魔法少女リリカルなのは×とらいあんぐるハート3SS 「とある青年と夜天の王」 その2「剣士と魔導師」 【3】  見渡す限りの広大な砂漠。  そこに、一頭の竜が倒れていた。  その傍には、ヴィータの姿。  だがヴィータは竜には目もくれず、無言で“本”を凝視している。 「…………」  “本”は青白く輝き、開かれた状態で宙に浮かんでいた。  ……良く見ると、ゆっくりと白紙のページが文字で埋められつつある。  やがて埋め終わったのか“本”は閉じ、ヴィータの手元へと戻った。  ヴィータは手早く先程のページを開け―― 失望の声を漏らす。 「ちっ! “AAランク”級の竜でも半ページしか埋まらないのかよ……」  ……ああ、無論分かってはいた。  魔獣は元々が強靭な生命体であるため、レベル(戦闘力)の割に魔力が低い。  おまけに連中は本能で魔法を使うため、理論は滅茶苦茶だし魔法数自体も少ない。  だから「“蒐集”効率が極端に悪い」と。  だが、まさかここまでとは── 「ちくしょう…… これじゃとても間に合わねえ…………」  これでは、全部埋まるのにどれだけ掛かるか分からない。  もう、時間が無いというのに…… 「……仕方ねえ。腹括って魔導師狩るか」  ヴィータは真剣な表情で一人呟いた。 ――――西暦2002年11月某日。海鳴市。 <1、某山中> 「ふっ! ふっ! ――せいっ!」 「はっ!」  所変わって場所は海鳴市郊外の某山中。  そこでは、恭也とシグナムが剣を交えていた。  彼女達が現れてからもはや日課になった感のある、「魔法・飛び道具無し、体術ありの剣術勝負」だ。 (――ちいっ! ヴィータといいシグナムといい、コイツら本当に“魔法使い”かよっ!?)  シグナムの剣を紙一重でかわしながら、恭也は内心あらためて感嘆の声を上げた。  正直、“魔法使い”というものがどのような存在であるかは未だによく分からない。  一応、「HGS能力者のような存在だろう」と自分なりに解釈してはいる。  だがHGS能力者は超能力を使えてこその存在であり、それが無ければ常人とさして変わりは無い。  たとえそれが高度な戦闘訓練を受けた者達でも、だ。  (※それで構わない。下手に生兵法を齧るよりも、超能力の運用を一層熟達させる方が余程役に立つ)  にも関わらず、シグナム……いや彼女達は―― (シグナム、ヴィータ、ザフィーラは武術家としても一流だ。  あのドン臭いシャマルですら、そこら辺のチンピラ集団程度なら魔法無しで軽く片付けられるだろう。  ――くっ! “騎士”と名乗るのは伊達じゃないってことか!)  ことにシグナムの場合、本気になればいったい如何程のものか、ちょっと底が見えない。  ……いや、確かに今も本気を出してはいるだろう。  だがそれは、“ルールある試合”でのそれ。言わば全身に鎖を付けて戦っているようなものだ。  正真正銘のルール無用、命懸けの戦場ではいったいどこまで強くなるのか…… (想像するのが怖いな)  恭也は内心苦笑しかけ――  (……いや、ちょっと待てよ? よく考えて見れば「魔法が使えて武術も凄いんです」って、どんだけ完璧超人だよっ!?  俺なんて、青春どころか人生の大半ブチ込んで、ようやくこのレベルだぞっ!!)  自分の出した結論に腹を立て、恭也は「ちくしょー!」と連撃を放つ。  だがあっさり避けられた挙句、逆に息も吐けぬ連続攻撃を喰らう。 「!? よっ、ほっ、ほっ、ほっ」  シグナムの剣撃を、恭也は必死に避ける。  そして、剣を引いたところで再度反撃に出た。  だがシグナムは回避せずに応じ、至近距離での凄まじい剣の応酬が行われる。  言わば、我慢比べ。一瞬たりとも気を、体を休める間が無い。  呼吸すら満足に行えない。辛い、苦しい……  だが――  どっくん  興奮と歓喜で、恭也の胸が熱くなってくる。  それは、はやてと暮らし始めてから久しく忘れていた感覚。ここ最近、ようやく思い出しつつある感覚。  この昂りの前に、先のつまらぬ感情など消し飛んでしまう。  ニタリ……  何時しか恭也は無意識の内に壮絶な笑みを浮かべ、ただ一心に剣を振るっていた。 (大した腕だな……)  必殺の一撃をかわされたシグナムは、内心あらためて感嘆の声を上げた。  もう何度も剣を交わしているが、この男は一向に底が見えない。  ……恐らくは、まだ幾つも決め技を隠し持っている筈だ。  確かに現状は互角だが、これでは到底“真の互角”とは言えないだろう。 (やはり、純粋な武技では向こうが一枚上か)  シグナムはそう判断した。  口惜しくない、と言えば嘘になる。  だが自分の武技は魔法運用を前提としているのだから、まあ仕方の無い話だろう(尤も、この男程の腕前はそうそういない!)。  むしろ驚くべきは―― (その発する気か)  くくく、とシグナムは笑う。  目の前には、壮絶な笑みを浮かべて剣を振るう恭也。  恭也が発する気は、常人ならばそれだけで失神しかねない程強烈なものだ。  これだけの気を発するようになるまで、いったい如何程の人間を斬ってきたことだろう?  ……いや、ただ数を斬るだけでは身につかない。  それこそギリギリの修羅場を幾度となく潜り抜けてこなければ、とうてい不可能だ。 (命の遣り取りをしたことのない武術家モドキなど、たとえ倍の腕があっても敵うまい)  その発する気に呑まれ、蛇に射竦められた蛙のようになるに違いない(尤も、自分にはむしろ心地良いくらいだが)。  間違いない、こいつは“本物”だ。 ――それだけに、“惜しい”。 「惜しい、な……」  思わず、シグナムは声に漏らした。  この男が、魔導師なら……  超Aランクでなくともいいのだ。Aランク、いやせめてBランクならば―― (戦友足り得たものを……)  それが残念でならない。  もし魔導師であれば、自分達がこれから起こそうとしている“行動”の同志足り得ただろう。  これから先の厳しい戦いを、共に戦えただろう。  聞かずとも分かる。この男なら、きっと主の為に剣を取ってくれたに違いない。  だが、現実は…… (我等だけでやるしかないっ!)  シグナムは残り少ない余力を全て剣に乗せ、叩き付けた。                          ・                          ・                          ・ 「世の中、不公平だ……」  結局引き分けに終わったことに、恭也は激しく落ち込んでいた。  確かに神速等の切り札は使っていないが、それを言うなら向こうだって魔法を使っていない。  寧ろ「奥の手を封印した剣士」と「(いくら騎士を名乗っているとはいえ)魔法を封印した魔法使い」が「剣で戦った」結果と考えれば―― (……これって実質的に負けじゃね?) 「まーけーいーぬーの〜〜♪」 「……なんだ、その妙に力が抜ける歌は?」 「負け犬の唄」 「そんなものがあるのか……」 「いや、俺が今作った」 「…………」  シグナムは、無言でじっと恭也を見る。  何処か、暢気そうな顔。  ……そこには、先程までの殺気を見出すことはできない。  そう、不自然なほどに。  ふっ、とシグナムが笑う。 「なるほど…… 道化染みた言動は、血の臭いを隠す化粧か」 「…………」  恭也は、シグナムの言葉に答えず明後日の方を向いた。  そして、「今気付いた」とばかりに手をぽんと叩く。 「おお、もうこんな時間か。そろそろはやての奴を迎えに行かねば」 「ふん、誤魔化しの下手なヤツだ」 「……正直、分からん」  明後日の方を向いたまま、恭也は突然ぽつりと呟いた。 「?」 「戦場に出るようになってから、意識的に性格を変えたのは事実だ」  「血の臭いを消すのも勿論だが、それ以上に色々キツくてなあ〜〜」とぼやく恭也に、シグナムは重々しく頷いた。 「やはり、な」 「だがそんなことを一年もしていたら、前の性格に戻れなくなってしまった。  この性格は意識せずに出てくるのに、だぞ?  ……はてさて、いったいどちらが本当の“今の俺”なのか」 「厚化粧のし過ぎではないのか?」 「かもしれんな」  恭也は笑った。  そして振り返り、シグナムを見る。 「シグナムも、来るだろう?」 「当然だ。 ……だがその前に、一言言わせてくれ」 「だいたい想像がつくが…… なんだ?」 「頼むから、もう少し身嗜みを整えてくれ……」  着替え終えた恭也を見て、シグナムは大きな溜息を吐いた。  服をだらしなく着込み、頭もぼさぼさ。おまけにサングラスと、実にアレなあんちゃん姿の恭也。  正直、一緒に歩きたくない。 ……いや、自分はいいとしてもはやてがあまりに可哀想だ。  だが恭也は「はて?」と首を捻る。 「はやては、別に気にして無いみたいだが?」 「……違う。主は諦めたのだ」 「なら、いいじゃないか。お前も諦めろ」 「できるか!」 「――理由なら、前に話しただろ?」  この街には、もう一人の恭也が存在する。  だから別人の如く振舞う必要がある、と恭也は力説する。 「言い分は分かる。だが、もう少し何とかならないのか?」 「結構効果的なんだぜ? 何か知らんがこっちの世界の俺、やたらびしっ!としてるし」 「しかしだな……」 「それに、慣れると気楽だしな。『なんとかも三日やれば止められない』ってヤツか?」 「このものぐさ男め……」  ……もしかしたら、道化の化粧とやらも「三日やれば〜」なのかもしれない。 (やはりこの男、ただの阿呆かもしれない……)  恭也という人間をはかりかね、シグナムは呻いた。 <2、市立図書館前>  そろそろ夕方にさしかかるかどうかといった頃、はやてはシャマルと共に市図書館を出た。  途中、入り口で待つ恭也とシグナムを見つけ、喜びの声を上げる。 「あ、恭兄♪ それにシグナム♪」  これに恭也は軽く手を挙げ、シグナムは一礼し、それぞれ応じる。 「はやて、今日も本を堪能したか?」 「お迎えに参りました」  4人が合流すると、車椅子を押しているシャマルが頭を下げた。 「恭也さん、シグナム、ご苦労さまです」 「シャマルさんもはやてのお守りご苦労様です。ご褒美に花丸を差し上げましょう」  恭也の労いの言葉に、シャマルはくすくすと笑う。 「ありがとうございます。でも、はやてちゃんはいい子ですから」 「せや、私は今日もいい子やで。 ――だから、ご褒美に家まで抱っこして♪」  目を輝かせて両手を広げるはやてに、恭也は微笑みつつも軽く肩を竦める。 「やれやれ…… シャマルさん、申し訳ないですが車椅子の方を頼みます」  そして言うと同時に、ひょいとはやてを抱き上げた。 「♪」  はやては抱き上げられると恭也の首に手を回し、すりすりと頬ずりする。  それを見ていたシグナムとシャマルは、思わず表情を崩した。  じろり……  これにバツが悪くなったのか、恭也が軽く二人を睨み付ける。  だが当然と言うべきかさしたる効果は無く、笑って返されてしまう。 「はい、車椅子なら任せて下さい」 「では、帰りましょう」 「どうも最近、俺というキャラが誤解されているようでならない……」  ぶつくさ言いつつも、恭也は二人に従った。  ……女所帯において、男の地位などそんなものなのだ。 ――――おまけ。 (あ、あの子だ)  図書館から出ようとしたすずかは、見知った顔(はやて)を見つけ、思わず立ち止まった。  と言っても、実際の知り合いという訳ではない。図書館でよく見かける。 ――その程度の話だ。  だが、すずかは不思議と他人の気がしなかった。  と言うのも、彼女はたいていお兄さんと一緒にいて、その人が自分のよく知る人ととてもよく似ていたからである。 (初めは、間違っちゃったくらいだものね……)  思い出し、すずかはくすくすと笑う。  ……いや、今でこそ笑い話だが、当時はそりゃあもう大変だった。  何せ、憧れの人である“恭也さん”が見知らぬ少女をお姫様抱っこしている所を目撃したのだから。  あの時は、あうあう言いつつも二人から目が離せなかった。  だが誤解が解けた後も、すずかは自然と目で二人を追ってしまっていた。  どこか“恭也さん”に似た、ちょっとだらしがないけど優しいお兄さん。  そのお兄さんが大好きな、甘えん坊の車椅子の少女。  この二人の遣り取りは、とても微笑ましくて、羨ましかったから。 (わたしも、あんな風に自然に甘えられたらな……)  “恭也さん”を思い浮かべながら、すずかは嘆息する。  初めて会ったのは3歳の時。