いてるんだから、おめーが何とかしろ」

「やっぱりか……」

「おめーなら、楽勝だろ?」

「……普段俺をどう見ているのか、小一時間程問い詰めたいところだな」

 恭也の顔が引きつった。
 ……だが、今日の所はもう体力の限界である。
 ついでにこれ以上の騒動は、はやてが目を覚ましかねない。それは色々な意味で面倒だ。
 故に、転進を決断する。

「ふっ、今日の所はこれで勘弁してやろう。 ――あ、シャマルさん。悪いけど風呂の始末お願いしますね?」

「はい、恭也さんおやすみなさい」

「お~、寝ろ寝ろ」

「ちゃんとデバイスの機嫌とっておけよ」

「やはり毛はカールにすべきだったのだろうか……」

「へいへい」

(やれやれ、今日は散々だったな……)

 そう嘆息すると、恭也ははやてとノエルを抱え、ヴォルケンズの挨拶を背に部屋へと向かった。
 ……結局、ノエルは殻に閉じこもり、最後まで泣いたままだった。

                         ・
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                         ・

 えっ…… えっ……

(…………?)

 ひっく、ひっく……

(……なんだ?)

 その不思議な音に、恭也は目を覚ました。
 いやこれは――夢?

「しかし、妙な夢だな……」

 首を捻りつつ、恭也は音のする方向へと歩く。
 どうやら、人の泣き声のようだが……

 暫く歩くと、しゃがみ込んで泣いている子供が見えた。
 その小さな小さな背中に、恭也は声を掛ける。

「どうした、何故泣いている?」

「!?」

 びくっ!

 恭也の声に子供は体を震わせると、ゆっくりと振り返った。

「ま、ますたー……」

 それは、メイド服を着た5~6歳程の少女だった。
 ノエルを幼くしたような、黒髪黒目の愛らしい少女である。
 ……だが、その顔は涙で濡れている。

「……お前は、剣のノエルか?」

 その姿と自分をマスターと呼んだことから見当をつけ、恭也は訊ねた。
 と、少女はこくりと頷いた。

(やはり、か……)

 これは夢か現実かと思いつつも、更に訊ねる。

「何故、泣く」

「…………」

「泣いているだけでは、何もわからん。理由を話せ」

 ノエルは暫く恭也を黙って見つめていたが、やがてぽつりと呟いた。

「ますたーは、わたしのことがきらいなのですか……」

「……何故、そう思う」

「だって、わたしをすてようとしました…… のろわれてるっていいました……」

「…………(汗)」

 今度は恭也が沈黙する番だった。
 あ~、そういや、そんなこと言ったような……

「こわいかおとこえでおこりました……」

「…………(滝汗)」

 や、それは勝負の真最中で余裕無かったし。
 あ~、とは言えこんな子供相手に大人気なかったかも……

「さっき、わたしをしらないひとたちにわたしました。
 わたしはますたーのものなのに、ますたーいがいにさわられるのは、とてもはずかしくていけないことなのに……」

「す、すまん……どうしてもお前のことが知りたくてな……」

「なら、わたしにきけばいいのです。わたし、ますたーにかくしごとなんてしません……」

(ううっ、流石に「得体が知れなくて信用できなかった」なんて言えねえ……)

 じっと自分を見つめるノエルの目を、恭也は見ていられなかった。
 だが、ここは何とか宥めないと……

 腹を括った恭也は、がしっとノエルの両肩を掴んだ。
 この行動にノエルはびくっ!と震え、一瞬怯えた表情を見せる。

「ノエル、すまん。あまりにお前がかわいいので、ついいぢめてしまったんだ……」

「でも、わるくちはきらいなひとにいうものなのです……」

「いや、悪口にも嫌いな奴に言う場合と好きな人に言う場合の二種類がある!
 今回はいわば後者! 親しい相手についつい使ってしまう親愛の証っ!」

「!?」

 ノエルは心底驚いた表情を浮かべた。

「にんげんって、かわってます……」

「だから、ノエルも気にするな」

「…………」

 恭也の言葉に、だがノエルは何か考え込むうように沈黙する。
 ……説得失敗か?

 が、暫くするとにっこり笑い、恭也に言った。

「ますたー、ぶさいく♪」

「…………」

「ますたー、ひとでなし♪」

「……………………」

(……もしかして、わざと言ってるのか?)

 恭也は若干顔を引きつかせながらノエルを見る。
 だがノエルは、何かを期待する仔犬の様な表情で恭也を見つめていた。
 ……もしかしなくとも、褒めろと?

「あ、ありがとう……」

「♪」

 盛大に顔を引きつかせながらも、恭也はノエルを撫でた。
 撫でられるノエルは、実に嬉しそうだ。

(まあ、悪い奴じゃあなさそうだな)

 そんなノエルの様子にそう判断すると、恭也はそっとノエルを抱き寄せた。
 そして、その耳元に優しく囁く。

「俺は恭也、高町恭也だ。ノエル、よろしくな?」

「!」

 その言葉にノエルは一瞬驚いたような表情を浮かべ、次の瞬間にはぽろぽろと泣き出した。
 ……それは、一番欲しかった言葉。
 感動し、思わず泣きながら恭也に抱きつく。

「ま、ますたあ~~」

「あ~、よしよし」

 恭也は優しくその背中をさすってやる。
 二人の心が通じ合った瞬間だった。
 ……だが暫くすると、恭也の心にむくむくといたずら心が芽生えてくる。

「ま、ますたー? なにを?」

 異変に気付き、ノエルが顔を上げた。
 くくく、かわいい反応じゃないか……

「いやなに、お前があまりにかわいいので、もう少しいぢめてやろうと思ってな?」

 いぢの悪い笑顔を浮かべ、恭也は告げる。

「!? も、もういいです! おなかいっぱいなのです!?」

「遠慮するな。晶やレン、なのは……最近でははやてといった、俺の妹分全員が受けた“いぢめ”だ。お前も甘んじて受けろ」

「や~~~~!?」

「ははは! 始めは皆そう言うんだ! が、慣れれば結構クセになるらしいぞ?」

 じたばたともがくノエルに、恭也は“いぢめ”を開始する。

「~~~~~~~~っっ!!??」

 ノエルが声にならぬ叫び声を上げる。
 この“いぢめ”は、“夢”が終わるまで続けられた。








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【12】


<1>

 ――八神はやての朝は早い。
 自他共に認める“八神家の主婦”である彼女は、夜明けと共に目を覚ます(しかも習慣なので目覚まし要らずだ!)。
 先ずはお楽しみタイム。隣で寝ている恭也の寝顔を眺めたり、或いは触ったり抱きついたりして堪能する。
 その後30分ほど足のマッサージを行い、朝食の支度をすべく台所へと向かうのだ。

 ……だが今朝は機嫌が悪いのか、どうも恭也を見る目が険しい。
 (自分でも原因がわからないのか)時折首を傾げつつも、ぎゅ~っと頬を抓ったり、ぐりぐりと乱暴に体を圧しつける。
 いつもはそっと頬を撫でたり、すりすりと体を擦り付ける程度なのに……いったいどうしたのだろう? 夢見でも悪かったのだろうか?

 まあそれはさておき、そんな訳で今朝はいつもよりやや遅れ、はやては部屋を出た。
 ちなみに恭也は、(いつものことだが)まだ暢気に寝っていた。

 …………

 …………

 …………

(そろそろ……起きるか?)