それ以来、ずっと見てきた。  ……けれど、未だにすずかは“親友(忍)の妹”“妹(なのは)の親友”に過ぎない(なのにライバルはどんどん増えてくしっ!?)。 (もう少し、がんばらないと……)  まあそんな訳で、彼女には共感というか、どこか同志めいた意識があるのだ。 (できれば、一度お話してみたいな……)  今度、勇気を出して声を掛けてみよう。 ――そう考えつつ、すずかは迎えの車に乗った。  そして、思い出したように運転手に声を掛ける。 「あ! 途中、翠屋に寄ってもらえますか」  ……や、考えてたら無性に“恭也さん”に会いたくなったのだ。  平日の今の時間なら、かなりの確率で翠屋で働いているだろう。  行けば、きっと休憩をとって相手をしてくれるに違いない。  どきどき…… (思い切って、抱きついてみようかな……)  お姉ちゃんは避けられるけど、私ならまだ子供だから、さり気なく無邪気にやれば大丈夫だよね?  逸る胸を押さえつつ、すずかはそんなことを企んでみる。 (もしかしたら……抱っことかしてくれるかもっ!? そ、そしたら頬ずりなんかしちゃったり……)  ふにゃあ〜〜  その光景を想像し、すずかは真っ赤になって目を回す。  もー沸騰寸前だ(※ちなみに先のはやてと恭也をそれぞれ自分と“恭也さん”に置き換えている故か、想像の光景はやたらリアルだ)。 (ありがとうね)  勇気(というより妄想力)をくれたはやてに内心頭を下げつつ、すずかは両の手をぎゅっと握り締めた。 「わたし、がんばりますっ!」 「御武運を、すずかお嬢様」  すずかの考えていることをだいたい察した運転手――ショートカットのメイドさん――は、無表情ながらも心から主人を応援した。  ……忍? や、彼女にとってはすずかも主人だから、これは裏切りではない。多分。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【4】  その日、ヴィータは夕食の時間になっても帰ってこなかった。  何でも留守番をしていたザフィーラ曰く、「遠出したから帰りは遅くなる。メシは先に食っててくれ」との連絡があったそうだ。  だからヴィータ抜きの夕食となった訳であるが――ぶっちゃけ、はやては食事どころではなかった。 (うう…… 恭兄、かなり怒っとる…………)  普段だだ甘な恭也ではあるが、ことこういうことに関しては厳しい。とても、厳しい。  それははやて自身、嫌という程経験している。  だから、先程から一言も発せず食事をしている恭也が怖くて怖くて仕方がない。  ぷるぷるぷる…… (ああおにいちゃんごめんなさいごめんなさい、もうしませんぜったいしません。だからかんにんや……)  思わず、過去のトラウマが蘇ってしまう(……あかん、とても他人事とは思えへん)。  当然、食事は碌に喉を通らないし味なんてしない(なんでみんな平然としてるんやろ!?)。  早々に食事を切り上げると、はやては後片付けを理由に台所へと逃げ出した。  ヴィータが帰宅したのは、夕食を終えて暫くしてからのことだった。 「ただいまー あ〜疲れた、メシフロ〜〜」  ……なんかもう、誰かさんの影響受け捲くりである。  この言動に、  シグナムは眉を顰め、  シャマルは苦笑し、  ザフィーラは軽く嘆息する。  対する恭也は相変わらずの無表情、  そしてはやては――  びくうっ!  これから起こるであろう事態を想像し、シャマルに泣きついた。 「しゃ、シャマル〜〜 お風呂入ろ! 今すぐ入ろ! なっ、なっ!?」  もー必死である。  だが状況を読めないシャマルは、あらあらと首を傾げる。 「今日は恭也さんと入らないのですか?」 「た、偶にはシャマルと入るんも、い〜かな〜って思うんやっ!」 「う〜ん、別に私は構わないですけど……」  そう呟きつつ、シャマルは少し困った顔をして恭也を見た。  と言うのも、「はやてを風呂に入れるのは恭也の仕事」というのが暗黙のルールだったからである。  (※仕事というよりも寧ろ、恭也の既得権益――恭也自身がどう思っているかは別として――扱いだったりする)  だが恭也はあっさりと頷いた。 「全然構わんぞ? ――シャマルさん、これを機会にずっとお願いできませんか?」 「はうっ!?」  薄情な恭也の言葉に、がーんと涙目になるはやて。  普段ならここで猛抗議するところである。  ……だが流石に今のこの状況でそのような真似をする勇気は無い。  ただ叱られた仔犬の如く項垂れるだけだ。  そんなはやてを見て、シャマルは恭也をめっ!と叱る。 「ダメですよ。はやてちゃんをお風呂に入れるのは、恭也さんのお仕事です。  『働かざる者喰うべからず』ですから、ちゃ〜んと働いて下さいね?」 「しかし、ですね……」  渋る恭也に、シャマルは更に畳み掛ける。 「結構な力仕事ですし、とっさのこともありますから男の人の方が向いてます。  ……それに第一、お兄ちゃんでしょう? 妹の面倒を見ないでどうするのですか?」 「むうう……」  ……それを言われると弱い。  誓約を交わした以上、はやては恭也の“妹”である。  幼い、足の不自由な妹を風呂に入れてやる。 ――それの何処に問題があると?  恭也の無表情が崩れ、素に戻った。 「まあ今日の所ははやてちゃんのご指名ですから交替しますけど、これは特別ですからね?」 「りょうかいです……」  恭也は軽く肩を竦め、全面降伏した。  今まで暗黙の了解だったものが、あらためて明文化されてしまった瞬間だった。  ……薮蛇、とはまさにこういうことを言うのであろう。  一方、はやてはシャマルに抱きつき、感謝する。 「しゃまる〜〜 ありがとな〜〜〜〜」 「はいはい、私ははやてちゃんの味方ですよ♪」 「俺の味方はいないんかい……」  恭也の嘆きに応える者は、誰もいなかった。 「……どーでもいいけど、早くメシにしてくれ」  はやてが風呂に行ったのを確認すると、恭也は真剣な表情でヴィータに声を掛けた。 「――ヴィータ、少しいいか?」 「なんだよ? 悪いけど、説教ならメシ食い終わってからにしてくれ」  が、ただでさえ説教を素直に聞くタイプでないことに加え、やっと食事にありついたところである。ヴィータは露骨に嫌な顔を見せる。 「いや、質問に答えるだけでいい」 「……ん?」  いやにあっさりと譲歩した恭也に、身構えていたヴィータは肩透かしを喰らった形となった。  意外に思ったのか、怪訝そうながらも初めて恭也に目を向ける。 「お前、今まで何処で何と……いや誰と戦ってた?」 「!?」  驚き、一瞬絶句してしまうヴィータ。  その隙を逃さず、恭也は一気に攻め立てる。 「何のこと、とは言わせんぞ? ここ数日、お前から“血の臭い”がするようになった」 「…………」  無論、“血の臭い”というのは比喩だ。  非殺傷設定での戦闘であるから、殺めてはいない。与える怪我も、最小限度だ。  だから、実際に血の臭いなどする筈が無い。  だが高揚感を始めとする戦いの臭いは、そう簡単に消せるものではない。  ……ことに恭也のような“飢えた獣”は、これに敏感に反応した。 「しかも回を重ねる毎に臭いは強くなっていく。始めは熊か猪でも狩っているのかとも思ったが……」  恭也はそこまで話すとゆっくりと首を振った。 「何処か切羽詰った様にも感じたから、ただの遊びでもあるまい。  或いは見過ごすかとも考えたが……今日、臭いが決定的に変化した」  そして、ヴィータを睨み付ける。 「お前、人と―― それも“戦闘のプロ”と戦ったな?」 「…………」  恭也が話す間、ヴィータはずっと沈黙していた。  先手先手を打たれ、反論の隙が無かったこともあるだろう。  だがそれ以上に恭也の指摘があまりにも的確だったことが、ヴィータに沈黙を強いたのだ(そもそも隠し事ができるタイプではない!)。 「はっ! おめー、TVの見過ぎじゃねーのか? あたしはただ、遠くのゲーセンに遠征――」  ……それでも、何とか笑い飛ばそうと試みる。  そんなヴィータを恭也は打って変わって穏やかな目で諭す。 「お前……いや、お前達が何の為にそんなことをやっているかは知らんが、理由も無くそんな真似をする連中ではないことは知っている」 「あ……」  だがそれも一瞬のこと、直ぐに厳しい表情に戻り指摘する。 「だが、お前達のしていることは、はやてを危険に晒すことでもある。 ……それを分かっているのか?」 「! 何も知らねークセに――」  その指摘に激高し、ヴィータは食卓を叩いて立ち上がる。  だが―― 「もういい、ヴィータ」  先程から二人を黙って見ていたシグナムが、それを止めた。  だが、とうてい納得できないヴィータは食い下がる。 「シグナム! なんで止めるんだよっ!?」 「この男に、何時までも隠し続けられる筈も無いだろう? 潮時だ」 「…………」 「それは、俺の指摘が正しかったと採って良いのだな?」  恭也は対象をシグナムに変え、問いを続ける。 「……ああ」 「当然、納得のいく理由が聞けるのだろうな?」 「それはお前が判断することだ。 ……だが、我々とて決して本意ではない」 「――と言うと?」 「恭也、お前は主の病気をどう見る?」 「……何が言いたい?」  恭也の目が鋭くなった。  話をすり替えられたこと以上に、タブーとしていた事をぶつけられたことに腹を立てたのだ。  だがシグナムはその視線を平然と受け流し、問い質す。 「お前の目から見て、主は治りそうか? そうでなくとも病気の進行は止まりそうか? それとも――」 「はやては治る! 必ずだっ!」 「……それは単なる願望だろう。そうではなく本当のお前の考えが聞きたい。このままいけば、主はどうなる?」 「今回の話とは関係――」 「ある。それも、大いに」  真剣な表情で断言するシグナム。  これを見て、恭也は沈黙した。  暫し、両者は睨み合う。 「…………」 「……危ない、かもしれない……」  やがて恭也は目を逸らし、渋々ながらも本音を話した。  その一言一句、まるで血を吐くかのように。 「……そうだな。私も……いや私達も同意見だ」  シグナムも苦しげな表情で頷き、同意する。  そして、まるで自分に言い聞かせるが如く力強く断言した。 「――だからこそ、我々は“蒐集”をせねばならんのだ」 「……“蒐集”?」 「ああ、いい機会だからお前に全てを話そう」  怪訝そうに首を傾げる恭也に、シグナムは長い長い話を始めた。                          ・                          ・                          ・                          ・                          ・                          ・ 「――と言うことは、その“蒐集”とやらをすれば、はやては助かるのだな?」  シグナムの説明を聞いた後、恭也は確認するかの様に問い質した。  これに、シグナムは大きく頷く。 「ああ、“蒐集”により“闇の書”のページを全て埋めれば、主は強大な魔力と万の魔法、そして不老不死を手に入れることができる」 「不老不死、ねえ……」  そう呟くと、恭也は考え込む。  不老不死とはまた実に胡散臭い単語だが、彼はそれに近い存在を知っている。  夜の一族。強靭な肉体と驚異の回復・再生能力、そして数百年……もしかしたら千年以上の寿命を誇るヒトにあらざる者達。  ……だがそんな彼等と言えど、完全な不老不死では無かった。 (ま、不老不死は大袈裟だが、「夜の一族並かそれに近い体となれる」ってことかね?)  だから、自分なりに見当をつけてみる。  ……まあ仮に「そのまた半分」でも大したものだ。優に数世紀を生きていけるだろう。  だが―― (それが幸せかと言えば、そういう訳でも無いみたいなんだよなあ……)  恭也は嘆息する。  彼は複数の“夜の一族”と交際を持ち、様々な事例を見聞きしてきた。  そうした経験から言わせてもらえば、彼等が満足に寿命を全うすることは殆ど無く、たいてい悲惨な最期を遂げている。  繰り返される親しい人間達の死、ことに最愛の人を失った苦しみに耐え切れず。  或いは生きることに疲れて、飽いて。 ――発狂するか、自ら死を選ぶのだ。  過去には恐ろしい事故や暴行の果て、苦しみながら死ぬことさえ少なからずあったらしい。  『肉体に精神がついていけないんだよ。私達は、そんなに“強い”種族じゃないんだ……』  つい数年前、生涯の友であること誓った少女の言葉を思い出す。  『だから、私達は人間達から離れられないの。直ぐ死んじゃうって分かっていても、傷つくと分かっていても、求めずにはいられない……』 (――忍、すまん)  結果として裏切ってしまった少女に、恭也は心の中で深く詫びた。  死体が見つからない以上、彼女はきっと恭也の死を認めないだろう。そしてそれが余計に彼女を傷つけ苦しめる。  ……いや、認めないのは彼女だけでは無いだろう。皆、必死になって探しているに違いない。 (あの人達は、そういう人達だ)  であるというのに、自分はこうしてぬくぬくと―― 「……恭也?」  目を瞑り無言で考え込む恭也に、シグナムが不審そうに声を掛けた。  ……これがはやてならば、恭也が何を考えているかに気付いただろう。  だが生憎……いや幸いにも、彼女達はまだそこまで恭也の内面に接していなかった。  だから恭也の沈黙に、ただ不審を抱くだけだ。 「……幾つか確認したい」  恭也は、ゆっくりと口を開いた。 「なんだ?」 「相手を傷つけないというのは、本当か?」 「ああ、非殺傷設定での魔法攻撃だから、基本的に肉体に害は無い。  ……まあ全くの無傷は流石に不可能だが、せいぜい負っても軽傷程度だろう」 「“蒐集”とやらについてだが、魔力とやらを完全に奪う訳では無いのだな?」 「これについても手加減するからな、遅くとも半年もあれば完全に回復できる筈だ」 「そうか……」 「無論、それが偽善に過ぎぬということは理解している。  だが我々は、それでも主を救いたいのだ。その名を汚したくないのだ」 「…………」  恭也は再び目を閉じ、考え込む。  確かに、はやてが助かるには“蒐集”とやらを実行するしか……いや縋るしかないだろう。  そして“蒐集”が成功すれば、そして話が事実であるならば、はやては健康になれるどころか人を超越できる。  ……もう自分の庇護を必要としない程に。  不老不死云々に関しても、ヴォルケンリッターがいる。彼女達のはやてに対する想いは本物だ。 「……もう一つ、最後にもう一つだけ聞かせてくれ」 「ああ」 「お前達は、不老不死となったはやてと共にあることを誓えるか?」 「もちろんだ。我々は永遠に主と共にある」  シグナムは、当然だと言わんばかりに頷いた。  それは、一分の迷いも無い誓いの言葉。 「ありがとう……」  恭也は深く頭を下げた。 (彼女達になら、安心してはやてを託せる。もはや思い残すことは無い……)  仮初の兄妹関係に終わりが近づいていることを、恭也は感じた。  それが寂しくないと言えば嘘になる。  だが、自分は本来自分はこの世界にいるべき人間では無い。何より、帰らねばならぬ世界があるのだ。  だから、自分に言い聞かせる。  シグナムの話では、この世界の他にも幾つもの世界が存在するらしい。  その中には、この世界より遥かに進んだ世界が多数含まれているそうだ。  ……そして、過去に滅んだ世界の中にはそれ以上に進んだ世界もあった、とも聞いた。  ならば、ならば―― 帰る手掛かり位は掴めるのではないだろうか?  少なくとも、この世界にいるよりは遥かに可能性がある。あてはあるのだ。 ……少なくとも、以前よりは。  故に恭也は決断した。 「分かった。俺も全面的に協力しよう」  それが、“兄”として“妹”にしてやれる最後のことだと信じて。  この時、恭也は迂闊にも気付いていなかった。  それ程までに古く強力な魔導書に、「何故今まで主が存在しなかったのか?」ということに。  もし存在したとすれば、「歴代の主達はいったいどのような運命を辿ったのか?」ということに。  真に“強大な力”と“不老不死の体”が得られるのだとすれば、主達はいったい何処へ消えたのだろう?  ――この至極当然の疑問に彼が気付くのは、まだだいぶ先の話だった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【5】 「分かった、俺も全面的に協力しよう。 ――いや、是非とも協力させてくれ」  そう言い終えた瞬間、全身に力が漲ってきた。  興奮と歓喜で胸が熱くなる。  それはシグナム……そしてヴィータやザフィーラと手合わせした時と同種の、だが比べ物にならぬ程に強く、純粋な感情。 (――ああ、俺は戦いを望んでいたのだな)  恭也は、ようやく自分の本音に気付いた。  一年以上に及ぶはやてとの生活は、確かに温かく幸せなものだった。  だが同時に、“渇き”とも“飢え”とも思える感情を抱いていたこともまた隠し様の無い事実だ。  「元の世界の家族を案じ、求める想い」とは異なるこの不思議な感情に、当時の恭也はただただ首を傾げ、持て余すばかりだった。 (はやてのことを考えたり抱きしめたりすると和らいだものから、「もしや俺はそういう趣味なのか?」とけっこう深刻に悩んだものだが……)  当時のことを思い出し、恭也は内心で苦笑する。  今思えば、あれは湧き上がる闘争本能を家族愛と保護欲で相殺していたに違いない……  この誤解に気付いたのは、ヴォルケンリッターと手合わせをするようになってからのことだ。  ここ数ヶ月に及ぶ彼女達との手合わせは、この一年の間手合わせどころか鍛錬すら最低限だった恭也にとり、実に刺激的なものだった。  そして気付かされた。自分はこうして剣を振るいたかったのだ、と。  ……だがその答えも、表層的な感情を言い表したに過ぎなかった。  その証拠に、一旦は収まった“渇き”は暫くすると再び頭をもたげ、時を、回を重ねる毎にますます強まっていく。  自分はいったい何に渇いているのだろう、何に飢えているのだろうと散々悩んだものだ。  その答えが、やっと分かった。  自分は、戦いの場に身を置きたかったのだ。  人生の全てを賭け、血を吐く思いで会得した技を、思う存分振るいたかったのだ。  生と死、そのギリギリのところに身を置く興奮を味わいたかったのだ。 (管理局、か……)  まだ見ぬ敵に、思いを馳せる。  シグナムの話では、この世界は多数の次元世界よりなるらしい。  そしてその治安を担うのが、“管理局”なる組織なのだそうだ。  強大な権限を持った、“警察”というよりもむしろ“軍”と称するに相応しい実力行使組織――考えるだに胸が躍る。 (相手にとって不足は無い)  恭也は不敵に笑った。 「恩に着る」  恭也の快諾に、今度はシグナムが深々と頭を下げた。 「これで、我等も心置きなく全力で動ける」 「なに、当然のことだから気にするな。 ――で、俺は何をすれば良い?」  逸る心を抑えつつ、恭也は訊ねる。  正直、今にも武者震いしそうだ。  だがそんな恭也に、シグナムはあっさりと答えた。 「ああ、お前は今まで通り主の傍にいてくれ」 「……それはどういうことだ? それでは、俺が助力する意味が無いではないか」  思わぬ返答に、恭也は剣呑な目付きで問う。  だが彼の心を知ってか知らずか、シグナムは大きく首を振った。 「いや、大いに異なる。 先も言った通り、今後我等は全力で動くことになるだろう。  そうなれば必然的に、全員不在となる時間が長くなる。  その際にお前が内情を把握しどっしりと構えていれば、主は然程不安も懸念も抱くまい」 「…………」  恭也は、無言でシグナムの言葉を聞いていた。  頭では理解している。  はやてを一人にする訳にはいかない以上、誰かが残らなければならない。  ならば、それは自分以外ないだろう。  何しろ自分には、次元間を移動する能力どころか飛行能力すら無い。  これでは戦闘能力云々以前に足手纏いだ。分かっては、いる。  ――だが、納得はできなかった。思わず不満の言葉が口から漏れる。 「……俺は、不要か」 「そんな筈無いだろう! お前が主の傍にいてくれる、心身共に護ってくれると思うからこそ、我々も後顧の憂い無しに動けるのだっ!」  何を馬鹿なことを、とシグナムが声を荒げて反論した。 (……ああ、分かってるさ。あのシグナムがはやてを託すんだ、俺を信頼していない筈が無い。そんなことくらい分かってる)  だが、どうしても思えてしまうのだ。  『家族としてのお前は信頼している。だが、武人としてのお前は信頼していない』  『お前は、戦友足り得ない』  ――と言われている様に。  そしてそれは、恭也にとって最大級の侮辱だった。  怒りが込み上げてきた。戦いの場を奪われた失望感が、それをいっそう助長させる。  だから恭也はゆっくりと……だが大きく首を横に振った。 「承服しかねるな」 「!?」  恭也の返答に、シグナムは一瞬理解できなかったのか、目を大きく見開いた。  だが直ぐに我に返り、今度はあからさまに怒りを込めた視線で恭也を睨み付ける。 「……お前は、主を護らないと言うのか?」 「はやてを護るのは当然のことだ。 ……だが、それはお前達も同様ではないのか?」  恭也はその視線に真正面から挑み、答える。 「我々は、行動することにより主を護る」 「ならば、俺にも同じことが言える筈だな?」 「…………」 「…………」  恭也とシグナム、二人の怒気を込めた視線が交差する。  場の空気はたちまち硬化し、一触即発となった。 『(恭也さんもシグナムも止めて下さい!)』  そんな中、恭也の頭の中に直接シャマルの声が響いた。 「これは……念話?」  HGS能力者が使うそれを思い出しつつ、恭也は訊ねる。 『(はい。申し訳ないですが、部屋を“覗かせて”もらいました。  ……ですから、何故恭也さんが争われているかも把握しています)』 「ならば貴女はどうです? やはりシグナムと同意見ですか?」 『(…………)』  恭也の問いかけにシャマルは一瞬沈黙した。  だが暫くして、申し訳なさそうな声が恭也の頭に響く。 『(……恭也さん、お願いですからわかって下さい)』 「貴女まで俺を邪魔と言いますか……」  自嘲気味に呟く恭也に、シャマルは必死に訴える。 『(そうではありません、恭也さんが強いことはシグナムも私も知っています。  魔法の存在しない世界では、あなたは最強級の戦士でしょう。  ……でも魔法は、魔導師という存在は、あなたが想像する以上に危険極まりない存在なのです)』 「…………」 『(お願いです…… 恭也さんに万が一のことがあれば、はやてちゃんは――)』  だがその言葉は、恭也の心には届かなかった。  ばかりか、より一層の怒りを引き起こす。 「……俺はかつて、銃弾どころか砲弾やロケット弾が雨の如く降り注ぐ戦場を駆け巡ってきた。  戦車やヘリ、強化HGS能力者と遣り合ったことだって幾度とある。 ――それでも、不満か」 『(恭也さん……)』  この言葉に、シャマルはただただ悲しそうに呟いた。  だが恭也はもはや彼女を相手にせず、今度は先程から沈黙を続ける二人に目を向ける。 「お前達も、二人と同意見か?」 「我は、皆の意見に従おう」  獣状態――彼は基本的にこの姿だ――で床に寝そべっていたザフィーラが、顔を上げて答えた。 「……つまり、同意見か」 「勘違いするな、我に意見は無い」  そう言ったきり、ザフィーラは再び顔を伏せる。  ……どうやら議論に関わる気は更々無いらしい。  恭也は嘆息し、今度はヴィータへと目を向けた。 「ヴィータ、お前はどうだ?」  かっ、かっ、かっ……  渋々引き下がった割に先程からいやに大人しいなと思って見てみると、ヴィータは一心に食事をかきこんでいた。  恭也の言葉を……いや、今までの話すら碌に聞いていたのかいないのか、一切無視だ。 「……ヴィータ?」  かっ、かっ、かっ……  再度恭也が訊ねるが、やはり結果は同じだった。  恭也は嘆息し、ヴィータを視線から外す。と―― 「お互い、柄じゃねーだろ?」  突然、ヴィータが言葉を発した。 「!?」  恭也は驚き、再び視線を戻す。  すると食事を終えたのか、ヴィータは両手を合わせていた。 「ごっそーさん」  そしてそう言い終えると、恭也を見る。 「あたしもおめーもさ、口でごちゃごちゃ言い合うタイプじゃねーだろ?」 「……と言うと?」  言わんとすることを薄々察し、恭也は先を促す。 「おめーは自分の腕に自信を持ってる。そしてそれ以上に戦いたい。 ――違うか?」 「……そうだ」 「シグナムとシャマルは、魔導師相手に恭也の剣は通じないと思っている」 「……ああ、その通りだ」 『(残念なことですが……)』  恭也、シグナム、シャマルの三人は、そのあまりにストレートな物言いに鼻白みつつも頷いた。 