 はやてが部屋を出てきっかり一時間後――即ち、はやてが起きておよそ二時間後、ようやく恭也は目を覚ました。
 ……や、一応言い訳をさせてもらえれば、はやてが出て行ったのは無論、起きたのも気付いていた。
 最初の頃は、起きる手伝いだってちゃんとしていた。
 だが「八神家の主婦としてこの程度一人でできんでどーすんや!?」とか「恭兄の寝顔を見るのが私の楽しみなんや~」とか
毎度の様に言われ、何時しかこーなったのである。

(だが、はやてが起こしに来るまで寝てる、って手もあるな……)

 恭也の中で、激しい葛藤が起きる。
 渋々押し付けられたこの習慣、実際やってみると悪くない。
 ことに目を覚ましてからのこの惰眠がまたなんとも――
 そこまで考え、恭也は慌てて否定した。

「――いやいやいや、流石にそれは不味いだろ。あまり浸りきると駄目になるぞ、俺……」

 家主である9歳の少女よりも毎朝2時間も遅く起きる挙句、世話までしてもらっててまだ駄目になってないつもりだったんかい……

「しかし、今日のはやては少し機嫌が悪そうだったな……」

 とは言え、ようやく起きる気になったらしい。首を捻りつつも、恭也はむくりとベットから起き上がる。
 そんな彼に元気良い挨拶が掛けられた。

《ますたー、おはよっ!》

「ああおはよう、ノエル」

 恭也は軽く頷き、挨拶を返す。
 声の主は昨日から従者となった魔法の杖……と言うか剣、ノエルだった。
 まったく朝から元気――

「はいっ!?」

 恭也は驚き、振り返った。



<2>

 さて、時間と場所は少し飛んで食堂。
 現在ここには八神家の住人の全てが揃い、席に着いていた。
 ……約一名を除いて。

「アイツ、おせーなー」

 恐らく最も気が短いであろうヴィータが、しびれを切らして唸った(なおアイツとは、言うまでも無く恭也のことだ)。
 これにシグナムも大いに頷く。

「まったくだな。このままでは、せっかくの主の手料理が冷めてしまう」

 シグナムにとり、それは犯罪にも等しい行為である。
 故に彼女ははやてに願い出た。

「主、あの男を力尽くで連れて参ります。許可を」

「ん、まあ程ほどにな~?」

「!? ――御意」

 思いがけぬ言葉――はやては恭也にダダ甘なのだ――に一瞬戸惑うが、シグナムは直ぐににやりと笑い頭を下げる。
 ……どうやら、今日の主は機嫌が悪いらしい。
 だが彼女にとっては好都合である。昨晩の屈辱(第10話参照)、まだ忘れた訳ではないのだ。

(くくく…… 主の寵愛を独占――いやいや、寵愛をいいことに好き放題のあの男に、天誅を加えてやる……)

 恭也、ぴんちである。
 が、今日の所は運命の女神が彼に味方した。

「むう、遅れてすまん」

 ギリギリの所で食堂へと登場する。

「おせーぞ!」

「まあまあヴィータちゃん、昨夜は恭也さんも大変だったのだから。 ――おはようございます、恭也さん」

「おはよう、恭也」

「ちっ!」

「……恭兄、遅いで?」

「すまんな、はやて。 ――それに皆も」

 恭也はまずはやてに頭を下げると、今度は皆に再度頭を下げる。
 その後、朝の挨拶をした。

「ではあらためて、おはよう」

《(おはよ~~~~♪)》

 …………はい?

 はやてを除く、席に着いた全員が目を点にする。

《(ごはんっ、ごはん~~♪ ねえねえますたー、わたしにもひとくちひとくちっ♪♪)》

「(お前、口ないだろうが……)」

《(ぶーぶーっ!)》

 え~ととりあえず――誰、このデバイス? なんか昨晩とえらく雰囲気が違うのですが……
 まあ泣いてる所しか見てないけど、口調まで変わってるし、ぶっちゃけ別人(?)としか――

 皆が呆気にとられる中、シャマルが恐る恐る口を開いた。

「(……えっと、恭也さん?)」

「(察してくれて念話での会話、ありがとうございます。 ――あ、皆もノエルについては念話で頼むな?)」

 自分まで魔導師になったなんて知られたら、はやてに心配かけるから。
 そう付け加え、恭也は皆に理解を求めた。
 ……や、決してやましい理由からじゃないぞ? ほ、ホントだよ?