「なら決まりだな。 ――恭也、あたしと戦え」 「やはり、か」 「気付いてたなら話は早えー、おめーの力を見せてみろ。代わりに、あたしは魔導師の力を見せてやる」  呻く恭也に、ヴィータはビシッと指を指して宣言した。 「ヴィータ、正気か?」  ヴィータの言葉に、シグナムは目を剥いた。  一般人――この場合は魔法を使えない人々――が魔導師と戦って、勝てる筈が無い。  ましてやヴィータはランクAAAの“大魔導師”である。巨竜と蟻が戦うようなもの、勝負など端から見えている。  いやそれ以前に、下手をしなくとも恭也が死んでしまう可能性すらあった。  ……たとえその気はなくとも、魔法を使えぬ一般人は、本当にちょっとしたことで死んでしまうのだから。  所謂非致死性兵器(non-lethal weapons)と同様、魔法の非殺傷設定も完璧ではない。  ことに耐久力の低い一般人の場合、相殺しきれなかった物理的精神的衝撃により死傷や精神崩壊してしまう例も少なくないのだ。  故に、魔導師が一般人相手に“力”を振るうなど以ての外、とシグナムは考えていた。 (ましてや、恭也は主の精神的支柱とでも言うべき存在だ。  万が一……いや仮に怪我で済んだ場合でも、主に与える衝撃が大きすぎる)  だから、断じて容認する訳にはいかなかった。  それが分からぬヴィータではないだろう。だからこそ、シグナムは彼女の正気を疑ったのである。 「ああ、自分でもイヤになる位、正気だよ」  だが、ヴィータは冷静だった。  むしろ論争で熱くなっていたシグナムよりも、遥かに。  確かに当初は発言を封印、退場を余儀なくされて不貞腐れてはいた。  だが空腹と腹立ち紛れに自棄食いし、腹が膨れてくると少し頭が冷えてきた。  だから、二人――シャマルを含めれば三人――の口論を第三者に近い視点から見ることが出来たのだ。 (これじゃあ、堂々巡りだろーが……)  ヴィータの見る所、議論は平行線を辿っていた。  何しろ恭也は「戦う」、シグナムは「戦わせない」という大前提で話を進めているのだから話が噛み合う筈も無い。  だからこそこの不毛な言い合いにザフィーラは傍観を決め込み、ヴィータはいい加減我慢できなくなって介入したのである。  早い話が「ごちゃごちゃうるせー!」だ。  ――とは言え、上記のようなことを一々懇切丁寧に説明する気などヴィータには更々ない。  そんなことは自分でも言ったように「柄じゃねー」上、これでも柄にも無く色々話したつもりであり、「もうめんどくせー」である。  だから、話を打ち切るかの如く言った。 「正気で、あたしは戦いてーんだ」  ……だが、それでシグナムを納得できる筈が無い。  厳しい表情でヴィータを睨む。 「馬鹿なことを――」 「シグナム」  と、今回初めてザフィーラが自ら言葉を発した。  驚き、皆の視線が集まる。  そんな中、彼は淡々と己の意見を述べた。 「ヴィータに任せえるべきだと思う。 ……このままでは、話は平行線だ」 「しかし……」 「では、問おう。 ――もしお前が恭也の立場にあれば、果たして納得したか? もちろん魔法云々は別として、だ」 「それは…… だが――」 「今お前が感じているものが、恭也の気持ちだ。 ……どうだ? 言葉で説得できると思うか?」 「…………」 「何より、ヴィータが自ら戦うと言い出すなど、余程のことだぞ?」 「…………」  確かに、とシグナムは思う。  “鉄槌の騎士”“紅の鉄騎”などと歌われるヴィータだが、彼女は基本的に戦いを好まない。  その表層的な性格に誤魔化される者が多いが、根はシャマル並の平和主義者なのだ。  ……そして同様に、ザフィーラが意見することも珍しい。 「……分かった」  二人に押され、シグナムは不承不承頷いた。 『(わ、私はそれでも反対ですよーー!?)』  ……皆、聞こえないフリをした。 「分かった。その勝負、受けよう」  恭也は、ヴィータの申し出に大きく頷いた。  実のところ、恭也はそれ程状況を悲観してはいなかった。 ……熱くなってはいたが。  と言うのも、このような場面は過去散々――とは言わないまでも、それなりに経験していたからである。  『剣のみで戦場に赴く大馬鹿野郎』  新しい戦場に赴く度に、そう笑れてきた。  それを、実力と実績で黙らせてきたのだ。  だから、今回もまったく同じと考えていた。  魔法が如何程のものかは分からぬが、恐らくは強化HGS能力者と同レベルだろう。  確かに武技に優れる分より脅威だが、それでも負ける気は更々無い。  たとえ最強のHGS能力者であるリスティや知佳相手でも、勝てぬまでも負けない自信はある。  地上戦オンリーなら互角以上に戦える、とすら思っていた。  (※逆に空戦オンリーなら、全速力で逃げるのだ。戦車や攻撃ヘリ相手に鍛えた逃げ足は伊達ではない)。  それだけの自負が、恭也にはあった。 (見せてやるさ、俺の……いや、御神流の力を)  内心、恭也は不敵に笑った。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【6】 ――――第55無人世界。 <1>  地に降り立つと、恭也はあらためて辺りを見渡した。  そこは、見渡す限りの砂漠地帯。 「――ここは?」 「強いて呼ぶなら、第55無人世界だ」 「無人……世界?」  首を傾げる恭也に、シグナムが補足する。 「ああ、人類の存在しない――まあお前から見れば異世界だな」 「異世界、か……」  恭也は、呻く様に呟いた。  異世界云々に関しては今まで実感が湧かなかったが、こうして実際に連れてこられると認めない訳にはいかない。  何故なら―― この空気はあまりにも異質だ。この世のものではない。  そしてそれ以上に、これだけの距離を…次元の壁すらも飛び越える魔導師の力を、認めざるを得ないだろう。 (これが魔導師……)  思わず背鈴に冷たいものが流れる。  如何に強力なHGS能力者と言えど、逆立ちしたってそんな真似はできない。  瞬間移動とて、せいぜいが10km程度だ。  ……正直、とてもではないが比べ物にならない。 (――いや! 戦いというものは、それだけで決まるものではないっ!)  十だろうが百千だろうがゼロの自分には同じこと。状況は変わらない、と自分に言い聞かせる。  そして、自らを奮い立たせる様に言った。 「で、何時始める? 俺は何時でもいいぞ?」 「あたしも何時でもいいぜ」 「では、直ぐに結界を張ろう」 『(ま、待って下さ〜〜いっ!?)』  銘々が頷き、動き出そうとした所に突然念話が響いた。 ――シャマルだ。 「……シャマルか」 「何の用だよ?」 「何しに来たのです?」  ……出鼻を挫かれたせいか、皆の目が冷たい。 「ふ、二人ともお願いだから喧嘩は止めて下さい!」  だが、シャマルはめげなかった。  追いつくと二人の間に割って入り、両手を組んで哀願する。  ……良く見ると、髪が濡れている。  きっとあれから大急ぎで風呂を出て、身支度もそこそこに後をザフィーラに頼み、文字通り飛んで来たに違いない。 「私達、家族じゃないですか!? なのに、こんなこと間違ってます!」  尚も説得を試みるシャマルに恭也とヴィータは一瞬顔を見合わせ、だが直ぐに目を離し嘆息しつつ答えた。 「馴れ合うだけの家族なら、いらねーよ」 「これは漢同士の神聖なる戦いです。口出し御無用」 「あたしは女だっ!」  げしっ! 「ふごぉっ!?」  ヴィータの強烈なつっこみに、戦いの前にも関わらずダメージを喰らう恭也。 ……アホである。  くりぐり…… 「……まあせっかくシャマルが来たことだし、あたしも本気出すぜ? そもそも手加減なんて性に合わねーしな」  だから手足の三本や四本や五本、覚悟して置けよ?  倒れ伏して小刻みに痙攣する恭也を踏みつけにしつつ、ヴィータは宣言する。 「だ、駄目ですよ!?」 「俺の手足はそれぞれ二本ずつしかないが…… まあ好きにしろ。その位出なければ、やる意味がない」 「恭也さんまで!? やられるのは貴方なんですよ!? 分かってるんですかっ!?」 「では始めよう。用意はいいな?」  結界を張り終えたシグナムが、声を掛けた。  これに、恭也とヴィータが口を揃えて頷く。 「ああ」 「いいぜ」 「うわーーん!? お願い、話聞いてっ!」  ……無視されたシャマルはマジ泣きだった。 <2> 「始め!」  シグナムの号令に、二人は各々獲物を構える。  恭也はいつもの木刀ではなく二振りの小太刀――八景と大慶直胤――を、  ヴィータもやはりいつもの棍ではなく鉄の槌――グラーフアイゼン――を、  それぞれ構え、睨み合う。 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「一応聞いておくが、飛ばないのか?」  暫し睨み合った後、何時まで経っても地に足をつけたままのヴィータに恭也は聞いてみた。  ……や、本当に飛ばれたら厄介つーかお手上げなんですけどね? 「……あたしが空飛んだら、おめー満足に戦えねえだろ?」  これに、ヴィータは呆れた様に答える。  だが不満そうな顔の恭也を見て、不敵に笑った。 「安心しな。あたしは空だろうが地上だろうが、つえーから」  だから手加減している訳ではない、とヴィータは告げる。  ……確かにヴィータは空戦魔導師、即ち空で戦うことを本分とする魔導師だ。  だがだからと言って、陸戦が不得手と言う訳では断じてない。  陸戦は戦闘魔導師にとって基本中の基本、その上で空戦をもこなせるからこその空戦魔導師の称号である。  陸戦魔導師である上に空戦魔導師。 ――それこそが“鉄槌の騎士”ヴィータなのだ。 「さあ、来い! 付いて来たけりゃ、おめーの力を見せてみろっ!」 (――言われなくともっ!)  ヴィータの言葉を合図に、恭也は10m以上ある間合いを瞬時に詰める。  神速ではない。通常の武術にも存在する、歩法だ。  だが同時に、多くの武術において奥技の一つとされる歩法でもある。  それを、恭也は容易く実行する(これは恭也と言うよりも御神流のレベルの高さの表れだろう)。 「はっ!」  気合と共に両の剣を打ち下ろす。  二本の小太刀による息も吐けぬ高速の連続攻撃。  ヴィータにしてみれば、まるで多数の敵から一斉に攻撃を受けてる様にも錯覚してしまう程だ。  ……本来ならば。  だが現実は違った。 (!?)  恭也は、己の目を疑った。  自分の剣撃を、両の手による剣撃を――ヴィータは片手で受けていた。  そればかりか、無酸素運動を終えて剣を引いた瞬間、反撃に転じる。  たちまち攻守が逆転した。                          ・                          ・                          ・ (馬鹿なっ!?)  内心、もう何度目になるかも分からない驚きを、恭也は発した。  ヴィータは相変わらず左手をポケットに突っ込んだまま、右手に持った鉄槌だけで攻撃してくる。  ……「相変わらず」だ。  ヴィータの連続攻撃は激しくなる一方で、一向に弱まらず反撃の糸口がまったく掴めない。  それどころか無酸素運動を終えて息を整える度に体勢を崩し、不利になっていく。  このままでは―― (畜生! ヴィータのヤツ、いったい何故動きが止まらないのだ!? こんな動き、人間に……いや生物にできる筈が無い!)  人間離れしていると言われ慣れている恭也だが、ヴィータはそれ所の話ではない。  まるで疲れを知らぬどころか、呼吸すら必要としていないような―― (くそっ!)  半ば酸欠状態になりながらも、恭也は必死に剣を振るい続けた。 <3> 「……やはり、な」 「恭也さん……」  二人の戦いを見ていたシグナムとシャマルは、思わず呟いた。  ……こうなることは、分かりきっていた。  何故ならば、魔導師は魔力により己の肉体を大幅に強化できるのだから。  第一段階は、外的強化。  要はパワードスーツを身に纏ったようなもので、身体能力(主に筋力と体力)や防御力が大幅に上昇する。  また戦闘中の怪我に対しても、魔力で一時的に傷口を塞いだり折れた骨を補強するといった応急措置により戦闘の続行を可能とする。  第二段階は、内的強化。  肉体を内部からも強化することにより、身体能力や防御力が更に強化される。  (※「魔力のアシストに肉体がついていけない」といった制約が無くなり、更に相乗効果も期待できる)。  特に知覚や反応速度の強化が大きく、野生動物並かそれ以上の動きが可能となる。  また一時的に自己再生能力を高め、怪我による損傷を縮小ことも可能だ。  (※怪我の程度、更には本人のレベルや込める力、かける時間によっては完全治癒すら望める)  これを第一段階の外科的措置と組み合わせると、(さすがに限度は有るが)戦闘中の大怪我に対しても対応が可能となる。  第三段階は、思考の強化。  思考の高速化や並列化により、第二段階以下の相手が1を考える間に(例えば)10の考えが出来るようになる。  これにより周囲の動きが(あくまで「主観的に」だが)それだけ遅くなる。  (※尤も本命の効果は「魔法の高速&並行起動や大魔法の発動が可能となる」だが)  そして最終段階では、第二〜三段階の強化があくまで肉体をベースとしていたのに対し、魔力をベースとした強化が行われる。  これは「進化」「変身」とすら言える程のもので、ここまで来ると文字通り「桁が違う」「異次元の」存在だ。  無論、その魔導師のレベルによりその習熟度は大きく異なる。  一般魔導師(DEランク)なら第一段階、  上級魔導師(BCランク)なら第二段階、  特級魔導師(Aランク)でようやく第三段階に辿り付けるに過ぎない。  各段階の習熟度だってピンキリだ。  ……だがヴィータはそれ等を超越した存在、“大魔導師”である。  即ち、「最終段階を極めし者」だった。 (……いや、むしろ予想以上に善戦している、と言うべきか)  シグナムは、直ぐに先の考えを否定した。  確かにヴィータは全力こそ出していないが、それでも既に第三段階の終点に達している。  もはや生身の人間が対応できる動きではないのだ。  ……だがそれでも、押されながらも、恭也は対抗していた。 (純粋に体術や武技のみで、限定的ながらも第二、第三段階の動きを可能にしているのか……  大したものだよ、恭也。お前の自信は当然だ)  そしてだからこそ、戦わせたくなかった。  ぎり……  シグナムは奥歯を強く噛み締めた。  天賦の才と血の滲むような修行により会得した武技、それを根本から否定される。  それがどんなに残酷なことか、同じ剣士として痛いほどに良く分かるから。  彼女の見る所、恭也はもう限界だった。  魔力による補強が無い恭也には、長時間あれだけの動きを続けることができない。直に、限界が来る。  いや、このままではそれより先に――  ――ヴィータ、何をやっている! 早く恭也を楽にしてやれっ!  シグナムは、思わず叫びそうになった。 <4> (ちっ! コイツ、まさかここまで動けるとは――)  一方、当のヴィータも内心かなり焦っていた。  予想外の恭也の抵抗に、内心冷や汗を掻きつつ攻撃していたのである。  早いとこ決着を着けたいのは山々なのだが…… (でも、これ以上速度を上げてもいいのかよ…… 下手したら、大怪我させかねねえぞ!?)  口ではああ言ったものの、ヴィータは本気で恭也の手足を圧し折る気なぞ更々無い。  かれこれ5ヶ月近く同じ釜の飯を喰ってきた、バカだけど何処か憎めない相手だ。できればとっとと負けを認めて欲しかった。  だからこそ、恭也が認識できるであろう第三段階の入り口――もう出口間際だが――から始めたのだ。  だが実際にこうして戦い、良い反応をされてしまうとどうしても熱くなってしまう。  内心焦っていたこともあり、ヴィータは何時しか片手ではなく両腕でグラーフアイゼンを握り締めていた。  そして、思わず力の篭った一撃。  対応出来ず、乱暴に受けた小太刀が音を立てて砕ける。鉄槌はそのまま一直線に―― 「やべっ!?」  一応非殺傷設定の攻撃だが、先も言った様に必ずしも完璧ではない(この程度、相手が魔導師ならば平気だろうが……)。  もしものことを考え、慌てるヴィータ。  だが手が止まらない。  そのまま、グラーフアイゼンは一気に振り下ろされた。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【7】 <1>  ――それは、今までとは比べ物にならぬ一撃だった。 「!?」  迫りくる鉄槌を、恭也は何とか右手の小太刀で受け止める。  ……本来ならば止めずに回避すべきであった。そうでなくとも、せめて受け流すべきだったろう。  だがヴィータの息継ぎすら許さぬ高速連続攻撃により、全身酸欠状態。  おまけに長時間に渡り潜在能力を引き出し続けたせいで、体そのものもボロボロだ。  瞬時の全身運動(回避)など不可能に近かった。  故に彼の本能は止む無く最小限の迎撃、即ち「利き手の小太刀による受け流し」を命じる。  だが――  恭也の体はもう限界だった。受け流すどころか、小太刀を正面からぶつけてしまう。  転移時の損傷により耐久度を大きく落としていた小太刀(大慶直胤)はこれに耐え切れず、恭也が力負けするよりも先に砕け散った。  鉄槌はそのまま恭也目掛けて振り下ろされる。 「…………」  迫りくる鉄槌を、恭也は呆然と眺めて……いや“感じて”いた。  回避しようにも反応できない、体が動かない。  故に、直撃は確実。  そしてこの威力ならば、自分は即死だろう。 (俺は……死ぬのか?)  ――確かに、非殺傷設定云々について聞いてはいた。  だが、聞いても実感が湧かなかった(それ以前に一連の戦いで既に頭から吹き飛んでいる!)。  故に、迫りくる鉄槌の圧倒的なまでの質量エネルギーこそが真実。 (死……)  その予感に本能が慄く。  六年前、高校卒業を目前にして実家を飛び出す前ならば、このまま為す術もなかったに違いない。  だが三年以上に及ぶ過酷な戦場での生活が、剣士……いや“武人”としての恭也を更なる“高み”に導いていた。  意識は命じずとも、本能が生きるべく足掻き始める。  どくんっ!  無意識の内に恭也の中で“スイッチ”が入る。  瞬間、世界はモノクロに変化した。  迫る鉄槌の動きが、異様なほどスローモーションとなる。  御神流奥義之歩法“神速”。  御神の剣士――より正確には御神の血族のみが行なえると言われる、超高速の思考・移動術だ。  そしてそれは、理論的には魔導師の身体強化術の最終段階、その一つの到達点でもあった。 「…………」  恭也はゼリー状の重い空気をかき分け、鉄槌から逃れ、かつ反撃すべく移動する。  そしてヴィータの背後に回り込むと一旦動きを止め、大きく深呼吸して体に酸素を送り込む。  ――と、ヴィータが急に首を左右に動かし始めた。  その動きは、神速を発動している恭也と、同等……いや「それ以上」。 「…………」  それは、有り得ざる現象。  だが、恭也は本能の命ずるまま無意識に動いていた。  故に顔色一つ変えず、無言で左手の八景を振り下ろした。 <2>  ――目の前の恭也が、突然消えた。 「!?」  ヴィータはグラーフアイゼンを何とか――それでも恭也が消えなければ直撃していたが――止め、慌てて探す。 (落ち着け、本当に消える訳が無いんだ。絶対近くにいる)  内心の動揺を抑え、ヴィータは冷静に対応を始める。  まず想定される反撃に備え、身体強化術を一気に引き上げた。  そして如何なる攻撃にも反応出来るよう、集中しつつ恭也の出方を待つ。  同時に複数の探知魔法を並行して発動、全周囲の捜索を行う。  生命・魔力反応はおろか、熱源・重力・音響・電波等々全てがその対象だ。  万が一にも不覚をとる訳にはいかない、それ故の全力行動である。  ……だが、にも関わらず見つからない。 「くそっ!」  業を煮やしたヴィータは遂に最も原始的な、だが確実な手段“肉眼による捜索”を始めた。  ……とは言え、身体強化術をほぼ完全に会得している彼女のそれである。到底馬鹿にはできない。  ましてや全力集中している現在、彼女は“超音速の世界”で活動しているのだから。 (……どこだ? 何処に消えやがった!?)  “超音速の世界” ――それは、肉体強化の果てに辿り着ける場所。  至近距離から発射された弾丸すらも視認できる、時が芋虫の如く這う世界。  その中でヴィータは油断無く左右を見渡し、最後に背後を振り返る。  だが、やはり見つけることは叶わない。軽く舌打ちし、視線を戻しかける。  前頭部に衝撃が走ったのは、その瞬間だった。  八景が命中する寸前、ヴィータが振り返った。  そして、恭也を凝視する。 「!?」  視線が合い、恭也はようやく我に返った。  俺は…………何をしているっ!?  だが既に手遅れだった。  八景は些かも減速することなく、舌打ちして視線を逸らすヴィータの前頭部へと振り下ろされた。 「!?」  突然前頭部を襲った衝撃に、ヴィータは目を白黒させた。  いったい、何が…… (――――!?)  逸らした視線を戻し、ようやく気付いた。  何時の間にか、目の前に恭也がいたことに。  そして自分の前頭部に剣を叩き付けられたことに。  この有りえざる事態に、ヴィータは目を大きく見開いた。 <3>  ぜい、ぜい……  いったん飛び退いて距離を置くと、恭也は息を整える。  すると酸素が脳の隅々まで十分行き渡ったのか、徐々に頭がはっきりしてきた。  その頭で、考える。  確かに、ヴィータが無事で心底ホッとした。だが、しかし…… 「おいおい…… これは悪い冗談だろ?」  目の前の現実に、呻くように呟く。  無防備な前頭部に剣撃を喰らい、無傷。 ――有り得ない。  ましてや、片手とはいえ“斬”を込めた渾身の一撃である。重厚な西洋兜すらも斬り割くだけの威力を秘めていた筈だ。  にも関わらず…… (これ程、かよ…… 魔導師ってヤツは…………)  恭也は戦慄を覚えずにはいられなかった。 「……驚いたな」  シグナムは唸った。  まさかヴィータが遅れをとるとは。いや、問題はそんなことよりも―― 「シャマル、お前は“視えた”か?」  傍らで唖然とするシャマルに訊ねた。  ……先程までおろおろと涙目で二人の戦いを見ていた彼女だが、どうやらそんな気分は一気に吹き飛んでしまったらしい。  唖然としつつも、“騎士”の顔になっている。 「……いえ、私には恭也さんの存在を探知できませんでした」 「お前でも、か」 「はい。あの一瞬、まるで恭也さんが世界から消えたような……」 「そうか…… 私も同感だ」  我が意を得たり、とシグナムは満足そうに頷いた。  傍から見ていたからこそ分かる。あれは、先の恭也の“技”は、断じて単純な超高速移動術ではない。  ましてや、バックアップやサポート系の魔法に長けたシャマルでも見つけられないとなると…… 「どんな種や仕掛けがあるのかは不明だが、チャチな手品ではないという事か」 「でも、次は見切って見せます」  よほど悔しかったのか、シャマルは宣言する。  これを聞き、シグナムは苦笑しつつ……だが本気で返した。 「頑張ってくれ。もし次もお前が見つけられなければ“本物”だ」  二人は、剣の直撃を受けたヴィータのことを露ほども心配していなかった。  ヴィータは、しきりに頭に手をやる。  ……痛みも怪我もない。ただただ驚いている、それ故の行動だ。  だが暫くすると気が済んだのか手を下ろし、恭也を見た。 「……驚いたぜ、いったいどんな手品だよ?」 「手合わせの最中に、種や仕掛けをバラす訳無いだろう?」 「はっ! そりゃそーだっ!」  おどけたように肩を竦めて答える恭也に、ヴィータは獰猛な笑みを浮かべた。 「……けど、悪いが同じ手は二度も通じさせねえ」  シグナムやシャマル同様、ヴィータも恭也が再度同じ手を使うものと考えていた。  何故ならば、それ以外に反撃手段は無いだろうと考えていたからだ。  そしてヴォルケンリッタが一人“鉄槌の騎士”の名誉に賭けても、次は喰らう訳にいかない。  何より―― 「悪いけど、あたしにも面子ってモンがあってな…… 悪いけど、全力を出させてもらうぜ?」 「……へ?」  その言葉に、不敵に笑っていた恭也の表情が崩れた。  ……今、ナンテ仰イマシタ? 「まさか、一般人相手に全力を出す羽目になるとはな? 大したもんだ、褒めてやるよ」 「え〜と、何か発言がゲームの敵ボスみたいなんですケド…… ――って言いうか、マジでラスボスっ!?」  魔力を開放したヴィータを見て、恭也は情けない悲鳴を上げた。 「これってHGSってレベルじゃね〜ぞっ!? ちくしょー 誰だ『強化HGS能力者レベル』なんて言ったヤツっっ!?」  ……まあそれが誰かはさておき、確かに魔力を開放したヴィータの発する気は想像を絶するものだった。 (強いて上げれば暴走時の久遠だが…… 正直、ここまで来ると「久遠並かそれ以上」程度しか分からん)  その言動とは裏腹に、恭也は冷静にヴィータを観察する。  ……神速で接近しても、果たしてダメージを与えられるだろうか?  大きく歯こぼれした八景にちらりと目をやり、苦笑する。  先の一撃は恭也にとり最大級の一撃だったのだが、このザマだ。  薄皮数枚分手前で受け止められたことからして、恐らくバリアか何かで全身を覆っているものと思われるが…… (バリアは更に強くなってるだろう。 ……“徹し”きれるか?)  いや無理だろうな、と自問自答する。  外側を徹り内面を破壊する“徹”だが、文字通りどちらかと言えば力尽くで衝撃を伝える物理技だ。  先の薄皮数枚分の“バリア”でも、手に伝わった感触から考えて“徹し”きれないだろう。ましてや、今のヴィータには…… (となると、“あれ”しかないか)  恭也の顔が、露骨に歪んだ。  御神流の攻撃法は、通常の斬撃の他に“斬”“徹”“貫”の三種が存在する。  斬り裂く、“斬”  内に徹す、“徹”  技を貫く、“貫”  ……だが実はこの他にも4番目の攻撃法が存在した。  “通(通し)”とも“透(透し)”とも言われる技が。  “徹”が「外面と密着した内面」を破壊するのに対し、“透”は「空間をも乗り越え、離れた場所にある内面」をも破壊する。  伝承によれば、開祖の剣撃は「50歩先の城壁を“透し”、更に50歩先の鎧武者を真っ二つにする」ことすら出来たらしい。  無論、そんな真似そうそう出来るものではない(と言うか出来て堪るか)。  御神流の長い歴史の中においても、開祖と中興の祖と謳われる二人のみが可能だったとされる幻の技だ。  それ故「作り話の類では無いか?」とすらされていたこの技を、恭也は三年ほど前に会得したのである。 (ま、大道芸だがな……)  自分が“透”を使えることを知って心底驚いていた美沙斗の顔を思い出し、恭也は自嘲する。  御神流史上三人目の“透”会得者。 ――そう言えば聞こえはいいが、実際はそんなに大した存在ではない。  その証拠に、自分は御神流の全てを修めることは遂に叶わなかった。真の奥義とされる技々を会得できなかった。  純粋な剣技でも士郎や美沙斗は無論、(才能はあるが)若輩の美由希にすら届かない。  だから、こんな“型”だけ出来ても意味は無い、と考えていたのである。  実際、美沙斗あたりと打ち合えば“透”など繰り出す余裕は無い。  恭也が未熟なせいかどうかは不明だが、他の三つの攻撃法とは異なり“透”には打ち込んでから更に「撃ち出す」必要がある。  それ故、どうしても若干のタイムラグが生じてしまうのだ。  相手が超一流の剣士ならば、その間に真っ二つである。  要は格下相手にしか使えない、剣士を相手にするだけならおよそ意味の無い技、ということだ。  ――だがそれでも、戦場で恭也の命を救ってきたのは“透”だった。  装甲車内部の歩兵を、  厚い防弾ガラスの向こうの攻撃ヘリの搭乗員を、  そして強化HGS能力者をバリアを越しに斬り殺せたのは、“透”のお陰だ。他の如何なる技でも不可能だったに違いない。  それ故に、恭也は“透”に対してどこか屈折した感情を持っていた。  即ち、「多用すれば剣が弱くなる」「大道芸」と。  だが最早そんなことを言っている余裕は無い。  上の例同様、“透”以外にヴィータにダメージを与える術は無い。 (だが…… 殺さぬまでも、怪我をさせかねん……)  それ故に、この期に及んでまだ恭也は躊躇した。  ヴィータ同様、彼も相手を傷つける気は更々無い。  いったいどうすれば……  恭也の顔が、困惑気に歪んだ。  一方、ヴィータは内心感嘆の声を上げていた。 (……本当に、大したヤツだよ)  情けない声を上げつつも、恭也の目には怯えも怯みもまったく見られない。  ――全力の大魔導師を前にして、だ! (だが、だからこそ認められねえ……)  一瞬、ヴィータの顔が悲しげに歪む。  それだけの男だからこそ、大魔導師同士の争いに生身で飛び込むなどという危険を冒して欲しくないのだ。  それだけの男だからこそ、はやてとずっと一緒にいてやって欲しいのだ。  それだけの男だからこそ、家族だからこそ…… (だから……その牙を叩き折ってやるよっ!)  ヴィータは空いている左手を掲げ、叫んだ。 「恭也、全力で来い! お前の剣をこの手で受けてやる!」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【8】 <1> 「恭也、全力で来い! お前の剣をこの手で受けてやる!」 「!」  ――それは、自分一人に止まらず御神流を、ひいては全ての剣士をも侮辱した言葉。  無論、挑発だということは分かっている。だがそれでも……いやだからこそ逃げる訳にはいかない。  恭也は腹を括った。 (――ヴィータ、悪いがその左手を貰うぞ)  ……如何に親しくとも、傷つけることを望まぬとも、一度真剣を取った以上殺し殺される覚悟が恭也にはある。  幼い時からの薫陶によって芽生え、その後の数多の野試合や戦場での経験によって培われた“覚悟”が。  故に、もはや迷いはない。存在するのは、ただ全力で剣を振るう事のみ。 「ならば受けて見ろっ!」  叫ぶと同時に恭也は神速を発動、再びモノクロとなった世界をヴィータ目掛けてて突き進んだ。 「ならば受けて見ろっ!」 「!?」  直後、目の前の恭也が再び消えた。 (いや、本当に消える筈がねえ! 見失っただけだ!)  一瞬驚愕するもそう自分に言い聞かせ、ヴィータは全神経を集中させる。  だが……だがもし本当に「見失っただけ」だとすれば、いったい恭也はどんな手品を使ったというのだろう?  先程と異なり、今回は奇襲ではない。再び同じ手を使うことが分かりきっていたから、十分に警戒をしていた。そのつもりだった。  ――であるというのに、見失った。  本気で集中している現在のヴィータなら、超音速で飛翔するライフル弾ですら視認することができる。  ――だが、恭也の動きが“視え”なかった。  およそありとあらゆる系統の探知魔法を作動させ、あまつさえロックオンすらしていた。  ――だが、全てのロックが瞬時に解除された。  このあまりの非常識さに、思わず馬鹿げた考えが頭に過ぎる。 (……まさかあの馬鹿、「光速で動いてます♪」とか言うんじゃねーだろーなー)  だが仮に光速(力尽く)で探知魔法を振り切ったとしても、逃走方向を始めとする多くの痕跡(情報)が残る筈だ。  それすら、ない。これはもう本当に“消えた”としか―― 「ちくしょうっ! どこにいやが――――!?」  堪らず罵倒した直後、気付いた。 ……何時の間にか恭也が肉薄し、剣を左手に叩きつけていたことに。 (馬鹿な…… 何時の間に、何処から如何やって…………)  ……最早、回避も防御も不可能。  ヴィータは、その光景を呆然と見続けることしかできなかった。  右膝が、激しく痛む。  体が、重い。 (まあ無理も無いか……)  ゼリー状の空気を掻き分けるのに悪戦苦闘しつつ、恭也は内心苦笑した。  潜在能力を過度に引き出し続けたせいで、体がガタついている。  そこに本日二度目の神速――古傷のせいで一日二回までしか発動できない――である。  三度目とは言わぬまでも、それにかなり近い悪条件だ。  おそらくこの後、暫くまともに動け(戦え)ないだろう。 (だからこそ、この一撃に全てを賭ける!)  恭也は何とかヴィータに肉薄すると、その左手目掛けて渾身の一撃を繰り出した。  ――御神流奥義之肆“雷徹”。  奥義の中でもおよそ最高の攻撃力――威力だけなら奥義之極にも匹敵する――を誇る技だ。  無論、八景一刀のみなので正規のそれよりも威力は落ちる。  だがそれでも、並の技を遥かに上回る、何より今の恭也が使える最強の技だった。 「はあああああーーーーっ!」  命中した瞬間に恭也は“透”を発動、その威力を内面へと“透す”。  直後、確かな手応えが伝わってくる。  表面をすり抜け、確かに内面へと“透った”のだ! (――いけるかっ!?)  ぐっ!  だが次の瞬間、ヴィータの左手が八景を握り締めた。  その手は――まったくの無傷。 「きかねえ…… 全然きかねえよ…………」 「!?」  呻くような、振り絞る様な言葉を発しながら、ヴィータは凄まじい力で握った八景を引き寄せる。  恭也は慌てて柄から手を離し、飛び退こうと試みた。が――  ふっ……  そんな恭也に向かって、ヴィータが軽く息を吹きかける。  息吹は瞬時に数千数万倍に膨れ上がり、暴風となって恭也を吹き飛ばした。 <2>  馬鹿な……何時の間に、何処から如何やって…………  叩きつけられた剣を、恭也を、ヴィータは呆然と眺めていた。 (まさかこのあたしが、“鉄槌の騎士”ヴィータ様が常人相手に二度も遅れをとるとは……)  一度目の偶然は有り得ても、二度目は必然だ。  ……もはや認めざるを得ないだろう。この男は、どんな魔導師よりも“疾い”。  たとえ魔法を使えずとも、空を飛べなくとも、誰よりも“疾い”。 (……本当に、本当に大したヤツだよ。お前は)  だが……  ぐっ!  左手に叩きつけられた剣を握り締める。 「きかねえ…… 全然きかねえよ…………」  その攻撃は、あまりに非力。この程度では一般魔導師(DEランク)ですら倒せない。  そして、何より――  ふっ……  退こうとする恭也に向かい、ヴィータは軽く息を吹きかけた。  ……無論、ただの息吹ではない。魔力を込めた、れっきとした“魔法の息吹”だ。  息吹はたちまち突風となり、恭也を優しく包み込んで吹き飛ばした。 「……その程度、魔導師なら屁でもねえんだぜ?」  その衝撃――「優しく」と言ってもそれなりの高度から叩きつけられたのだ!――で動けないでいる恭也を眺めながら、 ヴィータはぽつりと洩らした。  ……そう。魔導師と一般人の何が最も違うかと言えば、耐久性の差が上げられる。  魔導師はその全身を防護フィールドで覆われており、更にはバリアやシールドすら展開可能だ。  故にたとえ一般魔導師(DEランク)であっても、下手な装甲車以上の直接防御力を有している。  いや単に打たれ強いだけでなく、極めて厳しい環境下――それこそ化学工場の火災現場でも平気……とは言わぬが活動できるのだ。  ましてやそれ以上の魔導師なら……  つまり、“ちょっとやそっと”では死なないのだ。  対して一般人と言えば―― このざまだ。この程度で、地に這い蹲っている。  ヴィータは大きく嘆息すると落ちていた鞘を魔法で引き寄せ、手にしていた剣を戻すと地に突き刺した。  そして何気なく空いた左手の掌を見る。 「恭也、これで分かったろ? もう――」  諦めろ――そう言いかけ、言葉を止めた。 (うそ……だろ?)  驚き凝視する掌には、1cm程の傷が出来ていた。  傷、と言っても薄皮一枚切れただけ、白い線が入っただけで出血もない極々軽いものに過ぎない。  ……だがそれでも、これは間違いなく先の一撃で付いたものだった。  “大戦艦”とも称されるヴィータの厚いフィールドが、突き破られていたのだ。 「…………あいつ」  ヴィータは険しい表情で掌を一瞥すると、倒れている恭也へと目を向けた。 <3> 「き、恭也さんっ!?」  取り戻した騎士の顔は何処へやら、地面に叩きつけられ動かなくなった恭也を見てシャマルは悲鳴を上げ、慌てて駆け寄ろうとする。  だがその行く手をシグナムが阻んだ。 「待て、シャマル」 「何で止めるのです!? 早く手当てをしないと!!」  これにシャマルは血相を変えて抗議する。  だがシグナムは、大きく首を横に振った。 「まだ勝負は終わっていない。手出しは許さん」 「そんなっ!? だって恭也さんはもう――」 「まだ恭也は『参った』とは言っていない。だから、まだ勝負は続いている」 「そ、そんなっ!? 怪我で喋れないだけかもしれないじゃないですか!」 「……かもしれん。だがな、これは決闘だぞ?」  「お前とて騎士ならば分かっていよう」と見るシグナムに、だがシャマルは目を逸らしつつも尚反論する。 「でも…… 恭也さんは魔導師ではありません……」 「たとえ魔導師ではなくとも、お互いが納得して臨んだ以上それは決闘だ。  ……何より未練を断ち切らせるためにも、奴自身の口から自発的に言わせねばならんのだ」 「でも…… でも……」 (……やれやれ、“湖の騎士”もだいぶ変わったものだな)  半泣きのシャマルを見て、シグナムは思わず慨嘆した。  シグナムを始めヴォルケンリッターは、主が変わる度に記憶を消去されるため、以前の記憶をそれほど多くは有していない。  だが逆に言えば「まったく無い」という訳では無く、ことに激しい戦いや仲間のことといった重要な記憶はかなり残っている。  それによれば彼女はその二つ名に相応しく、(巨大な湖の如く)少々の事では表情一つ変えない冷静な、悪く言えば氷の様な女 だった筈なのに……  ――だというのに、目の前のこのシャマルはどうだろう! まるで別人ではないか!  いや彼女は別格としても、ヴィータもザフィーラも自分も皆おかしい。何が、とは言えぬが…… (強いて言えば「甘い」。 ……いや「感情が豊か過ぎる」、か?)  何故―― そこまで考えたところで、気付いた。  これは、“主”はやての影響によるものだ、と。  闇の書は、はやての魔力によって起動した。  故に、多分に彼女の影響を受ける(これははやてが真の意味で魔導師ではないため、魔力と感情とが混ざり合っていることも大きい)。  まして感情まで持つヴォルケンリッターなど、その筆頭だろう。基本的な性格こそ変化しないものの、大きく補正を受けたのだ。 (……考えて見れば、主の為とはいえ自発的にこんな大それた行動を起こすなど、今まであったか?)  シグナムは自問し、だが直ぐに否定する。  全ての記憶がある訳では無いが、以前の自分達は(主が襲われる等)余程差し迫った危機を除き、命令無しに動くことは無かった筈だ。  どうも……今回はかなり勝手が違う。 「だが、悪くは無いな」 「…………?」 「ああ、済まんなシャマル。それはそうと――どうだ? 恭也の動き、今度は“視えた”か?  抗議の視線に気付き、シグナムは些かバツが悪そうに話を変える。  すると、シャマルは「誤魔化されませんよ!」と頬を膨らませながらも、首を小さく横に振った。 「……いいえ、駄目でした。どんな原理かさっぱり分かりません」 「そうか……いったいどんな手品を使っていることやら」 「そんなことより―― !?」 「?」  驚愕の表情を浮かべて抗議の言葉を飲み込んだシャマルに不審を抱き、シグナムは背後を振り返る。  と、尚も立ち上がろうともがく恭也の姿が目に映った。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【9】 <1> 「かはっ!?」  その派手な見た目とは裏腹に、ヴィータは細心の注意で恭也を吹き飛ばした。  具体的には周囲を“膜”で包み込むことにより、空中では風の刃から、突き落とす時は衝撃から要部を保護し、 重大な怪我を負わぬよう手加減していたのである。  ……だがそれでも地に叩きつけられた衝撃は相当なもので、恭也は一瞬意識を失ってしまう。 「う、うう……」  右膝が、全身が激しく痛む。  目もチカチカしてよく見えない…… (俺は……いったい……)  ……幸い意識は直ぐに取り戻したものの、記憶まで一緒に飛んだらしい。  口の中の砂を吐き出しつつ、恭也は自問する。  そして今までの経過を思い返し、ようやく理解した。 (負けた…… 俺は負けた……のか?)  ……いや、負けたどころの話ではない。あまりにも次元が違いすぎ「勝負にもならなかった」。  理の無い我侭を喚く自分を見かね、溜息交じりに“遊び”に付き合ってくれた。 ――そんな所だ。  痛感する。俺では……いや魔法を使えぬ常人では、魔導師に勝てない……  ――さっさとワビを入れて、早く楽になっちまえ。  何かが耳元で囁いた。  これで実力の差が分かっただろう? いい加減に負けを認めろ…… (そう、すべきなのだろうな……)  恭也はぼんやりと考える。  シグナム、シャマル、ヴィータ…… 皆あれだけ心配してくれていたのだ、きっと謝罪を受け入れてくれるに違いない。  戦いは彼等に任せ、自分は今まで通りはやてと共にいればいい。家を護る、それだって大切な任務だ。  はやてを護り、可愛がりまくって、時々いぢめて、帰ってきたシグナムにバレてどつかれて、それを皆に笑われて……  ――それでいいじゃないか。 (なのに…… 何故、俺は立ち上がろうとしているんだろうなあ?)  その強情さに、自分でも呆れてしまう。  立ち上がって――いったい何をしようというのだろう?  最大の攻撃も通じなかったというのに。  もはや満足に動けないというのに。 (だがそれでも……認めん! 認めんよっ!)  そこまでして戦いたい?  高町恭也個人のつまらぬ矜持?  剣士の、御神流の面子? (……ああそうさ。俺は所詮その程度の、つまらんちっぽけな男だ)  くくく、と恭也は自嘲する。  だが実際のところ、(本人は気付いていないかもしれないが)彼を動かしている一番のエネルギーは“怒り”だった。  『こいつらは、自分達だけでリスクを負おうとしている』  “蒐集”過程で管理局なる強大な敵と戦うこととなるが、それは命の危険すらある危険な行為だろう。  そして“人間相手の蒐集”は、紛れも無い犯罪行為。ましてや多数となれば、かなりの重罪に違いない。  ――それを、ヴィータ達は全て背負おうとしている。はやてに何も知らせないのは無論、恭也すらも安全圏に置いて、だ。  “後”は頼む。 ――言外にそうシグナムが言ったことを本能的に気付き、恭也はキレたのだ(無論、誇りを傷つけられたこともあるが)。  そんなことを考えるシグナム達が、腹立たしかった。  何より、そうさせてしまう自分自身の無力さが腹立たしかった。  だから、剣を振るうのだ。  つまらぬ意地と言ってしまえばそれまでだが、それこそが正しく恭也の本音だった。 (大慶直胤……は砕けたな。八景、八景はどこだ……?)  奪われたことも忘れたのか、恭也は辺りを手探りで探す。 (八景――――)  と、何かを掴んだ。これは……球?  ――認証確認、“アクティブモード”二移行シマス  突然、頭に何かが浮かんできた。  声、ではない。強いて上げるなら、脳に直接文字を打ち込まれたような……  ――“マスター”ガ望マレル形状ハ、コレデ宜シイデスカ?  直後、脳裏に八景の姿が浮かび上がる。 (ああ…… これこそが俺が求めていた剣だ)  ――コノ形状ハ近接戦闘ニ特化シ過ギテオリ、中距離以遠デノ戦闘ニ対応デキマセン。一度決メタラ変更デキマセンガ、宜シイデスカ? (……そんなことは今まで散々言われてきたさ。  でもな? 他にどんないい武器があっても俺には関係ないんだ。  剣こそが俺にとっては最高の武器、世界一と信じているんだ。  意地でも信じているからこそ、ここまで戦ってこれたんだ。  いいか、これは世界で一番いい武器だ。一番優れた武器なんだ。  俺にはこれしかないんだ。  だから、これが一番いいんだ!)  ――承認確認、“鍛造”ヲ開始シマス…… (なんだ……? 眩しい、手が熱い…… ナニかが俺の“内”に入り込んで…………) (なんてヤツだ、まだ隠し球を持ってやがったのかよ……)  恭也の手元が突然魔力光で光り、デバイスらしき物が出現した。  ……有り得ざることである(シャマルの見立てでは、魔導師としての才はゼロに等しかった筈だ!)。  だがヴィータは多少意外にこそ思ったものの、然程驚きはしなかった。 (……ほんと規格外だよ、お前)  自分の動きについてこれないかと思えば、捕捉できぬ程の“動き”を見せ付けた。  自分のフィールドを破れないかと思えば、曲がりなりにも“徹して”見せた。  ……なら、今度はいったい何を見せてくれるんだ?  にやり……  知らず知らずの内に、ヴィータは顔に笑みが浮かべていた。  だがそれは、騎士が“良き敵”を見つけた時のものだった。 <2> 「…………?」  回復した視界で見ると、手には“八景”が握られていた。  ……だがその姿は刀身に至るまで漆黒、八景ではない。  であると言うのにその姿形、質感、触感は八景そのもの、いやそれ以上―― 「これは……いったい…………」 《(マスター、ご命令を)》 「!? ノエルっ!? ノエルなのかっ!?」  いきなり頭に飛び込んだその懐かしい声に、恭也は思わず声の主を捜し求めた。  忘れもしない、この声はノエル・綺堂・エーアリヒカイト。忍の忠臣たる、人間以上に人間らしい機械人形…… 《(……ノエル? それは私の名ですか?)》 「? ……何を言っているんだ? お前はノエルなのだろう?」 《(了解しました。名称登録を行います。 ――完了しました。以後、ノエルとお呼び下さい)》  ノエル……ではない?  では、いったい誰が俺に話し掛けているというのだ? 「お前は何者だ? 何処にいる?」 《(私はマスターの“ユニット”であり、今は剣としてマスターの手元に在ります)》 「…………」  その言葉に、恭也は暫し無言で八景(偽)を眺める。  まさか……ね?  だが念のため、恐る恐る問いかけてみた。 「……まぢ?」 《マジです》 「ぬおおおおおっーー!? 剣がしゃべった!?》  返事――今までは脳に直接だった――を返す八景(偽)に驚き、思わず恭也は投げ捨てようとする。  ……が、手にぴったりと張り付き離れない。 「つーか手から離れねえっ!? 呪われてる!? ひょっとして俺は呪われた剣を装備してしまったのかっ!?  畜生なんてこったい! 教会は何処っっ!!??」 《……いきなり投げ捨てようとした挙句、ナニ失礼なこと言ってやがるのですか、この馬鹿マスターが》  その怒りを含んだ声に、恭也ははたと我に返った。 「……マスター? それ、もしかして俺のことでしょうか?」  ……たとえどんな相手であろうとも、女は怒らせると怖い。  身をもってそれを知っているだけに、恭也は思わず丁寧語で訊ねてしまう。  すると案の定、八景(偽)はぷんぷんと怒りながらも肯定した。 《マスター以外に誰がいるというのですか。私はマスター以外に身を許すような、ふしだらなユニットではありませんよっ!》 「……いや悪い、なんつーか初めての体験でさあ」 《しかも呪われた剣!? 私は傷つきました! え〜深く傷つきましたともっ!》 「だから謝るって! まさか十六夜さんみたいな霊剣だとは――」 《何故そこで霊剣などというファンタジーな単語が出てくるのですか!?  私はすごい技術で作られた、超高性能な魔法ユニットですよ!?》 (……魔法はファンタジーじゃねーのかよ)  思わずつっこみそうになるが自制し、恭也はへへーとひれ伏す。  ……や、深く考えると結構悪いこと言った気がするし。  それに第一、女性と口ゲンカする程不毛なことは無いのだ。 「いや、ご尤もでございますノエル様」                          ・                          ・                          ・  毎日きちんと手入れすること等の念書を入れることで、ようやく八景(偽)……もといノエルは機嫌を直した。 《……まあ、いいでしょう。以後気をつけて下さい》 「へへー ご寛大な処置、ありがとうございます」  恭也は深々と頭を下げる。  そしてようやく不毛な口論にけりをつけると、本題に入った。 「で、八……じゃなくてノエルって、そもそも一体何なんだ?」 《“ユニット”のOSですが、何か?》 「や、その“ユニット”というのがそもそもチンプンカンプンなのだが」 《……とりあえず、“魔法使いの杖”とでも考えて下さい》  だがこれを聞き、恭也は更に訳がわからなくなった。 「魔法使いの杖? ……剣じゃなくて?」 《無論“名剣”としても使えますが、本職は“魔法使いの杖”ですね》 「……俺、剣士なんだが」  流石に聞き過ごせず、一応つっこんでみる。  が、逆にノエルは不思議そうに聞き返してきた。 《? 同時に魔導師でもあるでしょう? そもそも魔力がなければ、幾ら正規のマスターでも私を起動できませんよ?》 「や、でも俺魔法なんて使えないし」 《でも、魔力はありますよ? ……限りなくゼロに近い、しけた魔力ですが』 「……その“限りなくゼロに近いしけた魔力”とやらで、いったい何ができると?》  半眼で訊ねる恭也に、ノエルは自信満々に答えた。 《なんでも》 「…………へ?」 《私はやらなくてもできる子(プログラム)、ましてやれば自分でも怖くなるくらいできます。  