「(それは別に構いませんけど…… やっぱりその子、昨日のノエルちゃんなんですか?)」

「(貴女の言いたいことは、よ~く分かります。つーか、俺だってさっきから頭の上にはてなマークがブレイク中です)」

《(ん? なになに、あたしのこと~~?)》

 興味をそそられたのか、ノエルが割って入ってきた。

「(え、え~と……ノエルちゃん、ずいぶんと元気になりましたね?)」

《(うん! きのう、ますたーにいっぱいいーぱいかわいがってもらったんだよっ!)》

「(ああ、それでそんなに元気なんですか)」

《(うんっ! ますたー、すごかったっ! えへへ……)》

 元気良く答えた後、思い出したのか照れ笑いするノエル。
 これを見て(聞いて)、皆白い目を恭也へと向ける。

「(恭也さん……)」

「(おめー、どんだけだよ?)」

「(お前と言う男は……)」

「(あふ……)」

「(ま、待て!? お前ら、絶対ナニか勘違いしてるだろっ!?
 違う、絶対違うぞ!? ただ新しい妹分として可愛がっただけだ!!)」

 慌てて恭也が弁明する。
 が、事態は返って悪化した。

「(なるほど、性格が変わるまで可愛がられたか…… かわいそうに……)」

「(それも僅か一晩で……ここまでくると感心しちゃいますね?)」

「(つーか、デバイス相手にどう可愛がったんだよ、コイツ……)」

「(ZZZ……)」

「(ちがうっ!?)」

 全ての謎は解けた、と口々に頷くヴォルケンズ。(除くザフィーラ)
 これに対し、冤罪だと必死に訴える恭夜。
 だがノエルのこの変化、やっぱり恭也のせいだったりする。

 前回も書いた様に、ノエルの最も重要な役目は『主の擬似家族たること』である。
 だからこそ豊かな感情が、純粋無垢な心を持たされたのだ。主の望む存在となり得るために。
 ……そして昨夜、恭也は決定的な言動をとった。
 だからこそ、ノエルは変化したのだ。 ――“活発”な“妹”として。
 本質的にこそ変わっていないが、思考の大前提に『妹として』の立場が加わえられた。
 それ故に、表層的には大きく変わって見えたのである。

《(ますたー、ますたー、ごはんおわったらおそうじ、おそうじしてっ♪)》

「(へいへい……)」



「…………」

 さて、この狂騒の中に一人取り残されたはやては、不機嫌そうに顔を顰めていた。
 ……確かに彼女に念話は聞こえない。
 だが空気で分かる。自分が除け者にされている、と。

「…………」

 ……面白くない。最近、こんなのばっかりだ。
 恭也は昼間自分にちっとも付き合ってくれず、シグナムやヴィータとチャンバラばっかりしている。
 ついこの間までは、「調べようにも“むー”しかねえ……」とぼやきつつも、図書館で一緒に本を読んでくれていたのに。
 一緒に遊んでくれたのに……
 なのに、最近では夕方以降しか構ってくれない。

(面白くないと言えば、昨晩の夢見も悪かったなあ……)

 よく覚えてないけれど、とても腹が立ったことだけは覚えている。
 ……恭也の顔を見ていらいらしたから、多分絶対そっち方面のことだろう。

(……もう少し足が悪うなれば、もっと構ってもらえるやろか?)

 完全に足が動かなくなった時のことを思い出す。
 あの時、恭也は――とてもとても真摯に自分を見てくれた。
 あの時のことを思い出すと、今でも胸が熱くなってくる。

 モシ、今タオレタラ――

(!? 何考えとんのや、私……)

 突然自分の心に浮かび上がった危険な考えに驚き、はやてはぶんぶんと首を振って追い出した。
 あの時、恭兄は本気で心配してくれたんや。だから、あかん。絶対あかん。
 ――そう言い聞かせると、はやてはこの場で最も適当な方法で、恭也達に介入した。

「兄貴! 兄貴がさっきから黙りこくっとるせいで、いただきますできんやないかっ!?」

 すぱ~ん

「あうちっ!?」

 丸めた新聞紙が、小気味いい音を立てた。








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