どんな無の……いえ魔力に乏しいマスターでも、立派な魔導師にしてみせましょう!》 「それは凄いな……」  さして感慨も湧かないが、一応合いの手だけは入れてやる。  ……や、だってまた機嫌損ねられても困るし。  だがノエルは、(困ったことに)恭也のお世辞をまともに受け取った。 《何を当たり前のことを。 ……だいたい、何故マスターがこうして私と話していられるとお思いで?》 「?」  その言葉に恭也は一瞬首を捻る。何が言いた……――!?  そこでようやく気付いた。 (右膝の……全身の痛みが、かなり軽減されている!?)  確かに未だ激しく痛むが、先とは比べ物にならない。  だからこそ、ついさっきまで這い蹲っていたのが、こうして暢気に話していられるのだ。 《まあ一時的な処置ですけどね? ですが、これで私の実力がお分かりでしょう?》 「ああ、お前凄いな!」 《ふふふ、こんなの軽いものです。 ――さあ、命令をっ!》 「ふむ、じゃあ……あのちんまい魔導師に勝つとか」  思い切って言ってみる。 《できません》(きっぱり) 「……はい?」  あまりにあっさりしたノエルのお言葉に、恭也の目が点になる。  ……今、何て言いました? 《……いきなりナニ無茶言ってやがるんですか、出来る訳ないでしょう? 少しは現実を見て下さいよ》 「お前、さっき何でもできるって言ったじゃねーかっ!?」 《あくまで「マスターの魔力の範囲内で何でもできる」って話です! 力の差を考えて下さい!  マスターがあの魔導師と戦うなんて、村人Aが魔王相手に竹槍で突っ込むようなものですよ!?》 「そこまで言うか……」 《だいたい――ふむ?》  更に何かを言いかけたノエルが、突然沈黙した。  そして、一人納得したように頷く(?)。 「……どうした?」 《いえ、私がスリープモードだった時のログを少し見てみたのですが……  もしかしたら、一泡くらいなら吹かせてやれるかもしれませんよ?》 「ほう?」 《マスターが最後に見せた攻撃ですが、どういう理屈かは知りませんが、確かにあの魔導師のフィールドを貫通しています》 「それは本当か? だが、とてもそうは見えんぞ?」 《威力が絶対的に足りませんでしたからね。しかも途中で大きく減衰され、到達した威力は極々僅かです》 「……むう。だがあれが俺の全力だ、これ以上は鼻血も出ん」 《そこで私の出番です》 「と言うと?」 《私がマスターの打撃力を何倍にも高めます。  そうすれば、あの魔導師にダメージを与えることができるかもしれません。  ……ま、できて「いてっ!?」程度でしょうが》 「…………」  ノエルの提案に、恭也は暫し考え込んだ。  ……確かに、元の威力が高まれば最終的に到達する威力も高くなる。  本当に僅かも届いていたとすれば、元の威力を数倍に高まれば―― (だが、その程度ではどうにもならん。せめて僅かなりとも“斬”れねば) 「……出血させるだけのダメージを与えられる可能性は、どれくらいだ?」 《不明です。何せ理論的に説明できない現象の上、サンプルの絶対数が少な過ぎますから》 「カンでいい」 《……プログラム相手に無茶言いますね、このマスターは。  ですが――まあゼロコンマ以下の世界でしょう。  ぶっちゃけ、富籤の一等を当てるレベルかと》 「……その程度か」  富籤とはまた古いな、と思いつつ恭也は苦笑する。 「もう少しまからんか? 超高性能ユニットとやらなのだろう、お前は?」 《……そうは言いますが、あの技を使わなければ可能性はゼロですよ?  たとえ天文学的な確率だろうと、このレベル差で数字が出たこと自体に意義があるかと》 「では、これ以上は無理ということか……」 《はい。マスターから無理なく取り出せる魔力を考えれば、これがMAXです》  !?  その言葉に、恭也は驚きノエルを見た。 「……『無理なく』? お前、そんなこと考えて計算していたのか?」 《はい? 当たり前のことだと考えますが……》 「全力で搾り取れ。乾いた雑巾を更に絞らんばかりに。 ――その上で改めて計算し直せ」 《!? し、正気ですか!?》 「無論、正気だ」 《許容範囲以上の魔力を、それもまだ碌に目覚めていないリンカーコアから搾り取ろうなんて、正気の沙汰じゃないですよっ!?  断固反対します!!》  下手すればマスターの命に関わります、とノエルは猛反対する。  だが恭也は諦めなかった。  そればかりか、最後の手札を切る。 「ノエル、命令だ。 ……俺はお前のマスターなのだろう?」 《!》  その言葉にノエルは絶句し、呻くように訊ねる。 《……理解できません。何故そこまでなさるのですか?  はっきり言わせて貰えば、これは言わば“家族ゲンカ”みたいなものでしょう?  到底命を賭ける価値は無いと愚考しますが》 「馬鹿だからな、俺は……」 《…………は?》 「馬鹿だから、しょうがないんだ」 《……それだけ、ですか?》 「ああ」 《む〜、誤魔化されているような気がするのですが……》 「と言うわけで、頼む」 《…………》  ノエルは暫し沈黙していたが、やがて諦めたのか頷いた。 《……分かりました。ですが、どうなっても知りませんよ?》 「ああ」 《ほ、本当にどうなっても知りませんよっ!?》 「それでいい」 《う〜〜〜〜》 (意外と可愛いヤツかもしれんな……)  唸るノエルを見て、恭也は初期の印象を多少修正した。  最初はクソ生意気な剣だとばかり思っていたが…… <3> 「……相談は終わったか?」  恭也がノエルとの談判を終え顔を上げると、ヴィータが待ちかねたように声を掛けてきた。 「おかげさまで。 ……しかし、よく何もしないで待っててくれたな?」 「言ったろ? これはおめーの未練を成仏させるための儀式なんだよ。  だから、全力を出し切って貰わなきゃあ意味が無いんだ」 「それはあり難いことで」 「で? 今度は何を見せてくれるんだ?」 「俺もいい加減種と言うか体力切れでね。残念ながら次の一撃でおしまいさ」  何処かわくわくしているようにも見えるヴィータに、恭也は軽く肩を竦めて答える。  と、ヴィータは打って変わって真剣な表情となった。 「次で最後。 ――確かかよ?」 「ああ、文字通り俺の全身全霊を籠めた一撃だ」 「それで成仏できるのか?」 「ああ、してみせるさ」 「なら、もう一度だけ受けてやる」  恭也の真意を確認すると、ヴィータは再び左手を掲げた。 「命まではやれねーけど、左手くらいならくれてやるよ。  ……ま、シャマルに頼めば直ぐに直してくれるしな」 「なら、お前に俺の手足を圧し折る権利をやろう」 「……いらねーよ。成仏できるんだろ?」  軽口を叩き合うも、二人は徐々に戦闘態勢へと移行していく。 「(ノエル、準備はいいか?)」 《(……はい。でも本当に――)》 「(くどい)」 《(……くすん、魔力出力上昇を開始します)》  戦闘モードに入った恭也の冷たい一言に挫けかけながらも、ノエルは命令を実行し始めた。 《(保護フィールドへの魔力供給をカットします)》 「がっ!?」  まず疼痛軽減や包帯等の役目を果たしていた保護フィールドをカットし、その分の魔力を剣に送る。  だがそれと引き換えに、恭也に再び激痛が襲い掛かってきた。思わず、崩れ落ちそうになる。 《(出力40%、50、60……)》 「ぐ、ぐぐぐ……」  出力の上昇と共に、堪らぬ不快感が湧き上がってきた。  それは、まるで体の奥の奥に手を突っ込まれる様な感覚…… 《(100、110、120……)》 「が、があああ……」  100%を超えると不快感は痛みすら伴い、限界までに膨れ上がってきた。  200%に達すると、魂でも引き裂かれるような形容し難い感覚が恭也に襲い掛かる。  ……だが、それでも恭也は倒れなかった。  何度も崩れ落ちそうになりながらも、両の足で立ち続けた。 《(280、290、300……出力300%! 出力を維持できるMAXです!)》  そして遂に限界まで耐えきると、己の魔力で光り輝くノエルを振り上げ、ヴィータ目指して突撃した。 (……そこまでの覚悟、か)  苦しみながらも定格以上の出力を出し続ける恭也を見て、ヴィータは片方の口元を軽く吊り上げた。  輝きを増す、黒色の剣。本来ならとるに足らぬ魔力であるが―― (それでも、攻撃力は先の軽く数倍にはなる。最終的には十倍以上……か?)  ぞくり……  一瞬、気後れしてしまう。  思わず迎撃か回避、そうでなくともシールドを展開したくなる誘惑に駆られてしまう。  それは、理解できぬ異質な力に対する本能的な恐れ。  ……だが、ヴィータはそれを強引に抑えつけた。 (馬鹿野郎! 恭也が、“仲間”があそこまで必死になってんだぞ!? 正面から受けてやらねーでどうするっ!?)  魔導師である自分にはよく分かる。  簡単に二倍三倍などと言うが、それをやるにはどれだけの負担が体にかかるかを。  ましてや、恭也は目覚めたばかりのリンカーコアを、満身創痍の体で動かしているのだ。  その苦しみたるや―― (恭也。お前の全力、あたしが見届けてやるよ……) 「未知の力も見てみたいしな、お代が左手ひとつなら安いモンだ」  そう呟き、ヴィータは己を奮い立たせた。 <4> 「うおおおおーーーーっ!」  神速はおろか、まともな歩法すら碌に使えない。  それでも一歩一歩踏みしめ、恭也は突撃する。  剣士の筈が魔力に、魔法に頼っている。  二刀流の筈が、一刀を両手持ちで掲げている。  ……それに葛藤が無いと言えば、嘘になる。  だがそれでも自分の力、技であることに変わりは無い。  何より、己の全力をここで出せねば一生後悔することとなるだろう。  だから、恭也は迷わない。 「きえぇぇぇぇーーーーいっ!!」  ヴィータに近接すると、目を瞠るような足運びと体捌きで剣を振り下ろす。  だが一の太刀を疑わず、二の太刀を考えぬそれは、明らかに御神流の型では無かった。  神咲一刀流。 ――恭也が知る中でも最強を誇る一刀流の剛剣術だ。 (先が“俺の使える御神流”の全力だとすれば、これが正真正銘の俺の全力だっ!)  剣が激突した瞬間、その魔力と剣圧を“透す”。  己の魔力、神咲一刀流の剛剣、御神流の“透”……  全てを出し尽くしすと、恭也はその場に崩れ落ちた。 「…………」  崩れ落ちた恭也を、ヴィータは無言で抱き抱かかえていた。  その右腕は(グラーフアイゼンを持ちつつも)両膝を地に着けた恭也の脇に回されている。  そして左腕は高く掲げられ、剣……ノエルの刀身が握り締められていた。 「……シグナム」  暫し無言で恭也を見つめていたヴィータが、ぽつりと洩らした。 「なんだ?」 「決めた、コイツも“蒐集”に連れてく」 「…………」 「責任はあたしがとる、だから反対は受付けない」 「……だれが反対と言った?」 「は?」 「恭也の力と覚悟、しかと見せて貰った。魔力は未熟なれど、まさに騎士。  ……ならば、遊ばせておく手はあるまい?」 「……すまねえ」 「礼を言われる筋合いは無いが、まあ貰っておこう。  お前がそんな素直に頭を下げるなど、滅多に見れるものではないからな」 「…………」  その言葉に赤面したヴィータは、恭也を睨み付けた。  ……今の嫌味はお前のせーだぞ、わかってんのかよ? (ま、今日のトコはコレに免じて許してやるけどよ……)  そう心で呟くと、ヴィータは掲げた左腕を見上げる。  腕には、いく筋もの血が伝わっていた。  結局、恭也の最後の一撃もヴィータの左手を両断するには至らなかった。  だが骨こそ断てなかったものの、確かに肉を斬ることには成功していた。  ざっくりと数mm程も斬りこまれた傷からは、先程から血がどくどくと流れ続けてている。  本来ならばフィールドの包帯効果により、直ぐに止血される筈なのだが何故か止まらない。 「おめーの根性、見せて貰ったぜ。 ――よくやった。それでこそはやての“保護者”、あたし達の“仲間”だ」  再び恭也に視線を移すと、ヴィータはそっと耳元に囁いた。  空戦魔導師なのに、地上で戦った。  反撃も、回避も、防御もしなかった。  ……だが、それがどうした?  コイツは、限りなく常人に近い存在でありながら、“鉄槌の騎士”ヴィータ様を何度も出し抜き、遂にはこれだけの出血をさせたのだ!  並の魔導師には、逆立ちしたってできない芸当である。 (歓迎するぜ、5人目のヴォルケンリッター)  恭也を見るヴィータの顔は、何処か誇らしげだった。